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堕ちた先の

●試論:1
 愛はあった。欲望もあった。
 ただそれを表現する手段がない。

 ジャック・ラカンはその秘教めいた著書の中で、赤子の欲望の変遷を細やかな段階に分けて描く。その中では「想像で母親の乳房を潰し、捏ね上げて欲望の対象とする段階」まで存在するらしい。
 それに比べれば、欲望の表現手段が『暴力』であるのは、まだしも理解できる選択だ。

●アーク本部
「自分の欲望と向き合うって、恐ろしいよね……よくわかんないけど」
『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、色のたがえた虹彩を閃かせる。
 小柄で華奢なこの少女の、どこにそんな悲壮な諦観が潜んでいるか、だれにもわからない。
 コンソールに指を走らせると、ディスプレイがミニチュアの劇場のようなものを映し出した。
「アーティファクト『アルンハイムの地所』。ちょっと小ぶりだけど、破壊力は一級。危険極まりない破界器」
 精密にレンダリングされていくのは、破界器の内部か。あまり詳しい情報はわからない。巨大な廃墟のようである。
「これは人間の『欲望』を増幅する。人間にはいろんな自分がいる。その中でも、飛び切り邪悪で、飛び切り残虐な部分を取り出すの。そして扶育するため、夢を見させる。
 そこから得られるどす黒い想念純粋な欲望のエナジー、それを喰らってこいつは生きているの。
 さらに欲望の塊となった自分と、それを押さえつけようとする自分を激突させるのね。破壊欲、殺戮欲を燃え上がらせ、膨れ上がらせる。潰えるまで。

●試論:2
 願望機。心の奥底に眠る願望をかなえる機械。
 長い冒険の末、彼は願望機を手にした。
 願うのは最愛の弟の復活。
 弟がよみがえり、自分に微笑みかけるのを、彼は必死で願った。
 家に帰ると、彼の部屋には大金があった。
 じつは彼は、心の奥底で大金を願っていたのだ、という話。

●アーク本部
 イヴは破界器を凝っと見つめる。
「行動目的? 知らない。
 ただ『人間を嘲弄し、貶め、心的にも破壊するのが目的のアーティファクトが、最近増えている』みたい」
 このところ活動の盛んなペリーシュ・ナイト。
異様なアーティファクトの増発により、破界器全体も一世代上昇したのかもしれない。
「もしこれを完全破壊するなら、手段は一つ。
自分の欲望を解放しつくすこと。
アーティファクトの許容限界を超えて、欲望を放出すること。
たぶん、とても大変。その辺の討伐依頼なんて比べ物にならないほど」
 イブはいったん言葉を切り、まっすぐリベリスタを見上げた。
「本当は心が強く、自分と向き合える貴方達だから……」

●試論:3
 精神病の治療において、医者と患者は必ず一度は『愛し合う』関係と『憎しみ合う』関係になる。俗に『転移』と呼ばれる段階である。
 患者だけではない。医者もである。
 患者と医者は、お互いの中に、自分自身を覗き込む。
 おそろしく危険だ。
 そのためカウンセラーには厳密なマニュアルが手渡されるのだが、それをもってしても医者と患者の『不適切な関係』は跡を絶たない。

 また、医者と患者がそれぞれの立場を入れ替えロールプレイを行う「サイコドラマ」という手法も、一時診療の方法として取り入れられた。昨今あまり行われないのは、劇的な治療効果に比し、あまりに成功率が低すぎるから、という説もある。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:遠近法  
■難易度:HARD ■ リクエストシナリオ
■参加人数制限: 6人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年09月11日(木)22:37
 リクエストありがとうございます。遠近法です。

●舞台
 破界器「アルンハイムの地所」内部。崩壊した劇場のような、プラネタリウムのような場所。足場、視界ともに問題なし。間断なく舞台装置のようなものが落ちてきますが、戦況に影響はありません。

●成功条件
 破界器「アルンハイムの地所」の破壊。

●失敗条件
 「アルンハイムの地所」を破壊できる程度まで「欲望」を解放させ切ることができなかった。

●破界器「アルンハイムの地所」
 外見は天象儀のよう。ただし、途轍もなく危険なアーティファクト。
 人間の欲望を暴走させ、人格を変容させます。
 そして彼もしくは彼女の欲望に見合った『夢』を見せます。
 アーティファクトの目的は、暴走した欲望を喰らうこと。
 そしてそのために『敵』を用意します。

 皆さんの欲望のタイプにより、いくつかのプレイング・『敵』パターンが用意されます。
 共通しているのは、『敵』は「皆さんの似姿」であること。

■闇堕ち
 もっとも推奨されるプレイングです。
 邪悪なフィクサードとなり、殺戮、暴虐、破壊行為のすべてを尽くしてください。
 対応して現れる『敵』は、正義に燃える皆さん自身。
 ただしその正義も相応に歪んでおります。

■夢(欲望)の増幅
『失った友人と心安らかに暮らしたい』『お兄ちゃんとべたべたしたい』
 そういった欲望もかなえられます。
 その友人、兄自身になりかわることもできます。
 対応して現れる『敵』は、皆さん自身。
 独占欲を満足させるのは、好敵手を撃退すること。そして最も独占欲を抱いているのは……わかりますね?

『敵を倒し、解放されたい』
 そういった欲望もかなえられます。
「アルンハイムの地所」は、夢の敵を大量に用意してくれます。
 そして対峙すべき『敵』を、皆さん自身の姿で仕込んできます。

 何かからの解放とは、欲望か――ここから先は本編に譲りましょう。

■闇堕ちしない
 欲望に抵抗する、そんな方もいらっしゃるかもしれません。
 ご安心ください。対応して現れる『敵』は、恐ろしく品性下劣なあなた自身。
 皆さんを打ち倒し、内側の欲望を暴き立ててやろうと手ぐすね引いています。

 アーティファクトの破壊手段は二つ。
・欲望を解放し、エナジーを極限まで高めること。
・『敵』との戦いの中で、殺戮欲・破壊欲を極限まで高めること。

 中途半端な解放では、皆さん自身が「アルンハイムの地所」の住人と化すやもしれません。

●『敵』データ
・フィクサード×6
 皆さんと同じようなスキルを保持しています。
 皆さんと同じジョブ。同じ姿です。
 溜め攻撃で、以下のEX攻撃を放つことが出来ます。

・『伝導の書に捧げる薔薇(EX1)』(神/遠/単)獄炎・不殺
 きわめて強力です。闇堕ち、闇堕ちしないプレイングにより減殺することが可能です。
・『愛は虚数(EX2)』(神/遠/範)無力・不殺・流血・ブレイク
 強力です。夢(欲望)の増幅のプレイングにより減殺することが可能です。


 彼らに勝つのは、目的ではありません。
 戦闘はあくまで「欲望を解放させるトリガー」でしかありません。
 ですが、相当強力です。
『敵』の行動、セリフもある程度指定していただいても構いません。
 
 HARDです。
 心情オンリー、戦闘オンリーでは太刀打ちできません。
 両者を組み合わせ、他人との連携を図り、相補作用を狙ってください。

 熱いプレイングを期待しております!
参加NPC
 


■メイン参加者 6人■
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ハイジーニアススターサジタリー
結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)
ノワールオルールクリミナルスタア
遠野 結唯(BNE003604)
ハイジーニアススターサジタリー
カルラ・シュトロゼック(BNE003655)
★MVP
ナイトバロンアークリベリオン
喜多川・旭(BNE004015)
ハイジーニアスアークリベリオン
アズマ・C・ウィンドリスタ(BNE004944)


 石柱に囲繞された空間で、リベリスタは『敵』と対峙する。
 破界器『アルンハイムの地所』の内部。
 どこからともなく、緞帳が落下してくる。
 梁、階段。そして様々な小道具。
 廃劇場のようなその場所で、演じられるのは死の祝祭。
 相対する敵は、自分の似姿。
 しかし、リベリスタは知っている。奴らは木偶人形に過ぎない。
 『アルンハイムの地所』の望むのは、欲望。
 それを解放させ暴走させるしか、破界器を壊す手段はない。

 「さあ、『お祈り』を始めましょう」
 『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の声に呼応するかのように。
 ゆっくりと夕凪の広がっていくように、リベリスタ達の足下に闇が押し寄せる。

 ある者はそれに抗い、ある者はそれに身を投じる。
 
 人が人たる極限。闇堕ちの祝祭。
 合わせ鏡の中で、リベリスタは己の欲望を照魔しようと試みる。
 
 果てしない淵源の底へと逆落としになりながら、『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は沸き立つ衝動を感じる。眼鏡が一瞬光を湛え、露わになった瞳。そこには、おそるべき歓喜が脈打っている。
 底の底。闇の彼方から雪崩打って出る人影。
 カルラは狂奔する知覚で見る。
 敵。味方。生者と死者。善と悪。
 あらゆる存在が入り乱れていた。
 その唇が、笑みに引き歪む。
 猛獣を思わせる、残虐な笑み。
 拳を掲げると、彼は咆哮とともに、銃弾をばらまいた。
 血煙。絶叫。
 
 カルラは止まらない。間断なく死を炸裂させる。
 それは彼の叫びだった。

 奥底に棲まう闇の部分が囁く。

「誰かを殺したら、その縁者から恨まれ憎まれ、報復で苦悶と屈辱にまみれて死ぬべきだ。
 人を殺してヘラヘラ笑っているやつは、より苦しんで惨く死ぬべきなんだ」

 リベリスタとして生きる決意をしながら、彼はどこかでその欺瞞にのたうっていた。
 毎夜夢を訪れる、過去の記憶。金のために人体を切り刻み、薄ら笑いを浮かべる連中。
 やつらには墓も立てられるべきではない。豚の糞に塗れて死ぬべきだ。

 だけど、周りの連中はそうは考えない。
 正義感の強い『いいやつ』。場合によっちゃ敵だって救う。
『憎しみの連鎖を断ち切れ!』とか、薄っぺらい綺麗ごと。反吐が出る!

 体が軽い。意識は澄明。こんなに自分が、自分と合一する瞬間があったか。
 熱い。黒く熱い、まがまがしい奔流が、全身を貫く。

 これだ! 
 俺の根源はこれだったのだ!
 踏みにじられた痛苦、憎悪!
 それが、俺の根源だった!
 本気で消せると思うなら、やってみろよ! 消して見せろ!

 彼の眼前に現れる『敵』。それを見て、彼の怒りは一層燃え上がる。
 ペテン師。三百代言。
 真紅の髪をなびかせ、そいつが言った。
「お前は、どんだけの相手を殺してきたんだよ。テメェみたいのが最初に死ぬべきだろう」
 ああ、言いそうなことだ。『奴』の。
「お前も似たようなもんだろう」カルラの中で燃える黒い火が、唇を蠢かす。「居もしない仇への復讐心は、正義を語るただの八つ当たりだぜ」
 カルラの言葉は、そのまま自分の肺腑を抉る。
「フィクサードは悪だ。そいつを狩りつぶせば、世界はちったぁマシになる」
 そう自分に言い聞かせていた。存在理由だった。
 しかし、そんなものはもう要らない。
「リベリスタだろうが、フィクサードだろうが、結局殺し合いを続けてるんだよ!
 いつか自分の番がきて、臓物ぶちまけ無様にのた打ちまわりながらくたばる、その日まで!」
 笑って彼は、拳の銃を向ける。
 同じく構える相手。交錯する、十の閃光!

 彼は優秀なスナイパーだった。
 全体攻撃で削った敵を、死の番号を持つ銃弾で葬る。
  冷徹な計算。しかしそこには狂気のノイズが充満している。
 ――次の敵が、倒せないから。
 カルラは許さない。この世界を。
 溶鉱炉の様に滾り立つ憎しみは、自分自身すら容赦しない。
 彼に何が残るか。


 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)は、あまり闇墜ちに斟酌しない。
 本性なら知っている。
 それは『獣』。すべてを喰らい、奪う。

 炎の様なカルラと対照的に、結唯の欲望は冷たい。
 彼女は走る。
 サングラスの下の、彼女の瞳をうかがうことはできない。
 本質は変わらない。
 今まで食らってきたのは、運命に愛されなかった奴らの、非常識、強欲な生。
 これから食らうのは、すべて。
 あくまでクールに、肉を喰らい、血を啜り、骨を砕き、内臓をかみ切る。

「なんだ、お前らは?」
 立ちふさがる自分たちの似姿。それすらも獲物だ。
 何やら御託を並べ始める。獣の耳には通じない。
「お前たちも食い散らかしてやる」
 世界に正義など存在しない。正義を騙る偽物の無様な崩壊が証左となる。

「まだだ……まだ足りない。もっと食わせろ」

 あくまで冷たく、手指からの弾丸が破壊をまき散らす。
 一見それは、彼女がしてきたことと変わらない。
 だが、どうだ?

 たとえば今の彼女に「たとえ神秘の世界でも、己の道は自分で決めるべきだ」という、友人の言葉はどう響くだろうか。
 サングラスの下の瞳は何も語らない。
 彼女は走る。
 渇く。
 なぜだろう。偽物に右肩を抉られたからか。
 冷たい。
 なぜだろう。血が止まらないからか。

 破壊と死をまき散らす。しかしその実、デッドエンド。
 彼女は敵の標的だった。
 カルラの、そして自分の似姿の攻撃。
 逆巻く炎が致命傷を与える。

 敏捷な獣は、無常の世界を疾駆する。

「お前たちでは腹は満たされない。そこをどけ。どかないと、食い殺すぞ!」


『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は闇堕ちに抵抗する。
 唯一の回復持ちであり、物理攻撃も桁外れ。
 そう易々と、堕ちるわけにはいかない。

 常に一人が大技を狙い続ける。それが敵の戦法だった。
 連続する全体攻撃により崩壊する敵前衛。そこを狙って、カルラの一撃。次ターン、攻守は入れ替わる。溜め攻撃と全体攻撃。旭は回復。判断としては微妙なラインだが、敵の溜め技を警戒し。

 冷静な戦場。
 だが、いつまで続くか?
 正気の人間が、自分の死体をああも執拗に踏みつけるものか?
 
 そして破界器は、人を愛する望みでさえ、黒血に染まった欲望に変ずる。

『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)はご機嫌だ。
 なんといっても今日は、最愛の兄とラブラブできるのだ。
 カーテンは兄ごのみの黒。ご飯の用意もできてる。そしてラジオからは『恋のサイケデリック』!
 監禁? 人聞きの悪い! 脚を撃って縛り付けて……冗談!
 だって虎美は、お兄ちゃんが大好きだもの。
「二人っきりでイチャイチャしようね?」
 兄は黙って笑いかけ、ぎこちなく躰を絡める。
 喜ぶ虎美の視界が何かをとらえた。
「私がもう一人いる」
 銃を構えた、もう一人の少女。
「しょうがないなあ」兄を抱き、虎美は銃を抜き放つ。
「お兄ちゃんはそのままでいいよ」虎美は笑う。「ま、私なら来るよね」

 万の万の万分の一、鉋で削られた一瞬の間に、二人の間に火箭が交錯する。
 硝煙が散り、血が跳ね飛ぶ。わずかに早い。
 兄に髪を弄られるのが虎美は好きだ。
 寸間たりとて惜しい。聖なる時間を、害虫如きに邪魔されてなるものか。
 喉を鳴らしながら、虎美は引き金を引く。
「サジタリは武器に依存しすぎるのが欠点だからね」
 害虫。虫にしてやる。
 腕を砕き、肢をもぐ。
 人間達磨。芋虫と化した己を、虎美は酷薄に見下ろす。
「ほらお兄ちゃん、もっと抱きしめてよ。お兄ちゃんぺろぺろ」
 艶かしいタンゴのように、兄と妹は抱き合いながらじわじわバスルームへ後退。
 誰が散らしたか、浴槽には薔薇の花弁と、たっぷりのオーデ・コロン。
 陶然とさせる麝香の中、虎美の心は戦場へと飛ぶ。
 戦況は有利とはいえ、流血は厄介だ。すでに相応の被害は出ている。倒せないかもしれない。
 不意に気怠さが虎美を襲う。
 渡さない。あの毒舌の陰陽女にも、私にも。
 確実で、究極的な方法で、お兄ちゃんを私だけのものにしないと。
 抱いた躰を離し、吐息を交わす距離で暫時二人は見つめあう。
 兄の頤にグイと銃口を押し付け、躊躇いなく引き金が引かれる。
 ごめんね、お兄ちゃん。
 盛大な水柱が立った。薔薇の香りが辺りに瀰漫する。
 澱む浴槽の湯。美しい男の裸体に、薔薇の花弁が流動する。
 タイルを這う、真紅の流れ。
 冷たい床にちょこんと座る虎美。
「ごめんね、お兄ちゃん。お兄ちゃんを殺しちゃった。
 でも、待っててね。すぐ行くから」
 バスルームに、銃声。
 豪奢に薫る薔薇。
 
 

 時告げの鐘が、初秋の青い空を震わせた。
 野外音楽堂では閑散として、人影はない。
 少女は待っていた。
 一際強い風が吹いて、その人はいた。
「……旭ちゃん」
 微笑んで、少女は手を広げる。

 夢を見るだけだから。
 必要なことだから。

 破界器の見せる幻影に、少女は抗うことができない。

 なぜならそれが、彼女の生きる理由だったから。
 傷口の様に、風にふれただけで、重く疼く。
 存在理由は『旭ちゃん』のものだから。

 喪われた大切な友人。
 それ以来彼女は『旭ちゃん』になった。
 名前、姿、振る舞い、心まで揃えた。
 私は、ただのいれもの。

 だから、取り戻せるのなら、何を犠牲にしてもかまわない。
 どんなに汚れても、かまわない。

 そう思うのは、悪いことなのかな。

 破界器は何も云わない。
 揃えた牙を、ぞろりとむき出しにする。

「ねぇ、旭ちゃん」
 柔らかな光が、濃い木陰を作る。
「また私の、野暮ったい髪を結ってくれる?」
 旭は頷く。
「また一緒に、クレープを食べましょう?」
 頷く。
「またいじめっ子たちから、私をまもって?」
 頷く。
「いつもそばに、いてくれる……?」
 もちろん、旭は頷く。

 少女は旭の手をとり、縋るようにいう。
「私も今度は、絶対に間違えない。
 貴女を喪う以外、何も怖いものなんてないの。
 だから……」

 そういって少女は、顔を上げる。
 見なくても分かっている。
「だから、悪者は全部倒すわ」

 あれもそうなんでしょう?
 ふふ、大丈夫。すぐに殺すから待っていて。

「例え私にだって、旭ちゃんは渡さない」

 同じ時刻、リリの弾丸が、旭コピーの側頭部を貫通する。

 ぱっと血を吹き上げ、倒れ込む偽の旭。
 そこに少女は、笑いながら歩みよる。

 善い事でしょ? 善い事でしょ? 善い事でしょ?
 少女は、自分の死体にズガンズガンと、踵を打ち込んでいく。
 砂地に足を突っ込んだような感触があった。
 頸椎を磨り潰したらしい。
 
 もちろん旭も笑っている。
 
 二人は離れることはない。


 アズマ・C・ウィンドリスタ(BNE004944)は息を飲む。
 青ざめた唇を噛み締め、闇堕ちに抗うリリ。
 焔に焼かれる結唯。運命を散らしてなお傷を負う旭。
 虎美とカルラは己の影との一対一に突入している。だが偽の虎美は、溜めの攻撃も忘れない。強力な全体攻撃は、リリの運命も散らしている。

 アズマは大剣を握り、考える。

(オレの欲望……?
 常に誰よりも、強く在らんと欲してきた。
 アークの力を冠する者として、己を律してきた。
 そんなオレの欲望)

 幾多の戦場を駆け絶大な信頼を得るアズマ。
 その彼女の心に、揺らぎが生まれる。

 目を上げれば、大業物を振りかざし、血笑いをわらう己の似姿がいる。
 旭の血の滴る刃をベロリと舐め上げ、白い肩をさらす。
(あのような姿になることが……オレの欲望なのか?)

 結唯コピーが、ねじり込むように掌を突出し、異端の奥義をさく裂させる。
 光条と火炎を受けるアズマ。体力の四割をねじり取る大技を受けながら、しかし心はどこか覚束ない。
(あのような強大な力を得ることが……オレの欲望なのか)

 そして周りには、陶然とした瞳で獲物を振るい続ける仲間たち。
(あの中に、オレの欲するものがあるのか)

 剛毅、廉直。アズマの心に、欲望など付け入る隙もない。
 だが……。

 不意に闇の彼方に、緋の色が閃く。
 アズマの瞳が驚愕に見開かれる。
 不落の要塞にたったひとつ開いた点穴。
 闇はそこに、容赦なく押し入る!

 夜に木霊する、手鞠歌の声。
 いくつも揺らぐ提灯の灯。熱い人いきれ。
 艶やかな朱色の着物。華奢な少女は、いくらかそれを持て余している。
 それでも嬉しそうにクルクルと、闇の中を少女は円舞する。
 燐光をまき散らす、瑠璃色の蝶。
 ああ、そうだ。
 殺戮や、破壊が、アズマの欲望であるわけはない。
 愛や、淫欲など、まして。
 『彼女』が望んだのは、儚くて子供じみて、物笑いの種になるような、それでも切実な。

「……少女に、なりたかった」
 渇いた唇が押し開き、ちいさな声が漏れ出る。
 可愛い少女に。誰からも愛される少女に。

 文庫の帯がうらやましかった。
 折鶴の小袖がきれいだった。
 ああ、あんなふうに、生まれたかった!

 天を渦巻く哄笑。針を含んだ沈黙。
 アズマは羞恥で青ざめる。
 こんなに背も高く、女らしくもない体つきで、男に間違われ……。
 
「もういい! 全員許さねえ! お前ら全員この世から消してくれる!」

 悲泣と怒号が入り混じり、アズマの必殺剣がうなる!
 それはカルラのコピーを打ち砕く。だが、そこまで。
 彼女の躰からくたりと力が抜ける。肩を慄わせるその姿に、剣士の面影はない。


 二人のリリは同時に叫び、同時に引き金を引く。
 霞んだ瞳でリリは見る。そこにいるのは、迷いのない、どこまでも正しい自分。

「私は断罪の蒼き鋼。武器に心など不要」
 リリはそんな彼女を、憎しみと少しの羨望を込めてみる。

 心を、大切な人との約束を捨ててしまえば、
 あのようにただ晴れやかに、神様の近くで――

 どんな時でも、決して心は捨てるな。
 そう、あの人は言った。
 この約束は彼がくれた宝物。

「愛してくれない人との約束など、捨ててしまっても構わないでしょう?」

 そう――。
 心を保ちつつ、戦場に立つのは、もはや耐え難い。

 ごめんなさい、大好きな方。
 これ以上の痛みには、耐えられません。

「Amen,Alleluia
 神様の武器である事の、なんと素晴らしいことか!」

 叫んでリリは、銃を振りかざす。
 心は捨てた。しかし、空虚には闇が押し入ってくる!

 大切なあの人。銀の髪を揺らし、翠緑の瞳を煌めかせる。
 しかし、その隣にいるのは。

「彼が欲しければ、奪えばいい」

 リリは自分の心に、爪が掛けられたと感じる。
 七つの大罪の一つ、嫉妬。
『戒め』の銃が、リリの手から滑りおちる。
 全身を震わせ、滴る汗を感じつつ、その場にうずくまる。

 彼が……彼が幸せならば、それでよい。
 けれどもし、彼のそばでほほ笑むのが私であったなら。

 奈落の底から響く、恐るべき囁き声。


 ――ウバッテシマイタイ――


 リリの震えが止まる。
 朱唇が笑みの形に引き歪み、闇の吐息が燃える。

 そして彼女は昂然と顔を上げる!
 絶望の翳を貌に刻み、彼女は死を振りまく!

 聖女は堕ちた! 死の大天使!

 天窓からの光が、濡れたように肢体を煌めかせる。
 瞳は憂愁に塗れ、ひどく冷酷に弾幕の地獄を顕現させる。
 爆炎が血まみれの少女を照らす。
 凄絶で、艶かしい笑みを少女はわらう。

 それでよい!
 『アルンハイムの地所』は、全てを赦す!

 絶望が渦に巻かれ、殺戮の祝祭はいよいよその頂点を迎え……。
 そして――。

 奈落へと、女神の張りぼてが一つ、音もなく落下した。
 彼方に響く、水音。
「これでいい」
 リリは虚脱したように呟いた。
 彼女が待っていたもの、それは罰。
 己の孕んだ闇は知っていた。手は血に濡れていた。

 天を仰いで、リリは言う。
「――最後にどうか、私に裁きを!」


 その声にこたえるかのように、破界器の天井が音もなく崩れ始める。


 失楽の中で、意識は闇に飲まれ、そして――


 血の色に染まった、終着の浜辺に『その人』はいた。
 風の様にヒュウヒュウと、怒りの声が満ちる。
 崩界後のような、全て終わってしまったかのような世界。

 枯れた瞳から『その人』は涙を流す。

 ――堕ちた。

 初めから分かっていたではないか。醜悪で、おぞましい自分。
 それを受け入れてもいたはずだ。
 悔いはない。

 欲望を解き放って生まれたのは、自己嫌悪だった。
 
 欲望を解き放ち、闇堕ちする試み。
 成功というなら、成功だろう。
 ただ、成功しすぎた。
『その人』の心から、何かが失われてしまった。たぶん、一生贖えない何かが。

 絶望も、執念も枯れ果てた。

 此処で果てるのも悪くない。
『その人』は、獲物を高々と振り上げる。
 喉元に、それを突きつけようとする。

 ――その時。

 何かが煌めいた。

『その人』の脳裏に、瞬時に鋭敏な思考が戻る。


(ここはまだ『破界器』の中。
 とすれば、この絶望も『破界器』の仕組んだもの)


『その人』の喉から、掠れた笑い声が漏れる。
 
そう、まだ何も終わっていない。
 こんな破界器の中で、生命を潰えてなるものか。

 そしてもし、破壊が成っていたら。

 その時はその時だ。
 大丈夫だ。あれほど欲望をため込んでいた自分だ。そう簡単に死にはしない。
 いや、あんな『破界器』風情に暴かれるほど、欲望は浅くない。
 もっともっと、堕ちる。
 堕ちて……笑ってみせる。



「あはは――」


 そして、その人は、遠くへ――。



 もっと、遠くへ――


  <了>

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
ありがとうございました!
判定としては『破界器ゲージ』なるものを用意し、心情による判定と、戦闘による総ダメージの総和でゲージを減らしていく、という形にしました。結果的に心情でゲージを押しつぶした感じ。その分、被害が結構出ております。ステータスシートをご確認ください。
心情強めのハードということで、戦闘と心情をからめてほしいという高いハードルを課させていただきましたが、高いレベルで越えられている方がたくさんいらっしゃった。ほとんどショートストーリーと見まがうレベルのプレイングも複数ありました。
戦闘で超重要ポジションを担い、戦術・心情ともによかった彼女にMVPを。
リクエスト、本当にありがとうございました。
それではまた、熱いプレイングをいたしましょう!