●世界異分子 うん、俺様ちゃんも寂しいんだ。 世界の何処にも俺様ちゃんの仲間は居ない。愉快な黄泉ヶ辻の皆だっておんなじさ。 この世に産まれ落ちた事が間違いだったって、思わない訳じゃないのよねぇ…… ――――『黄泉の狂介』黄泉ヶ辻京介 ●ブリーフィング 「何を考えているのかは分かりませんが、混ぜるな危険ってのは確実です」 『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア (nBNE001000)の言葉にリベリスタは思わずの苦笑を禁じ得ない自分が居る事を自覚した。 事の発端はアーク本部に或る任務が持ち込まれた事だった。 「今回の任務で対応して貰うのは、黄泉ヶ辻一派になります。 ……ですがまぁ、特筆するのだとしたらばそれが京介様って事になりますね。 皆さんの顔を見ているとその辺りは伝わっていたように思いますけども」 黄泉ヶ辻が、欧州を本拠地にするバロックナイツが一位『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュと何らかの結託を見せているらしい状況は、アークも関知する所であった。この状況の進展自体はこれまでの事件から危惧されていた内容ではあるのだが、いざ本丸が動き出せば気持ちが引き締まるのは言うまでも無い事である。最悪(ペリーシュ)と最悪(京介)が混ざったならば、もたらされる災厄の大きさは計り知れまい。 「御存知かとは思いますが、ここの所、黄泉ヶ辻の皆さんはペリーシュ様の依頼を比較的真面目に遂行しているみたいですね。ペリーシュ様は、長年自身が『究極研究』と称するスーパー・アーティファクトの製造を行っていたみたいなんですけど。この程、どうもそれが最終局面に入ったらしくて……『賢者の石』やら力あるアーティファクトやらをかき集めてるみたいなんですよ」 「……そういえば、それでどうする心算だろうな?」 「まぁ、細かい技術的な所は省きますけど。アーティファクトにはそれを機能させる中心核――つまり魔力の根源が存在する訳なんですが。そうそう、例えば『万華鏡』や例の『神威』がR-typeの残滓を元にしている……みたいな。 推測ですけど、ペリーシュ様は恐らく魔力が足りないのだと思います」 「足りない? 人類最強クラスの大魔道をしても?」 「それだけとんでもない研究なんでしょうね。要するに彼は、アーティファクトから魔力を抽出する手段を持ち合わせている――と推測される訳です、ハイ」 アシュレイの言にリベリスタは小さく唸った。 自分自身の力を以ってアレだけ厄介極まる『ペリーシュ・シリーズ』を量産する彼が、他人を使ってまで集めなければ成らない力の結集とは如何なるものか。恐らくは常識の中に生きる誰にも理解出来ない類のものに違いない。 「……ま、背景の方はさて置いて。 面白がりの京介様が、ここ一連の事件に顔を出さなかったのは此方を優先したからみたいですね。アーク側でも防げる事件は防ぎにかかっていますが、そうでないものもあります。黄泉ヶ辻側との争奪に敗れた品物は不戦敗も含めてそれなり。 但し、皆さんが頑張った分は勝ちましたけどね」 「本題を」 「はい」 頷いたアシュレイに応え、背後のモニターが任務の詳細を映し出す。 「この所、日本を取り巻く神秘的情勢はやや不安定になっているようです。 『賢者の石』が生じてもおかしくない……といった所ですが、とある打ち捨てられたテーマパーク跡にこれが現れたようですね。かなり大規模な出現が観測されまして、不幸にもこれは黄泉ヶ辻側もキャッチ出来たようです。 状況上、争奪戦になるのは避けられませんが、相手は御覧の通りです」 「京介か。確かに奴は探索にも強い。だが、アイツの性格なら……」 或いはリベリスタ側が部隊を送れば出し抜ける可能性は低くない。 リベリスタの言は全く正しいものだったが、アシュレイは少し難しい顔をした。 「確かに、その可能性はありますけど。今回は特に引き締めていった方が良いかも知れませんよ」 「……何かあるのか?」 「真面目なんです」 「は?」 「京介様が、真面目なんですよ。少なくとも『仕事』を意識している。遊びではなく。 黄泉ヶ辻の幹部にナツキとフユミという少女達が居るんですけどね。 今回、京介様は彼女達も含めて――手勢を連れてきている」 一人で動き回る身勝手な京介の普段を考えればそれは稀有過ぎる事態だ。 社会性が低い彼等が他人の仕事を請け負う行為に『我慢』していたのは伊達ではないという事らしい。確かに『大晩餐会』の時、京介は言っていた。端役ならぬ自身主役の舞台を設えると―― 「……ですから、今回は難しい任務になるかも知れません。 正直、かなりの困難が予測されますが、逆を言えば――」 アシュレイの言の意味は聞かなくても分かっている。 ――京介様の企みは、それだけ大きいということ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月09日(火)22:01 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●レース・ゲイムI 拙速は巧緻に勝る―― 中国の兵法書『孫子』の語る一項は、戦いにおける一つの解を示している。無論、叶う限りは巧速に勝る結論は無いのだが、時に状況は長い思案や作戦猶予を与えぬ事も多い。 如何にして最悪を回避するかの任務は、完全完璧のプランを望み難い内容である。 十人のリベリスタが今日、対応せざるを得なくなった任務もそんな案件の一つであった。 あの黄泉ヶ辻京介がウィルモフ・ペリーシュの依頼を受諾して動き出した――言葉にすれば状況はシンプルだが、最悪と最悪を掛け合わせたかのような組み合わせはリベリスタの口元を引き攣らせる程度の意味はある。 「……だけど、結局、何がしたいんだか」 「さあな。分からないし、分かりたくも無いが」 「でも、遂に歯車を動かし始めたんだな。『アイツも』」 吐き捨てるように言った『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)に、苦虫を噛み潰したような顔をした『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)と、苦笑に感慨を込めた『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)が応えた。 ――いよいよ、俺様ちゃんも『自分のステージ』が欲しくなったよ―― かつて京介がリベリスタ達に放った言葉は最悪の意味合いを持っていた。 「ウィルモフ・ペリーシュが外部に依頼する事がある、という事例は聞いた事がありましたけれど……」 顎に親指を当て、思案顔をした『現の月』風宮 悠月(BNE001450)の表情は晴れない。 「……『狂気劇場』が繋いだのかもしれませんが、まさか黄泉の狂介と絡んでくるとは。 ペリーシュの問題を考えない事にしたとしても……あの男が自らのみならず『黄泉ヶ辻を使う』程の案件、その理由があると考えるならば、それは……余程得るものがあるという所でしょうか」 動き出した彼が、普段の彼らしからぬ『仕事』を意識している現状と先の宣言を結びつけて考えないリベリスタは居なかった。無軌道に遊んでいるだけの京介でも有害なのだ。彼があの裏野部一二三に劣らぬ舞台とやらを考案し、演出し、公演したならば――その災禍こそ筆舌に尽くせぬのは明白である。 悠月の柳眉が顰められている理由は正直『京介がペリーシュに願うもの』の想像をしたくないからだ。 「さて、何を考えているのやら……」 「黒い太陽に黄泉ヶ辻京介…… 考えうる限り最悪の組み合わせですが、好きにはさせません」 一方でどんな強敵も、どんな困難も。むしろ楽しんでいるかのような『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)は鳩の鳴くような含み笑いを漏らし、『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)のその瞳は、平素以上に強く秩序を望む青い炎を揺らめかせていた。 「気負う事は無いさ。どの道、敵だ」 「少なくとも、私が生きてる限りは全部好きにはさせないさ」 「大切な方々も、守り抜きます」 肩を竦めた朔に「死んでもさせないけど」と付け足した『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)にリリが頷く。 死してもの覚悟は、死んでも良いとは別物だ。だが、京介という毒は看過出来る存在ではないだろう。 「……そうね。全く、冗談じゃないわよ」 呟いた『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)にとって京介は『最悪に虫が好かない男』であった。 同じお喋りでも、ああいうのは御免だ。同じお喋りなら、もっと―― 「……」 頭を振った恵梨香の――リベリスタ達の視界には、陰気で憂鬱な風景が広がっている。打ち捨てられた遊園地というものは余り楽しい場所では無い。唯の殺風景とは又違う、褪せて朽ち果てた夢の跡は何とも不安感を誘うものだからだ。 「出来る事なら、一生無人島で昼寝でもしていてくれれば最高なのに。それは望み過ぎかしら?」 この世の中は好都合の軽く三倍は不都合に塗れている。 自嘲気味の溜息を吐いた恵梨香がその赤い目に備えた千里眼の魔力は園内に散る『神秘的異変』を索敵していく。話によればこの廃遊園地の中には複数に及ぶ『賢者の石』が発生しているという。異世界からのギフトとも称されるそれ等がこのタイミングで再び大量発生を始めた事態に、恐らくは一連の崩界事件は無関係ではあるまい。リベリスタ側からすれば破滅を回避した『大健闘』も影響を防げたと言える段階には無いからだ。 「……やっぱり、ポイントは五つのようね」 「そうなりますね」 恵梨香の言葉を同じく魔眼で園内を見渡した悠月が首肯した。 「回収するべき『賢者の石』は最低でも五個以上――時間的優位はやや黄泉ヶ辻一派にある状態ですか。 とは言え、殆ど差は無いものと見られます。敵陣は狂介に例の双子、黄泉ヶ辻フィクサードが五人。 数的優位は存在しますが……」 パーティに告げるかのように悠月は事実を羅列した。 彼女の歯切れが余り良くないのは、言葉を切った彼女が理解している追加の事実の責任である。 「……あってないようなもの、ですね」 彼女の目は久方振りの客を迎え入れんとする廃遊園地の錆びたアーチ状の看板を見据えていた。 塗装も褪せた古びた看板が肩を揺らすようにガタガタと揺れている。 まるで笑っているかのようなその姿は――描かれたキャラクターとは程遠い悪意の感情を伝えている。 「狂気劇場――!」 「つまり、お見通しという訳じゃな!」 夏栖斗と、口の端を歪めた『アーク刺客人”悪名狩り”』柳生・麗香(BNE004588)が声を上げた。 見れば遊園地のアーチ、転がっていたゴミ箱、空き缶やら打ち捨てられたままの廃材等――そこかしこに転がっていた物体がリベリスタ達を熱烈歓待する姿を見せているではないか。 「……時間は、そう無いようじゃ」 抜刀した麗香の言葉は厳然とした事実である。京介は既にリベリスタ側の動向を完全に察知しているのだ。 成る程、アークが万華鏡の力をもって京介の阻止に掛かれたのは必然だ。しかし、京介側からすれば『アークが邪魔をしに来る事』は同等程度に信頼感のある決定事項だったとも言えるだろう。然るに彼は見張りと妨害に余念が無かったのだろう。超長大な射程を持ち、他者物体を自在に操る狂気劇場は本来搦め手を最も得手とするのだから。 操作物だけでリベリスタを圧倒する事は困難だ。それなのにこうして罠を張っている。つまりそれは京介が『時間稼ぎ』なる似合わない行動も是としている証明に他ならない。 「……ま、やるしか無いのぅ」 頭をボリボリと掻いた 『狂乱姫』紅涙・真珠郎(BNE004921)は生温い調子でそうとだけ呟いた。 生来、彼女はチャラチャラした男や小煩い男を好まない。やり合うに好みというものは大切で――しかし。 「一位(そのさき)は確実に――殺す!」 電撃疾風ののように日に割れたアスファルトを蹴り上げた彼女の影は、一瞬後には目前を塞がんとした巨大なアーチを縦に切り裂いていた。ほぼ同時に「京介君もそう捨てたものではないと思うがな」と嘯いた朔と、裂帛の気合と共に敵陣に飛び込み、薙ぎ払った涼子も動き出しを見せている。 「さあ、急ぐぞ!」 俊介の言葉に仲間達は頷いた。 今更こんな手品如きで怯む者は誰も居ない! ●レース・ゲイムII 合計八人の黄泉ヶ辻フィクサードに対して、リベリスタ達は合計十人だ。 敵側の鬼札たる京介は彼我の戦力の中で圧倒的なジョーカー足り得るが、少なくとも黄泉ヶ辻フィクサードの内の五人はアーク側のリベリスタの力には及ばない。 合計五箇所の『賢者の石』の回収任務はさながらレース・ゲイムの様相を呈していた。戦力配分をどう傾けるか、それが肝要。安全策を考えるならば戦力を纏めて運用する事が最も望ましいが、その場合、高確率で探索スピードに劣る結果が待っていると言えるだろう。 拙速は巧緻を尊ぶ――結論からして、リスクは織り込まなければ勝ち目の無い任務であった。 彼我の戦闘力を分類した時、リベリスタ側より確実に強いカードは黄泉ヶ辻京介。これは絶対である。 次に二人揃う事で性能を発揮すると言われるナツキとフユミの敵幹部。これは二人同時の運用が推測され、恐らくは同数のリベリスタを上回る。推測ながらこれも間違いの可能性が低いだろう。 上記の二戦力はそれぞれが一つのエリアを担当すると推測される。つまり、残る三箇所のエリアに生じる敵フィクサードの数は五人。これを敵側がどう配置してくるかが肝であった。 「……京介を、見つけた。予想通りと言えば予想通りだけど……」 千里眼の探査を果たした涼子の報告によれば黄泉ヶ辻京介は園内中央付近のセンター広場付近に存在する事が判明した。リベリスタの推測通り彼はスタンドアローンの戦力である。ナツキとフユミの双子はお化け屋敷付近、残る三箇所――ジェットコースター付近には三人のフィクサード、残るメリーゴーラウンド、レストラン・レストハウス付近には一人ずつのフィクサードが存在しているという。 「作戦通りに」 その感情を押し殺し、敢えて短い言葉で告げた夏栖斗に一同が頷いた。 パーティの作戦は十人の戦力を三つに分けるというものである。主力である一斑は夏栖斗、俊介、涼子、朔で構成する四人。継戦能力やオールラウンドの戦闘を強く意識した『対京介チーム』である。一方で火力を高める事を意識した二班は恵梨香、リリ、風斗の編成。同じく三班は悠月、麗香、真珠郎の編成である。 初動における彼等それぞれの役割は、京介の抑えと手薄な箇所から『賢者の石』を獲得する事。事実上圧倒が難しいと推測される双子のお化け屋敷と時間のロスが推測されるジェットコースターを捨て、確実に石を拾う手筈である。無論、二班、三班の戦力は速やかな石回収後に敵戦力交戦或いは探索のプランを立てている。 「この感じだと、向こうに――何かありそうです」 「ああ!」 言葉と共にバイクをふかしたリリに風斗が頷く。 動き出すリベリスタ達は、今日という日の困難を知っていた。 僅か四人の戦力で果たして京介を押し止められるか――残る六人がこのレースに勝てるのか。 何れにしても作戦に保証は無かったが、それでもやってやるしか道はないのだ。 ●レース・ゲイムIII 「うーん、お早い御着きで!」 一斑のリベリスタ達四人がセンター広場で遭遇したのは予定通りの人物だった。 屈託の無い笑顔を浮かべて、招かれざる客を応対するのは言わずと知れた黄泉ヶ辻京介だ。 決して見たい顔では無いが、見る心算だった顔でもある。ハッキリ予定外だと言えるのは一点。 「ごきげん麗しゅう、京ちゃん。そっちこそ、手が早いんだから。困っちゃうよ、そういうの」 苦笑した夏栖斗の視線の先に立つ彼が、お手玉の要領で赤い光を弄んでいる事だけだ。 「――ま、俺様ちゃんこういうの得意だからね。なんだっけ、『ガーリーを探せ!』だっけ!? ジャンプしちゃう? しょうきにもどるの!? お寿司って美味しいよ!」 ――ドント・ウォーリー!!! 手に嵌めた銀色の指輪と共にゲラゲラと笑う彼は見るからに隙だらけに見える。 だが、そんな風でありながら彼には触れなば斬れん殺気が満ちている事をリベリスタ達は知っていた。 「ま、遊びはこれまでだ……って話? 劇場版キョーちゃんは一味違うぜい」 「やっと本気か。こっちは何時でも本気なのにひどいな!」 ジリジリと肌を突き刺す緊張感に冗句が踊る。 黄泉ヶ辻京介なる魔人の本気を前に丁々発止と言葉を返せる俊介は常人から程遠い。 「京ちゃんや、本気で仕事をする心算なの?」 「んー?」 「性格悪いペリーシュがまともな契約をするはずがないだろーがよ!」 ――Yeahてるゥぅぅぅ!!! 俊介の『正論』に真っ先に同意したのはあろう事かペリーシュの被造物たる狂気劇場であった。 ――あのおっさん、ほんっとおおおおおおおに性格悪いからNE!!! 「……だ、そうなんだけど、どうなんだよ!」 俊介はやや辟易しながらそう問うた。 「結論から言えば本気で仕事しちゃうよ、俺様ちゃんはNE。 世の中には色々な人が居るのは百も承知。彼はきっとさぞかし扱い難い人なんだろーケド。 幸いにして、ペリちゃんの目的と俺様ちゃんの目的は今の所バッティングしない。 俺様ちゃんはペリちゃんの欲しいものをあげる。ペリちゃんは俺様ちゃんの欲しいものをくれる。WINWIN。 結果的にー? 大喧嘩になる可能性は無い訳じゃないし、別にそれでもいーけどね。 でも、今したい事はそれぞれお互いが別ってワケ。言い換えるとぶっちゃけお互いが『どーでもいい』。 優先順位が低いなら無理に喧嘩する意味は無いってのが結論なんだよねぇ!」 (黄泉ヶ辻京介が真剣とはな。ペリーシュの報酬は奴にとってそれほどまでに重要なものなのか) 再確認に過ぎないが朔の洞察は正鵠を射抜いているに違いない。 京介はそれ程までに『違う』のだから。 「……成る程。で、さぁ、京ちゃん」 「なあに、すけしゅん君」 「京ちゃん。俺達、友達になれないの? 俺は、友達になりたいだけだよ? リベリスタとかフィクサードとか別にして、さ!」 「酷い!!! もーずっと前からトモダチじゃん!」 まさに噛み合わない会話が極まっていた。 頭痛を禁じ得ない京介の言葉とその認識にリベリスタ達はアイ・コンタクトを送る。 俊介はこんな狂人を相手にしても尚――彼と分かり合いたいという希望を持っていたが、残念ながら彼のそんな優しさとも愚かさとも呼べる心情は高い確率で報われるものとは言い難いものだ。 だが、この一斑の最大の任務は京介を食い止めておく事なのだから多少のお喋りは優位に働くと言える。無論、京介を出し抜いて『賢者の石』までもを獲得出来れば百点だったが、それは誰も期待してはいなかっただろう。 「最狂×最凶なんてうんざりするんだけど…… 京ちゃんが他人にいいように使われるほど……とっても素敵なものって魅力的なの? その気になれば何でも手に入れられるあんたが……一体何を『望む』わけ?」 九月だというのに残暑は厳しい。空から照りつける太陽に夏栖斗はポタリと汗を垂らす。アークの中でも特に京介の狂気に相対する機会の多かった彼は、誰よりもその悪辣さを知っていた。聞きたくはないが気にはなる。言うとは思えないが、問わずにはいられない――ジレンマである。 「説明してあげたら、きっと皆分かってくれると思うけどね! ペリちゃんだって人に頼む事だってあるんだ。俺様ちゃんがそうしても変じゃないでしょ!? ……あ、それから。今回はリーディングとか無駄だからNE!」 京介の言葉に俊介が臍を噛む。成る程、計画があるならば心を読ませるような事はするまい。 「ああ、もう、うるさい」 歯を剥いた涼子の眉が吊り上がった。 如何なる言葉遊びを重ねた所でリベリスタが京介から得るものは無い。 それを彼女も又、良く知っていた。彼の指が時折動くのを彼女は見逃していない。時間稼ぎはリベリスタも京介も同じ事なのだ。現場に居る四人のリベリスタは彼と相対する以上の事が出来ないが、彼の方は他所の戦場にちょっかいをかけるのも容易いのだからそれは当然だ。 「ふぅん」と目を細めた京介から濃密な死と破滅の気配が滲んでいた。 (わたしの敵を見ろ。死ぬまで膝を折るな――それが生きるってことだろう?) 怯まない涼子は自らに問いかけ、その両膝に力を込めた。 低い姿勢で構えを取った彼女は、今にも始まらんとする死闘に一分も油断も見せていない。 「――分かり易いな。敵というものはかくあるべきだろう?」 ふざけた態度を崩さない平素の京介よりは余程『その気』になる。 閉じた片目を開けた朔の表情は蕾が開いたかのように華やかなものになっていた。 「では、やるとしようか」 ●レース・ゲイムIV 京介と会敵したリベリスタ達の一方で―― メリーゴーラウンドを目指したリベリスタ達の二班は己が任務を遂行せんとしていた。 リリのバイクの後部座席から飛び降りるようにした恵梨香がアスファルトの上で見事な一回転を決める。 「逃がさないわよ!」 即座に体勢を立て直した恵梨香の鋭い声にフィクサードの表情が歪む。 時間的猶予がフィクサード側にあったのは事実である。 だが、『賢者の石』探索にかかっていた彼を追いかける形で展開した恵梨香、リリ、風斗の三人は流石と言うべき動きと連携の良さで順調に黄泉ヶ辻フィクサードを補足していたのだ。 「京介さんの所に行くんじゃなかったのかよ? 白黒の!」 「結果として奴の野望が食い止められるなら――それで十分だ! 何を企んでいるかは知らんが、ろくなことじゃないのはわかる。 絶対に貴様の思い通りにはさせんぞ、京介!」 「……チッ」 そして「風斗ちゃんかっくいー」と軽薄な声が響き渡る。 舌を打つフィクサードの周囲を旋回するのは京介に操作された物体達である。 話に聞いている通り、あくまでも今回の京介は仕事の遂行を優先しているようだった。リベリスタ側からすれば京介の抑えに戦力を割くのは当然だが、京介側からしてもそれは分かっていたのだろう。抑え程度の戦力が己を倒す術は無い。ならば、己は己の強味を生かしそれ等リベリスタ達を逆に抑えながら各所の支援に出る――道理に叶った戦術であろう。 だが、先刻承知のその能力の対抗策はリベリスタ達にはハッキリしている。 「自分が他人とは違う生き物のように感じて寂しいのね? 悲劇の主人公になったつもり? 孤独……そんなこと、あなただけが感じているわけじゃないわ。 己の存在が間違いだと思うなら、今すぐ消えて頂戴!」 辛辣な恵梨香に京介は大喜び。 「死んでまで果たさなければならない依頼でもないでしょう――!」 構わない。周囲に展開した物体を殆ど無視する形で恵梨香は銀の弾光を撃ち放った。 猛烈な魔力を渦巻かせ、目標である敵まで一直線に空間を貫く一撃は防御姿勢の上からも敵を痛烈に削り取る。 「お生憎様。黄泉ヶ辻に面白くねー失敗は許されないワケ!」 舌を出したフィクサードは痛みながらも『賢者の石』の赤い光に駆け出さんとする。 「無明の輩……ッ!」 そこにある罪を罪と自覚しながら『愉悦』と称する狂人にリリの柳眉が吊り上がった。 彼女の神も救えない。恐らくは地獄の悪魔も見放すような連中に彼女が手加減をする道理は一つも無い。 「――さあ、『お祈り』を始めましょう」 静謐にして厳然としたその言葉が断罪を定めれば――この世界には無明を許さぬ魔弾の唄が点るばかり。 (弾丸で紡ぐこの『お祈り』は、大好きな方々の笑顔の為に――ッ!) かつて神のみを見つめていた少女の現在は、それとはまるで異なる。 それを罪と呼ぶならば、そんなものは恐らく彼女の信じた主では無かろう。 「……っぐあ……!」 元より実力差は明らかだ。 狂気劇場の妨害で幾らか手間取った三人だが、圧倒されたフィクサードがバランスを崩す。 恵梨香の銀光に薙ぎ払われたその道を十分過ぎる程の気合を纏った風斗が走った。 「何度でも、何回だって――お前達の前にはこの俺が、リベリスタが立ち塞がるッ!」 ――デュランダルの一閃が辺りに轟音を響かせた。 ●レース・ゲイムV 「面白くも何とも無いわ」 渋面の真珠郎の言葉はまるきりにべもないものであった。 「無為、無能、退屈――」 己目掛けて飛来する無数の物体を身のこなしと両刃の閃きだけで凌ぎ切っている。演武にも見えるその動きは――実戦と言われても信じ難い完璧なまでのあでやかさで、或る種の幻想めいてもいた。 「――故に、価値すら無いわ」 心に響かぬ『雑な猛攻』をせせら笑った真珠郎がちらりと仲間に目をやれば、 「チェック・メイトであるな!」 そこには相変わらず安定しないキャラクターをそのままに――敵フィクサードの動きを完璧に捉えた麗香が居た。 「君達より、双子の方が興味深い! 果たしてアレはガーターなのかスパッツなのか!」 彼女が得物の剣に溜めた強烈なエネルギーの奔流が空気を焦がす。 「何れにしてもそれは『黒』に違いない!」 振り抜いた斬撃のままに撃ち出された光の柱がフィクサードとその悲鳴を丸ごと飲み込んで爆ぜとんだ。 レストラン・レストハウスで起きた小競り合いも運命は似たようなものだった。 元よりアークでもトップクラスのリベリスタ達を動員した精鋭部隊である。数に劣る黄泉ヶ辻フィクサードは敵には成り得ず、幾ばくかの妨害があったとしても、それ等は悠月、麗香、真珠郎等を止めるには到底及ばなかったのである。 「これでこのエリアの回収は……間違いありませんね」 フィクサードの死亡を確認した悠月が『賢者の石』を手に乗せ呟く。 だが、そのかんばせに乗る表情は晴れやかなものではなかった。 「作戦は決して外されてはいない。しかし、これは予定通りと言える状況ではありませんね」 「追えぬかえ」 「……恐らくは」 明敏に察した真珠郎に悠月は頷く。 メリーゴーラウンドに向かったチームからも回収成功の連絡は受けていた。 しかして、状況はそれで百点となる訳ではない。戦力を三分割したパーティは、五分割した黄泉ヶ辻陣営に対して戦力で上回り、手数で劣った情勢が確実であった。二班と三班が『賢者の石』の奪取に成功したのは戦果だが、過半数の奪取を果たすには最低でもあと一箇所をリベリスタ側で確保する必要があった。しかし、黄泉ヶ辻陣営の『手薄な箇所』が明らかな時間稼ぎに出た現状を鑑みるに、お化け屋敷とジェットコースターの『賢者の石』の確保は追いかけるに難しい状況なのは最早確実となっていたからだ。 「……厄介じゃな。と、なれば選択は一しか無い」 リスクと戦果を天秤にかける戦いで、リベリスタ陣営はリスクヘッジを重視した。 それ自体は止むを得ない話になろうが、黄泉ヶ辻はアーク程人材を大事にしない連中なのも確かだろう。 「――次は京介かぇ?」 「……そうするしかありませんね」 「よし来た!」 真珠郎の言葉に悠月が頷き、麗香が駆け出した。 黄泉ヶ辻陣営のフィクサードが撤退するにせよ、京介と合流するにせよ『賢者の石』を奪還する事が任務の達成条件ならば、少なくとも戦場に現時点で残っている――そして一斑と交戦中の京介は狙うべき相手になる。 果たして――彼とリベリスタの戦闘は熾烈なものとなっていた。 「……ふっ!」 鋭い呼気と共に放たれた朔の斬撃が京介の手から赤い光を弾き飛ばした。 「ああ……ッ!?」 声を上げた京介は一瞬後に破顔して言う。 「……なんちゃって!」 浮遊する赤い光はすぐさまに彼の懐に潜り込む。 『賢者の石』それそのものを操作しての悪趣味な芝居にリベリスタ側は歯噛みする。 「んじゃーちょっと、パワーアップいってみよーか!」 他戦場の援護をもう不要と切り捨てた京介の両目がカッと見開かれる。 両手を自由にした彼の両手両指その爪から――紫色のオーラが伸縮自在に迸った。 魔剣や妖刀以上の切れ味を秘めた線が宙空に無数の死を刻んだ。 「……ッ!?」 動きについていけない俊介が思わず何かを言いかけて――直前でそれを阻んだ夏栖斗に息を呑む。 「だから――ッ!」 生々しい鮮血をアスファルトにばらまいた夏栖斗が歯を食いしばる。 「……あれは、あれは人の形をした悪意だ、踏み込めば破滅しかない……ッ!」 パーティの要たる俊介をガードに入った夏栖斗は、防御の姿勢のまま振り返らずにそう言った。 「あれー? すけしゅん君、オトモダチになってくれるんじゃなかったのー? 自由意志阻害はんたーい。ラヴ&ピースはんたーい。……あれ、何か違うNE!」 成る程、京介にとって自分の遊び相手は人形だけだと言わんばかりである。 「……筋金入りだな! この野郎!」 だが、筋金入りなのは俊介も同じだった。 仲間達の傷を彼の異能が賦活する。魔人を前にも怯まない彼は或る意味で彼と同じ。 これと分かり合おうという努力がどれ程無駄かを説いた所で――恐らくは『無駄』なのだろう。 「結局、お前は仲間を欲しがるフリをして……自分自身誰かを仲間だって思ったことなんて一度もないんだろ?」 「どうかな?」 「黄泉ヶ辻だって、アークだって、誰だって同じだ。まるでだだをこねる子供みたいだ」 「そうだねぇ」 血を拭った夏栖斗の言葉に京介は大笑した。 「そうだね、きっとそうだね。でも、仕方ないじゃん? 君達ってさあ、例えばサルを見て仲間だって思う? ありんこを見てさ、仲間だって思うの? まぁ、そこまでいかなくてもいいや。人種の違いだってなんだっていいよ。別はあくまで別なんだ。 どんな理屈をつけてもね。噛み合わないものは噛み合わない。俺様ちゃんはこういう風に生まれたし、そうでない人達はそうでないように生まれた。どうしようもねー悲劇じゃーん?」 咆哮を上げて仕掛けた夏栖斗の武闘を退いた京介がいなして避けた。 「賢しげに間合いを取るなッ!」 一喝した涼子のバウンティショットが京介を追いかける。咄嗟に急所を守った彼の右腕から血がボタボタと滴った。皮肉な事に普通の人間と同じように赤い血が熱いアスファルトの上に蟠る。 (息が届くところまで近づけば、怖さも憎しみも、怒りすら関係ない――ただ、にらみつけて、魂を拳に握れ!) 更なる追撃を仕掛けた涼子を避けた京介が、すれ違い様に彼女の首筋を切り裂いた。 手をついてそのバネだけで姿勢を戻した彼は、崩れ落ちた涼子に構わずに次の相手を見定めていた。 「スロースターターは廃業したらしいな」 ギラギラとした視線を正面から受け止める朔が一跳躍で間合いを詰めた。 繰り出される圧倒的なスピード、その斬撃を京介と狂気劇場が迎撃する。 刹那、注意を失う事が容易な死に繋がる程の応酬が――短い時間を長く、長く引き伸ばしていた。 鋼が泣き叫ぶ鋭い音がして、京介と朔、その双方がバッと身を翻す。 「御厨様、大丈夫ですかッ!?」 「……何とか、ね!」 遠くから声をかけたリリの姿に京介は目を細める。 「……あらあら、正義の味方が揃っちゃったNE!」 彼の言葉の通り――気付けば周囲には二班と三班のリベリスタ達が集結しようとしていた。 黄泉ヶ辻側の増援はないが、これは彼等が早々に『賢者の石』を持ち逃げしたからである。 ――京介ぇ、何してるの? ――もう十分でしょうに! 電力以外は生きていたのか。園内アナウンスが少女の声を二つ、戦場に届けた。 流石の京介も十対一になれば面倒が勝るのか――「はいはい」と肩を竦めて距離を取る。 撤収の構えを見せた京介だが、相手が相手では深追いは逆の結果を招きかねない。 『賢者の石』を持つリベリスタ陣営が返り討ちに遭えば、尚更悪い結果も有り得るからだ。 「心配しなくても、サ。もうちょっとだからNE!」 バチンと妙に上手いウィンクをして見せた京介は『まるで友人のような』リベリスタ達に言う。 「もうちょっとで、始まるさ。最高の、俺様ちゃんのしたいことが。最後のゲイムが!」 「また会おう黄泉ヶ辻京介。……あと一度だけな」 夏栖斗の飛翔する蹴撃を足の裏で踏み潰し、薄ら笑む朔に応える。 「あと一度だけ?」 京介は何処までも楽しそうに言った。 「生まれ変わっても、何度でも。俺様ちゃんは――きっと皆を愛してるよ!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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