●2010.8.7 この世界には存外に多くの秘密が隠れ住んでいる。 古来より人の目が及ぶ範囲が世界の全てだったと言うならば、今日の世界の発展もあるまい。人は何時も望遠鏡を逆に覗き込むような視野で真実を見つめている。狭い、狭い、狭い――何か一つの発見があれば如何様にでも書き換わる『常識』なる概念は凍ったバナナのようである。堅実であるかのように見えて、溶ければ軟い。 「……言い残す事はある?」 そんな人知れぬ現代の闇の中―― 車の通りも無い大きな橋の一角で向かい合う一組の男女が居た。 双方共に傷付いている。酷く消耗を重ねているのは同じだが――女は未だ五体無事。男はその両腕を狩り取られ、膝をついていた。残る余力、状態は若干ばかり女の方に分がああった。青白い月の光を玲瓏に跳ね返す女の刃は、彼女がどれ程に傷んでいたとしてもその鋭さを、輝きを失わない。凛と冷たく男の喉元に突き付けられた切っ先は彼女の心根を示すようにそれ自体が決意に満ちているかのようだった。 「言い残す事?」 男――ロマーネ・エンポリオは女の言葉を嘲笑した。 「この俺が言い残す事、か。こりゃ傑作だ」 正真正銘、間違い無く命の危機を舞台の終焉を迎えながらロマーネには奇妙な余裕があった。根拠のある余裕では無い。強いて言うならば勘のようなもの――か。幾つもの死線を越え、幾つもの修羅場を越えてきた男特有の勘。思い込みに似た信念と自信が時に自分の身を助ける事を彼は知っていた。欧州、日本と。流れ流れて、それで暗黒街を生きてきた。 「いや、しかし……傑作ついでに、いい女だな。オマエ」 「……喜ぶ所じゃないわね」 「いいや、正真正銘褒めてるさ。 こんな極東の島国(ばすえ)で、オマエみてぇなのに会えるなんて最高だぜ」 刃を交わしながら、終焉の時間を見据えながら。まるでそんな気配も無い調子である。 粘つく闇のカーテンが包む戦場は肌を引き攣らせるような緊張感と、皮肉なまでの気楽さを奇妙な形で同居させていた。世界の矛盾である二人だから、矛盾の光景も似合うのか。 「なぁ、オマエ。俺の女になれよ」 「冗談に付き合う心算は無いわ。決着を長引かせる心算も無い」 女は言葉にその柳眉を僅かに吊り上げた。形の良い薄い唇が僅かな感情を漏らしていた。大きく一結びにした長い髪が一寸先の闇の中に溶け込んでいる。 淡い月光は、至近まで近付かなければ二人の姿を確認させない。 「本気、なのに」 寂れたシルエットで交わす奇妙な会話はロマーネにとっては特別な意味を持っていた。それを本気にするような女では、無かったけれど。 「これ以上、語る事も無いならば――さよなら、ロマーネ」 「ああ、『また』な。東翡香――」 白い刃が星の煌きで真深い夜を切り裂く。 お喋りな首はそれ以上の言葉を吐き出さず、アスファルトの上へと転がった。 ●妄執 「なぁ、お前等。執念深い男ってどう思う?」 ブリーフィングに集まったリベリスタ達に『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)はそんな言葉を投げかけてきた。仕事の導入としては相も変わらず不親切な問いかけだが、彼の場合それは日常茶飯事なのでリベリスタ側も慣れたもの。 「時と場合によるだろ。より厳密には相手次第」 「ザッツ・ライト。まぁ、恋愛ってのは此の世で最高の非生産的概念さ。 世界にラヴが満ちてるから、俺は音楽に触れられる――」 「オマエの音楽性は兎も角として、仕事だろ」 「勿論。今回の任務は或るフィクサードの始末をつける事だ。 名前はロマーネ・エンポリオ。欧州から流れてきたマフィア崩れで日本でフィクサード組織『エンポリオ・ファミリー』を率いてた。この厄介な男が絶命した――と『思われてた』のは一年前。アークに所属していないとあるリベリスタ……東翠香って女が仕留めたって事になってたんだが」 そのリベリスタの名を呼ぶ時、伸暁の眉は僅かに動いていた。 リベリスタが何かを言うよりも先に彼は咳払いを一つして説明を続ける。 「紆余曲折の末、とある大橋の上で翠香と決闘したロマーネは彼女に討ち取られた。首を落とされたんだからそう思っても当然だろ――が、奴はそれで死んじゃいなかった」 「アーティファクトか?」 「そう。奴のアーティファクト『幻想偏執狂(ロマーネ・パラノイア)』。 こいつは持ち主の妄執(こころ)を糧に生命力を化け物みたいに高める力があった。 勿論、死んだらダメなんだが。結論から言えばロマーネは首を落とされても死ななかった。奇跡に奇跡を重ねた奇跡が起きた結果、いや――起こしたと言うべきなのかも知れないが――奴の肉体は再生したのさ」 「……妄執って言ったな。奴の狙いは……」 「勘が良くなってきたじゃないか。そう、奴が再生する為にはとんでもない執念が必要だった。そして奴をこの世の淵に留まらせたのは――その翠香だったのさ」 もう一度会いたい。 次こそは勝って、オマエを這い蹲らせてやる―― 妄執は歪んでいるからこその妄執だ。 しかし、好悪別にして死さえも跳ね除けた想いは何処までも本物だったのだろう。 「奴は自分の力が完全に戻るのを待っていた。 一年の時間が過ぎ『記念日』がやって来るのを待っていた。 ……時間が過ぎたのが良かったのか、悪かったのか。東翠香はもう居ない。 だが、『幻想偏執狂』に憑かれた奴はそれを知らない。 『幻想偏執狂』に憑かれた奴は願いが叶わないなら、破滅的な行動に出るだろう」 伸暁の言う『もう居ない』の意味を噛み締めてリベリスタは小さく息を呑んだ。 「お前達の仕事は、間に合わなかった再会の片を付ける事さ。 平和を歌ったイギリス人が居たから今の音楽シーンがあるのと同じようにね。 偉大なセンパイってのは大切にしなくちゃいけないモンだろう――?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月22日(月)23:45 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●2010.8.7 I 綺麗な女は好きじゃない。 扱い難いし――どうしたって金が掛かる。 『気の毒なイタリア人』が、痛い目にあった事は一度二度じゃきかないさ。 「ロマーネ・エンポリオ!」 おお、怖ぇ。 すげぇ美人が剣を片手に俺を睨むんだからたまらないね。 「どれだけの罪を重ねたか、後悔して終わりなさい」 「は」 青臭い小娘の戯言に失笑を禁じ得なかった。 「罪も無い人を殺したから――俺は悪ってか? 同じだろ? 人間が牛だの豚だの屠殺するのもよ、この俺が人間を殺して奪うのもよ。 『同種同類』を殺す事が罪だって云うなら、翠香ちゃんよ。『同じでありながら』俺を殺すお前の方が罪深いんじゃねぇのかい」 「言葉遊びをする心算は無いのよ、ロマーネ。リベリスタの欺瞞なんてもの、ここで論ずるにも値しない」 「ち――!」 白刃に鬼気を宿らせた――女の影がブレて消える。 咄嗟に身を翻すも、予想以上の速度で頬を薙いだ刃の風に一筋ばかり赤い色が零れ落ちた。 「女ってのは嫌だねェ……まったく理屈が通じない」 綺麗な女は好きじゃない。分からず屋なら、尚の事―― ●2011.8.7 I 夜の大橋。 眼窩に黒々と横たわる夜の海を眺めながらその男は立っていた。 「恋焦がれた女性を待ち続ける……」 叶わぬ渇望は哀れ。妄執は道化の様。 今宵、異界と成るこの大橋に足を踏み入れた内の一人、源 カイ(BNE000446)が嘆息交じりに呟いた。 「……確かにロマンチックな光景ではあるのですがね」 「――何だ、オメェ等は――」 何かに憑かれた者特有の濁った瞳が招かれざる客達を見た。 「こっちは、プライベートなんだ。用はねぇぞ、リベリスタ」 人影の数は彼我を合わせて二十と少し。 「そっちに無くてもこっちにはあるんだよ」 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)の答えはにべもなかった。 男――ロマーネ・エンポリオと、死した彼をこの現世に繋ぎ止めたアーティファクト『幻想偏執狂』を破壊する事が、今夜のリベリスタ達に与えられた使命である。 「へぇ、マジで首落とされて生き残ったんだ。アンタ」 「一年越しの想い。それだけの執念は嫌いじゃない。いっそ感心する位だがな」 『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)、ツァインの言葉にロマーネは「くく」と笑う。 「何時だってお前等は空気が読めねェ」 言葉と裏腹にロマーネはまるで何かの熱病か中毒に冒されているかのようだった。 細かく肩を震わせ、落ち着かぬ澱んだ瞳を闇の中に彷徨わせている。 「哀れ、愛執着恋慕の鬼人、いまだ相別離の苦を知らず。 ちゅーか、文字通りの吊り橋効果なんでないか、これ? ……ま、好きになっちまったら、理由は関係ない、という事か」 それでも、彼は言う。決して戻らぬ『かつて』と同じく。 呆れたように言葉を投げた『バーンドアウト行者』一任 想重(BNE002516)に余裕めいた伊達男の顔をして、夜に冗句を吐き出すのだ。 「……上手い事を言いやがる。おせっかい共め――馬に蹴られて死んじまえ」 「こりゃ一本取られたのぅ」 ……極限まで細く削られた理性を繋ぎ止めるのも、彼が求める女の幻影(かげ)なのだろうか? 「東 翠香、か……何とも、懐かしい名前だな」 『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)はそんな様を見やり、言葉と共に小さく「ふん」と鼻を鳴らした。 「良縁か悪縁か。簡単に答えが出そうもない話ではあるがな」 「まったく」 頷いたのは『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)だ。 ――彼があの時の彼女と対峙していたなら、何を考えたでしょうな―― 続く言葉の前半を口にはせず、正道は溜息を吐いた。 確かに彼の言う通り。狭き世に連なる神秘と神秘は惹き合う皮肉な運命に満たされているかのようである。 ほんの四ヶ月程前に彼は――この場に在る『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)、『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)、刃紅郎は『彼女』の最期に立ち会った――彼女に最期を与えたのだから。 「……っ……」 蘇る心の内の棘に表情を歪めた夏栖斗の様を『敢えて見なかったふりをして』正道は言う。 「アレと似た代物をお持ちなのも運命のお導きってヤツ……でしょうかね。 ……何にせよ、執着という奴は時に迷惑な程の力を生むものです。慎重にあたりませんとな」 「まったくだ」 言葉を先程の彼と同じ相槌で受けた刃紅郎は苦笑する。 東翠香を終わらせた『心無いベアトリクス』は確かに目前の男が縋る歪んだ想いのロケットに何処か似ていた。 概念だけでは無い。間近に接して伝わってくる――尋常ならざる魔力の色も。悪意の音(こえ)も。 「――翠香サンの事、俺等知ってるぜ」 俊介の吐き出した一言はロマーネにとって特別な意味を持っていた。 「でも、簡単に教える事は出来ないです。翠香さんの代わりにあたし達が終わらせるです」 「俺らに勝ったら翠香に関する情報を教えてやるよ、どこで何をしてるのか……ってな」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の言葉を、トドメとばかりに零六が繋いだ。 「……お前、等が、スイカの前の、前菜、か」 まさに、劇的。 饒舌な男の声色と口調が頼りを失い揺らぎ始めていた。 「……悪いけど、再会は阻止させて貰う」 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の言葉の裏には敢えて言わなかった「叶わない」が潜んでいた。 男は間違いない悪党である。男の執念は歪んでいる。だが、決して――決して杏樹は彼の在り様が、ある種の『一途さ』が嫌いでは無かった。人は何時だって業が深い。二元論(ぜんあく)で全てを割り切るには彼女(シスター)は少し瑞々し過ぎる。 「――今度こそ、先輩の代わりに。安らかな眠りを与えよう――」 星乙女の名(アストレア)は彼に添える十字になろうか。 「オマエラ!」 エンポリオ・ファミリーが一声に雷を受けたように構えを取った。 「全インはコロサナイ程度に、イタメつけてやレ」 爛々と染まる赤い瞳は――今の彼が正しい瀟洒な悪党(ロマーネ)で無い事を告げていた。 「危険分子として、貴方を討たせてもらいます」 「死んでも叶える、常軌を逸した気力は……人としては何故か妬ましさすら覚えるな」 「そこまでの想いがあるならば、正直尊敬にさえ値する――」 一秒毎に表情を歪め、人としての平常を失っていくかのような男を眺めカイが言う。『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)が嘯き、『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)も言葉を漏らした。 「……でも、人として失ってはいけないものもある。 その命が歪なものならば――あるべき場所に返す。俺達の仕事だ」 レンの――仲間達の居るこの夜には程無く戦いの時間が訪れるのだ。 存在意義(レゾンテートル)を存在意義(ただひとつのルール)で侵す――互いの尾を喰らう蛇同士の如き戦いが。 (――その想いはきっと真摯な物であったのでしょう) 少女――『イージスの盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)は、ロマーネの人柄を知っている訳では無い。だがそれでも、目の前で無様に生き永らえる男がどれ程の精神力を発揮して――自己を保ってきたかを分からないでは無かった。 「例え願いは叶わずともせめて、その気持ちだけは――」 故に少女は誇り高く、九八式陸軍刀を引き抜いた。 「因縁も、妄執も。終わらせましょう――必ず、ここで」 僅かに反るセインディールの刀身は月の光を罪の青に跳ね返す。 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)(あるじ)の覚悟を示さんとしているかのように。 おおおおおお……! 獰猛なる獣の一声が開幕を告げるベルとなる。 鳴り響く本能の警戒と、真夏に走った寒気怖気さえ飲み干して。 「下らん幻想、偏執……我が残らず打ち砕いてくれよう」 王は傲然と言い放ち。 「今夜こそくたばりな、死に損ない。この主人公(おれ)が名を売る為の糧になってもらうぜ!」 吠えた零六のその懐に『四足になった』ロマーネが飛び込んだ。 ●2010.8.7 II 碌な生き方をしなかった。 今更言うのも何だが――まともな死に方が出来るとは、微塵も思っちゃ居なかった。 だが、モノには限度があるだろう? 「この俺が言い残す事、か。こりゃ傑作だ」 何故、俺は魅せられた? 何故、死神何ぞに魅入られた。 最後に出逢った女が芯からガツンと俺の真ん中をブン殴る――ちょっと出来過ぎだろ、そんなもん。 「なぁ、オマエ。俺の女になれよ」 「冗談に付き合う心算は無いわ。決着を長引かせる心算も無い」 ……綺麗な女はだから嫌いだ。 さあ、殺せ。殺しちまえ、オマエの手に掛かるなら――悪くねぇ。 ああ、畜生。だが、クソったれが。オマエにもう一度――死んでも、もう一度逢いてぇなあ! ●2011.8.7 II ――先輩。見てるかな? ベアトリクスんとき俺、回復しか出来なかった。 でも今、少しは強くなれたんだよ。 まだ先輩ほどじゃないけど――仲間も頼れるのが一杯いるんだぜ? 目を開けた俊介の視界はクリア。 「だから――安心してな。 先輩が残したものは、俺等が残らず――決着してみせるから!」 意志に応える神気を帯びた光の波が闇を鮮烈に白く染め抜いた。 硬質の鋼同士がぶつかる音が響く。 「長くかける訳にはいかないからな――!」 気を吐いたのは前で敵を受け止めたツァインのものだった。 「コイツは此処で確実に仕留める。今退かなければ次はお前等だ!」 怒鳴るような裂帛の気合に敵の切っ先が僅かに緩む。 夜の大橋を舞台にした戦いは早々に激しいモノとなっていた。 幻想狂ロマーネと彼のファミリーと対決するパーティは事前に対処の為の作戦を用意していた。 それは消耗を避け得ない乱戦を最も的確に回避する為の手段であった。 「散れ、木っ端が!」 刃紅郎の繰り出す獅子王『煌』が王威と成りて敵を打つ。 その膂力と闘気の十分に乗せられた一閃は文字通り『木っ端』の如く敵を軽々と吹き飛ばした。 「今夜の目標はお前達じゃない、けれど――」 俊介の神気に目を灼かれたホーリーメイガス達目掛けて、星の尾を引く光の矢が放たれる。 「――邪魔をするなら倒す」 正確無比な腕を持つ杏樹は魔弾の射手。 然程打たれ強いとは言い難い彼女が反撃を受ければ危険ではあるのだが、 「これも適材適所、という訳ですな――」 その危機の芽を論理戦闘車(まさみち)が見逃す筈は無い。 杏樹に比べれば余りに手緩い銃撃を機械化した腕で払い落とし、 「賢明な選択とは言えませんな」 向かってきたクリミナルスタアを受け止める。 「命が惜しければ大人しく下がれ」 レイの二刀が間合いを引き裂き、闇に混ざる痛みの槌を振り下ろす。 リベリスタ達はエンポリオ・ファミリーの事情と弱みを良く理解していたのである。 「貴方達のボスは何れ完全に正気を失う事でしょう。 とばっちりを受けて命を落としたくなければ、速やかにこの場から立ち去って下さい」 「この先も藁に縋って泳いで行くつもりか? 逃げるなら追わぬ。今直退転すらばよし、さにあらずんば、素っ首払って蹴落とすぞ!」 「ああ。そのまま逃げりゃ命位は助かるぜ」 カイの言葉が、想重の喝が、獰猛な零六の笑みが面白い程に効いている。 すがるべきボスが――理性も視野も失っているのであれば当然である。 おおおおおおおお……! とは言え、ロマーネは強い。 敵戦力の瓦解を優先させたパーティの抑えがやや甘く、ロマーネの意識を引き付け切れていないのは問題だった。 「ちっ、この化け物め……!」 流石の零六も悪態を吐く。 身のこなしの軽い彼は見事な動きでステップを踏んだが、振り下ろした雷気を帯びた渾身の一撃はアスファルトと青い火花を散らすばかりでロマーネの姿を捉えるには到っていない。常軌を逸したその機動は大凡人のモノでは無い。 流血の檻達がリベリスタを襲う。 形勢の乱れるパーティに、ファミリーが逡巡する。 恐れるべきはリベリスタなのか、それともあのボスなのかと―― 「貴方達のボスはっ――何時貴方達をも殺し始めるかも知れません。 それでも戦うのでありますか!」 気力で赤い檻を振り払ったラインハルトが声も枯れよと声を張る。 そのサーベルの切っ先から迸った魔力の弾丸が体力を減じたホーリーメイガスの一人を撃ち抜いた。 「幾度でも問います。まだ、続けるのでありましょうか!」 まさに、激戦だ。 「――っ!」 ハイディフェンサーとオートキュアーを身に纏いその身を堅牢な盾と変えたツァインがロマーネの『重い』ソニックエッジを受け止める。 二重に閃いたロマーネの剣に彼はがくりと膝を突く。 「させるかよ!」 集中に鋭さを増した零六の一閃が飛び退いたロマーネの影を切り裂いた。 傷んだツァインに代わるように夏栖斗が前に出て、そあらの天使の歌が失われた体力を賦活する。 タイトロープの上を渡るかのような戦いは続く。 四人のファミリーが倒れていたが、ローテーションを重ねても相手に仕切る事の難しいロマーネの威圧は格別だった。徹底した集中攻撃を加えねば超再生力と回避力に兼ね備える彼を傷付ける事さえ叶わない。故にこの戦いは最初から敵の編成を如何に破るか、如何にロマーネだけに集中出来る状況を作り上げる事が出来るかにかかっていた。 夢幻の如きその剣に良く耐えたツァインが倒された。 逆境にその力を発揮し、実に二度倒されても喰らいついた――零六が地面に打ち据えられた。 「我を、容易く屠れると思うなよ――!」 刃紅郎が吠える。ならば、と仕掛ける。 瓦解が先か、壊滅が先か。 不利は承知。元より承知。 ギリギリの戦いがパーティに投げかけたのは一つの勝機であった。 「……退いた……!」 肩で呼吸をするカイの瞳にリベリスタ達の呼びかけに応え、逃げ出すファミリーの姿が映っていた。 「改めて、宜しくお願いします――」 ロマーネ・エンポリオに生半可な攻撃は通用しない。だが『ファミリー』に見捨てられた彼ならば、叩きようはある。 「いざ――態勢十分、ですかな」 正道にかかれば長期戦もお手の物。 集中に集中を重ねる『集中攻撃』が始まった。繰り返される攻撃はさしもの彼をも追い詰める。 反撃に誰もが何度も倒された。それでも、リベリスタ達は怯まない。 「これでっ!」 狙いに狙い澄ましたレンのブラックジャックが避け切れぬロマーネの頭部を強かに打ち据えた。 「回避と狙撃。どっちが上回るかな」 杏樹の口元に幽かな笑みが浮かんでいた。彼女こそロマーネに『まともに当てられる』唯一の存在である。 「貴方の幻想は――ここで打ち砕く」 神速の動きさえ見切る魔弾に彼は絶叫した。血を噴く胸を掻き毟った。 「煩悩即菩提、いずれ輪廻の果てで求むる人に会う事もあるじゃろう」 想重の太刀が閃き、リセリアが、優希が一撃する。 「結局――何一つとて、貴様の物にはならぬのだ。 星の瞬きには手は届かぬもの……届いてはならぬものよ。 貴様が這うのは地の底ならば。幻想、偏執……欠片程にも救いにもなるまいな?」 ぞぶりと腹を貫いた刃に構わず、凄絶に笑った刃紅郎は捉えたロマーネを縦に裂いた。 肉に埋まった銀色のロケットの蓋が外れる。隠れていたのは想いの残滓。翠香の顔。ロマーネが唯一知る――不機嫌そうな厳しい顔。 (W・P……?) 正道の記憶の中で『宝石の台座』に見たサインとその刻印が重なった。 (いや、今は) 「おっ、が、ぅあ……」 「限界でありますか?」 地面に血と吐瀉物を撒き散らすロマーネに白い軍服を血に染めたラインハルトが声をかけた。その体ではなく滑稽な程の執念に。 「その程度でありますか、貴方の執念は。 翠香さんへの貴方の想いは、貴方だけの物ではないのですか。答えなさい、ロマーネ・エンポリオ!」 「ああ、ぅああああ……ちくしょ、ちくしょおおおおおおお――!」 絶叫。絶叫で、ロマーネの目に確かな知性が戻っていた。 「……シヌ、死ぬのか、俺は。こんなざまで永らえて……結局、死ぬのか」 声は悔恨に満ちていた。痛恨と呪いに満ちていた。 同情する余地は無く、する必要も無い。しかし、それでも。 「翠香サンはもう居ない。僕が……僕等が、殺した」 血が滲む程に拳を握り締め、夏栖斗は彼に告白した。 「俺、翠香サンの最期見てたよ。安心して逝ってた。だからもう、此岸(こっち)に残らなくてもいいんだよ」 「天国(むこう)に行くのはお前じゃ無理だからな。 俺が伝えといてやる。アンタの為に死すら越えた馬鹿が居たってよ……」 それでも、俊介は、ツァインは手向けを捧げた。 それが終わり。全てが、終わる。 (東……我等は貴様の想いを背負えるか?) 似合わぬ感傷に刃紅郎は極々小さく頭を振った。 砕けた宝石より美しい星達が眼窩の戦士達を見下ろしている。 音を失った夜に響いた雑音はロマーネ自身の笑い声だった。 「安心したぜ、お人良し共……」 呼吸は細く、言葉は絞るようだった。 ロマンチストは汚れた顔に遠い日の涼しい笑みさえ浮かべて見せて。 あくまで『らしく』目を閉じた。 「今度こそ――イタリア男は、こんな程度じゃ、諦めねぇよ……」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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