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<不可逆性方程式>THE END

 朽ち果てた墓標が、風と雨にさらされている。
 刻まれた名は風化して、読み取ることができない。
 荒野には濁った水脈(ワジ)が幾筋もできている。だがこれらも、明日になれば炎天の下で干上がり、大地にゆがんだ皺を残すにすぎないだろう。
 かつてこの墓標に、手向けられる花があったか。知る者はいない。
 かつてこの墓標に、故人の記憶に泣きくれる人がいたか。知るものはいない。
 そもそもなぜ、このような脆く他愛ない、石の墓標が望まれたか。
 知る者はいない。
 そのとき、大きな水のうねりが石を咬み、そのまま押し流した。
 かつてあった無残な戦いの、ただ一つの形見が、永遠に失われた一瞬であった。

 ――記憶。
 記憶とは何であろうか。
 単に有機組織の結合、あるいはデータの配列であるなら、時の流れの中でそれらは無に等しい。
 やがて風化し、失せ果てていくものなら、記憶など存在しないのと同様だ。
 1万年前の歴史と、5分前の記憶。等価だ。
 ならば、記憶はありえない。
 過去はない。現在もない。未来もない。
 風化した墓標はない。そこで泣きくれる者もない。手向けられた花もない。惜しまれつつ埋葬された者も、簡素でも哀切な葬儀もない。戦場はない。血も涙も慟哭もない。縁もゆかりもない。パラドクスはない。R-typeはない。アークはない。リベリスタはない。この文書もない。私はない。ない。ない。ない……。
 
 では、目の前にいる、あなたは。

●アーク総本部・ブリーフィングルーム
「いよいよ決戦だ」
 リベリスタ達の調査とアークの検証により、三高平市内に開かれたリンクチャンネルは、我々の現在と密接に結びついているという結論が出された。
 もしわれわれが知る歴史と、彼の地がリンクするなら、間違いなく8月13日にはあの災厄が引き起こされる。
「災厄の元凶にしてすべての発端――『R-type』と直接コトを構えるわけだ」
 悲劇の回避。災厄の回避。
「あの日から、世界は二つに分岐してしまった。そしておそらくは、ずっと悪い方向に変わってしまったんだ。取り戻せるかもしれない。やり直せるかもしれないんだ」
 伸暁の言葉が、興奮で震える。
「1999年のリベリスタとともに、『R-type』をぶっ潰す。それが俺達の出した結論だ。リスクは考えられないほど高い。だが、決して0じゃない。――そのための『切り札』は用意されている」

 切り札!
 運命に向けられた怒りの剣にして、全人類の希望!
 それが、地下に眠っているというのだ!

「だが、そいつを使うには、少々時間が必要だ。それまでに時間を稼がなければならない。
 しかし……例によってとんでもない厄介者がやってくる」

●カリ=ユガ
 プラズマディスプレイが映し出すのは、宇宙空間に漂う、触手の生えた隕石。
「『R-type』の影響から、あらゆるものにが『変異』させられ……まあ『革醒』と似た状態と考えればいいだろう……『R-type』の手勢と化してしまう。『赤の子』と呼称しているんだが……これはその中でも、とんでもないやつだ」
 隕石が砕け、虚無の深淵が覗ける。
「<カリ=ユガ>『変異』した星間物質。こいつが地上に落下してくる。流れ星と同様で、ほとんど地表に来るまでに燃え尽きちまうんだが、こいつは近辺にいる者の『記憶』を破壊する。地表に激突する際にこいつはその『記憶破壊の光』を、『R-type』を邪魔しようとしている連中めがけてぶっ放す」
対策がなければ最悪、名前も忘れて立ち尽くすだけになる」
 リベリスタ達はある考えに思い至る。
 精強を極めた1999年のリベリスタ達。彼らが手もなくひねられてしまったのは、ひょっとしたら<カリ=ユガ>による、記憶の簒奪があったのではないか……。
「言わんとしていることはわかるよ。まあ『記憶』のあるものがいないので、なんとも言えないが……とにかく、放っておくととんでもないことになる」
<カリ=ユガ>は地表近くになり、表面の岩塊が燃え尽きると、核をむき出しにする。そこから攻撃が可能になる。
<カリ=ユガ>は自らの意志で制動を加えるらしい。地表にたどりつくまで3分。破壊の程度により、記憶破壊の威力は変化するとのことなのだが……。
「こいつと戦闘に入ると、お前らの記憶も破壊される。へたをすれば数十秒で、いままでの記憶をすべてなくしちまうだろう。短期決戦といかない相手だし、攻撃自体は然程強力ともいえないから、大きな戦力を割くわけにもいかない。厄介な相手だな」
 伸暁は、デスクの上に義歯のようなものを取り出した。
「少数精鋭で行くしかない。今回技術班に頼んで、こんなものを造ってもらった」
 外部記憶補助装置<エターナルサンシャイン>。歯の奥に仕込んでおけば、記憶の保持に役立つ。ただし動作が不安定で、種々の行動に影響を及ぼすという。
 また、上空の敵の迎撃ということで、神秘の翼を得ることもできるということだ。
「一世一代の戦いというのがある。俺達は、このために生まれてきたんじゃないかという瞬間がある。だが、俺達のすることは変わらない。いつもどおり、確実に目の前の敵をぶっ潰していけばいい。
 お前たちだけにしか頼めない。こいつを可能な限り潰してくれ。
 そして生きて帰ってくれ……頼むぞ!」



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:遠近法  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年08月29日(金)22:49
 遠近法です。最近もの忘れがひどい。

●戦場
 1999年8月13日。R-type出現地点にほど近い荒野の上空です。
 R-type出現時刻より早い時刻です。他の戦場からの影響はありません。
 プレイヤのーリクエストにより、18ターン継続する『翼の加簿』の付与がなされます。

●勝利条件
 18ターン終了後、<カリ=ユガ>の損傷が大きく、リベリスタ側の損害が軽微であること。

●敗北条件
 18ターン終了後、<カリ=ユガ>によるリベリスタ側の損害が重大であること。

 <カリ=ユガ>の破壊は勝利条件に含まれません。
 破壊は困難を極めます。破壊を狙うなら難易度以上の損害をご覚悟下さい。

●敵データ
〇<カリ=ユガ>
 R-typeの出現により『変異』してしまった天体。E・フォースに近いのでしょうか。
 成層圏を越えたあたりから摩擦熱で核をむき出しにします。それ以前は攻撃不可能です。
・触手(遠/物/単)[不吉]
・光線(遠2/神/範)範囲のガーディアンのHPを回復させ、BSを解除します。
 18ターン経過後に<カリ=ユガ>は地表と激突し、決戦に備えるリベリスタ達に忘却の光を投げかけます。

〇ガーディアン×4
 同じく『変異』を遂げた星間物質。天使とも悪魔ともつかぬ形状をしています。
 フェーズ表記は正確ではありませんが、あえてするとすれば1上位。
 雑魚ではありませんが、総力を注ぐほどでもない。
・武器(近/物/単)[ノックバック][怒り]
・光弾(遠/神/単)[怒り]

●忘却について
 すべてのリベリスタは1~数ターンに一度、何らかのスキル等を『忘却』いたします。
 所持スキル、プレイングなどにより多少の変化はありますが、15ターン経過後には、ほぼすべてのスキルを忘却していると考えて良いでしょう。
 忘却の順序は高レベルから低レベル(複雑なスキルは忘れやすいという判断です)。
 低レベルのスキルは忘却しにくいので、それらを利用するのも手です。
 EXスキル、アーク専用スキルは忘却しにくいです。

 使用していようとしていたスキルを忘却した場合、そのスキルに近い行動を行います。
(登録してあるスキルのみです)
(例:『シルバーバレット』を忘却
→ある場合『マジックミサイル』を使用
→ない場合は『攻撃』または『防御』。不自然にならない程度で)

 絶対者などの一般スキルは、忘却を遅延させることができます。
 ですが、これらも忘却してしまうと効果がなくなります。
 紙に書きとめるなどの行為も「それが何を意味しているのかわからなくなる」ので、無効です。

 併せて、リベリスタの記憶なども忘却されてゆきます。
 それらには『とても大切な記録』があると思います。
 それらはスキルを忘却する代償とすることができます。いろいろプレイングに書いてください。反映させます。

 また、プレイングにより忘却を遅延させることも可能です。
 他人への呼びかけなども効果的です。

 重要な補足!
 最後に『どうしても忘れたくないこと』と『これだけは忘れたくないスキル』を一個明記ください。それは忘れません。

<カリ=ユガ>の撃破、もしくは崩壊とともに、記憶は回復されます。

●エターナルサンシャイン(ES)
 智親が<カリ=ユガ>戦のために開発した魔具。
 忘却を遅滞させ、およそ倍程度まで記憶を保持いたします。
 ただしファンブル率が上昇いたします。

●重要な備考
 このシナリオは、その結果により『達成値』を加算減算されます。
 この達成値は<不可逆性方程式>の冠を持つイベントシナリオ(決戦シナリオ)の判定への補正値となります。
『達成値』の判定は各シナリオ、各STの申告によって行われます。

 『グルメ』『絶対者』を忘却するって、どういうことだよと思いますが「それをつかさどる心身の機能の喪失」と考えてください。 
 低レベルのリベリスタさんも、サポート役やガーディアン対策として活躍できるでしょう。
 熱いプレイングを、お待ちしております。

参加NPC
 


■メイン参加者 6人■
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
アークエンジェソードミラージュ
ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)
ハイジーニアスソードミラージュ
桜庭 劫(BNE004636)
ギガントフレームクリミナルスタア
緒形 腥(BNE004852)
アウトサイドソードミラージュ
紅涙・真珠郎(BNE004921)
アークエンジェクロスイージス
椎橋 瑠璃(BNE005050)


 不吉な赤銅色の雲を割って現れる<カリ=ユガ>。
 変異を果たした星間物質。サンスクリット語で悪しき女神の名をもつこの『赤の子』に一太刀与えんと、リベリスタ達は飛翔する。
「何ぞ記憶を奪うとか大層なもんじゃの。まぁ、奪われて困るモノもねーんじゃが」華麗に滑空しつつ、『狂乱姫』紅涙・真珠郎(BNE004921)は笑う。「何を失おうとも、我は我じゃ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
「カリ=ユガだかなんだか知りませんが、自我とプライドのしっかりしたわたくしから、記憶を奪うなど『不可能に近い』ということを思い知らせて差し上げますわ!」おーっほっほっと高笑いを響かせるのは椎橋 瑠璃(BNE005050)。初戦ではあるが、振る舞いと仲間を思う気持ちは、熟練の戦士に引けを取らない。神秘を蒼い闘気に変え、鎧とする。
 今回の敵は、記憶を奪う。
「七つの大罪、愛と共感の絆など、大切なことを忘れてしまう悪徳の時代……と別の教えにありましたね」唸りを上げて飛翔する『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)。忘却を罪とする宗教は多い。「忘れてはならないことは、多いのです」
「空での戦い……慣れたもんじゃないが」そう言いつつ『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)は精神を集中させ、神秘を全身に纏う。少しでもマシに戦うためと彼は言うが、その言葉とは裏腹に、これで彼は速度・回避ともにアーク最高レベル。
「思えば~、アークでも~、色んな落下物処理の任務がありましたね~」  おっとり柔らかな口調で呟くユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)。気流を見分け、即座に高度を上げられるよう慎重に飛翔を続ける。「この任務が~、アークの最初の落下物処理任務です~」時間軸的に言えば~と付け加えたのは、この戦いに関する公的な記録がアークのいかなる文書にも残っていなかったためである。
 記憶も記録も抹消される、最果ての戦い。
「忘れる事は悪いことでは無いな。……ただ、間が悪い」渋く呟く緒形 腥(BNE004852)。スーツにフルフェイスという異形の彼、その言葉も含蓄ありげ、カミソリのように鋭く、食えない。
 忘却は節理の一部であり、最後の祝福だと彼は言う。
 無いモノが満たされるのは、刹那。
 形在るものは何れ潰える。意志は流れる。心は腐り、秘め事は開かれる。
 骨が砕かれ、血が流れ、肉は爛れ、臓腑を散らかす。
 それらすべて、祝福と彼は言う。
「ああ……」残念そうに彼は呟く。「だから、粉々とは言わんが、散ってもらおう」
 中身が見たい。チャーミングに腥は笑う。
 巨大な隕石の周りを、石柱の如きものが包囲していく。射程圏内だ。
「さあ、『お祈り』を始めましょう」リリが低く呟いた。


 石柱は破片をまき散らせて、自らにレリーフを施していく。
 アルカイックな微笑みを浮かべた天使。
 筋骨隆々たる羅漢。
 虎の面を被った魔神。
 奇怪な機構の集積体。
 どれも人間の畏れる存在を、戯画したもの。
 <守護神>。
その役割は、女神の防御。
 そしてもう一つ。まがい物の怒りを与え、混乱させる。
 何もかも忘れ果てた怒れる狂犬へと、敵を貶める。
 それは分かっていた。
 回復無用の攻撃編成。翻弄される前に守護者を叩き、女神の動きを封じる。
 
 ユーフォリアは一際高く飛翔し、高速機動を維持。
 目まぐるしく変わるその軌跡は、敵をかく乱し足止めする。
 守護者たちに、ユーフォリアの短剣が狙いを定める。
 天空を流星が薙いで、閃光がさく裂していく。
「紙装甲は~、当たると大変ですからね~」言いつつ彼女は天を駆ける。けして高くない防御が、敵の標的となることも見込んでの、果敢な戦法。すべて空戦の匠たる彼女の自負のなせる業だった。
 そこに呪弾の嵐を叩き込むリリ。戒めと怒り。神の執行者たる証明、二丁の強化銃が神秘の炎を吹き上げた。
「ここは任せて、桜庭様は先に!」
リリの呼びかけに応え、突撃する音速戦闘部隊。
まず真珠郎が、太刀からエナジーの奔流を吹き上げさせる。恍惚世界ニルヴァーナが艶かしい光沢を煌めかせる。連撃は容赦なく岩塊を打ち砕く。
「ついでに言えば」真珠郎は笑う。「我にゃ三人分くらい記憶があるしの」
 アークにその名も高き紅涙。
 記憶が奪われても、その暴虐と暴食の一族の血が、自分に剣を振るわせる。昏い確信が、彼女にはある。
「隕石程度では、喰い足りぬ!」
続くは劫。同じく清浄なエナジーを吹き上げ、見事な連撃を隕石に放つ。岩塊の下から、陶器のような雪白が見えた。
 唸りを上げて殺到する守護者たち。怒りの拳を、爪を、刀身を彼らはかいくぐっていく。
 火力、速度に優れるリベリスタ達は、一様に防御が薄い。さらに回復の手段もない。一撃が致命傷となりうる可能性もあった。
 守護者たちに突撃する腥。単線的に見えて、微細に上下を揺らした立体的機動。懐に入り込み、虎人の頸を跳ね上げた。石の瞳から血涙を流す虎。
 その合間をかいくぐって、瑠璃の光条が空を奔る。空中戦で命中困難とはいえ、巨大な岩塊に当てるのは難しくはない。
 神をも貫く正義の光!
<カリ=ユガ>は沈黙したまま。
「部下に攻撃を集中させ、それを回復させようという魂胆でしょうが、このわたくしの正義の威光の前には無力ですわ!」敢然と言い放つ瑠璃。おーっほっほっほ! 高笑いが木霊する。
その時、隕石が発光する。

 ――来るぞ。

 白く濁ったフラッシュが、記憶を奪う。忘却の光。
 劫は速度上昇の技を失う。問題なし。
 真珠郎はエネルギー弾を飛ばす術を失う。これも問題なし。
 ユーフォリアは短剣投擲の技を失っているのに気づく。
 すぐさまダガーを逆手に持ち替え、隕石めがけ衝撃波を放つ作戦に切り替え、悠揚迫らぬ声で仲間に呼びかける。
「折角磨いたその技~、あっさり忘れちゃっていいんですか~?」
 その言葉にうなずく瑠璃。覚束なかった手指が再び術式を組みはじめる。腥も頭を掻いて、指弾の準備をする。
 リリは唇をかむ。アーク技術部の開発した外部記憶素子『エターナル・サンシャイン』を装備した彼女は、入念な準備を施してきた。
 それでも握った銃把に、微かな違和感を覚える。何かが失われたらしい。
 委細構わず、彼女はトリガーを引き絞る。それを忘れたら、天帝の怒りの炎。それを忘れてもまだ次。すべては『お祈り』だ。形は違えど。
「忘れてしまいたいものもありますが、総ては私が私であるためのもの」
 彼女は抵抗する。忘却に。

「遅れるようなら、どんどん先に行くぜ。そうじゃないなら付いてくるんだな……ッ!」
 劫は跳躍する。守護者は散開している。隕石を落とすのが最優先。すでに相手は呪縛から回復しているらしいが、常に縛ればよいだけの事。そう難しいことでもない……。
「さあ、そう長くはお互い付き合う時間もないんだ。てっとり早く終わらせるとしようぜ」劫がそういった瞬間、彼の背中に灼熱が走った。
 機械の守護者の光弾。振り向く劫の瞳には、偽りの怒り。
 咆哮をあげ、彼は機械に飛びついていく。
 守護者は葬られていく。

 はなから守護者は捨て駒。足並みを乱させ、時間を稼ぐ罠。
 瑠璃は術式を組みかえ、ブレイクフィアーを放つ。活性化のスキルは思ったものと違ったが、彼女は即座の判断で最適な解を導き出す。怪我の功名となるか。

「アハハ! もう色々と欠けてるんだ。なけなしの外面を剥ぐのはやめてぇ!」ひょうげたように言う腥。「只の危険人物になっちゃうから!」至近の虎人に、腥は拳を振るう。五種の力が五つの色を引いて、虎の頭部を打ち砕く。「だから絶対に、タダでやらんぞ!」

 真珠郎が執拗に隕石を打ち砕く。次第に中から、美貌の女神像が現れていく。
 カバーに入るは劫。守護者は、瑠璃により怒りを与えられていた。醜く顔をゆがめる天使の斬撃を、瑠璃が交差した腕で受け止める。リリが神罰の炎で、天使を焼き尽くす。

 忘却の光を、何度浴びせかけられたか。自分が何を思い出せないのか、それすらも思い出せない。

 振り仰ぐと眼前にカリ=ユガ。反射的に腥は蹴りを繰り出し、隕石を砕く。
 と同時に女神の姿は消え、頭部の砕かれた羅漢。
 腥は、自分を惑わせたのが偽りの怒りだったことに気づく。それと同時に、己の身体から『絶対者』が消えているのを悟る。
 守護者の殲滅に手こずった。だが、本番はこれから。

 ユーフォリアは止まらない。躰が、彼女に高速移動を仕向けさせる。
 冷静な策士たる彼女は、自分の状態を正確にとらえようと努める。
 故郷での日々。思い出せない。
 友人の思い出。思い出せない。
 短剣を構え、光球を出せぬ自分に気づく。すぐさま彼女は態勢を変え、自ら刃と化して突撃。
(一つ一つ、削られても戦う)
 翼ある短剣は正確に、女神を直撃する。

 その時、むき出しになった女神の像から一際強い白光が発せられた!

 流星のようにリリの記憶が飛び去っていく。
 微笑みが、哀しみが、嵐にもまれる鳥の羽さながら、きりもみ、舞い落ちる。
 六道。黄泉が辻。許しがたき敵。初めてそう思った、蛆にまみれた悪鬼。敵。信仰者。友人を持ったこと。友人を手にかけたこと。思い出せない。思い出せない。兄。尊敬するシスター。褪せた写真のように、白っちゃけて見えない人影。あれは誰だったか。瞳の色は。口癖は。とても大事な人だった。思い出せない。さよなら、あなた。
 初めて外の世界を見たときの驚き。その世界の残酷、悲劇。
(ああ……)
 すべて忘却に押し流されていく。
 その彼方で、ほほ笑む少年の姿。
 あの人は誠実だった。
 純白の髪にエメラルドの瞳。先に轡を並べたときも彼は誠実だった。
 彼との約束。

 ――どんなに辛くとも、心は捨てない。

 リリは我に返る。
 一瞬だった。そこは戦場。
 至近距離で心を揺さぶられ続けた劫。
 自失する劫に、リリは叫ぶ。
 

「忘れたのですか!
 年上に対してさんざ言った生意気も!
 花火の日に泣いていたことも!」
 
『……泣くなよ。子供じゃないんだから』
 鮮やかな色が漆黒を照らした夜、劫は泣いているリリを揶揄し、そのあと頬に涙を伝わせた。その涙は、花火のように鮮明に心に焼きついていた。

「私だけ気にして、貴方だけ忘れるなんて、ふざけた事言わせませんよ!」
 声が涙で掠れる。

 劫は不意に顔を抑えた。
 俯いたそこにあったのは苦笑だったか。
 やがて彼は、顔を上げる。
 リリに頷き、剣を構え跳躍する。
 揺れる護符は、あるリベリスタの記憶。
『世界の守護者』となった男の記憶。
 彼だけではない。楽団に蹂躙された家族、だけではない。
 もう今は居ない『アイツ等』の思い出。それを、劫は忘れまじと誓ったのだ。
 ぐんぐん上がる速力。
(これを忘れない限り、俺は戦える)
 死者の丘陵。死者の河。その哀しみを、劫は背負う。
(……あぁ、もうとっくに昔のこと。過ぎちまった過去だ。
 いつまでもしがみついている俺は、女々しいったら、ありゃしないだろう……)
 つかの間瞳を閉じ、劫は頬に風を感じる。
(けど、それが今俺の戦う理由であり、守りたいものだった!!)
 カッと目を見開き、処刑人の剣を構える。その剣から吹き上がる、絢爛たるプラーナ。
「俺にこいつは捨てられない、例え誰に何を言われようと……。
 あの確かな、刹那の輝きだけは!」
 『永遠の太陽』。失敗の可能性を孕むその装置を、劫はリスクさえおそれず取り付けた。
 戦いの意味を、失わないために。
 彼が用意した最後の技――アル・シャンパーニュ。
 そして奇しくも、剣士二人が出した答えは同じだった。

 同じく燦爛たる剣気を揺らめかせ、真珠郎は突撃を開始する。
 漆黒の太刀と、真紅の太刀。二つながらに構えて、狂乱の姫は笑う。
 ブタ手のカードのように、彼女は記憶をばらまく。数々のアークの歴史に大書されるべき赫々たる戦果も忘れた。怒りも忘れた。夾雑物を脱ぎ捨て、いよいよむき出しになる真珠郎の紅涙としての地肌。凄絶に、艶かしく、原色の衝動をむき出しにして。
「はっ! 言うたじゃろうが。忘れて困るモノなど何もない。
 我ら紅涙!
 もとより惜しむモノなど何もない!」
 喝破して、姫は凄絶な笑みを浮かべる。「だがのう……高々デカいだけの石ころに奪われっぱなし、というのも気に入らぬ。
 ……故に、奪う」
 紅朱色した魔天に、真珠郎の声が響き渡る。
「喰らう。蹂躙し破壊し暴食する。
 奪われれば奪われるほど、打ちのめされれば打ちのめされるほど、我の飢えは増すだけよ!」
 哄笑が渦を巻く。
「奪えるものなら、奪って見せい!
 忘却せしむるというなら、して見せい!
 ……『本質』は変わらぬ。変えられぬ。例え『死んで』も、の」
 彼女のレゾン・テートルが、世界を震わせる!
「この飢えは、止められぬ。食らい尽くす。何を失おうと、それだけよ」
 饑(ひだる)し! ひだるし紅涙一族!
 飛翔する真珠郎。その背後に在らぬ花弁が散り、鳴らぬ英雄讃頌が響き渡る。幽かに火薬の臭い。

 巨大な女神に、二条の闘気のオーロラが、斬撃となって交差する!
 それでも足らぬ真珠郎、エナジーが尽きても剣を振るい続ける。

 そこに飛び込むのは腥と瑠璃。
 伸びあがってくる触手を、瑠璃はがっしりと受け、悠然と笑って見せる。
「たとえすべてを忘却しようと、私は名家の貴族。
 その誇りと努めだけは、絶対に忘れませんわ……」
 彼女は引かぬ。初責の重い防御役ながら、彼女は躊躇しない。
 記憶と引き換えにできる、彼女のプライド! 
 そして彼女は「自分が椎橋家の人間であること」を忘れぬと誓い、護るための『聖骸闘衣』を切り札として選んだ。
 宿命を飛びちらせ、それでもたじろがぬ彼女は、常の高笑いを忘れている。

 その間隙を縫う腥。バイザー下の表情を知ることはできない。
 忘却上等。二枚腰、三枚腰の彼のすべてを剥いでみれば、そこにあるのは彼の哲学。
 何もかもわからなくなっても『コレ』だけは。
「凡ゆる中身を暴き、見る事」
 腥の、原点。
 思えばあの日、黄色い服着た子供(……誰だ?)に、手品のようにこの世の理を示された時から、彼の運命は極まっていたのだろう。
 切り刻んで、暴いて……」
 憧憬と呼ぶには、あまりに忌まわしい。
 そのための手段。彼のジョーカー『呪刻剣』。
 腕に神秘をみなぎらせ、彼は女神の心臓めがけ飛びつく。
「まだ温かい、隠されたものを……」
 彼は何かをつかむ。吹き飛びながら、それを押しつぶす。
 
「Wachet! betet! betet! wachet!」
(目を覚まして祈りなさい、祈りて目を覚ましなさい)
 誰かの口癖が、彼女の唇をついた。
 両手に在るのは何か?
 教えるものは何か?
 目を瞑り、何度も彼女は確認する。忘れていない。
「私が生まれた意味――『お祈り』」
 熱い、身内から湧き上がる確信が、彼女を立ち上がらせる。
「大切な場所、人々を守る為のお祈り。これだけは忘れません!」
 彼女の絶叫は、他のリベリスタの精神も賦活させる。
「渡してなるものですか!」
 彼女は神に銃口を向ける。
 切り札。彼女の持つ、最高の『お祈り』。
 一撃で堅牢な城門さえ打ち破る、電撃の銃弾が放たれる!

「私はリリ・シュヴァイヤー!
 神罰の執行者、この世界を守る御業の代行者です!」

 十分集中を練られた神殺しの一撃は、過たず<カリ=ユガ>の頭部に着弾する!

 そして。
 緩やかに旋回しながら、ユーフォリアは短剣を構えた。
 地上にはリベリスタの大隊。空はいよいよ暗い。
 神秘の技も、精妙な剣技も不要。
 原点に立ち返る。
 ひどく静かだ。世界がすべて死滅して、自分一人が飛んでいるようだ。
 彼女の奥から湧き上がる、一つの風景。彼女がけして忘れたくないと望んだもの。
 神秘に目覚めた夜。
 あの日見た、絡み合う二つの影。
 彼女は宿命を悟り、己が背中の翼を感じた。
 それ以来彼女は幾多の空の戦場を駆けてきた。
 ナイトウイング。戦闘機。空の要塞。台風とまみえたこともあった。

「空中戦の匠とまでは言いませんが~、落ちるだけのものには~、負けませ~ん」

 記憶のその影と、ユーフォリアの姿が二つに重なり合う。
 誤差なし。一切の乱れなし。
 記憶と現実との、ありえざるデュエット。
 赤黒い嵐に舞う、純白の天使の羽!

「さあ、行こうぜ。やる事はまだ残っている」劫が言う。
「ええ、休んではいられませんね。悪夢に一矢報いなくては!」リリが答える。

 そして、その剣が――!

 その剣が――!

 神を、貫き――!

 それでも……。

 南無三!!


 その時刻、リベリスタ大隊の歩哨は神秘の光を確認。
 これにより少数のリベリスタが記憶喪失、痴呆の症状を呈する。即座に回復。
 誤差、わずかに0.00001秒。
 だが、この誤差が、いかなる余波をもたらすのか。
 それを示す公文書は残されていない。
 彼らの勝利を示す決定的な証明。それも残されていない。
 全ては風にかき消され、紙片は宙に舞い、音もなく掻き消えていく。これは記憶の物語。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
ありがとうございました!
割に合わない依頼だったな、とは思いましたが、皆様の力の入ったプレイングを頂き感謝しております。
プレイング、戦略、心情ともによかったと思います。
細やかにプレイングが組み立てられ、奥深い戦闘が展開されていました。
結果については、リプレイをご参照ください。
まあ、もともと冗談みたいなステシの連中なので、ダイスがぶっこわれないかぎりは壊せないです。それでも今回もヤバかったけど。
ではまた、熱いプレイングをいたしましょう。

本リプレイの製作にあたり、多数のリプレイを参考にさせていただきました。
PL、およびSTの皆様にお礼を申し上げます。記して感謝の意とさせていただきます。