朽ち果てた墓標が、風と雨にさらされている。 刻まれた名は風化して、読み取ることができない。 荒野には濁った水脈(ワジ)が幾筋もできている。だがこれらも、明日になれば炎天の下で干上がり、大地にゆがんだ皺を残すにすぎないだろう。 かつてこの墓標に、手向けられる花があったか。知る者はいない。 かつてこの墓標に、故人の記憶に泣きくれる人がいたか。知るものはいない。 そもそもなぜ、このような脆く他愛ない、石の墓標が望まれたか。 知る者はいない。 そのとき、大きな水のうねりが石を咬み、そのまま押し流した。 かつてあった無残な戦いの、ただ一つの形見が、永遠に失われた一瞬であった。 ――記憶。 記憶とは何であろうか。 単に有機組織の結合、あるいはデータの配列であるなら、時の流れの中でそれらは無に等しい。 やがて風化し、失せ果てていくものなら、記憶など存在しないのと同様だ。 1万年前の歴史と、5分前の記憶。等価だ。 ならば、記憶はありえない。 過去はない。現在もない。未来もない。 風化した墓標はない。そこで泣きくれる者もない。手向けられた花もない。惜しまれつつ埋葬された者も、簡素でも哀切な葬儀もない。戦場はない。血も涙も慟哭もない。縁もゆかりもない。パラドクスはない。R-typeはない。アークはない。リベリスタはない。この文書もない。私はない。ない。ない。ない……。 では、目の前にいる、あなたは。 ●アーク総本部・ブリーフィングルーム 「いよいよ決戦だ」 リベリスタ達の調査とアークの検証により、三高平市内に開かれたリンクチャンネルは、我々の現在と密接に結びついているという結論が出された。 もしわれわれが知る歴史と、彼の地がリンクするなら、間違いなく8月13日にはあの災厄が引き起こされる。 「災厄の元凶にしてすべての発端――『R-type』と直接コトを構えるわけだ」 悲劇の回避。災厄の回避。 「あの日から、世界は二つに分岐してしまった。そしておそらくは、ずっと悪い方向に変わってしまったんだ。取り戻せるかもしれない。やり直せるかもしれないんだ」 伸暁の言葉が、興奮で震える。 「1999年のリベリスタとともに、『R-type』をぶっ潰す。それが俺達の出した結論だ。リスクは考えられないほど高い。だが、決して0じゃない。――そのための『切り札』は用意されている」 切り札! 運命に向けられた怒りの剣にして、全人類の希望! それが、地下に眠っているというのだ! 「だが、そいつを使うには、少々時間が必要だ。それまでに時間を稼がなければならない。 しかし……例によってとんでもない厄介者がやってくる」 ●カリ=ユガ プラズマディスプレイが映し出すのは、宇宙空間に漂う、触手の生えた隕石。 「『R-type』の影響から、あらゆるものにが『変異』させられ……まあ『革醒』と似た状態と考えればいいだろう……『R-type』の手勢と化してしまう。『赤の子』と呼称しているんだが……これはその中でも、とんでもないやつだ」 隕石が砕け、虚無の深淵が覗ける。 「<カリ=ユガ>『変異』した星間物質。こいつが地上に落下してくる。流れ星と同様で、ほとんど地表に来るまでに燃え尽きちまうんだが、こいつは近辺にいる者の『記憶』を破壊する。地表に激突する際にこいつはその『記憶破壊の光』を、『R-type』を邪魔しようとしている連中めがけてぶっ放す」 対策がなければ最悪、名前も忘れて立ち尽くすだけになる」 リベリスタ達はある考えに思い至る。 精強を極めた1999年のリベリスタ達。彼らが手もなくひねられてしまったのは、ひょっとしたら<カリ=ユガ>による、記憶の簒奪があったのではないか……。 「言わんとしていることはわかるよ。まあ『記憶』のあるものがいないので、なんとも言えないが……とにかく、放っておくととんでもないことになる」 <カリ=ユガ>は地表近くになり、表面の岩塊が燃え尽きると、核をむき出しにする。そこから攻撃が可能になる。 <カリ=ユガ>は自らの意志で制動を加えるらしい。地表にたどりつくまで3分。破壊の程度により、記憶破壊の威力は変化するとのことなのだが……。 「こいつと戦闘に入ると、お前らの記憶も破壊される。へたをすれば数十秒で、いままでの記憶をすべてなくしちまうだろう。短期決戦といかない相手だし、攻撃自体は然程強力ともいえないから、大きな戦力を割くわけにもいかない。厄介な相手だな」 伸暁は、デスクの上に義歯のようなものを取り出した。 「少数精鋭で行くしかない。今回技術班に頼んで、こんなものを造ってもらった」 外部記憶補助装置<エターナルサンシャイン>。歯の奥に仕込んでおけば、記憶の保持に役立つ。ただし動作が不安定で、種々の行動に影響を及ぼすという。 また、上空の敵の迎撃ということで、神秘の翼を得ることもできるということだ。 「一世一代の戦いというのがある。俺達は、このために生まれてきたんじゃないかという瞬間がある。だが、俺達のすることは変わらない。いつもどおり、確実に目の前の敵をぶっ潰していけばいい。 お前たちだけにしか頼めない。こいつを可能な限り潰してくれ。 そして生きて帰ってくれ……頼むぞ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:遠近法 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月29日(金)22:49 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 不吉な赤銅色の雲を割って現れる<カリ=ユガ>。 変異を果たした星間物質。サンスクリット語で悪しき女神の名をもつこの『赤の子』に一太刀与えんと、リベリスタ達は飛翔する。 「何ぞ記憶を奪うとか大層なもんじゃの。まぁ、奪われて困るモノもねーんじゃが」華麗に滑空しつつ、『狂乱姫』紅涙・真珠郎(BNE004921)は笑う。「何を失おうとも、我は我じゃ。それ以上でも、それ以下でもないわ」 「カリ=ユガだかなんだか知りませんが、自我とプライドのしっかりしたわたくしから、記憶を奪うなど『不可能に近い』ということを思い知らせて差し上げますわ!」おーっほっほっと高笑いを響かせるのは椎橋 瑠璃(BNE005050)。初戦ではあるが、振る舞いと仲間を思う気持ちは、熟練の戦士に引けを取らない。神秘を蒼い闘気に変え、鎧とする。 今回の敵は、記憶を奪う。 「七つの大罪、愛と共感の絆など、大切なことを忘れてしまう悪徳の時代……と別の教えにありましたね」唸りを上げて飛翔する『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)。忘却を罪とする宗教は多い。「忘れてはならないことは、多いのです」 「空での戦い……慣れたもんじゃないが」そう言いつつ『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)は精神を集中させ、神秘を全身に纏う。少しでもマシに戦うためと彼は言うが、その言葉とは裏腹に、これで彼は速度・回避ともにアーク最高レベル。 「思えば~、アークでも~、色んな落下物処理の任務がありましたね~」 おっとり柔らかな口調で呟くユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)。気流を見分け、即座に高度を上げられるよう慎重に飛翔を続ける。「この任務が~、アークの最初の落下物処理任務です~」時間軸的に言えば~と付け加えたのは、この戦いに関する公的な記録がアークのいかなる文書にも残っていなかったためである。 記憶も記録も抹消される、最果ての戦い。 「忘れる事は悪いことでは無いな。……ただ、間が悪い」渋く呟く緒形 腥(BNE004852)。スーツにフルフェイスという異形の彼、その言葉も含蓄ありげ、カミソリのように鋭く、食えない。 忘却は節理の一部であり、最後の祝福だと彼は言う。 無いモノが満たされるのは、刹那。 形在るものは何れ潰える。意志は流れる。心は腐り、秘め事は開かれる。 骨が砕かれ、血が流れ、肉は爛れ、臓腑を散らかす。 それらすべて、祝福と彼は言う。 「ああ……」残念そうに彼は呟く。「だから、粉々とは言わんが、散ってもらおう」 中身が見たい。チャーミングに腥は笑う。 巨大な隕石の周りを、石柱の如きものが包囲していく。射程圏内だ。 「さあ、『お祈り』を始めましょう」リリが低く呟いた。 ● 石柱は破片をまき散らせて、自らにレリーフを施していく。 アルカイックな微笑みを浮かべた天使。 筋骨隆々たる羅漢。 虎の面を被った魔神。 奇怪な機構の集積体。 どれも人間の畏れる存在を、戯画したもの。 <守護神>。 その役割は、女神の防御。 そしてもう一つ。まがい物の怒りを与え、混乱させる。 何もかも忘れ果てた怒れる狂犬へと、敵を貶める。 それは分かっていた。 回復無用の攻撃編成。翻弄される前に守護者を叩き、女神の動きを封じる。 ユーフォリアは一際高く飛翔し、高速機動を維持。 目まぐるしく変わるその軌跡は、敵をかく乱し足止めする。 守護者たちに、ユーフォリアの短剣が狙いを定める。 天空を流星が薙いで、閃光がさく裂していく。 「紙装甲は~、当たると大変ですからね~」言いつつ彼女は天を駆ける。けして高くない防御が、敵の標的となることも見込んでの、果敢な戦法。すべて空戦の匠たる彼女の自負のなせる業だった。 そこに呪弾の嵐を叩き込むリリ。戒めと怒り。神の執行者たる証明、二丁の強化銃が神秘の炎を吹き上げた。 「ここは任せて、桜庭様は先に!」 リリの呼びかけに応え、突撃する音速戦闘部隊。 まず真珠郎が、太刀からエナジーの奔流を吹き上げさせる。恍惚世界ニルヴァーナが艶かしい光沢を煌めかせる。連撃は容赦なく岩塊を打ち砕く。 「ついでに言えば」真珠郎は笑う。「我にゃ三人分くらい記憶があるしの」 アークにその名も高き紅涙。 記憶が奪われても、その暴虐と暴食の一族の血が、自分に剣を振るわせる。昏い確信が、彼女にはある。 「隕石程度では、喰い足りぬ!」 続くは劫。同じく清浄なエナジーを吹き上げ、見事な連撃を隕石に放つ。岩塊の下から、陶器のような雪白が見えた。 唸りを上げて殺到する守護者たち。怒りの拳を、爪を、刀身を彼らはかいくぐっていく。 火力、速度に優れるリベリスタ達は、一様に防御が薄い。さらに回復の手段もない。一撃が致命傷となりうる可能性もあった。 守護者たちに突撃する腥。単線的に見えて、微細に上下を揺らした立体的機動。懐に入り込み、虎人の頸を跳ね上げた。石の瞳から血涙を流す虎。 その合間をかいくぐって、瑠璃の光条が空を奔る。空中戦で命中困難とはいえ、巨大な岩塊に当てるのは難しくはない。 神をも貫く正義の光! <カリ=ユガ>は沈黙したまま。 「部下に攻撃を集中させ、それを回復させようという魂胆でしょうが、このわたくしの正義の威光の前には無力ですわ!」敢然と言い放つ瑠璃。おーっほっほっほ! 高笑いが木霊する。 その時、隕石が発光する。 ――来るぞ。 白く濁ったフラッシュが、記憶を奪う。忘却の光。 劫は速度上昇の技を失う。問題なし。 真珠郎はエネルギー弾を飛ばす術を失う。これも問題なし。 ユーフォリアは短剣投擲の技を失っているのに気づく。 すぐさまダガーを逆手に持ち替え、隕石めがけ衝撃波を放つ作戦に切り替え、悠揚迫らぬ声で仲間に呼びかける。 「折角磨いたその技~、あっさり忘れちゃっていいんですか~?」 その言葉にうなずく瑠璃。覚束なかった手指が再び術式を組みはじめる。腥も頭を掻いて、指弾の準備をする。 リリは唇をかむ。アーク技術部の開発した外部記憶素子『エターナル・サンシャイン』を装備した彼女は、入念な準備を施してきた。 それでも握った銃把に、微かな違和感を覚える。何かが失われたらしい。 委細構わず、彼女はトリガーを引き絞る。それを忘れたら、天帝の怒りの炎。それを忘れてもまだ次。すべては『お祈り』だ。形は違えど。 「忘れてしまいたいものもありますが、総ては私が私であるためのもの」 彼女は抵抗する。忘却に。 「遅れるようなら、どんどん先に行くぜ。そうじゃないなら付いてくるんだな……ッ!」 劫は跳躍する。守護者は散開している。隕石を落とすのが最優先。すでに相手は呪縛から回復しているらしいが、常に縛ればよいだけの事。そう難しいことでもない……。 「さあ、そう長くはお互い付き合う時間もないんだ。てっとり早く終わらせるとしようぜ」劫がそういった瞬間、彼の背中に灼熱が走った。 機械の守護者の光弾。振り向く劫の瞳には、偽りの怒り。 咆哮をあげ、彼は機械に飛びついていく。 守護者は葬られていく。 はなから守護者は捨て駒。足並みを乱させ、時間を稼ぐ罠。 瑠璃は術式を組みかえ、ブレイクフィアーを放つ。活性化のスキルは思ったものと違ったが、彼女は即座の判断で最適な解を導き出す。怪我の功名となるか。 「アハハ! もう色々と欠けてるんだ。なけなしの外面を剥ぐのはやめてぇ!」ひょうげたように言う腥。「只の危険人物になっちゃうから!」至近の虎人に、腥は拳を振るう。五種の力が五つの色を引いて、虎の頭部を打ち砕く。「だから絶対に、タダでやらんぞ!」 真珠郎が執拗に隕石を打ち砕く。次第に中から、美貌の女神像が現れていく。 カバーに入るは劫。守護者は、瑠璃により怒りを与えられていた。醜く顔をゆがめる天使の斬撃を、瑠璃が交差した腕で受け止める。リリが神罰の炎で、天使を焼き尽くす。 忘却の光を、何度浴びせかけられたか。自分が何を思い出せないのか、それすらも思い出せない。 振り仰ぐと眼前にカリ=ユガ。反射的に腥は蹴りを繰り出し、隕石を砕く。 と同時に女神の姿は消え、頭部の砕かれた羅漢。 腥は、自分を惑わせたのが偽りの怒りだったことに気づく。それと同時に、己の身体から『絶対者』が消えているのを悟る。 守護者の殲滅に手こずった。だが、本番はこれから。 ユーフォリアは止まらない。躰が、彼女に高速移動を仕向けさせる。 冷静な策士たる彼女は、自分の状態を正確にとらえようと努める。 故郷での日々。思い出せない。 友人の思い出。思い出せない。 短剣を構え、光球を出せぬ自分に気づく。すぐさま彼女は態勢を変え、自ら刃と化して突撃。 (一つ一つ、削られても戦う) 翼ある短剣は正確に、女神を直撃する。 その時、むき出しになった女神の像から一際強い白光が発せられた! ● 流星のようにリリの記憶が飛び去っていく。 微笑みが、哀しみが、嵐にもまれる鳥の羽さながら、きりもみ、舞い落ちる。 六道。黄泉が辻。許しがたき敵。初めてそう思った、蛆にまみれた悪鬼。敵。信仰者。友人を持ったこと。友人を手にかけたこと。思い出せない。思い出せない。兄。尊敬するシスター。褪せた写真のように、白っちゃけて見えない人影。あれは誰だったか。瞳の色は。口癖は。とても大事な人だった。思い出せない。さよなら、あなた。 初めて外の世界を見たときの驚き。その世界の残酷、悲劇。 (ああ……) すべて忘却に押し流されていく。 その彼方で、ほほ笑む少年の姿。 あの人は誠実だった。 純白の髪にエメラルドの瞳。先に轡を並べたときも彼は誠実だった。 彼との約束。 ――どんなに辛くとも、心は捨てない。 リリは我に返る。 一瞬だった。そこは戦場。 至近距離で心を揺さぶられ続けた劫。 自失する劫に、リリは叫ぶ。 「忘れたのですか! 年上に対してさんざ言った生意気も! 花火の日に泣いていたことも!」 『……泣くなよ。子供じゃないんだから』 鮮やかな色が漆黒を照らした夜、劫は泣いているリリを揶揄し、そのあと頬に涙を伝わせた。その涙は、花火のように鮮明に心に焼きついていた。 「私だけ気にして、貴方だけ忘れるなんて、ふざけた事言わせませんよ!」 声が涙で掠れる。 劫は不意に顔を抑えた。 俯いたそこにあったのは苦笑だったか。 やがて彼は、顔を上げる。 リリに頷き、剣を構え跳躍する。 揺れる護符は、あるリベリスタの記憶。 『世界の守護者』となった男の記憶。 彼だけではない。楽団に蹂躙された家族、だけではない。 もう今は居ない『アイツ等』の思い出。それを、劫は忘れまじと誓ったのだ。 ぐんぐん上がる速力。 (これを忘れない限り、俺は戦える) 死者の丘陵。死者の河。その哀しみを、劫は背負う。 (……あぁ、もうとっくに昔のこと。過ぎちまった過去だ。 いつまでもしがみついている俺は、女々しいったら、ありゃしないだろう……) つかの間瞳を閉じ、劫は頬に風を感じる。 (けど、それが今俺の戦う理由であり、守りたいものだった!!) カッと目を見開き、処刑人の剣を構える。その剣から吹き上がる、絢爛たるプラーナ。 「俺にこいつは捨てられない、例え誰に何を言われようと……。 あの確かな、刹那の輝きだけは!」 『永遠の太陽』。失敗の可能性を孕むその装置を、劫はリスクさえおそれず取り付けた。 戦いの意味を、失わないために。 彼が用意した最後の技――アル・シャンパーニュ。 そして奇しくも、剣士二人が出した答えは同じだった。 同じく燦爛たる剣気を揺らめかせ、真珠郎は突撃を開始する。 漆黒の太刀と、真紅の太刀。二つながらに構えて、狂乱の姫は笑う。 ブタ手のカードのように、彼女は記憶をばらまく。数々のアークの歴史に大書されるべき赫々たる戦果も忘れた。怒りも忘れた。夾雑物を脱ぎ捨て、いよいよむき出しになる真珠郎の紅涙としての地肌。凄絶に、艶かしく、原色の衝動をむき出しにして。 「はっ! 言うたじゃろうが。忘れて困るモノなど何もない。 我ら紅涙! もとより惜しむモノなど何もない!」 喝破して、姫は凄絶な笑みを浮かべる。「だがのう……高々デカいだけの石ころに奪われっぱなし、というのも気に入らぬ。 ……故に、奪う」 紅朱色した魔天に、真珠郎の声が響き渡る。 「喰らう。蹂躙し破壊し暴食する。 奪われれば奪われるほど、打ちのめされれば打ちのめされるほど、我の飢えは増すだけよ!」 哄笑が渦を巻く。 「奪えるものなら、奪って見せい! 忘却せしむるというなら、して見せい! ……『本質』は変わらぬ。変えられぬ。例え『死んで』も、の」 彼女のレゾン・テートルが、世界を震わせる! 「この飢えは、止められぬ。食らい尽くす。何を失おうと、それだけよ」 饑(ひだる)し! ひだるし紅涙一族! 飛翔する真珠郎。その背後に在らぬ花弁が散り、鳴らぬ英雄讃頌が響き渡る。幽かに火薬の臭い。 巨大な女神に、二条の闘気のオーロラが、斬撃となって交差する! それでも足らぬ真珠郎、エナジーが尽きても剣を振るい続ける。 そこに飛び込むのは腥と瑠璃。 伸びあがってくる触手を、瑠璃はがっしりと受け、悠然と笑って見せる。 「たとえすべてを忘却しようと、私は名家の貴族。 その誇りと努めだけは、絶対に忘れませんわ……」 彼女は引かぬ。初責の重い防御役ながら、彼女は躊躇しない。 記憶と引き換えにできる、彼女のプライド! そして彼女は「自分が椎橋家の人間であること」を忘れぬと誓い、護るための『聖骸闘衣』を切り札として選んだ。 宿命を飛びちらせ、それでもたじろがぬ彼女は、常の高笑いを忘れている。 その間隙を縫う腥。バイザー下の表情を知ることはできない。 忘却上等。二枚腰、三枚腰の彼のすべてを剥いでみれば、そこにあるのは彼の哲学。 何もかもわからなくなっても『コレ』だけは。 「凡ゆる中身を暴き、見る事」 腥の、原点。 思えばあの日、黄色い服着た子供(……誰だ?)に、手品のようにこの世の理を示された時から、彼の運命は極まっていたのだろう。 切り刻んで、暴いて……」 憧憬と呼ぶには、あまりに忌まわしい。 そのための手段。彼のジョーカー『呪刻剣』。 腕に神秘をみなぎらせ、彼は女神の心臓めがけ飛びつく。 「まだ温かい、隠されたものを……」 彼は何かをつかむ。吹き飛びながら、それを押しつぶす。 「Wachet! betet! betet! wachet!」 (目を覚まして祈りなさい、祈りて目を覚ましなさい) 誰かの口癖が、彼女の唇をついた。 両手に在るのは何か? 教えるものは何か? 目を瞑り、何度も彼女は確認する。忘れていない。 「私が生まれた意味――『お祈り』」 熱い、身内から湧き上がる確信が、彼女を立ち上がらせる。 「大切な場所、人々を守る為のお祈り。これだけは忘れません!」 彼女の絶叫は、他のリベリスタの精神も賦活させる。 「渡してなるものですか!」 彼女は神に銃口を向ける。 切り札。彼女の持つ、最高の『お祈り』。 一撃で堅牢な城門さえ打ち破る、電撃の銃弾が放たれる! 「私はリリ・シュヴァイヤー! 神罰の執行者、この世界を守る御業の代行者です!」 十分集中を練られた神殺しの一撃は、過たず<カリ=ユガ>の頭部に着弾する! そして。 緩やかに旋回しながら、ユーフォリアは短剣を構えた。 地上にはリベリスタの大隊。空はいよいよ暗い。 神秘の技も、精妙な剣技も不要。 原点に立ち返る。 ひどく静かだ。世界がすべて死滅して、自分一人が飛んでいるようだ。 彼女の奥から湧き上がる、一つの風景。彼女がけして忘れたくないと望んだもの。 神秘に目覚めた夜。 あの日見た、絡み合う二つの影。 彼女は宿命を悟り、己が背中の翼を感じた。 それ以来彼女は幾多の空の戦場を駆けてきた。 ナイトウイング。戦闘機。空の要塞。台風とまみえたこともあった。 「空中戦の匠とまでは言いませんが~、落ちるだけのものには~、負けませ~ん」 記憶のその影と、ユーフォリアの姿が二つに重なり合う。 誤差なし。一切の乱れなし。 記憶と現実との、ありえざるデュエット。 赤黒い嵐に舞う、純白の天使の羽! 「さあ、行こうぜ。やる事はまだ残っている」劫が言う。 「ええ、休んではいられませんね。悪夢に一矢報いなくては!」リリが答える。 そして、その剣が――! その剣が――! 神を、貫き――! それでも……。 南無三!! ● その時刻、リベリスタ大隊の歩哨は神秘の光を確認。 これにより少数のリベリスタが記憶喪失、痴呆の症状を呈する。即座に回復。 誤差、わずかに0.00001秒。 だが、この誤差が、いかなる余波をもたらすのか。 それを示す公文書は残されていない。 彼らの勝利を示す決定的な証明。それも残されていない。 全ては風にかき消され、紙片は宙に舞い、音もなく掻き消えていく。これは記憶の物語。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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