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<不可逆性方程式>剣の誓い

●逃れざる悪夢
「師匠、準備出来ました」
「おう、無駄足にならなけりゃあ良いんだがなあ」
「違いねえ。ま、情報の出所からして不確かだからなあ」
 連れ立って歩くのは3人の人影。1人は壮年、1人は青年、1人は少年だ。
 他に共通項が有るとすれば、3人が3人共2振りの剣を携えていると言う事くらいか。
「ミラーミス、ね。流石の俺っちも神様は殺した事がねェからなァ」
「師匠は本当、何でまだ生きてるのか不思議ですよね……」
 呆れる様に溢した少年に、壮年の男が呵、呵と笑う。それを眺め青年が瞳を細めた。
 遠く富士の山が見える。今日中には目的の場所へ辿り着けるだろう。
 “弱き者の為の剣”師の掲げるそれを追い続けてこんな所まで来てしまったが、
 此度の戦い、聞いた噂が事実であるならかつて無い物になる。
 己の限界を見極めるには未だ齢若く、けれど臨む頂きは遥か遠い。
 焦りの様な物を感じつつあった男にとってそれは良い機会である様に思えた。
 果たして、真性の死地に己が剣は何所まで通じるか。
「堅い顔すんねい。手前がそんなじゃ陣の字はどうなるよ」
 笑みを残した表情で、けれど剣呑な眼差しが男を射る。
 師として仰ぐには軽薄な所も少なく無い、皺の刻まれた顔は常と変わらない。

 或いは死地に挑むとしてもこの様に在れたなら。それこそ本当の強さと言えるのだろうか。
「すんません。俺も柄にも無く緊張しちまってるみてえで」
「馬ァ鹿。それが普通だろうよ。精々緊張しろ、今のうちに心底恐がっとけ。
 でなけりゃァ、いざ死ぬって時に剣先が鈍るぜ総の字。死にたくねぃ、上等じゃねェか」
 喉を鳴らして笑う姿に、“総の字”と呼ばれた男が苦笑いで応じる。
 果たして後何年、男の下で学べばこの境地に到れるのかと。
 そんな感慨を妨げる様に、服の裾を引かれ思わず踏み出しかけた足が止まる。
「総さん、僕だって居ますから。背中は任せて下さいね!」
 弟弟子の言葉に、目を丸くするや背の側。壮年の男が大声で笑う。
「こりゃいい、陣の字のが肝が据わってらァ!」
「いや、一本とられたな」
 緊張を解す心算か、本来気遣わねばならない自分が気遣われた事を恥じつつも
 良い仲間に恵まれた事に感じ入り、視線を改めて山の稜線に向かわせる。
 穏やかでいられたのは、それまでだった。
 いつも通りでいられたのは、その瞬間までだった。
 足元に陰、空に真紅の月、罅割れた空間に、“何か”が見えた。

 悪夢が始まる。

●階を積む者
 1999年8月13日。
 神秘史に残る一大事件は突発的に引き起こされた。
 悪夢と称されるその戦いは犠牲と無理解と混乱の末、無数の屍を築き決着に到る。
 人類は辛くも生き残り、世界は以後もその傷痕と戦い続ける事となる。
 それは既に逃れざる未来。決定された“過去”でしかない。
 けれど――突然に拓かれた矛盾(パラドクス)する交差点(クロスロード)。
 『1999年の日本』へと繋がるその“リンクチャンネル”。決定された過去を覆す可能性。
 それを信じ、アークは多大なリスクを背負いながら決断を下す。
 即ち、過去のリベリスタらに“悪夢の崩落(ナイトメアダウン)”の発生を伝播させる事。
 例えそれによって、彼らの未来が変わろうと。
 或いは――それらによって、自らの現在すらも変えてしまうとしても。

 2014年8月12日、アーク本部ブリーフィングルーム。
「――あの“過去の日本そっくりの世界”は、私達の世界に寄り添う様に存在してる」
 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)が言葉と共に示すのはデスクの上。
 開発室長の私物だろうか。そこにはノートパソコンが置かれている。
「このパソコンが私達の世界だとするなら――こっちが、1999年の世界」
 パソコンに繋がれたバックアップ用の外接式ハードディスク。そちらを指差し言葉は続く。
「本体がRタイプってウイルスに感染してるから、バックアップもやっぱり感染する。
 でも、もしバックアップからウイルスが除去出来たら――」
 世界と言う物は調和と安定を求める性質を持つ。食物連鎖然り、エネルギー循環然り。
 もし1999年世界で安定した“過去”を勝ち取れたなら、
 この情報は本体である2014年世界にもフィードバックされる可能性が高い。
「……世界は、再構成される」
 その結果、どうなるか。神の眼を以ってしてもそこまでは分からない。
 けれど、例えその“矛盾”がアークの存在をすら否定する物であったとしても。

「――――それでも、皆は戦う?」
 そこに救える現在が有るなら。
 そこに覆せる過去が有るなら。
 そこに、手の届くかもしれない未来が、有るなら。
 視線を巡らせ返って来た沈黙に、未来を支配すると誓った少女が小さく頷く。
 毎年、毎年、繰り返し。誰も居ない墓標に言葉を掛けるのは、もう終わりにしよう。
「“お母さん達を、救って”」 
 それはもしかしたらはじめてかもしれなかった。
 毀した言葉を確かめ直し、イヴが口元を覆う。そんな事を言う心算ではなかったのだろう。
 鼓舞の言葉を、背を押す言葉を。今までだってそう努めて来た筈だ。
 けれど、言わずにいられなかった。それはきっとこの、もう17になる少女の口にした、
 依頼と言う場での――“自分の為だけの我侭”で。

 他に理由など有りはしない。リスクは測定不可能。命を落とす事すら十分有り得る。
 けれど決して弱音を吐かなかった少女が自分の願いを託したのだ。
 戦い勝利を望むのに、これ以上の理由が必要だろうか。

●2つの未来
 世界は赤く染まっていた。
 悲鳴を上げていた人々はその殆どが何かに呑み込まれた。その“何か”が眼前に迫っている。
「総の字、陣の字、手前らは下がった奴らを護り抜け、良いな!」
「っ、師匠、アンタじゃもう無理だっ! 一緒に下がんねえと今度こそ――」
 彼らは、一度それを退けた。人を喰う者。喰ってその嵩を増やし続ける者。
 “赤の群体”とも呼ぶべきそれを追い返す為に、彼ら3人は全力以上を。
 弟弟子は意識を。師は、利き腕を失った。
「馬鹿言うねぃ。俺っちが下がったら何所のどいつがアレを喰い止めるってんだ」
 呵呵、と笑う様は何時も通りで。まるで何も変わらぬ様にいう物だから。
 逡巡と共に、男は選択した。師の望みに従う事を。
 それで後悔しないのかと、そんな疑問を浮かべるでもなく、悩むでもなく、
 思考を停止させたままそれでも、きっと、あの師ならば大丈夫だろうと。
 そんな、何の脈絡も無い目測に縋ってしまった。
「必ず――――必ず、迎えに来ます、それまで――――」
 声を上げ、踵を返す。その瞬間心底安堵した。それが、驚く程に本当だった。
 もうあんな化物と相対さなくて済む。五体満足で死地を後に出来る。
 世界そのものとでも言う様な威圧感に立ち向かわなくて良い。
 それは安堵以外の何物でもなかった。それに気付いた瞬間。
 今度こそ、本当に、男――『閃剣』と呼ばれたリベリスタ。
 常盤総司郎は、自分自身に心底から絶望した。何だそれは。有り得ない。
 力持つ者が、力無き者を置いて、逃げる等。当たり前の倫理観が全力でそう喚く。
 けれど足は動き続ける。逃げる為に。悪夢から、遠ざかる為に。

 ――それは本来であればそこで終わっていた過ぎ去りし日の出来事。
 決して覆し得ない喪失の記憶。決して取り戻し得ない崩落の悪夢。
 1999年、8月13日。けれどこの日この時この瞬間。
 そこには、確かな希望があった。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 6人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年08月29日(金)22:57
 105度目まして、シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 ナイトメア・ダウン再び。大物退治型純戦シナリオです。以下詳細。

●作戦成功条件
 赤の群体の討伐

●赤の群体
 Rタイプの影響を受けて変質してしまった人間の成れの果て。
 『赤の子』と名付けられた存在の中でも食欲に特化した大物です。
 周囲の命と言う命を食い散らかしそれを取り込み肥大化を続けています。
 全長15m、四つん這いで頭部まで3m程。
 体中から手、足、顔、血管等が生えた巨人の形状。
 四足で歩き回り、体中から生えた手や足は独自に動きます。
 能力傾向は並命中、並回避、高CT、高WP、低速、大火力です。

・攻撃手段
 喰い尽す:物遠単、特殊。移動前にのみ使用可能。
 20m移動すると同時にその進路上のPC1人を体内に取り込みます。
 100%命中で体内に取り込まれ、3ターン経過で戦闘不能になります。
 フェイト復活可能。内部からの攻撃は外部からの攻撃より有効です。
 外部からの救出は手番を消費してのCT判定、
 内部からの脱出は手番を消費してのCT判定となります。

・融合:物近範、【状態異常】[混乱]【追加効果】[HP回復大][Mアタック大]
 手足を伸ばし、接触した対象との融合を試みます。
 攻撃が命中した時点で精神を蝕まれると同時に群体のHPが大幅に回復します。

・ZOC:特殊。
 ゾーンオブコントロール。無数の手足が移動を阻害する為、
 赤の群の近接距離に侵入したPCは次のターン移動する事が出来ません。

 赤き痛み:P.【反撃】【反撃】
 攻撃が命中した場合100点のHPを失ないます。

 群体:3回行動。状態異常が2重まで重複して掛かります。
 精神系、呪い系、麻痺系の各種状態異常及び氷結、氷像は掛かった数だけ行動を制限します。
 
●味方NPC
『二分銀』十司 秋良
 とつかさ あきら。かつて『閃剣』と呼ばれていたリベリスタ。
 本来の歴史ではナイトメアダウン時に死亡している。
 56歳。気紛れでいい加減だが実力は“戦前生まれ”の中でも一流レベル。
 弱者が強者に勝つ為の剣を追い続けるジーニアスのデュランダル。
 突入地点から30m程離れた場所で赤の群体と交戦中。
 何もしなければ戦闘開始後3ターンで死亡します。

・保有戦闘スキル:オーララッシュ、リミットオフ、ソニックエッジ
・EX 銀閃剣:音速を超えた不可視の斬撃は遠域の敵をも切り裂きます。
 物遠単【状態異常】[致命]【追加効果】[連撃][必殺]

『閃剣』常盤 総司郎
 ときわ そうしろう。十司より『閃剣』を継いだ二代目の『閃剣』
 22歳。DAを最大限に生かす手数重視の連撃型デュランダルですが、
 Rタイプの威圧感に心を折られており、そのままでは使い物になりません。
 実力は十司には劣る物の、一流の範囲には収まる程度。
 何もしなければ戦場から逃走します。

・保有戦闘スキル:オーララッシュ、リミットオフ、戦鬼烈風陣
・EX 無想閃空:二本の長剣から広範囲へ放たれる見切り不能の超高速連撃です。
 物遠複【追加効果】[連撃][必殺]【状態異常】[致命]

『双剣士』日生 陣太
 ひなせ じんた。十司の弟子で、常盤の弟弟子に相当します。
 意識を失っており常盤が背負っていますが、実力的に明確に足手纏いです。
 HPが回復する事で割合%の確率で意識を取り戻します。情に厚く真面目で頑固。
 クリティカル特化タイプのソードミラージュです。
 何もしなければ負った怪我が原因で戦闘終了までに死亡します。

・保有戦闘スキル:多重残幻剣、トップスピード、ソードエアリアル、ソニックエッジ

●戦闘予定地点
 Rタイプ出現地点から1000m程離れた、破損した国道上。
 足元は不安定でアップダウンの激しい地形です。
 周囲には一般人もいるものの、混乱しきっている為神秘の秘匿は不要。
 リンクチャンネル突入後即戦闘開始、事前準備不可です。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 死ぬ時は死にます。予め御了承下さい

●重要な備考
 このシナリオは、その結果により『達成値』を加算減算されます。
 この達成値は<不可逆性方程式>の冠を持つイベントシナリオ(決戦シナリオ)の判定への補正値となります。
『達成値』の判定は各シナリオ、各STの申告によって行われます。
参加NPC
 


■メイン参加者 6人■
アークエンジェインヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
アウトサイドデュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ナイトバロン覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
★MVP
アークエンジェソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
アウトサイドソードミラージュ
紅涙・真珠郎(BNE004921)

●赤き暴威
 その夜は赤く、空も大地も罅割れていた。
 世界はまるで容易く壊れていた。絶望と失意と悲嘆と嘔吐。
 これが「彼らが守るべき世界」だなんていかにも笑えない冗談だ。
 果たして“この惨状の一体何所から何を護れ”と言うのか。
「いや……おい、待てよ……」
 狂気こそが正常だった。混沌こそが秩序でありそこには弱者は淘汰されると言う当然の摂理と、
 不確かな者は強制的に捻じ曲げられると言う不条理な法則が隣り合わせに横たわっている。
 『元・剣林』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が声を漏らしたのも止むを得まい。
 “混沌の種子”なる道具を携える彼にとって、その光景は何て事は無い。
 かつて見た。そして繰り返しフラッシュバックする“悪夢その物”に過ぎない。
 赤い、赤い赤い赤い群が地を這っている。ここで死ねばそれと同じ物になる。
 成り果てる。欲望のままに殺し殺され引き裂き引き裂かれ混じり合ってしまう。
 眩暈の様な境界のぐらつきに思いがけず平衡感覚を見失った虎鐵を、小さな掌が後ろから支える。
「確りするのだ。まだ戦いは始まってすらいない」
 刃を交える前から怖気付いていたなら、それはもう戦う以前の話だ。
 力に力をぶつけあって、あんな物に勝てるとは到底思えない。
 『百の獣』 朱鷺島・雷音(BNE000003)の敵対者に対する分析は正確だ。
 それは経験のなせる業であり、かつて彼女が似た様な存在と相対していたが故。
 『暴欲』と名付けられたそれは確か、それでもあの赤い肉塊の3分の1程のサイズだった筈だが。
「……丸きり、怪獣映画の世界ですね」
 これが舞台セットであればどれほど良かっただろう。
 『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)がその翼をはためかせ、
 拓けた視界と響く音とで把握した破綻に対しそんな空想を一人呟く。
 彼女の姉が文字通り身命を賭して退けた鬼の王。それと比してまるで遜色無いだろう巨大な存在感。
 これが限り無く過去の世界に近しい物である、等と言われなかったら
 果たして自分は万華鏡の姫からの願いだけを抱えてここに居続けられただろうか。
 いや――頭を振る。居続けられたろう。彼女の内なる記憶の欠片が強く、強く、背を押す。
 畏れる物など何も無い。恐れる理由すら何処にも無い。例え指先が震える程怯えていても。

「それでも、私達の未来のために」
 ここで剣を執ると誓える自分を、果たして姉は褒めてくれるだろうか。
「――――っ、は、あ」
 息すらも、止まっていた様な気がする。
 駆けた。駆けて駆けて駆けて、守れと言われた人々をすら置き去りにとにかく。
 ただ、あの赤い群から離れたかった。それだけだ。それだけだった。
 究極的に、“それだけしか残らなかった”事に、総司郎はただ、ただ、絶望した。
「……なんだよ、そりゃあ」
 背負った弟弟子は浅い呼吸を繰り返している。何所かで治療しなければ命が危うい。
 例えばそんな理由付けを頭に思い浮かべ視線を落とす。逃げだ。お為ごかしだ。誤魔化しだ。
 そんな事は分かっていて、分かっていて尚踵を返す事すら出来ない。
“でも、今逃げたら君はきっと後悔するよ”
 声は、上から降って来た。 
 視線だけを向ければ其処には白い制服を纏った男。そして奇妙に改造された法衣を纏った蒼い娘。
 一見して敵でないことは分かる。特にこんな惨状に在ってリベリスタ同士が争う理由が無い。
「我々も災厄と戦う者です。助太刀に、参りました」
 セラフィーナの視界に入った人影に対し、躊躇無く進路を向けた2人。
 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)と、『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
 彼ら、彼女らの側から見た男は、誰がどう装飾したとしても精々良く言って敗残の兵だった。
 まだ戦えるだけの力を残しながら戦場に背を向ける者。
 これが、敗者で無いのだとしたら一体何だと言うのか。
「――――後、悔……?」
 対して、2人と視線を合わせた男は己を顧み、せせら笑う様に口元を歪める。
 悔恨などで、慙愧の念で足を止められるならとっくに止めていただろう。
 敬愛する師が戦っているのだ。可愛い弟弟子の命を奪われそうになったのだ。
 奮起するのが当然だろう。怒りに激発したとて可笑しく無い。そんな場面で、男は――
 『閃剣』常盤 総司郎は、“恐怖に負けて逃げた”のだ。

「は、……は」
 震える手から、握り続けていた剣が落ちる。顔を抱え視線が落ちる。
 後悔など、するに決まっている。今だって、この瞬間だって。
 けれど、恐ろしいのだ。死がではない、敗北がではない。
 自分の意志も矜持も価値在ると信じてきた変質してしまう事が恐ろしくてたまらない。
 対面してなどいられない。目を逸らさずにはいられない。
「下らん男じゃな」
 だからこそ吐き捨てる様に告げられたその言葉に、総司郎は凍り付いた様に動くのを止めた。
 暗色のボディスーツを翻し、女は傲岸に、不遜に、
 立ち止まった男を路傍の石の様に見捨ててその真横を擦り抜ける。
「――命を惜しむな。刃が曇る」
 曇った刃に価値は無い。生きるとは戦う事であり、戦うとは敗北すると言う事だ。
 だが、勝利に是非が無い様に、敗北にもまた是非は無い。
 唯一つ無様が有るとしたならそれは――己が誓いを裏切る事に他ならない。
「刃が……」
 落とした剣の切っ先を見つめる閃剣の背をまるで無視して、
 『狂乱姫』紅涙・真珠郎(BNE004921)は飄々と瓦礫の山を駆けて行く。遠く響く剣戟の音。
「突出し過ぎです! 真珠朗さん!」
「くく、聞けぬ! 此度は聞けぬなあ、我を誰と心得る!」
 真珠郎の先行に気付いたセラフィーナが声を上げるも、そこで止まる“紅涙”ではない。
 眼下には剣一本、身一つ、単身で15mにも及ぶ化物を食い止めようとする馬鹿が居る。
 敗北が嫌いだ恐怖が嫌いだ生きる事は毎日が戦いで敗北の連続だ大気は地獄の味がする。
 だが、だからこそ。その地獄で足掻く者の魂はこうまで女の強欲を“そそる”
「!? な、んだ!? 馬鹿野郎! ここは女子供が出張る様な場所じゃぐぶっ!」
「頭が高い! 我こそは紅涙の姫である――!」
 かつて閃剣と呼ばれた男、リベリスタ『二分銀』十司 秋良の人生史に於いて、
 それは歴代屈指の痛恨のミスだと言えたろう。
 かくて赤く紅い鮫牙の姫は大仰に、華々しく、熟達のリベリスタの後頭部に舞い降りた。

●恐怖を喰う者
 本来であれば――と言う前置きに意味があるかは別として。
 赤き群体は単体で有りながら“群”の性質を持つ。
 巨体故の鈍さは有るにせよ、一度に3度動くこの赤い巨人は対単体に対し極めて強い。
 それは、実力では現代のリベリスタの先を駆けているだろう男。
 十司をして圧倒している事からも明らかだ。それは例え1人が2人になろうと大差は無い。
 これが3を超えればともかくも。この存在に対し単独行動は鬼門も鬼門であった。
「――ふん、この程度……慌てる必要もねぇな」
 先ず、疾風の如く駆け抜けた紅の姫がそれに“呑まれ”
「大人しくしておれと、言う暇も無かったか」
 続けて、同タイミングで彼女が庇った老剣士がこれも同様に“呑まれ”
「俺っちも長く生きちゃいる心算だがよォ……お前ら、実は馬鹿だろ」
 其処に駆けつけた虎鐵が確かな覚悟の結果とは言えそれに“呑まれ”れば、
 誰でも嫌が応にも悟るだろう。群体に個人が接近戦を挑むことの愚を。
 幸か不幸か。戦力はここに二分される。タイムリミットはたったの60秒。
 一瞬でも超えてしまえば3人揃って群の仲間入りだ。運命の祝福すら2度は拒めない。
 眼前で義父を呑み込まれた百獣の姫が思わず悲鳴を上げそうになった口元を引き締める。
 救いに来た。喪わぬ為に来た。未来を変える為に、来た。
 どれだけ泣いたろう。どれだけ恐怖したろう。どれだけ絶望してきたろう。
 けれど、だから紡げる言葉だってある。だから出来る行動だって、ある筈だ。
「誰一人、ここで亡くさせはしないのだ!」
 歌声が響くと、総司郎が背負ったままの日生陣太の表情から死の色が僅か遠のく。
 それを目の当たりにして、セラフィーナが安心した様に一歩踏み込んだ。
「悠里さん、リリさん、虎鐵さん達が呑まれたのは右手付近です!」
「分かった、回り込む間引きつけてくれるかな」
「はい。災厄と戦うのは、私の本懐――行きましょう、『お祈り』を始めに」
 3者が頷き合う姿を呆然と見遣り、総司郎が瞬く。
 先じて突っ込んだ虎のビーストハーフが周囲の瓦礫ごと呑み込まれた。
 その様を目の当たりにした筈だ。仲間を喪って人はこうも冷静で居られる物か。
 だとしたら自分には無理だ。そう思い込む事が、彼には精一杯で。

「……恐いですよ、私だって」
 だからすれ違う時に声を上げる。
 力無く立ち尽くす剣士に、セラフィーナは彼女なりに精一杯のエールを送る。
「でも、チャンスは今しかないんです」
 逃げてしまえば楽になれるだろう。きっと。
 けれど、それで失う物がどれほど尊い物だったのか。人はいつでも亡くして気付くのだ。
「大丈夫。貴方ならきっと、私より上手く救えます」
 恐さを、知るのが遅過ぎたリリににとってその迷いは決して嫌な物ではなかった。
 盲目的に信じ仰いだ先に有ったのは、自己矛盾と言う名の断崖絶壁だった。
 それは痛みで、その痕跡は未だに時折リリを苛むけれど。
 涙と喪失と混乱と憧憬の果てに、それでも足掻き続けて彼女は一歩ずつ進んでいる。
 それが、人の戦い方だ。それが、人の“間違い”方だ。
 だから彼女は以前よりはっきりと、自分の意志で両の銃を握る。
「――ですから、勝ち目は十二分に」
 声と共に放たれたるは赤い群の動きを強固に縛る呪いの魔弾。
 確かな手応えに視線を送ると、続けてセラフィーナが静から動へ。
 低空飛行から鋭角を描き霊刀を片手に距離を一気に詰める。
「終わらせます。この悲しみばかりの夜を今度こそ!」
 速度を頼りにするソードミラージュに在って、彼女の刃はどちらかと言えば“遅い”
 けれど、その剣筋は他の剣士とは比較にならぬ程“確か”だ。
 積み重ねられた経験は、彼女の姉が導いた通りにある極みに達しつつある。
 光芒を纏った刃を抜き放ち様に腕をすり抜け、赤き群を切り裂くなど造作も無い。
「入りました、悠里さん!」
「任せて。ここからは一歩も踏み込ませない」
 恐い。誰もが抱くその感情を、けれど悠里は殊更良く知っている。
 臆病者と謗られ様と、戦う事が恐くなかった事など無い。
 死線を幾度も潜りながら、死に物狂いで抗いながら、けれど何時だって恐かった。
 震える指を握る。夏の熱気を貫く冷気が周囲を静かに満たす。
「総司郎さん、秋良さんだって、きっと恐い」

 背中の側に佇んでいるのだろう閃剣に、言葉を投げる。
 視線は正面。赤い暴威が拳を振り上げるのが見えた。その腕が奇妙に捻れ、爆ぜる。
 爆ぜる先から再生するも、内部で何かが暴れているのは想像に難く無い。
「貴方が『閃剣』の名を継いだのは何のため?」
 誰もが抗っている。誰もが戦っている。
 だからこそせめて、そんな人々に恥じない自分で居たい。
 それだけの理由があれば、恐怖とだって戦える。
「来いよ。僕が、境界線だ」
 群の体躯から伸びた無数の手足が体躯を縛る。それらを振り切り振り上げ叩き付ける。
 魔氷の極地とも言える絶冷の拳が、赤き大群を押し退ける。
「……俺、は」
 何故、十司に憧れたか。何故、彼に師事したか。
 彼が強かったからではない。自分が弱かったからだ。
 弱い自分でも誰かを救えると信じたかったからだ。誰かを護れると、信じたかったからだ。
 失望がひたひたと足を引く。動けない。戦えない。彼らの様に。
 “ムービースターの様に”は、結局、自分は、なれ
 ――――パン、と。乾いた音が響く。
 目元に涙を溜めて、奥歯を噛んだ雷音が隣に立っていた。
「恐い。恐いのだ。恐いに決まってる。あんなの恐くない筈が無い。
 神に挑むなんてただのバカなのだ。逃げて当たり前だ。でも、」
 少女が泣くのは恐いからだ。敵がではない。自分の無力で、大切な者を失うのが、だ。
「それでもボク達はここに来たのだ! 何でか分からないか!
 仲間を見捨てて後の人生ずっと悔い続ける方が、もっと大バカだからだっ!!」
 ―――
 ああ、そうだ。その通りだろう。ぐうの音も出ない。
 握れる剣がある。機会がある。そして、まだ何も失っちゃいない。
「そいつは、本当に大馬鹿かもしれねえなあ」
 恐くて当たり前だ。震えて当然だ。本気で怖れなければ、本気で抗う事も出来ない。

●閃く白銀
「クソったれが、ぶっ殺してやるよッ!!」
 腕に携えるは漆黒の刃。虎吼もかくやと言う威勢で振るわれた大太刀が、
 自らの身体の半ばを蝕む赤い肉塊共を切り裂き、抉り取り、爆ぜる。
 永遠とも思える繰り返し、その実数十秒程の時間しか経過してはいない。
 その事実を解し、何所か頭の一部だけが冷静な虎鐵は残された時間をカウントする。
 60秒と言うタイムリミットは余りに短か過ぎた。
 連携の不足が各個に取り込まれると言う事態を招いたが故止む無しとは言え、
 祝福を削って“喰われる”事に抵抗している現状、猶予の終わりは即ち死と等しい。
(雷音は、無事なのか……ああ。それならいい) 
 自分が生きて帰るより、義娘を生かして返す事。それが虎鐵にとっての全てだ。
 その為には、一分でも一秒でも時間を稼がなくてはならない。
 腕を揮う。刃を翻す。ただ、悪鬼の如く、かつての己の如く、目に付く全てを切り伏せる。
「確りせぬか二武銀。それでも戦後の生き残りか」
「くっそ、年長者は大事にしろってンだ」
 それよりやや外れ、背中合わせに迫る肉壁を斬り付け続けるのは真珠朗と秋良。
 表皮に比べれば手応えが柔らかいとは言え、それがどれ程効果がある物かは見て取れない。
 息を荒げた秋良の言は、そのまま余裕の無さを示している。
 他2名はともかく、『二分銀』はあと10秒も保たない。
 それを目の当たりにして真珠朗が息を吐く。
「のう『二分銀』。娘子がな、願ったのじゃよ」
 意味の分からぬ言葉に、視線を向ける事すらなかった隻腕の剣士が視線を向ける。
「「あの」娘子が、我侭も棚上げして他人の為に願ってばかりの娘子が言ったのじゃ。
 お母さん「達」を救ってとな。そこにはヌシも居るんじゃないかの」
 秋良からすれば、何の余談やら訳が分からない。けれど、浮かぶは人を喰った様な苦笑い。
「で、お前らはそんな餓鬼の戯言を真に受けてここまで来たってェ訳だ」
「死地に挑むには十分すぎる理由じゃろう」
 喉を鳴らし音速で薙いだ真珠朗の双剣が赤い巨体の動きが僅かに鈍らせる。
 それを眺め、口元を引き絞り老剣士は応を吐く。
「なら、生き延びねェとな」

 3人が呑まれ40秒が経過した。
 繰り返し打ち込まれる攻撃に赤い巨体の動きは目に見えて鈍る。
 だが、一体何が味方しているのか。この場に於いて最も可能性の高いセラフィーナの攻撃が、
 どうしても後一歩の精彩を欠く。体内の仲間達を救い出せない。
「このままじゃ、3人が不味いのだ!」
「分かってる、けど――!」
 悠里の拳が幾度目か、赤い群像を凍り付かせる。
「此処での、勝手は、させませんっ!」
 その最中に放たれるリリの魔弾が、遂に群の動きを完全に停止させた。
 だが時間が無い。チャンスも、もう後僅かしかない。
(――例え未来が変わるとしても、お別れは、もう嫌だ)
 雷音が一つの決断を下す。その、ほんの僅か手前。
 駆けたのは銀色の光。奔り抜けたのは、視認出来ぬ程の高々速の太刀筋。
 それが二度閃いた。幻の様に、残影の様に。
「……悪い。どうせ大馬鹿だってのにな。祭りに気付くのが随分遅れちまった」
 罰が悪そうに声を上げた双剣士に、雷音が目を見開き、セラフィーナが小さく笑んだ。
 悠里は其方へ視線すら向けず、けれど確信と共に拳を握り直す。
「助けて、下さい。仲間が、まだ中に」
 間近から毀れたリリの言葉に、『閃剣』が頷く。背負った弟弟子を木陰に横たえ両の銀を握る。
 何所か遠くで、運命の歯車が切り替わる音が聞こえた気がした。
 ――なあ、二武銀。ならば賭けをせぬか。
 かくて閃剣が刃を執ったその頃、真珠朗はもう一つの問を投げる。
 時が無い。暇も無い。だが、敗北は嫌だ。己を曲げて敗北する位なら、死んだほうがマシだ。
 ――面白いじゃねェか。こいつは俺っちの命その物だぜ?
 本来であれば死しか無かった筈の結末を、意地で、矜持で、我欲で捻じ曲げる。
 内と外。奇跡を願った2人の祈りはどちらも届きはしなかった。
 ――代価はそうじゃな、こ奴をぶっ潰せるってのでどうじゃ。
 けれどそもそも。奇跡など必要だったろうか。
 全てを賭す覚悟があれば、人は、絶望にすら抗えると言うのに。
「――――乗った」

 内と外。奇跡を願った2人の願いに、銀の閃光が2度閃いた。
 2つの閃剣の中間点。虎鐵が切り刻み続けた最も脆く、最も弱っている表皮。
 その一点を七色の刃が叩き斬る。
「さあ、救いに行きましょう。貴方達の、私達の、大切な人達を!」
 七振りの刃、二つの射線、歌声と拳が連なり合い、
 ズ―――――ッと。重い音色を響かせて悪夢色に彩られた赤い夜が明けていく。
 不可逆性方程式は覆る。一つの後悔が、終わりを告げた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様、お待たせ致しました。
ハードシナリオ『<不可逆性方程式>剣の誓い』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

説得はお見事。ですが戦術的にはかなり危うい所が有りました。
位置的に離れている2つの対象に同時にアプローチする事は困難です。
戦うか説得かで優先順をつけないとHARD以上では危険です。
MVPは文句無しにセラフィーナさん。
今回死者が一人も出無かったのは、紛れも無く貴女の功績です。

それでは、この度は御参加ありがとうございました。
またの機会にお逢い致しましょう。

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ラーニング成功!
『銀閃剣(EX)』
紅涙・真珠郎(BNE004921)