●その女、≪人形師≫(マスター・オブ・ドール)。 「いらっしゃーい。あ、どうぞ。お茶飲みます?」 「……お構いなく」 愛想よくにっこりと笑みを浮かべながら近づいてきた女に、男は言葉少なにそう返した。 男の方は、若い。柔らかな茶色の髪が平均的な男性の長さに伸びている。無害そうな貌立ちだが、よく見れば整っている。 女の方はと云うと、初夏は過ぎたであろうというこの季節に、極めて場違いなオレンジ色のコートがまず目を引く。髪は細く艶やかな金色で、長い。その長い髪を、耳の横で後ろへと編み込み、冠の様にロングのストレートヘアを縛っている。両方の蟀谷(こめかみ)付近には一房の髪束が下がっており、美しいハーフアップだった。 茶器に手を掛けていた女は、男の断りに嫌な顔もせずそのままの笑みで今度はソファを指した。座れ、ということなのだろう、と男は理解した。 「えっとん。化野(あだしの)さん、で良かったでした? 難しい漢字ですね」 女の問いに化野と呼ばれた男は頷いた。そして、不審げに問い返す。 「それでは、貴女が処女塚(おとめづか)さん……で宜しいのか? こちらが『工房』とお聞きしたのだが」 そのまま化野は内装を見渡す。その質問の意図は、彼が思い描いていた『工房』とはあまりに懸け離れたその建築に起因していた。化野の不躾な視線に、処女塚と呼ばれた女はこくりと頷いた。 「そうですよん。実は、わたしの名前もだいぶんと難解なのであった。えっへん。 ……あんまり『工房』って感じじゃないです?」 「ええ……、まあ」 化野の微妙な返事に、処女塚は「あはは」と笑った。素直じゃないより、素直である方がずっと良い、と彼女は感じた。 「それじゃあ『お仕事』の話ですけれど、ええ、『仕様』は大体お聞きしてます。 ただまあ、色々と微調整もありますし、料金の方もいくらか上下しますけれど」 化野は、そう言った処女塚の表情をじぃと眺めた。 「目的は、聞かないのですか」 思わず膝上に置いていた拳に力が入る。緊張だった。化野は、この『発注』が碌でもない結果を産むであろうことを予感している。否、確信している。だからこそ、この依頼が断られてしまうのではないか、と彼は心配していた。が、彼の問いに間髪入れず、 「訊きませんよ」 と処女塚は返した。そして、そのまま続ける。 「目的など、訊きはしません。わたしには、興味がありません。わたしにとって大事なのは、 創ること、そして、その結果だけです。その因果はわたしの『美学』になんの影響も与えないのです。 わたしはお客様を見ます。わたしはお客様を選びます。誰にでも商売する訳ではありません。そして、化野さんには『売っても良い』、と判断しました。 化野さんが仮に、わたしの『人形』を悪事に用いたとしても、『何も問題はありません』。 在るとすれば、それは『貴方の問題です』」 化野は内心ほっとした。苦心して探し当てたかの≪人形師≫は、どうやら話が分かるらしい。ここまでの苦労が全て水泡と帰すことは無い、と分かって、表情の強張りも失せた。 だが、化野は気づいていない。 その美しく人当たりの良い処女塚の真っ青な瞳が、妖しげに嗤っている事を。 それはまるで、誘い水。 ≪人形師≫と呼ばれるまでに至った―――彼女の罪深き深淵。 ●ブリーフィング 「今回お願いするのは、自律稼働型人形アーティファクト群への対処。 このアーティファクト類が、ある省庁機関を襲う現場が『万華鏡』により予知された。現場は人が多く、それに、一般人しか居ないと考えるのが普通だから、放っておけば人財的にも技術知識的にも比較的に大きな被害が出るでしょう。 但し、今回の依頼について、諜報部から上がってきた情報もあるので、それも伝える」 ぺら、と『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が手元の書類に視線を落とした。 「この襲撃事件の首謀者は化野と云う名の男性。我が国の防衛に携わる省庁の技官ながら所謂キャリア採用で、まだ若い。現在、警察庁管轄の地方研究部門に出向中。勤務態度は極めて良好で、入省時も主席成績。上昇意欲が強く、今後の出世競争の為に今回の事案を引き起こしたと見られている」 「うーん、つまり、化野と云うのは一般人? 何故、アーティファクトを?」 「ええ。化野自身には何ら神秘的な力は無い様ね。そこで彼は、ある革醒者と取引をしたらしい。 ―――『アーク』も本件で初めて存在を把握した、≪人形師≫と呼ばれる女性を」 「……≪人形師≫?」 「彼女についての詳細は追って伝える。 問題は、今回、直接人を襲うアーティファクトの方。自律稼働型人形と認識されるそれは、どうやら、≪人形師≫のフェイトを代償に創造されているらしいことが分かった。 そして、契約者であり所有者である≪人形師≫のフェイトを共有していることも。 ……つまり、この人形群はフェイトを得たアーティファクトでは無いけれど、エリューション特性については喪失している」 「存在そのものが罪、って訳では無いようだが……、それもその≪人形師≫が生きていれば、だろ? 契約が解消されフェイトの共有が失われれば厄介な『敵』になる」 「そうね。そう云う意味でも、やはりこの『人形』は破壊すべき。 敵性人形は複数体が予知されている。化野の財力的に危険すぎる人形を雇えなかった様だけど、強力だと考えられるから、気を付けて欲しい。それに……」 「うん?」 「いえ、これは私の何の根拠も無い直感なのだけれど」 そう一言断って、イヴは「『彼女』はきっと見ているでしょうね――」と続けた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月21日(木)22:11 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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● もしも建物の内のエレベーターが稼働していなければ、『影人マイスター』赤禰 諭(BNE004571)は自分が直接五階にまで運び込もう、と、柚木 キリエ(BNE002649)は考えていた。 ……事前に、この研究所らしき建物についての見取り図も、救出対象の氏名、顔などは十分に把握している。 『月虚』東海道・葵(BNE004950)の機転である。『アーク』諜報部から収集したそれらの情報は、諭がファミリアーで制御する小鳥を五階へ飛ばすのにも役立った。 まずは一階から、正攻法に。 リベリスタらが足を踏み入れると、些か騒がしい。 《人形》が虐殺を行っていった訳では無い様だ。だが、全く無害に獲物のみを狙う、という慈悲深さを持っている訳でもない、という事か。 事件が事前に察知出来て、良かった。だが『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)はその凶行を認める心算は一切、無い。 ――『人形師』の。何ぞ人形師ちゅーのは性悪なのが多いが。性悪じゃから人形師になるんか。人形師じゃから性悪になるんか。まぁ、如何でも良い事じゃが。 美味いか不味いか、それだけが『狂乱姫』紅涙・真珠郎(BNE004921)の問題だった。 「さて。この者はどんな『モノ』を飼ってるんじゃろうな。その内に」 ● 幸運な事に、未だエレベーターは生きていた。キリエがそれを確認すると、 「それでは私は直接、五階へ向かいましょうか」 と諭が頷き、一人、鉄の箱へと姿を消した。 オ――――――ン。 ワイヤーを巻き取る機械機構の駆動音が耳に張り付いて、やがて、消え失せた。 がこん。 重たい鉄製扉がその質量に反比例して軽やかに柔らかに開くと、諭は実験フロアへと躍り出る。 召現させ解放されるのは影人。 真白く無機質な廊下、規則的に並び立てられる分厚い引き戸、駆ける視界は早送りの様に背後へと滑っていく。 道中、驚いたような職員達とすれ違う。諭は上位の結界を構築し張り巡らせてはいるが、元々居る人間を無意識の内に追いやる能力はない。 救出対象の顔も名も把握している。後は飛ばしている小鳥達の情報と合わせ、当人を見つけ出し、確保するだけである。 それにしても。 「面倒なものですね、半端なエリートの競争意識は」 真珠郎の鼻は獣の様に利く。その嗅覚が、其処に敵が居ると、教えてくれる。 「じゃが、やはり《斬る》(喰う)のは人が良いの」 強く床を踏み込んで加速。肉薄して一閃。 白い光景が飛び込んで、会敵。 感触は、 「――――」 桜色の装いに身を包んだ美しい《人形》(マリオネット)、その上半身は人的構造を反した超構造的捻れを創り出し、其の腕に振るわれている短刀が、柔らかく、真珠郎の太刀を受けていた。 交錯したのは、一瞬にも満たない。感触が悪かった以上、考えるよりも早く、真珠郎の、もう片方の腕が疾った。そちらには、連続斬殺鬼の名を冠するナイフが握られている。 ―――爆ぜた。 耳障りな金属摩擦が上から下へと流れ、火花が散り、プラナス・セカンドの膝が折れると、短刀はそのまま下段へと斬りかかり真珠郎のナイフを――逸れたように手首を優しく斬った。 血が流れるが、構わない。絡み合うように、逆に上段へと抜けた真珠郎は右足を踏み込んでそのままふわり一回転。舞踏の様に―――プラナスとの間には、一足一刀の間合いが出来た。 「雑魚ではないかえ。悪くないの」 真珠郎は自らの傷を気にもとめず、そして無意識の内に、口の端が吊り上がっていた。 プラナスはその異質な態勢を調整し、修正し、人間らしく真珠郎の眼前に立った。作り物だからこその美しい、均整の取れた、精神の重心を喪った妙な立ち方だった。 其処に、乾いた発砲音が三度連続で鳴った。 「今の内に!」 声を張ったのは、壱和だった。真珠郎がそちらに視線を遣る必要性は無く、それがフクシャとの交戦であることは当然の帰結であった。 二丁拳銃を操る天使。赤紫色の《人形》。壱和と葵がその前に立ちはだかり、そして、 先ほどの壱和の発言が意図する所は、聞き届けたキリエが一番良く理解していた。 逆にキリエは、人形から距離を取る。 「『あれ』は私達で対処します、皆さんは目立たないよう、落ち着いて外へ出てください」 神秘の異形には、神秘の力で対抗する。神秘の騒ぎは、神秘の静謐が収拾する。 真珠郎とプラナス、壱和、葵とフクシャは、互いに一定の距離がある。キリエは何事か、と集まり始め、混乱に陥っている職員達に、柔和な声を掛けていた。 命に貴賎は無いが、『此処』には無視できない頭脳が集約されている。一人死ねばそれだけで、大きく技術進歩が遅延する。そう云う意味で、政府からも『アーク』には嘆願が寄せられていた。 命は数ではないけれど。一人でも多く、保護したい。 本来の目的であるターゲットの救出が最優先だ。諭が五階に直行しているとは云え、ブリーフィングでは最も強力と報告されていた個体、第三番目の脅威が残っている。余裕は、無い。 (それにしても……) 居室から慌てて出てくる職員を、キリエが宥めて階段の方へと誘導しながら、その人形について思考する。 「『見てる』って実は、三番目が処女塚自身……じゃないよね?」 ―――或いは、心の一部、とか。 キリエは、その人形の遠い口元を、覗き見る。 「――――」 まだその唇は、真一文字に結ばれたまま。キリエの持つ《万能言語の異能》とて、胸に秘められた想いまでを暴くことは出来ない。 「フクシャ来ます、備えて!」 少し離れた所で迎え撃つ壱和の声が、キリエの耳にも届いていた。 ● 「ご機嫌よう、わたくしは葵。 わたくしもまた――主人の『人形』にございます」 美しい肢体がしなり、極微の剛糸が光を反射した。葵の細く締まった太腿から繰り出された、彼女の得物である。 葵の名乗りに、フクシャは何も言わない――ただ唇が小さく震えた。様な、気がした。 キリエが接敵していれば、読めたかもしれない。だが現在、キリエは付近の避難誘導に尽力していた。葵もその唇の動きを読もうとはするが、独特な動きだ。なかなか、難しい。 ……まあ、反応があろうが無かろうが、葵には、其処にあんまり興味は無い。 近接射撃。フクシャの拳銃が正しく葵の額に照準を合わせると、葵は均整の取れた体を折り曲げるようにしてそれを回避する。 「させません!」 葵と入れ替わるように壱和が太刀を薙ぐ。臆病の自分を隠す学ランが靡いて、フクシャを多重展開した呪印で束縛した。 がこ、と滑らかだったフクシャの動きが鈍る。其処を葵は見逃さない。 悪夢の様な幻影――加速した一撃は幾許か現実味を喪いながらフクシャを襲って、 「趣味の悪い殺しなど楽しくもないでしょう。 元より、主人の言動に従うというのは『思考』を放棄した様なもの。 ――ああ、わたくしに言われても、皮肉にもなりませんか」 赤紫色の衣装に支配された人形は、ただその葵の一撃を防御するしか無かった。 どうやら互いに主人に恵まれない所は似ている。《人形》(メイド)である所も。 決定的に両者を分かつのはその思考性だけ。なれば、葵の言葉は、言葉通り、《人形師》に対する強烈な皮肉に他ならなかった。 フクシャの身が削がれても、血液は流れ出ない。人形故に。 葵の一撃に後ずさったフクシャであったが、直ぐに反撃を、 「無用な血は流させません」 何かを我慢したかの様な壱和の眼――可愛らしい顔は、けれどフクシャの悪行を、許さず。 連携はほぼ完璧。事前に示し合わせた通り。 壱和が呼び起こした影人はフクシャの動線を防ぎ、そしてその身体を、不吉な影が覆った。 「自らの出世の為にこんな事をするのは、許せません」 ……それ以上に、依頼者の、作製者の悪行を、許さず。 「―――」 巧緻なるマリオネットは、微笑んだ様に見えた。 ● 「お静かに」 という諭の指示に、彼の予想とは反し、救出対象の男は口を噤んだ。 影人の使役において諭は『アーク』随一の能力者である。召喚した影人に男を抱えさせた。 幻想纏いによるキリエからの通信によれば、既に二階では戦闘が始まっている。三階に居るとされる『第三番目』については、現在どこに居るのか、分からない。エレベーターは既に自らが通ってきた経路。だが、彼を単独で行動させるにはリスクが付き纏う。 「他の方々も、くれぐれもお騒ぎにならないように」 付近に居た技官、職員にもそう釘を刺した。男を庇いながら、護衛しつつ階段を下りる道を選んだ。 「……一体、何が起きているんですか?」 メガネを掛けた若い男は、抱えられながら小声で尋ねる。状況については混乱しつつも、諭の様子に尋常ならざる事態であることは、理解している様である。 「ええ。ご心配なさらず、私達に任せて頂ければ何も問題はありません」 無能の証明など知ったことではありませんが―――私には、貴方がたの様な競争意識は分かりませんしね。 真珠郎とキリエがプラナスを撃破する少し前に、壱和と葵はフクシャを撃破していた。 「―――」 壱和の呪印呪縛、葵の速撃。その最後は、葵の透明な撚糸の凄絶な斬撃のもとに、沈んだ。 「この人形達、材料は何なのでしょうね……」 壱和が一瞥する。戦う時が無言であれば、倒れるときも無言。しかしそこに意思がある、という一種の気味の悪さがあった。 人ではないが――ならば、そこに意識を込める理由はあったのだろうか? いっそのこと――『機械』として生み出してやる方が誠実なのではないのか? 「……何か、怖いです」 瞳を開けたまま横たわる人形の姿に、背筋を走るものを感じて、壱和が視線を逸らした。葵は、こくりと頷く。 「わたくしには正体は分かりませんが、先を急ぎましょう」 「そうですね……」 真珠郎は未だプラナスと交戦中であったが、キリエも居る。二人は互いに眼を合わせると、三階へと足を進めた。 「貴女達は、何者?」 キリエは、プラナス・セカンドにそう訊ねた。 『彼女』の胸部には、真珠郎の太刀が突き立てられている。血も涙も流さないから、奇妙な感じだ。だが、確実に、そのマリオネットは機能停止に近づいていた。 「―――」 音なき声は、孤独だ。そして、その唇の動きは、確かに一つの言語に違いなかった。 なれば――キリエに読めぬ道理は、無い。 <マリオネットとドールの、違いは、なに?> がこん。唐突だった。 真珠郎は、太刀を引き抜く。 プラナスは、創られたが故に端正な表情をそのままに、崩れ落ちた。 「そやつは、何とな」 倒れた《人形》には、興味が失ったかの様に目もくれず、真珠郎はキリエに訊ねた。 うん、とキリエは顎に手をやった。 マリオネットと、ドール――。 「しかし。何ぞ精巧『過ぎる』気もするが。こいつ等――真に人形かえ?」 真珠郎は詰まらなさそうに呟いた。 「まぁ、我には如何でも良い事じゃが。何ぞめぼしいモンがあれば奪うだけじゃしな――」 ● <四階で『第三番目』と遭遇しました> 先を急ぐ壱和と葵のアクセス・ファンタズムから諭の落ち着いた声が流れてきた。 諭の眼前には、純白の《人形》(ドール)が立っている。 白、白、白――ただその瞳だけが、橙色に煌めいていた。 五階から四階への階段踊り場。「このまま降りてください」と男に言うと、諭は影人と共に階下へと進ませた。 「っ!」 ―――が、言うが早いか、三番の熾烈な斬り込みが諭を襲った。 踏み込みが鋭く、手首の返しが速い。ほぼ突きの様な形の太刀筋だが、鋒を上に向け、余韻はそのまま読の肩を抉り、上段へと振られた。 「――ああ、貴女が第三番目ですか」 諭も火器を構える。そのまま、影人の使役により失われたリソースを補填するべく、指先を向けた。 ……本来、諭は前衛向きの戦闘スタイルではない。三番とは、相性が悪いと云える。 「不味いですね?」 だが諭の眼は悪童の様に三番を見据える。じいと玻璃の様な彼女の眼球が、諭を覗いた。 「ああ、不味い。 元なるフェイトが不味かったのか――、食玩の方がマシですね」 ぼうと諭を囲むのは、やはり影人。諭の、正しく砲台。 ● キリエの導出する療術の風が、緋く彩られる無機質な廊下を過ぎ去っていった。 プロジェクトシグマによる大容量のリソース産出、そしてホーリーメイガスに匹敵する領域の後方支援。前衛として斬り込む真珠郎、そして葵をはじめとしてリベリスタらを鼓舞した。 壱和と諭は、どちらも影人で手数を増やして圧倒を誘うスタイル。リベリスタの頭数が多いとは言えない中、その判断は三番に対して十分に有効であった。 敵はフェイトを《擬似保有》(共有)するアーティファクト。並みのエリューションよりも格段に強力。 特に三番目は、報告に違わず、リベリスタらを手こずらせた。 斬り合いの果て、朱に紅を重ねた赫い姫君――真珠郎は、しかし、無遠慮にその間合いへと滑り込む。 軽快な横一閃。上体を逸らし、三番が避ける。 その流れのまま、三番は後ろに立っていた葵へと蹴り――葵の態勢が崩れた所で、階下に逃された『目標』に追い縋るかのように下り階段へと身体を向ける。 だが、それも壱和に妨げられる。無感情に、三番は柄に掛けた手に力を籠めた。 「貴女自身に恨みはないのですが……」 黒刀が影を呼び起こせば、それが三番を捉える。三番は壱和の付近に位置する影人を問答無用で斬り付け、そのまま壱和の刀身が鋭い太刀を受けようか―――という時、 「―――」 何かを言いたげな表情で、横殴りに三番目が倒れこみ――直ぐに受身を取って、体勢を立て直した。 真珠郎の斬撃。七色の飛沫。よく見れば、三番目の腹部が抉られている。 ――思考する、思考する、思考する。第三番目は、処女塚のドール。故に、思考する。 「しかし、憐れなものにございますね。口を塞がれ、言葉を発することも出来ずに『思考工房』? それは……、生き地獄ではありませんか?」 壱和が誘い、真珠郎が作り出した隙を、諭がこじ開け、葵が再度攻め込む。 ――速い。翻弄するかのような次いで次いでの攻撃。 きん、きんと三番が振るう刀身が剛糸を弾くが、諭からの砲撃に手がまわらず、直撃する。 「見ておられるのでしょう? 趣味の悪いご主人様。心を持ち、生かすならば、声を与えてあげては。 これでは、折角の『心』が台無しです」 葵の赤い瞳が、三番の眼を覗き込んだ。それは、此処には居ない『誰か』に向けた明確な非難であった。 「―――」 三番が何を思うか――それは誰にも分からない。 弾けた。近接していた葵と三番の間に空間が生まれ、 「―――」 ずぶり、と何かが三番の背から腹へと、貫通した。 妙に生々しい――その感覚。 ぐしゃり、とそれが引き抜かれた。血が流れぬ代わりに、三番の体躯からは……、膨大にして無数の歯車が、雪崩た。 異様な光景であった。小さな小さな歯車は止まることを知らず、背中の空孔からざざざと流れ出て、ぎり、錆び付いた様に、三番の首が回った。 ぶちり、と縫い付けられた糸が解ける。ぶちり、ぶちり。 一度解けた糸がそのまま瓦解するかの様に、三番の口が解放されていく。 最後の糸が解ける。空いた口から息を吸い込むような音が聞こえ――、それもすぐに、口から吐き出される歯車に飲み込まれた。 リベリスタらに囲まれ、歯車の海に埋もれた精緻なる《人形》。 「……貴女達は、何者なの?」 恐らく、此れが彼女の死なのだろう、とキリエは直感的に理解した。だから、プラナスにしたのと同じ問を、三番目にもした。 三番は崩壊していく。歯車の量に比例して、小さくなっていく。 脚部が失せ、下腹部が失せ、腹部が失せて、腕部が失せた。 底には歯車しかない。歯車だけが、人を燃やした灰の様に積もる。最後に残った橙色の綺麗な瞳は、キリエらリベリスタらを一瞥し、 「私は処女塚。私は人形。勘が良いわね、貴方達―――」 頸部が失せ、朱色の口元が微笑みに彩られ、 「完敗ね。次はもっと『出来の良い《人形》』を贈ってあげるから……、 受け取ってくれる」 かしら? とは続かなかった。口元が失せ、目元が失せ、 最後には、全てが歯車に還った。 ●『思考工房』 <話が違うじゃないか! どういうことだ、これは!> 「話が違うって……、わたしは貴方に『人形』を売る、それだけですよん。 その後どうなろうが、わたし、しりませーん」 <僕は訳の分からない奴らに捕まるし、アイツの殺しは失敗したって云うじゃないか! 三体も用意しておいて、あんたの『人形』の問題だろう!> 「貴方が詰を誤るから《方舟》(アーク)に気取られたんですよ。不手際があるとしたら、貴方です」 <そんな言い分通じるか! 俺はこれで、人生狂ったんだぞ!> 「あ、そう」 処女塚の無感情な返答に、電話越しの化野は絶句した。 「だから、何です? もう一度、言いましょうか? 『わたしにとって大事なのは、創ること、そして、その結果だけです』」 ――貴方の人生がどうなろうが、知ったこっちゃないですよん。 それだけ言うと、処女塚は一方的に電話を切った。二度と会うことも無いだろう。 それよりも、面白いものを見つけた。処女塚は、初めて『人形越しに自分を見る』存在に出会った。 「あは、は――」 処女塚の笑い声が、孤独に響く。 其処は、『思考工房』。 其処にいるのは、人間? それとも―――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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