● その日、組織に属さぬ実力派リベリスタ『疾風』と『雄風』は襲撃を受ける。 相手が何なのかは直ぐに理解した。何せ近頃散々に狩っている相手だったから。 フィクサード組織『過激派』裏野部、ここ数年で規模を急速に拡大し、そのうち日本の闇社会の柱達に並ぶやも知れぬと噂される外道達だ。 奴等の暴力に飢えた、形振り構わぬ独特の空気は間違えようが無い。 とは言え、疾風や雄風がその気になれば奴等を蹴散らす事は充分に出来た。……其処が街中、無数の一般人溢れる場所でさえなければ。 先にも述べた通り、裏野部のフィクサード達は形振り構わない。もし街中で戦闘になれば躊躇う事無く、或いは嬉々として周囲の一般人達を巻き込むだろう。 そればかりは避けねばならない。 幸い奴等の包囲には穴がある。この場を切り抜け、ひと気の無い場所へと戦場を移動する事は充分に可能だった。 無論罠である可能性も考えはしたのだ。だが『疾風』と『雄風』は己達の力を過信はせずとも、裏野部に対しては些か軽く見すぎていた事は否めない。 自分達なら、裏野部が仕掛けるであろう並大抵の罠ならば切り抜けられると、そう思い込んでいたから。 けれどまさか……、 「はッ、なるほど。オマエ等が相手じゃ、確かに今のウチの連中じゃ荷が勝つな」 その男は其処に居た。 ひと気のない、『疾風』と『雄風』が逃げ込んだ地下駐車場に、黒と白、左右に並んだ2匹の虎をまるで猫でもあやすかの様に撫でながら、裏野部一二三は其処に居た。 構える事も無く興味深げに『疾風』と『雄風』を観察し、納得したように頷く一二三。 立ち居振る舞い、身に纏う鬼気、其の全てが一二三は今まで『疾風』と『雄風』が相手をして来た連中とは次元がまるで違う存在だと雄弁に語る。 だが、けれど、其れは千載一遇のチャンスだった。裏野部と言う組織を纏め上げる首領が眼前に居るのだ。 其の首を取れば裏野部は間違いなく瓦解するだろう。将棋で言えば王将が自陣からのこのこ出て来た様なものである。 あまりに愚かしい一二三の行動に、そして降って沸いた裏野部壊滅の好機に、『疾風』と『雄風』が文字通り風と化す。 「アァ、良いぜオマエ等。悪くねェ。さあ来いよ。オマエ等の牙を見せてみろ」 ● 「15年前の、あの時が迫り来る日本への扉が開いた事は諸君等ならばもう聞いているだろう」 集まったリベリスタ達を前に、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が口を開く。 ナイトメアダウン、最悪の災厄が迫る日本に繋がった異世界への扉。 本来ボトムである筈の此処が上位世界として扱われる、もう1つのボトム。 クロスロード・パラドクス、そのもう1つのボトムへの介入をアークは決めた。 「状況は謎に満ちている。だが成すべき事は判る。その事さえもが不思議だが、さあ諸君仕事の時間だ」 穴の先のもう1つのボトムとこの現代に連続性があるという確証は勿論無い。 だがアークの成り立ちを考えれば他の何を見過ごす事が出来たとしてもR-typeばかりは見逃せない。 其の世界にナイトメア・ダウンが迫るというなら、アークがパラドクスすら恐れずに手を尽くそうとするのは最早必然だ。 「15年前のある日、『疾風』と『雄風』と呼ばれる2人のリベリスタが死亡している。今回の任務は彼等に生き延びて貰う事でナイトメア・ダウン当日の戦力に加わって貰うのが目的だ」 逆貫が差し出す資料。けれど其の資料にチラと見えた一つの名前。 終わった筈の、もう見る事は無い筈の、二度と相対しないと思っていた存在の、名前。 この国の闇たるフィクサード組織『過激派』裏野部が首領、裏野部一二三。 「そう、2人のリベリスタを殺したのは、当時急速に力を増していた裏野部の、其の首領である裏野部一二三だ」 現代に裏野部一二三はもう居ない。他ならぬアークが其の野望を砕いて討ち取ったから。 けれど、そう、けれども彼の地が15年前の日本であるのなら、裏野部一二三も当然其処に存在する。 資料 リベリスタ リベリスタA:『疾風』壱原・佳澄 28歳、女性、ソードミラージュ・ジーニアス。 後述の『雄風』とペアで活動。フィクサード組織との戦闘を主な活動としている。 古流剣術の使い手。 リベリスタB:『雄風』辰木・竜 32歳、男性、プロアデプト・ジーニアス。 前述の『疾風』とペアで活動。フィクサード組織との戦闘を主な活動としている。 元プロのボクサーで、多彩なパンチを繰り出す近接型。 裏野部 フィクサード:裏野部一二三 裏野部首領。後にこの国で最も凶悪と言われた男。 30代前半。クリミナルスタア・ジーニアス。 顔に彫られた刺青は『凶鬼の相』と言う名のアーティファクトで、怒りや恐怖等の負の想念を吸収して蓄え、一二三の力に変える。 所持EXは『布瑠の言』。溜1、自付。能力の大幅な上昇、攻撃範囲の拡大、攻撃回数増加、ブレイク非常に困難。 E・ビースト1:96 黒虎のE・ビースト、フェイズは3。 裏野部一二三に人の血肉を与えて育てられ、革醒させられ、支配されている。 特殊な能力は持たないが、強靭な体力と鋭い爪や牙を持つ。一二三を騎乗させることも可能。 E・ビースト2:46 白虎のE・ビースト、フェイズは3。 裏野部一二三に人の血肉を与えて育てられ、革醒させられ、支配されている。 特殊な能力は持たないが、強靭な体力と鋭い爪や牙を持つ。一二三を騎乗させることも可能。 戦場は広い地下駐車場。外には裏野部フィクサードがうろつくが中へ入って来る事は無い。 一般人の姿も今は無い。 「厄介な任務である事は資料を見れば判ると思うが、申し訳ないが更にもう1つ厄介な条件を加えさせて貰う。この任務は、ただ『疾風』と『雄風』を救えば終わりと言う訳では無い」 例えアークのリベリスタ達の尽力でこの場を切り抜けようとも、裏野部一二三が2人に興味を持ったままでは後日改めて刈り取られるだけなのだ。 つまり『疾風』と『雄風』がナイトメア・ダウンの日を迎える為には、 「過去の戦いで裏野部一二三の興味を諸君等に対する物に上書きして貰う必要がある」 過去のリベリスタ2人よりも強いインパクトを裏野部一二三に与え、アークのリベリスタ達への強い興味を植えつけねばなら無いだろう。 一度は完全にケリを付けた筈なのに、相も変わらず裏野部一二三の絡む任務は困難極まりない。 「過去のリベリスタは諸君を知らず、言葉も直ぐには届かない筈だ。過去の一二三も諸君を知らず、其の価値があると思えば切り札を切らずに試してくるだろう。難解な任務ではあるだろうが、諸君等の健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月20日(水)22:03 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● リベリスタ、『疾風』壱原・佳澄と『雄風』辰木・竜は致命的な思い違いを2つしていた。 裏野部一二三の余裕や身に纏った雰囲気から、眼前の相手が裏野部と言う組織を纏めるのに足る実力の持ち主であると判断した佳澄と竜。其れがまず一つ目の思い違い。 そして明らかにヤバ気な力を持った2匹のE・ビーストを従えていた事から、一二三はエリューションを支配し、支援する特殊型の力の持ち主だと考えた事が2つ目の思い違い。 疾風と雄風、其の通り名のままに風と化した2人のリベリスタは左右の黒虎と白虎が動きだす前に一二三に出来る限りのダメージを与えんと迫る。 それは佳澄と竜にとっては最善手にして、唯一の勝機を掴む道でもあった。 実力派リベリスタと言われる2人にとっても、恐らくはジェネラル級であろうE・ビースト二体とそれを支配する者が居ては到底勝利は望めない。 だがE・ビースト達の支配者である一二三が油断からか前に出てしまって居るこの状況なら話は別だ。恐らくは回復手段を持たぬであろう相手達なのだから、後ろに下がる間も与えず一二三に攻撃を集中して出来る限り早期に落としさえすればワンチャンスが狙えるのだ。 例えこの場でエリューションを討伐出来ずとも一二三の首さえ取ってしまえば離脱も充分に有りだし、主を失ったE・ビースト達に大きな混乱が生じればこの場での処理の目も見えてくる。 ……もちろん、裏野部一二三を早期に討ち取れる事が前提の話だけれども。 吹き付ける風を前に、一二三は嗤う。相手の思い違いも思惑も全て察し、犬歯を剥き出し獣の様に。 確かに裏野部一二三は、主流七派の1つ『過激派』裏野部と呼ばれる組織の首領に足る存在だったとして2014年には知られている。 しかしこのナイトメアダウン前、アーク設立よりも、この国が極東の空白地帯と呼ばれるよりも更に前の、今この時は違う。 未だ勢力を拡大の最中である、佳澄と竜の知る今の裏野部、露原 ルイや不死偽・香我美等の幹部を抱えぬ彼の組織は、一二三を長と抱くには未だ余りにも小さく、つまりは組織の規模から首領の実力を推察してしまった2人のリベリスタは大きく相手の力を見誤っていた。 更に一二三は決して後ろに控えるタイプでは無く、寧ろ比較するならば二匹のE・ビーストよりもずっとタフでしぶとく落とし難い相手だ。 高速で振るわれる佳澄の刀が、緻密な計算の元に的確に繰り出された竜の拳が、避ける素振りすら見せなかった一二三の身体に吸い込まれ……、異様な硬過ぎる手応えに、振り抜けぬ攻撃に、2人のリベリスタの身体は一瞬硬直を見せる。 ● 佳澄と竜が選ぶべき選択肢は唯一つ、脇目も振らず、それこそどちらか互いを見捨てる事となってでも逃走を選ぶべきだった。本来は其れしか彼等に道はなかった。 しかし彼等は其れに気付けず、またもし仮に気付いていても其れはきっと選べない道だっただろう。 何故なら二人は誇りも実力も信念もあるリベリスタだったし、互いの事を大事にも思っていたから。 膨れ上がった一二三の瘴気すら連想させる黒のオーラが八又の首を作り出す。八岐大蛇の名を冠する其の技を他ならぬ一二三が使ったならば、其の威は正に神話の怪物の如く。 佳澄と竜、実力派のリベリスタである2人なら恐らく一撃だけならば耐えれるだろう。けれどこの状況での一二三の一撃は例え身体が耐えられようとも2人の心を絶望で圧し折れるだけの脅威を秘める。 敵を見誤る己が傲慢を思い知らされ、そして確実に訪れる死に恐怖する事になるほんの一瞬先の未来。 その一瞬先の未来より遥か先、15年もの未来にして、異なる世界より介入は行なわれた。 「事情があってね。お二人に死なれちゃ困るのさ」 何処からとも無く現れ、二人のリベリスタに対して振るわれた暴虐をダブルカバーリングに拠って己が一身に引き受けたのは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)。 不意の闖入者による、食事を邪魔されたにも等しい其の行為にも、だが一二三は怒りよりも驚きを先に覚える。 何処の誰かは知らないが、自分の攻撃を二発分も引き受けて砕け散らない、それどころか瞳から闘志も絶やさずこちらを見据えれる者が、……或いは後ろに更に現れた連中もそうであるなら者達が居るなんて。 「はッ、何モンだよ。オマエ等」 其の言葉には子供が悪戯したオムライスのケチャップよりもたっぷりと殺気が塗されている。しかしその声の響きが覗かせるのは怒りよりも寧ろ喜色。 圧し折られて絶望、負の想念を献上してくれる活きの良い餌か、もしくはもっと歯応えのある玩具かは未だ判らないが、少なくとも闖入者達が前者にすらなれない有象無象で無い事くらいは見て取れたから。 「僕達はアークのリベリスタだ」 「疾風さん、雄風さん、助太刀させてもらう!」 白虎と黒虎の前を塞ぎ、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)や『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)が過去のリベリスタに自分達がリベリスタである事を告げる。 けれど其の名乗りで佳澄と竜、2人の過去リベリスタの表情に浮かんだのは不信感。 急転した状況に理解力が未だ追いついていないが、現れた彼等がおそらくリベリスタであろう事は自分達を庇ってくれたと言う行動から理解出来る。 しかし彼等の名乗り方は『アーク』と言うのがチーム名ではなく組織であろう事を推察させ、在野に潜むフリーの凄腕ならば兎も角、自分達の戦いに介入できるクラスのリベリスタを抱えた組織の名前に心当たりが無い筈はないと不信感を抱かせたのだ。 だが人は、全く足りないなら諦めても中途半端な情報なら中途半端な情報なりに何らかの結論を求めてしまう生き物だ。 リベリスタであり、組織であり、自分達が知らずともおかしくなく、そしてアークと言う言葉の響き。 ならば彼等の言うアークは海外の、……もしかすれば彼の過激で名高きヴァチカンと関わり深き組織なのだろうと推察し、其の評判とそれでも介入の狙いが読めぬ不気味さに顔を顰めた。 けれど過去リベリスタ達の勝手な思い込みとは無関係に戦いは既にはじまっている。 黒虎の牙と刃を噛み合わせ、破壊的な闘気を身に纏った『元・剣林』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が膂力に物を言わせて圧す。 例え総合力で劣ろうと、どれか1つでも勝るのならば其れを基軸に戦闘プランは組みあがる。 爪も牙も持たずとも、斬魔・獅子護兼久、愛刀を手にした虎鐵はパワーのみならば確実に黒虎を越えていた。 よもや人間に力負けするとは露ほどにも思っておらず、圧されて体勢を崩す黒虎に襲い掛かるは呪い。 「魅零とも遊んでくーださい!」 声音は明るく、けれど振るう刃は此の世全ての呪いを帯びて、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が放つは奈落剣・終。 奈落剣の刃に抉り取った傷口からは、滴る血すらが石と化して行く呪いが広がり侵す。 ● 介入に拠って一見体勢を立て直して良い風が吹き始めたか見えるリベリスタ達だったが、其の実は未だ歪で、そして追い詰められている状況に変化は無い。 一二三の攻撃から佳澄と竜の二人を救って尚、己の二本の足で立つ快は、その対価として運命を削って耐える事を強いられたのだ。 優秀な癒し手である『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)、『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)等の支援を受けた事で既に痛みは随分と治まってはいるけれど、同じ真似をもう一度すれば今度は耐え切れずに砕け散るだろう。 だがそれでも快は佳澄と竜の二人を庇わねばなら無い。 割り込んでからの流れで、一二三は突然の闖入者であるアークのリベリスタ達に興味を持った筈。 しかし未だ一二三の狙いは佳澄と竜に向いている。この場から二人が逃げ出して手が届かなくなるなら兎も角、初期目標が眼前に居るままなら一二三は余程の事が無い限りは、先ず其れを刈り取る事を選ぶだろうから。 この状況は以前、或いは未来に、裏野部のコロシアムで一二三とまみえたあの時に少し似ている。 無論全てが同じではないけれど、伸ばした手が届かなかった記憶は今も胸に残るから、 「あんま、よそ見してっと、窮鼠猫を噛んじゃうよ!」 「余計な事を考えている余裕など与えんよ」 虚ロ仇花を放った『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が、ハイディフェンサーで己が防御力を更に高めた『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が、追い込まれた快と並んで一二三を押さえ込む。 相手が強大であるからこそ、この布陣に一切の油断は無い。 「頑張るね」 空気を重くして呼吸をも妨げる威圧感に、アリステアは其の手の指輪を一撫でして小さく呟く。 胸の奥に勇気を借りて、沸かせて、誓う。大切な人と笑顔でまた会う為に、欠けずに皆で、欠けさせずに皆で現代へ戻る事を。 一二三を見るのは数度目だ。記憶の其れよりも眼前の彼は幾分と若いが、それでも紛う事なき裏野部一二三。 他ならぬ自分達、アークのリベリスタが喰い止めたけれど、一二三が未来で何を目論み成そうとしたかは今も確り覚えている。 「テメェだけはよ……、絶対ェ止めなきゃいけねぇんだよ」 身を震わせて身体に纏わり付く石を砕いた黒虎の牙を利き腕に食い込ませながらも、虎鐵は一二三に向かって言葉をぶつける。 対処を誤れば腕が食い千切られるこの状況で虎鐵が尚も落ち着いていられるのは、彼が目指す先に比べれば眼の前のE・ビースト程度は単なる黒猫にも等しい存在に過ぎぬし、それになによりも……、 「オオオオッ!」 仲間の、自身では対処出来ぬであろう危機に雄叫びを上げて大剣を振り下ろしたのは全身の筋肉を膨張させた風斗だ。 虎鐵に次ぐハードアタッカーにして欠点も近しい物を抱える風斗は、それ故に危機に陥った仲間が何を求めるかを良く理解していた。 風斗の大剣、不滅の刃デュランダルが叩くは黒虎の頚部。 首に加えられた強過ぎる衝撃に黒虎の口が開き、抜き取られた虎鐵の腕の代わりに、 「はいドーン!」 魅零の奈落剣・終、十重の苦痛を帯びた大業物が突き込まれる。 無邪気な笑みと共に気軽に行なわれた、あまりに凄惨で目を覆いたくなる行為。 そして口の中の異物に、痛みに、呪いに、怯んだ黒虎の眉間に、一発の銃弾が叩き込まれた。 其れはSchach und matt、最高の狙撃手と名高い『Zauberkugel』 アルトマイヤー・ベーレンドルフの“告死の弾丸”を模倣した『足らずの』晦 烏(BNE002858)の研ぎ澄まされた一撃。 本来ならば十二分に狙い定めねば放てぬ筈の告死の弾丸に溜めを持たせずに放って見せた鬼才は、 「硬いな」 弾丸に脳を貫かれて苦痛に塗れながらも死なない、死ねない、常道からは離れてしまった虎を見て、哀れみに満ちて言葉を吐く。其れは同時に厄介だとの愚痴でもあったけれど。 黒虎は確かに強力なフェーズ3のE・ビーストであったが、4人もの強力なリベリスタに囲まれ、更にはアリステアと小夜の支援まで飛ぶとなれば、辿り着くまでに時間はかかれど其の結末は見えていた。 一方、たった一人で黒虎の対である白虎に相対する悠里は身を削られていた。 こちらの戦いは黒虎側の其れとは明確に意味合いが違う。こちらの戦いにはリベリスタ側の、悠里側の勝ち目が微塵も無いのだ。 一二三の脅威ばかりが目立ちがちな今回の任務だが、黒虎、白虎もともに決して侮れる相手では無い。 フェーズ3のエリューションと言えば、リベリスタ達がチームを組み、それでも万に一つどころか十に一つ位かそれ以上の心持で挑まねばならぬ難敵である。 如何に悠里が熟練のリベリスタと言えど、一人で勝ちを拾うには荷が勝ちすぎる相手。 つまり、はっきりと、或いは悪く言ってしまえば、悠里が担う役割は時間稼ぎの捨て駒だ。 無論誰かがやらねばならぬ必要な役割で、必要時間を耐えずに倒れたならば戦線の崩壊が避けられぬ故に確かな実力と周囲からの信頼が無ければ任せられたりはせぬ役割なのだと、聞こえ良く理由付けは幾らでも出来ようとも、割を食う立ち位置である事は否定のしようが無い。 だが、けれど、それでも、悠里はこの立ち位置に慣れていた。寧ろ。何時も望んで自分からこの位置に立っていた。境界線であるとの自負と共に。 そして悠里が境界線となる事を自負するならば、後衛には後衛の、癒し手には癒し手達の自負がある。 「全員無事で居るために、ホリメが居るんです」 小夜の心強い宣言と共に放たれた癒しが身体を癒してくれる。 例え運命が削られようとも、未だ身体は動く。心も折れない。 嘗て、……15年後の自分達の世界で、一二三の息子である重を同じく1人で食い止めた時に比べれば、未だ耐え切れる目は充分にある戦いだ。 悠里は己が腕を食われながらも、氷の力、魔氷拳を、白虎の口の中で発動させる。 夏栖斗、快、ウラジミールの3人は一二三を相手に数手の攻防を耐え凌ぐ。 それは一二三にとっては稀な、驚異の出来事だった。 一二三は相対したのが並みの相手であれば其れこそテラーテロールだけ、睨み付けるだけで其の頭部を爆ぜさせ殺す事が可能な、有体に言えば化物の類である。 なのに其の一二三が、化物が、この3人を未だ誰一人として殺せないで居る。 無論一二三が未だに佳澄と竜を狙うが故に、夏栖斗、快、ウラジミールの3人が効率良く分担してダメージを散らしている事や、アリステアと小夜の2人の癒し手達が息切れを恐れずに全力で、潤沢に、贅沢に、回復を飛ばし続けている事も無関係では無いだろう。 だがそもそもに置いて夏栖斗、快、ウラジミールの3人等の優れたる点は、一二三の攻撃に一度ならば耐え切れると言う点にある。 此れがもし仮に虎鐵なら確実に、風斗なら当たり方次第だが些か分の悪い賭けとなり、一撃で倒れるだろう。彼等の長所は攻撃力であり、耐える事ではないのだから。 一撃で倒れてしまえば幾ら回復が潤沢であろうとも全くの無意味だ。 高位のクリミナルスタアである一二三が複数回行動を可能とした時等は流石に運命に縋らねば立っていられない場面も出て来たが、それでも3人のリベリスタ達は未だに誰一人として欠けずに己が足で大地に立つ。 リベリスタ達は見事なバランスで必要な人材を必要な場所へと割り振った。 黒虎を追い詰め、白虎に耐え、一二三から佳澄と竜を守って、ほぼ完璧に機能を果たした。 それはアークのリベリスタ達が一人一人が優秀であった事と、一二三を良く知っていたから成せた所業。 しかし彼等は裏野部一二三を知りすぎだった。そして彼等が知ってる裏野部一二三は、眼の前の其れでは決してなく、彼等が生きる15年後の世界で打ち倒された裏野部一二三。 ● 「目の前にいる人の強さ、分かる?肌で感じる事、できる? 二人には、無理をしてここで倒れて欲しくないの」 「疾風さん、雄風さん、裏野部一二三の強さはまだそんなものじゃない、さらに己を強化する隠し球を持ってる!」 アリステアが諭し、風斗は忠告する。情報を切る事で佳澄と竜の不信感を拭わんとして。 アークのリベリスタ達が味方である事は理解しながらも、連携を厭う2人はこのままだと撤退し難いだろうと考えたから。 「布瑠の言、使わなくてもいいの? この人数相手に手数は『それで足りてる?』」 夏栖斗は問う。一二三の興味を佳澄と竜から引き剥がし、完全に自分達へと向ける為に。 布瑠の言、一二三の力の源である凶鬼の相、十種神宝の一つである蛇比礼の力を解放する切り札の名を。 「おとなしく物部の里に篭ってれば良かったんじゃない?君の一族みたいに」 「破天荒なひふみん、物部滅ぼしてスカっとした?」 悠里と魅零は煽る。いざ撤退に移った際に一二三の怒りが此方に向いていれば佳澄と竜をスムーズに逃がせる確率が高まるから。 物部、先んじて降臨した神を祖神としながらも敗れて闇へと追われた古の一族。 裏野部一二三の来歴を知っていると悠里と魅零の2人はぶちまけたのだ。 アークのリベリスタ達が敷いた布陣、作戦目標は共にこのメンバーではそうするしかないと言う勝利への道を正しく選び取っていた。 そして吐いた言葉も、一二三の興味を惹くには充分に足る物だった。 けれど彼等の其の言葉は、彼等の知る裏野部一二三を見て吐いた物。彼等の間違いは、眼前に居るのは過去の裏野部一二三である事に対する認識の不足。 アークのリベリスタが知る裏野部一二三であれば先ず彼等の言葉の意味を考え、其の上で愉しむ事を選んだかも知れない。歳を経て、巨大組織の長としてのある種の寛容さを併せ持っていた一二三であれば。 だがここに居るのはまだ若さの残る、血の気の多い裏野部一二三なのだ。 15年後の一二三の様に少しずつ来歴が明かされて行った訳ではなく、己が秘密の大半をいきなりぶちまけられた若い一二三。 この時代、一二三の其れを知って生き残っている者は片手の指の数にも到底及ばぬ少数のみ。裏切りを疑う余地も無い。 確かにアークの狙い通りに、一二三にとって佳澄と竜はもうどうでも良い存在と化した。 ただしもうこの場からは等しく誰も逃がさない。遊びも無く全力で、皆殺しを一二三は決意する。 無論何故其れを知っているのかを吐かせる必要はあるけれど、頑丈なこいつ等の事だから上手く行けば誰か1人くらいは生き残ってくれるかも知れないと破壊衝動のままに思考を放棄した。 つまりは簡単に言えば、煽りが過ぎたのだ。火薬庫に放り込んだ火の量が多すぎて、裏野部一二三がキレたのだ。 「撤退だ! あの状態の一二三とこの人数でやり合うのは無理だ! 犬死にになるぞ!」 一二三の異変を察した快が叫ぶ。 ――― 一 二 三 四 五 六 七 八 九十、布留部 由良由良止 布留部 ――― もう遅い。 ● 咆哮と共に撒き散らされた鬼気にビリビリと空気が震える。 「なるほど、そいつが物部の遺産『蛇比礼』と」 けれど烏は怯える風も無く、冷静に引き金を絞る。 一二三の蛇比礼、十種神宝を開放状態にする布瑠の言の最大の、と言うよりも溜め込んだ負の想念の消耗さえ除けばほぼ唯一の欠点は詠唱と発動を行なう際に僅かではあるが時間を必要とする事だ。 つまりこのタイミングのみは一二三からの攻撃が飛んでくる心配は、恐れる必要も呑まれる必要も全く無い。 まあそもそも15年後の一二三にトドメを刺した烏に、今更布瑠の言を恐れるような繊細さの持ち合わせなんて端から無いのだけれど。 Schach und matt、狙い澄まされて放たれた告死の弾丸は違う事無く一二三の顔……、顔に彫られた刺青である蛇比礼へと吸い込まれ、其の肌に一筋の傷を刻む。 だがそれだけだった。刺青を狙って傷を与えたとて、十種神宝の一つであるアーティファクトの効果を阻害する事は叶わず……、まあ一二三の注意を惹き付けてしまったのは喜ぶべきか嘆くべきか悩ましい。 布瑠の言が発動する際の必要時間は、他のリベリスタ達にとっても絶好の撤退タイミングではあった。 そもそもアークのリベリスタ達は元より布瑠の言の発動までは織り込み済みだったのだ。流石にこの状態の一二三を見れば佳澄と竜の2人も撤退への異論があろう筈がないから。 ただそんな彼等の誤算は、一二三があまりに早くキレたが為に黒虎を倒し切る前に布瑠の言が発動してしまった事だ。黒虎のしぶとさが予想以上だったのも想定外と言えば想定外だろうか。 そして其の誤算がリベリスタ達の撤退を妨げる。白虎、黒虎はキレて獣と化した主の意を察し、白虎は悠里に、黒虎は風斗に、それぞれが飛びつき押し倒す。 どちらか一つであったならフォローのしようもあったかも知れない。しかし2つを共に処理するとなると、リベリスタ達の撤退の足は確実に鈍らされざるを得なかった。 そして一二三は動き出す。 布瑠の言を発動させた一二三から逃げる事。それは難事の一言では到底足りぬ、不可能にさえ近い行為である。 「ちっ……、攻撃範囲拡大、回数増加なんて洒落にならねぇんだよ」 黒虎の前足を切り飛ばし、風斗が抜け出る隙を作りながら虎鐵が吐き捨てるが、正に其の通りだ。 攻撃範囲を広くし、回数を増やす。更にはダブルアクションを行なう確率まで上がるのだから、一二三の今の状態は多数を殲滅するのに非常に適している。 真っ先に狙われたのは後衛達だった。一二三の身体から放たれた幾本もの太い憎悪の鎖が床を、天井を、柱を、そしてアリステア、小夜、烏の身体を纏めて貫き破壊していく。 其れは絶対絞首と言う名の技だった。本来は憎悪の鎖で絞首して裁きを下す、そんな技の筈だった。 だが目の前で繰り広げられるそれはもう何かが違う。 一つだけ幸いな事があるとすれば、本来絶対絞首が持つ効果、【致命】や【呪縛】に悩まされる心配が無かった事だろう。 何故なら唯の一撃でアリステア、小夜、烏達は運命を対価にした踏み止まりを余儀無くされてしまったから。 続く一二三の攻撃は、果敢にも先の一撃にサルダート・ラドーニ、防御力に優れたハンドグローブで干渉し、逸らそうとしていたウラジミールに対して行なわれた。 先の一撃に干渉した事で折れたウラジミールの腕を掴み、更には握り潰しながら振り回しながら、哀れな犠牲者の身体で手近にあった柱と車を砕き散らす。 もう既に滅茶苦茶だった。アークのリベリスタ達が知る裏野部一二三は、逃げる獲物を追いかける真似はあまりしない男だったが、今の彼は違う。 一目散に逃げようと、ダブルアクションの確率まで含めれば一二三の方が確実に足に勝り、E・ビースト達の存在が数の利を完全には活かさせてくれない。 作戦は完璧に機能していた筈なのに、積み重なった読み違いの幾つかがこの事態を招いている。 快が再び放たれた後衛への攻撃からアリステア、小夜の癒し手を庇って沈む。盾たる自分は使い潰されてこそとあるべき姿を示しながら。 魅零、虎鐵、風斗の波状攻撃が漸く黒虎の息の根を止めるも、魅零は追いついて来た一二三に尻尾を掴まれ柱に叩きつけられ、更に続く蹴りで柱ごと全身の骨が砕かれる。振り回されて襤褸雑巾の様になりながらも『きしし』と笑い絶やさず、口が減らなかったのが彼女らしいと言えば彼女らしい。 虎鐵に風斗、彼等の剣はこの状態の一二三にも通じた。彼等の本気の剛剣は化物であろうと真っ当にダメージを与え得る。 だからこそより攻撃力に優れていた虎鐵は念入りに、過剰に過剰に過剰に潰された。 斬魔・獅子護兼久、砥がれた刃のお返しとばかりに引っ掴んだ車で殴打を受ける。車が砕け、床や壁が砕けても虎鐵は原形を止め、更には己が愛刀を手から落とさず……。 アークのリベリスタ達は過剰なまでの攻撃を受けた。……否、途中から彼等は敢えて過剰なまでの攻撃を裏野部一二三から引き出していた。 理想とは違う形で一二三の布瑠の言が発動した以上、最初のプラン通りに逃げる事が極めて困難であるのを察し、彼等は咄嗟に方針を多大な痛みを伴う手段に変更したから。 アークのリベリスタ達の作戦は当初完璧に機能したにも関わらず、小さな不幸の積み重ねが大きな災いを呼んでしまったのだとするならば、揺り返しの幸運は必ず訪れる。 白虎にやられた傷の深い親友、悠里に肩を貸した夏栖斗がその親友の身体ごと腹を一二三の腕に貫かれた。 なのに、痛みを堪えて、貫かれた腹の痛み、親友を傷つけられた心の痛み、其れ等を堪えて、夏栖斗はニヤリと唇に笑みを浮かべる。限界寸前だった所にダメ押しの一撃を喰らった悠里もまた同様に。 今の一二三をやり過ごすなら、地面に転がって死んだフリでもしていた方が多少は安全だ。 なのに敢えて夏栖斗が悠里を使って目立ったのは、或いは悠里が夏栖斗を目立たせる為に己を使わせたのは、自分たちを囮に一二三の目を逸らす為。 「それが最後――ッ」 千里眼を使って地下駐車場の構造を把握していたアリステアの誘導に従い、風斗が己の大剣を槌に何とか無事な最後の柱を叩き壊す。 元々、布瑠の言を使った一二三はそれこそ大抵のビルなら其の身一つで更地にするだけの力を持つ。 そんな化物が理性を失って大暴れ出来るだけの頑丈さをこの地下駐車場は備えていない。バブル後期の人不足材料不足の時期に建てられ、その後大きく手が加えられた訳でもない建築物でもあったし。 無論其れで目論見通りに地下駐車場が崩れてくれるとは限らなかった。だがアークのリベリスタ達は今回の戦いに於いて欠片も努力を怠っておらず、そこに何かが微笑んだのだろう。見事に幸運の揺り返しを引き当てる。 夏栖斗が最後の力で一二三の胸に蹴りを入れ、其の反動で腹に刺さった腕を抜いてごろりと己が身を後方へ転げた次の瞬間、眼前に、一二三の頭上に天井、傾いた上の階の質量が降ってくる。 ● リベリスタ達の脱出には小夜が予め施していた翼の加護が役に立った。 寧ろ其れが無ければアウトだっただろう。何せ半数以上が倒れ、残りもボロボロだったのだから、揺れて崩れる地に足をつけていては仲間の回収どころか自分の脱出さえも不可能だったに違いない。 首領が居た筈のビルの崩壊に混乱した裏野部の包囲を抜けるのもさほど難しい話ではなかった。これが既に滅んだ現代の裏野部達ならもっと難儀させられたかも知れないが。 激し過ぎる戦いの衝撃に未だ軽い混乱から抜け出せて居ない佳澄と竜と別れ、リベリスタ達は帰路につく。 説明を求められれば答えようが無かったのだから、彼等との接触は出来る限り最小限であるべきだ。 一二三があれで死んだとは到底思えぬが、これ以上佳澄と竜にこだわる事は無いだろう。少なくともアークのリベリスタに対する調査が手詰まりだと知るまで、NDのあの日が過ぎるまでは。 骨砕け、血塗れになり、果たして自分達はどの程度未来を変える事が出来たのだろうかと考えながら、リベリスタ達は意識の糸を手放した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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