● 往々にして、早熟の天才とは疎まれるものなのだ。 本人が懸命であればあるほど。 ぐんぐんと成長していくその様は、人を恐れさせ、異端視させる。 『私が皆を守るんだ。だから、強くならなくちゃダメなんだ』 けなげな少女の決心。 無邪気な決意は、彼女を戦場で躍らせる。 そしたら、いつか、皆も打ち解けてくれるかもしれない。 すごいってほめてくれるかもしれない。 寂しさが、少女を貪欲にした。 進んで死線に飛び込んでいく少女を人は死神と恐れた。 戦えば戦うほど、人を助けようとすればするほど、彼女は孤立していった。 『強くなって、守りたかった。皆に追いつきたかった』 追いつこうにも、デイジーはとっくに皆を追い越して。 戦えば戦うほど、どんどん人から遠のいていく。 踊り続ける赤い靴。 無邪気な乙女がはいてしまった。 もう、死んでも脱げないの。 「デイジー! デイジー!」 「下がれ! デイジーに仲間を殺させる気か!?」 雨が降る。 叱咤され、撤退を余儀なくされる。 「デイジーが泣いてる」 そんなつもりではなかったのだ。ほぼ一緒に組織に入った同期。トップチームに入ったデイジーと、ルーキーの自分。 いつの間にか話す機会も減ってきていた。 レイニーデイジー。 誰か、彼女を慰めて。大丈夫だって言ってあげて。あたしはあそこにもう行けない。 彼女がとっても泣き虫で、彼女が泣くと、雨が降るの。 ● 「E・アンデッド。識別名『レイニーデイジー』」 泣き虫の『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)の顔に表情が浮かんでいない。 「アンデッド討伐。強いよ。某リベリスタ組織のエース候補だった。撤退するべき戦況で、その場に残って運命を捻じ曲げた。エリューションは彼女の銃弾によって倒れた。それによって、救われた人間の数は都市一個分」 四門は、わずかの間黙して目を閉じた。 「援軍が到着した時点で、恩寵の枯渇を確認。ノーフェイスと断定。討伐対象として認識され、戦闘の末、生態活動停止が確認されている。これが、ノーフェイスだったときの戦闘映像」 アークのトップクラスに比肩する技量。 まだ、ローティーン。 どれだけの研鑽を積めばここまでこられるのか。 彼女が死に物狂いだったのは容易に見て取れる。 「で。それから数時間後。彼女の遺体は彼女の装備ごと消えた。そして、戦場へ。再び戦場へ」 敵味方の区別なく、あらゆる革醒者に銃を向ける死体と成り果てた。 「もちろん組織も追っかけたけど、エリューション戦、ノーフェイス戦と連戦で、対応できる頭数が足りなくて、撤退。幸い、死者はでてないけど、建て直しに時間がかかりそうだね。だから、向こうから人員の派遣はないんだ」 その方がいいかもね。と、四門は言葉を切る。 「彼女のことを大事に思ってる人たちに、三度も死ぬとこ見せるのは忍びない」 レイニーデイジーは、恩寵を失って人として死に。 ノーフェイスとして狩られて、生物として死に。 今、アンデッドとして、エリューションとして死ぬことを望まれている。 「アークに協力要請がきたのは、アンデッド対応には実績があるから。そして、アンデッドが動く死体に過ぎないことをわかってくれてるから」 早く彼女を止めて。彼女の名誉を汚す前に。 そのために。と、四門は、映像を止めて、ノーフェイスの手元をアップにする。 「この銃、識別名「プシュケー」――お察しの通り、アーティファクトなんだけど――の回収。もしくは破壊が最優先事項」 四門は、ん~っと唸りながら、紙に模式図を書いていく。 「レイニーデイジーの場合、死んで、妄執が愛用の銃に憑依した。で、死んだ自分の体を操っているって感じ。その場に転がってる兵装や弾丸も操ってくる。反面、仲間の遺体は操れない」 つまり。 「全方位から銃弾が飛んでくるぞ。三次元的に。特に、射手は注意。なんでだかわからないけど、ターゲットロックオンだから」 いいかい。よく覚えておいて。と、四門は、語気を強めた。 「死体は死んでる。妄執はCDと同じだ。もう、レイニーデイジーは天に召されてる。成長しない。だって、死んでるから」 語りかけたって無駄だ。 「彼女の名誉を守るために、殺されたりしないであげてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月17日(日)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 民間軍事会社が母体になってる組織だから、周りはおじさんばかりだった。 「レイニーデイジー? ああ、あいつがいるとこで血の雨が降ってるからな」 体中に返り血を浴びていつもずぶぬれだから、レイニー。 誰かがそう言っていた。 そんなんじゃない。と何度言っても、子供の言うことなんて誰も聞いてくれなかった。 『強くなったら聞いてくれるんじゃないかな』 デイジーはそんなこと言ってたけど、マッチョヒーローより強いスクールガールをここでは誰も望んでないってこと、デイジーは最後まで分かってくれなかった。 「もうデイジーとのお別れは済ませたから。プシュケーを止めて下さい」 ● 案内役と言っていた女の子の独白ともつかない話。 「彼女はひた向き過ぎたのね。ただ、真っ直ぐに先を求めすぎた。そして周りもまた、彼女を理解しようとしなかった。できなかった。二重の不幸、か。幸いわたしはそうはならなかったけど」 『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は、空を見上げる。 降り続ける雨が頬をぬらした。 そこには、剣も落ちていたし、槍も、杖も、盾も落ちていた。 およそ考え付くだけの古今東西の武具の中、銃に分類されるものだけが、新たな主に仕えようとしていた。 動く死体と対峙すると、いつだってやるせなさが先行する。 もう取り返しがつかないのに、ひょっとしたら生き返るんじゃないか。と、希望を持たせるから。 だが、楽団と散々やりあったリベリスタは知っている。 一度死んだら、もう誰も帰ってこないのだ。 (私はノーフェイスだろうと、心が死ぬまで人は人だと思うよ。だからこそ、人が人であるうちに終わらせたい) ならば、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、間に合わなかった。 すでに、デイジーの心は杏樹が一度は殴りたい神の御許に。 ここにあるのは、虚ろな体と心を伴わない妄執だ。 「そんなことを思うのも、傲慢なんだろうな」 駆け出した杏樹に燐光が帯びる。狩猟の女神は、死の女神。 (周囲の兵装ごとデイジーを狙い、完全に灰へ) 彼女の遺ってしまった心のカタチが化け物に変わる前に。 そこには、ずぶぬれの真っ赤に染まった女の子だったものが突っ立っていた。 武装した死体がごろごろ転がる中、真っ赤に染まったレイニーデイジーは深紅の菊のようだ。 コーン・ブロンドの頭から滴るのは雨粒だけではない。 あどけない頬に残る赤い水跡。 もうデイジーは悲しまない。 小さな手にぴたり合うようにカスタマイズされたプシュケーという名の拳銃が、死体を操り、害悪という名の弾丸を撒き散らす。 地面から浮き上がるひしゃげた弾頭がデイジーの周囲でちいさな渦を巻く。 射手の目が見開かれた。 「弾幕世界来るよ!」 「目標の制空権に入ってます! 防御体勢!」 降り注ぐ追尾弾をかいくぐりながら、リベリスタはそれぞれの間合いに急ぐ。 「ローティーン! ローティーン! 無限の可能性!」 『縞パンマイスター竜』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210) は、嘆きながらも走る。 跳ね上げられた泥が血混じりで鉄くさい。 足をとろうとするぬかるみに沈む死体は地獄の沼地のようだ。 その上を竜一は造作もなく走っていく。 破壊神は、先陣を担う戦士に惜しみなく加護をまとわせる。 「皆のお兄ちゃんたる俺がいたら、こんなことにはならなかったろうに!」 二秒。 「……それも無理か」 (俺一人が救えるのもなんてのは限られている。そう、一人が守れるものなんて限られる。それが、この子の間違いだ) 厨二病患者であると同時に恐ろしく現実的故に、この男は生き残り、戦果を上げている。 「妄念の宿った銃、か……」 『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)が微笑む。 「私が死んだらこの子達もこうなるのかな? それよりも生きたままああなる可能性も無きにしも非ずってね」 虎美は、兄を見上げて笑った。 以前より顔が近くなった兄は言う。 「妹よ。俺がいるんだから、そんなことにはならない」 「そうだよねっ!」 虎美は、大きく頷いた。 「参ったねぇ……手伝い程度のつもりだったんだが……」 『陰月に哭く』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は、感情移入しかけている自分に苦笑する。 (以前依頼で敵を倒す為に都市を丸ごと犠牲にした事がある。やりたくは無かったがそういう作戦でいくと決まったのだ。確か市民は2千人だったか……耳が痛くて敵わない……) それを為し得た者への羨望。その代償の重み。 人の命を救いはしたが、今、世界に害悪を撒き散らす存在となったレイニーデイジーと同じモノになりたいかと問われて果たして応といえるのか。 これが最後だ。泥沼の戦いに終止符を。 ツァインの決意が戦士を奮い立たせる。 癒し手のないリベリスタにとって、活性化された自らの生命力だけが頼みの綱だ。 食らった弾丸の分だけ重くなった体を泥の中に沈めるのがいやならば、飛び切りうまく踊るしかない。 落ちた薬きょうの数で祈りの数を数える尼僧。 『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の祈りは無数の自動追尾弾を生み出した。 「守りたかった、強くなりたかった。その思いは立派なものだと、私は思います」 幸いなるかな。あなたの魂はすでに神に召された。 堕ちて倒されたあと再び起き上がった彼女の不本意を雪ぐため、今日もリリは祈りを捧げる。 弾丸はデイジーとプシュケーとその呼びかけに応じた銃器全てに降り注ぐ。 先ほど彼女が撃ったのと同じ技だ。 デイジーの金切り声が辺りに響いた。 理性を感じない、死体の叫びだった。 「立派だった? 違うよ、きっと」 リリの言葉にやんわりと否と言う『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は、全力でデイジーの元へ走った。 悠里は盾だ。デイジーが後衛に接敵するのを阻止しなくてはならない。 「彼女はただ、寂しかったんだ。みんなと仲良くしたかったんだ。強くなれば、認められればそうなると思ってたんだ」 子供がお手柄とばかりに塵を拾って見せるように、デイジーも自分の『得意ことをして見せた』 そして、それが、ちょっと上手すぎただけだったのだ。 悠里のどこかに残っている弱気が、早熟の天才の中にあった核に共感した。 「今も昔もずっと泣いてるんだ」 悠里は、フォーチュナのように確信を持って言い切った。 だって、見ればわかる。 「だから止めてあげないと」 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877) は、言葉を濁した。 「不安にかられた人間は強迫観念に駆られるらしいけど――」 自分がエースなんだから、守らなければ、助けなければ、できることは全てしなければ。 そして、彼女は、運命を捻じ曲げた。 「本当に退けない時がある事も知っているし、耳も痛いし、彼女の生前の行動の是非は置いておくとして、少なくとも、すべき事は一つね」 特別に紡がれた、特別な一本。 「無邪気のネガティブな意味は、道徳的成長を迎えてないという事。彼女の不幸は、多分力の成長に心が付いていかなかった事で――」 彩歌は、残してきた娘を想う。 「やっぱり思うわ。選択させるには早すぎた」 雨粒を切り裂き、打ち振られた不可視の糸が、デイジーの手首に巻きついた。 (多少欠けたくらいでは止まらないだろうから) 手首から切り離すくらいの気持ちで、彩歌は糸を引いた。 よどんだ血が噴き出すことはなかった。 あっけなく落ちた利き手を、もう片方の手が宙で掴む。 彩歌に向けられる銃口。 「両手共損壊させるべき――そういうことになるわね」 両手を組んで、銃弾に備える。 速攻で攻めきらなくては、体がもたない。 フランシスカの手に、巨大な鉈。 この雨に閉じ込められた血を啜り尽くすのもやぶさかではない。 だが、それももう少しお預けだ。 仲間たちの攻撃が終わり、位置を確認してから必殺の一撃を叩き込む。 死者さえ呪い殺す終わりを冠する技を解き放つまで、もうわずか。 「だから――」 フランシスカの足元に、鉄屑が積みあがる。 「邪魔」 研ぎ澄まされた感覚が、サドンデスを許さない。 叩き落される銃器。 地面を蹴る。 「レイニーデイジー……嘆きの雨か。泣くなよ、いい加減ウザったいから」 大鉈が、生死の法に従わない死体を叩き割り、フランシスカの血肉を媒体にして呪いをかける。 死体は何も語りはしない。 ごぼ。と、吐き出される溶けた臓腑に、フランシスカは眉をひそめた。 「早く、ちゃんと死なないと、泣きすぎの溶けた目で棺に入ることになるよ」 誰もが引っかからざるを得ない、一人のリベリスタの消滅。 誰にだって付きまとう未来の可能性。 どれほど、英雄だ精鋭だ。と、もてはやされようと、一度堕ちれば、何故堕ちたと恨み言を聞かされながら、殺される。 ● 「ま、余計な事考えずに止めようっか。お兄ちゃん?」 虎美の二挺の拳銃が天に向けられる。 撒き散らされる銃弾が彗星のごとく、動く死体と周辺の銃器に降り注ぐ。 「二度と銃が握れない体にしてあげるよ」 虎美は、『完全破壊』 をそう理解していた。 千切れた手首を握り締めて、なお撃ってくる死体。 起き上がってくる体をなくしてしまうのがもっとも確実だった。 「……もうこれから眠るだけのあなたに銃は必要ないから」 そう。死体に銃は必要ない。 「大丈夫、仲間が遺志は継いでくれる。だからさっさと眠るといいよ」 その見開いたまぶたを閉じて。何も映っていないのに。 「まずはこの哀れな死体を完璧に潰してやる」 フランシスカがもっとも正解に近い。 持てなければ、口に咥えて、舌で引き金を引くだろう。 四肢をもがれれば、腹にでも埋めて、筋繊維を絡めてでも銃を撃つだろう。 射撃を用いる利点は、遠距離から攻撃できると言う点だ。 その利点を潰してもデイジーが近接して戦う理由。 いや、近接ですらない圧倒的な接射。 小さな手がツァインの視界を覆った。顔に食い込む細い指、口を覆う掌からは腹の底をもんどりうたせる死臭がする。 銃口がこつんとツァインの装備を叩いた。 デイジーの体が銃に殺意に引きずられている。今、適切な場所に銃を導く為にある「装置」なのだ。 叩き込まれる銃弾は、鎧をうがつ。 「なるほど、死体でも銃が完全に動きを覚えてるって訳か! 使い込んだ愛用の武器ってのは好きだけどな!」 ツァインは口の中にたまった血を吐き捨てた。 死せる英雄の権威を纏ったツァインの命を削るのは、死せる天才にも至難の業だ。 「とおさねえ」 白く輝く刀身が、邪を破る命の法の威光を示す。 後ろには、祈りを銃に込める女達がいる。 「プシュケーとは命や心の意。私の祈りと裁き同様、貴女の銃と技も生き方そのものなのでしょう」 リリは、現在形で語る。 視線の先には、銃を握った右手から動きはじめるバレリーナ。 頭上に掲げられた銃から放たれる無数の銃弾が天蓋を伝って降りる流星雨のようにリベリスタに襲い掛かる。 「貴女の生き方、その想いにこの2つ、私の最大奥義――全力の『お祈り』でお答えします」 降り注ぐ流星に体を穿たれながら、燐光を宿すリリは尊き試練に身を晒す求道者の姿だった。 ● 悠里は、もういない少女に言う。墓石に語りかけるように。 「馬鹿だよ、君は」 流れ続ける赤い雨。 「ただ一言、みんなと仲良くなりたかったって言えば良かったのに。きっとそれだけで、君が本当に望んだものは手に入ったんだ」 その一言が言えなくて。 少女は、人としての心をなくしてしまった。 「君が守りたかったものは守れたよ。街も、仲間も、みんな無事だよ。だからもう大丈夫。もう泣かなくて良いんだ」 皆がそう言った。お疲れ様。君の人生はここで終わりだ。君が世界の敵になってしまわない内に、君の命も終わりにしないといけない。 皆、泣いて謝りながら、デイジーに銃を向けた。 そのとき、デイジーが何を考えていたのかは本人しかわからない。 「だからもう、おやすみデイジー」 悠里の拳が、ぶよぶよに膨らみかけていた胴を凍らせた。 「楽団戦思い出すね。まったく! 今回は胸糞悪ぃ演奏の代わりに銃撃音がBGMだけどなぁ!」 ツァインの発光する刃がデイジーの肩口を叩き割る。 フランシスカが割った方とは逆。 胴から腕が外れそうなのを、もう片方が押さえる。 不恰好な腕組をして、銃を撃つのをやめる気配はない。 「泣きたいときは存分に泣け。それを受け止めてやるのも、お兄ちゃんの甲斐性ってやつさ! どんどんぶつけてこい!」 生死は問わず、この世の女の子は全て『妹』 の範疇に収める、竜一の『兄』力は、特筆に価する。 「すてきだよおにいちゃん私はお兄ちゃんに無様な姿を見せたりしないよつまりお兄ちゃん最高!」 一息で兄を賛美し、虎美は細かく立ち位置を変えながら連撃を繰り返す。 「――次は、ひじだね」 虎美の銃弾が、デイジーの手首のない腕のひじを砕き、下腕部を地面に落とした。 泥の中に沈んでいくそれを拾う間もない。 肋骨にかろうじてぶら下がる腕が、その重みにひかれてだらりとぶら下がる。 それでも、跳ね回る腕を駆使して、死体は撃つのをやめはしない。 「お前が欲した強さは何だった。皆を守るんじゃなかったのか」 杏樹は、弾を吐き出し続ける銃に向かって叫ぶ。 「帰ろう。みんな待ってる」 フランシスカは、いっそ朗らかといってもいい口調だった。 「あんたとわたし、同じ強さを求めた同士。でもその質は対極で。あんたは周りを護るために。けれどわたしは……ただ、己を高めるためだけに」 フランシスカの瘴気に侵された兵装が負荷に耐えられず、ぐしゃりぐしゃりと水をかけた角砂糖のように崩れていく。 (この戦いもわたしにとっては強者を喰らい、己をまた強くするためのもの) 自ら蟲毒の壺に飛び込む虫のよう。 最後の一匹になったら違う壺へ。 そんな自分の行き方に倦んでいる訳ではないけれど。 (わたしも……あんたみたいになれたらいいわね) 誰にも聞こえないように、唇が動く。 ほんのわずかの間だけ、プシュケーは沈黙した。 そのほんのわずかの隙を見過ごすフランシスカではなかった。 「……その妄執の部分以外で、ね」 少なくとも、今この場でできる最善のことだ。 「これで本当に終わり。さよなら、デイジー」 左の手で腕を掴み、巨大な鉈が銃を握った腕を胴体からそぎ落とし、高々と宙に放り上げる。 誰からでも狙いやすい位置。 「彼女の気高き魂に光を。この一刺しで切り拓きます」 リリの唇が祈りを唱える。 びくびくと痙攣し、なお引き金を引こうとする手首に気糸と銃弾が降り注いだ。 ● 大量の銃弾を浴びたのにも関わらず。 プシュケーは、短期間での酷使にかなりガタがきてはいたが、オーバーホールすれば十分回復が望めた。 放置するには、あまりにも危険なアーティファクト。 リリは魔術的観点から。虎美は物品に刻まれた記憶を読み取るカタチで、銃に込められた想いを探ろうと考えていた。 デイジーのそばにいた悠里が、無造作に砕いてしまうまでは。 悠里の編んだ氷に阻まれ、直接触れることもできない。 「立派な方、強くて弱い方。その真っ直ぐな想いを、私は否定したくないのです」 リリは、銃の魔術回路に問題が起きたのではないかと考えていた。 「同じガンナーとして興味はあるしね。近接射撃とかやっぱ憧れるし? それに仲間達へ伝えるべき事があるなら伝えてやりたいしさ」 彼女達の言うことはもっともだった。 それでも。 「彼女の事は彼女の仲間が覚えてる。だからプシュケーは眠らせてあげたい」 悠里は、射手に言う。 「仲間からの銃口や、死を受け入れられる人間なんてそうはいない。辛くて苦しくて、残ったのは絶望か恨みかもしれない。でも、彼女の想いはきっとそこにあると信じる」 杏樹は、ゆっくりと言葉を選びながら言った。 銃は射手の魂で、それを受け継ぐのは命を繋ぐにも似た感覚がある。 逆に、銃を壊すのは使い手を殺すにも似た感覚があった。 「それは、彼女そのものじゃないと思う。彼女が何も言わずに死んだなら、そっとしとくべきだ」 悠里は、その存在そのもの以外がそう扱われるのが我慢できない。 彼が幽霊に類するものと相容れないのは、そんな側面もあるかもしれない。 「どうなろうと回収はする。放置はできない。組織に届けるよ」 杏樹がそう言うと、悠里は頷いた。 「お、雨が止んだか…」 泣きじゃくっていた子供が、不意の言葉にきょとんとして、泣くのを忘れる唐突さで。 銃弾で穿たれたように、厚い雲に穴が開き、陽光が差し込んだ。 天使の梯子が下りてくる。 作戦終了の報を受けて、組織のジープがすっ飛んできた。 デイジーを迎えに来たのだ。今度こそつれて帰るのだ。 (俺が言うのもなんだが、たまには立ち止まって回り見るくらいはしてよかったんじゃねぇかなぁ……こうやって駆けつけて泣いてくれる奴もいるんだしよ……) ツァインは、空を仰ぐ。 「アンタ程立派な事はできちゃいねぇが、諦めない事だけは約束するよ。少しでもアンタに顔向けできるようにさ、な?デイジーさんよ……」 透明な名残の雨粒がツァインの方に当たった。 死体は何も答えはしないが、先に逝った者はなにか応えてくれるかもしれない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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