●漆黒生徒会 「やれやれ、だな」 年不相応の威厳と空気を纏う眼鏡の少年は黒革の手袋で包んだその指先で己の眼鏡を持ち上げる仕草をして溜息混じりの言葉を吐き出した。 この黒龍学園生徒会室には何時とは少し違う空気が流れていた。 室内に集まった黒いブレザー姿の八人の少年達は、端正なその顔立ちに呆れと諦念を滲ませた『生徒会長』の一挙手一投足に忠実なる注目を投げかけている。 「崎田」 「はい、只今五時を過ぎた所です」 「……どうやら奴には時間を守るという機能がついてはいないらしい」 副会長たる崎田竜司は呼びかけから正しく求められた所を回答した。 本日の集合は午後四時四十五分。当然、この場に足りないのは一人だけだ。 確かに夏の日は長い。窓の外――眼窩のグラウンドでは運動部が必死に汗を流している所。本格的に動くのはこれからだ。凡そ二十分余りの遅刻は想定内だが、だから構わないという事にはならない。 「邪鬼さん、又遊んでるんですかねぇ」 「困った奴だよ」 「まあまあ。中学生らしくてカワイーじゃないですか」 へらりと笑みを見せたのは生徒会書記たる錦野晴臣だ。 軽い所があり、黒龍学園生徒会――通称『漆黒生徒会』のムードメーカーである。 成る程、不機嫌な『会長』に気安く話しかけられる人間はそう多くは無い。 「しっかし、名門も大変ですよねぇ」 「……老人共は口を出すのが仕事なのさ」 「それにしてもねぇ、会長に……要りますか? 『テスト』」 晴臣の軽口に『会長』は肩を竦めた。日本神秘界の『王家』に生まれ、生まれた時から王になる事を定められたのがこの――逆凪黒覇である。黒龍学園も、その英才教育も次代の逆凪を背負って立つ彼の為だけに設えられた準備に違いない。 だが、世の中は往々にして多数の面倒で成り立っている。 独裁(シンプルなプラン)はベストだが、準備がいるのは当然だ。 「老人を黙らせるには、結果を示すのが最も手っ取り早い。合理的な手段に過ぎんよ、こんなもの」 黒覇に与えられた逆凪本家の試験は、本家の力に拠らぬ方法で或るリベリスタ組織を壊滅させる事である。逆凪始まって以来の麒麟児とも称された黒覇にとってはくだらない余興に過ぎなかったが――プロセスの重要性を理解出来ない彼ではない。 暫しの時間を置いた後、生徒会室の扉が乱暴に開かれた。 「お、揃ってるじゃねぇか!」 「……邪鬼よ、楽しかったか? 例の『番長ごっこ』は」 「おうよ、兄者。軽く十人は潰してやったぜぇ!」 冷ややかなる兄の視線に豪放な弟は気付かない。「あーあ」と顔を覆う晴臣と少し頭痛を堪えるような崎田の反応は対照的である。 だが、学ラン姿の弟の『つまらない遊び』はこれからこの『漆黒生徒会』が為すべき『試験』とは中々相性はいい。武威を示すという意味では逸話は多い方が正解だ。 「さて、『少し遅れたが』もういいだろう。 漆黒生徒会――ひとつ、その力を見せてやる事にしようか」 席を立った黒覇に晴臣が「待ってました!」と合いの手を入れる。 相手の組織は僅か十人の少年に数倍する事が分かっている。 だが――傲岸不遜なる黒蛇は、その涼やかな顔に何ら不安を見せていない。 ●ブリーフィング 「……と、いう訳で。放って置くとリベリスタ組織『ブルースカイ』が全滅しちゃいます」 『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア (nBNE001000)の極めて他人事めいた口調にブリーフィングのリベリスタは苦笑せざるを得なかった。 「決して弱い方々じゃないんですが、相手が相手ですから、ねぇ。 あー、でも何だかときめくものがありますね、美少年ばっかりですし!」 「お前には邪鬼の姿は見えんのか」 リベリスタの鋭い突っ込みにアシュレイは聞こえない振りをした。 「……まぁ、皆さんにはこの事件を未然に防いで欲しいとの事ですけど」 三高平市にこの程発生したリンクチャンネルは極めて特殊な事例だった。 穴の接続先は『この世界に繋がっているかも知れない過去』。穴の先とこの現代に連続性があるという確証はないが、アーク上層部が十五年前の世界を寸分違わず再現するその場所にパラドクスを覚悟で介入する事を決めたのは偏にこのアークの成り立ちがそうさせるものであると言える。 他の何を見過ごす事が出来たとしても、R-type(それ)を見逃す事は出来ないという事だ。『十五年前の世界』がこれからナイトメア・ダウンに到るとするならば、アークが可能な限りの手を尽くそうとするのは必然であった。 「黒龍学園生徒会――『漆黒生徒会』は、若かりし日の黒覇様の親衛隊ですね。 これを皆さんで何とか撃退して貰う訳ですが…… 今よりはマシでしょうが、黒覇様ですからねぇ。はい、強敵です」 過去の対戦で黒覇の超絶技量は思い知っている。どれ程の気休めになるかも分からない『今よりマシ』が寄る辺では、何とも言えない所だが…… 「……皆さん、とっても強くなりましたからね」 目を細めたアシュレイにリベリスタは頷いた。気圧されればどの道勝てる道理は無いのだ。ならば、一歩を踏み込む事。それが肝要なのは間違いない。 「まぁ、朗報と言えば朗報もありますよ」 「……何だ」 「一応、今回……状況上、助っ人が居ますからね」 「助っ人……?」 アシュレイは少し悪戯気に笑ってその名前を口にした。 ●少年と老女 「……いい夜だねぇ、こんな日だから皆でお月見かい?」 埠頭倉庫を目指す『漆黒生徒会』の前に彼女が現れたのは突然の出来事だった。 齢は七十を過ぎているだろうか。小柄な体躯を袴姿に包んだ彼女は腰に刀を差している。 「……何者だ、テメェは!」 剣呑なる気配を微塵も隠さない邪鬼の声に老女は「おお、怖い」と軽く笑みを滲ませた。その異常な程に際立つ存在感は、殆ど本能的に――邪鬼の気分を逆撫でしているかのようであった。 「……マダム。生憎と、我々は先を急ぐ道なのだ。失礼しても宜しいかね?」 「あら、そんな風に呼ばれたの何年ぶりかね!」 噛みつかんばかりの邪鬼を片手で制した黒覇が苦笑する。 掴み所のない老女はその真意と力の底を彼の眼力からも隠し遂せている。彼女の顔が喜色満面なのは、孫程の年齢の少年に気障な台詞を言われたからでは無い。 「何者かって尋いたね。そうさね、『一応』リベリスタって事にしておこうかね」 老女の言葉に『漆黒生徒会』がざわめく。 晴臣は「やっちまいましょう、会長」と囁くが、黒覇は頭を小さく振る。 (……私と邪鬼ならばいざ知らず、生徒会メンバーでは恐らく荷が勝つ) 正体不明の相手だが、多勢の前に一人で現れるような人間は往々にして『まともではない』。まともではない人間というものは却って理由を持っているものだと黒覇は認識している。 「では、マダム。その一応リベリスタが何の用で我々の前に?」 「いやぁ、強い奴の臭いがしたからね。お前、ぶっちゃけ強いだろ」 日本刀のような眼光を輝かせた老女の存在感は気付けば圧倒的に増大していた。 自分以外の面々が戦闘態勢を『取らされた』事実に黒覇は驚きを禁じ得ない。 「あたしは蜂須賀光。お前、名前は?」 「逆凪黒覇……だが、この数の差でやりあうと?」 「いいや。お前、タイマンとか好きなタイプだろう? 一応、リベリスタだからね。このまま行かせるとどうせ碌な事しないだろ?」 然り。王は名誉の無い戦いを認めない。 ハンデをつけてやる事は許せても、多勢でかかる等もっての他だ。 見事な看破に黒覇は内心だけで舌を巻いた。だが…… (今夜は、これでは終わらないようだ。どうした事か……) 遠くから駆けてくる気配に耳をそばだてた黒覇は口元を歪めた。 間もなくここに現れるだろう。素晴らしい力を持った『推定リベリスタ』達が。 今夜の展開が予定から外れた事に鋭敏な彼が気付かない筈は無かったのだ―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月16日(土)22:04 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●vsティーンエイジャーI 「――君達宿題はどうしたの?」 夜闇の中に響く、静かな声が少年達の表情を引き締めた。 「年上の言う事は聞いておくものよ――もう家に帰る時間でしょう?」 剣呑な気配を湛えた現場に姿を見せた『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)――そしてリベリスタ達九人に投げかけられた視線は色濃い困惑の色を滲ませている。 「……おい、兄者。何だ、どうなってやがる……?」 自身等の予定に突然立ちはだかった謎の老婆――リベリスタ・蜂須賀光に加え、新たなる一団が出現した事は余り慎重ではない逆凪邪鬼にとっても捨て置けない事態と受け止められたようだ。達人同士は互いの間合いを計れるものだから――それはパーティ側の力量が伝わっての話でもあるのだろうが。 「会長、敵ですかね」 「さあ、な」 ざわつく部下達、耳打ちをする晴臣とは対照的に――今回の事件の首謀たる逆凪黒覇『少年』は年不相応にシニカルな笑みを浮かべていた。 「さて、何者かは知れないが――」 非常に整った顔が睥睨している。リベリスタ達をねめまわす眼光の鋭さは、現代と大した差は無い。 (過去の逆凪の首領か……既にこの頃から頭角を現していたか。 だが……現代で出会った他の首領格と比べれば幾らかマシだな。勝機は十分にあると見る) 『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)の逆凪黒覇評がどれ程正解かはさて置いて。何れにせよこの人物が黒覇であると言うならば、子供(じゅうだい)であろうと甘く見られる相手ではあるまい。首領同士の比較で、当人との比較でどうあれ、フリークスはあくまでフリークスでしかない。 十年一昔。とは言え、たかだか十五年ではそこまで劇的な変化は無いのだろうが――無いのだが。 (黒覇さんはもうこの頃から『黒覇さん』なんだね。邪鬼さんは…今のがしっくりくるかも) 率直な感想を抱いて彼等を眺める『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)、 「カワイイ! 皆可愛いね、可愛いのに強いなんて言うことないね! お姉さんと勝負してよ! ぺろぺろしたいですうううう――!!!」 或いは「キャー! ショタ祭りでございますね!」と喜色満面に飛び跳ねるようにした『骸』黄桜 魅零(BNE003845)や、「こ、高校生黒覇さんとかサービスタイムだわ!」と呟く『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の反応を見れば、そこに存在する『僅かな意味』は明白だ。たかだか十五年の時間。されど十五年程度の重みはある。つまる所、2014年の現代において『年上』だった目の前の敵が、この1999年の世界においては年下なのである。それが、やや難しい方向に拗らせた魅零や海依音の性癖の琴線に触れたのは非常にどうでもいい余談に過ぎないのだが。 「何だか、ちょっと複雑だね」 「まさかガキの頃の連中に勝っていい気に浸る気も更々ねぇが…… 『現在』の連中に煮え湯を飲まされた身としては物差しとしては丁度良いか――」 現代で彼等と関わる事が多いからか、何ともやり難そうな調子を見せる恋人に応えた『破壊者』ランディ・益母(BNE001403)の独白めいた呟きを聞き咎める者は無い。 アークのリベリスタ達に今日与えられた任務は、三高平市内に生じた次元の穴を通り1999年の世界で少年時代の黒覇と彼の親衛隊『漆黒生徒会』に壊滅させられるリベリスタ組織『ブルースカイ』を救援する事である。その現場に、黒覇と同じく怪訝そうな顔で闖入者(リベリスタ)達を見る『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)の縁者が混ざっているのは奇妙な偶然と呼ぶ他は無いのだが。 (死んだ妹に死んだはずの師……どうにも死人と縁がある人生だな。 肝心の死神は私を一顧だにしようとしない割には……ふむ) 「わたしたちもリベリスタなの。目的は同じみたいだから、ご一緒してもいーかなあ?」 「おいおい、先客はあたしの方じゃないのかい」 朔は光を見てしみじみと思い、旭はあくまで友好的にそう尋ねた。 「一応、リベリスタでな。似た様な理由で見過ごす訳にはいかないんだ」 「……んん?」 不意に光は、口を挟んだ拓真の顔をしげしげと眺めて首を傾げた。 「んんん……?」 「な、何か」 「どっかで見た事あるいい男が居る気がしたと思ったら――お前、弦真の爺の若い頃にそっくりじゃないか。 酷い朴念仁でねぇ。何度も殺(や)ろうって誘ったのに――何回袖にされたか分かったもんじゃないよ」 拓真は顔に手を当てて思わず目を丸くした。 「何ぞふぁんきーな婆ぁがいるが、ヌシの方はぶっちゃけどうでもよい。 逆凪一強いのと逆凪一屈折してそうなのがおるしの。つついたら面白そうじゃしな」 「こりゃ手厳しいね!」 誤魔化す意味もあってか、無くてか。一方でピシャリと言った 『狂乱姫』紅涙・真珠郎(BNE004921)は何ともつれない調子であった。状況上、フィクサードとリベリスタ、そしてリベリスタ達である。敵の敵は味方、『一応』とは言え目的が同じならば共同戦線は自明の理。恐らくは黒覇とやり合うであろう光を邪魔する意味はパーティにも全く無いのだが――真珠郎の反応としては『メインディッシュ』に先鞭をつけられる『やきもち』も混ざっているのかも知れない。 「ブルースカイを護りにきたら、あの蜂須賀ですか。 利害の一致の共闘まで求めませんが、手を出すことを止めるような真似はしませんよね?」 「……私達はリベリスタ。ならば先ず行わなければいけない事は分かりますよね?」 薄ら笑いを見せた光はそれ程気分を害した様子には見えなかったが、海依音がそう確認し、彼我双方に念を押すように『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が釘を刺した。「一応ね・な」と丁度声が揃ってしまった事に光は大笑いし、真珠郎は鼻を鳴らしている。 「……私が貴方を手助けする理由は単純です。貴方がリベリスタだから。 そして、蜂須賀のある方に助けて貰ったので、今度は私が蜂須賀の方を助けたいから」 真摯な調子で言った『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)に、光は「余計な事を」とは言わなかった。「蜂須賀が感謝される程の人助けとは珍しい事もあったもんだ」と嘯いた彼女はそれでも合点がいったように敵の側にその神経を向けていた。 「……やれやれ、そちらも中々ややこしい事情を抱えておいでのようだが。 長いお話はもう、十分かね。生憎と私もそう暇ではないのでね。 話が纏まったならば、そろそろ――始めさせて貰おうかと思うのだが?」 黒覇の全身からは黒い蛇のようなオーラがたなびいている。 現代の彼はリベリスタの様子を見る方を重視していたが、少なくともこの時代の彼はそれよりも好戦的であるらしい。些細な差だが、彼が最初から或る程度本気で来るというのは朗報であり、悲報でもある。 「こりゃぁ、いい」と舌なめずりを見せた光に朔は苦笑を禁じ得ない。成る程、自分は他人にこう見られている。いや。決して嫌いではない、分からないではないのだが――何と言うか扱いが面倒臭い。 「蜂須賀光、我々は君の邪魔はしない。黒覇君と存分に戦い給え。だが、その生命危うしと見れば助勢する。我々も『一応』リベリスタなのでな。その時は不甲斐ない戦いをした自分を恨み給え」 「それから、不用意な大技は倍にして返される。ゆめ忘れないように戦い給え」。そう付け加えた朔の言葉に黒覇の柳眉が吊りあがる。一方で「あいよ、脚の綺麗なおねえちゃん」と応えた光は朔を振り向く事をしない。 その目を爛々と輝かせ、黒覇の一挙手一投足に全身全霊の集中を注いでいる。 「構わんな? 兄者!」 「ああ――」 黒覇は犬歯を剥いて彼からすればやや獰猛な笑みを見せた。 「黒龍学園生徒会――全力執行を開始する!」 ●vsティーンエイジャーII (過去の逆凪兄弟……厄介と言う点では今も昔も変わらないのでしょうが…… それに、蜂須賀ですか。此処で出会うとは、何とも奇妙な縁を感じるものですね) ミリィの灰色の頭脳が戦場を冷静に見極めていく。 彼我の数の差は僅かに一。十人のフィクサード側と、十一人のリベリスタ達である。 状況からほぼがっぷり四つに組んだ激突になるが、特筆するべきなのはやはり黒覇と光の存在だろうか。 黒覇は言うまでもなく、光もアークのリベリスタ達にとっては未知数の存在だからだ。 緒戦ではパーティの想定の通り、光が黒覇に仕掛けるという展開が濃厚だ。逆を言えば――言葉は悪いが、その光を利用する事が任務達成の要になるのは知れている。黒覇が抑えられている間に生徒会メンバーを押し込めれば、それだけリベリスタ側の勝機は大きく広がるのだから。 「……ならば」 リベリスタ側の立てた作戦は奏功するとミリィは見る。 「さあ、遠慮なしに行くよ――!」 「――崎田! 代行だ、指揮を取れ!」 「はっ、会長!」 地面を蹴り上げた光が身を翻した黒覇の影を追う。 パーティ側が予期した通り、流石の黒覇も光を片手間にあしらう事は難しいらしい。 彼が本隊を崎田に預けたという事は、ここまでリベリスタ側の想定が機能しているという証明に他なるまい。 「チッ、俺様はオマケの方を片付けろってか――」 たかをくくったような邪鬼の言葉を「笑わせんな」と吐き捨てたランディがせせら笑う。 「さっさと来な、それとも脳まで筋肉にかわっちまったのか? 分家筋の弟にすらオツムで負けてるって専らの噂だぜ邪鬼クン?」 「テメェ――」 逆凪の家内に生じる『問題』は、この頃そう表沙汰になっている話ではない。 訳知り顔で挑発を見せたランディの方に顔を紅潮させた邪鬼が飛び出した。 彼を抑えるのはランディの役割である。現代の世界で黒覇との対戦を済ませているパーティは、彼が非常なまでの合理主義者である事を知っている。つまる所、決着を望むべくもない今夜の戦いで重要なのは、彼を損に追い込んで退かせる事にあると見ている。 「行くぞ」 「言われるまでも無いわ」 互いのマッチアップを一目で決めた邪鬼とランディに構う事無く、よりスピードに優れた朔と真珠郎が敵陣へと斬り込んでいく。朔が目指した敵は、生徒会のデュランダル。比較的脆く、ダメージソースとしても機能し得るそれをまず破壊するのはパーティ側の作戦の一歩であった。 「――来るぞ、迎撃ッ!」 「遅い!」 崎田の号令を朔の一喝がかき消した。 並走した真珠郎より一歩早く間合いを潰した朔の振るう白刃が鮮やかなしに斬劇空間を作り出す。青白く雷光を迸らせたしなやかな女の残影は、圧倒的なスピードをそのまま威力に換えて哀れな対象を千の嵐で翻弄した。 「……く――」 痛打を受けた敵がよろめく。 辛うじて幾らかの防御を見せた彼だったが、これは色濃く幸運の絡んだ結果である。 だが、寄る辺の無い運等というものはそう何度も身を助けるものではない。 誰もそれを理解しているが故に、彼女の技の冴えは驚愕を持って受け止められている。 「……オイオイ、コイツ等何者だよ」 彼にしてはやや珍しく乾いた調子で呟いた晴臣の表情がその直後には別の物に変わっている。 グン、と速力を増した真珠郎の仕掛ける先は――その彼だったからだ。 「小僧。時に、あの中坊と眼鏡おーるばっかーは、何ぞ面白い破界器もっとらんかの? 素直に答えたら命まではとらんでおいてやるぞ?」 「ハ――偉そうに!」 左右に細かいステップを刻み、そのスピードに緩急をつけている。両手にナイフを抜いた晴臣は、高度なフェイントを交えて繰り出された刃の瀑布を辛うじて凌ぐ形で弾き上げた。幾条も閃く真珠郎の切っ先は彼の黒い制服を切り裂き、赤い血を間合いに散らしたが―― ほぼ同時。反撃に繰り出された一撃を後方宙返りで避けた真珠郎が見定めている。 今のは、スピードも技も中々だ。一張羅に傷が付いたのはその証明。 「チッ、半端に手こずらせてくれそうじゃの」 「ソイツはどーも。おねーちゃんかバーさんかは知らねーけどよ!」 不敵な笑みを見せる晴臣は外見よりは随分と肝の据わったタイプであるらしい。尤も、それ自体は黒覇が自分の部下と頼む『漆黒生徒会』のメンバーなれば、驚くに値する話ではあるまいが。 「――でも、会長はともかく、あなた方は大したことが無さそうですね。 動きが遅いし、隙も多い。どうやら、生徒会は名前だけの組織のようです」 「お前――ッ!」 続いたセラフィーナの放ったアッパーユアハートは敵側のクロスイージス、ホーリーメイガス、防御の要を狙っていた。彼等を挑発した彼女はリベリスタの中でも出色の技量の持ち主だ。クロスイージスの一人は何かの能力によるものかこの挑発を逃れたが、小さく呻いた崎田の表情を見れば彼我の技量差は明らかか。 「『漆黒生徒会』……確かに強いかも知れん。 だが、俺達も幾つもの死線を乗り越えて来た。この程度……飛び込むに臆する事も無い! 障害ならば、斬り崩す!」 拓真の裂帛の気合、そして猛然とした攻めがデュランダルの運命を苛んだ。 (……やはり、我々だけでは少し荷が重い。邪鬼様の相手も、中々やるようだ……!) 崎田の頭脳が状況の立て直し――或いは時間稼ぎを測るが、 「くれぐれも油断はしないように! 『敵は逆凪黒覇』です!」 頭脳という意味で彼に抗じ、上回るのは鬼謀神算を誇るミリィである。 声を張ったミリィの言葉は仲間達に勝利への執念を植え付ける力あるそれ。彼女の言葉は二つの意味を持っている。一つは彼の組織が脆弱である可能性は無いという指摘。もう一つは、たとえ生徒会を圧倒したとしても――それは問題の第一段階に過ぎないという指摘である。 ……十代の逆凪黒覇が如何なる実力の持ち主であるかは不明だが、少なくとも現代の首領は十人の一線級リベリスタが死力を尽くしたとしても不利が否めない程度の存在感は持っている。剣林百虎然り、六道羅刹然り、黄泉ヶ辻京介然り、裏野部一二三然り、無論この逆凪黒覇然りである。 つまり、生徒会を叩く第一段階はその時点で作戦の成功を確実にしない。 少しでも早く、少しでも多くの余力を残して敵陣を叩き――『黒覇に合理的判断を下させるべき』なのだ。 「ホーリーメイガスだから戦えない、なんて決まってないわよ」 リベリスタ側の先制攻撃が緒戦を圧倒している。やや出遅れた生徒会を更に押し込まんとするのは―― 「ワタシの場合、愛もそれ以外も特別製!」 海依音に応え、宙空に現れた魔方陣が聖光を帯びた魔力の矢を作り出した。キャラクターも含めて――一般的に思われるホーリーメイガスのイメージを言葉通りに裏切る彼女はその実極めて実戦的な戦闘力の持ち主だ。 「お姉さんも忘れないでね! きゃっ、お姉さんとか言っちゃった!」 朔の仕掛けに体勢を乱したデュランダルが海依音、魅零の息もつかせぬ連続攻撃に更に傷まされている。 特に魅零の放った黒い拷問の箱はコミカルな彼女のイメージと相反して、彼の動きを完全に奪うかなり『えげつない』代物だ。果たして笑顔の彼女の一撃は集中攻撃を受けた彼を遂に沈めた。 歳若いながらもエリート然とした生徒会は恐らく敗北した事すらないだろう。 予想以上のリベリスタ達の戦闘力――自身等を上回るその動きに動揺が広がった。 だが…… 「うろたえるな。我々には会長が居る。邪鬼様が居る。我々は負けない! 負けよう筈が無い!」 逆凪黒覇なる王の存在感は恐らくリベリスタにとってより、フィクサードにとってこそ重大なのだろう。 緩みかかった空気が一喝で引き締まるのと海依音が「ほぅ」と嘆息するのはほぼ同時だった。 「流石は、ワタシの黒覇さん! そこに居るだけで士気大アップね! 海依音ちゃんも大アップ!」 ……彼女の戯言はさて置いて、どれ程本気かはさて置いて。 崎田の指令を受けて反撃に転じた生徒会を今度はリベリスタ側が迎撃した。 合計二十一人にも及ぶ正面衝突はすぐに乱戦の様相を呈している。 整理整頓された戦いを望むべくもなければ、戦況は状況に応じて不安定に姿を変えるものになる。 (流石に巻き込まないように撃つのは難しいか……!) 敵味方入り乱れた戦場に銀の砲撃はリスクが勝る。 恵梨香の扱う中では『得意技』である事は間違いないが、ここでハイグリモアールの奏でるべきは、銀の弾丸(シルバー・バレット)に非ず、雷獣の咆哮(チェイン・ライトニング)が相応しい。 「纏めて、いくわよ――」 夜に苛烈な存在感を示す電撃の軌跡が敵陣を灼き、敵陣を撃ち、敵陣を荒れ狂う。 「一先ず、貴方の相手はわたし……っと!?」 「いや、俺が相手にする」 前に出た崎田本人を旭が止めにかかったが、彼女を庇うように拓真が動いた。 旭は強力なアタッカーだ。 プロアデプトとして敵を操る技を持つであろう崎田とは決して相性はいいとは言えない。そして何より…… 「……崎田より、邪鬼を頼む。流石にランディ一人じゃ危ない」 拓真の冷静さは、猛然と血戦を展開する二大怪獣――否、邪鬼とランディの激突を見極めていた。 極めて高い戦闘力を持つランディは簡単に敗れるような戦士ではないが、邪鬼が敵側No.2のストロングポイントなのは確実だ。セラフィーナが自身に引き付けた三人の分、パーティは戦力を動かせる。 「わかった!」 大きく頷いた旭が邪鬼に向かう。因縁浅からぬ邪鬼を相手取るのも彼女にとっては本望である。 「どうした、この木偶の坊がよ!」 スピードに勝るランディの攻撃が邪鬼の肉体から血を迸らせる。ノル程に連続で繰り出されるオーララッシュは、基本的な技でありながら彼の技量で素晴らしい領域にまで昇華されている。 「チマチマウゼェな――」 巨体と大雑把な性格には似合わず急所を見事に外す邪鬼は化け物染みた体力でこれを受け止める。 大して――この程度では、傷ませる程効いている様子は無い。 「うおらああああああああああああッ!」 邪鬼の豪腕が戦斧を盾に構えたランディの巨体を数メートルもぶっ飛ばす。 即座に追撃に動かんとした邪鬼と彼の間に割って入ったのは、酷く小柄に見える少女である。 「邪鬼さん、わたしと戦ってくれる? 殺せるなら、殺してくれてもいいよ。わたしもあなたを殺すから。 あなたとはそういう関係でいたいの。もし今日ここで死なないのなら、覚えておいて――」 旭の口元には幽かな笑み。 「――わたしは喜多川旭だよ!」 ●vsティーンエイジャーIII 蜂須賀光は驚愕していた。 考えてみれば、逆凪の名前は有名だ。その悪名は或る意味で蜂須賀よりも上である。 目の前の少年が逆凪を名乗った時点で、『王家』に連なる一員である事は理解出来ていた。 だから、彼が強い事は別段驚くに値しない。全くそれはそうであろうと思っていたその通りであった。 だが、彼女は酷く驚いている。 逆凪黒覇は驚愕していた。 考えてみれば、蜂須賀の名前は有名だ。性質の悪さはフィクサード以上と聞かされた事もあった。 目の前の老女が蜂須賀を名乗った時点で、『怪物』に連なる一員である事は理解出来ていた。 だから、彼女が強い事は別段驚くに値しない。全くそれはそうであろうと思っていたその通りであった。 だが、彼は酷く驚いている。 ――奇しくも。彼我の感想はほぼ同じものを描いていた。 「予想以上じゃないかい」 「……部下にスカウトしたい位だよ」 リベリスタ対フィクサードの乱戦とは一線を画して始まった二人の戦いは他ならぬ二人を満足させるだけのクオリティを持っていた。ここまで黒覇は本気を見せてはいないが、光も朔のアドバイスあってか同じ事。居合い術を得意とする彼女は刃を抜かず、主に格闘戦で同じ格闘家たる黒覇を迎え撃っている。 「お前、本当に高校生なのかい?」 「御老人はもう少し労わりたくなる人物たるべきと思うがね」 皮肉に皮肉を返すやり取りに二人は「クク」と笑みを見せた。 厳密に言うならばこの戦いは黒覇が押している。だが、彼の生徒会はリベリスタ達に押されている。 そういう意味でも一進一退の状況だが、リベリスタ達が、ミリィが作戦で当て込んだ通り。黒覇も大きな隙を見せて勝負を急げるような状態ではないのだから、これは好都合であると言えた。 「どうした、大将。ちょっと表情が変わったよ?」 「厄介なご老人をどう仕留めるか考えていた。私は部下想いなのでね」 「ほう、そうか。あたしはアイツ等と仲間じゃないから何時まで付き合っても構わないよ?」 さもありなん。 恐らくこの蜂須賀光は『逸脱』している。仮に仲間であっても、家族であっても結論は変わるまい―― ●vsティーンエイジャーIV 放たれた光の柱が強かに邪鬼の巨体を撃ち抜いた。 「テメェみたいなのはよ――」 地獄の底から響くような低音で唸るようにランディは言う。 「頭で負けてたらもっと肉体(カラダ)鍛えて強くなりゃいいって思ってんだろ? 愚図が、本当に強ぇってのはありとあらゆる分野で負けねぇ事を言うんだよ。 この際正面から叩き潰して教えてやるぜ小僧ッ!」 肩で呼吸をする彼は疲労の色を隠せない。 戦いが進むにつれて生じたダメージや疲労は海依音がフォローに回る事で凌がれてはいる。 だが、やはり中学生でも化け物は化け物であった。流石の邪鬼もダメージを蓄積されてはいるが、どちらに余力があるかと言えばやや彼に分があるのは間違いない。 「邪鬼さん、こっちだよ!」 的確に繰り出される旭の運命を帯びた一撃が邪鬼を抉るも、獣のように吠えた彼はその彼女を弾き飛ばす。 そんな彼の視界を銀色の光が灼き払う。 防御姿勢を取った彼に焼け焦げの後が刻まれた。 (前に会った限りじゃ、聞いていた程の悪党とは思えないけれど―― どちらにせよ、未来に会う事になっているのだもの。ここでどちらも死ぬ運命には無いのでしょうね) 血走った目で彼方を睨む邪鬼の視線の先には、後衛から支援をかけた澄ました顔の恵梨香が居る。 「フラグ? そんなものは知らないわ。 それに悪いけど、邪鬼(ごういんなおとこ)はアタシの好みじゃないもの。ごめんなさいね」 「クソ、何だコイツ等……!」 この夜に何度吐き出されたか知れない台詞を、又邪鬼は呟く羽目になっていた。 逆凪邪鬼は中学生でありながらも、対革醒者の戦闘経験は兄を上回る程に積んでいる。それは冷静で思慮深い黒覇が無駄な戦闘を行わない、戦闘そのものを好む邪鬼が積極的に行っているという性格の差を抜きには語れない話ではあるのだが、それにしても邪鬼の戦闘経験は異常である。その彼をして、今夜の対戦相手は目を見張る程の錬度を持っていると言えた。 「いまの邪鬼さんに、わたしはどこまで通用するかな。 貴方の一撃を受けてみたい。そうしてわたしの『今』に繋げたいの!」 怯まない旭の気迫に逆に邪鬼が少し揺らいだ。 (俺様は――もう遊んでねぇんだぞ!?) 叩き潰す心算で技を振るっている。だが、それが現実になっていない。 彼からすればそれは初めての経験であり、屈辱であった。あの『忌々しい弟』の事も含めて、奇妙な訳知り顔を見せる謎のリベリスタ達は――戦う程にその存在感を強めていた。 猛烈に続くリベリスタ側の攻勢は実戦で磨き上げられた連携の素晴らしさを現している。 如何に才能の塊であろうとも生徒会にはまだその経験が無い。実戦経験の違いは、高い次元の戦闘において結末を揺らがす程のアドバンテージ足り得るものだ。 「戦闘を試験や遊び程度に考えている人には負けられません!」 ――私は、私達は、命を賭けて戦場に立っているのですから―― 戦いが紙一重の連続である事をセラフィーナは知っている。 昨日まで笑い合っていた友人が、かけがえのない大切な人がその時間を奪われたシーンを見てきた。 例えばあの、蜂須賀冴も。だからこそ、誰も死なせてはならない、死なせるものかと思って歯を食いしばっている。 覚悟の戦いは言葉の通り、生徒会を圧倒していた。何より自身を的として敵陣を釣り続けるセラフィーナの存在は、生徒会側の戦闘プランをズタズタに切り裂いていたのだ。 セラフィーナが躍動する程に状況は悪くなっている。 (もう少し……恐らくはあと一押しで……) 分水嶺はそこにある。 無論、彼女を含めたリベリスタ側の動きの良さを作り出すのは、自身でも神気閃光による牽制を放ち、全体の戦況をコントロールして見せる指揮官(ミリィ・トムソン)の働きも小さいものではない。 「……邪鬼様!」 「ああ!?」 思わず救援を求める崎田の声に邪鬼は不機嫌に声を荒げた。 負ける心算は無いが、この期に及べば敵戦力の平均(アベレージ)が自陣を上回るのは明白だった。 「……何だよもう、ついてねー……」 「死ぬ前に自白するかぇ? 破界器じゃ、破界器」 「ぜってーやだね!」 言葉は元気だが、ぜえぜえと呼吸を乱す晴臣も真珠郎を前に消耗を隠せていない状態だ。 加速した状況はそろそろ今夜の決着を望み始めていた。 リベリスタ側としても生徒会を壊滅させる事が可能だとは思っていない。逆を言えば『やり過ぎれば』黒覇のプライドを刺激してしまう事も分かり切っているからだ。 押し込み始めた生徒会に目を細めたミリィが「さて、どうするか」と考えたのと、 ――こうすれば、『より良く』なる―― 何処かで聞いたそのフレーズが響いたのはほぼ同時だった。 リベリスタが、フィクサードが一斉に――場所を少し外した二人の戦いに目をやれば。 そこには押さえた肩から血を流し、片膝を突く光と、腹部から胸元にかけて斬撃の痕を残した黒覇が居た。 「……成る程、そういう芸当かい……!」 (あの若さでこの最高峰の剣客を押して見せるか、逆凪黒覇……!) 拓真の表情が自ずと引き締まる。 「チッ――だから言ったのに」 舌を打った朔が誰よりも早くその場所へと駆け出した。 とは言え、このタイミングは光にとっても限界だったと言えるだろう。 黒覇は出し惜しみして抑え続けられるような類の人間ではないのだから。 「どうした、蜂須賀光。老いて鈍ったか?」 素晴らしいスピードで横合いから黒覇に打ち込んだ朔が声を張る。「馬鹿を言いなよ」と嘯いた光はやや精彩を欠いた動きながら、体勢を立て直さんと後ろに跳躍する。 「今度は、君か」 「期待以上を約束するよ」 朔の切っ先の悉くを黒覇は身のこなしとその掌で弾き飛ばしている。 だが、流石の彼も千の残影と共に放たれる彼女のスピードを前には光の追撃の暇は無い。 黒覇の蹴りが朔の腹部に突き刺さる。 「……ぐっ……」 一瞬呼吸を奪われた彼女だが、低い姿勢で辛うじて着地を見せ、彼を睥睨した。 それと同時に咆哮と共に投げられた光の柱が黒覇の体を弾き飛ばした。 「今の貴様に用は無ぇが先のテメーに用があるんでな」 「テメェ、この俺を目の前に兄者を……!」 投擲のその姿勢のまま、疲労とダメージに崩れかかったランディに邪鬼が吠える。 だが、彼が怒りのままに暴れ出すより先に。 「邪鬼くんかっこいい、中学生なの? 番長って言葉似合ってるね☆ 強い人大好きだなあキュンキュンしちゃう――じゃあ、お手合わせ願おうか!」 新手の魅零の繰り出した奈落剣がこれを阻み、 「ここまで――です!」 そして凛としたミリィの声が響き渡る。 「……ここまで、とは?」 起き上がり、衝撃で割れた眼鏡を踏み潰した黒覇が戦場を見据える。 そこには押し込まれた自身の生徒会と、消耗したリベリスタ達が居る。 「逆凪黒覇。貴方を侮っている……等と、言う訳ではありませんが、此処は引く事をお勧めさせていただきます。 『彼女』を相手取りながら私達を相手にするのは些か骨が折れるでしょう。 それに、例え貴方が無事だとしても、貴方の生徒会は同じではない」 「……用があるのはお前らじゃない。対等に完全勝利しねぇと何の価値も無ぇ」 冷静なミリィに続き、ランディが吐き捨てた。 奇しくもそれは現代でも黒覇に与えられたアプローチだ。 歳若い彼が現代の彼と同じ結論を下すかどうかは分からなかったが―― (……黒覇さんだもんね) ――旭に言わせれば「黒覇さんはもうこの頃から『黒覇さん』なんだね」である。 「もう、いいんじゃないかな。こんなとこでだいじな部下を失うのはあなたにとって、いい事じゃないでしょ?」 「貴重な『人材』を失うわけにはいかないでしょう? ここで退いたらどう?」 「そちらも全てを晒した訳ではないだろうが……これ以上の戦いはそちらの益にはならないと思うのだが」 旭が、恵梨香が、拓真が畳み掛ければ黒覇は顔の汚れを手の甲で拭う仕草をした。 首をコキコキと鳴らした真珠郎を前にした晴臣が「会長ぉ~」と少し情けない声を上げていた。崎田の方は流石に口を一文字に引き結び、狼狽した様子を見せてはいなかったが。 「黒覇さん、貴方の目的に『生徒会』を育てあげるというのも入ってるのではなくて? ここで意地を張ってそれが挫かれても意味はないわ。即得の分水嶺はこのあたりじゃあないかしら?」 海依音の言葉は確かに正鵠を射抜いている。 生徒会メンバーの消耗はリベリスタより重い。続ければ死人が出る事も否めまい。 今のアークのリベリスタには劣るとはいえ、彼等は黒覇が育てて来たエリート達だ。 「成る程、お前達やるねぇ」 光はと言えば、やるならばまだまだやるといった表情だが、これには感心した様子だ。 彼女が暴れ足りないならば、それは朔にでも拓真にでもそれ以外にでも解消して貰うとして。 ……その辺りは正直望んでいる面子も居るのだから好都合なのかも知れないが。 「……」 如何にも機嫌の悪そうな真珠郎は『一番強い相手を前に手を出さない結果』には何とも承服していない雰囲気である。増してや黒覇は彼女からすれば『最も妬ましい人種』に値する――在り様への宿敵の如くである。 「ふむ……」 「おい、兄者。何を黙っている。まさかこんな連中の――」 「――黙っていろ、邪鬼」 気色ばんだ邪鬼の怒鳴り声を静かな一言が封殺した。 「上に立つ人間として育てられたならば、損得勘定は得意だろう? 逆凪の」 「如何にも。生憎と私には無理を押してまで今夜を完遂せねばならない理由はない」 拓真に頷いた黒覇はむしろ何処か愉快そうな顔をしてリベリスタ達の顔を一つ一つ眺め回している。 「ねえねえ、黒覇たん! はじめまして黄桜魅零です、忘れてくれてもいいからね! 漆黒生徒会だなんて、中二感あふれるばかりの名前だね! 嫌いじゃないよ、確かに暗黒な雰囲気ばかりだもの! 相容れないリベリスタとフィクサード同士、ここで仲良くしようよ☆」 相手に口を挟む暇も与えない――魅零の言葉はまるでマシンガンのようである。 「御家柄に縛られて大変じゃあない? 自由にいきれないんじゃあなあい? 逆凪グループ牛耳ってからが君の人生が始まるのかな? そこらへんどうおもっているのか聞かせてよ! 異母兄弟の三番目の子は今日は一緒にいないんだね! 仲悪いの?」 不躾な魅零の問いに黒覇は苦笑した。 「……諸君等は、何者だ? いや、答えが聞けるとは思っていないがね。 どうにも、君達には分からない事が――不可解な事が多すぎる。まるで」 ――別の世界の住人のような、不可思議さだ―― 黒覇の言葉に苦笑を浮かべたリベリスタ達は当然これには答えない。彼の想像は当たらずとも遠からずといった所だが、言った当人さえそれが真実であるとは考えては居ないだろうから。 「……こんな事を言うのは君達には意外かも知れないが。 どうだね、我が社に入る心算は無いか。きっと厚遇を約束するが――?」 黒覇の言はリベリスタにとって『意外なもの』では無かった。 顔を見合わせた彼等は黒覇が昔から黒覇だった事を確認したに過ぎない。 セラフィーナは何となくそれがおかしくなって微かな笑みを見せて言った。 「黒覇さんがリベリスタになるなら、考えても良いですよ」 「残念だな。交渉は決裂か」 まさか期待していた訳では無かろうが――残念そうに肩を竦めた黒覇は生徒会に引き上げの合図を出した。 邪鬼は相変わらず渋り、その顔に不満の色を貼り付けていたが―― 「命拾いしたな、テメェ等」 「今ここで決着をつけられなくても、焦ることは無いわ……またすぐに会う事になる。長い付き合いになるもの」 捨て台詞猛々しい彼は恐ろしい兄に逆らう事だけはしない。 恵梨香の言葉は額面以上の意味を持っていたが、それはフィクサード達には分からない『未来』だ。 「誇りたまえ。諸君等の奮闘にはその価値があった」 「そういうお褒めの言葉も嬉しいけどね」 踵を返した黒覇の背中を海依音の言葉が追いかけた。 「ねぇ、黒覇さん」 「……?」 半身が振り返る。眼鏡の無い大人びた少年の顔が海依音の顔を見つめている。 「ねぇ、『いつかどこかで』再会できる奇跡があれば――ワタシのことお嫁さんにしてくださいませんか?」 「清らかなる心を携え、蛇の巣を望むのか、美しいシスターよ。逆凪の老人達は中々気難しいものだぞ?」 肯定でも否定でもない返答をして、喉で笑った彼はもう足を止める事は無い。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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