● 炎天下だ。 皆、どんよりとした目で真昼の太陽光線の紫外線攻撃に全力防御の姿勢だ。 皆が皆、自分の短い影法師を凝視するのが精一杯。 早く太陽がいないところに行きたい。 だから、誰も気がつかない。 ビルに寄りかかっているように見える男がずっと足踏みしていることに。 その男がずっとそこにいることに。 男の唇がひび割れていることに。 皮膚がかさかさに乾いていることに。 「誰かついてくる。たすけてくれ、たすけてくれ」と、声にならない声で呟いていることに。 いや、道行く人の目に男が写っていなかったのは、太陽のせいだけではないかもしれない。 彼は、日暮れに座り込んでいるところを発見され、救急車で運ばれ、死亡が確認された。 死因は熱中症だった。 都会では、希によくあることである。 だが、彼は極端に干からびていた。消化器の中は空っぽだった。 ● 「いやあああああああああっ!!」 待ってる間に、おねむがきたらしい。 リベリスタにつつかれた途端に、びぐびぐびぐっと机の上でバウンドして額を数度打ち着けた『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)の悲鳴がブリーフィングルーム全体に響く。でこが腫れている。 「お、脅かさないでよ。びっくりゲロとか、ナビ子さんじゃあるまいし」 エチケット袋分けてもらってる分際でなにを言うか。と、つっこまない優しさがリベリスタにある。 「――夏なので、そう言う感じのそれです。分類は、E・エレメント」 妖怪って感じかなー。と、半分以上フランス人に言われても。 「ムジナとヒダルガミとベトベトサン。分かりやすくいうと無限回廊で呑まず食わずサバイバル。永遠に続く覚醒夢」 民話とポエムと厨二言語が渾然一体となっている。 「主観的にはね、夜道を一人で歩いてると、後ろから何かがついてくる気がするの。で、逃げるんだけど、いつまでもついてくるの。で、へとへとになってしゃがみこんじゃうのね。大体時間としては数十秒」 四門がわざわざ「主観時間」と言いながら、フリップに短い棒を書き込む。 「だけど、客観的にはその時点でどえらく時間が経ってんだよね」 長く伸びるその下に引かれる線。10時間。 「普通の人間は十時間必死に逃げたら、死にます。特にこの陽気では。夜道も十時間あれば夜が明けるよ。夏だし。そして、夜のつもりで走ったら、即刻脱水するから」 夏の世はまだ宵ながらあけぬるを。 傍から見れば、非常に緩慢に動いている――つまり立ち止まっている被害者は、実は必死で逃げているつもりなのだ。 「で、追っかけてくるのは、無表情の子供。識別名『ムジナ』」 全員の目がとあるリベリスタに集中する。 「こういういたずらは、ムジナの仕業と相場が決まっている」 集中した視線が、凝視に変わる。もちろん、濡れ衣だ。 ムジナがタヌキなんだかアナグマなんだかハクビシンなんだかはっきりしない以上、タヌキに責任を取ってもらうのは致し方ないことかもしれない。同じ穴のムジナな訳だし――。 「ちなみに、今回の招聘メンバーは、ここ最近のこの手の依頼の成功率を鑑みています」 もちろん、皆アークでも指折りだ。 戦闘錬度喪さることながら、こういうのに耐性があるのかないのか重大なポイントになる。 「怖がる人は論外。逆に否定しまくる人は、そもそも現象に巻き込まれない。程よい加減が大事」 是非、依頼受けてね。と、フォーチュナは信じ切っている眼をしている。 「さて。置いてけ堀は、釣った魚を返さなかったから。今どきのムジナは何にむかついてるかというとー……」 じゃじゃん。と、四門は標準型のAFをかざした。 「これです。歩き携帯、スマホ、それに準ずるもの。これでしゃべってる限り、現象は終わりません」 一時的に去らせることは出来ても、また現れるだろう。 「逆に、それ以外の行動をすると数ターンで消える。だから、倒しきるのは難しい」 四門は、そこを利用する。という。 「一人で歩きAFでしゃべり続けている限り、エリューションの『実況』が出来る。民間伝承の弱点は分かってるけど、攻撃時間は非常に短い。一人づつ追いかけられて、色々試して、攻撃して、次の人にバトンタッチ。同じ夜に一緒にエリューションの縄張りに入れば、『縁』 が発生するから、この方法でいける。逆に、誰も助けにいけない」 私がだめでも、第二、第三の刺客がいるもの。(残機、六人) 「最悪、干からびた君達を翌日回収ってことになる。まあ、リベリスタは命に別状はないと思うよ。耐性あるから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月31日(木)22:17 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 夏の世はまだ宵ながらあけぬるを。とはいえ、草木も眠る丑三つ時である。 その地方都市のその地域は昔ながらの堀があり、瓦葺屋根が続き、柳がゆらゆら揺れている中、ビルもあれば民家もある、いかにも日本的な一角。 『皆さん、準備はよろしいですか?』 それぞれ一人で地域境界線に立つ。互いの姿は見えないが、AFで繋がっていた。 一人ずつ突入し、情報を共有。 六人でムジナをリレーで殴ってやっつけようという作戦だ。 先に行く者からどのくらい有益な情報を得られるのかが鍵になるのだが。 『フリですね分かります分かりました』 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189) の興味が別の方向にそれつつある。違うそうじゃな 『こわくないこわくないこわいくないっこわくない』 めそめそしている『くまびすはさぽけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)みたいな子がいるんだから。 「ミミルノは一番後ろからスタート。決して怖いからではなく、速さ順というれっきとした作戦に基いた行動」 決して怖いからではなく! と再三繰り返している。 リズムが狂うのはしゃくりあげているからだろう。がんばれくまちゃん。 『ムジナにヒダルガミにベトベトさん! またえらい妖怪てんこもりやな…というか、ムジナ言うたら蕎麦屋の店主が「こんな顔かい?」ってアレやないんか』 怖い? 何それおいしいの? な、『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)の声が流れてくる。 電話の向こうから聞こえてくる水音は堀を流れる水の音だろう。 『まぁ、うちの曾お祖母ちゃんも、昔狐に化かされたことがあるとか言うてたし……』 依代家の業は、極道方面以外でもなかなかに深い。 『歩き読書の二宮金次郎は賞賛されて、歩きAFが嫌がられるのも奇妙な話だな? どちらも好きな事をするに代わりはないのに』 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の素朴な疑問。 『まぁ、田舎道と街中では密度が違うから仕方がないが』 そう、歩きスマホは最悪死ぬ。 というか、この案件自体、一般人に犠牲が出ている。 『何だかストーカーみたいって思うのは情緒がないかしら』 『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)が、ふふ。と、笑ったようだった。 (ずっと後ろを付いてくるだなんて、何だか懐かしいわね……いい思い出ではないけれど) それ、国(削除事項)の工(削除事項) 「速やかに片付けましょう。歩きスマホを注意するのは人間だけで充分」 (ちょっと面倒な相手だけど、受けないって言ったらシモンちゃん泣きそうだし) だめですかあ? と、鼻をすすり上げる様子が容易に想像できる。 (子供に泣かれるのは苦手なのよねえ) ちなみに、今年の秋には、シモン・四門は成人する。 『歩きAFってことは、別に通話してなくてもいいんだよな』 『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)が確認する。 昨今、電話は通話以外の状況にある方が多いのだ。電話のはずなのに。 『――問題ないんじゃないかしら?』 周りの迷惑省みず、自分の世界に浸っていると言うのがムジナの気に障っているようなのだから。 『それなら、アークのリベリスタが多く加入しているというSNSの『アークッター』で歩いてる場所とか状況とかを実況するぜ!』 ちなみに、『アークッター』 のIDは三高平市民の登録番号なので、フィクサードの成りすましなどはきわめて難しい。 ID・パスワード忘れの為の秘密の質問も、三高平ローカルクイズという徹底振りだ。 『オレはアークに来てすぐアカウント作ったから、フォロワーさん結構多いよ!』 何気なく呟いた一言が、胸熱と引用されることが希によくある。 ● 作戦開始。02時02分。 「じゃ、お先に失礼するわ」 先陣を切るのは、エレオノーラだ。 事前の打ち合わせで、速度順ということになっている。 尾行されるのには、慣れている。悲しいけれど、それが普通だったのよね。 待機中の五人は、AFに耳を澄ます。 無音にごそごそとノイズがもれる。 エレオノーラはもとより、他の誰かからの通信も入らない。 自分だけだ。 『……足音が聞こえるわね、ひたひたって。熱烈だわ』 急に明確にエレオノーラの声が聞こえ、その後壮絶なノイズが耳をつんざく。 それにかぶさる、ぺたぺたと粘るような足音。ふっふっと聞こえてくる息遣い。 エレオノーラのものらしき固い足音がどんどん近くなって来ている。 近い。というか、これ以上近くなるとは思えないくらい近い。 『お腹すいたしお魚食べたいし、後でお寿司でも行きましょうよ』 悲鳴のようなノイズ。 『あたしアジね。アジ無かったらさすがのあたしでも泣いちゃうから』 ノイズ。 『ストーカーもここまでしつこくないかも』 音声沈黙。 「……この位、ロシアの森を一晩中走るのに比べたら何ともない、わ」 暑いけど。 そう。もう一晩走っているくらいの負担は感じているのだ。 忍ばせていたクッキーを口の中に放り込み、一歩横にずれる。 「ベトベトさん、ベトベトさん、お先にどうぞ?」 何かが通り過ぎる気配。それと同時に、体にのしかかっていた圧迫感が消え、その分猛烈に鮮明になる飢餓感。今飲み込みかけていたクッキーさえ喉に詰まる。一気に血の流れが停滞していく。喉の痛みが強くなる。吸って吐く息も焼けつく。 『食べる傍からお腹すくんだけど、太ったりしないかしら』 クッキーを食べるとのどが痛むが圧倒的飢餓感が痛みを凌駕させる。 持っていたクッキーがなくなる頃。 編み笠に丈の短い着物。顔は半分隠れて見えない。 少年が、エレオノーラの前に立っていた。 「ソイ……オチャレ」 声に感情が乗っていない。それに、舌が回っていない。 ヒトデハナイモノガヒトノマネヲシテイル。 吹き上がってくる圧倒的嫌悪感。気色が悪い。今にも輪郭をなくしてどろりととろけてしまいそうな気配。 「悪いけど、なにを言っているのかさっぱりだわ」 天使もかくやのロシヤーネの手に、ナイフとアタッシュケースが握られる。 冥途に旅立つのは、エレオノーラではなくムジナの方だが。 さらば、ムジナ。青春の幻影。いや、一気に間合いを詰めたのはエレオノーラの方だ。 「いたずらにしては度が過ぎるのよ。この辺にしておきましょうね」 突き立てたナイフに手ごたえ。 ● AFのデジタル時計は、00時4分と表示されている。 急に、通信が回復した。 エレオノーラとの通信回線は切断されたままだ。再接続できない。 「さて。二番手か」 ユーヌは踏み出したのを、作戦中の全員がAF越しに聞いた。 ノイズ。 誰かが行動を起こすと、AFに異常が生じるらしい。 『足音がする』 ユーヌもアークッターに登録している。 「ふむ、時差のせいか取得状態が悪くて見えにくいが、まぁ良いか」 送信をしても、TLに自分の投稿は表示されない。 後進されない画面を眺め、クッキーを口に放り込みつつ、ベトベトサンを先に通す。 足元をぬるりとしたものが通り過ぎる気配がする。アスファルトに粘つく音。かすかに靴底越しに伝わってくる感触に生理的怖気が立つ。 眉をひそめながら、カメラアプリを起動させ、シャッターを切る。 (ベトベトさんの写メも添付してみるか、撮れればだが) 喉の渇きを感じる。 手には桃。片手にAFを持ったまま、皮をむいて食べなくてはいけない。皮ごと食べるには、ふわふわの産毛がデンジャラスだ。 「桃は破邪の効果があるらしいが、歩きながら食べるのには向かないな。瑞々しくて旨いが」 前歯を駆使し、ぽたぽた垂れる果汁に閉口しつつ、ユーヌはたどたどしく入力を続ける。 『寿司も良いな。炙り系で美味しいのがあれば良いが。香ばしい匂いで食欲そそる』 滴る桃の汁。 それを見えない何かにべろりとなめられた。体中に鳥肌が立つ 指からするりとAFと桃が滑り落ちた。 ぐしゃり。 やけに生々しい水音が聞こえ、それっきり。 待てど暮らせど、ユーヌの回線は再接続できなくなった。 「コワクナイコワクナイコワクナイコワクナイ……」 地の底から聞こえてくるような声は、お化けではなくミミルノだった。 顔を上げると、ムジナが立っていた。 ばくりと着物が断ち切られている。エレオノーラの所業だった。 「無表情でつまらなそうだな?」 笑うユーヌの手から仮初の星辰が放たれ、ムジナの周りで不吉な尾を引く。 「気に障るなら止めようか。貴様の息の根止めてその後に」 ● うさぎの口から肉色の何かがへその下までぶら下がっている。 これが舌ならば怪談だが、正解はロング貝ひも。シュールな眺めだ。 「ネットリと纏わりつく温い風、ひたり、ひたりと鳴る背後からの足音……ああ、耳を澄ませば息遣いすらもが……」 (敵の情報を共有せねば) 建前である。この肝試しにも似た状況で怖い実況をしなくてどうする! という、間違った方向にとんがった使命感がうさぎを突き動かしている。 盛るまでもなく正味の話になっているのが、怪談語りとしていかがなものかと憤る。 『……ひぎぃぃ……』 こすれるようなうめき声がスピーカーからもれ聞こえる。 順番が最後のミミルノだ。 「ベトベトさん、お先にどうぞ」 うさぎがそう言うと、回線の向こうで、ひぃと息を飲む気配がする。 なんだろう。この胸をすく感覚。 (何でホラー小説調なんだですって? 気にするな。良いから) 語り部の快感もさることながら。 (でも、実際。この追跡される感じ。そして見られてる感覚は……ゾクゾクしますね……) へんな癖がつかないことを祈る。 「すぐ隣を通り過ぎるベトベトさんの気配、熱くも冷たくもないドロリとした気配が触れそうなほどにすぐ隣を、ゆっくり、ゆっくりと……」 立ち止まって道を譲った。 歩き出すのが一瞬遅れたのかもしれない。 「確かに、視線を感じる……」 それはホラー小説調ではなく、リベリスタの判断だ。 切り裂かれ、一見で呪われているとわかる着物の子供。 「ああ!? あなたは昔ルームシェアしてたお姉さん!」 おねえさーんと再会ハグへの助走。 「嘘です」 小声で白状しておいて。五分裂同時攻撃で滅多打ちにしながら、うさぎは陽気だ。 「ま、ま、ま、文字通り同じ穴の貉って事で。一つも少し仲良くやりましょーよ、ね?」 首から提げたAFから、「ひいぃぃぃぃ……」 と引きつった声が聞こえてくる。 それに、ミミルノの「こわくない」 が、かぶさった。 「誰やの」 椿の誰何。 回線が音を立てて切れた。 ● うさぎの回線も切れた。 「うちの番やんな」 椿は、そう言って歩き出した。 歩き出してすぐに喉の渇きと胃が絞られる感触に眉をしかめる。 「うぁ……これはお腹空くわ……よぉ皆こんなん耐えとったな……」 早い段階で食べ物を口にしていた者より、椿の飢えは激しい。 夏の粘りつく空気の中、声がかすれるのが自分でわかる。 「あ、そういえばこの後ってお寿司行くん? うちネギトロが食べたい! 後、サーモンも!! サビ抜きで!」 「おすし」 あどけない声が復唱した。 「オスシオスシオシズシ」 そういえば、回線がつながっているのはフツとミミルノだけで。 中学生のミミルノより更に甲高い子供の声だ。 これは、誰だ? 「オスシオスシデスシオスダケデスシオシクラマンジュウクビヲシオニシテツケルダケデスシオスシスシサビヌキデ!」 どむ! 衝撃が椿を襲う。 例えるなら、寝てるときに落下する幻覚。 魔力が体から失われる。 「ベトさんベトさんお先にどうぞっと」 道を譲りながら、声をかけると、衝撃は急速に引く。 返す刀でロリポップの包み紙を剥ぎ取り、口に放り込む。 「実況言うても、既にうちの前に何人も同じことしとるしなぁ……なんなら、うちの知っとる怖い話をさらに付け加えよか? 首が八本くらいある蛇の話はどうですやろ」 柔らかな言葉遣いは変わらないのに、言霊が騒ぐのは十分聞いているほうには怖い体験だった。と、後に僧侶は語った。 大きく切り裂かれ、呪われ、細かく切り刻まれたムジナがいた。 「今から戦闘開始なぅ……送信したわ」 待てど暮らせどTLに反映されることはなかったけれど。 ● 椿との回線も切れ、フツの出番が回ってきた。 「えーと、『今から怪異を倒しにいくなむ。』……と」 投稿分の語尾が「なう」じゃなくて「なむ」なのは、キャラ付けのためだ。アーク結成黎明期の各々の手探り人間関係振りが偲ばれる。 そんなお坊様は、30センチほど浮いている。 (これなら歩きAFしてて道に穴があっても落ちたりしないぜ!) 理にはかなっているが、地面から七尺あたりを移動する坊様。見上げ入道の噂が立ったらどうしてくれるのだ。 「あひるの手作りお菓子。――送信。いただきます」 愛らしい恋人が作るお菓子は、やっぱりかわいらしいチョコレートだ。 (食べながら道を譲るのは無理だから、交互にやろう) 口の中に甘味が広がる。だが、背後から忍び寄ってくる気配に、じりじりと気力がそがれていく。 (そろそろ潮時かな) フツは、ぞうりの足を止めた。 まだ余力がある内に。 切り裂かれ、呪われ、切り刻まれ、ぼこぼこに殴り倒されたムジナがいた。 「緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀。これぞ焦燥院が最秘奥――」 懐から散華のごとく振り撒かれる符が地面に着く前に赤く燃え出し、火の鳥の羽根と変わる。 「朱雀」 夏の鳥が夜闇を赤く染めた。 ● フツとの回線も切れた。 『LOST』 の文字が、五つ並んでいる。 「こわくないこわくないこわいくないっこわくない」 ミミルノは暗闇に目を凝らしつつ、AFを耳に当てながら、お菓子を次々に口に放り込みながら歩く。 (ベトベトさんがもしでてきても不意打ちはされないはず!! 不意に出てこなければ怖くない!) 頼るべきは、ハーフムーンの野生の勘だ 耳に当てていたAFが急にノイズを発した。 『オイシソウナオカシダネ』 ばびんっ! 手足が引きつった。 暗闇の向こう。 赤々と何かが燃えている。 切り裂かれ、星辰に呪われ、体中に青黒く拳の跡、火の鳥に焼かれた何かが立っている。 ムジナ。 先の五人の攻撃を食らって、息も絶え絶えなそれは真っ直ぐにミミルノを見ている。 「――みんなをまきこむしんぱいない」 音を立てて召喚される光の弾に、今までの恐怖を全部込めて。 「ほんとにこわくないんだからこわくないったらこわくないっ!」 ムジナがいる空間を埋め尽くす勢いで光の弾がここかと思えばまたあちらと転移を繰り返し何度も何度もムジナに向けて炸裂する。 さながら、街中テロ的スターマイン。 「こわくないったらこわくないったらこわくなんか――」 ミミルノは踏みとどまった。 最後の最後まで踏みとどまり、ムジナの気配が消え果るのを確かにその目で見届けた。 ● 「ミミルノさん! わかりますか!?」 ● まったく別の場所をスタートしたというのに、全員同じところにいたのだ。 目を白昼の太陽が焼く。 「エレオノーラさん! わかりますか!? 」 気がつくと、誰かに抱えられている。見慣れた制服にARKのマーク。 「お疲れ様です。これ飲んで下さい。 日陰に移動しましょうね」 「ユーヌさん、気分は?」 「最悪だ。手がべたべたする」 桃を食べた手をそのままにしていたから、虫刺されがひどい。 「それ、食べるのやめた方がいいですよ」 うさぎの口の端からぶら下がった貝ひもは、真夏の太陽にさらされて前歯への挑戦という硬さになっている。 椿は、口に入れていたロリポップのせいで、ほっぺたの裏の粘膜はべこべこ。口の周りはべたべただ。 あひるのくれたいちごパウダーとココナッツをまぶしたエアインチョコ。 その匂いにひかれた虫が、フツのあごをぼこぼこにしていた。 そして。 「ちゃんと倒してきたのぉ」 こわくないを執拗に繰り返すミミルノの報告。 エリューション反応がないことが確認され、作戦は無事に完了したのだ。 六人ほど熱中症になったが。 作戦終了、ヒトヒトイチキュー。 体感時間、20分足らず。実際は九時間越えの長丁場となった。 ● さて、アークッターでは。 『今から怪異を倒しにいくなむ。』 『今から戦闘開始なぅ』 時系列はぐちゃぐちゃの実況投稿。 そもそも送信していないうさぎの音声がTLに投稿されている。 安否確認のリツイートも含めて、夜半過ぎから大混乱だ。 「『新作のクッキー意外と旨い』――これに画像を添付した覚えは……」 ユーヌが首をかしげながら画像を開くと、アスファルトに落っこちているクッキーのかけらをひろいあげる半透明の手の写真が添付されていた。 数瞬の沈黙。 「おすしたべにいこう!」 ミミルノが全てを振り切るように言った。 「サーモン、ネギトロ、たまご、イクラ!」 白昼に空腹を叫ぶ。 「そうやね。そうしよか?」 椿も賛成する。 「アジを食べなくちゃ気がすまないわ」 「炙りは欠かせないな」 エレオノーラとユーヌも頷く。 「――お食事ですか?」 帰りの手配をしていた別動班が、急に落ち着きがなくなったリベリスタに声をかける。 「ええ、もうすごくおなかへって」 「喉も渇いて」 仕方ないんです。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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