● 飢える。 飢える。 獅子座の夜。 ●アーク総本部・ブリーフィングルーム 「『だるまさんがころんだ』をしてほしい」 『駆ける黒猫』将門 伸暁(nBNE000006)は、そう切り出した。 ――夜が、近い。 ただの夜ではない。この世界と、他の世界がぎりぎりまで近づく夜だ。 界面が擦れ合い、閾値が振り切れるほどの、極限の接近。 万華鏡によって予告されたその夜は『特異点の夜』と呼ばれた。 特異点下において、あらゆる事象をつかさどる法則、論理は破棄される。 変わって万象をつかさどるのは、神秘の力である。 先ごろ日本で頻発する、神秘界隈の異様な事件。 本来滅多に見られぬはずの『賢者の石』の、尋常ではない発見。 それらはすべて、この『特異点化』によって発生するものだったのだ。 かつてこの『特異点化』が発生した時、様々な侵食者が大規模な作戦を繰り広げてきた。 ジャック・ザ・リパーの三ツ池公園での襲撃も、まさにこの夜を狙ってのものだった。 今回、この夜の祭司長となり女帝となるのは、フェイトを持つミラーミス。異界の女王にして、いまだ人類の遭遇したことのない驚異。 厳かなる歪夜、<ラトニャ・ル・テップ>。 「『特異点化の夜』に奴が三ツ池公園に現れたことは、もちろん故あってのことだ。 ラトニャはこの夜に、自分の世界とこのボトム・チャンネルの狭間をこじ開けて、この世界を併呑するつもりだ」 月光の下、嫣然たる笑みを浮かべる少女。 その足下には、無数の化け物がひしめいている。 「ラトニャの登場に伴って、いろんな化け物も一緒に湧き出てきてる。 こいつらはその中でも、かなりやっかいな部類に属する」 ●地の鮫 万華鏡が映し出す、アザーバイトの姿。 リベリスタ達は息をのんだ。 よくあるエリューション・ビーストとさほど変わらない。しかしその異形さ、おぞましさは際立っていた。 巨大な鮫であるが、全身は毒々しい赤と黒のまだらである。流線型の身体に無数のコバンザメがくっついていて、それぞれ別個にうねうねとふるえている。 かろうじて口腔は閉じられていた。だがその顎が開かれたとき、そこがどのようになっているか……あまり想像したくはない。 「おそろしく凶暴な奴だ。近場にいるやつを無差別に食らい尽くす。近接行動しかできないが、一撃モロに食らえば無事ではすまないだろう。 こいつが大砂場に現れる。 地面をはいずりまわり、まわりの連中をなぎ倒していく。 最終的なこいつの目標は、砂場の先だ。リベリスタ混成軍が、そこに陣を敷くことになっている。吶喊されれば、陣の崩壊は確実だ。 だがこいつは、二つ隙がある。 一つ『目が見えない』。 こいつは敵を視認することができない。主に音、気配を感じて襲ってくるらしい。 二つ『攻撃まではタメが必要』 一度攻撃を行えば、すぐに攻撃はできない。しばらく地面に潜って、背鰭だけだしていなければいけない。 距離を測って、顔を上げたら止まって、隙をみてブン殴る。だるまさんがころんだとおなじだな。」 確実なヒット&アウェイを行い、相手の直接攻撃を回避する。 様々な手段でかく乱を試みる。リベリスタ達が何かに想到した時、信暁もうなずいた。 「そうだ。この戦場では、インヤンマスターの能力が不可欠だ。 オルクス・パラストから力強い援軍が来ている。彼女にうまく指示を出してやってくれ」 信暁の促しにしたがって、ごく平凡な平信徒といった少女が現れた。 おずおずと頭を下げる。三つ編みの髪が揺れた。 「何でもアークに大恩があるらしく、アークの力になれることを心から喜んでるそうだ」 信暁は一同を見回し、にっと笑った。 「けして分のいい戦いじゃねえ。だが、こいつは世界の命運がかかっている。 どんなにいかれた夜だろうが、俺たちは流れ星! 化け物どもに、俺たちの生きざまを見せつけてやろうぜ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:遠近法 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月14日(月)23:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 紅い砂漠を、風が蕭々と吹き渡っていった。 四条・理央(BNE000319)はみつ編みの髪を風になぶらせながら月を見上げた。 真紅に染まる死の世界。静寂の砂漠を、まもなく巨大な鮫がよぎる。 この世ならぬ風景に、理央はロマンを感じなくもない。 ……しかし、人食い鮫ともなれば話は別。 自分には戦況を左右する力はない。 陰陽の力を極め、その力をリベリスタの間でも轟かせるほどになり、理央の至った結論はそれだった。 圧倒する火力も、翻弄する速度も自分にはない。 しかしそれゆえ、できることがあるはず。 理央は顔を上げて、かすかに揺らめく地平を見詰めた。 ● ニカとオルクス・パラストの少女は名乗った。 「そっか、ええ名前やな!」『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)はにっと笑いかける。周りのリベリスタも頷く。 作戦にあたってまずインヤンマスターの少女の名を聞いておきたい、と言い出したのは珠緒だった。「一緒に頑張る仲間やもんな。名前くらい知っときたいわ!」 「轡を並べる相手の名も知らないのは失礼ですからね」『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)も同意する。 驚いて目を伏せる少女に、『滅尽の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)は諭すように言う。「共に命を賭ける同志。目的の為に自分ができることをする。そこに意地と胸を張るのじゃ」 少女は顔を上げた。対等のものとして自分は受け入れられ、また望まれている。「雑念は捨てよ。憧れや誇る気持ちは、今は忘れるのじゃ」 シェリーの促しに名乗られた名前。「母が世話になった方の名前で……」 リベリスタ達はニカに笑いかけ、共に力をつくそうと励ます。 少女の名の真の意味を理解しながら。 ニカ。ヴェロニカの通称。スラブ系の特徴を色濃く残す風貌も、言葉の微妙な訛りもそれで納得がいく。 彼女は西欧の人間ではない。おそらく東欧。そしておそらくポーランド。 ポーランド。遠い国。かつてバロックナイツの蹂躙にあった国。 彼女はおそらく、被害者。革醒し、世界屈指のリべリスタ組織、オルクス・パラストに参入し、セアドのお墨付きを頂くようになるまで、彼女にどれほどの試練が押し寄せたことだろう。 「オルクス・パラスト……昔はうちらが頼ってたんに、肩並べて戦えるまでになったんやねぇ……」努めて明るく珠緒が言う。「まぁうち、特になんもしてへんけどな!」 彼女の言葉に皆が笑う。珠緒の優しさは得難い資質だった。 そして大砂場。ニカの詠唱により翼が付与される。 「おおきに!」珠緒が手を上げ、他のリベリスタ達もニカに笑いかける。 その半面で一同は、リベリスタとしての本能で術式を確かめていた。 悪くはない。だが、戦いの最後まで継続は難しいだろう。 『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)は冷静に見極めた。戦闘が開始すれば、ニカには別の仕事がある。華奢な外見に似合わず凄腕の彼女は、さまざまな状況を思い描いていく。 今回の敵は『地の鮫』圧倒的な殺傷能力を秘めたアザーバイドだ。 敵には奇妙な特徴がある。盲目であり音やフェイトを感じ取る。 そのままで相対するのは危険だ。 計画が練り上げられた。 「鮫か。捌いて無貌の神に届けてやろうか」義衛郎は笑う。 「本当に何でも有りですわ」ため息をつく櫻子に、 「何処の二流映画なんだかな」呟きを返すのは『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)。 「目には目を、歯に歯を。私も鮫だよ」歯をイーッと見せるのは『ツルギノウタヒメ』 水守 せおり(BNE004984)「今は人魚だけど、元は鮫のハーフだもん」 「だが、対処の仕方は必ずある」櫻霞は言う。 タイムリミットはまでに始末をしないと、敵は本陣に突っ込んでくる。 「目も見えないのに本陣だけに突っ込んでくるなんて、いい度胸だ」『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)はバキバキと指を鳴らす。「思いっきりぶっ飛ばすのに不足はない」 彼方に砂煙が立った。リベリスタ達は各自の準備を開始する。 「密度の濃い時間になりそうじゃの」凄絶な笑みを浮かべ、シェリーが言う。「……じゃが、カップ麺の仕上がりを待つよりは長く感じることもあるまい。退屈もせぬしの」 ● 煙を上げて、巨大な鮫の背ビレが爆走してきた。 一同は高度を維持しつつ飛翔する。 気合とともに、理央とニカは影人を生み出す。 ニカの生み出した小柄な影人に、せおりはブブゼラを手渡す。 (まずは影人を囮にして、鮫の誘導を試みる) 理央たちの指示により、影人が飛び出す。それを追うように一同が布陣を敷く。 素早く蛇行する背ビレの周りを影人が取り囲む。 一同は飛翔しつつ動静を見守る。 静寂。 重く鳴るブブゼラ。手拍子の音。そして影人の手にした槍が、地面をたたく音。 だしぬけに砂地からコバンザメが現れ、影人たちを打ち抜いた。 アザーバイドの鮫にも殺戮本能に根差した知性がある。あからさまな陽動など予測済み。手下のコバンザメを操り影人を木端微塵にする。 その一瞬を、理央は見逃さなかった。ブブゼラを狙ったサメは一匹。クラップハンドをする影人をねらったのは二匹。槍で地面をたたいた影人を狙ったのは七匹。 有意な数字だ。理央は作戦を修正する。 同じ様子をシェリーも見極める。と同時に、もう一つのより冷酷な結論に行きつく。 (影人だけでは、こいつら相手に効果は薄そうじゃの) そうして彼女はある決断をする。常識はずれの、大胆きわまりない決断を。 戦端はすでに開かれている。巨大なノコギリのようなヒレめがけ、櫻霞は白銀の銃を乱射する。無造作に見えて、それは恐ろしく精密な技だ。 「こんな隙を見逃す訳がない」背ヒレの上端を打ち砕き、櫻霞が笑う。「狙い撃ちはスターサジタリーの得意分野。高速だろうと無駄なこと!」 義衛郎も滑空しつつ、手にした三徳極皇帝騎の煌めきに心を澄ませる。 その隙を割ってせおりが飛び出した。どこか異国風の、年に似合わぬエキゾチックな憂愁をたたえた顔が緊張に引き締まる。 裂帛の気合とともに白銀の剣を振るう。 弾き飛ばされる鮫。 間髪を入れず、シェリーの生み出した大火球が、鮫を巻き込み炸裂する。地中のコバンザメも躍り上がる。 そこを狙って義衛郎が、神速の剣を振るう。まとめて吹き飛ばされるコバンザメ。相手が向かおうとするも、そこに彼の姿はない。練達のソードミラージュにふさわしい、幻影の剣が踊った。 その時、だしぬけにガバリと巨大な顎が開かれた。 ぞろりと生えそろった鋭い牙は、滑る唾液を垂らし、その奥の口腔に脈々とどす黒い血が流れる。そこに無数の眼球があった。ブドウの房のように垂れ下がった眼球が、一斉にギョロリと涼子に向けられた! とっさに受け身をとる涼子。しかし鮫の動きはそれを上回った。 空高く弾き飛ばされる。落下する彼女の脊椎を、鮫の牙が弾き飛ばす。鉄板のような砂地に頭から突き落とされ、頸部に万力のような力がかけられた。 リベリスタ達は息をのむ。歴戦のクリミナルスタアである涼子は、桁外れのタフネスを持つ。それでもあっという間に、フェイト喪失間際というところまで追いつめられたのだ。 櫻子と珠緒が回復の術式を放つ。 殺戮に特化したアザーバイド、その攻撃は恐るべきもの。 しかし……。 涼子は立ち上がる。口元の血をぬぐって、薄ら笑いすら浮かべて。 そのとき、理央からの入電があった。 敵の分析が完了したのだ。涼子はこれを待ち、ひたすら神経を澄ませていた。 報告を聞き、涼子は頷く。全力疾走をしながら拳銃を抜き放ち、そこから漆黒の衝撃を迸らせる。弾丸が巨大な蛇となり、鎌首をもたげて鮫とコバンザメに絡みつく。 涼子の持つ呪縛の技。それが効果的ならば、戦況は有利に傾く。 しかし万華鏡は敵には状態変化耐性ありと告げていた。 それでも一同の結論は「賭けてみよう」だ。 (中途半端が一番あかん、と思う)珠緒のその言葉に、みな頷いた。 高い壁なのか。乗り越えられる壁なのか。それとも不可能なのか。 理央は涼子に告げた。 高い壁。困難な壁。しかしそれでも乗り越えられる。 自分なら。 その信頼が、涼子にはうれしかった。 鮫たちが悶える。その動きは目に見えて緩慢になっていく。 涼子は快心の笑みを浮かべる。 賭けに勝った。 間髪いれず櫻霞が神の名をもつ炎を矢と放つ。シェリーも隙を見せず、まとめて火球で焼き払おうとする。赤い砂漠が紅蓮の色で浮かび上がる。 義衛郎、せおりも遅れを取らない。コバンザメもろとも、鮫に攻撃を加え続ける。 たまらず砂の海に沈んでゆく鮫。それに合わせ、理央とニカの新たに生み出した影人が走り出す。 槍の石突きで、リズムを取りながら。 そして一同も滑空する。きわめて静粛に。さきほどの喧騒など、どこかに失せたかのように。 風のような移動と、炎のような打撃。それの繰り返し。 終局の見えぬまま、戦いは続いていた。 ● ニカは、戦場を見渡した。 彼女も消耗していた。インヤンの二人は、間断なく影人を作り続けていた。 翼の力はとうに失せ、櫻子が変わって翼の術式を発動していた。 「やはり使わざるを得ませんね」彼女に笑いかけ、桜子は翼を付与してくれた。ニカは目礼を返した。彼女には影人を作るという使命がある。 作っては潰される影人を見ながら、ある予感をニカは感じていた。 (この戦い、危険かもしれない……) 確かに現状は、リベリスタ側が有利に思える。 D、涼子、義衛郎、せおり、櫻霞。 彼らはいずれもアーク屈指の戦力の持ち主だ。 しかし今回の敵は地の鮫。下手をすれば一撃で戦闘不能に陥ってしまう。 今のところ回避と櫻子の回復により凌いではいるが、まさに薄氷。 いかなる戦いであれ、必ず『凌ぐ』状況が生まれる。 いずれ形成を決定的なものにするため、相手の優位を許さねばならぬ状況が現出する。 戦況が固まりきるまで相手を付け入らせてはならない。 再び『賭け』ねばならぬ時間が近づいていた。 シェリーは果断だった。相手にイニシアチブを委ねるのは、彼女の矜持が許さない。 薄く笑うと、彼女は空高く飛翔した! 万華鏡は告げていた。 鮫は高度にあるものを標的にする。 彼女は自ら、異形の鮫の囮にならんとしていた! 砂地が小山のように盛り上がり、バクリと口が開かれる。 「おぬしの顎では、妾のシールドは断じて破れぬぞ!」 シェリーは臆しない。 挑発をしつつ彼女は施した術式を確認する。 自分の身には、最前拵えた準備がある。抜かりはない。 (だが、賭けにはなるな……) 大きく跳躍する鮫。乱舞する、巨大な死の影。 その貪婪な口が、シェリーをとらえようとする。 そのとき彼女の魔力を解き放たれた! すさまじい爆轟があたりを揺るがす。巨大な死の花火が、紅い天地に散じた。 シェリーの術式をまともに食らった鮫は砂地に落下し、恐ろしい音響を立てる。 驚くべきことに鮫は無事であった。迅速に砂の中に潜り込む。 シェリーの魔力の盾は、物理の効果を完全に無効化する。鮫の攻撃を、神秘ではなく物理であると踏んでの、大博打であった。 しかし鮫は二度と騙されない。次こそ彼女のフェイトを嗅ぎ分けて、眼光で貫こうとする。 憤怒に燃えるその顔が、ぬっと突き出された! その時! 「こっちや鮫! かかってこいやゴルァァァァ!!!」 よく通る美しい声、それでいて迫力満点のドスの効いた声が、砂漠に殷々と響き渡った! ニカはびくっとして声の主の方を見る。最前自分に笑顔で話しかけてくれた優しい美女が、20の乙女にあるまじき罵声でアザーバイドを挑発している。 ビートキャスターの二つ名で呼ばれる珠緒は、歌の力、声の力を知り抜いている。 反響を計算し、音量・声色を最適に合わせ、声の電撃を放ったのだ! 妖魔の跳梁する死の砂漠は、一瞬にして彼女の野外ステージへと変貌した! 鮫はぎろりと珠緒を向く。使役されるコバンザメとともに襲い掛かる。 全力で逃げながらも、彼女は挑発を繰り返す。 「海ならともかく、こっちゃ地に足ついてるねんぞ、そうそうビビるかい!」 そう言いつつ走る彼女をカバーし、リベリスタは陣を敷く。 殺到するコバンザメと鮫に、櫻霞が銃口を向ける。 「まとめて火葬にしてやろう! 何体いようと同じことだ!」狙い澄まし、射線に火を噴かせ、さらに鮫の体力を吸い上げる。 「少しでもダメージが蓄積できれば御の字だ」 そういう櫻霞の顔も、疲労の色が濃い。大技の連発で消耗が激しいのだ。 櫻子は迅速に恋人に走り寄り、自分の力を分け与える。「私の力を存分にお使いくださいませ」リベリスタ指折りの精神力。さらに回復も可能な彼女の精神エネルギーは無限に近い。普段はそれを分け与えることを、彼女は恋人にだけ許している。 「今回は相手が悪い。少し貸してくれ」櫻霞は礼を言う。 鮫は潜行を始める。状況は徐々に、終局に近づきつつあった。 ● そして、それは唐突に来た。 『鮫』は、自分が包囲されていることに気付いた。 遠く近く押し寄せてくる、音の波。 その数は、1、2、3……いや、10以上! 「影人の圧倒的量産」 それが最終局面だった。 高度な術式である影人作成を、理央は徹底して効率化した。そぎ落とし切った結果、彼女の生み出せる影人はなんと合計15体近くに上る。さらにニカも影人を生み出す。 そしてもし精神力が切れたときは……その時はホーリーメイガスの二人が控えている。 ほぼ無尽蔵の精神力をもつ櫻子が、恋人のみという制約を外して他の者にも精神力を分け与えれば、あっというまにニカも理央も賦活される。鮫が闇雲に攻撃をしかけても、珠緒が冷静に治癒を与える。 気が付けば影人を潰すコバンザメは全て刈られ、残ったものも呪縛で無力化されている。 そして鮫も。 夜の奥、闇の奥から音響がとどろいてくる。 低く、あるいは高く。 一定のリズムを保ちながら。 ある種の儀式のようにそれは聞こえた。 砂漠を、妖しい律動が支配していく。 珠緒は、身内に衝動が湧き上がるのを感じた。 彼女にとってなじみ深い衝動。 (これは……歌!) 世界がリズムに支配されていた。 戦いの脈動が、死んだ世界に満ち満ちていた。 高ぶる戦意に任せ、彼女は聖なる矢を放つ。音響に満ちた世界に、光が交錯し交じりあい、衝撃を生み出す。 先ほどの礼とばかり、シェリーは援護に銀の弾丸を飛ばした。 「本陣には、ヒレの一片も入れさせはせぬぞ!」 時が満ちた。 理央の号令が飛び、影人たちが鮫を串刺しにしていく。 そして、まるで優雅な演舞を踊るように、義衛郎が剣を引き抜く。 鮫は義衛郎を仕留めるべく異形の顎を開く。人の魂を打ち砕く、異様な恐怖の姿。 義衛郎はためらわず、白い腕を突き上げて剣を走らせる。夜目に鮮やかな血しぶきは、彼の心から恐怖を拭い去る。そして己の決意を確かめる。けして正義ではない彼は、自分を突き動かすものの正体を常に見失わない。 怒り。無貌の神への、ひたすらな怒り。 迷いはなかった。 「此処で梃子擦っていられるか!」 彼の姿が蜃気楼と溶け、残った斬撃が、確実に鮫を切り裂いた。 それでもまだ立ち上がる鮫に向け、涼子は軽やかに踏み出す。 楽しむようなステップ。殺戮のジルバ。 彼女の右手が動いた。古めかしい拳銃が現れた。 神秘の弾丸が着弾し、漆黒のオーラが吹き上がる。どす黒い蛇が鮫に絡みつき、鮫はほぼ完全に動きを掌握された。 射撃ならば櫻霞も負けてはいない。二丁拳銃を構え、星の力を込めた弾丸を鮫に叩き込んだ。 そしてせおりが、銀の剣を振りかざし、まっしぐらに鮫へと突撃した。 「本陣になんて、絶対突っ込ませないんだから!」 秀麗なその顔を怒りにもやし、鮫の脳天に剣を突き立てる! 鮫には鮫。 鮮やかな夜明けの蒼が紅の空に散った。 盛大な血しぶきが吹き上がり、アザーバイドは絶命した。 ● 呆然としたまま、ニカは巨大な水生生物の死骸を見ていた。 先ほどまで拮抗していたはずの戦い、それがどうしてこう一方的な戦いになったのか? 鍵を握っていたのは、インヤンマスターの彼女。 彼女が状況を導き、攻撃手たちが力を振るえるように仕立てたのだ。 戦いの中で、ニカは新たな希望を見出すことが出来た。 「ご苦労じゃったの」顔を上げるとシェリーが笑っていた。先ほど鬼神のごとき振る舞いをした人間と一緒とはとても思えない。「今日のことは決して忘れぬ。だから、困ったことがあればいつでも妾を呼ぶがよい」 他のリベリスタも彼女に同意する。 「見た目は魚類でも、やはりアザーバイドですね」ぐったりする櫻子。今回はその必要はなかったが、いざ彼女が無制限に力を発揮したら……眠れる姫は、起きぬが幸福か。 「さすがに厄介だったな」そんな彼女の恋人は、そっと彼女の手をとり呟く。「どれほどの化け物が湧いてくるやら。考えたくもないが、これも仕事だ。次に向かうしかあるまい」 そう、これも緒戦。これからの戦いの、とば口にしかすぎぬのだ。 次なる戦いのため、砂漠に消えていくリベリスタ達。 その影を見詰めて、ニカは一礼した。 (あなた方と戦えて……本当に良かった!) |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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