● 全てはジャック・ザ・リッパーの時から始まっている。 かつて彼がこじ開けた三ツ池公園の『閉じない穴』。 『特異点化』と呼ばれる現象は、即ち、神秘の濃度を跳ね上げる事と等しい。そして、この度、≪万華鏡≫(神の眼)はある一つの事実を演算し導きだした。この『眼』による観測は何時だって『最悪』と『最良』の何れかを『アーク』に齎してくれた。―――今宵の結果は、どちらかと言えば前者に近い。 <星辰、正しき位置に揃うまであと一時。> 『フェイトを持つミラーミス』、フィクサード『ラトニャ・ル・テップ』の引き起こした過日の日本全国における悍ましいアザーバイド事件群と、彼女のその言葉を直線で繋ぎ、この度の『特異点化』を組み込んで平面とするのは容易い。彼女の目的は、己の世界とこのボトム・チャンネルを完全に接合することのようである。――勿論、接合といえば聞こえはいいが、実質的にはボトムが吸収される事と違いは無い。 極大値。『特異点化』の極大値。 ●ブリーフィング 「『混血ハルトゼーカー』とコードされるアザーバイドは現在、中の池に出現した巨大な水晶柱を中心に行われている『儀式』を取り巻くように位置している」 「『儀式』……、それはつまり、ラトニャが彼女の上位世界とこのボトムを繋ぐための儀式ってことか」 「その通り。ラトニャ・ル・テップの云う『星辰、正しき位置に揃う』というのは、正に此の『特異点化』を指していたようね。三ツ池公園の『閉じない穴』が極大的な『特異点化』するこの夜、私達は、溢れだしたアザーバイド群を、オルクスパラストらと協同して押し留めると同時に、その『儀式』を食い止める必要もある。その『儀式』中心が、中の池の水晶柱と見られている」 最高潮に達すると予測される『特異点化』に、『アーク』本部も騒がしくなっている。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)らフォーチュナを初めとする『アーク』付きの人員が導き出した解は、≪我々≫(ボトムの存在)としてはあまり歓迎できないものである。 「『混血ハルトゼーカー』はその水晶柱周辺に出現している。この個体は接触増殖性能力が見られるのが厄介な所。つまり、個体単体だけでなく、『混血ハルトゼーカー』によりエリューション化された敵性勢力も相手取らなくてはいけない」 「混血、混血って、そのコードには何か意味があるのか?」 「ええ。『混血』だから、『混血ハルトゼーカー』なの」 答えになってない――そう思いながらリベリスタは、ふとその事を思いついて、眉を顰めた。 アザーバイドで、混血? 「……まさか、人とアザーバイドの混血か?」 その問いにイヴは首肯した。 「勿論、基本的に彼は『アザーバイド』よ。運命の加護を得ていないアザーバイド」 「それは理解できるが……」 やり易さの問題だ。敵が≪暴れ狂う悪魔≫(アザーバイド)なら躊躇なく殴れる。しかしそうでないのなら、心情的に、破滅させ難くなる者だって居る。 「『混血ハルトゼーカー』はその身に流れる混血の血を与えることで、対象のエリューション化を促すことが出来る。その能力を使って、公園内に居た一般人、動物などを使役エリューションとしている。また、上位世界とボトムとを結合させるために彼の『混血液』が『儀式』促進に影響を与えているらしい。 つまり、『混血ハルトゼーカー』の撃破、水晶柱の欠損に成功すれば、『儀式』を阻止する事に繋がる」 最悪、ラトニャの撃破に失敗しても、それが世界結合を失敗させるための『保険』に成り得る。……『最悪』の場合。 「多数の敵を相手取った戦闘に、可能なら敵中枢への攻撃。 難しい依頼だけど、貴方達なら出来るって信じるわ」 この世界の命運を左右する戦い。負ける訳にはいかない。 ●『混血ハルトゼーカー』 その巨大な水晶柱を背に、少年がふわりと水面に浮かんだ。 「もうすだよ、『父さん』、『母さん』」 各地で怒号が飛び交っている。『儀式』を嗅ぎ付けてボトムの子が集まってきている。 見た目は凡そ十二歳くらいの、柔らかそうな栗色の髪。肩のあたりでちょっとカールしたその容姿は愛らしい。寂しそうな、待ち望んでいた様な切なげな瞳は、対岸に集まりつつあるリベリスタをぼうと眺めた。 アザーバイドの親と人間の親。しかしハルトゼーカーは親の顔を知らない。両親は彼を産んですぐにこの世から消滅した。因果を捻じ曲げ規則を破ったのだから仕方がないのだろう。 ならばそんな鎖、引き千切ってしまえばいい。 父さんと母さんと一緒に暮らせない世界なら結びつけてしまえばいい。 全部混ざり合って―――、一つになってしまえばいい。 「瞬くような中天の星空だよ」 金色の瞳が、混ざり合った血液が命じる。満点の星が瞬く頃に。 ―――今宵、人は神と対峙する。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月15日(火)22:34 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● ふわりと浮いていた。少年の様である。 満天の星が瞬く夜空。写鏡の様にその中天を反射する水面。 静謐だ。美しい光景だ。だがそのあちらこちらから爆炎が浮かび上がり、怒声が聞こえ、――ああ、カミサマが『あっち』と『こっち』を結合しようとしている。 ぴちゃと腐敗した魚が顔を出した。その濁った眼球は《少年》(ハルトゼーカー)を見ていた。何が言いたいのか、何を伝えたいのか、ハルトゼーカーが小さく首を傾げると、そのまま何も言わずに水中へと姿を消していった。 「そう……」 ハルトゼーカーはその愛らしい目元を細ませて、対岸を見遣った。 カミサマは最初から『彼ら』にご執心だった。自分はその駒に過ぎず、きっとこの役割をただ与えられただけ。でもそれがカミサマとの契約なのだから文句は無い。 世界結合は進んでいる。そうして混ざり合って、一つの世界になる。 のそりと何かが湖底を蠢いていった。あれはきっと『蟹』だろう。餌を見つけて捕食に動き出したに違いない。 空には月。輝いた月。 「……」 ハルトゼーカーは静かに目を瞑った。 今だけは、自分が一つの細胞と細胞だった頃のお伽噺を、聴いてみたかったから。 ● リベリスタ達の警戒は特段に高い基準に置かれていた。無理もない。 (ネズミ算式に頭数が増えていく性質の悪いタイプ。本体が動かなくてもいいっていうのが一番厄介ね) 『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)がその難儀さを的確に突く。 敵は三十余り。『混血ハルトゼーカー』という特殊な個体を入れてその数である。その上、その数が其処に留まるわけではない、と云う。その質が幾らか不均衡だとは云え、 「絶対に失敗は出来ないわね……」 眉を寄せて息を吐くティアリアのその眼は、けれど、むしろ蠱惑的だ。挑戦的、と換言しても良い。 虚言の夜に、張り付いた天球儀。 そんな出来過ぎた夜の悪夢に、『神話』を体現する魑魅を眼前にして、そしてその託されたオーダーの難易度を客観的に定義した上で、リベリスタ達はその仕儀を認めない。 ラトニャ・ル・テップを認めない。 その『儀式』を、認めない。 『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)をはじめリベリスタらは散開しつつ互いの間合いを量っていく。疾風はハルトゼーカーの撃破と、それに追随する抑止力を認めている。詰まるところの『保険』という物を理解しているし、何より、敵性エリューションを増やす存在などを、疾風が放置出来るはずもなかった。 「一般人への被害を食い止める為にも儀式を阻止する為にも引く事は出来ない、な」 そう独りごちる疾風の隣では、その人とアザーバイドとの合いの子であると云う『ハルトゼーカー』という個体の存在に、一つ感慨深げに『足らずの』晦 烏(BNE002858)が紫煙を燻らせた。 ハルトゼーカー。《前成説》(古い学説)の典型的信仰者。 人は生まれながら人の形を成す。謂わば《極微の人間》(ホムンクルス)が無限入れ子となってヒトと成すというその主張は、 (18世紀には既に否定されていたが) 肺胞を満たしていた煙をふうと吐いて、烏は新鮮な空気を取り込んだ。『世界』が異なれば在り得る説となる、と言うのも奥が深いもんだ、と内心感心しつつ、 「なるほど『ハルトゼーカー』とは言い得て妙か」 と一人納得した。アザーバイドとヒトが交差した所で、生じる運命は既に形作られている。ボトムにおいてのオカルティズムが『あれ』だと云うなら皮肉である。 遥か彼方、湖面の直情に浮遊する少年の姿。『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が見たのは、そのハルトゼーカーに違いないであろう。 もしかしたら、同情の余地もあるのかもしれない。 話し合いで解決する可能性もゼロではないのかもしれない。と、エルヴィンは思わなくも無い。 「……そうね、あんな『訳の分からないモノ』よりは、まだ理解できる論理で動いているとは思うわ。 ―――例えそれが、相容れないものだったとしても」 『恐怖神話』よりの使者と云う此度の敵性の、大部分の悍ましさに比較するならば、『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)もそう考える。そう考えて妥当だ、と思う。そう思っていた。現場界域に近づくにつれて色濃くなる匂いを紅涙・真珠郎(BNE004921)の猟犬が如き嗅覚で嗅ぎ分け目配せすると、エルヴィンが小さく首を横に振った。 「だが、今はもうそんな段階は過ぎちまっている」 正しくプロアデプトの異能を発揮する彩歌だから、エルヴィンのその言葉に強く共感した。 敵を救うために賭けには出られない。 味方の命を危険に晒すわけにはいかない。 「その血は体を腐り落とす呪いならば、尚更だ」 これ以上被害を出して貰っては困るんだよ――速やかに駆逐させてもらう。『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)のリアリスティックな判断は、エルヴィン同様に回復手としての処世術であろう。 ティアリアを含め三名のホーリーメイガスは、『アーク』でも最上位の療術使いと云って良い。救えるモノも救えなかったモノもあって、その両方を背負って歩き続けてきた。だから此処からは、只の優先順位の問題でしかない。 「癒し手ってのは周りが思ってる以上にシビアなんだよ、そこら辺」 だから、何処か過去の一地点において話し合いの余地が在ったとしても、それはやはり過去のことだった。今のこの現在において、《お前》(ハルトゼーカー)の願いを通すわけには行かない。エルヴィンの結論はそういう事である。 何をどう取り繕った処で殺されたモンはたまったもんじゃない。真珠郎が線を引くのは正義感では無く物の道理だ。その道理からすれば、『生きてるモンが感傷に浸って足を止めるなんぞ許されん』。 なれば。此れから始まる『宴』を予感して、真珠郎の口が歪む。 「相手が何だろうが。誰だろうが。喰い殺すまでよ」 「全くだ。『やり易い』も『やり難い』も無え」 道理で線を引くのならば『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)とて同じだろう。だから彼は真珠郎の言に首肯した。家族と一緒に暮らせないなら、等という起因は『世界』ごと他所の家族を引き裂きながら言うことではない。 (どちらなんて考えるまでもねぇ、『世界の敵』は、『俺の獲物』だ) だから始まる。狂乱の宴が。 「俺は『世界に殺された奴ら』の為にこの世界を守る。 たとえテメーが『殺された側』でも」 『破壊者』ランディ・益母(BNE001403)は宣言する。 だから滅ぶ。『ヒト』では無く『神話』が。 蠢く影が、直ぐ其処に差し迫っている。嫌な予感だけが這い蹲って、けれど『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)はその撫子色の瞳で見つめ返した。 心の中で祈りを。いつものお祈りを (お父様、お母様。どうかわたし達を。 ……いいえ。『この世界に生きる全ての命』を、護って) それが戦いの始まりと同義だと知っていても。 ● 其処に塊が在った。黒き大きな塊。其れを見た瞬間に、遥紀の研ぎ澄まされた直感が不協和音を鳴らして彼に告げた。あれは敵だ、と。 「来るよ」 湖に近づきつつあったリベリスタらは、すぐさまに戦闘態勢に入る。前方のソレは塊だ――蠢いているのは何か。前衛陣が前へ出て陣形を整えようとしたその瞬間、その塊が不愉快な音を立てながら不意に破裂した。 「……!」 びしゃ、と何かの液体を浴びるが、疾風は咄嗟にそれを腕で防いでいた。血の匂いがする。眉を顰めながら疾風がその液体を凝視すると、 「――いかんね」 一際大きな銃声が鳴り響き一帯を掃射した。疾風同様にその液体を浴びた淑子も怪訝そうな顔でそのか細い腕で斧を構え直すが、後衛の位置取りでその一瞬の出来事を認識していた烏は初手からこの敵のやり辛い所を実感した。だから咄嗟に掃射を行い、周囲を見渡した。彩歌とカルラも烏の一言と眼前の状況に、多くを理解した。 「これが『混血液』って奴か……!」 ランディが忌々しげに番の斧を振り、その赤黒く、著しく粘性の低い液体を拭った。そうして目の前には―――獣だったもの達が並んでいた。成る程、見た目は化け物染みて悍ましい。巨大化し、府は以した体躯は怪物然としているが、その程度だ。やられる前にやる。何時も通りのことを何時も通りの様にやろうとして、ランディの身体が無意識に反応した。 「後ろ! 『浅雛』だ!」 遥紀が声を張った。ランディ自身も其の攻撃に良く反応した。しかし、距離と相手が悪すぎる。ゆらりと真後ろに迫った淑子の戦斧が大きな風切り音を唸らせランディを襲う。 きん、ぎんと二度鳴ったのは金属と金属が交じり合う短波長の残響だった。其処には、淑子の斧を真正面から受け止める太刀と短刀が在った。そして、その先には真珠郎の姿があった。 「『今の内』じゃよ」 その『接点』がゆらゆらと揺れるのはむしろ狙い通りだ。真珠郎の声を受けるまでも無く、エルヴィンがその両椀を真直ぐに構えていた。 「早速と奴さんの嫌らしさが出てきたが……其処までは想定済みだ」 エルヴィンが呼び起こすのは一つの大魔術だ。その発動に注力する彼を支援するように彩歌も辺りを見渡し、その怪しげな『影』に気糸を撃ちこんでいく。 不意に風が舞う。デウス・エクス・マキナとは即ち、上位世界の奇跡をボトムに下すことに等しい。強烈な風がその中心地であるエルヴィンの白髪を大きく靡かせ、次の瞬間、蒼く破裂した。 大いなる癒し。大いなる加護。一瞬だけ確実に顕現した奇跡は、跡形もなく消滅し、自我を取り戻した淑子が立っていた。自らが魅了されていたかどうか、その知覚は個体差がありケースバイケースだ。その自覚がある者も無いものもいるが、少なくとも淑子は前者であった。遥か高みの完璧を目指し、隙を見せる事を嫌う淑子にとって極めて不本意だった。少しばつの悪そうに「ごめんないさいね」と言った彼女に、「気にするなじゃよ」と返したのは、直接刃を受け止めた真珠朗だった。 エルヴィンが放った高級神秘が場を包み込み、リベリスタ達にこびり付いていた混血液は姿を消していた。 「頼むわね、ほら」 一大奇跡。曰く『魔法』。そんな顕現の代償は決して小さくない。そうやってエルヴィンから失われた≪資産≫(リソース)を、ティアリアが埋め合わせする。妖精の様な可憐な容姿に、不釣合いな程に勝気な瞳と口調。エルヴィンが「美人に癒して貰うのは頗る気分が良いな」と返すと、ティアリアも鉄球を手で弄びながら口元に笑みを浮かべた。 エルヴィンが傷を癒し、ティアリアが充填する。遥紀が攻撃に加勢しながら、更にその支援の層を厚くする。充実した回復手の存在に、頼もしい事だな、と疾風が一歩前へ出るのと同時に、淑子が強く念じた。 「どうかお願い、今すぐ逃げて。立ち止まらないで、振り返らないで。真っ直ぐ走って!」 万象と通ずるその異能を、淑子は持ち得ていた。情報は不明瞭だが、その意志はきっと伝えられるはず。自分の様に一時的に自我を失うのは、まだ良い。けれど混血液によりエリューション化すれば、そして『運命』が得られなければ、自分達はそれを殺めなければならない。 そして眼前には。周囲には、その堕ちた存在が跋扈している。烏の掃射により怯んだかのような影達は、やがてその腐食した容貌を晒し出した。亀の様なもの、蟹の様なもの、猫の様なもの、犬の様なもの、……人の様なもの。 其処に知性があるのか。まだ分からない。だがあった所で、の話だ。 遥紀が≪ミスティコア≫(神秘合成体)越しにその神秘回路を構築し、リベリスタ達に『羽』を与える。齎された疑似的な機動力は有効である。そしてカルラは、もとより全てを踏破する異能を身に着けていた。 これから先、この戦いでは自我を失う者は一人や二人ではないだろう。そして自分もその可能性がある。カルラはその事を強く意識し、立ち位置を整えていく。エルヴィン、ティアリア、そして遥紀の何れかから支援を受けられる範囲内で、かつ、各前衛陣とは出来得る限りの距離を取った。 だから、準備は整った。此処からは狩りの時間になる。 手甲型の破界器。射撃手としては珍しいその≪赤い頭≫(テスタロッサ)は、決してその存在を認めない――! 腕が突き出され間合いが生じれば、数多の魔力弾丸が今夜の目標を撃ち抜いていく。びちゃびちゃびちゃと飛び跳ねるのは、その後に残る忌々しい混血液、遥紀をして云えば『呪いの血』である。 「全部ぶっ潰すぜ。お前らだけが『化け物』だなんて思わん、俺らだって『化け物』だがよ。 世界滅亡やら敗北って言葉は……嫌いなんだよ」 カルラや彩歌らの長射程周囲攻撃が弾幕を張る中、ランディも気を吐いた。雄叫びを上げながら≪秩序を破壊するもの≫(リーガル・デストロイヤー)を振り回し、烈風が辺りに叩き込む。人というよりは鬼――自身を化け物と認めるその姿は、正に鬼神の如く辺りを薙いだ。その熾烈な攻撃にEビースト群が不愉快な叫び声をあげて動きを加速させる。 「これ以上増やされてもたまらない。望まぬ運命を両断する! 変身ッ!」 そのアクセス・ファンタズムを起動させた疾風も、その直剣を振るう。恐るべき一騎駆けはそのままノーフェイスを斬り、蟹を斬った。其の名を体現するかのごとく疾走に付随したその無差別無慈悲な武威は、彼の周囲の敵を正しく切り裂いた。真珠朗が続いて太刀を振るえば多数の瘴気を撃ちこみ、そして、その範囲攻撃で斬り漏れた敵に、淑子が肉薄する。 ―――貴方達を、屠るために。 握り込まなくてもいい。『女の子は何時も優雅』に。この巨斧を振るうのは、既に苦では無い。 苦では無く成る程の、鍛錬を積んできた。 「この世界を侵すというのなら」 鮮烈に輝いたのはその戦斧。一閃して切り裂いたのは、破邪の力。 「――ガ」 腐乱臭を撒き散らす巨大な蟹は、それを一旦は鋏で受け止めた。受け止めて、けれどその斧は止まらなかった。 ぐしゃりと嫌な音が響いて。蟹は真っ二つにその身を斬られた。 「相容れないわね」 可憐な顔立ちがいっそ引き立つ。白い頬に点々とした混血液を拭って、淑子は手向けの言葉を贈った。 ● 「まだまだぁ! この程度で負けてらんねぇんだよ!」 リベリスタ達の猛攻は、確実に敵性エリューションを葬っていった。だから厄介なのは『同士討ち』の方であって、練熟の同僚たちが一転してこちらを攻撃してくるとなると、それは一溜りも無かった。 しかし、この場においてその状態異常に無類の体勢を誇る者が二名存在する。エルヴィンと彩歌である。エルヴィンは回復手として前衛を請け負い、敵からの攻撃を一手に引き受け、通常は後衛に位置取る彩歌も積極的に前へ出ていた。 更に、疾風や淑子も二度同じ手におちることはない。理想を具現化した奇跡の力は、身に纏う神気の闘衣は、その混血液を無力させる。 その様子を見つめているのは、湖の少年である。彼はその背で、カミサマが『儀式』を進めているという『水晶柱』が別方面からも攻撃を受けていることを感じ取っていた。大きな『光の柱』も『黒い柱』も打ち崩されている。―――分が悪い。 まだ幼く、少女と見間違えてしまいそうな中性的な顔立ちが、歪む。 「……どうして」 どうしてあと少しボク達を待ってくれないんだ。世界結合まであともう少し。父さんと母さんが暮らしていた世界が一つになって、ボクはようやく世界に受け入れられる。カミサマはそれを約束してくれた。怖い怖い『怪物』達が近くに居るけれど、そんな事はどうでもいい。 焦り、不安、そう云ったものが表面化する。『あの人間達』は、まさか『此処』まで来るつもりか。 「させない……そんな事は絶対に」 ふわり湖面に浮かんでいたハルトゼーカーは決心した。死にたくはない。この身が滅べばそれでおしまいだ。だけれど、このまま易々と邪魔立てされるのを見過ごすわけにもいかない。 すうと彼の身体が前進する。小さな体を白い服に包んで、彼は激戦の中心地へと動き始めた。 そして、 「―――な」 ひゅんとハルトゼーカーの耳元を掠めた轟音が、そのまま彼の後方で着弾を告げた。 急いで振り返ったその先では、水晶中から煙幕が出ていた。それは明確な攻撃の証しだ。 再度、前方に振り返る。湖の岸部、其処で戦っているリベリスタらの方を、きつい視線で睨み付けた。 「上手く当たった様だな」 照準から顔をずらせばこちらに怒りの感情をぶつけるハルトゼーカーの姿が見て取れた。こちらの戦況に、どうやら奴さんも動き出したらしい。視界に入った鳥やら動物やら……間に合わなかった人やら。 (恨まれるかもしれんだろうが、人としての死を与えてやるってのも『慈悲』の一つ、か) 絶え間なく魔弾を放ち続ける烏は、そうしてハルトゼーカーの動きも見ていた。その彼が動き始めたのを真っ先に見咎めた烏は、一瞬だけ付近にいた汚らしい犬の相手を止め、出来得る限り水晶中に近づく形で虎の子を撃ち放っていた。 「どうやら『動揺』はしているみたいだ。取り敢えずは『予想通り』かな?」 その巨大犬が飛び掛かってくるのを激しい羽ばたきで押し返しながら遥紀が言うと、「そうみたいだな」と烏が返す。 ハルトゼーカーが動きだしたことにより、リベリスタ側も動きが変わる。未だに、付近をうろついていて逃げ遅れたとされる≪不良たち≫(一般市民)はその報告に在った数に足りてはいない。だが敵戦力は大きく削られている。 (一匹でも漏らすと、それだけで増殖するから手に負えないわ) 無論、運命を有さぬ敵性エリューションにもその増殖性は付随するのだが、更に性質が悪い。今なお、この屈強なリベリスタ十名をして全滅させられていないのは、彩歌の指摘する所にあった。淑子の問いかけ、烏の掃射、そういったことがあっても全てをフォローできてはいない。 「そうであるなら、根源を断つしかないわね」 「そうじゃな。全く、手勢に頼り己は高みで見物など興が醒めておったところよ」 そう彩歌の言に頷きながら、ティアリアの鉄球が鈍い音を立ててその少年型のノーフェイスに直撃し、よろよろと後退した所を、真珠朗はその背中から躊躇なく串刺しにした。 お見事。彩歌がぽつりとそう言うと、ずぶりと太刀を引き抜きながら、真珠郎はただ「喰い足らぬ」と不満そうに返し、彩歌は苦笑した。 「暴飲暴食も、人の嗜好だから否定はしないけれど、お腹は壊さない様注意よ。 ――メインディッシュは『あれ』でしょう?」 彩歌には、カルラが湖面を踏破していくのが見える。 近づいてきているのは、ハルトゼーカー、その少年。 ● 「―――痛い」 がこんとハルトゼーカーを撃ち抜いたのは、カルラの魔弾だった。精緻にして精密。極致にして極限の長距離射撃は、まごうことなくハルトゼーカーの胸を撃ち抜いた。 ハルトゼーカーの白い服が朱く染みる。けれどそれだけだ。痛いけれど、死にはしない。其のことに、ハルトゼーカーは不思議と嬉しさを感じなかった。だからそれは、仲間外れの印だった。 加速する。烏が水晶柱を狙っている事は分かった。だから、その射程の為に最も自分に近い位置に居る烏を、まだ自分の射程からは逃れられていない烏を、 「死んじゃえ」 金色の瞳が妖しく煌めく。その視線が射線となって、稠密な大気濃縮が集束し、ぼんやりとすみれ色の靄がハルトゼーカーを包んで、次の瞬間、烏を射止めた。 「……お、っと」 烏の身を、ハルトゼーカーの『視線』が掠めた。直撃しなかったのは、彼の戦闘能力故であろう。しかし、じり、と焦げ付いたその傷に烏自身嫌な予感が募って、 「晦さんのカバー!」 遠巻きだがその一連を視界に収めていたカルラが叫んだ。その烏の挙動の、非常に細かな所から彼の異常を見抜いた最善のタイミングだった。陸上で最も近接し、そして堅牢性の高い疾風がすぐに烏の射線に入った。 「……流石に練達した同僚からの攻撃は、熾烈だな……!」 きんきんきんと連続するのは疾風がその魔弾を受け止めていく音。耐えるのは回復手の手番が来るまで持たせるためで、遥紀が駆けつけ詠唱を施した。 確率は≪半々≫(イーブン)。遥紀の投げたコインは……その二分の一を上手く引き寄せた。 「すまんね」 我に返った烏が疾風の息を切らした様子を見て一言謝った。 「こりゃあ『あれ』をやり終ったら一杯奢らせて貰おうかね」 「俄然、幕引きさせねばならなくなったな!」 「『他人のお金で飲む酒ほど美味いものは無い』からね」 三人が見遣った先には、ハルトゼーカーが遂にリベリスタ達との本格的な会敵に入っていた。 「テメー両親を『世界』に殺されたクチなんだろ? だったら何で『世界の理』そのものであるミラーミスなんぞに手を貸す? あいつらは奪う事はしても返すなんて出来ん、『神』だって壊れた物を元通りにする事は出来ん」 ハルトゼーカーの両親やフェイト得てない奴らは言ってしまえば生贄だ。ランディが言うのは、そういう事だった。 愛くるしい容姿――その姿を『個人的な趣向』故にティアリアも否定しない。だがそれは『表面』の話だ。ランディが詰ったのは、正しく『内面』の話に違いない。 「真に『世界』に、神に反逆するなら……。 その『理』を破壊しない限り、永遠にお前らのような存在は尽きねぇよ」 凄まじい音と共に振るわれたその後に、巨大な質量が伴う。その膨大な≪質量≫(エネルギー)を前にして、ハルトゼーカーは右腕でそれを受け止めて見せた。表情は歪み、彼は苦しげに呻いた。 「うるさい! どうやって……どうやってカミサマなんかに対抗しようって云うんだ。 ボクは……ボクは何時だって一人だったんだ。カミサマは、世界と世界をくっつけてそれを助けてくれるって言ったんだ!」 カミサマ。ハルトゼーカーの言う其れが『ラトニャ』を指すことに、エルヴィンはすぐに気が付いた。 ハルトゼーカーの言い分は、ある意味では無理もない。それは自分達人間だって思う事だ。 人は神を恐れ、神に膝をつき、神を崇め、そうして『神話』を紡いできた。 だが、神についての記述でありながら、人と関わらずには存在出来ない『不完全な存在』だと彩歌は考える。 「だが俺はやるぜ。俺は、『世界』に楯突く。それがどんだけ困難だろうと、な」 ランディの言葉を、エルヴィンは肯定する。そして、ハルトゼーカーの弱さを詰問する。 それは拠り所であって『全て』ではない。 ランディも「お前の立ち位置は分からなくもねえ」と前置きして、 「……例えお前が『被害者』であって、俺のあり方が矛盾してようが、俺は自分の手で捧げた生贄を嘘にしないためにも、―――お前を殺す!」 そう宣言した。その時のハルトゼーカーの表情を、真珠郎は見逃さなかった。 (泣き出しそうな餓鬼の面か) 「どいつもこいつも――見ておられんわ」 だがその言葉尻に含まれているのは同情でも悲哀でもない。在るのは飢餓だ。 「我ら紅涙。 『暴虐』にして。 『暴食』の一族よ」 踊る様な足捌き。舞踏の様なステップ。――獣の様な息遣い。 踏み込んでその先は、ハルトゼーカーには視えなかった。紅い軌跡が在った様で……無かった。 「かは……っ」 直後、出血。斜め下段から斬り上げられた一刀はそのままハルトゼーカーに長く深い傷をつけた。それが瀟洒なる無数の刺突の結果だと、誰が知り得よう。 は。は。は。べたりと滲むその鮮血は指数関数的に劣化していく。酸化された血液は赤黒く汚れていく。は。は。は。ハルトゼーカーは目に涙を浮かべながらその血液を見ていた。 そのまま彼は不意にぶんと両椀を振るった。ぴしゃと淑子に混血液が纏わり付き、ぴしゃとティアリアに飛び散った。 「だから―――」 ―――だ。俯きながら続けたハルトゼーカーの言葉を、遥紀をはじめリベリスタ達は聞き取ることが出来なかった。 その顔を勢いよく上げれば、きっと睨みつける涙顔。は。は。は。と呼吸は荒くその唇は震えていた。 「死んじゃえ。 死んじゃえ。死んじゃえ。――みんな、死んじゃえ」 ● その『呪詛』と金色の瞳が煌めきすみれ色のオーラが発生するのは、ハルトゼーカーの攻撃予備動作である、とカルラと烏は見抜いていた。両名からの忠告にリベリスタ達は先手を取って、その攻撃をやり過ごした。 「命の損得勘定なんて嫌いよ」 其処からは最早乱戦である。混血エリューションもまだ少数であるが残っている中で、ハルトゼーカーの駄々をこねるかの様な無分別な、だからこそ強力な攻撃がリベリスタらを襲う。その最中、淑子はハルトゼーカーへと斧を振るっていた。 「貴方は自身が『混血』である事を知りながら、アザーバイドとして彼女に従う道を、この世界を侵す道を自ら選び取ったのでしょう。それなら躊躇う理由もないわ。 ……もとより、躊躇うことに意味なんてないもの」 ただそれだけよ。見た目に反する程に凄絶な一振りがハルトゼーカーを襲う。彼は武器を持たない。その切先を、唯自らの手で受け止めた。ぎり、と歯を食い縛った。 「だったらどうしろって云うのさ……、そんなの、ボクには如何も出来ないよ!」 ぐいと淑子の斧が押し返される。淑子の眉が、ほんの少し顰められた。 「……そうね。貴方にはどうしようもないことなのかもしれない。 でも、貴女のご両親が生きられず、わたしのお父様やお母様の生きたこの世界を護りたい。 わたしには、何ひとつとして譲れるものではないわ」 「そんなのって無いよ――やってることはボクもキミ達も一緒じゃないか」 駒に過ぎない自身の役割を忘れている。いや、仕事内容は変わらない。だが今では、ハルトゼーカーはその傷口を広げていた。身体の傷では無い。精神の傷だった。彼は純粋な人間でもなく、純粋なアザーバイドでもない。人間でもあり、アザーバイドだ。ただ色濃くアザーバイドの血筋を浮かび上がらせただけの、出来損ないの怪物だ。 (怪物が人間であろうとするから……アイツは苦しむ) エルヴィンはハルトゼーカーだけでなく周りの混血にも気を配っていた。その中で見えたハルトゼーカーの姿は、妙に人間的だった。 その内に巣食うこれまでの蔑みが、侮蔑が、憐憫が悲哀が憤怒が、ハルトゼーカーを内側から殴りつける。 よろめく様にしてハルトゼーカーは周囲を見渡した。その金色の光彩は、唯の眼ではない。長距離射程を撃ち抜く銃口であると同時に……。 その視線の弾丸の時と同じ。すめれ色の『結晶』がハルトゼーカーの周囲に突如浮遊し始めると、彼はそのまま腕を薙いだ。 いち早くその威力に気が付いたのは直感を研ぎ澄まし魔術知識を蓄えている遥紀だった。 「避けろ!」 その声が無ければ全員が直撃だったであろう――無数の結晶が爆砕し、遠距離射程まで周囲を襲った。 その攻撃に、リベリスタ達も態勢を崩し、付与していた異能を喪う者も居た。 「手伝うわ。……ほら、しっかりなさい?」 そしてそれを癒し続ける者が居る。エルヴィンが顕現させたものと同様の奇跡。ティアリアは、敵の攻撃が直撃し、思わず膝をつかされたエルヴィンに、手を差し伸べる。その様子に、ハルトゼーカーは再度歯軋りした。 自分には仲間が居なかった。友達も居なかった。だからその光景は、酷く眼に染みた。 ティアリアはその様子を、愉しげに見た。美しい少年が悲しんでいるシチュエーションは、悪くない。 「これからが楽しくなる世界だっていうのに、『ラトニャ』の勝手な都合で滅ぼされたり玩具にされたりとか冗談じゃないわ。 ……ふふ、見てなさい。『人間』の底力を。その傲慢不遜な顔が驚愕と怖れに慄く瞬間が楽しみ。 『ボトム』に関わったこと自体を後悔するといいわ」 「―――」 止められない。 ボクには止められない。 悲壮感が胸を支配する中、それでもハルトゼーカーは拳を握りしめた。 「カミサマと約束したんだ。キミ達は絶対に――絶対に此処で仕留める」 彩歌の気糸がハルトゼーカーの頭部を狙い放たれ、彼はそれを躱した。その所を疾風が見逃さず踏み込む。今では疾風の直剣は輝き、光刃化していた。そのままその刀身に『運命』を載せて、職名の一撃を見舞う。 しゃりと斬った。が、致命傷には遠い。捻るようにした胴を回転させ、ハルトゼーカーがその掌を撃射こめば疾風も一歩下がる。そのまま次の攻撃に入ろうとしたハルトゼーカーに、だんと一弾の魔弾が捩じ込まれる。 か、しゅ。不思議な音は、ハルトゼーカーが口腔から盛大に混血液を吐いた音だった。 ―――死神の魔弾。ああ、確かにおまえは硬い、と嘯いたカルラが放った一弾だった。 完全に死角。水晶柱を狙わんとする烏の姿は、ハルトゼーカーは常に把握していた。その互いの射程の微妙な関係が抑止力になっていた。そして、ハルトゼーカーはカルラが後ろにいる事に気が付かなかった。 「俺は『カミサマ』の出てくる話は信じないことにしてるんだよ。 こちとら『トンデモ』とはいえ『現実』見て生きてんだ。 ――『カミサマ』なんぞに用はねぇ、この世界から出てけ!」 「―――」 金魚の様な口。ハルトゼーカーは声ならぬ声だけを発していた。ぱくぱくぱくと滑稽に―――だん、と其処を更に一弾が貫いていった。 逆説的で皮肉だ。烏を把握し切れていたのは、カルラを忘却していたからだ。そしてカルラを強く意識したその瞬間、ハルトゼーカーは烏の存在に隙をつくった。頭の中に、空白が生じた。だから、その『最適解』を真面に受けた。 まだ死なない。まだ『死ねない』。 (ボクって、ほんと、あの赤髪の人の云う通り、なんて硬いんだろう) ハルトゼーカーは内心でそんなことを感じていた。場違いだ、と彼は自分で思った。でも、まだ死んではいなかった。 気が付けば周りはどす黒く変色している。自らの血が、ばら撒分かれた所為だろう。明るく輝く星々の下で―――酷く、非道く、無様だった。 震える腕でその血を振り払う。大嫌いなその血を振り払う。リベリスタ達は、それを受ける。けれど、片っ端から白髪の若い男に回復させられていく様を、ハルトゼーカーは見ていた。 (父さんと話したかった、母さんに抱きしめて欲しかった、この世界に受け入れてほしかった) 声が出ない。出てくるのは止め処ない血液。混血液。 最早、リベリスタらにも、ハルトゼーカーが弱体化していることは一目瞭然だった。 ハルトゼーカー自身も、其れを理解していた。 「願いとは己の為にあればいい」 顔を濡らすのが血では無く涙であることをこの小僧は理解しているのか――いやしていないのだろう。 すうとその切先を突きつける。汚れても、否、汚れたからこそいっそ美しいそのハルトゼーカーの栗色の柔らかそうな髪を斬り、頬を裂き、真珠郎は彼の眼前に切先を突きつけた。 「力とは己の為に振るえばいい。 その過程において他者の存在など障害でしかない。証明して見せよ。ヌシが望む『世界』とやらをな」 「―――」 喰い足らない。だから、抗って見せろ。 その願いが『本物』であるというのなら――この喉元に喰らいついて見せろ。 は。は。は。 鼓動が加速する。恐怖が加速する。カミサマが見ていた。唇が震えて、寒かった。 「人には凡そ二万個の遺伝子がある」 不意に彩歌が言った。ハルトゼーカーは荒い息と流れる涙と止めどない吐血はそのまま、遂に尻餅をつきながらもその彼女の姿を見た。 (なんのこと?) そう言おうとしたが代わりに出たのはぼたぼたという汚い音だった。だが彩歌は続けた。 「遺伝子多型を仮定して例えば二種類の多型だと見積もっても、その組み合わせは二の二万乗ね。 貴方と同じ遺伝子を有する存在……貴方と『同じ』存在が発生する確率は、即ち二の二万乗分の一。 分かる? 貴方は唯一の存在であって、貴方が其処に居るのは天文学的数値の『奇跡的な結果』なの」 アザーバイドの血が混じっていても同じ計算が当てはまるかどうかまでは分からないけど。 「例え、あなたが両親から祝福されて生を受けたのだとしても ―――その存在を否定するしかないのは、悲しいわね」 「―――」 (ボクは……) これが最後だ、と遥紀は直感した。 その動作が、彼の最後だ、と。 付近に居た最後の敵性エリューションをランディが切り裂き、残るのは彼のみとなった。 <「だから―――」> 突きつけられた切先をそのままに、ハルトゼーカーはぐちゃぐちゃの視線を上にあげた。 瞬くような中天の星々。自分が一つの細胞と細胞だった頃のお伽噺。 其処にカミサマなんていなかった。居たのは、何かに飢え続けた朱いお姫様だった。 ハルトゼーカーは、そのお姫様の言う通りにしようと思った。 紅い長髪の人の云う様に、これが『現実』。 銀の長髪の人の云う様に、これは『奇跡』。 視界はぼやけて不明瞭。だが『喉元』はちゃんとわかった。 (ボクは……) 「だから―――。 人間になりたかった」 夜空の下、『在る筈の無い』ハルトゼーカーの最後の言葉が妙に耳に張りついて、 「―――」 ハルトゼーカーは真珠郎の『喉元』に喰らいつき、 「―――」 そのまま流れるように半身で躱し、真珠郎の太刀が交錯して、 「―――」 ハルトゼーカーの首を斬り落した。 静かに、ハルトゼーカーの身体は倒れた。 ● ハルトゼーカーの混血液は『儀式』とリンクしている。 その混血液効果は死してなお効力を発揮するか――烏の見る限り、どうもそれは『死んだら終い』らしい。首なし死体から流れ出る血液に反応しなければ、どうやら水晶柱の光も弱まっていた。 「そんなとこだけは『人間らしい』たぁな。 ―――上手い事出来てるもんだ」 水晶柱を十分に傷つけた後、リベリスタ達は此の夜の災厄を殺しに行く。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|