● 自分はどうやらさほど運は悪くないようだ。こんな下層世界でも自分の世界との接点を見つけられる程度には。 そう、仮初の――こんな下層世界の概念に引きずられた外見を早々にとき、せめてもう少しましな姿に再構成しなくては。 はやくはやくはやく。 鋭角は、力だ。 三本の直線が力を運ぶ。 滑らかな乳白色。爬虫類の尻尾を持った女形のアザーバイトは、喜んだ。 黒い影が彼女を取り巻く。 かつて、この場所にあった概念は、彼女のそれととてもよくなじんだ。 それは、こう呼ばれるもの。 「魔犬」 餌食になりたくないならば、球形の部屋にでも篭るがいい。 ● 「この程、世界中を騒がせている『ミラーミスにしてフィクサード』ラトニャ・ル・テップの真の狙いと言えるかも知れないものが判明しました。がんばったイヴちゃんに拍手とねぎらいと差し入れを」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)の目の下にも隈ができている。 万華鏡をフル回転させて、絶望の中から希望を拾い上げようとしているフォーチュナたちの戦いも架橋には言っている。 「おさらいを兼ねて、三ツ池公園についてのお話をします。俺も資料でって部分多いしね。一緒に」 資料が配られ、モニターに数年閉鎖されたままの公園が映し出される。 「この所、日本では神秘的影響を増大させる『特異点化』という現象が進んでいます。『特異点』と化した地帯では様々な神秘が通常より濃い濃度で顔を覗かせる事がありまして、『賢者の石』等が多く観測されたのもその影響の一端」 皆もあっちこっちの神社仏閣的パワースポットで色々してくれたでしょ? と、四門は作戦終了箇所とそれによる効果のビフォアアフターを示した。 「数値的には、5%程世界は臨界点から遠ざかりました。それに付随するエリューション現象も沈静化が確認されてます」 おかげで、皆をここにぶっこめます。と、フォーチュナは淡々と言う。 「日本に『閉じない穴』をこじ開けたジャック・ザ・リッパーの事件は記憶に新しい――っていっても、もう二年以上前の話だけどね。俺も、このあたりは一般人だったし。その視点では、いきなり街中の大きな公園一つが隔離されるってどんな事態だってインパクトはおっきかったね――で、これは前回の特異点化の発生に拠る事件。アークは、近くこの特異点化が数年振りに最高潮を迎えるという事実を観測しました。揺らぎってものがあります」 太陽の黒点現象みたいだね。という四門は空中に波を描く。 「万華鏡の観測したイメージは断片的な情報に留まってます。ゴメンね。ひきつづき、がんばります。だけど、あのラトニャが三ツ池公園に出現したという報告と合わせれば答えは確実」 断片をつなぎ合わせるのは、人間の英知だね。 「『神話』になぞらえて、この時を『星辰の正しく揃う時』と称したラトニャは、自身の行使する神秘影響力が最大限に増大するこの時を利用して、己の世界とこのボトム・チャンネルを完全に接続・結合しようとしている」 言っとくけどね。ここ、最底辺だからね? 「彼女の上位世界がこの世界と結合してしまえば、言葉は結合でも、実態は吸収に過ぎない。今の世界は破滅だ。終わりだ。圧倒的大多数が何でそうなったかわからない内に消滅する」 おためごかしは言わない。 フォーチュナは、イヴ張りの無表情だ。 「ラトニャの圧倒的な能力を考えれば、分のいい話じゃない」 でも、しない訳にはいかない。 「今回の事件は、日本やアークの浮沈をかけたものと言うよりも、この世界の命運を占うものと言っても良い。で、こういう時動く為のうちだから。オルクス・パラストは加勢してくれるけど、およそ、当てにしてられないから」 というより、自分の命運は自分でどうにかできる者は幸いだ。 「じゃあ、がんばろう。えいえいおー」 ● 「という訳で。引き続き、担当区域の説明に入ります」 「これ、みんなの中には身覚えがある人もいるかもしれないけど――識別名『乳白色の人型アザーバイド』 邪教フィクサード集団によって召喚。討伐に失敗。この一月どうしてたかわからないけど、革醒者食って、回復に努めてたのは間違いないね」 戦闘映像は見せられない。と、フォーチュナは先に断った。 紙の資料には、フィクサードを貪り食ったと書いてある。精神汚染の発生を危惧しているらしい。 映像とはいえ、相手は『神話』 だ。手は尽くすべきだろう。 特異点に引き寄せられたのも、また必定。 「『放置すれば成長し、手の付けられない相手になる』 可能性は顕在化しました。野垂れ死んでくれればよかったのにね」 フォーチュナは虚ろな笑いを浮かべた。 「それから。更に悪いお知らせだけど、この場所、売店立ってんだよね。四角い建物。そんで、角ばった時間の彼方から湾曲された時間の元に青い舌の緑色の犬が来る」 何かに浮かされたようにフォーチュナが言葉をつむぐ。 「犬が来る。どこの次元ともつながったティンダロスにある黒い塔から、犬が解き放たれて角度あるものからこの世界に顕現するぞ丸い部屋に逃げ込め丸い部屋だ今すぐ今すぐ今すぐに! 乳白色に尻尾のある女なんてまやかしだあの腹には魔犬が詰まっている卵卵卵。あの女の丸い腹が丸い部屋だ詰まってるぞ魔犬が詰まってる」 意志のない動きでフォーチュナの口に菓子がねじ込まれる。ぼろぼろと落ちる破片。 自分の正気を繋ぎとめようとしているらしい。 「召喚された魔犬が尻尾女を癒やす。あるいは、こっちを攻撃してくる。それなりに力がある個体だ。対策を忘れないで」 バリバリと手の甲をかきむしっている。正気を保つためだ。 「オルクス・パラストが、みんなに協力する。この作戦では、決して食われてはいけない。食われたら、こいつは強くなリ、傷は治る。食われる前に死んでくれ。あるいは、殺されることを覚悟してくれ。こいつは死体は食べない」 フォーチュナの文言はどこまでも無慈悲だ。 「今回の推奨作戦は、ロングレンジからの射撃。あるいは、こいつの手の届かない位置からの強襲。ヒット&アウェイ。ただし、つかまれたら最後だ。頭を割られて、脳髄むさぼられる」 ぼりぼりと噛み砕く音が響く。 机の上に振り積もるくず。 「こいつは非常にすばやかったけど、速くなくなった。重くなりすぎた。食いすぎた。前より、ちょっとだけ遅い。でも、このレベルになったら致命的だ。そして、消費が激しくなった。本来の力を取り戻しているので、一撃一撃がでかい。その分、モーションが大きく、隙があり、消耗が激しいから、攻撃回数も少ない。比較的。ただし、もちろん食らったら終わり」 回避大事。と、念を押される。 「そして、すぐ腹が減る。捕食を試みる回数が以前の戦いより増えている。だから、囮を使うという手もあるけど、おとりは死ぬ可能性が当然高い。つかまって脱出に失敗したと判断されたら、食われる前に殺される。アークが不殺を決めても、オルクス・パラストが承諾しないだろう。否定はしないけど、推奨はしない」 フォーチュナは、リベリスタを見回した。 机の上には、取って置きのスナック菓子。 「後は、チームに任せる。約束は二つしていってくれ。食われない。もちろん、死なない」 ● そもそも、フォーチュナの能力発動はひどく不安定なものだ。 アークは、万華鏡によって確定率を驚異的に引き上げている。 そのフォーチュナが引き続き万華鏡の助けを借りたのは、波のように襲ってくる恐怖と焦燥と強迫観念に背中を押されたに他ならない。 異世界からの更なる介入が、池に落とされた小石の波紋のように状況を変化させた。 脳髄をわしづかみにするビジョンは、フォーチュナの精紳防壁をたやすく突破してかき回す。 「曲線が味方する――」 万華鏡から崩れ落ちるように床に伏せたフォーチュナは、エチケット袋に顔を伏せた。跳ね返るスーパーボールのように赤茶の瞳が眼科中を動き回り、口の端から泡が滴り落ちる。 「道路は直線――池にはとがった柱が生えてるから、魔犬に味方する――もっと西――球に最も近いところが魔犬の墓場――」 そのままフォーチュナは昏倒した。 「伝えて――」 すでに、リベリスタは出発している。 フォーチュナの声が届くか五分五分だった。 「帰ってきて――」 もう、これ以上フォーチュナはこの運命の結末を観られない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月14日(月)23:32 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● いこいの広場。中の池。中の池と展望広場の間。 北東から南西に向かって三本の石の柱が立っている。 丑寅から未申を結ぶ線は、異界への楔だ。 それらを結ぶ線と、直線道路の交点にそれはいた。 それは、この世界に呼び出された者。 ミルク色の肌がつるりとしていて、膨れ上がった腹がどこまでも丸い。 例え爬虫類めいた長い尻尾がなかったとしても、明らかに同じ次元の生き物であるはずがない。 『ティンダロスの孕み犬』 ミラーミスにしてフィクサード。アナグラムされた這い寄る混沌に共鳴するアザーバイド。 かつて、アークのリベリスタにまみえて、逃げおおせた希なる存在。 どうしてもどうしてもどうしても許容し難いものがある。 それが別次元だ。 一つになれないから次元は隔てられれているのだ。 どんなにどんなにどんなに近しく感じられても一つにはなれないのだ。 そして、これは明らかに近しくなりたいなどとは思えない存在だ。 ひょっとしたら、恐ろしく美しいのかもしれない。理解してはいけない。 ひょっとしたら、恐ろしく高潔かもしれない。理解してはいけない。 ひょっとしたら、恐ろしく賢明なのかもしれない。理解してはいけない。 同調してはいけない。慮ってはいけない。理解しようとしてはいけない。共感してはいけない。 融和は吸収であり、破滅だ。 さあ、敵意と害意を以って線を引こう。 今するべきは、この底辺世界を硬く硬く硬く閉じることだ。 卵を割ってはいけない。 『魔犬』 に食われたくないならば、丸い部屋に立てこもらなくてはいけない。 ああ、そうとも。 お前らなんかと一緒になれるか。 ● 三ツ池公園・北門。 オルクス・パラストからの増援は、みな年若い娘たちだった。 「辺境守護隊・第十二隊。増援として着任いたします」 筆頭の少女以下、皆顔がこわばっていた。 「やはりそうなりましたか。なっちゃいましたか」 『銀河一後方で強い洗濯機』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は、その少女達より、なお背が低い。 かつて取り逃がしたアザーバイドが、アークの前に姿を現すことは分かっていた。 これほど強大な存在を万華鏡は逃がしはしない。 「なんだかよく解らない生物が来ちゃったのかな?」 『骸』黄桜 魅零(BNE003845) の物言いは、慣れているものでなければ眉をひそめられかねない。 「アークに手を出しても、皆当たって砕けていくのに。ね!」 人懐こく話しかけられたオルクス・パラストの少女は、ほんの少しの戸惑いと共に相槌を打った。 冗談で言っているのではない。 魅零の戦歴は公開されている。 それだけの修羅場をくぐっているのだ。 「世界のSAN値が無くなる前にここで食い止めれば問題無いよね!」 眼帯で覆われてない方の目に、迷いはない。 「どんなに違っても全部中身は骨と肉。故に殺せない奴などいない」 魅零の言葉にこくりと息を呑んだ少女の一人は、ゲート・オブ・バビロンを活性化させていたのだろう。 「だから、何の問題もないよ。殺して、砕こう。あれ。砕いて、殺そうかな?」 「尻拭いの機会に感謝します」 ラプラスの悪魔でも、未来を把握し得ない。 すなわち、リベリスタにも勝算はあるということだ。 ほんの数年で世界屈指の組織にのし上がったアーク。 その精鋭部隊は、リベリスタにとっては『崩界阻止』を旗印にした狂信者のようにも見えた。 欧州の強固な結界に守られた者たちに、特異点である日本が常にさらされている水際の恐怖は伝わり難い。 しかし、今回は別だ。 東欧の森の中から湧き上がった混沌は、オルクス・パラストに容赦なく襲い掛かった。 本来ならば、彼女達はここに招集される席次ではないのだろう。 何が起こったのかは想像に難くない。 彼女達も、地獄を見てここにいるのだ。 技量はともかく、他組織と共闘する心構えが出来ていないか、初めてなのだろう。 「終われば、幾らでも時間がある。明日はオルクスの歓迎会でも開こうか。全員、覚悟はいいな?」 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の言い様は、歴戦の自信か、あるいは祈りか。 それに頷き、走り出すオルクス・パラストの戦士達は寡黙だった。 おそらくは、自分の中のことを処理するのに精一杯なのかもしれない。 ラトニャの悪戯は、彼らにも恐ろしい爪痕を残したに違いないのだから。 「われらはエリニュエスに魂を売った。いまだこの次元に留まるアザーバイドに嫉妬し止まることなく殺戮する 」 比較的年かさの娘が剣を抜いた。 「覚悟を決めるのはいいが、ちょっと力が入りすぎてるんじゃないか。生きるか死ぬか、いつも通りだろ?」 場を弛緩させることなく、緊張だけをほぐす『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は、息苦しい戦場に清浄な空気を運んでくる。 「全員で生き延びて、勝って帰ろうぜ」 俺は、あの時あいつを倒し損ねたんだ。と、エルヴィンは娘に語った。 (これ以上は誰一人としてヒトを、仲間をお前に喰わせはしねぇ。絶対に護り抜く!) 「――アークの諸君。我々は何をすれば最善だ?」 リーダーの少女は、アークとともに戦う意味を考え直したようだ。 「それは、僕から。言葉通じない所はハイテレパスで直接送らせてもらうね」 『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)が、普段はふにゃふにゃの頬をこわばらせながらもオルクス・パラストとの齟齬を埋めていく。 「まずは、売店か。魔犬を封じるのだな」 「うん。売店の柱等90℃以下の鋭角を削るよ」 「どこもかしこも厄介極まりない敵ばかりで嫌になるわね。鋭角から顕現するとか意味わからないし」 『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)の白衣に付けられた二巻発売記念のシークレット柄の缶バッジは勇気の印である。 「出席簿じゃない……」 魔術教本。そらせんは、『先生』なのだ。物理的に最速の。 「まぁ意味が分からないものを無理に理解する必要ないわよね。私達はいつも通り自分たちの仕事をするだけ」 理解は融和。共感は毒。 「何故、そういう性質なのかなんて重要じゃないのよ。こういう性質だからどうするってのが重要なのよ」 だから。と、高校教師は微笑んだ。 「そんな顔してんじゃないわよ」 視線の先の『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)はご機嫌麗しくは見えない。 「強いといっても犬が相手ではな……」 朔の戦闘脳に火をつける丁々発止は望めそうにない。 互いの戦闘思考に触れ、刃を通じて交わすせめぎあい、共感することが興だというのに。 異界の化け物では気色が悪いだけだ。 「少々燃えないのは残念だが、捨て置ける相手でもない。神殺しの前座と考えれば十分か」 不遜な物言いだ。 オルクス・パラストの戦士が眉をしかめかけている。 「ではコイツで肩慣らしをしてから神を喰うとしよう。無論、肩慣らしだからと加減出来るほど器用ではないがな」 そういいながら、笑う朔は口ほど幻滅はしていないようだ。 「――彼女は、全力でがんばるって言ってるのよ」 不安そうにしていたオルクス・パラストの少女にソラは耳打ちした。 「何故、そういう性質なのかなんて重要じゃないのよ。こういう性質だからどうするってのが重要なのよ」 ソラは、アザーバイドに対して使った言葉をもう一度繰り返した。 彼女達は、それが東洋のサムライ・スピリットなのだ。と、納得したようだ。 「ったく、どいつもこいつも、人間を餌とか道具とか、そんなものとしか思ってねぇ敵ばっかりだな。本当、うんざりするぜ」 分かりやすくサムライっぽいのが、アズマ・C・ウィンドリスタ(BNE004944)だ。 資料で女とわかって入るが、男装の麗人は世の東西を問わず少女の胸をときめかせる。 「こいつらにとっちゃ底辺世界のちっぽけな生き物かもしれないが、オレたちはこの世界で誇りを持って生きているんだ。見せてやるぜ、オレたちの煌きって奴をな!」 「ソラ先生、英語できたんですね?」 難しいとこは、全部ハイテレパスで処理した智夫は、普通に会話しているソラに無邪気に話しかけた。 「あんた、あたしの授業、必修だったよね。いいゲーム思いついた。怪我するたび、あんたの定期テストの点数大声でぶちまけるから」 智夫は、俄然死ねなくなった。 「――拙者、赤点だけは取ってないでござるYo! 追試からの脱走は成功させてたでござる!」 涙目の智夫の放った投げ槍は、破壊するべき鋭角をことごとくリベリスタの前にさらしだす。 「悪いな、せっかくの建物なのによ。全部終わったら元に戻すから……な」 正義を貫く渾身の一撃。アズマの心栄えのようにどこまでもきれいな太刀筋だった。 自分で口にして、アズマはふと言葉を途切れさせた。 閉じない穴が消滅するまで、この公園の閉鎖は続く。 でも、明日を、元に戻せる未来の存在を信じるのだ。 アズマは、躊躇をかなぐり捨てた。 『公共の建物を破壊してはいけない』 という概念を打ち崩す援護だ。 「ローラー滑り台からは、売店は狙えない、か。粉微塵にする勢いで破壊すればいい……って難易度高いわね」 かつての教え子の働きに、にやりと笑うソラは、魔術教本片手に、売店に肉薄する。 速度を触媒にして切り刻まれた「時」 が流転することを放棄して、物体を凍りつかせる。 これが生物だったら、噴出す血も空中で凍り、動くことも出来ない哀れな氷像になったことだろう。 「これも、計算に入ってるから」 ソラは人が二回動く間に三回動く。 急激な冷凍に、簡素なコンクリートは悲鳴を上げる。 「お、俺の封印された力が、勝手に!」 『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)の右腕がわななく。 おそらく本人以外はまともにいえないだろう登録名を持っている元は普通の包帯が、わざとらしくほどけかけている。演出は大事だ。自己暗示的意味で。 トレードマークの二刀流から、青い刀に持ち替えられている。 まもなく盛りの、夏の空色の、花の銘がついている。 それを構える姿は水際立っているのだが、言葉のどこかに諧謔が含まれるのが竜一の竜一たる所以だ。 オルクス・パラストの少女達が、なんともいえない顔で竜一を見た。唇が『Chu-2』と動いた。 そんなちょっとした悲しさは、後から甘く思い出すものだ。今はそれどころではない。 暴力とはこういうものであると知らしめる轟音。 放置された二年間の間にひび割れた鉄筋にねじ込まれる神秘を纏った物理エネルギーが、売店そのものを「後ろに吹っ飛ばした」 「これも俺の力なのかぁぁぁ?! ハッハァーーー!」 厨二的高笑いが、これほど頼もしく思える人物もなかなかいない。 リベリスタのアドバンテージは、数の多さと土地勘だけだ。 一歩でも足を止めたら、異界の犬に噛みつかれる。 「魔犬の出現率を少しでも下げる」 杏樹の放つ弾頭がそこに吸い込まれる。 衝撃波の余韻も覚めやらぬ売店の接合面、集中するひびの収束点。 対神秘戦闘上極限の30メートル先のわずかな隙間。 そこにめり込む為に製造された銃弾が、内部から売店の壁面を破壊する。 純然たる直線で呼応制された明晰な鋭角がことごとく失われ、現れる緑色の影は精彩を欠く。 「走れ!」 号令一喝。 目の端に、乳白色のアザーバイドが入った。 まともに見るな。正気が削れる。 ● 売店を見ていたものは幸いである。一瞬でも、孕み犬と正対しないで済んでいるから。 内から湧いたか、空から降ったか。 北の国の雷は、戦の神。この国では、雷を纏う女は黄泉からの使者だ。 孕み犬には験が悪い。 朔の神経の隅々まで雷神が支配した。 じりじりと神経が焼け付く感触がするが、歯牙にもかけない瑣末なことだ。 活性化された神経が、最適な防御姿勢にまで体を引っ張っていく。筋肉が体を動かすのではない。神経を走る電気信号が筋肉を動かすのだ。 孕み犬の眼窩におさまった眼球に白目がないことは分かった。 それ以上は、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の知覚が拒否している。 (今にも狂ってしまいそうだ。明日にはセカイが消えるっていう、この瞬間に) 体内を駆け巡るナノマシンが悲鳴を上げるほどの負荷が掛かっている。 恐慌を誘発する脳内物質が抑制される感触がする。それすらも幻覚に過ぎないが、それを意識することで叫びださずに済むなら十分有益だ。 快が、今この瞬間において一番状況を感じ取っているのかもしれない。 対峙しているそれは、人間サイズだ。 いや、快より背は低いかもしれない。同じだけの尻尾が背後に控えているが。 背後からは、大きなものが崩れる音がする。 鉄筋コンクリートで作られた売店が形成する無数の鋭角から魔犬がこの世界に侵食してくる可能性があるのだ。 そして、その魔犬を目の前のアザーバイドが孕む。 フォーチュナは言った。魔犬は孕み犬を癒やし、強化する。 ならば、それを断つのが定石だ。 そのために初手の10秒間。 孕み犬に立ちはだかるのが快の役目だ。 乳白色のつややかな体。 その挙動は分からなかった。 体の直前でバリアが爆ぜる感触でそれを知る。ぴしぴしと首の奥で神経がはじける音がする。 どむっとした感触は、側頭部から脳を盛大に揺さぶった。首がへしゃげて飛んで行かないのが不思議だった。 こんな目にあったのに死なない理不尽。世界と隔てられた存在。世界の寵愛を失えば、目の前の化け物と同じように死ぬまで追いかけられて狩られるのだ。 精紳の隙間に忍び込む思考の触手が、理想の沼へ引きずり込もうとする。 (だから) 緩慢な思考。 彼は、解答用紙に書いたらスラッシュをつけられる接続詞を選択する。 (狂っている時間なんて。俺には無いんだ) アスファルトを滑りかける足の親指が地面をつかむ。 時間はたっていない。先ほど聞いた気がした轟音の余韻さえまだ消えていない。 もう一発くるのは分かっている。 だが、その間、他の者たちは売店の破壊に専念できる。 ならば、立ちふさがり、他の者に及ばせないのが、快の使命だった。 例え、骨が砕けても。体中のナノマシンが悲鳴を上げて自己修復に走っても。 快は、もちこたえた。 場の祈りに、応えた。 そして、それを死なせないのが、エルヴィンの使命だった。 「よし、そのままがんばってくれ!」 機械仕掛けの神の加護をご都合主義と笑うがいい。 急速にふさがっていく傷口は、見るものが見ればロックミシンでかがられ、ステープラーではさまれている。 それにすがらねばならぬほど、快の傷は深い。 目算で6メートル。 「――ここで踏ん張らなきゃ、世界が滅びる」 タッチダウンは許されない。キックだってもってのほかだ。 とっくに跡は消えたが、一歩も退かぬ為に素足にナイフを噛ませたこともある。 あの時も、遠くで何かが泣いていたっけ。 肉よ裂けたままであることなかれ、気力よ途切れることなかれ、心よ傷むことなかれ、我らを苛むものに禍あれかし。 いざや、もののふ。 今この場所が天下の分け目。世界の水際と心得よ。 身命を賭して、敢然たれ。 今、ここで、自分の生きる場所を守る人間にとって、ここが世界の全て。 いつだって最終戦争だ! ● 杏樹の体を、月の燐光が包む。 狩猟の女神は今宵の眷属に杏樹を選んだ。 燐光を帯びた修道女が、地面を蹴る。 弾倉の中で、弾丸が速く解き放てと焦れている。 孕み犬をローラー滑り台広場に追い込むために、リベリスタ達は意を決して、孕み犬の脇を通り過ぎる。 「ホリメは回復、プロアはインスタントチャージで両陣営を支援。残りは魔犬対応。但し孕み犬の近接に入らぬよう注意しろ!」 いまだ全身から血を滴らせている快の指示に、表情を引き締めるオルクス・パラストの少女達に、朔は叫んだ。 「孕み犬はブロックする。その間に散開して位置につけ! 以降10メートルずつ後退する。前衛と中衛との位置を保て!」 朔の褐色の肌の下、雷速での神経駆使の代償で毛細血管がはじけて赤い点を作っていく。 やがては、静脈、動脈にも被害が出るだろうが、それどころではない。 孕み犬の視界いっぱいに無数の朔が、雷電で彩られた刃の空間を作り出す。 今は亡き妹の望んだ魔物食いの刃が、人を食う魔物を食い散らかそうと無数の牙をギロチンのごとく刹那に噛み合わせる。 斬り心地は、陶器のようとも生ゴムのようとも形容し難い。いや、組成も理解してはいけない。 方向転換して、ローラー滑り台の方に退く。 「報告書」 によれば、革醒者が上等の餌であることは理解しているようなので。 回りこむのにあわせて、乳白色の尻尾が朔の横腹を打ち据える。 一瞬、朔の腹の中心から尻尾が生えているようにさえ見えた。 誰かの口が、音もなく、せぼね。と、動いた。 今夜、機械仕掛けの神は、どれだけエルヴィンから魔力を搾り取っていくのだろう。 そして、仲間を救うためならば、彼は最期の一滴まで喜んで差し出すに決まっているのだ。 急速回復する内臓が定位置に納まる感触に歯を食いしばりながら、朔は体勢を立て直した。 孕み犬は、朔を食うに値する存在と認識したようだ。 今のがもう一度当たったら、恩寵を使わざるを得ない。まだ、一太刀振るっただけなのに。 「はい、注目! 私が癒してあげるわ!」 ソラを中心として、柔らかな風が召喚される。 (ここは攻撃したかったんだけどね) 途中まで詠唱しかけた呪文を癒やしに切り替えた。快の癒しも完全とは行かず、朔も治り切っていない。 覚悟していたことだが、前衛はクロスカウンターの応酬だ。攻撃の切れ味が悪い方が落ちる。 その上に別の癒しが重なった。 オルクス・パラストのホーリーメイガスが、風を呼んでいる。本職とあって、効果は期待できた。 「ブロック交替! 献身するよ!」 長いポニーテールと、骨で出来た尻尾が、朔の鼻先で跳ねた。 朔を跳ね飛ばした後の尻尾がばくりと割れた。 ワニの口が長く伸びて柔軟になった、あるいは、未知の深海魚といわれれば信じたかもしれない。 しかし、そこに地球の生物らしいぬめらかさはなく、どこまでも乾いている。 乳白色のつるりとした無機質。 「ギャハハハハハッ! すっごい! これにかじられたら大変かも!」 眼帯に覆われていない方の目を見開き、魅零は笑う。 それでも、彼女の正気を疑う者はいない。 おそらく、彼女が狂気に完全に落ちたら、『こんなもんではない』 「ここは任せて、ちゃんと準備してね!」 魅零のすんなりとした手足から染み出す暗黒が、異界の犬に不吉をもたらした。 食いちぎる隙は見せずに、じりじりと下がっていくリベリスタを食うには、孕み犬も後を追わざるを得ない。 まさに自分達を餌にして、獲物を檻に閉じ込める策。 少しでも足をもつれさせれば、孕み犬の餌だ。 わかってやっている。そう言う危険があるのを知ってやっている。 だが、ここまでおぞましい恐怖に苛まれるなんて思ってもみなかった。 上品とさえ言える顔の口と、人一人一口で飲み込める尻尾の口から、あふれるように大量の細い舌を蠢かせる孕み犬が大きく口をゆがませた。 オルクス・パラストの少女が撃ち仕損じた魔犬がようやく、孕み犬の尻尾の顎に咥えられた。 孕み犬は、お食事の時間だ。 内包した魔犬の形に伸びきった尻尾がみるみる元の太さになっていく。 そのわずかな時間にここぞとばかりリベリスタは得物を振りかざす。 正視するのもはばかられる、自分が汚物を詰め込んだ汚水袋である現実に向かい合わされる「お食事時間」 邪魔するものに然るべき報いを。 体のそこから力が抜け落ちていくような錯覚を、エルヴィンの呼んだ上位存在が拭い去ってくれる。 「膝ついてる場合じゃないぞ」 癒し手の激励に、リベリスタはこみ上げかけていたと社物をも追う一度飲み下す。 上がってきた胃液で食道が傷むのも、癒してもらえるだろうか。 (食ってるな……) ふと、杏樹の脳裏に、飢えを癒やすことなく山で死んだ海の者――アザーバイド・大山童――の記憶がちらりと浮かんだ。 ここにいる孕み犬も、来たくてここに来たわけではない異界の存在だ。 望郷の念がこの世界を崩すというなら、その想いごと打ち砕かなくてはならない。 共感は、融和を招き、世界を死なせる。 エネルギーの奔流が孕み犬を巻き込み、宙に放り出し、したたか地面に叩きつけた。 「力の封印が不完全だな。今宵ばかりは、星の輝きも相殺され、原初の混沌同士が引き合うか。否。より強い混沌が勝つ! 食われる前に、お前を食えと俺の右腕が轟き叫ぶ!」 その場にいる者は、冷静な頭のどこかでなんじゃそりゃ。と、突っ込みたかったが、そもそもの設定を知らないので、とりあえず放置している。 こういうとき適当に手綱を取ってくれる口に悪魔が住み着いたインヤンマスターがいないので、竜一は、やりたい放題である。 考えていない訳ではないのが、竜一のたちの悪いところだ。 抉れたアスファルトから起き上がる孕み犬の体の表面は、ひび割れていた。まるで卵の殻のように。 そして、薄皮一枚向こうでは、うごめいている。 何か。禍々しいものが。絶対に、この世界に現れてはいけないものが。 オルクス・パラストの少女達は歯を食いしばって走った。 孕み犬は死体は食わないという神託に、食われる前に互いに引導を渡そうと約束していた。 敵を助けることになるということ以上に、生きたまま食われるのは怖かった。 あんなものに咀嚼されるのはいやだ……! 「もう、やだぁ……っ」 先ほど孕み犬に果敢な一撃を食らわせたオルクス・パラストの少女の一人が小さく呟き、唇をかみ締める。ヒクヒクと肩が震えているのは、笑いが止まらなくなって来ているのだ。 その顔色は紙のように白くなっていた。 それは、底辺世界の生物の備わった原初の恐怖心。 いかなる邪悪を振り払おう軌跡を施してもそれから逃げるべきではないし、それから逃げたら待っているのは死あるのみだ。 「落ち着いて。息をして。足並みをそろえて。魔犬をやっつけながら、あそこまでこいつを引きずっていこう?」 柔らかなクロスイージス・智夫は、戦士の弱さを受け止め、再び戦えるようになるまでの刹那を支える。 孕み犬を癒やすため、孕み犬に食われるため、孕み犬と一つになるために空を切る魔犬の群れに、狩人の銃が向けられる。 「焼き尽くす」 ぶっきらぼうなシスターの銃弾は炎で辺りを包み込む。 かくあれかしと唇が定型句を呟いたときには、魔犬は実体をなくしていた。 魔力という名の生きる力を分け合いながら、リベリスタ達は、更なる食事を求めるアザーバイドを半円の闘技場に追い込むことに成功した。 滑らかに湾曲した滑り台は、小さなローラーで床面が構成され、直線を形成することはなく、滑り台は永遠の平行線で交わることなく鋭角を形成し得ない。 人工物で囲まれた三ツ池公園で、もっとも鋭角と無縁の場所。 森の向こうで、でたらめに石を叩く音がする。またどこかで戦闘が始まったのだ。 「お前の所にたどり着く前に、魔犬は我等が全部倒す」 オルクス・パラストの少女は、孕み犬に言う。 「そして、お前はアークに倒される。それが、最善だ。最も世界に良いことだ」 ● 孕み犬がじれて吼える。 「さっきよりは、弱ってます。ただし、向こうもやる気満々。空腹続行中ですね――大食め」 3ターンに一度のあばたの戦況中継に気持ちが荒みそうになるが、ダメージが通っていることだけは確認できる。 「『どんなに違っても全部中身は骨と肉。故に殺せない奴などいない!』 どうぞ、皆さんご一緒に!」 魅零の言葉に根拠はないが、呪いのように孕み犬を蝕めばいい。 (前衛にはHPEP共に相当無理を強いる故、長くは持たないでしょう) 敵を分析しながら、味方の分析も怠らない。 複数の癒し手によって、重ね合わせるようにして行われている回復状況は今はうまくまわっているが、誰か一人でも落とされれば、ジリ貧となる。 一撃で致命傷を与えて来る孕み犬への攻撃の主力は、肉の壁越しのアウトレンジからだ。 (一気にたたみかけて倒せるなら、その時に火力を集中させて押し切りたい。逆にまだまだ長引くなら、防御と回避を手厚く行なって押し切られぬよう我慢しなければならない) 必然的に、作戦の切り替えはあばたの手にゆだねられた。 (現在のペースで攻撃し続ける場合に、後何10秒攻撃しなければいけないか。これを計算して共有しておきたい) 先が見えない煉獄とタイムリミットが見える地獄では、後者の方がずっといい。 「『閃刃斬魔』、推して参る――内薙君、そろそろ魔力をもらえるか」 「了解です!」 孕み犬は、朔が食いたいのだ。 ぐるりと遠心力をつけて振り回される巨大な尻尾は、無数の突起物と触手めいた舌で、策の体の表面を舐めていくが、かぶりつく前に裂く本人に切り刻まれる。 向こうも無傷ではないが、こちらも無傷ではない。 「食事はさせてあげない。逆に貴方のエネルギーを私が吸い取る」 高位の吸血種族の優雅なお食事。 ソラの指先が、孕み犬をとらえる。 食われるのは、お前だ。 魔力を剥ぎ取っていく衝撃は、ノワールオワールの『力』 によって上下する。 指先から流れ込んでくる魔力に、ソラの口元に普段は見ない種類の笑みが浮かんだ。 「干からびて、死ぬといいわ」 「慈悲も慈愛もない。行くぞバーニー。くそったれな運命をねじ伏せてやる」 手の中の黒兎は狩が上手だ。一跳ねで大穴を量産する。 轟音と共に、ひじの関節を打ち抜かれた孕み犬は、今にもぼろりとちぎれ落ちてしまいそうな自分の右腕に悲鳴を上げる。 「好機!」 オルクス・パラストの少女の一人が、身をひねった。執念の賜物か日頃の鍛錬の成果か幸運かあるいは不運か。彼女は人より余分に動いた。 よせと、制止する間もなかった。 千切れかけていた腕の影から尻尾が大口を開けて迫っていることが、彼女には見えなかった。 食虫植物が開いていた葉を閉じるように、ギロチンの刃が落ちるように。 ばくりと、尾はその口を閉じた。 「お願い! 誰か、死なせてやって!」 どうか慈悲を。 化け物に食われて無駄死になんて不名誉をあの子に与えないで! 誰かが応えた。 空間がゆがんで見えるほどの衝撃が、少女を飲み込んだ。 ● ――ように見えた。 滑り台の上部。オルクス・パラストの少女が何度かバウンドして引っかかっている。 うめき声が聞こえた。まだ、息はある。 「仲間がただ黙って食べられていくのを見ているわけにはいかないからな! ――生きてるよな!?」 アズマが放った衝撃波が、回避できなかった処女を跳ね飛ばしたのだ。 まともに当たらねば吹き飛ばせず、急所に入れば致命傷。ぎりぎりでアズマは一か八かの賭けに勝った。 「回復と回収急げ!!」 動けない少女を食おうと、諦めの悪い尻尾が動く。 それを追いかけて、快が滑り台脇の緩やかなスロープを駆け上がった。 「おれは、ブロッカーなんだよ」 彼と戦場を共にした大半のリベリスタは、快の背中を見て戦うことになる。 快の前に敵がいて、快の後ろに味方がいる。 極限まで研ぎ澄まし、最大限にこの生命を使い、仲間の最前列に立ち続ける。 それこそが、快の戦いで、それを全うする為にここにいるのだ。 「救助優先! 出し惜しみしないよ! 感じさせてねエクスタシー!」 魅零が孕み犬の『正面に』 躍り出た。 思いつく限り全ての呪いを集めに集め数多の敵を切り刻んだ刀に載せて、その傷口にすり込むように刻み付ける。 「おまえは、この世界から嫌われてるんだよ。わかる?」 同情は毒。 「殺させない、自決なんてさせない。皆で帰るんだ、三高平に!」 魅零は叫んだ。 「そうだよ。まだ電話番号もメルアドも聞いてないよみんな可愛いね後でジュースとかどうかなゆっくりお話しようねヨーロッパのどこから来たのかな心配しなくても俺彼女がいるから不埒な考えなんかないよちょっと仲良くおしゃべりしたいだけだから――」 軽口を叩きながら、するすると前に出てきた竜一の全身の筋肉が引き絞られていく。 飢えた孕み犬に叩き込まれる限界を超えた一撃。 感触が今まで斬ったことのないもので、指先にまで浸透する不快感。 「こっちにゃ知恵がある。ただ餌食うだけの獣と体力勝負なんて、まっぴらなのさ」 それはひそかに忍び寄る。音もなく。気配もなく。そして、決して避けられない距離で初めて気がつくのだ。 そこに、死がある。 あばたの銃弾が、孕み犬の顔を割った。 だが、アザーバイドはまだ動いている。 「犬が」 更なる一撃。 孕み犬の頭が吹き飛んだ。 底辺世界の生き物は頭は吹き飛ばせばほぼ死ぬが、かの世界ではいかがなものか。 ならば、動かなくなるまで殺すまで。 アークのリベリスタは止まらない。 ● そのすぐ裏側。 尻尾をつかんで行く手を阻む快の顔におそらく脳漿に近いものが盛大に降りかかる。 「まだだ、絶対に諦めるな! 絶対に殺させねぇ!」 エルヴィンが祈りを捧げた機械仕掛けの神は、ぎりぎり間に合った。 「死にたくない……」 「生きろ!」 命に別状はなくなったが、それも孕み犬の攻撃間から引くことができればの話。 今、快が足でも滑らせたら、快もエルヴィンも、もちろん少女も一巻の終わりだ。 全てを少女の回復に回らせることは出来ない。 孕み犬目掛けて、大量の魔犬が飛んできている。もしも、売店への処理がなおざりであったなら、この数は対処できないほどになっていただろう。 魔犬による被害も無視は出来ない。 「てめぇらにとっちゃ俺らなんて食い物でしかないのかもしれないけどな。だからと言って、大人しく喰われてなんざやるもんかよ! 人間をなめんじゃねぇ!」 「――この距離なら外さない」 快は、砂蛇のナイフで縫いとめるように尻尾を突き刺し、左腕で抱え込むようにして尻尾の動きを封じる。 「左腕をくれてやる。雷神の十字を食らえ!」 快の叫びに天が応える。 十字の雨が孕み犬に降り注いだ。 これこそが、正義にあたわぬ者であると。 「口は封じた!」 「ならば、今だ! 駆除しきりますよ!」 あばたが、更なる銃弾をぶち込み始める。 死に物狂いの全力で、虫を潰す執拗さと細心さで。 リベリスタ達は、皆それぞれの言葉で、同じ思いを語った。 「こいつを倒して、みんなで帰る」 仲間に降りかからんとする死よ、遠ざかれ。お前の出る幕はここにはない。 ● 然リ。運命は、諦めない輩を好む。 気がつけば、おびただしい数いた魔犬は為りを潜め、八つ裂きにされた孕み犬の残骸だけが残った。 それさえもぐずぐずと形を保つことも出来ずに消えていく。 「――私たちがいたところ、壊滅しちゃいました。私たちがここで戦えるだけの力を得たのは、強力なアザーバイドにたまたま遭遇して、その気まぐれで生き残ったからです」 少女達は泣いている。 「だから、ここで死のうと思って。だって、誰も助けられなくて。生きてるのが申し訳なくて。ここで死ねば、許してもらえるかなって――でも、いざそうなると怖くてっ」 しゃくりあげる声も仕草も、年相応の子供だ。 「さっきも言ったろ。『全員で生き延びて、勝って帰ろうぜ』」 エルヴィンの声はすっかり割れてしまっている。色男が台無しだ。 「見てくれよ。全員、生きてるぞ」 それこそが勲章だった。 「だから、笑って帰ろうぜ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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