●≪狂乱王≫の宴。 初手を誤った。 それが、対応に当たっていたリベリスタたちの共通認識だった。 彼らの眼の前に召喚された―――否、自らの意志で『顕現』した、彼のフィクサード結社『バロックナイツ』が第五位『魔神王』キース・ソロモンの魔神。嘗て『極東の空白地帯』と呼ばれた日本で暴れまわった個体も確認されているその≪魔道書≫(ゲーティア)よりの悪魔は、このフィンランドの地を確実に蝕んでいた。 「≪魔道書≫(ゲーティア)?」 不満そうな声が耳を劈く。黄金色に輝き、凡そ三メートル弱にまで及ぶかと推察される巨大な神槍が憤怒を体現した様に馬上から突き出された。 「貴様らは……俺が≪あの男≫(キース・ソロモン)の『手下』か何かと勘違いしておらぬか!」 黄金色のマントが揺れる――蒼白い毛並みの神馬が嘶く。 しかし、その中を一人のリベリスタが魔方陣を展開した。幾重にも、幾重にも……或いはそれは固定砲台であるかの様に、そのリベリスタが『触媒』となって凝縮された神秘を撃ち抜く強力な異能だった。 「――撃ち抜け……っ」 放たれた魔弾は高位のマグメイガスのそれ其の物。目指したのは神馬に跨る黄金色の悪魔。 膨大な≪質量≫(エネルギー)が因果を捻じ曲げて、その悪魔に着弾する――着弾する筈だった。 炸裂した煌めきは美しく散っていった。――何処かからかファンファーレが聴こえ、オーケストラの奏でる優雅な『展覧会の絵』が過ぎ去っていく。 黄金色の姿に異変は無い。そう、だからやはり、リベリスタらは『初手から間違っていた』。 「俺は≪あの男≫(キース・ソロモン)の手下でも配下でもない。忌むべき契約が俺と≪魔道書≫(ゲーティア)を繋ぐが、それだけだ。『契約履行上』、力は貸すが、奴の前に膝を付いた覚えはない……!」 美しい顔立ちが激怒に染まる。一切が気に入らない。 「俺を迎える『礼儀』も知らねえってんなら教えてやる」 黄金色のマントに、深青色の長髪が揺れる。 「『王』の名の下に。 ―――≪狂乱王≫(ベレス)の名の下に!」 ●ブリーフィング。 「フィンランドに、『バロックナイツ』の第五位、『魔神王』キース・ソロモンの使役する魔神、『ベレス』が出現した。今回、皆には大至急フィンランドへ向かって貰い、ベレス撃退の任務に就いて欲しい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の表情が何処となく硬いのも無理は無い。世界的なフィクサード結社『バロックナイツ』は厳かな歪夜十三使徒第五位『魔神王』キース・ソロモン、と言えば悪名高い使徒だ。過日、『アーク』との衝突によりその存在を消滅させたモリアーティとは対照的な武闘派のフィクサードである。 「昨年の『九月十日』、キース・ソロモンと、彼の召喚した魔神が日本を襲ったのは記憶に新しいと思う。ぎりぎりの状況が続く中、辛うじてキースを退けたことも。 今回、フィンランドを襲っているのは、あの『九月十日』の事件では姿を現していなかった新種の魔神。『狂乱王』を自称する彼は、ソロモン七二柱の序列十三位を頂く魔神。 現地リベリスタらが会敵に入ったものの、戦況は芳しくない」 「しかし、態々、遠く日本の『アーク』に応援要請が来るのは解せないな」 「……むしろ、今回は『アーク』こそ適任なの」 リベリスタが怪訝な顔をして、続きを促した。 「現地リベリスタは勿論、欧州の各国にもリベリスタ派遣を要請している。無論、各国には政治的、戦力的な都合があるから、それ自体がスムーズに進んでいない事と併せて、ベレスに有効打を与えられていない明確な理由が、前線の調査部隊により判明している。 ―――『キースの残り香』。そう呼ばれるものを持つリベリスタしか、ベレスに真面に攻撃を与えられない」 「『キースの残り香』?」 「簡単に言えばキース・ソロモンとの会敵経験、の様なものだと推察されている。直近でキース・ソロモン自信を、しかも撃退にまで追い遣った『アーク』には、直接に彼との交戦経験を有していなくても、その『残り香』があるらしい」 「……なるほど」 しかし、ネーミングセンスは最悪だ。頷きながらリベリスタが返すと、イヴも極僅かにだが首肯した。 「……現地リベリスタらも非常に優秀で、ベレスに真面な反撃も出来ない中で戦線を維持している。それでも疲弊感は次第に蓄積され、何れは敗北を喫してしまうでしょう。だからこそ私達に要請が来た」 「実際、キースや魔神共との実践経験があるリベリスタだって居るんだから、確かに適任だ」 「ええ。 ただ、さっきも言った通り、ベレスはまだ交戦経験の無い魔神よ。しかも、どうやら異常なまでに『礼儀』に五月蠅い。 彼との交戦には、その『礼儀』に纏わる注意事項が現地から通達されているから、それも確認しておいて」 海外での神秘事件に≪万華鏡≫(神の眼)は十分な効力を発揮しない。天才フォーチュナであるイヴにも、前線へ旅立つリベリスタらにしてやれることは此処までだ。 「……じゃあ、気を付けて」 ●『キースの残り香』。 突如として、≪狂乱王≫(ベレス)の神槍が動きを止め、猫の楽団員たちによる荘厳でかつ軽快な演奏が止んだ。 「―――匂うな」 目を瞑れば、鼻をひくつかせれば感じる。『この世で最もキライな匂い』だ。 「面白そうな奴らが来たかね……」 その髪と同じ色。美しい玻璃(はり)の様なベレスの瞳が、その場に現れた『アーク』を遠目に認める。 無視意気に、口の端が歪んだ。 「礼を取れ、人間。 俺を―――≪狂乱王≫(ベレス)をもてなしてみよ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月10日(木)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「匂うな、貴様ら」 不満げな声が戦場に響き渡った。良く通る美しい声だった。 ―――≪狂乱王≫(ベレス)。彼にとって最も鼻に付くその香りを纏わせた八名のリベリスタが、フィンランドのその地で対峙していた。ベレスの周辺で演奏を続けていた『猫の楽団員』もその雰囲気を感じたのか、なーなーと一際強く鳴き始める。 「お待たせ! ご機嫌麗しゅう、『アーク』だよ!」 「……『アーク』?」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の名乗り出に、ベレスの眉間の皺が一層と深くなる。 「おこなの? 呼ばれても呼ばれなくてもおこになるとか厄介だなぁ。 今回は勝手に来ておこだし」 「おことは何だね」 「あー、いや。まあ、『怒ってる』ってこと」 夏栖斗の返答にベレスは鼻を鳴らした。 「ふん。決まっておろう。『王』を持て成すのはボトムの礼儀であろうが。 態々≪魔道書≫(ゲーティア)の介在無しで遥々と此処まで訪ねてきてやったのだ。 取るべき『礼』を取らぬのは解せぬ」 ベレスの主張は不遜そのものである。しかし、話の通じない暴虐な魔神がその七十二柱に存在する事を鑑みれば、少なくとも『話は出来そう』だ、と『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は感じた。だが、快をはじめリベリスタ達の導き出した結論は、きっとベレスの意に反するものであろう。 「王に傅くのは『臣下』の役目だ。俺達はお前の臣下ではない。 俺達のセカイを踏み荒らしに来たお前は、俺達からすれば侵略者だ。 俺達はそれに抗う者だ。この生命に代えてもな!」 構えたナイフは、その切先をただ一直線にベレスへと向けている。 即ちこれは、明確な宣戦布告であった。しかし、当のベレスは快の宣言に、眉を顰めるのではなくむしろ、あるいは宥めるかの様に声のトーンをほんの少し抑えた。 「『王王足らずと雖も臣臣足らざるべからず』かね。『昔』に何処かで聞いたぞ。 だが礼節は覚えておいた方がよい。少なくとも俺の機嫌はマシになる」 そして俺の機嫌を損ねればそいつらの様になる。ベレスがその≪神槍≫(ブリューナク)で示したのは、打ちのめされたフィンランドのリベリスタ達、その姿である。 見渡せば激戦の跡。次第に沈みゆく斜陽が染める刹那色の世界は完全にベレスに支配されている。猫の楽団員が多勢を成して戦線を襲い、各地からは怒号が飛び交い、不釣合いの音色が響き渡っていた。ベレスは激怒の魔神である。だが快の考えた通り話の通じる魔神である。礼さえとれば慈悲を与える。 かか、と薄ら笑いが漏れた。その嘲りに、ベレスはぴくりと反応した。 ぐいと首を傾げれば、その先には腕を組み仁王立ちする紅涙・真珠郎(BNE004921)の姿が在った。 「何が可笑しい!」 ベレスの声が強まった。その詰問にも、真珠郎は涼やかな冷笑を殺さずに、口を開いた。 「礼節とは、取るべき相手には自ずと形となって現れるモノじゃ。それを強要するとは高がしれるぞ、狂乱王」 「……貴様、この俺を愚弄するか」 「ふん。そもヌシのが頭が高いのではないかえ? ―――故に我はこう言おう」 尊大、驕傲、不遜の観点から云えばベレスにも引けをとらない。武器を構えすらしていない。 ただただ不敬に、組んだ腕を解きもせずに真珠郎は言い放つ。 「ひれ伏せ。『狂乱王』。我が紅涙の姫である」 「―――」 流石のベレスも、真珠郎の口上に閉口した。蟀谷には灰色の筋が幾重にも巡り渡って、彼の内に渦巻く溢れんばかりの憤怒が、夏栖斗にもよく伝わってきた。 「―――つまり、貴様らは」 自らを制するかの如くゆっくりと息を吐きながら紡いだベレスの言葉も、『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)に掻き消される。 「礼はとらないッ!」 「……なんだと」 「言質を取られるじゃあないが、悪魔に頭を下げて契約させられてたことになってもイヤだしな」 「ええ。悪魔に取る礼などありません」 フツに続くようにして『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)もベレスへの礼を否定する。 「序列十三番、八十五の軍団を統べる王。相手に不足なしです」 「……この俺が?」 不足無し、だと? そう続けたベレスの声色は静かだが、彼の跨るカレドヴルフが大きく嘶いた。 整った形相は、しかし、再度徐々に怒りに染まる。 「王よ、此処は戦場とお見受け致します。そして私達は戦士にして御身の臣下に非ず。 ならば戦士が戦場にて敵手に取るべき礼とは――」 ≪我々≫(ボトムの存在)を臣下と考えているのなら思い違いも甚だしい。『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は高々とその槍をベレスへと突きつけた。 「――こうあるべきでありましょう?」 「―――は」 これでベレスの与えた猶予は消滅した。譲歩と言っても良い。ベレスは、リベリスタらが礼をとれば真実それに見合った行動をとる心算があった。そして、この日本よりのリベリスタらが、其れを知った居たことを、知っている。つまり、彼らは……。 「私なりの礼……は尽くそう。 血と闘争、による宴、こそが『狂乱王』には相応しい、でしょ。頭を垂れさせたい、と思うのなら。 打ち倒すといい、よ」 「―――はは」 「さあ、楽しい闘争を、始めよう。星川天乃、参る、よ」 「―――ははは」 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)の宣言を以て、ベレスは止めた。 考えるのを、止めた。 (呼ばれて飛び出て何とやら、人其れを、『手下』という。 しかし自由意志も無視できる分『奴隷』とも言えるんじゃないでしょうかぁ?) 今日僅かでも力を削げれば、其れが明日の勇者の布石になる。『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)がその巨銃を構えるのと同時に、地響きがリベリスタ達を襲った。 「……本性を出したか」 そう呟いたフツの目に映るのは狂ったように笑みを浮かべ、これ以上無いくらいに眉を顰め、怒りに肩を震わし、リベリスタ達を艶美な眼差しで睨みつける正しく『狂乱』の王の姿だ。 「―――はははは!!」 再度地響き。それがベレスのブリューナクにより大地が殴られ、そしてカレドヴルフの勇ましい足さばきによるものであると夏栖斗が理解するのに、時間は掛からなかった。 「ゆくぞ」 ● 喜平らリベリスタが此度の作戦で取った陣形は、ベレスを囲うようにした半円形。詰まりは、ベレスからの範囲攻撃による多重被弾を避けるような位置取りであった。しかし、 「遅いっ!」 カレドヴルフの機動力に加え、猫の楽団員達の演奏により上乗せられたベレス自身の連続武技。瞬間的に詰められたリリとベレスとの距離。 そのままブリューナクがリリを貫く。肉を断つ感触がベレスの手に伝わり、すぐさまにその思い違いを理解した。 リリを貫いた、と思われた槍は、正確にはリリではなく快を貫いていた。その上、致命的な箇所を逸らす様に、直前にナイフで軌跡を逸らされている。一瞬の内に、ベレスは其処までの事を理解した。 「お前がリリか星川を真っ先に狙うのは分かっていたからな」 だが逸れたとはいえその巨槍が体躯を抉ったのだ。そう言う快は苦悶を浮かべたが、それもすぐに消えた。むしろ今は不敵ささえ感じさせる。そう、複数の強力な猫、そして未知数の魔神を前にして、快の役割は全てを護ること、それに違いない。そして、そのためにリリと天乃の両者から比較的近い位置に立っていたのだ。 「何故かって? だってさ、『キース』と直接やり合ったのは『その二人』だからだよ」 『キースの残り香』に反応するというのなら、最も色濃い其れを有するのはその二人。紅いトンファーでその肩を叩きながら、飽くまでも明るく『解説』した夏栖斗を、ベレスは勢いよく睨み付け、次にリリと天乃へと視線を移した。 「道理で匂うと思うたわ。そうか、貴様らは≪あの男≫(キース)と直接やり合ったか――」 未だ快に刺さったままであったブリューナクを引き抜くと、その血濡れの切先を今度はリリへと向けた。 「貴様は少しは『礼儀』というものを知っているらしい」 リリはベレスが何処を見、そして何を言っているのか即座に理解した。何故なら、それは『そうなる』と分かっていて嵌めていた『指環』だったからだ。 「私なりの礼は尽くしましょう」 曰く、ベレスの召還時には、銀の指環をはめよ。 史実に伝えられるその対処法を、リリは忠実に再現していた。 「なれば、貴様から刺し殺す」 そして、リリに向けられていた槍はそのまま朱い切先を天乃へと移した。 剥き出しの殺意を向けられた彼女は、しかし、特段表情変えるでもなく、「キースに伝言」とぽつり呟くと、 「デート……また楽しみにしてる、って伝えておいて」 と言った。 (……これはまずいんじゃないでしょうか) 喜平が胸中に感じた冷や汗。このタイミングでのこの発言は、最高にバッドタイミングと言わなければならない。その証拠に、……ベレスの口から、小さくぼうと炎が漏れた。 「良かろう。言伝しかと承った。だが無意味よな」 「?」 「貴様らは、此処で朽ちる」 箍が外れた。ユーディスがそう感じ一層構えを深くすると同時に、真珠朗がむしろ隙ありとばかりにベレスへと斬り込む。 「何度キレれば気が済む。そんなことよりも手を動かせ」 既に猫が動き出している。この楽団員達は、正しくベレスの臣下だ。そして我が王を侮辱し、その逆鱗に触れたリベリスタらを猫達だって許さない。なーなーと泣く声は愛しく、柔らかな毛並みに覆われた姿は愛らしいが、人を惑わす能力に著しく長けたその戦闘能力は決して低くない。リベリスタ達が敵の攻撃の重複を避けるのと同時に、必然的に彼らは互いの距離を空けてしまう。詰まり、 「――退きなさい」 真珠朗が前へ駆けたと同時にユーディスは猫に阻まれた。 瞬間的に、乱戦の様相が呈される。 「天には偉大なる神、地上には信じる仲間。畏れるものなどありません。 さあ、『お祈り』を始めましょう」 むしろ遠距離射程の攻撃を有するリリは開始早々手加減無しだ。右手に内包する『祈り』と、左手に内包する『裁き』。中指に輝く銀の指環は、右手で引き金を引いて無数の魔弾を解き放つ。 「この身は邪悪を滅する神の魔弾、弾幕の聖域。 一切合財、総ての悪を 制圧し、圧倒し、捻じ伏せよ」 ―――皆様を脅かす総てを撃ち砕きましょう。 「Amen」 せめて滅び逝くならば。かちりと喰い込んだ左手のトリガーが、その魔弾を全方位を穿つ。 ユーディスの眼前の世界が一瞬白いだ。凄まじい音と共に過ぎ去っていった弾幕の世界はそれだけの衝撃を戦場に与え、そして猫たちが眩んだその隙を彼女も逃さず、真珠郎に続いてベレスへと詰め寄った。 真珠郎の速度は無二のもの。そしてその斬撃で致命傷を与えられていないならそれは、ベレスの能力が其れを下回っていないことを意味する。 ぎんと一際強く響いて押し返されたのは真珠郎の方であった。ではその顔は苦いかと云うとそんな事は無かった。むしろ活き活きと。 「頭をたれ相手の慈悲を乞う事が礼節だというならば。我は礼など知らぬ獣で構わん。 眼前の相手を屠り。奪い。喰らい。蹂躙する」 「獣か。成る程、貴様のその『戦い振り』に相応しい。 そして俺は、――そういう存在が気に食わねえ!」 「気に入らぬのは此方も同じじゃ。 さぁ、よこせ。『狂乱王』。ヌシの誇りを。得物を。命を」 全て。喰うよ。喰うぜ。喰い殺す―――! 構わず飛び掛かった真珠郎をぶんとブリューナクの一振り、二振り、そして三振りで薙ぐと、ユーディスが受け止める。入れ替わり迫ったフツと夏栖斗がベレスの視界に入った。 「必ず勝利をもたらす槍を持ってるなんてぞっとしないな。 ……でもまあ、その勝利は僕たちがもぎ取るけどね!」 撃破することで力をそぎ落とせるならしめたもんだ。真珠朗が速度で無二ならば、この場で最も物理的に硬いのは夏栖斗に違いない。ベレスも槍を突き出せば、トンファーで打ち返すその動作に其のことを見抜いた。 「笑わせるな小僧……!」 ぼうとベレスの口から炎が漏れる。上空に突きあげたブリューナクはそのまま叩きつけるように振り被れば、フツの朱槍を直撃し、そのまま彼を後退させた。 「神槍ブリューナクか。文字通りの神話級武装。相手にとって不足無し。 そうだろ、深緋!」 「面白い槍だ、坊主!」 フツは闘いながらもその眼でベレスを注意深く見つめていた。まだ彼には不明点がある。それを暴きたかった。 「動く、な」 ベレスから少し離れた所で鮮やかに舞うのは天乃の姿。演舞の如き手技が炸裂すれば十重二十重に猫が締め上げられる。苦しげになーなーと鳴く猫を前に、それでも天乃の表情は別段に感情を見せない。 「天乃ちゃん!」 夏栖斗が叫んだのは、今こそ前へ出る好機だという事だ。縛られた猫はすぐに動き出そうとしたが、夏栖斗の長射程の武技と言う並外れた攻撃が、その猫を蹴散らす。視線と視線があって、天乃は極小さく頷くと、ベレスに肉薄した。 「……ぬ」 喜平がその巨銃でカレドヴルフを『斬り』、高く嘶いたその瞬間、踏み込んだ天乃の姿をベレスはきっちりと収めていた。 「一緒に踊って……くれる?」 「ふん! ≪あの男≫(キース)には通じたのかもしれぬが、俺には見切れて――」 いるぞ。そう続けようとしたベレスの身体から、突如と朱が飛び散った。 「……なにっ?!」 無意識に横一閃したブリューナクは、天乃の身体を直撃し、彼女を後退させた。ベレスはその自らの血液を不満げに見遣った。 ● 猫を殲滅しない以上はベレスの機動力は常軌を逸する。壮絶な戦いはそのままリベリスタらを傷つけ、そして、ベレスの胸中には複雑な感情が渦巻いていた。 (嘗て『ヴァチカン』とやったのを思い出す) 楽団員のファンファーレが響く中、ベレスはこの戦いを嘗ての自分と重ねていた。 「強者の余裕……もしくは馬に乗ってないと不安でならないとか?」 「不安だと? 貴様ら相手にか?」 「もしもそうでないなら降りて証明して欲しい。王の強さを」 喜平の言葉が挑発では無いこと、ベレスにはすぐに分かった。そしてだからこそ可笑しかった。 「これは余裕だよ。これでも『無駄な殺しはするな』と言われている。 貴様らを殺してしまわぬ様――俺は『カレドヴルフ』に乗っているのだよ」 ユーディスはその言葉に怪訝そうな表情をする。既に右目が開かぬが、槍を血に突き立て何とか凛とした姿勢を崩さずにユーディスがベレスに問う。 「……王よ、その槍を何故御身が?」 もしも本物なら、神話級の破界器に相当する。嘗てケルトの光神の武器の筈だが……。 「貰い物だ。『昔』の話だがな」 それが真実かどうか。ベレスの口ぶりからは分からなかった。そして出自は些細な問題でもある。 「――その槍を間近で見られるとは。感謝致します」 伝説に謳われる『貫くもの』と槍を交えれる。それだけで十分だ。 そして快はその槍を狙う。 何度も何度も、味方を庇いながら快はブリューナクを受けていた。 両手で槍を抱え込み、腹筋に力を込め――獲る。 「……かはっ」 だがあと一歩で引き抜けない。其の様子を認めて、ベレスが口を開いた。 「……≪あの男≫が執心する気持ちが、まあ、多少は理解した」 ぽりぽりと頬を掻くベレスの前では、フツと真珠朗が膝を付いている。だが二人の眼は未だぎらぎらと闘志を燃やしていた。 「何か分かったか、坊主」 ベレスはフツが自身を探っていたことを理解していた。それを彼に問うた。 「分からねえ。分からねえってことが、分かったぜ」 「減らず口が」 すん、とベレスが鼻を啜った。その顔は赤黒く汚れていて、当初の高貴さが少し霞んでいた。 「槍を寄越せ」 その様子に、ベレスは内心で感心した。真珠郎の体力はほぼ削がれている筈だが。 「貴様らはそればっかりだ。そんなに槍が欲しいかね」 「うむ」 「……『貴様ら』に槍は似合わぬぞ、『狂乱姫』が」 見た目にそぐわぬケダモノめ。ベレスは快の方も見遣って首を振った。 「本来は極東に行ってやったものの。≪あの男≫が『手出し無用』と言えば俺は従わねばならぬ。 だが、気に入った。だから俺は、次こそ出せ得る限りの力で貴様らの相手をしよう。 こんなナリではなく、な」 「キースが?」 夏栖斗の問いにベレスはただ頷き、そして不意にブリューナクを投げた。 「此れは槍使いにこそ相応しい。貴様の一槍、悪くなかった」 お前は『其れ』を手放せぬからな、とベレスがフツに言った。受け取ったのは横に居たユーディスだった。 「顕現したからには其れは偽物だ。勘違いはするな。 そして、次はこの≪英雄王の剣≫(カレドヴルフ)で相手しよう」 「―――」 その巨馬が―――大剣になる。その様子に、天乃も小さく眉を顰めた。 蒼く碧く輝く大剣。禍々しく『二つ目』がぎょろと動く忌われの巨剣は、初めて地に其の足をつけたベレスの手に握られていた。 「欲しければ来い。そして闘え。次こそは、俺を……」 不意にベレスの膝が折れた。「≪魔道書≫無しではこんなものか」とベレスはぽつり呟いた。 「次こそは俺を『殺す』心算で来い」 「待ちなさい、キースは――」 リリが手を伸ばした時、大きな風が吹いた。思わず目を細める。 その眼を開けた次の瞬間には、其処には荒れた高原だけが残っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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