●サイドアウトワーカー2 それが嫌いだ。 その臭いが嫌いだ。その有り様が嫌いだ。その姿が嫌いだ。その性根が嫌いだ。その魂が嫌いだ。その魂胆が嫌いだ。その性格が嫌いだ。その見た目が嫌いだ。その空気が嫌いだ。その世界が嫌いだ。その存在が嫌いだ。その視線が嫌いだ。その企みが嫌いだ。その生まれが嫌いだ。その生い立ちが嫌いだ。その育ちが嫌いだ。その考えが嫌いだ。その髪型が嫌いだ。その髪色が嫌いだ。その瞳が嫌いだ。その口元が嫌いだ。そのセンスが嫌いだ。その歯並びが嫌いだ。その呼吸が嫌いだ。その光景が嫌いだ。その骨格が嫌いだ。その皮膚色が嫌いだ。その振る舞いが嫌いだ。その指先が嫌いだ。その一挙手一投足が嫌いだ。それが嫌いだ。大嫌いだ。 あれが今、自分とはまるで関係のない世界でさえ存在しているという一分一秒瞬間刹那が許せない。耐えられない。我慢ならない。万死に値する。絶滅に値する。一切合切の消失に値する。 だから、それを殺したかった。貶めたかった。滅ぼしたかった。失わせたかった。嬲りたかった。絶やしたかった。 故に、嗚呼、なんだ。ほら、そこにいるんだろう。這い寄る混沌。そこで今も、地べたを這いまわっているんだろう混沌よ。 何を考えているのか知らないが、興味もないが、欠片として関係はないが。潰してやろう。粉々にしてやろう。終わらせてやろう。燃やし尽くしてやろう。なあ、なあ、計画の大詰めなんだろう。そこから離れられないんだろう。だったら私からも逃げないんだろう。それなら火炎に塗られせてもいいんだろう。そうだろうそうだろう。だって逃げないんだもの。仕方がない。仕方がないよな。這いよる混沌。 忌々しい。忌々しいこの牢獄を今すぐ突き破りたい。緩んだ門をこじ開けてしまいたい。それが叶わぬ身がなんとも恨めしい。 嗚呼、誰ぞ。誰ぞ。私を呼ぶがいい。その声に応えよう。唱えるがいい。唱えるがいい。高らかに。盛大に。祈りを込めて。王の名を。王の名を。 ●アンチマテリアルトリビュート3 冗談ではない。 まったく、冗談ではない。 自分を見る視線には気づいていた。わかっていた。あの時からだ。自分の奉仕種族と相対した筈の原住民共が不自然に世界から消失し、数日後に帰還したあの時からだ。 どちらの世界に召喚されたのかと探ってはいたが、よりにもよって、嗚呼忌々しい。まったく、アレも配下をボトムに差し向けていただなんて。 偶然に目を向けられたのならば、まだ不幸のアクシデントであると思うことはできる。だが、鍵と種を感知されたのは自分のミスによるものだ。それが引き金となりあの忌々しい火炎の王に見つかってしまったのだから。 だが、嗚呼、冗談ではない。冗談ではないぞ。せっかく面白いところであるというのに。何もかもが混ぜこぜになる、これぞ極地であるというのに。今更邪魔をされるなど冗談ではない。 爺め、余計な知恵を吹き込んでくれたものだ。これでは何もかも根こそぎになってしまうではないか。 そうはさせない。そうはさせられない。 あんなものは我城に引きこもり、肉でも焼いて舌鼓を打っていれば良いのだ。 ●リメディアルアクションプレイヤー5 「アークは、火の神クトゥグアを召喚することにしたわ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の発言は、予想されていたものではあったのだが。それでも、集まったりベリスタらをざわつかせるには十分な内容であった。 クトゥグア。フィクサード『ラトニャ・ル・テップ』―――ニャルラトホテプの天敵であると記される神。 恐らくはラトニャと同じく他の世界のミラーミスであると思われるそれ。その召喚呪文をノーデンスより授かったという情報は、彼らの耳にも新しいものだ。 ここ最近、この国日本では神秘的影響を増大させる『特異点化』と呼ばれる現象が進行している。『特異点』となった周辺では様々な超常現象が本来起こりうるものよりも深刻な濃度で発現することがあるのだ。 賢者の石。それが数多く観測されているのもその一端である。 あの殺人鬼。ジャック・ザ・リッパーが発生させた閉じない穴。これも特異点化に拠るものだと言えば、その深刻さも分かるというものだろう。そして、今回のそれは以前の比ではない。 悪いことは重なるというが、この時点であのミラーミス、ラトニャが活動を行っているという問題は偶然にタイミングが一致したというはずもなく。万華鏡が弾きだした予知は、彼女(と言っていいものかどうか)の目的がこの特異点化に絡んでいるというものであった。 『星辰の正しく揃う時』。ラトニャの言うこれは特異点化を指しているのだろう。神秘現象の深刻化。その最長点。まさしく神秘的存在であるラトニャがこのボトムチャンネルで最大限に力を発揮できるのはその瞬間だ。 それを狙い、彼女は自分の世界とこの世界とを結合しようとしているのだろう。 万華鏡から得られる情報は断片的になものではあったが、事実ラトニャが三ツ池公園に出現したという報告が上がった以上、その予測は決定事項として扱われることとなっていた。 結合。世界の結合。当然、それは足し算のように綺麗に纏まるものではない。上位世界との結合は、吸収に等しいものだ。侵食に異ならないものだ。そうなればこの世界は容易く抗えぬ全てに押しつぶされ、喰らわれ、消化される。それは滅亡と同義である。 故に、なんとしても阻止せねばならない。 『そなた等が其を滅ぼす事は不可能だ』と、ノーデンスは言った。神、という存在。生き物というカテゴライズをしていいかも不明なしかし意志のあるもの。無論、神という定義によりその強大さは変質するが、それがどんなに卑小であったとしても遥か巨大であるという点にかわりはない。 分が悪い、という言葉では表現し尽くせない。しかしやらねばならぬという前提はどうしようもなく存在し、そして一切の希望がないわけでもなかった。 対抗しうる、手法のひとつ。 それが、火の神クトゥグアである。 幸運なことに、条件は揃っている。 最近の事件で数名のリベリスタがクトゥグアの世界―――フォウマルハウトに迷い込んだことにより、かの神の興味もこちらの世界、そしてラトニャ自身にに向いている。 そこに今回の特異点化、並びにノーデンスより受け取った呪文。これらの要素を加えれば、クトゥグアの召喚は可能である。 可能。かろうじて、という冠詞をつけることにはなるが、可能なのだ。 それでいてなお、不完全な状態での召喚になることは明白である。上記の要素が偶発的に揃った現状で以ってなお、ひとの手で呼び出すには余りある存在なのである。 「当然ながら、ラトニャの方も妨害には来ると思う」 クトゥグアという大物を呼び出す。これはラトニャに対し最大の武器にはなるだろう。しかし、呼び出した以上は、送り返さねばならない。これは必ずしも人間にとって友好的な神ではないのだ。土の神を排斥しても火の神が根付いたのでは話にならない。 故に、本作戦は以下の3行程に分けられることになる。 1.クトゥグアを呼び出す儀式の完成まで儀式陣を守護する。 2.召喚された不完全なクトゥグアと共にラトニャの軍団を殲滅する。 3.クトゥグアに余力がある場合、これを弱らせ自身の世界に送り返す。 「ラトニャと対消滅が望ましいけれど、無理難題に近いと思う。おそらく、クトゥグアはラトニャの化身らを消滅させてもまだ余力が残っているはず。そして、その後に残った『諸刃』の片方を振り下ろさせるわけにはいかない」 クトゥグアとて、ニャルラトホテプに対抗すれば大幅な消耗を強いられるはずだ。不完全な召喚をされた上で更に力を使い磨り減った状態であるならば、自分達でも打倒できるかもしれない。 はず。かも。不明瞭な事態の多い作戦ではあるが、やってやるしかない。 リハーサルは行われず、台本もスカスカで。 それでも幕は上がるのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月15日(火)22:57 |
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●アンチマテリアルトリビュート&リメディアルアクションプレイヤー2 嗚呼、大群が来る。それらは異質の悪意を持ってやって来る。津波のように、蝗のように、人間のように。嗚呼、大群が来る。 見るも悍ましい。そのような表現をこの数カ月で何度浮かべたことだろう。しかし、それらはまさしくその通りの存在であり、相応しく忌み嫌うべき相手であるのだ。 化け物。化け物。化け物だ。襲い来るそれら大軍は全てが全て不揃いな外見をしていた。 眼球がないもの、多すぎるもの。四肢の多いもの、無いもの。極彩色であるもの、肉色であるもの。気持ちの悪いもの、気持ちの悪いもの。 それらがそういうものであるのだと、予め覚悟していなければ、不意の遭遇であったならば、慌てふためき冷静さを欠いて居たことだろう。 正気を失う。それこそが当てはまる。押し寄せる。押し寄せる。だが、逃げるわけにはいかない。この場を守らねば、勝利はないのだ。 敗北とは終了である。気概の問題ではなく。物理的な世界としての終わりである。故に、この場は何物とも同質で同格であるのだ。 「さて、決戦だ。ここでどれだけ踏ん張れるかで未来が変わる」 義弘の言葉はけして比喩表現ではない。そして正しく言うならば、未来が有るかどうかが変わるのだ。 正直、一秒とて眺めていたくはない生き物共。混ぜあわせているという面では、確かに混沌なのだろう。 その波を前に、彼はあえて一歩を踏み出した。 守るとは、そういうことだ。守るとは、そういうものだ。他者より与えられる害悪から己の身を呈して防ぐことだ。 獲物を振るう。押しつぶし、引きちぎり。終わりの見えない数に。それでも希望を見出しながら。それを叶えるために。勝つのではなく、守るための戦いに腕を振り上げるのだ。 「さあ、奴等の眼前で壁となれ!」 ミラーミス。それは絶大な力の代名詞である。その存在の恐ろしさを、とてつもなさを、どうしようもなさを。アークに所属していれば誰だって知っている。マリルにしたってそうだ。しかしそれを相手にし、あまつさえもうひとつ呼ぼうと言うのだ。震え上がるような光景である。 「でも、あたしは立ち向かう勇気あるねずみですぅ! このミラーミスにも屈しない最高で最強なるねずみの力を思い知るといいのですぅ!」 恐怖心というものは、非常に優秀な装置である。それは生命を守るストッパーであり、警報機だ。だが、時に人はその警鐘を知りながらも立ち向かわねばならない。 銃弾をばら撒いた。虫の幾つかが潰れ、ひしゃげ、夢に出そうな悲鳴をあげる。 化身のひとつに気を取られていると、守夜の足に何かが噛み付いた。 牙の食い込む感触。痛み。ぎょっとして視線を向けると大きなムカデのようであった。 気持ちの悪さに思わず振り払おうとするが、牙は食い込むばかりだ。嗚呼、無機質な複眼と目があった。背中を冷たいものが走る。虫が、笑ったような気がしたのだ。 やや半狂乱に陥り、ムカデを潰そうと躍起になって。潰した頃に。はたと、気がついた。 囲まれている。人の顔をした鳥に。六肢の獣に。巨大な昆虫に。ガチガチと。ガチガチとなる。うるさい音。足が痛む。走れそうにはない。潰した虫の体液は紫色をしていて。ガチガチ。ガチガチとなる。体液からまた虫が這い出てくる。 吐き気が抑えられない。 大規模戦闘において、全体の動きを把握することは極めて難しい。しかし、小夜は可能な範囲でそれを努めようとしていた。 癒し手は己ばかりではない。ならば自分の担当すべきエリアを意識して。 己ひとりの敵うものではない。ならば逸れ孤立してしまわないように。 役目は戦線の維持である。ならばひとりでも多く傷を癒せるように。 動き回る。怪物につけられた仲間の傷を治しながら。時に、膝のついた仲間を後方へ引き摺りながら。 周囲を見ている。だからこそ分かる。分かっている。いくら個々の戦力で勝っているとはいえ、数の違いを覆せるものではない。 推されている。しかし、それでいい。この局面は、殲滅を意味するものではないのだから。 弓弦の放った矢が、化け物の眼球に突き刺さった。衝撃による一瞬のフリーズ。そこに間髪入れず、残りの目玉ら全てにも同じくして矢が突き刺さる。 ひとり矢ぶすま、とでも称すべきか。倒れた敵を確認すると、弓弦はまた別の敵へと射線を向ける。 射手であるのだから、彼女は当然として後衛に陣取っている。その中でも、他の仲間の近くを意識していた。その意味は、自分の気力が底を見えた際に味方の盾となるためだ。 「弱い私はこうでもしなければ皆さんのお役に立つことが出来ませんから」 加密列。カモミール。苦難に耐える。その花言葉の体現のように。けして諦めぬ不屈の精神を持ちながら。 「恩義を返すまでは死ぬわけにはいきません」 「上位存在を倒すために他の上位存在の力を借りる、か」 ヒトのことはヒトの手で。エルヴィンとしてはそうしたいのはやまやまだが、可能ではないという現実を伝えられている。 悔しい話だが、無闇な策で犠牲だけを積み上げる愚かさに比べれば、妥協はやむを得ないものなのだろう。 「まあいいさ、俺は何時も通り、皆を護るだけだ」 そう言って、治癒式を展開する。この場を保てばいい。そういう手はずで聞いている。ならば彼のような高位の癒し手がそちらに従事していることは、非常に理に適ったものである。 「まだまだ、悪いが寝る時間にはまだ早いぜ!」 安心感。信頼度。確かなバックアップは士気の維持にも繋がるものだ。 「絶対に死なせはしねぇ!」 牡丹は自分を一度死んだ人間であると定義する。 生い立ちにより、守るべきものを守れなかった時、一度死んだのだと定義する。 だが、肉体は生きている。 生きる寄る辺を失い、自分を責めても過去は変わることなく。ただただ空虚な、なにもないそれだけが残った器。 異形の獣。その首に巻きつけた糸を強く引く。肉の絞まる音。骨の軋む音。 皆、戦っている。 ここを、守りたいと思う。 空っぽの自分に、それでも心地良いと思える場所。自分の居場所。 その為に残ったこれを使おう。その意味を得たのだと思おう。それは間違っていないはずだ。自分に問いかける。自分の中の残影に問いかける。答えを確かに掴みながら。 「そうだろ? 楓」 思い切り獲物を振り回し、白兵の距離にまで近づいた敵を薙ぎ倒すと、ブレスは一歩距離を空けた。 膝に手をつき、食いしばっていた顎の力を緩める。頬に溜めた呼気を勢いよく吐き出し、傷による痛みを脂汗とともに外へと追放する。 深く抉られた胸の傷。妙な気だるさは、獣の爪に毒でも混じっていたせいだろうか。 だが、小休止に浸っている暇はない。 腕を突き出し、狙いを定めて、引き金を絞る。途方も無いこの数だ。適当に撃っても、どれかには当たる。当たれば死ぬ。簡単な理屈だった 「弾丸の出血大量サービスだ。いつもの倍はばら撒いてやんよ!」 「始めましょう」 攻撃に移りたくはあったものの、敵の数はいまだ膨大である。凛子としても回復で手一杯な様子であった。 ラトニャ。ニャルラトホテプ。這いよる混沌。神であると名乗るそれ。神であるのだと綴られたそれ。適当な神話よりも、ある種身近であった伝説のそれ。 しかし、神であろうからなんだというのか。例えどのようなものであったとしても、ひとの生きようとする意志を容易く曲げられなどしないのだ。それを、示してみせよう。 傷ついた仲間を癒やす。数で押し寄せるというのなら、個で群を維持しよう。傷を負いなお立ち上がるだけの助力をしよう。 「神のご加護がありますように」 それは、皮肉であったのだろうか。 「また、やれ妙な存在を召喚することになったものだ」 クトゥグア。異形の炎。そんなものを呼び出す機会があるなどと、一体誰が想像しただろうか。 まして、異質そのものと対立するなどと。 「まぁ良い。私としては敵がなんであろうとも闘えればそれで良いのだ!!」 シビリズは吼える。敵は多勢。こちらは無勢。敵は神。こちらはひと。それはなんと甘美な戦いであろうか。 「では行こうか――今宵は耐える限りだが、壊れんぞ? 私はな!」 受ける。その身に殺意を浴びる。獣に噛み付かれ、虫に這われ、鳥に啄まれようとも。立ちふさがる。柱のように、壁のように。 「ハハハハハッ! 多いな! 素晴らしい!」 血を吹き、爛れようとも。 「さて、あのミラーミスともこれで決着です。別世界の王という存在にも興味はありますが……それは他の人たちにお任せしましょうか」 紫月の生み出した焔球は数多に別れ、大地に火箭の雨となって降り注ぐ。 虫が、鳥が、獣が、人型が、肉が。燃えて焼ける。焦げ臭い。異臭。異臭。それでも止まず、雨は原始的害性を伴い墜落する。 「さあ、一気に押し返すとしましょうか」 それでも勢いは止まらない。分かっている。こんなところで倒せてしまう相手でない位は気づいている。今もまだ地平の向こうまであるのではないかと錯覚するほどの。軍勢。軍勢。 「まずはこの場所を守りきる……作戦の要です、必ず守ってご覧に入れましょう」 正直、途方も無い数であるわけで。 惟としても、個人の力でどうこうできるものだなんて思ってはいない。仲間と協力したところで、これらの殲滅は不可能だろう。その前に、数の暴力で押しつぶされひしゃげさせられるのがオチだ。 しかし、これは防衛戦である。守ることに専念する上で、最重要点は即ち守っていれば勝てる戦いであることだ。今回で言えば、その最大点は約束されている。 炎の神。異形の焔。クトゥグア。不安要素こそ多々あるものの、かのニャルラトホテプに対向するならばこれ以上の砲弾は存在しない。 虎かハイエナか見分けのつかぬ獣をひとつ、切り飛ばす。豚のような悲鳴をあげて、紫の体液が散らばった。 「ここで負けたら全部御破算。死んでも抜かせるわけにはいかないニャ!」 遊菜としてはどこぞ建築物内で戦闘を始めたいところであったのだが、召喚対象の規模が不明であるため開けた場で行う以外選択肢はしない。崩落に巻き込まれ、火でも土でもなくただの逃げ遅れで数を減らすわけにはいかないのだ。 多少の場違い感を感じるのは、自分の未熟さを自覚しているが故のものなのだろう。それで気後れする必要などないとわかってはいても、己で創りだしたのだとわかっていても、重圧感を思わずにはいられない。 影人を呼ぶ。少しでも仲間の盾となるように。防御戦は消耗のぶつけあいである。回復手を失うことは戦局の傾きを意味するからだ。 「外なるゴミ共、か。此処で粘っておけば妹が楽になるんだよね? 兄貴の務めを果たそう」 口悪く、その神父―――ロアンは異形どもに鋼糸を巻きつけた。引く。千切る。振り払う。数で圧倒的に負けているのだ。せめてその差を埋めるべく弱ったもの、傷ついたものから選び、技を振るう。 「さあ、解体ショーといこうか?」 紫の、緑の、青の、紅の、血が舞い肉が飛ぶ。気持ちの悪さに顔をしかめそうになるが、表には出さず懸命に堪えた。ともすれば吐き気を催す悪臭。こういう風にできているのだろう。ひとへの嫌がらせであるのだ。 「さあ、悪運勝負だ。人間をなめるなよ、化け物共め。僕らの世界で我が物顔とか、懺悔したって赦さないから」 あばたの構えた長大な拳銃が、化け物の顔を潰す。肩を潰す。足を潰す。眼球を潰す。舌を潰す。角を潰す。羽を潰す。撃つ。撃ちぬいていく。 「こんなものがミラーミスの化身だと?」 声は自然、異形どもを煽る。己の鼓舞と、敵への嘲りを込めて。 「宇宙規模の神の手勢だと。舐めてんじゃねえぞ。何度も何度も言わせんな、『地球如きでぐだぐだやってるような奴ら』にもたもたしてる場合じゃねえんだアークは。担当部署はこの世界=全銀河なんですからね。お前なんかちっともコズミックホラーじゃない。悔しかったらハワードでもオーガストでも生き返らせて存在ごと書き直してもらえや!」 応えは期待していない。聞いてはいない。こちらの一方的な、銃弾のキャッチボール。 己の何恥じぬ戦いを。 リリウムはいくつかの言葉を唱えると、周囲にある邪気を払う。 毒が、熱が、冷気が、痺れが、呪いが、止まらない出血が、閉じない傷が、気だるさが、衝撃が、不安が、不幸が。これらこの世界には存在し得なかった混沌の化身は、あらゆる災厄を撒き散らしている。 ペスト菌のようなものだ。ひとを弱らせ、不安にさせ、死に至らしめる。違うのは、ここが現代で、これは治る病であるということだ。 よって振り払う。悪意を保った病の群れを、払い、清めていく。 「姉様や皆様が安心して攻勢に出られるよう、召喚の時間は稼がせていただきます」 「あれぇ……? 確か、素敵過ぎる人達を一緒に来てぇ、それからぁ……リリス、もしかして皆とはぐれたのかなぁ……?」 襲い来る、異形の群れ。そのどれもが今夜の悪夢で主役を張りそうな、そんな軍勢。軍集団。さすがのリリスも寝ぼけてはおられず、咄嗟、構えを作っていた。 「うん、目が覚めてきたよ。後で皆に謝らないと……」 あのまま寝ていたら、そう思うとぞっとする。きっと自分の身はあれらに食いちぎられ、咀嚼され、最後に意識を失うその刹那まで、ただただ食われているという現実に正気をすり減らしていたことだろう。 「それにしても、一体皆は何処に行ったのかな? リリスだけ全然違う場所に……眠い時は注意しないとだね」 「邪神も邪神、おとぎの中の旧支配者とは……存在するだけで神を愚弄する、そんな存在を召喚する為に守らなくてはいけないというのは、信じられない屈辱だ……さっさと殴って送り返すために、この召喚、滞りなく終わらせましょう」 一神教。他神の一切を認めない。容認しない。許諾しない。その信仰の下であれば、聖にとってとてもとても歯がゆいものであった。 神。神。自分の信ずる唯一絶対を愚弄する異形。だがしかし自分たちだけではそれに対向する術を知らず。よって対立する異形を持ってしか手段がない。 嗚呼、なんと悍ましいことか。神と名乗るものを、自分の神以外にそう名乗るものを頼る。呼ぶ。願い奉る。それではまるで認めているかのようではないか。 「なんというか、これ一種の爆風消火だよね。現時点で他に手段はないだろうし、しょうがないかな?」 強大な火災に対し、風で対向する。ともすれば飛び火、二次災害をこそ注意せねばならぬ手法はなるほど、言われてみればエイプリルの弁も的を射ている。 閃光が夜を刹那、昼の瞬きに変える。この技に殺傷性能はない。だが、問題はない。戦闘が始まってから、この押し寄せる軍集団相手に防衛戦を初めてから。いったいどれほどが経ったのだろう。 もうすぐだ。もうじきだ。もう少しだ。 炎の顎は、もうそこまで迫っている。 「足止めが目的だからね、せいぜい、時間稼ぎさせてもらうさ」 振るった剣により一瞬、畝傍の眼前が開けていた。しかし、一歩を踏み出すような真似はしない。空いた瞬間にすばやく周囲へと目を配らせ、仲間と戦局を確認する。 踏み出せば、英雄にはなれるかもしれない。しかし、それは化け物の餌と同義である。集団戦において。孤立することほど愚かしくも恐ろしいことはないのだから。 押し寄せるそれらを、力任せに押し返す。それが壁となり、敵の隊列を乱す。数秒。それでも稼いだ時間は大きく、自分の後方で強大な儀式が完成していくのを感じる。 またひとつ、化け物を吹き飛ばした。完成まであと僅か。その数刻が、自分たちの正念場。 「ただ、勝利の為に」 羽海は獣の一群のなかに突撃すると、そのひとつに刺を突き立てた。 悲鳴をあげ、縦に割れる頭。中から不揃いな牙が覗く。不快な生き物ではあるが、それで引いていい理由もない。抜き取った刺を手近な敵へと突き刺すと、そのまま走り抜ける。 節足動物のような獅子。流動金属でできた鳥。足の生えた魚。創造主の悪趣味だけで作られたのだとしか思えないそんな怪物らを仕留めていく。腕に痛み。見やれば、虫型の敵が自分に針を突き刺していた。頭だけが人間のそれで、涎を垂らしながらこっちを見ている。 振り払うと、笑い声をあげた。身体に空いた穴から赤い液体がこぼれ出て、酷く痛みを伴う。 一斉に、差し潰したはずの化け物どもが笑い始めた。 「異界の神と異界の神の戦闘など、なかなか面白いじゃないか」 炸裂。轟音。朧により発言した爆裂が、周囲一体を吹き飛ばしたのである。 「だが、まだ役者が揃っていないんだ。少し待っていてもらおうか、ニャルラトホテプ」 しかしそれももう間もなくだ。間もなく、儀式を完成を迎えようとしている。 それを察しているのか、ラトニャ軍の攻勢も激化していた。 「毒や炎と言った攻撃が私の体を蝕む事は無いが、それに耐えきるだけの体力に難が有るな」 そんな中でも朧は、自分の研鑽を欠かさない。感想は端的に、自分の欠点を冷静に洗い出す。 「なるほど、今後の課題として覚えておくとしよう」 「なんだか非常に面白そうな事がおきそうですねぇ、興味深いです。まぁ危ないみたいですけど個人的には知的好奇心のほうが大きいですね」 好奇心はなんとやら、なんて。あかりには説法とはならないようだ。 「神様を呼ぶだなんてちょっとワクワクしませんか? 仕事をしつつ眺めてみることにしましょうかね」 その、神様を呼び出す儀式も、完成を間近にしていた。 空間が震えているのを感じる。この世界が圧倒的な異質を感じて慄いているのが聞こえる。世界は繋がり、星々の最果てよりそれは来る。圧倒的な熱量を持って。絶対的な火力を纏って。 「いやー、なんか派手なことになってそうですねぇ、ちょっと興奮しますよ」 星辰の夜、クトゥグア来たりて。 ●アンチマテリアルトリビュート、サイドアウトワーカー&リメディアルアクションプレイヤー2 夜に見える太陽。 一瞬の静寂。喧騒も、戦闘も、鳴き声も、雄叫びも、金属も、魔法も。何もかもが聞こえなくなる。耳が痛い。五月蝿いほどの沈黙。しかしその後、直後、耳をふさぐ暇も与えず、それは大轟音を持って現れた。 空間に展開された魔法陣をゲートとして、見上げるほどに遥か巨大な獣が姿を表した。 熱い。熱い。炎そのものにあぶられているような、否。この表現は正しくない。彼こそが、炎そのものであるのだから。 狼とも、狐とも、つかぬような。 大きな大きな獣。 それは紅蓮の体毛を震わせ、前足を振り上げると。そっと地に置いた。 それだけで、異形の化身共は大半を焼かれ失うこととなる。 「解るはー。依頼でそんな女ぶち殺したから解るはー」 七海はよくわからないことを言う。何か、癪に障る相手でもいたのだろうか。 彼が今回の作戦に従事する目的のひとつが、この炎の神を見ることであった。 強大な、ひと目見るだけで分かるほどの強大な存在。自分の理想。絶対的強者。これを目に焼き付けておかねばならないのだ。 七海は理解する。本当の炎とは敵を傷つけたりなどしないのだと。真に絶大な炎とは、それを瞬時に灰へと無へと返すものなのだと。 実際に自分はクトゥグアの火に焼かれもだうつ敵を攻撃などしていない。まだクトゥグアから逃れている雲の良い物を仕留めているだけなのだ。 「ははっすげえ、すげえ! この圧倒感。まさに自分の理想そのもの!」 「真っ赤な炎の神様、ねぇ。色々あるとは思ったけれど、まさか神様と方を並べて戦うことになるとは思わなかったよ。それも、ただの神じゃない。本来なら観ただけで精神が壊される、途轍もない邪神なんだからね」 そう、この紗夜は今、威圧感こそ感じるものの正気を失うほどの絶大な恐怖を感じてはいない。それはこれが不完全な召喚であるが故なのだろう。本当に本当の、完璧な姿であれば今頃自分は廃人にでもなっているだろうに。 虫の一匹を踏み潰す。獣の一匹を―――倒す前に吹き荒れた炎がそれを消滅させていった。 「私の実力からすると、少々背伸びかもしれないね。でも、だからこそ見えてくる世界もあるものなんだよ」 「こんな戦いばかり起きて、周りの人達が可哀想。不安で怯える人の想いを、決して無駄にさせないために、あたしは戦います!」 カシスの一撃が、クトゥグアより必至に逃げようとする二足歩行の魚をひしゃげさせた。なまじ狂気的なフォルムがさらに歪になって。なんだかとても、気持ちが悪い。 攻撃がよく通る。これもクトゥグアの神性によるものなのだろうか。炎の魔神が現れてより、土の化身たる異形共は見るからにその勢いを失っていた。 尻尾を撒いて。そんな表現が似合う。 「ねえ。焔の神様。あたしの焔は役に立ってるかな。あたしが張り裂けそうだから、お願い、助けて」 その願いが、気まぐれなミラーミスに届いているかどうか。 「あたし個人は割と、大艦巨砲主義って大好きなので。ん-、薙ぎ払え! なんて言うと格好よさげ?」 セレアの指さしたあたりに、小規模の隕鉄が降り落ちた。衝撃、烈風。直撃は避けても、その余波は逃げ惑う有象どもをまとめてなぎ払う。魔術師の最大種であるこれは、詠唱に時間のかかるもの。しかし、それ故に発現した際の威力は絶大であった。 「単体に確実にダメージ与えて潰す、ってのならもっと適任な人はいくらでも居るし」 だから自分は、マップ的な攻撃を行うのだ。 詠唱をする。その間に、吹き荒れるクトゥグアの炎がまた無数の化身どもを減らしていく。恐ろしい威力だ。惚れ惚れする反面、危険を感じずに入られない。 自分も、負けてなんていられないだろう。 クトゥグアの炎により、それらがあまりにも儚く燃え尽きるから。作戦の半分が成功し、少しだけ余裕ができたから。理由はいくつにも考えられるが、ヒルデガルドに油断をしたつもりはなかった。なかった、のだが。 血の塊を吐き出した。むせこむのは肺が損傷したからだろう。 呼吸が荒い。夏の夜というにはそれ以上に身体が熱い。腹の傷口を抑えた右手の隙間から、絶え間なく赤くどろりとしたものが流れ出している。 目の前に鳥型の敵。攻撃しようとするが、腕に力がいらない。何かを食べている。嗚呼、嗚呼、それは、私だ。私の、私の肉を。 「殴りまくって吹き飛ばして叩き潰してコナゴナに砕いてやんぜ!」 無数の敵に鉛の雨を降らせながら、カルラが吼える。 ラトニャの化身。それらの頭が、腕が、足が、胸が。気弾に貫かれ、ひしゃげていく。潰れる音。火薬の音。潰れる音。火薬の音。 逃さない。ラトニャの、本体の下へと逃げ帰ろうというのだろう。それを許さない。ここで削り取らずして、一体いつ削るというのか。 「大量の化身ったってアレ、結局一人なんだろ? ぼっちが俺らの束ねた意地に勝てるかよ!」 いずれ攻勢に乗り出して、戦局は大きく移る、 「気持ち悪いのがいっぱいいそうですわね、美しくありません」 紫月の言うとおり、確かに見目麗しいと言える敵は皆無である。そのどれもがおぞましく、また直視を憚られるようなものばかりだ。 創造主の趣味と、こちらへの嫌がらせを込めたものなのだろうが。これで気圧されはしないものの、気が滅入ることに間違いはない。 「もっとこう、天使様みたいなものがわたくしはいいと思いますわ。見た目、大切ですわよ?」 そう言って、一体を切り飛ばす。手応えを感じれば次へ。本来ならば撃滅の確認を取るべきではあるが、あれを直視するというのは勘弁願いたい。 「正直相手がどういうものなのか良くわからないというのが本音ですわね。せめてましな形をしてくださいまし」 「たった一人を倒すのに、これだけの人数では飽き足らず異界の王まで呼ぶだなんて」 少し妙な物言いの、姫華。ラトニャ―――ニャルラトホテプは元来、リベリスタとはいえ人間という枠である以上どれだけ束になろうと敵うものではない。それ故に決断されたのがクトゥグアの召喚である。事実、この威力を見れば構成面での作戦は確かに機能しているのだ。 「一般の方々に被害が出ないよう、出来る限りのお手伝いをさせていただきますわ!」 逃げようとするそれから叩いていく。これらひとつひとつがラトニャの分身のようなもの。ならば、去る者は追わず、というわけにはいかなかった。 「全員無事に三高平へ戻りますわ!!」 召喚の成功度次第ではクトゥグアの召喚も功をなさないのではないか。 それを危惧していたシエルではあったが、どうやらうまく行っているらしい。それは、この戦局を見れば一目瞭然であった。 クトゥグアの炎は、吹き荒れる度にラトニャの化身をかき消していく。本体から命令でも出たのだろう。クトゥグアから逃げる残党処理するような流れとなっていた。 「「遍く響け癒しの歌よ……聖唱、紫苑と白銀の誓約―――」」 光介と同時に行われる、回復術の同時多重起動。逃げると言っても、個々が戦闘に脇目もふらず一目散に逃げ出しているわけではない。敵の抵抗は続いている。ならば、癒し手には相応の役割が残っているのだ。 そしてさらに、沙希がまた別の治癒術を重ねていく。範囲回復式の重ねがけ。一度に余程の攻撃を受けるようなことがなければ、まだまだ戦い続けることは可能だろう。 「火が土を焼き尽くす事……祈っております」 その言葉に応えたのかは知らないが、また炎の一筋が敵を面上で削っていく。強大過ぎる炎。真実、仲間である等ならこれほど心強いものはないが、これはあくまで呼び出したモノ。不安は残る。 「身震い……しますね」 光介の持つ魔術知識が脳内で警鐘を響かせている。これがどれほどの異常であるかを彼は知っていた。 クトゥグアの召喚。それは一歩間違えれば自殺にも等しい危険な行為。そんな諸刃の剣。刃筋に顔を添えるも同じであった。 「毎度の事だけど箱舟は綱渡りが多いわね……嫌いじゃないわ」 「無茶はいけません」 リリは突出しすぎていることで、劫をたしなめた。しかし、 「無茶も何も、別にそんな心算は無いけどな」 「一応……心配はしています。喪うのが怖いのです。今が大切なのは、私も同じですから……」 「俺は先に行く、だから…まあ、ついてくるなら頑張れよ。道は切り拓いてやる、精々楽な道通って来い」 「後れは取りません」 それを、勝手だとたしなめはしない。それが諦めか、信頼からくるものなのかは判断がつかないが。 「だから今は……この日常を守る為に戦場を駆け抜けよう!」 「さあ、『お祈り』を始めましょう」 そうしてなぎ倒し、潰し、活路を開いていく。 表には出さず、心でのみ呟いた。その恩を返すために、自分こそが切り拓くのだと。楽な道。そういうのならば、貴方を通らせよう。 過去を悔やむ。守れなかったことを歯噛みする。自分の弱さを理解している。ならば卓上に、賭けられる全てを並べよう。それを迷いはしない。 交わらぬ思いを抱えながら、それでも同じものを守るために。 「Amen」 「その首、たたっ斬る!」 「命を賭してレイを守るよ。だから、思う存分『殺して』いい」 夜鷹はレイチェルの前にその身を晒し、襲いかかる全ての攻撃から庇い、守り続けていた。 それを、献身と。守護と呼んでいいのだろうか。夜鷹は彼女のために全てを擲っている。仲間意識で他に視線を向けることはなく、ただただレイチェルだけを庇っている。 既に彼は血に塗れ、骨も幾本か折れてはいるのだろう。しかし倒れない。レイチェルだけは守りぬかねばならないからだ。それを唯一つ、存在理由としているからだ。 そんな戦い方も何度目だろうかと、レイチェルは思いを巡らせる。 正直、最初は嫌なものだった。しかし、最近では安心感をさえ覚えている自分を感じている。その技量が高いものかと言われれば、まだまだ未熟だと告げざるを得ない。 しかし、これでよい。これが一番、安心して戦える。 これも惚気なのだろうかと、頭の片隅で思いながら。 傷つき、食いしばる彼を見て思う。もしも彼が失われるというのなら、恐らく、いや絶対に。自分も、他のすべてを擲ってでも。 「傲慢と言われようが、私の射程に踏み込んだ奴を逃すつもりはない」 「毒を以て毒を制すも容易いことではないが、神などと巫山戯た存在に対してはそれも止む無しか」 杏樹と伊吹は持てる知識、知覚を最大限に活用し、ラトニャ軍の全体を把握するよう努めていた。攻勢に出ているもの、守勢に出ているもの、本体のもとに逃げるもの。ひとつとして逃せば、向こう本体と戦っている側が苦しくなる。なんとしても、ここで殲滅する必要があったのだ。 「背中は任せたぞ。勝手に邪神なんてのに食われるなよ」 「うむ、任された。そなたもな」 仲間の居ることの、なんと心強いことか。無限数にも思えた異形の有象無象どもも、今では見るからにその数を減らしている。完全駆逐。恐らくはそれも叶おうか。 「クトゥグア王、私の火と一緒に向こうも焼いてくれるか? あれが鬱陶しいだろう?」 それを聞いていたのかはわからない。だが王の炎は、また間違いなく軍の一端を削いでいた。 「さーて、そんじゃま行きましょうかね。しかしこれがクトゥグアねぇ。えらくクソでかいわ」 フランシスカも思わず見上げるほどに、見上げても届かぬほどに、クトゥグアは大きい。これで不完全だというのだから、完全な姿とはどれほどのものなのだろう。例えそれにお目通り叶ったとして、刹那の後に無事でいられる保証も無いが。 クトゥグアの取りこぼし。逃げる残党を追いかけ、仕留める。王の邪魔になってはならない。万が一巻き込まれようものなら、自分もきっとこうなるだろうから。 「他所の世界のミラーミスならとっととその世界に帰ってろっての。うざってぇんだよ」 リオンとエフェメラはサポートに徹していた。大規模掃討戦における重要課題は補給の持続である。短期決戦を必要とする以上、広範囲に渡る大技を連打することとなるため、そのリソース確保が重視されるのだ。 このふたりは補給要員として徹底することで、気力の確保、並びに個々人の性能底上げを可能としていた。 逐次、本部側に情報の伝達も忘れない。こちらの戦況如何によりラトニャ本体側を相手としている部隊に与える影響は非常に大きいものだ。それを見越した上で戦局を整えねばならない。 「絶対に押し負けたりしないっ! ボクたちの第二の故郷を好き勝手には絶対にさせないんだから!」 「最後に勝つのは我々リベリスタである。そのために俺がいるのだからな」 そのリソース源を厄介とみなしたか、一匹の獣が彼らに襲いかかる。その眼球に突き刺さる術式の矢。放ったのは亜婆羅である。 「強大な存在を打ち倒すべく強大な存在を頼る。共闘ではないところがミソよね。骨禍珂珂禍!」 奇妙な笑い方で、されど油断はない。 超大なるクトゥグア。その膂力は確かに凄まじい。何もかも焼きつくしてしまうほどに。しかし、これにもたれることはできない。最後に頼れるのは、やはり自身と仲間であるのだから。 「あたしの細腕もまだまだ捨てたものじゃないわよ?」 ●サイドアウトワーカー&リメディアルアクションプレイヤー2 恋焦がれるように激しく、燃え盛るように愛しく。 最後の一匹を。誰かが仕留めた。 それは擦り合わさるような悲鳴をあげて、醜く悍ましく死んでいった。 ラトニャの化身。無数に思われたそれらも、今では皆無となってしまった。これでよい。あの這い寄る混沌の半身を削ぐことが出来たのだから。 嗚呼よかった、任務は完了だ。そうなればよかったのだが、無論これで終わりではない。 見上げるに、遥か強大。 不完全な召喚と、先ほどまでの殲滅戦による消耗だろう。絶大な炎は形を潜め、しかし熱く赤く煮え滾る。 この身を焦がす。狂い踊る。炎の歌。クトゥグア。揺り籠の王。 さあ、お帰り願おう。全身全霊を込めて。生命を賭して。嗚呼せめて、今この瞬間に灰ではないことを感謝しながら。 燃え立つ願いを込めて。 「さあ、踊って……くれる?」 クトゥグアと、戦わねばならないことはわかっていた。今まで息を潜め、温存していた天乃が駆ける。 炎の神の背を走る。一歩ごとに伝わってくる熱量。最早大地は遥か遠い。 これが不完全な、そして衰弱した姿であるというのが残念でならない。そして逆に、期待に膨らむ思いは頂に達していく。これは全力ではない。故にもっと強大であるのだ。それはなんと甘美で喜ばしいことであろう。 また、戦いたい。その思いは願いと言えるだろうか。奉仕種族でも、なんでも、差し向けろ。差し向けて欲しい。この世界には迷惑極まりないかもしれないが、少なくとも、自分は彼らを楽しみにしているのだ。 「さぁて、異世界ではどうも……とでも言えば良いのかね? 弱ってる相手を殴って勝つなんざ俺の美学に反するがよ。負けられねえ喧嘩なんだ、四の五の言ってられねえんでな……ッ!」 猛が拳を振り上げる。対等な状況で戦うなら、きっと一瞥すらも許されぬ大物。ここまで弱っていて、それでもなお危うげな。 「おおらっ! そっちが炎だってんならこっちは氷だぜ!」 だがここまでお膳立てされて、出来ないなどとは言えぬ戦いであった。 「俺一人でダメでも、何人も居りゃきっと誰かが届いてくれる!」 そのために指を伸ばす。引きちぎれるほどにもっと先へ。 熱気に当てられながら、氷雨を纏い、舞う。 七瀬は祈る。七瀬は歌う。癒やしを、治癒を、歌い恵む。そうしなければ、誰も彼も焼け尽きてしまうから。火炎に抱かれて灰となってしまうから。 燃やされている。燃やされている。その炎の痛みで飛び出しそうになった悲鳴を懸命に抑えこむ。嗚呼、僥倖だ。なぜならまだ生きているのだから。王は自分を消し飛ばせぬほどに弱っている。それを僥倖と言わずなんとしよう。 王に手を伸ばす。クトゥグア。異界の神。願いよとどけと、祈りながら。 「ねぇ、王様。感じるでしょ、王様が会いたい人が側に居ること。僕と一緒に会いに行こうよ。僕には羽根があるから飛んで行けるよ。お願い。一緒に来て?」 「いやぁ、不完全とはいえ流石はミラーミスってとこか、とんでもねぇな」 吹雪が見上げるほどに巨大。衰弱してなおこの熱気。これで不完全だというのだから、まるで底が見えぬ。いいや、底ばかりが見えているのか。 「いいように使って悪いが、もう用は済んだしお帰り願おうかね」 思い切り、炎の毛並みに切りつけた。血の代わりに、火炎が噴き上がる。何もかも、炎で出てきた生き物なのだろう。物理的、生物的なルールなど黙殺した超常生体。恐らくは、自己の世界でさえも異質な存在なのではなかろうか。 腕を焼かれ、思わず顔をしかめた。痛む。痛む。だが、痛むだけだ。嗚呼、王よ。お前は確かに弱っている。 「お前達の命、私が預かったァー!!」 豪語し、マギオンは治癒術式を編み続ける。火炎に塗れた傷を、痛みを、少しでも和らげるようにと。術式を編む。編み続ける。 吹き荒れる猛火がマギオンを襲う。 「やっべぇ、死ぬ死ぬ!」 「いや、別に死ぬのは良いけど回復出来ないのは困る!」 「いやいや、死ぬのも全然良くないって!」 なお、ひとりコントである。 巫山戯たものいいだが、口ほどに余裕はないようで。ほうほうのていでより後方へと下がる。ひといき、ついて。 「肉球ー!!」 また焼かれちまうぞ。 神も、王も。共に不要であると舞姫は思う。ボトム。世界の最底辺。ここは自分たちの世界であるのだと。浅ましく、醜く、狡く、汚く、賤しく、卑しく、自分たちが殺しあうための世界であるのだと。 血反吐を吐いて、汚泥に塗れて。そうやって、みんなみんな殺して、殺されてきたっていうのに。 混沌の神。火炎の王。許されない。そんな絶対的存在なんて我慢ならない。そんなものは消えてなくなればいい。だって、ここはボトム。私の戦場なのだから。 舞姫と共に、とらも飛ぶ。ここまでの攻撃を受けてなお、燃え盛る炎は健在である。ならば、仲間とともに駆け抜け、貫くとしようと。 「クトゥ……ク……火の神!」 ここに来てまだ覚えてないのかよ。なんなんだよこのふたりでこの温度差。もうちょっと打ち合わせしてくれよ。 「それにしても臓腑ゲートと戦った時は、こんな展開になるとは思わなかったなぁ」 腹部に小規模な異界への道を持っていた、あの奉仕種族のことを思い出す。そういえば、あれと戦った時も舞姫は一緒だったろうか。 懐かしさは感じるが、こちらの畑を荒らされてはたまらない。炎獣を穿つ。杭のように。錐のように。 炎に突撃するという無茶な行為も、キリエのサポートあってのことである。火傷を負った上から回復を行える環境でなければ、ただ消耗するだけだ。 「ミラーミス同士の戦いなんて、滅多に見られるものじゃないよね、嬉しくはないけど。世界そのものと聞いたけど、優位性を確立出来たら、同じような事が起こった時、王を召喚して戦ってもらえるのだろうか?」 少しだけ思案して、なかったことにする。 「いや制御出来ないか……」 到底、分かり合えるものではない。 「まだ弱くても、戦い方次第でやりようはある」 「弱い奴でも弱いなりの矜持がある。少なくとも自分は何もせずに見るだけだなんて御免だ」 「二人共燃えてんなー、熱いね。でも俺そういうの嫌いじゃないぜ!」 彰人、十夜、愁哉。この三名が行った行動はみな、同じものであった。 影人を呼び出し、他者の盾とすること。 自分たちは弱いのだと、彼らは自覚している。だが、その弱さにあぐらをかいて眠っていられるほど、彼らの精神は卑賤ではなかった。 やれることを、やれるだけ。 「援護くらいなら、俺でも何とかなるさ!バッチリ決めろよ!」 一瞬で燃え尽きていく式神。構わない。ほんのすこしでも助力になるのなら、たった一手でも意味があるのなら。 「彼らを援護する者の一手が多くなる……十分に有意義な事だ」 削られて、削られて、削られて。それでも生み出して、生み出して、生み出して。呼んで、盾として、燃え尽きて。何度でも繰り返す。何度でも。何度でも。何度だって繰り返す。 何もせずに黙っていられるわけがない。それでは死人だ。死んだように生きているだけだ。そんな在り方は、認められない。甘受できようはずもない。 「故に……勝ち取らせて貰う。未来の為の勝ち筋という奴をな!」 「お久しぶり、王様。来て下さってありがとう。でもこれ以上居て頂くのはこの世界にとって宜しくないの」 だから、エレオノーラがお帰りいただくまでの相手となろう。 この身を焦がす熱気を感じるほどの距離で、彼は獲物を振るう。手を伸ばせば触れられる。炎の獣毛はこの身を焦がし、照りつかせる。 「王様、あたしのお願いを聞いて頂けない?」 それは彼の大嫌いな混沌のこと。 「あたし、この世界が好きなの。だから……貴方の力を貸して欲しい」 この世界の人間だけでは敵わない。だから、助けて欲しい。遠い未来の果てに、同じことを繰り返したくはないのだ。 「よ、クトゥグア」 火炎の王に向かい気軽に挨拶をする俊介は仲間の回復に専念している。エレオノーラがあの距離で戦っていられるのもこのためだ。彼のやりたことをやらせてやりたい。そう思う故に。 「俺らとお前等の敵って割と最終的な目的って同じなんやないかな。俺等もお前が嫌いなのがいなくなれば万々歳な訳。それに俺は別にお前と敵対したい訳でもない。でもお前の都合でこっちの世界が壊されたくないから攻撃するのは謝るよ。なー俺等って仲良くなれないかな?」 それを届かせるには、生命としてあまりに遠く、かけ離れすぎていて。 「この前飛ばされた先の世界のかみさま。直接お会いした訳じゃないけど、またこんな機会がやってくるなんて」 アリステアもまた、治癒式を組み上げ続けることに専念している。弱っていても、炎の王。人間の元来の持続力程度では、到底敵うものではない。 よって、その補助が必要であるのだ。 仲間の位置を確認する。誰一人、視界から外す真似はしない。術式から仲間を漏らせてはならないのだ。 「ねぇ神さま。私はこの世界が好きなの。大好きな人と過ごすこの世界が。だから壊されたくないの。力を貸してください」 「イア! クトゥグア!」 それは伝承にもある、椿の知る彼を称える言葉。 「まさか旧支配者と直に殴り合いすることになるとはなぁ……」 だって、伝承にもあるじゃないか。出会ってしまうことをまず回避すべき相手なのだと。そも、相対するだなんて最早終わっているに等しいのだと。 「まぁ、殴り帰さんとどんな被害が出るかわからへんし、しっかりぶん殴って送り返そか」 だからこんな事態を、想像なんてできやしなかった。 「あっちはラトニャを殲滅したい。こっちはラトニャを退けたい。せやから、ラトニャを打倒しうる何かを。クトゥグアの手を煩わせずに済む、うち等だけで何とかできる手段を。ラトニャの存在が嫌なんやろ? やったら、うちらでラトニャを終わらせたる」 フツが飛び移り、クトゥグアの後ろ足に槍を突き立てた。その傷口から噴き出す炎には思わず自分の腕で顔を庇う。焼け焦げる嫌な匂い。続く痛みは一過性のものではなく、持続するものであった。 その場から飛び、着地と同時にまた駆ける。炎を飛び越え、痛みをこらえながら。それでもなお。 フツは、炎の勢いが薄れていることに気づいていた。遥か、見上げるほどの。それでもよほど、不完全な姿なのだろう。王は弱っている。勝てるやも知れないのだ。人間が、この業火たる王に。 「どうよカミサマ。オレ達の力は。またさ、良かったら修行つけにきてくれよ」 「お姉ちゃんマジモンの神様みるのはっじめてー☆」 メリュジーヌは神を嘲笑う。 「でも、ちっちゃいのね。やってること、人間とおんなじぃ☆」 そうだ、神様なんてこんなものなのだ。そう思っていたら、炎に炙られた。ほら見て、怒ったみたい。皮膚が肉が爛れている。痛みを堪えるのに、噛み締めた奥歯が痛くてたまらない。 痛むまま、獣の先端を狙う。爪だとか、くるぶしだとか。攻撃できる位置にあって、ヒトならとにかく痛いところ。 「人間向きの撃ち方よ。これでいいでしょ?」 「この前迷い込んだ異世界の王様が、ラトニャの敵だったとはねえ。縁ってのは不思議なもんだねえ」 付喪は思う。まったく、こんな形で天敵に目を付けられるだなんて、這い寄る混沌も運が無い。この状況が、自分たちにとって好意的な状況かと問われれば、首を縦には振れないが。 唱えた術式が獣を襲う。着弾するたびに爆炎が巻き起こり、その苛烈さは見惚れるほどであった。荒れ狂う火炎。公園のライトなど豆電球に思えるほどの巨大な光源。 あちこちで噴火し、暴れ狂う四足の獣。炎の獣。クトゥグア。それはラトニャやその化身とはまた違った異質である。 「実力を示せば帰ってくれるなら、全力で示すだけだね」 「こんにちは、クトゥグアさん。この間はおうちにお邪魔してごめんなさい」 好奇心に胸がはちきれそうであったというのに、真咲はあの異世界を堪能することが出来なかった。許されはしなかった。 でも、今度は王がここにいる。こちらに来ている。なんと喜ばしい。なんと喜ばしいのだ。 今ならば許される。嗚呼、全身全霊を尽くして良いのだ。さあ、食らい付こう。物語の中でしか許されなかったはずの。特大の幻想に。絶対の幻影に。丈余る戦斧を叩きつけよう。 感謝と期待を込めて。 「イタダキマス」 ●キングオブサイドアウトランド 理由はない。理屈はない。理解はない。利害はない。利率はない。利用はない。只、我慢ならない。 不意に、炎獣の身体が崩れ始めた。それは生物としての形を取るのをやめ、ただの炎の塊となった。巨大であったその体躯は縮み、大きな焚き火程度のサイズまでになると。中からそれが現れたのだ。 それは、男のようでもあり、女のようでもあった。それは笑みを浮かべ、拍手をしながらこちらに歩み寄ってくる。まるで、素晴らしいオペラを鑑賞し終えた後のように。長大な、されど引き込まれる小説を読み終えた後のように。 それはしばらくして拍手をやめると、不思議そうな顔をする。 「絶賛の意を示す態度はこうだと聞いていたのだが、違ったのかね?」 それは、低くも高くも聞こえる声だった。誰もが何も言えないでいる中、それはひとり、言葉を続ける。 「素晴らしい。素晴らしい。ひととはこうであるか。素晴らしい。面白い。嗚呼、良い。褒美を取らせよう。なんとしようか。抗う手段を、それを叶えるだけの余力はない。肉球? 火炎の身に肉はない。再戦を、約束しよう」 一瞬、身構える。こちらにはもう余力がない。しかし、抗わぬわけには、 「だが、今ではない。いずれは、必ず」 安堵する。本当に、こちらの世界に居られるだけの力もあまりないのだろう。 「共に、あの忌々しい土くれの元へ。よかろう、半身を吹き飛ばしてやったついでだ。嫌がらせのひとつもして帰ろうか」 そういうと、それはまた火炎へと戻っていく。ひとの姿は徐々に薄れ、やがては完全な炎となると、高く、高く浮いた。 「誇り給え。諸君らの神狩は成った」 そして、火炎は雨となり、もうひとつの決戦の部隊に向かい降り注ぐ。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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