●末路。 赤々と燃えている。 凍えるような暗闇の中、真っ赤な炎が燃えている。 其れは勢い収まることを知らない。 人の命を代償に叫びあげる炎だからだろうか。 「―――『アーク』に、連絡を」 誰かが叫んだ。男の声であった。断末魔に近かった。 無念だ、無念だ、無念だ。 唯、無念だ。 「あれ、それってもしかして」 皮膚を焦がす高温の分子の運動が空間を支配するその真っただ中、場違いな少女の声がした。 「神刀泰阿(たいあ)?」 幻想的な一幕である。 地に這いつくばり、意識を朦朧とさせる彼の視線の先には、深紅のカーテンの中に佇む少女の鬼が居た。 熱くないのだろうか……、否。 痛くないのだろうか―――。 「誰か、『アーク』、を」 その時、初めて六角の心に恐怖の感情が浮かんだ。 神域結界である『不可侵神域』を突破された事実。それはまだ良い。設計構築者の『月夜寺』もその不完全性を認めていた。だがその中枢である『神域限界』に至り平然とした顔をしているのは常軌を逸している。いや、それも違う。本当に恐ろしいのは、 「じゃ、それ、貰ってくよ」 きっと平然ではないのだ。『神域限界』は確実に彼女の心身を蝕んでいるのだ。 もっと云えば、『六角』の門弟たち、そして、当主たる自分の刃を受けて、その身体から血液を流し、数本の刀が刺さったままなのである。 彼女の疲弊は凄まじく、立っているのも儘ならない筈なのだ。 それなのに、一切、顔を歪ませることなくこちらに歩む少女のその≪違和感≫(えがお)が、恐ろしいのだ。 「……べきだった」 渡しておくべきだった。 もっと早く渡しておくべきだった。 『アーク』に渡しておくべきだった。 あと二日早く、『アーク』に渡しておくべきだった。 「何より、もっと、強く在るべきだった――」 「え?」 血に塗れ刀に貫かれ、汚れたその少女は箸を手に取るかの様な軽やかさで、うつ伏せに倒れていた六角のその右手から、『二匹の龍』を拾い上げた。 「十分な強さだと思うよ、君」 其れは知ってる。そう続けて、少女はぺたんと地面に座り込んだ。 「でも、この神刀はもっと私を『強く』してくれるんでしょ?」 「やめ――ろ」 「やめないよ」 大きな音がして、天井が崩れる。何百年という単位で歴史を紡いできたこの神社も、その時間と共に崩壊していく。 そんな中で、少女は、自らの手の中で暴れる『二匹の龍』を眺めていた。 「認めて」 私を、認めて。持ち主だと、認めて。 少女の言葉は宙に消えていく。 龍が従う気配は無い。 「――認めて」 私を、認めて。持ち主だと、認めて。 私を見て。ちゃんと見て。無視しないで。 「……お前には、従わん、よ」 「なんで?」 六角の切れ切れの言葉に、少女は視線を小さな龍に向けたままで、間髪入れず問いかけた。 その速さに、六角は、少女の異常さを垣間見た。 「其れを、言うと、思うか」 最後の意地だった。 誰かが『アーク』に連絡を入れるまで。或いは、『アーク』がこの異変を感知するまで。 一秒で良い。 時間を稼げ。 「……て」 六角の返答を無視したかの様な其の少女の、しかし、唇は絶えず動いていた。 「認めて、認めて、認めて、認めて、認めて、認めて、認めて、認めて」 私を、認めて。持ち主だと、認めて。 私を見て。ちゃんと見て。無視しないで。 言う事を聞いて。なんで言う事聞いてくれないの。なんで思い通りにならないの。 止めて。嘘吐かないで。騙さないで。見捨てないで。 認めて。 「―――私を、認めろ」 「なにを、して、いる」 不気味だ。少女の呟きは不気味だ。 何を見ている? 何に話している? 彼女は――本当に『神刀泰阿』を見ているのか? 「ぐ……ぁ」 そこまで思った所で、何時の間にか六角の頭が持ち上げられていた。 彼の黒い髪をぎゅうと強く強く掴み込んだ少女の腕が、六角の頭を持ち上げていた。 「言え」 「言わ、ない」 「言え」 「言わ、ない!」 ぐしゃと音がした。 六角の頭が、木造の床に叩きつけられた音だった。 「言え。じゃないと殺す」 何がスイッチを押した? 何が彼女を切り替えた? 深紅の炎と幼い少女。悪夢の様な舞台の幕は、閉じられていく。 「―――言わねえ、つってんだろうが」 それは最後の意地に違いない。 『六角』の家を護り、『御神刀』を護ってきたその意地だ。 最後までその意地を貫くぐらいの勇気が、彼にはあった。 「じゃあ殺す」 そして、その勇気が、彼を殺した。 ●『咎堕ち』 「――え?」 そして其の少女は、振り返ってしまった。 殺せない。 殺しなど出来ない。 ゆらりと立ち上がるのは六角だったもの。 『凡庸を極めた異端の血』は咎を帯びて邪に堕ちる。 それが『神刀泰阿』との唯一の約束。 だから―――……。 ●ブリーフィング 「『アーク』の不安視していた懸念が、現実になってしまった」 沈痛な面持ちで切り出したのは、天才フォーチュナである『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)その人である。 「現在、『アーク』はその作戦活動の一環で、あるアーティファクト群の回収を行っている。そのアーティファクトと云うのが『御神刀』と呼ばれるもの。『アーク』と共闘関係にある六つの革醒者組織、総称して『六刀家』が、『霊宝指定』として封印および管理の歴史を紡いできた、刀成らざる刀、それが『御神刀』」 詳細については配布資料にも記載してあるから、目を通して置いて欲しい、と加えたイヴは、更に話を続ける。 「『御神刀』は強大な力と危険な使用条件を有している。『六刀家』には其々の歴史があるから、其れを彼らから移管して貰うというのは大きな抵抗が考えられたし、実際に、『安蘇』『斯波』『一色』とは凄惨な戦いの末に神刀を回収した。けれど、現在のフィクサードやアザーバイドの動きを鑑みて、それらを『アーク』本部内で封印するべきであると私達は考えている」 実際、『斯波』から回収した神刀『九字兼定』が、ウィルモフ・ペリーシュの作成したペリーシュ・ナイトであったという事件も起きている。大きすぎる力を分散させていくメリットは、今の世界情勢の中で失われつつある。むしろそれらが敵性勢力に奪取された場合を考えれば、デメリットの方が大きい。 「残る『六角』『月夜寺』『京極』との交渉も行っていたのだけれど、その内の『六角』がフィクサードの集団により襲撃されてしまうことが『万華鏡』の感知で判明した。 『六刀家』には『不可侵神域』や『神域限界』と呼ばれる特殊な対エリューション障壁があって、それらによってフィクサードの能力は制限されているし、『六角』も彼らの有する『神刀泰阿』を緊急解放して応戦するけれど、非常に不利な状況にまで持ち込まれる。 皆には、大至急『六角』の拠点に急行して、『御神刀』を回収して欲しい」 「しかし、その『御神刀』とやらは、どうやらデメリットも大きいみたいだが」 「ええ。実は、これは本依頼においても非常に厄介な情報なんだけど―――」 イヴの声のトーンがほんの少し低くなる。「これは、以前に捕縛した『一色』からの情報なんだけど」と前置きして、その『デメリット』が伝えられる。 「この『御神刀』、『泰阿』には、通称『咎堕ち』と呼ばれる契約束縛が使役者に生じるらしい」 「『咎堕ち』?」 「私達の言葉で云えば、ノーフェイス化。 契約した使役者の意図に反し、『泰阿』が他者に奪われる。かつ、『泰阿』が別の持ち主と契約してしまうと、その元の契約者・使役者は、フェイトを失ってノーフェイス化してしまう。 これが、『神刀泰阿』を用いることで得られる大きな能力向上のメリットを引き換えにした代償」 聞いていたリベリスタもそれで合点がいった。無意識に顎を擦りながら紡がれた言葉は、その点を指摘する。 「つまり、六角は、このままではノーフェイス化してしまう可能性がある、ということか」 「その通り。しかも、その可能性は極めて高い」 誰かが小さなため息を吐いた。それは切なさであり、遣る瀬無さであり、それでも処理しなければいけない感情の発露だった。 「この依頼の目的はフィクサードの打倒でも無ければ、六角の救出でもない。アーティファクトの回収。 そして其のためには、三つ巴の戦いになるかもしれない。……最大限の注意をして」 無事を祈っているわ。そう言ってイヴはリベリスタらを送り出した。 ●ブリーフィング後 ブリーフィング終了後、諜報部所属の一人の男が小走りでイヴへと駆け寄った。 依頼内容に関わる重大事案。急いで交わされた『内緒話』に、イヴの眉が顰められた。 「……どういうこと?」 彼の背を見送りながら、イヴは思案した。 「このフィクサード―――」 画像として映し出され印刷された書類に映し出されているのは、≪朱髪の少女≫(フィクサード)。 「―――≪京極≫(六刀家)の関係者?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月04日(金)22:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● (糸を辿ると、それが一本の横糸でしかなかったと) その透き通った瞳が、全てを論理的に解き解す思考回路が、燃え盛る本殿で一つの決着点を見出した。 (六刀家と云う縦糸、か) 銀髪が赤色を反射する。『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)には、六刀家、神刀、そしてフィクサードを織り込んだ一つの世界が見えていた。 敵の配置には不明点が多かった。そんな中で最大限の考慮を払って『六角』の社へと突入したリベリスタらを待ち受けていたのは、報告通りの炎上。すんなりと本殿まで進むことの出来たという事実は、即ち本殿に残された勢力が集結していることの裏返しだ。そしてその道程には神島が率いた手勢と六角の門弟らとの凄絶な剣戟が痕である。 だから、熱に魘されて立っているのは十六人。 「おい、六角! 自分の武器を奪われたからって”堕ち”こんでんじゃねぇよ!」 いや、十五人か。『てるてる坊主』焦燥院 “Buddha” フツ(BNE001054)はその倒れている一人の男に向けて声を張った。妙齢の男が、少女の眼前で倒れている。息があるのかは分からない。 その異様な少女が、首だけをリベリスタらへと向けた瞬間、同時に『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)と『陰月に哭く』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)が六角の元へと駆け出した。その様子を認めて、 「何……貴方達」 その少女が――神島が不愉快そうに眉を顰めると同時に、その頬を一発の銃弾が掠めた。取り巻きのフィクサード達の顔には一瞬動揺が走るが、当の神島本人は気にも留めていない様子だ。六角に駆け寄ったユーディスとツァインに無言で視線を向けて、再度その銃口の根元へと静かに戻した。 「『六角』の人間では無いわね」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が覆面越しにその視線を受ける。 「彼女に尽くす義理はそこまで無いだろ」 烏の問い掛けに間髪開けず紅涙・真珠郎(BNE004921)と『破壊者』ランディ・益母(BNE001403)が神島へ接敵する。だが配下達もそれを見過ごすほどに雑魚ではない。四名の男が刀や大剣を構えて二人の前に立ちはだかった。烏の譲歩は受け入れられなかった形で、彼は内心息を吐く。烏も知る所である――会敵経験のある《太刀》(観測者)のおかげで、その配下達にも一定の配慮を必要とするからだ。 「神島様、此処はご退却を」 力の差を推し量るだけの冷静さを配下は有する。『六角』攻略のために、神島の勢力は小さくない痛手を受けている。そして目的はリベリスタ達と同様に『神刀泰阿』の回収である。 そのまま無言で離れようとする神島だが、『ツルギノウタヒメ』水守 せおり(BNE004984)がその前に立ちはだかる。 「私はせおり。青き水守が一の姫。はじめまして、『赤き御方」」 対照的なその配色。神島は、 「その死に損ないを助けて神刀も欲しい、か。その強欲は、嫌いじゃないけど」 言い終わるが早いか、瞬間の抜刀――見えぬ斬撃は神刀のもので、刹那の軌跡をせおりも古太刀でなんとか受け切る。早い、とせおりは感じた。 「私にはこの子、『瀬織津姫』がいるから他に刀はいらないけど。 そんな物騒なモノ、野に置いとけないの!」 せおりも負けてはいない。鞘と柄を最適化したその太刀がぎんと間合いを空けた。 「神刀を所有しない関係者でこういう行動に出る辺り、動機自体は類推できるけど。 あなたには聞きたいこともあるのよね――戦力供与先とか」 「その『観測者』の入手先とか、の」 彩歌の言葉に真珠郎が重ねる。二人共その破界器を知っている。真珠朗は目を細めて問いただす。 「神刀なんぞに興味は無いが、ヌシとその太刀には興味がある」 「――あら奇遇ね」 此れを知っている人に会うのは珍しい。神島の口調に好奇心が混じった。 「仕様が無いか。なんだか貴方達通してくれそうにないし……。私も、早速実戦で使えて嬉しいわ」 神島は神刀泰阿を左手に構える。忽然と上昇した殺意にフツも深緋を握りしめた。 「意志を持った武器か。相手にとって不足無しだな。 ――行くぜ、『深緋』!」 ● 「六角のおっさん、大丈夫か?」 神島らは六角に対しての興味を既に失っていた。だからユーディスとツァインの接近は上手くいった。ユーディスの目に映る彼の容態は極めて芳しくない。顔は血にまみれ体には隅々に裂傷がある。斬られてのものであろう。ツァインの問いかけに、六角はただ僅かに頭を振ることしか出来なかった。 ユーディスがすぐに療術を施す。重要な回復手である彼女を六角に割いたのは、彼のノーフェイス化を避ける為だ。ほぼ間に合わないことは、ユーディスだって理解している。 (瀕死ではなくするか、或いは……) だが彼女には一つの気がかりがあった。『咎堕ち』の条件は、六角自身が神刀の以上に『同意』さえすれば解除される。だから、六角を生かし、説得さえできれば、絶望的な彼のエリューション化を避けることが出来るのではないか、とも考えていた。後衛として気糸を張り巡らせ配下を撃ち抜いている彩歌も、そのユーディスの考えを肯定する。 神島らは六角救助に対する妨害を行っていはいないが、他のリベリスタらと彼女らの交戦現場は其処から数メートルも離れていない。既に始まっているその激戦は多大な余波すら齎すが、それを庇うようにしてツァインが捌いていく。 (六角のおっさんにはまだ『目』がある。 神刀を使っちまってはいるが、今までの奴らよりは気骨がありそうだ) 「なにより、助けを請われたんだ。……応えてやりてぇじゃねえかっ!」 「何じゃヌシ。何時ぞやの『小僧の妹』かえ?」 太刀を片手で扱うなど言語道断。非常識なド素人の発想。だからそういう意味で神島は刀に対して素人だったのだろう。何故なら彼女は、左手に『観測者』、右手に『泰阿』の二本の太刀を握りしめていた。 「――あんた、『兄貴』を知ってるの?」 そうであるならば、真珠郎だって『素人』の筈だ。真紅の少女に対峙するその深紅の姫君は、銘を持たぬ太刀を片手、斬殺魔の名を冠するナイフを片手に斬り合っている。 「『あの小僧』が得物を簡単に貸すとも思えん。奪われたとも思えん。 面倒事は好かん。――身体に聞こう」 だがその斬り合いは間違いなく玄人のそれである。びゅんと『観測者』が横一線に 切り込めば真珠郎はそれを半身仰け反らせて避け、返えす刀に下段から上段へと太刀を振り上げる。すらと斬ったのは神島の紅い髪の毛の一部で、彼女は体躯を急角度に入れ込むことで身体を薄くし、紙一重でその太刀を避けていた。 「―――」 視線が交錯する。遣り取りは一瞬だった。すぐに配下が割り込んで、真珠郎を神島から遠ざけようとする。……そしてそれが、神島には心のどこかで確かに不満だった。 豪と炎が舞っている。彩歌ならその火炎をちゃらにできるがその本殿で戦うリベリスタらの身は、確かに蝕まれていた。 そんな中で、烏と彩歌の後方支援は、最前線で戦うランディらの戦闘をやりやすくさせていた。特に神島にまとわり付く配下六名を抑制するために打ち込まれる魔弾や気糸が、神島への接近を比較的容易にさせている。 「刀っつうのは、オレには興味が無い代物だがよ……!」 真珠郎の神島へのブロックが外れたのと同時にランディがその番の斧を振るう。狙うのは敵陣系の崩壊と此処からの退避である。放たれた強力な気弾は配下の一人に直撃、確かにその身を弾き飛ばした。 「人間さ、どうにもならなくなった時に『あーしとけば良かった』って後悔して、過去の己を憎むもんだ。あんたはそのクチかい?」 「どういうこと?」 真珠郎に視線を向けたまま神島が問い返すと、ランディは小さく首を振った。 「こっちの話だ。まあ今後はやるべき事は今すぐ実行しとく事をお勧めするぜ」 その言葉が六角に向けたものであることを神島は理解できただろうか。まあ出来ては居まい、思い込みの激しそうな御嬢さんだからな―――烏はそう思うのと同時に閃光弾を放ち、敵手勢の多くに一瞬の隙を造り込んだ。 ● 「貴方が咎に堕ちれば、『六角』の重ねてきた歴史は本当に終わってしまいます。……それもこんな形で」 「……」 「おい、おっちゃん! 成られちゃ困るぜ。後で手合わせしてもらうんだからよ!」 ユーディスとツァインによる六角対処は続いていた。二人の能力の甲斐もあってか、なんとか意識を取り戻している。だから後は、間もなく訪れるであろう選択の時が待っていた。 「御当主、泰阿が彼女の手に渡ったのを認めてあげて下さい。 私たちが必ず奪い返します。―――ですから、如何か」 「……認める、か」 その無個性な瞳が、今も交戦を続ける神島とリベリスタを見遣った。 「それをしてしまったら、何かを失ってしまう気がしてならなくてね」 「『何か』?」 「一つの家を守り続けた者にしか、理解出来ぬかもしれないが……」 「根性座ってるな、六角の。で、意地を見せるのはそれで仕舞いかい」 烏の声が響いた。その奇異な散弾銃で張られる弾幕は神島へ致命傷を与えられてはいないが配下を押し込むのには十分で、その手を休むことなく言い放った。 「漢の意地だよな。だが貫こうと足掻くなら何処までも貫き通すのが漢ってもんだぜ」 やるならやり通せ。それは六角の身に染みる言葉だった。 「オレはこの『深緋』を奪われたら全力で奪い返すぜ。ノーフェイスになんてならねえ。 オレは、オレのままで再び深緋を振るいたいからだ!」 緋色の長槍を振るい、フィクサードに切りつけながらそう言うフツの言葉は一つの覚悟すら感じさせる言葉だ。だからフツには、六角のその潔さが気に入らなかった。 「お前の意志はこんなもんかよ、六角! 『凡庸を極めた』とか言って自分の枠を決めてんじゃねえ! ノーフェイスに堕ちるくらいなら――もっと前向きに突き抜けろよ!」 「……」 そういう考え方もあるのか。目の前に迫ったノーフェイス化を飲み込んでいた六角には、新鮮な考えだった。 「……言ってくれるわ」 これが今の『アーク』か。……成る程、『月夜寺』が言っていたのはどうやら本当らしい。 隣に座り込んだユーディスの顔を見る。伝統や刀だけでなく、こうやって他人の命に本気になれることを、六角は初めて羨ましく思った。常に凡庸を目指してきた彼には、そういった感情が無かったから。 だからこれでお別れだ。 「認めよう」 信じてみるのもたまには悪くない。 「泰阿、お前は―――その女のものだ」 ● 瀬織津姫が空間を切り裂く。せおりの有する戦闘形態をフィクサード達は知らない。だからその制圧的な攻撃に、陣形を崩した。 「ほんとお人よしね、貴方達」 「まあその一部は同意だぜ。挙句、あんな危ねえ刀を温存しとこうってんだからよ」 「あら、気が合うわね」 ふふと笑った神島は流れるような動作でそのまま『観測者』を一閃する。燃え盛る本殿から少しづつ外へと離れているのはランディの戦略が故であるが、この一帯では死の濃度が余りに高すぎた。神島が振るう太刀の後には周囲の全てを切り裂く凄まじい斬風が舞って、彼女をブロックしていた真珠郎やせおり、そしてランディ共々――否、フィクサード共々の体から血を噴出させた。 「―――オレはお前とは気が合いそうにねぇわ」 彩歌と烏はその射程外に上手く陣取っているが、前衛陣はその『泰阿』による凄絶な剣戟に陣形を崩さざるを得なかった。そして、その剣の齎す状態異常は同士討ちすら可能にさせる。 乱れた戦線に六角を移動させたユーディス、ツァインも加勢して神島を抑え込む。堅守を誇る二名のブロックに神島は後ずさるようにして後退し、だんと本殿の戸を押し倒して斬り合いは境内へと縺れこんだ。 「『其れ』は雨水君が持っていたもんだがね、殺してでも奪い取ったかい?」 あくまで軽く問いかける烏の問いはリーディングへの布石に過ぎない。『泰阿』により圧倒的に強化された神島に遠距離から一撃を加えるのは難しい仕事であるし、何より『本殿』を出てしまった。リベリスタたちを襲っていた炎上は鳴りを潜める代償として、神島は『神域限界』を出てしまった。 「それ、理想的なシチュエーションね……!」 境内には激戦の末の死体が転がっている。『神域限界』の付加から解き放たれたことも相まって神島は上機嫌になっている。其のことは、烏と同じく距離を取っている彩歌にも分かったし……、もう一人の所持者の時と同様の症状であることを想起した。 「『京極』の刀を継げなかった一族の一人辺りですか?」 「惜しいね」 ぎんと甲高い音でユーディスの槍も跳ねる。愉しくて仕様がない――神島は満面の笑みでその隙を文字通り太刀で刺突すると、ユーディスの顔も思わず曇った。 「気持ちは分かるがよ!」 其処を神島の背後からツァインが最高のタイミングで斬りかかる。左手を美しく真正面に、ユーディスを貫く太刀をそのままに左足を踏み込んで上半身を捻り、神島は右手の『泰阿』でその振り下しを一文字で受けた。 火花が散ってぎりぎりと互いの刃が擦れあう。『目』は無い。これは剣士では無い――ツァインはそう思うが、『三下』でないことも同時に分かった。 かんと次の瞬間互いに弾けたのは神島がフツの長槍を視界の端に収めたからである。ユーディスとツァインがそのまま間を空けるのと同時に、フツの操る深緋が神島を捉えた。 「……っ!」 上機嫌だった神島の顔にも一瞬歪み、そのまま体勢を崩す。そしてその一瞬を、烏は見逃さなかった。 一瞬の空白。一瞬の間隙。烏は、神島の思考を読んだ。 「……ふむ。御嬢さん、その太刀」 「―――やめて!」 烏が読んだと同時に、神島は読まれたことを自覚する。そしてそれは、神島にとって不愉快極まりなかった。泣き出しそうな顔のまま神島が烏を睨みつけると、常軌を逸した瞬発力を発揮しながら烏へと間合いを詰めた。烏の攻撃は間に合わない――。 「止まりなさい」 最高級の精度を誇る魔性を秘めたその一撃が、入れ替わるように彩歌から放たれ、神島はそれを受けた。思わず意識が霞む。謂わば魅了――そして神島はなんとかその束縛から復帰した。 「なんなの、もう……っ!」 今度はただ暴力的な横一線で『観測者』を振り薙いだ神島の攻撃に彩歌と烏も後退する。そのままくるりと首を回し、神島は残りのリベリスタを見遣った。 互いに手負いだ。向こうは八人顕在。こちらは使えるのがもう一人か。分は悪い。 神島は一つ、深く息を吐く。何処まで『読まれた』かは知らないが、少なくとも此の『観測者』については知られているのだろう。だが、息を吐いている暇すら彼女には無い。 状態異常を脱した真珠郎がその卓越した速度を持ってして再度神島に接敵する。真珠郎の方が身長が高いが故に、神島は見上げるようにして彼女の太刀とナイフを受けた。 「兄妹揃って迷子の餓鬼の様な面しおって。ヌシらの面は、道に迷って無く餓鬼の様じゃ」 「何を知った風な口を。貴女が一体何を知ってるって言うの……!」 「知らんよ。じゃが、『泣く餓鬼の面は嫌いじゃと言うた』じゃろうに」 「――あんたとは初対面よ!」 餓鬼餓鬼五月蠅い! と叫びながら神島の振るう『泰阿』には真珠郎も防ぎきれない。一度下がるが、「なにより」と付け足して、 「刃とは己のためにあればいい。小難しく考え、どれだけ言葉を並べた処で答えなんぞ出んわ。 じゃが、『そんな事』よりの」 ブロックに入ったせおりとランディも血を流しながら『観測者』と『泰阿』に立ち向かう。斬られても斬られても――食いついていく。 「他のモンが、それ持ってるのは、なんぞ気に入らん」 ● 一進一体の攻防が長く続いた。手負いの相手に複数人で致命傷を与えられない事を謗るのは簡単だが、正しくは無い。『観測者』と。何より『泰阿』を所持しているというのは、そういうことだった。 「神刀を渡せ、神島」 しかし、疲労感がボーダーを越えつつあるのは神島の方だった。他のリベリスタ同様に顔をべったりと赤黒い血に染め片腕をだらんとぶら下げるフツは、彼女との交戦によるリスクと六角の傷を考慮した上で、そのボーダーを見極めていた。 「お前さんを生かしておく理由はない。 だが目的は神刀だ。それを差し出すっていうのなら、深追いはしない」 その取引には、互いに思う所が在るだろう。だが凄惨な戦闘は、両者を傷つけた。神島はその提起に大きな屈辱を感じた。だが――捕えられては、そして死んでは元も子も無かった。 「―――」 神島は唇を噛み締めた。一歩、一歩下がる。その様子をランディとツァインは逃がさぬよう見つめる。 「貴方が読んだ様に」 唐突に神島が言い放った。烏に言っている様であった。 「『此れ』は元来『二つ』鍛えられた得物。貴方達が『兄貴』と会ったのは予想外ね。 そう――『京極』で別れてから暫く経つ」 「……雨水が?」 彩歌が追い縋るように問いかけるが、神島の身体は次第に森へ消えていく。 「―――神刀は、返す」 ぶんと投げつけられたその神刀を、ユーディスが手で受け止めた。蠢く二対の龍に、ユーディスも聊かの緊張を感じた。 「『兄貴』は私が殺す。『京極』には気を付けることね。あれは『異形』よ。 ―――次は本気で、純粋に殺しあいましょう」 そしてそのまま、神島の姿は消え去った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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