●壁とルールをぶっ壊せ 「いい奴と悪い奴の違いを教えてやる。銃を向けられて騒ぐか騒がないかだ」 パン、パンと、二発の破裂音が鳴った。 ひとつは特筆すべき点もない銃声で、もうひとつは血袋――要するに人の頭が弾ける音。 「お前はいい奴だったな」 とは言うが、そもそも撃たれた男の口にはタオルが噛ませられていた。手足も同様に縛り上げられており、これでは叫ぼうにも叫べず、暴れようにも暴れられない。 私刑執行が完了したのを見届けて、ぞろぞろと仲間と思しき連中が銃撃者の元に近寄り始めた。 ハイタッチを交わし、射殺現場を取り囲む彼らは、血みどろの遺体から目を背けるか、あるいは逆に興味深そうに眺めたりしていた。 見るも無残な路地裏の光景だが、その絵図の中に収まっているのは意外にも、皆が皆、若い少年だった。加害者だけではなく、息を引き取った被害者もだ。 年齢にして、中学生か高校生ほどか。 構えていたリボルバーも、よく見れば改造したエアーガンでしかない。 とはいえ、玩具で殺害が遂行されたという事実が、余計に、彼らが常識から外れた異端な存在であることを物語っている。 「ちーやん、今の台詞、何?」 「うっさいな、昨日見た映画にあったんだよ」 「あー、お前そういうのすぐ使いたがるからなー」 「もういいっしょ!」 裏表のない感情のままに、軽口を叩き合う少年達。もしも足元に死体が転がっていなかったら、ありがちな学園生活の一コマと錯覚するだろう。 ここにいるのは皆、自分の居場所を持たない学生達。 彼らは運命の力に導かれるように、似た境遇に置かれた者同士で、小さな反抗勢力を結成していた。 「こいつは小学校の時に俺を毎日のように殴りやがった。俺はその恨みを忘れたことがねぇ」 ちっぽけな理由には有り余る対価。 だが彼らの歪んだ主観にとっては、十分に命を奪う理由になり得た。 何よりも、こうして徒党を組んで反社会的な行動に出ている自分達に、形容しがたいほどの興奮を覚えていた。多感な時期だからこそ、憧憬があった。いつかこうして、積もりに積もった怨嗟を、あらゆるものに対する止め処ない不満を、思い切り爆発させてやる――と。 「次はぶーちゃんをいじめる野郎をぶっ殺しにいくぞ。その次はダイスケを認めなかった先公だ! 俺達の手で直々に痛い目見せてやんぞ!」 「おう!」 全員が握り拳を突き上げた。弱者の復讐は、まだ序章に過ぎない。今こそ強者に成り代わる時。 クソッタレな社会に風穴を開けてやる! ●デッドリー思春期 「革命なんて今時流行らないのに」 回転椅子の背もたれを抱くように座った『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、どこまでもつまらなそうな口ぶりで、少年達の野望をバッサリ切り捨てた。 突然得た力で、興味に任せて好き勝手やる。神秘界隈ではよくある話だ。 「構成メンバーは同年代の学生十数人。動機や事情は……どうでもいいわね。あまり関係ないし」 背もたれに顎を乗せて、楽な姿勢で資料を読み上げるイヴ。 「全員、取り決めで黒のTシャツを着てるみたい。主な活動内容は、気に入らない人間を捕まえて、有無を言わさず抹殺。子供っぽい目的の割に手段だけは一人前、ね」 くるりと椅子を回して座り直す。 「とにかく、早めにギャングごっこをやめさせてきて。私怨半分、おふざけ半分で人死にが出てるとか洒落にならないから。彼らの無事は問わないわ」 抑揚なく告げると、フォーチュナは地図に赤ペンでぐるりと円を書いた。 池袋に行ってこい。 どうやら、そういうことらしい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深鷹 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月02日(水)22:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●直角シアター 正義なき力と、力なき正義には、然程及ぼす効果に差はない。 善悪の片側に振り切れていれば正義を名乗れるという訳ではない。信念とも言い換えられるそれは、各位が声を大にして掲げる主義主張に説得力を与えてくれる。 矜持を含まぬ武力は単なる横暴に過ぎず、かといって手段を持たずに己の正義を説いたとして、その声が届くことはない。 善し悪しを語れるようになるのはその先のことだ。誰かの身勝手な正義が世界にとって不利益であるならば、その罪を裁かれたところで、因果応報でしかない。 「自分勝手ね。うん。そういうことだよね」 誰に聞かせるでもない『アカシック・セクレタリー』サマエル・サーペンタリウス(BNE002537)の呟きは、内省的な響きを含んでいた。 路地へと続くこの角を一度曲がれば、フィクサード――はみだし者の少年達が集う場所へと至る。 彼らには、微小なりとも能力がある。信条がある。歪んだ理念の矛先が、どのような意味を持つか。きっと彼らは分かっていない。分からぬままに、降って湧いた力の甘美さに溺れている。 「あたし、子供好きなのよ」 目深に被ったフードの隙間から、『いつか迎える夢の後先』骨牌・亜婆羅(BNE004996)の真紅の口唇が動くのが見えた。直に始まる戦闘に備えて集中しているのか、ごく小さな声音である。 「でもそれは人の話。自分のために人を殺した時、それはもう人じゃないのよ。穢れを払った骨に還って、生まれ変わったら愛してあげてもいいけどね」 今はただ情け無用。手前の都合で他人の命を弄んでおいて、業を受け入れる覚悟が出来ていないとは言わせない。いちいち正義を問う気はないが、それに見合う力を宿しているかは戦いの中で確かめられる。 曲がり角は通り過ぎられた。 サマエルは口を真一文字に引き締めて、先頭に立つ。 侵入した路地の奥には、前もって聞かされていた通り、揃って黒いシャツを着た少年達の姿があった。 しばし、何事かと戸惑っていた彼らだったが、『ツルギノウタヒメ』水守 せおり(BNE004984)が徐に引き抜いた刀の煌きに視線を奪われた途端、身の危険を察知したのか、各々臨戦態勢を取ってこちらに向き直った。 「なんだ、報復か!? 誰に頼まれた!」 中心人物と思しき少年は気丈に叫ぶが、とはいえ、全員が全員血走った虎の目はしていない。突然の襲撃に怯えている者もいれば、落ち着き払って現状把握に努めようとする冷静な者もいる。 個々の様子を細めた目で観察する『蒼碧』汐崎・沙希(BNE001579)が後ろ手に回したノートに記されているのは、どの相手が手強そうかの凡その予測。 『革醒して間もないとはいえ、彼らのことを甘く見ちゃ駄目よ』 最後の行には、そのような忠言が書かれていた。 (私は、貴方達を決して侮らない) そして少年達には、テレパスによる念話で容赦しない心積もりであることを告げる。 頭の中で反響する沙希の言葉に恐怖して、小柄な少年が一人後方の脇道へと走り去っていったが、疾うに『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)が裏路地全体を陣地に変えている。 「敵前で背を向けるか……覚悟も何もなく粋がっているだけで、一端を気取るんじゃないよ」 吐き捨てる結唯だったが、戦う前から逃げ出すような臆病な人間が高度な魔術知識を有しているとは考えられないから、今は放っておいても問題ないだろう。後からいくらでも追い詰められる。 「ここで君達を看過できるほど、僕達は優しくない。けど、力に意識が負けるとどうなるか、せめて解って」 一歩、前に出てサマエルは自らの想いを伝えた。 伝えようとした。交戦は避けられない。だから互いに向き合えているうちに、声に乗せて伝えたかった。 「うるさい! 貰った力で何をしようと、俺達の勝手だろ!」 仲間から『ちーやん』と呼ばれる少年は、なおも抵抗し続けた。その手には一切の震えなく、しっかりと改造エアーガンが握り締められている。 「クソガキ君。何もそんなに身構えなくてもいいんだよ。ちょいとお前らに注意しに来ただけなんだから」 フルフェイスのこめかみ部分を指先で叩きつつ、緒形 腥(BNE004852)が進み出る。 「何、大したことじゃ無いさ……ごっこ遊びを止めて、お家に帰って真っ当に社会の歯車にお成り! ってだけ。若気の至りで黒歴史を増やしてもいいことなんかひとつもないぞ? 大人の言うことは素直に聞いておきなさい。でないと……その腹をちょきちょき斬って中身を拝見しちゃうぞう?」 言いながら、刀剣状に変化した足を大きく振り上げて、ハイキックで空を切ってみせる。大気が割かれる鋭い音は、威嚇には十分過ぎた。 黙ってばかりじゃいられないと決心したか、痺れを切らした何人かがリベリスタ達に向けて疾走。 火蓋は切って落とされた。 ●裏道のリジェクト まず前に出たのは、せおり、サマエル、腥の三人。 中でもせおりは誰よりも先に敵陣へと飛び出して、抜き身の刀片手に一騎当千の大立ち回りを演じる。 「水守一族が一の娘、せおり。一緒に踊ってあげる。かかっておいでよ」 剣豪の武勇に気圧されて、躊躇いから攻勢を鈍らせた者が大半だったが、後ろで拳銃を構える仲間の元へは行かせまいと必死に食い下がる少年もいた。 「ふぅん、素人ばかりだと思ってたけど、キミはそこそこ踊り上手みたいだね。じゃあ、もっと踊ってあげる! ほら! そんなナイフの振り方じゃ、私の心臓狙えないの!」 少年が突きつけるナイフの軌道を、適度に刀の腹でいなしながら、味方の追撃を待つ。 「三、四、五……下手打つと囲まれるかも知れないね。加勢するよ」 せおりの勢いに腰が引けてしまっていた少年目掛けて、腥が左ハイキック一閃。 黒鉄の刃は、ガードの下がった側頭部を的確に捉え、致命傷を与える。 激しく噴き上がる血飛沫の生々しい色と臭気に、他の少年は押し殺した悲鳴を唇の端から漏らした。 「何を驚いているんだい、お前らが今までやってきたことじゃないか。悔しかったら同じことをおっさんにもやってみな! いくらでも挑戦受け入れてやるぞう!」 腥を前にして怖気づく一同。 「恐かったら後回しにしていい! 倒せそうなところからやってくぞ!」 「分かったぜ、ちーやん!」 リボルバーを携えた首謀者の指示に従い、一斉に駆け出す少年達。 狙いは防御の手薄な後衛。特に、極端に痩身の亜婆羅が第一の標的となる。 その行軍に立ち塞がる銀の騎士。 「その意気や良し。あとは叡智と技量を見せつけたまえ」 刺突に特化した細剣を構えるヒルデガルド・クレセント・アークセント(BNE003356)の姿勢を正した出で立ちには、威風堂々とした高潔な雰囲気が漂っている。 エストックの切っ先からひゅんと音を上げて放射された気糸は、駆け寄ってきたステゴロの少年達に絡みつき、苛立ちを誘う。意識をこちらに向けて、一点に引きつける心算だ。 事実、その目論見は成功した。ヒルデガルドは複数の少年を相手取って、背後へと進ませない。 ただ――相手にも後衛は存在する。 「今だ! 後ろの皆、俺に続いて撃て!」 掛け声直後、数名の射撃手から銃弾が放たれる。 幸いにも直撃はしなかったが、何発かは亜婆羅の脇腹を掠めていった。 「骨禍珂珂禍! あたしを狙うだなんて、それなりに戦いの基礎が分かってるみたいじゃない」 紫のローブに血の赤が滲むが、微塵も動揺することなく、むしろ、生を実感して痛みを高らかに笑い飛ばす亜婆羅。 ――癒しよ、満ちよ。 胸の内で唱えた沙希の法術により即座に回復が施され、それほどの被害にはならなかった。心理的な揺さぶりを得意とする彼女にしてみれば、躊躇なく銃口を向けてきた少年達は中々見込みがあるらしく、興味の対象となる。 (ふぅん、次は……サマエルさんを狙うのね? うふふ。そうやってひとつずつ罪を重ねていって、心が耐えられるのかしら。張り裂けてしまっても、別に構わないのよ? せっかくなら見てみたいもの) 絶えず送られ続ける沙希の念が邪魔になり、ターゲットを絞り切れない。ただでさえ言葉に惑わされて、逡巡してしまっているというのに。 「素人が。銃はこうやって扱うんだ」 トリガーを続けざまに引く結唯。一見無作為な乱発だが、その射線は全く味方と被っていなかった。 「私が気に入らないか? 殺してしまいたいか? そちらと変わらないことしかしていないんだがな」 欠片ほどの遠慮もなく鉛弾を浴びせ続ける。 その後方で、フィクサードからのマークが外れた亜婆羅が骨の弓をつがえる。 「こちらの手番。骨の嵐は痛いわよぉ? 細かな骨が目を、喉を、鼻の奥を切り裂いて焼きついた痛みは想像を絶するわよぉ……骨禍珂珂禍!」 炎の呪詛を封じた矢の雨が手当たり次第に降り注ぎ、敵地を小規模な焦土へと変貌させる。極限まで動体視力を研ぎ澄ませて放たれた骨の矢群は、獄炎の中で割れて弾けて、更なる苦悶をもたらすことに。 次第に、少年達は満足に戦闘に臨むよりも、重傷を負って崩れ落ちた仲間の手当てに追われ出す。 「なんて美しい友情なのでせう。美しすぎて、些細なことで壊れてしまいそうなのだわ」 詩歌を吟じるかのような瀟洒な口ぶりで語るのは、機能美を追求した対物ライフルを握る『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)。 「そう、例えば、一粒の鉛塊が過ぎ去っただけで」 銃弾は嵐となって散乱した。 エナーシアの卓越した射撃精度たるや凄まじく、単なる鉛弾の一発一発が大鑑に搭載したカノン砲に匹敵する威力を誇っていた。破壊力抜群の一撃が急所を完全に捉えようものなら、即死は免れない。 「まずい! い、一旦隠れるぞ!」 逃避の気配に気付いた腥が右手の銃器を構えるが、僅かに届かない。 誰かが投げた簡易式手榴弾の破裂に紛れて、蜘蛛の子を散らしたように脇道へと消えていく面々。 アスファルトの路面に打ち捨てられた少年達は、既に、呼吸をしていなかった。 ●最後の窮鼠 「探すぞ」 無感情な一言だけを残して追跡を開始した結唯の背中と、無残に転がり落ちた少年の死骸とを、サマエルは橙の瞳で交互に眺めていた。 目を背けることは出来なかった。気を引き締めるように頬を軽く打って、ふうと息を吐く。 「さて、私も追わせてもらうのだわ。大体の目星は付いてるしね。これでも勘は鋭いほうなのよ」 初めて訪れた場所とは思えないほど、エナーシアは地形をよく理解した足取りでずんずん進んでいく。 傍らでは、沙希が残る味方全員に翼の加護を授けていた。 制空権を握ることが出来れば勝手知らない狭い路地でもアドバンテージを得られるだろう。 「わたくしも続かねばな。別段殺す気は起きないが、同じ戦場に立つ以上、生き抜きたければその才覚を発揮するしか道はあるまいて」 臙脂のマントを翻して意気揚々と闊歩するヒルデガルドだったけれども。 「そっち、全然違う方向だよ」 「成程。これは失念していた。ではこっちだな」 「そっちも全然違うけど」 詰めの段階に来て悪い癖が出ていた。 「……教えておくよ。イヴに予め聞いておいたから」 「うむ。かたじけない」 抜けたところを垣間見せつつも、それを感じさせない華麗な身のこなしで路地の壁を蹴り、サマエルに道順を教わったヒルデガルドは颯爽と裏道を駆け抜けていく。 「聞いたのは地理だけ?」 胸裏を見透かしたかのように、わざとらしく尋ねる亜婆羅。 「それだけ、だよ。僕も行ってくる。行かなくちゃいけないんだ」 振り返らずに少女は走る。フィクサードである彼らの詳細も聞いていたことは、誰にも伝えなかった。 こうして物陰で膝を抱えて震えていると、弱かった頃の自分を思い出す。 いや、そうじゃない。きっと今でも弱いままだ。手にした力に浸っておきながら、それよりも強大な力を目にすると、情けないことに竦み上がってしまうのだから。 がさり、と物音が立った。出所に視線を向けると、刀剣を翳した蒼眼の少女がそこに佇んでいた。 「……俺を殺すのか?」 振り絞って出した声は、縮んでしまって自分でもよく聞き取れなかった。 「そうしてあげてもいいんだけどね。キミさえよければだけど、アークに来なよ」 返ってきた答えは、全くの予想外で。 「もちろん悪事を許したわけじゃないよ。でもまあ、更正の機会くらいあってもいいんじゃないかな、って思ってさ。私もそうだし。戦う方法も教えてもらえる、理不尽な大人をブチのめす使命も貰える。ここで野垂れ死ぬか、それとも箱舟で生きる道を見つけるか……判断はキミに委ねるよ」 微かに笑ったせおりは柄から手を離し、そしてゆっくりと差し伸べた。 脇道にしては比較的広い路地だった。だからといって、左右に逃げ場などない。 「いい奴と悪い奴の違いは、銃を向けられて騒ぐか騒がないか――でしたでせうか? せっかくだからどちらか教えて戴けないかしら? 銃が使える程度の一般人である私には判別が付かないのだわ」 エナーシアと相対した三人の少年は、いずれも、臆することなく玉砕覚悟で突っ込んできた。 「泣き叫ばないだなんて殊勝な方々。その立派な心がけに応えて、一瞬で葬ってあげるわ。『良いギャングは死んだギャングだけ』とも言うそうだし、貴方達も本望でせう。黄泉でも祝福のあらんことを」 薄暗い場所ではあったが、高性能ライトを搭載した銃火器にそんな事情は無関係。 一発は眉間に、一発は局部に、一発は心臓に向けて。生と死の境界もなく。 弾丸は無慈悲に貫いた。 首謀者の少年を始めとした数人の集団が逃げ込んだ先。 彼らを待ち受けていたのは、あえて悪路を辿って先回りしていたサマエルであった。 抵抗の姿勢を見せた少年以外は皆説得に応じて投降し、やや遅れて合流した沙希の世話になっている。 「逃げたいのなら、相互理解。言葉を使って話すこと。それをこれまでしようとしてきたのかな?」 ただ一人残った少年に諭すように語りかけるが。 「うるせぇ! あんたの知ったことか!」 銃弾は上腕を掠めていったが、サマエルが動じることはなかった。力の使い道を決めて以来、流れる血には慣れている。今更騒ぐような痛みでもない。 「ちーやん、っていうんだっけ」 イヴから聞いた情報を頼りに、署き記した彼のニックネームを呼ぶ。 「きみが手にした力は想像してるよりも遥かに大きいものなんだよ。こんな使い方で無為にしちゃダメだ」 少年は大きく首を横に振った。 「俺は復讐がしたかった。ずっとそう願い続けていたんだ! 強くなって、ようやく叶えられたんだ!」 「殴った。いじめた。認めなかった。だから殺したの? ……そんなのは、決して強さなんかじゃない」 自分が願う強さじゃない。サマエルは何度も反芻する。 「何かを得るには犠牲を払わなくちゃいけない。強い自分を求めるために捧げるのは、自分自身なんだ。自分が傷つかずに、自分の意志を押し通せるだなんて、そんなふうに思わないで」 最終通告だった――それでも少年は銃口を向けた。 彼の覚悟は、決して歪みはしない。歪み切ってしまったものは、これ以上曲げられないということだろう。 ならばもう、自分がやることはひとつしかない。 サマエルは瞼を閉じる。 とても寂しい瞬間だった。 「きみの署名を省く」 加速したサマエルは俊敏さを活かして一気に距離を詰める。 鋭く蹴り上げた右足の、神秘を宿す脚甲に取り付けられたブレードが、唖然とする少年の喉笛を襲う。 皮肉なくらいに、真っ直ぐな直線軌道を描いて。 連絡後しばらくして、アーク職員が到着。捕縛された少年達はアークに処分を任されることになった。 「あいつら、更生したとして果たして使い物になるのかねぇ?」 「どうかしら。『良いギャングは死んだギャングだけ』――本来の意味としては生きてる限りギャングは屑ってことなんでせうけど、今では他の意味があるようにも思えるのだわ。肝の太い子は率先して戦って、抗って、皆死んでいって。少なくとも彼らのほうが、大人しく投降した子よりも見所があったのだわ」 ライフルを通して伝わってきた死の感覚を思い出す。 転がっていた遺体も同様に、アーク職員によって回収されていった。 「裁かれた子達も無駄な命にはならなかったわよ。こんな理由で崩界を促進させる輩も減るでしょう」 良い戒めになったと亜婆羅は言う。 「まあ、一般人であるところの私には関係のないことなのだわ」 エナーシアは気ままに振る舞ってみせる。どっちにしても、殺し殺されの遣り取りに他言は不要。すぐに忘れて、何でも屋らしく次の仕事について考えることにした。 (改心できたらそれもまた一興。芽吹いた良心が己が身を焼く悔恨の業火となる……決して雪がれ得ない罪の意識に苛まれて……ふふ、愉しみ) この上なく素敵な微笑みを浮かべる沙希が、胸の内でひっそりと新たな愉悦の種を撒いていることを明かせる人間は、恐らくいないだろう。 「無駄な命じゃない、か」 サマエルが見つめる先には、何も広がっていない。派手に命が散った現場とは思えないほどに、池袋の路地裏は静かで、澱んでいる。 「なんでだろう……僕は覚悟して、ここに来たはずなのに」 もう初夏を迎える季節だというのに、サマエルの火照った頬を伝う雫は、氷のように冷たかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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