● 数年前に現出した特異点、三ツ池公園の『閉じない穴』が開いて以来、この国の崩界度は急激な上昇を見せていた。 まるで其れはアークの戦いの歴史の様に。 これまでアークは数多くの戦いを乗り越えて来たが、其れでも激し過ぎる戦いの傷痕は深く世界に刻まれて行く。 その傷を何時までも放置している訳には決して行かない。深すぎる傷に世界は軋む。果ての末が見え始めていた。 今、何らかの手を打つ必要に迫られている。 この世界が致命傷を受ける前に何らかの手段を講じなければならない。 「さあ諸君、仕事の時間だ。……と言いたいトコだけど今日はボクだよ先輩方」 ブリーフィングルームでリベリスタ達を迎えるのは何時ものフォーチュナではなく、『paradox』陰座・外(nBNE000253)。 だが戦いに引き連れるならば兎も角、情報提供者としてと言うなら頭のパンダが落ちぬ様に押えて一礼する外では些か頼り無さを感じてしまう。 「ああ、と言ってもこの事件の企画、予知や資料作成をしたのはおじさんだから安心……? 出来ないかな。うんボクも安心しない方がいいと思うよ。さてそんな訳で先輩方は最近各地の力ある土地でアークが行なってる作戦は知ってるよね」 此れまで引き起こされた数々の神秘事件によって積み重なって来た崩界度、先日『恐怖神話』の異形達が日本へ牙を向けた事で更に深い爪痕が刻まれ……、この国の崩界度、世界の歪みは早急な対処を必須とする程に大きく膨らんでしまった。 無論早急な対処と一言に言っても其れは決して容易い事柄では無い。容易く、リスクなしに其れが成せるなら話を先送りにする必要もそもそも無い。 崩壊度、世界の歪み。其れは例えば、大地のプレートに生じた歪みよりも遥かに大きな危険を秘める。歪み切れば世界を壊してしまう程に。 今の人類は大地のプレートに生じた歪みに対して、其れを制御する方法を持たない。大規模な地震とならぬ事を願い、小規模な地震が起きる事でプレートに溜まった歪みが発散してくれる事を祈るしかないのだ。 けれど世界の歪み、崩壊度に対しては願いも祈りも意味は無く、今、自分達の手で勇気を持って立ち向わなければなら無い。 故にこの作戦の名称は<抗う者>。世界の崩界に抗う、謂わばリベリスタの本分とも言えよう、無理で無茶で無謀で理不尽で、終わりの来ない先延ばしの戦い。 「今回<抗う者>の舞台に選ばれたのは太宰府天満宮、天神様の総本社だね。先輩は菅原道真公についてどれくらい知ってる?」 天神様は現在は学問の神として受験生に人気の高い神だが、元は人であり平安時代の貴族だった。 忠臣、才人として名高いも、中央での政争、或いは陰謀により遠い大宰府に左遷を受け、其の地で没する。 彼の死後に大規模落雷等の天変地異が相継いだ事から祟りを成したと言われ、その祟りを鎮めんと太宰府天満宮が建立され、天神様として信仰の対象となった。 現在アークが行なう<抗う者>の作戦では、強い力を秘めた霊地の力を借り、作成した結界内に崩壊度、世界の歪みの概念をほんの一部だけ切り離して災厄として実体化させ、此れをリベリスタ戦力をもって殲滅している。 実体化する災厄は其の地で祭られる神や逸話に由来する事が多く、彼の地での作戦ならば恐らくは祟り神としての雷の化身と戦う事になると予測は付くけれど……。 「歪みを切り離すなんて言っても、其の量を的確に測れる訳でもないし、コントロールも確立されてない。手に負えない量の歪みが切り離されて災厄が実体化してしまえば状況はより悪くなる。……ゴメンね先輩、貧乏籤引かせて。今太宰府天満宮には小規模チームには手に負えないと推される災厄が実体化しているよ。うん、おじさんはその対応で此処に居ないんだ」 リスクがある事は認識されていた。けれどリスクがあっても実行せねばならぬ程、この国の崩界度の状況は悪かった。 そして問題は小規模チームで手に負えぬ災厄だからと、大規模な人数を派遣すれば良いと言う訳でも無い事にある。 大規模な人数が派遣されて災厄と交戦を始めれば、災厄を囲う結界はいとも容易く吹き飛び周辺地域に被害は大きく拡散するだろう。 「唯不幸中の幸いだったのは大きな災厄が出現したのが太宰府天満宮だった事かな。天神様は祟りが鎮まって神になられた方だから、災厄も倒すのではなく鎮める事で消化させれると推察されているよ」 事実、現地周辺では鎮めの儀を行う事で災厄の動きは小康状態を保ち、結界を破壊して外部へ出ようとの動きは無いらしいから。 資料 作戦目標:太宰府天満宮結界内に入り、その最奥部の社にアーティファクト『飛び梅』を捧げて災厄を鎮めよ。 結界内環境:結界内は浅部、深部、最奥部の3層の深度があり、奥へ進むほど深度が深まり危険が増す。浅部では常に感電が付与され、深部では常に雷陣が付与される。最奥部は不明だがくれぐれも油断されるべからず。 また結界外→浅部→深部→最奥部へと移動するには『札』を使い扉を作る必要がある。結界外からの扉は陰座・外が作成する為に考慮する必要は無いが、浅部→深部→最奥部への移動の為に2枚の『札』が渡される。札の使用は層の境界で3ターンの集中(高速詠唱等は有効)が必要で、扉を維持する間も集中以外の行動は一切取れない。故に札の使用者自身は層の移動が行なえず取り残される(他者に運ばれるのも不可で集中が解けてしまう)事になる。 浅部エネミー 衛兵×2。3m程の人型のE・フォースでかなり確りとした実体を持つ。平安時代の兵士の姿。2人まで同時にブロックする能力の他、クロスイージスに近しい力を持つ。武装は槍と弓を自由にスイッチする。 怨雷×10。直径1m程の浮遊する雷光。E・フォース。ブレイクや麻痺を付与する攻撃を行う。 ※浅部では、怨雷の数が減ると1ターンにつき2匹新しい怨雷が湧き出て来る。但し最大数を超える事は無い。また浅部位で怨雷を倒した数が多ければ多いほど、一時的に最奥部の災厄の能力が減衰する。 深部エネミー 衛兵×2。3m程の人型のE・フォースでかなり確りとした実体を持つ。平安時代の兵士の姿。2人まで同時にブロックする能力の他、クロスイージスに近しい力を持つ。武装は槍と弓を自由にスイッチする。 陰陽師×1。人型のE・フォースでかなり確りとした実体を持つ。インヤンマスターに近しい力を持つ。 怨雷×10。直径1m程の浮遊する雷光。E・フォース。ブレイクや麻痺を付与する攻撃を行う。 怨病×10。直径1m程の浮遊する瘴気。E・フォース。猛毒や呪いを付与する攻撃を行う。 ※深部では怨雷、怨病の数が減ると1ターンにつきそれぞれ2体までの新しい個体が湧き出て来る。但し最大数を超える事は無い。また深部で倒した怨雷、怨病の数が多ければ多いほど、一時的に最奥部の災厄の能力が減衰する。 最奥部エネミー 災厄×1。崩界度が菅原道真公の祟りの伝承を寄り代に形を成した物。社への道を塞いでいる。非常に強力で様々な力を使用する。詳細は不明。※Danger! 結界内に侵入してからの活動は災厄を刺激するので時間制限があります。一定時間を過ぎれば災厄が結界を破壊し、鎮める事が不可能となる為注意されたし。 またアーティファクト『飛び梅』を運ぶには巫女服を着用する必要があります。巫女服は防御力がありません、防具との併用も出来ません。使用者が女性である必要はありませんが、化粧等も必要とする為に男性がこの役割を果たそうとすると結果的に女装になります。 社に『飛び梅』を捧げて怨念を鎮めるにはそれなりの所作(社に敬意を払う事や、振る舞い)が必要となりますので運ぶ者が大暴れをする事は難しいでしょう。また衛兵や陰陽師は『飛び梅』を運ぶ者を殊更に狙う事はしませんが、怨雷、怨病、災厄は集中的に狙ってきます。お気をつけ下さい。 支給アーティファクト(各1つずつ) 飛び梅:時期外れの梅の枝を清め、力を注ぐ事で白梅の花咲かせた物。アーティファクトではあるが脆く、特別な力も無い為注意が必要。幻想纏いに仕舞う等の裏技も不可能。 巫女服:飛び梅を穢さずに運ぶ為の特別な衣装。この衣装を纏った者以外が飛び梅を所持すると飛び梅の花は枯れる。防御力は0で、他防具との併用は不可。 札2:浅部から深部への移動に必要となる札。梅紋が描かれている。 札3:深部から最奥部への移動に必要となる札。梅紋が描かれている。 「ボクは結界外から浅部への扉を開くからついてはいけないけど、ちゃんと見てるから」 難儀な任務である事は外も承知の上なのだろう。其の表情には何処か申し訳なさそうは色が見える。 だが外はその事を口には出さない。例え口に出そうとも条件が変わる事もないし、結局誰かがやらねばならぬ。 「だから格好良いとこ見せてよ。じゃあ先輩方、諸君の健闘を祈る、だね」 其れに何より、リベリスタ達がこの程度の困難に怯まない事を外は既に知っていたから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月25日(水)00:00 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「東風吹かば~、だっけ」 太宰府天満宮の結界外、巫女服に身を包んだ『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)、すずきさんは己が手に握った白梅の枝、この地に祭られた神に、或いは現れた祟り神に捧げるアーティファクト『飛び梅』に目を落としてポツリと呟く。 其れは人であった頃の天神、菅原道真が京の紅梅殿の梅を想い詠んだ詩だ。 「そうそう、東風吹かば、匂いおこせよ、梅の花、だね」 続きを諳んじてみせるのは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)。 すずきさんも快も学問の神としての天神様には、流石にこの太宰府天満宮では無くとも受験の際に祈願に参った事がある。 何せ天神信仰は今やこの日ノ本の何処ででも見る事の出来る程にメジャーに広まっているのだから。 けれど、いやだからこそだろうか、学問の神として穏やかな側面の祭られる天神の、今回のアークの作戦<抗う者>で過去の眠れる道真公の怨念を無理に呼び覚ましてしまったかの如く思えてしまって……、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は申し訳なさに由来する居心地の悪さを感じ、己の腕をそっと撫でた。 そう、今回の作戦<抗う者>は信仰等で高まった霊地の力を利用して滅びを回避せんとの足掻きだ。其れは確かに霊地を荒し、乱す行為であるのかも知れない。 だが人が生きる為の努力をこの地の神々は決して否定しやしないだろう。彼等は時に人から見れば理不尽に振舞う事も在れど、人と添い、歩んで来た尊き方々であるからだ。 神社とは神の家。自らの家にやって来た客人が礼節を守れば、その願いに耳を傾けるだけの寛容さと度量を持つのが、この国のあらゆる物に宿る柱たる神々である。 だから実は受験後のお礼参りを忘れていたと言うすずきさんに対しても、今回を無事に勤め上げれば以前の感謝は伝わるだろう。 そしてリベリスタの雑談の最中も札の使用に集中していた外の準備が終る。 「先輩方、そろそろ出発の時間だよ。とおりゃんせ、とおりゃんせ」 大仰な詠唱は必要ない。ただ極度の集中の上、敬意を持って『道をあけてください』と念じれば結界は自ら扉を開く。 リベリスタ達の眼前に開くのは、瘴気と怨念に満ちた闇の口。 「それじゃ、お届け物と行きますか」 快の言葉にリベリスタ達が頷く。 東風吹かば、匂いおこせよ、梅の花の後には、主無しとて、春を忘るなと続くのだ。 とても繊細な文人であった彼に、その寂しさを慰める為の梅の花を捧げに行こう。 ● 結界内浅部。この場所での主役となるのは、次の深部への扉を開く鍵である札を持つ『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)だった。 浅部の瘴気はより深い層に比べれば未だ薄いが、それでも祟り神の雷の力を宿す其れにリベリスタ達の身体を高圧の電流を流されたかの様な痛みと痺れが走り抜けた。 扉を開く者自身は扉を潜る事が出来ない。つまりはこの瘴気に満ちた空間に、湧き出る敵相手に唯一人遺されることになる。 だが海依音は痛みに怯む様子も、取り残される不安もまるで見せずに唇に笑みを浮かべた。 「梅の花言葉知ってます? 『忍耐』です。この状況にぴったりじゃありませんか」 痛みが無い筈は無い。唯一人で戦う事への不安も勿論あるだろう。彼女は決して雄々しき戦闘狂では無いのだから。 けれども海依音はこの作戦<抗う者>で崩界度を下げる事の重要性を理解し、或いは過去の災厄であるナイトメアダウンの再来こそを恐れていた。 故に何よりも己が役割を果たす事に集中をする。 海依音が放ったジャッジメントレイ、裁きの閃光の中を走り抜けて道を阻む衛兵へと接敵したのは『ツルギノウタヒメ』水守 せおり(BNE004984)。 振るう刃の名は『瀬織津姫』、祓戸四神が1つ、禍事・罪・穢れを川から海へ流して祓う瀬織津比売あやかった、正に怨念を祓うに相応しい名前だ。 閃光と、素早い接敵からの間を置かぬ、移動の勢いをも活かしたせおりのアクセルバスターに反応の遅れた衛兵の一体が大きく弾かれ後ずさる。 更に続くは、結界に覆われている筈のこの場所に一体如何なる術を持って現出したか、空より降り来る鉄槌。隕石を喚ぶ大魔術、『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)のマレウス・ステルラが浅部の敵に叩き付けられた。 海依音のジャッジメントレイと、更にはその2発分以上の火力を持つセレアのステルラに、道を阻む衛兵2名は兎も角としても宙に浮かんだ怨念の化身、怨雷の約6割が僅か一瞬の合間に消滅させられ、残った怨雷等も浅からぬ損傷を受けて僅かに怯む。 無論衛兵、怨雷等とてむざむざとされるがままの木偶では無いが、宙を舞った怨雷が狙うすずきさんにはガッツリと快が張り付き守りにつく。 全ての怨雷が健在ならば兎も角として、海依音とセレアの攻撃に削られてしまった怨雷等では守護神とさえ呼ばれる快を潰すだけのダメージは稼げず、与えたダメージもすずきさんの回復の前に癒される。 更には突出したせおりが衛兵二人に囲まれる事の無い様にとユーディスが隣に並び立ったなら、最早浅部の敵に其れを崩すだけの戦力は存在しなかった。 何処に湧き出るか判らぬ追加の怨雷には緊張を強いられはするがこれだけの戦力が揺らぐほどの物でもない。 尤も浅部の敵に苦戦するようではこの先が覚束ないのも確かなのだ。思惑通りに事が運べども気を緩める事等出来はしない。 札を掲げた海依音の集中が終わり、更に深い闇への口が開く。 「ここは任せて先になんて新田君のセリフですけど、今回はワタシが頂きます。災厄を表に出すなんていう無様見せないで、きちんと巫女(おひめさま)をエスコートなさいな」 内心を押し殺し、仲間達の背を見送る。そう、自分は此処が適任なのだ。 奥への道が無事開けた事にも安堵する。神と名がつくだけでヘイトを向けてしまう自分に、もしかしたら、万が一扉をひらけぬ事があるかも知れないと、そんな考えが頭を過ぎったから。 日本の神がgodと言うよりgreatspiritに近しいのだとは頭で理解していても、感情を抑えられぬ未熟さ故に此処が適任だと自覚する。 「こういう泥臭いことはワタシらしくはないのだけれども」 深部へと突入する仲間達の背中を見送り、海依音は新たに湧き出た怨雷達に向き直る。 さあ此処からは孤独な戦いだ。仲間達の成功を信じて、怨念晴らされ結界が解除されるまで、たった独りで。 ● 物語の舞台は深部へと移る。その直後だった。 浅部にも居た怨雷に加え、漆黒の塊、怨病等がやって来たリベリスタ達を待ち構える事で先手を取って攻撃を放ったのだ。 菅原道真の死後に京を襲ったと言われる落雷と疫病を成した怨念の力が四方八方から降り注ぐ。 浅部でも怨雷は同様の雷光による攻撃を放って来たが、あの時はリベリスタが先手を取った事もあって致命的な効果を齎す事はなかった。 しかし深部では違う。咄嗟に回避しようとしたユーディス、集まったメンバーの中で最も回避に優れた技巧派の極みたる彼女が、けれども身を走る浅部より遥かに強力な瘴気に含まれる祟り神の雷の力に拠って動き鈍らせ、敵の攻撃が体を掠める。 ユーディスですら回避し切れぬ攻撃が、せおりやすずきさん、セレアといった回避に著しく不慣れな者達に回避出来よう道理は無い。 「巫女さんには触れないでくださいってね!」 移動の際にも気を緩めなかった快が咄嗟にダブルカバーリングですずきさんとセレアを纏めて庇うも、如何にバッドステータス受けぬ絶対者、アークの盾たる守護神とて、両手両足の指に届く程の数の敵からの攻撃の前には決して軽くは無い傷を負う。 盾たる快には罅が入り、剣たるせおりは麻痺を被った。攻撃に特化した型のアークリベリオンであるせおりは攻めれば強いが守りに回れば脆さが露呈する。 本来のスピードを活かせばそうそう守りに回らされる事は少ない彼女だが、今回は敵の悪意がせおりの弱点に喰らい付く。 そして更に畳み掛ける様に、道を阻む3名の人影のうち、陰陽師のE・フォースが放った符が朱雀の姿を取ってリベリスタを焼き払う。 崩れ掛けたリベリスタ達の体勢に、しかしそれでも前に出たのはユーディスだ。 盾たる快が後衛達を庇って動けぬならば、剣たるせおりが麻痺と呪いに囚われているならば、事態を切り開けるのは自分しかいないと、槍を翳した騎士が唯一人前に立ち切り込む。 後衛の二人もすぐさま動くが、セレアのステルラは敵の多くを巻き込むが一撃で落とすには到底至らず、すずきさんの回復にもせおりを縛る麻痺と呪いは未だ拭われない。 故にユーディスは瘴気の力で動き鈍らせながらも、最前で数多くの敵からの攻撃を、避けて、避けて、避けて、避けた。 掠めて喰らう分には構わない。けれど直撃だけは決して1つも受ける訳には行かない。 せおりに続き、ユーディスまでもが麻痺と呪いに囚われたなら、盾役の快がブレイクイービルを使わざる得なくなるだろう。 そうなればその隙、この作戦での最重要カードである巫女であるすずきさんを守る盾がなくなった隙を、怨雷や怨病等は決して見逃してくれやしない。 セレアが敵の多くを屠るまで、或いはすずきさんの回復にせおりを縛る鎖が切れるまで、1つたりとて直撃は許されないのだ。 大仰に避ければ次を避けれぬ。例え掠めて身を焼かれようと最小限に避ける其の姿はまるで放たれた雷と闇を纏って舞うように。 そして身を焼かれて深い傷を負えど、ユーディスは避け切った。再び落ちたセレアのステルラに怨雷と怨病の半分程が削られ、鎖から放たれたせおりがボロボロのユーディスを追い抜いて駆け、無双の武威で衛兵、陰陽師達を掻き回す。 巨大火力、今回のチームの主砲と言って良いセレアのステルラの威力は矢張り凄まじく、せおりも攻めに回ればその真価を遺憾なく、存分に発揮する。 だが漸く此れで傾いた戦局、戦いの天秤が吊り合った程度に過ぎない。 数多くの敵から受けたダメージはすずきさんの癒しを持っても拭いきれるものでは到底無く、再び放たれた朱雀がリベリスタ達を焼いて行く。 但し、運命の寵愛を受けながらも唯在るがままではなく、理不尽には抗う戦意に満ちたる者達、リベリスタを相手に戦いの天秤が吊り合うと言う事の意味は『大きな損害を被れど最終的には彼等が勝利を掴む』である。 深部の敵の粗方が屠られた時には、リベリスタ達も大きくリソースを削られていた。 快に庇われていたすずきさんやセレアは兎も角、庇っていた快や、強引に敵陣を切り裂いていたせおりは既に運命を対価にしての踏み止まりのカードを切らされている。 そしてその状態にも関わらず、更に扉を開くセレアを此処で切り離していかねばなら無いのだ。 だがのんびり体勢を立て直す時間も無い。此処で時間を食えば怨雷、怨病が湧き出すし、何時最奥部の災厄が結界破壊に動き出すかも判らないから。 魔道に於いては圧倒的な技術を持ち、詠唱のラグをなくす事でステルラすら一瞬で撃てるセレアは、札を使用する為の集中もほんの僅かな時間で終わらせた。 最奥部への扉が口を開く。セレアは此処で、浅部で海依音がそうした様に仲間達と別れる事になる。 けれど浅部での其れと、深部での其れは大きく意味を異にするのだ。 「じゃ、この先の責任重大なやつ、頑張ってね。あたしはこっちで雑魚いの倒して遊んでるから」 手を振り、笑顔で仲間達を送り出すセレア。その背の向こうには新たな怨雷、怨病が出現しかかっている。 笑顔の奥に隠された不安。送り出される仲間達の中には、其れに気づいた者も居た。 当然だ。此処にセレアが一人で残されれば、確実に力尽きる事になるのだから。 回避を苦手とし、更に瘴気の影響を無効化も出来ず、火力は在れど盾の無いセレアは、先ず間違いなく出現した怨雷と怨病に嬲り潰される。抗える時間もほんの僅かだろう。 しかしそれでもリベリスタ達は進まねばなら無い。彼女を犠牲にしてでも世界を崩界から遠ざける為に。 せめて命ばかりは失ってくれるなと願いながら。 ● そして最奥部へ。 ついにリベリスタ達の踏み言った其処は、静謐の空間だった。 音が無く、匂いも無く、寂しく、希望の絶えた空間だった。 そんな寂しい場所に、其れは居た。社へと続く道を塞いで、災厄は其処に居た。 月の光に照らされて。 圧倒的な強者の気配に、幾多の死線を潜り抜けてきた男、快の口から咆哮が飛び出す。 味方を鼓舞する様に、飲まれかけた自分を引き戻す様に、静謐の空間に男の声が響き渡る。 弾かれた様に飛び出したのはせおりだ。 元より敵が強大である事は承知の上だった。何せ小規模編成の部隊では到底どうにもならぬと明言された相手なのだから。 しかし実際に相対した圧倒的な強者はその存在だけでせおりが心の奥底に押し込んだ力や戦いへの恐怖心を呼び覚まし、彼女は体の震えを止める事が出来なかった。 快の叫びに我に返れど、一度目を覚ました恐怖心は消えはしない。けれどだからこそ、せおりは敵に向かって駆けた。 「目には目を、鬼には鬼を。瀬織津姫の別名は、鈴鹿の姫権現だ!」 伊勢国鈴鹿山の悪鬼を退治した鈴鹿権現の名を唱え、せおりは己の恐怖心を祓わんと、打ち克たんと、災厄目掛けて刃を振るう。 弾かれた災厄に次いで張り付くはユーディス。素直に弾かれてくれたとは言えその気になれば一瞬で自分達を屠れてしまえそうな相手の気配に、彼女は己が肉体を壁にする。 いやユーディスばかりでは無い。せおりも、快も、此処まで来れば最早すずきさんが社に辿り着くまでの壁になる事以外に成せる事等ありはしない。 決死の仲間達の想いに背を押されながら、すずきさんが歩く。 此処は神聖な場所だ。神のおわす場所だ。焦れど、走る事は出来ない。 一歩ずつ、所作正しくすすむ。すずきさんの広く深い魔術の知識はこの場での作法にも及んでいた。 其れは神事である。 正しく、敬意に満ちた心根で其れが行われるのであれば、例え災厄であろうと其れを邪魔立てする事など出来やしない。 何故なら其れは己に向けられた物であるのだから。 社に辿り着き、捧げられた『飛び梅』から梅の香りが辺りに満ちる。 「月耀如晴雪、梅花似照星、可燐金鏡轉、庭上玉房馨」 耀く月の光はまるで晴れた日の雪の如く、その光を受けた梅の花は照る星に似る。鏡の様な月が天を移動するにつれて庭園の梅が香ってくる様はなんと素晴らしい事だろう。 すずきさんが想いをのせて口にするのは、道真公が11歳の時に詠んだとされる初めての作。 どうか、どうか鎮まりたまえ。梅の香に乗せて、穏やかな世界を望む気持ちが伝わりますように。 梅を捧げた巫女の気持ちに、御霊が1つ頷き消える。 彼等の願いが叶う様にと、抱えた世界の歪みを昇華しながら。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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