●小さな歪み、小さき者 空が歪み、町に小さな、とても小さな影が落とされる。人々は小さすぎるそれに気付かず、そんな空を見上げようとはしなかった。それほどに小さな歪みであった。 歪みはやがて小さな者を産み落とし、人知れず消えていった。 そうしてこの世界に現れたこの小さな者は、この世界においてアザーバイトと分類されている。別世界から現れ、この世界を破壊すると言われているような存在である。 その小さき者は翼をもち、牙をもち、火の息を吐くトカゲのような怪物であった。こちらの世界では伝承に謳われるドラゴンとも言われる存在である。ただ、それはとても小さかった。鳥でいえば雛鳥であるために、その姿は数十センチほどしかなく、空を飛ぶこともできず、炎のブレスはバーナー程度の火力しかない、弱々しい存在である。 ミニマムドラゴン。それが、この小さき者にアークが与えた名だ。 最大の特徴は、小さくコロコロしていて、つぶらな瞳が愛らしいことである。つまり、マスコットキャラクターのような風貌なのである。一目見れば、「かわいい!」という女性も多いだろう。 その可愛らしいドラゴンは、街の隙間を縫うようにして歩いていた。とことことしたその動きもまた、マスコットじみていて、人に見つかっても「変わったぬいぐるみだな」と思われるだけであった。それは、神秘の秘匿から見て幸いであったが、どこかシュールでもある。 さて、このミニマムドラゴンは何をしているかというと、見る世界すべてが珍しいのか、ただ歩き回っているだけだ。人の活動を見て、人の作り出したものを見て、この世界を見る。 それはまるで、この世界を見定めているようでもあった。 しかし、それにも飽きてきたのか、ミニマムドラゴンは休める場所を探して歩き始めた。 すると、ミニマムドラゴンと同じようにふわふわもこもことしたぬいぐるみが並ぶところを見つけたので、小さくもこもこした竜はそこで休み始めた。 そこは、世界ぬいぐるみ博というイベント会場であった。 ふわもこの中に紛れ、ミニマムドラゴンの姿は消えて行った。 ●ふわもこな敵 なんとも可愛らしいクレヨン画の竜と地図を眺めながら、リベリスタたちは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉を待つ。いつもの疲れはなく、どちらかと言えばわくわくしているようにも見える。 「今回の依頼は難しくない。ぬいぐるみの中に紛れたアザーバイドを探し出して、破壊して欲しい。……ちょっとかわいそうだけど、放っておく訳にはいかないから」 しかし、それを押さえ込んで、あくまでもいつもの口調で言う。そう、見た目通り弱々しい相手とはいえ、アザーバイドはアザーバイドだ。危険がないわけではないし、神秘の秘匿もある。 「はい、これが世界ぬいぐるみ博のチケット」 人数分のチケットをポーチから取り出して、渡していく真白イヴ。よく見るともう一枚ポーチの中に残っているが、それについてリベリスタたちは深く触れないことにした。この幼女のささやかなわがままなのだろう。 「アザーバイドはこのぬいぐるみ博のどこかに隠れている。力も弱くて、飛ぶこともできない温厚な相手だけど、火を吐くから気をつけて」 そして何よりもかわいい。ぬいぐるみの中に紛れることもできるぐらいだ。 「羨ましいな」 真白イヴの視線が突き刺さる。でも、一応危険な依頼なのだから、真白イヴはすぐに頭を下げる。これからお願いをするからだ。 「よろしくおねがいね」 それを受けて、リベリスタたちは答えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:nozoki | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月13日(土)23:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ふわもこへ 広い会場を示す地図を載せたパネルを見上げながら、リベリスタたちはその大きさに改めて驚いていた。そして、その会場に敷き詰めらているぬいぐるみの数も膨大な数字になるだろう。なぜなら、世界ぬいぐるみ博が開催中だからだ。 そしてその世界ぬいぐるみ博のキャッチフレーズは、ふわもこいっぱい。 「ふむ……ふわふわもこもこ。良い響きなのじゃ、ぬいぐるみも布団と同じくらい好きなのですじゃ。こう、なんというか……癒されるじゃろ?」 優しげな表情を浮かべながら、『布団妖怪』御布団 翁(BNE002526)は手元の持ち運び用ミニ布団を持っていた。抱けばふわもこと快眠できそうなのは、ぬいぐるみも布団も同じ、という理屈なのだろうか。 「そうだねー。ふわもこ、ふわもこー」 突っ込みも入れず、ふわふわとしたゆるい相槌を打ったのは神代 凪(BNE001401)だ。タヌキの尻尾をピコピコと揺らしながら、タレ目は地図を眺めている。御布団と共に魚展へと向かうためだ。 「あっ、こっちだよお爺ちゃんー」 「ほっほっほ、まるで孫ができたようだのう」 孫と言うには胸とかちょっと育ちすぎているような気もしないでもないが、それでもゆるふわな凪に和んで、御布団は皺くちゃの顔をゆるく広げていた。ゆるふわ同士である。 (何もしてないのに倒しちゃうのが物凄く可愛そうだけど……。仕方がない、よね。なるべくなら穏便に行きたい所だねー) しかし、どうしてもこれから戦う敵のことを考えてしまい、凪の顔が少し曇っていく。かわいらしく、まだ何の罪も犯していないという敵に対して、もし話し合えるなら一度話し合ってみたいとまで凪は考えている。 「ふむ……。きちんと向き合うことが秘訣じゃよ」 そんな凪の心境に対して、年の功だと言わんばかりに御布団は言った。その姿はまるで、若者を導く老師のようでもある。 「布団に向かうときの気持ちと同じじゃな」 「布団と同じなの?」 「そうじゃ」 自信満々である。凪は聞かなかったが、もしその理由を尋ねたとしても「布団じゃからな」の一点張りで返されていただろう。 それほどまでに、布団に対する情熱を御布団を持っている。……たぶん、ぬいぐるみに対しても。 ●暗闇のふわもこ その頃、日本妖怪展の会場では……『マギカ・マキナ』トビオ・アルティメット(BNE002841)が絹のような黒髪を指で回しながら、ため息を付いていた。 「まあ、人が少なくてしけたイベントですのね」 ため息の後、腰に手をおいて悪びれもなく大声で事実を言うトビオ。堂々と胸を張っている辺り、そういう性分なのだろう。ちなみに張っているが、飛び出る胸はない。 トビオが言った通り、ここに人の姿は見えない。特にここはおどろおどろしい雰囲気にこだわり過ぎて、暗すぎる。そんなのだから人も寄り付かないのだ。 「これでは、お化け屋敷という感じですね」 苦笑しつつ、『希望の新芽』桧原 清香(BNE002839)は眼鏡の中心を指で押し上げて、暗視の力を使う。これならば、この暗い場所であっても目標のアザーバイドを見つけることができるだろう。 しかし、まず見えてくるのは可愛らしいふわもことした人形たちだ。日本の妖怪をモチーフにしているとはいえ、かなりのデフォルメがされており、原型がないようなものもいる。 「……終わったら娘にお土産買って帰ろう♪」 だけれども、子供は喜びそうなデザインのぬいぐるみばかりだ。幼い娘を持つ清香にとっては、このぬいぐるみの山は宝物の山のようにも思えた。 「私はライトを使って地道に捜すことにしますわ。……あらかわいい」 と、トビオはちょうど足元にあった提灯のぬいぐるみを抱き上げる。可愛らしい大きな目と口がふたつついており、恐ろしいというよりも和んでしまう感じだ。 「はっ、いけない」 抱き上げたまま、ついついその目をじっと見てしまい、トビオは首をぶんぶんと振る。 「やることがあるというのに。でも、ついつい目にしてしまうぐらいかわいいですわ!」 思わず手に持ったライトで映し出す。光を下から照らされて、ぼうっと赤く光る提灯のぬいぐるみ。 「……驚かせないでください」 暗視をしていた清香はこれに驚き、眼鏡がずり落ちる。目の前に赤い何かが飛んできたら、誰だって驚く。火を吐くドラゴンを探しているのだから、普段は冷静な清香であっても、これには尚更驚いた。 「あらま。ごめんあそばせ」 クスッ、とその様子に笑うトビオ。少し影のある笑みであったが、それでも抱いているふわもこの影響か、柔らかい笑みだった。 ●大陸のふわもこ 大陸妖怪展の会場は一番の盛り上がりを見せていた。というのも、フードコートが設置されており、過ごしやすい場所になっているからだ。 ぬいぐるみの中に囲まれての食事も一興。ということで、フードコートの人たちはそれぞれぬいぐるみを持っていた。お土産として買ったものもあるだろう。 それを注意深く見渡しながら、『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)は警戒していた。というのも、小さなドラゴンはそういうお土産に紛れているかもしれないからだ。 「ふう……。それにしても、彼は親とはぐれたのだろうか? かわいそうだけど、仕方がないね」 額の汗を腕で拭いながら、キリエは隣で大陸妖怪のぬいぐるみを眺めていた『男たちのバンカーバスター』関 狄龍(BNE002760)に話しかける。 「D・ホールが閉じてしまったのなら、もう送り返すことも出来ないね。なら倒すしかないか」 もう一度、キリエは汗を拭う。人間嫌いのキリエはこう人が多い所にいると、どうしても汗が出てしまう。とはいえ、元々人間観察が趣味なのだ、こうして人が多い場所が嫌いなわけではない。 「まあな。お、こいつは――」 「見つかったのかい?」 「いや、懐かしいなぁ……ってな。おっと、斉天大聖に旅の一行。コイツは定番だねぇ」 猿・河童・豚のぬいぐるみの腕を触りながら、狄龍は故郷を懐かしんでいた。本気で楽しんでいるようにも思える狄龍を見て、キリエはフッと微笑んだ。 「楽しそうだね」 「ああ。おっ、こっちのキョンシーは……うお、マジで関節硬ぇ!? 気持ち悪ぃ所まで再現すんなよ!」 本当に楽しそうだ、とキリエはその様子を見ながら、自分の汗が引いていくことに気付いた。 「私も楽しいよ。キミは見ていて楽しいね」 「おおっ、こっちは火鼠か? 黒くて丸い耳を持ち、甲高い声で鳴く……っておい!?」 掴んでいた、色々と危ない鼠のぬいぐるみを思わず投げる狄龍。ぽふっと音がして、キリエの顔に当たる。 「これって確か――」 「言うんじゃない!」 ハハッ、と鳴く鼠のぬいぐるみなんてなかった。なかったんだ。 ●海のふわもこ 魚展は独特の匂いに包まれていた。自然の再現をモチーフにしているここは、魚臭さまでもが再現されているのである。 しかも……並んでいるぬいぐるみはキモかわいい系の、人を選ぶタイプである。 そんなところだからか、人の姿は殆ど見えなかった。恐らく、一番の不人気コーナーだろう。 「うわー! きもーい!」 魚のぬいぐるみをへらへらと笑いながら、『『世界h』』小坂 紫安(BNE002818)は魚展を練り歩いていた。 「ボク、魚展を歩くのが夢だったんだー」 ポニーテールをふわりふわりと動かしつつ、眼鏡越しに鯛や鯖のぬいぐるみをひとつひとつ見つめていく。彼の眼鏡の奥の瞳には楽の一文字が映っていた。 やがて紫安は見飽きたのか、魚展の探索を早々に切り上げて、ヨーロッパ展へと向かっていった。 ここから先は、他のメンバーに任せるという形である。 さて、ちょうど紫安と入れ替わる形で魚展にやって来た御布団と凪は、その独特の匂いに面食らっていた。わざわざ魚臭さを再現しなくてもいいのに。 「んー、御布団のお爺ちゃんはそっちの方をお願いだよー。なにか引っかかったら教えてねー」 「うーむ、こうしてじっくり見ておると中々愛らしく見えてくるのう、ふぉっふぉ」 それでもお爺さんと孫、という感じで探索を始めて行く。御布団がイーグルアイの力で遠くを見渡して、怪しげなぬいぐるみがあれば、凪がそこに向かって幻視を使い、それを確かめるというやり方である。幻視ならば、物を透過できても生物は透過できない。 「見つからないねー」 「そうじゃのう……。海は嫌いなのかの」 リュウグウノツカイのぬいぐるみを抱えながら、凪はふわふわとした肌触りを全身で感じていた。 「それにしてもふかふかー」 「うむ。布団にも負けず劣らず、じゃ」 ふたりが真剣に探した結果、ここには近寄っていないということは分かった。魚臭さが嫌だったのだろうか? ●ヨーロッパのふわもこ ヨーロッパ展には、堂々とふんぞり返っている者が居た。『闇より出で光をも翳る者』大魔王 グランヘイト(BNE002593)だ。 「余が大魔王グランヘイトである。余の目標は異界の竜のみよ」 グランヘイトは目を光らせ、千里眼の力を使ってぬいぐるみの山を見渡している。透視と同じく無機物ならば透視できるが、生物ならば透視できないからである。 「ふむ……」 グランヘイトは腕を組んで考える。透視のできない何かが、竜をモチーフにしたぬいぐるみの山の中に紛れているのを見つけたからだ。 「ボク、ファンタジーゲームでドラゴン好きだから、こういうヨーロッパ祭り? だっけ? こういうところを歩くのが夢だったんだー」 そこに、魚展から回ってきた紫安がやって来て、ドラゴンのぬいぐるみのほっぺを次々につねっていた。そういう探し方らしい。 「待て。先刻に余が見つけた」 そこに、グランヘイトのハイテレパスが紫安へと使われた。グランヘイトは同時に、他のメンバーにもハイテレパスを使い、見つけたことを報告していく。 「竜を確保した。余の伴をするものは来るが良い」 テレパスの内容はこの通りである。 グランヘイトはふわもことしたぬいぐるみの中から、その中に紛れていた竜のアザーバイトを手に取る。これもふわもことしていて、「むきゅー」という眠そうな鳴き声をしていた。 「ふむ。魚展が適任、か」 事前に人気のない場所を探していたグランヘイトは、そこが戦いの場として相応しいと考えて、竜を抱きかかえながら動き出す。紫安も結界を張りながら、グランヘイトについて行った。 ●小さな決着 グランヘイトによって呼び出されたリベリスタたちは、アザーバイトの実物に目を奪われていた。映像通り、可愛らしい。 「え、コイツ!? こんな可愛いのに!? ……俺と一緒に逃げよう! 小竜!」 グランヘイトから竜のアザーバイトを受け取り、そのふわもこを堪能しながら、狄龍は驚いていた。こんな可愛い敵もいるのか、と。 「駄目かー! くそー、許せー!」 「ハンバーガーとか食べるかな?」 葛藤しながらも手放した狄龍の次に竜を受け取ったのは凪だ。動物会話を試みているが、どうも通じない。意味のある言葉を言っていないのだろう。 それでも、聞いてみたいことがあった。 「この世界はどうだった?」 むきゅー、という言葉が帰ってくる。恐らく、幼すぎて何の言葉でもないのだろう。 「そっか」 ぎゅ、と凪は抱きしめる。くすぐったそうに、竜は目を細めた。 「凪様。私も抱っこさせてくださいな」 トビオも凪から竜を受け取って、ぎゅっと抱きしめる。ぬいぐるみを抱いているような感覚を、トビオは感じた。 「こんなにふわもこなのに一度も抱きしめられないまま消えてしまうなんて哀しすぎますもの。あなたもぬいぐるみのように愛されるためだけに生まれてくればよかったのに」 抵抗を予想して、痛覚遮断の用意もしていたトビオだったが、それが使用されることはなかった。竜は眠るようにして、胸の中で収まっているからである。 「……」 それを見ながら、なでなでしたいという欲求に清香は耐えていた。情が移ってはいけない、この子は敵なのだから……と。 「さて、もうよいか?」 グランヘイトが問うと、リベリスタたちは揃って頷いた。それを見て、グランヘイトは竜を受け取る。 「貴様に罪はない。だがいずれ余の支配する世界に貴様の存在は邪魔だ」 グランヘイトは目を細めながら、胸に抱いた竜に向かって力を集中させる。集まる力を前に、竜は怯え、抵抗しようと火を吐き始めた。 「まあ、見た目的にも、どう考えても陛下の方が……」 火を受けてダメージを受けているグランヘイトに対して天使の息を使いながら、キリエは帽子を深く被る。いや、これ以上はよそう。という意味である。 「余の腕の中で闇に包まれ永久に眠るがよい」 グランヘイト胸の中でフレアバーストが発動し、アザーバイトの竜はあっけなく灰となった。 「余の糧となった褒美として余に同行することを許す」 その灰をビンの中に集め、グランヘイトは歩き出した。 「異界の竜は滅した。後は好きにするがよい。我は城に帰る」 マントを広げ、グランヘイトは歩いて行く。その背中と灰に向かって、凪は手を合わせた。 「ん……。アークに連絡しなきゃ」 こうして、小さな戦いは幕を下ろした。 きっと、これは必要なことだったと、リベリスタたちの胸に刻み込んで。 リベリスタたちはその後、ぬいぐるみ博を堪能していった。 「すねこすり1個欲しいんだが…ああ、ちょっとストレス解消用にだな。いや、夜眠る時に抱っこしたいとかじゃねぇんだ。ぜんぜんちがう」 「私も娘のためにカエルのぬいぐるみを……」 「ワシもお土産じゃ。ちっと知り合いらに買って帰りたいんじゃよ」 「私一度でいいからぬいぐるみの山に埋もれてみたかったんですの」 お土産を買って行くもの、ぬいぐるみの山を堪能していくもの。 「ドヤ顔うさぎは見当たらなかったけれど、イヴはどこが気になったのかな」 更にひと回りしていくもの。 「帰ったら可能ならお墓とか作れないかな……」 想いを巡らすもの。リベリスタたちはそれぞれの想いを胸に、ぬいぐるみ博を過ごしていった。今日はきっと、忘れられない日になるだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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