●中心地 王城の地・京都を見下ろすその山は古代より山岳信仰の対象だったという。 京都の鬼門に当たる北東部に位置する比叡山は、霊験あらたかとされるその名、地理上の理由もあり、王城鎮護の山とされた。 延暦年間にかの大僧・最澄によって起源された延暦寺は日本仏教の中心地の一つとして名高く、史実にも重要な役割を果たして来たのは知られている事実である。 さて、この日本の霊場として格別の格式を誇るこの地が、今まさに世の乱れを憂う現代の志士達にとって見過ごせない場所となるのは或る意味での必然だったと言えるのだろう。 「まぁ、仕方ないと言いますか。当然と言いますか。 度重なる凄いドンパチの影響は特にこの日本を中心にそろそろ見過ごせない段階に到達している……という訳ですね、はい」 『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア (nBNE001000) は、目の前のリベリスタに『困ったような顔をして』溜息と共に言葉を零した。 「勿論、アークも手を尽くしているのですが。日本を取り巻く状況はかなり厳しい状態にある訳です。具体的に言うと完全に崩界してしまうと此の世の終わり(ロスト・コード)な状態になる訳ですが、ちょっとその手前が見えてきたと言うか。何とかしないと明日が無い、なんてなっても困りますしね!」 その原因の一つになりながら、まるで他人事のように述べるアシュレイにリベリスタは苦笑した。先にラトニャ・ル・テップにより引き起こされた恐怖事件は記憶に新しい。少なからずこの世界の安定に爪痕を残した彼女の凶行は、より一層この世界の寿命を縮めたものと言えた。かつてラ・ル・カーナで世界の終わりのその時を目撃したリベリスタからすればこれが非常な重圧を与える事態なのは言うまでも無いだろう。 崩壊度、世界の歪み。其れは例えば、大地のプレートに生じた歪みよりも遥かに大きな危険を秘める。歪み切れば世界を壊してしまう程に。今の人類は大地のプレートに生じた歪みに対して、其れを制御する方法を持たない。大規模な地震とならぬ事を願い、小規模な地震が起きる事でプレートに溜まった歪みが発散してくれる事を祈るしかないのだ。けれど世界の歪み、崩壊度に対しては願いも祈りも意味は無く、今、自分達の手で勇気を持って立ち向わなければなら無い。 「手はあるんだろう?」 わざわざ呼び出して暗澹たる未来だけを告げる事はあるまい――アシュレイの話からそう判断を下したリベリスタに彼女は頷いた。 「そこでその状況を少しでも改善しようという事で作戦が始まったんですよ。 崩界度お掃除プロジェクトですね。本来ならばまだ休眠している『危機』を敢えて現象化する事で排除する――ちょっぴり強引なやり方になりますが」 前置きしたアシュレイの説明を要約するならば「日本に古来より存在する霊地、霊場を利用して特殊な結界を張り、内在する危機――つまりこの世界を破壊し得る要素を敢えて具象化し打倒する事により、緊張状態を緩和する」というものであった。極めて高度な神秘の行使と貴重な霊場の力により成り立つこの方法は無限に行えるものではないらしいが、『上手くいけば』有効な方法として機能する可能性を秘めているらしい。 「謂わば人工的に小さな地震を起こす、みたいなそんな感じですかね。 具象化した危機は『崩界要素そのもの』とも言えます。皆さんの仕事は言ってしまえばこれを実力で何とかするという――分かり易い内容になりますが、それぞれの作戦の可否は『良くも悪くも』世界の安定に影響を与えるでしょう」 「ああ。それでどんな話なんだ?」 リベリスタの問い掛けにアシュレイは頷いた。 「皆さんに行って貰うのは比叡山です。かなり有名なパワースポットですね。かく言う私もジャック様と京都旅行をした際には……失礼、蛇足です。 まぁ、つまり重要なのはあの霊山が今回の任務地になるという点です」 「どんな敵が生じるんだ?」 「僧兵さんです。沢山の武装した僧兵さん――厳密には違うんですが、皆さんには『エリューションのようなもの』と説明した方が分かり易いですね。 皆さんには一晩中戦って貰わないといけません」 「……一晩中?」 思わぬ単語にリベリスタが聞き返す。 「比叡山の僧兵は時の権力者にも折れず、強い抵抗を続けた事で有名ですよね。霊場の具象化はその土地の持つイメージを強く反映させるんです。つまり、彼等は倒しても倒しても次から次へと沸いて出る無限の戦力を有している……無限の反抗心を持っているという訳です。 彼等を鎮めるには午前零時から夜明けまでの間、皆さんが只管耐え忍び、凌ぎ切る以外の方法が無いのです。それぞれ個体の実力は恐らく皆さんには劣るでしょうが、これは簡単な仕事じゃないですよ」 「それはそうだが……やけに脅かすな」 「はい」 アシュレイは少し同情したかのようにリベリスタを見た。 「何せ、比叡山の向こうには京都の街がありますからねぇ……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月25日(水)00:01 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●山の夜I 「ままならぬは、賀茂川の水、双六の賽、山法師。だっけかね」 生温い夜気に浮かんだ『足らずの』晦 烏(BNE002858)の溜息は、彼には似合いの重ねられた年輪だ。 引用された言葉は、日本史に『日本国第一の大天狗』として名を残すかの後白河法皇によるものである。さしもの彼もこの山にドンと居座る僧侶達には手を焼かされていたのは歴史の語る周知の事実であろう。 「比叡山、『延暦寺』の歴史……色々あった曰く付きの場所なのですね」 『風詠み』ファウナ・エイフェルは勤勉である。 「ここって昔におっきな戦いがあったところ?」 「はい。そのようです」 『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)の問いにファウナは頷いた。 「何か、お寺なのに怖い……ね。 出てくるエリューション(?)も、話を聞けばなんか不気味だし……でも、怖がってらんないよね!」 山の天気のように忙しく変わる妹(ノイン)の様子を微笑で見守るファウナは「はい」ともう一度頷いた。 「行躰、行法、出家の作法にもかかわらず、天下の嘲弄をも恥じず、天道のおそれをも顧みず、淫乱、魚鳥を食し、金銀まいないにふけり。ふん、お里が知れるというものじゃ」 「曰く、堕落した僧侶等。時代によっては、必ずしも褒められた存在ではなかったようですが…… 独自の勢力として力を持っていたのは確かな様子。 私達がこれから戦うのは、言うなれば……この山の歴史そのものなのですね……」 殊更に辛辣な紅涙・真珠郎(BNE004921)の言葉に、ファウナは何とも複雑な表情を見せた。 「まぁ、な」 烏の咥えた煙草が暗闇に紫煙を燻らせる。 「鳴かぬから殺せって言うよりは…… どちらかと言えば黙らない不如帰は、殺されるまで変わらなかったって感じかね。何せ、因果だ」 烏の語調は少し皮肉めいていて、小首を傾げたファウナはその言葉を良く良く噛み締めた。それを最終的に制圧せしめたのが圧倒的な暴力だった辺り、人間というものは今昔宿業に満ちている。 「……しかし、まさか山法師を止める立場になることがあるとはな」 複雑そうに呟いた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)からすれば、それは『学校で習った出来事』のリプレイに他ならない。歳を食った烏に比べれば大分身近な『授業の中の主役の一つ』との遭遇は、成る程。奇奇怪怪にして数奇極まるリベリスタの仕事柄を良く示すものになろう。 「うんうん、まさか焼き討ちする羽目になるとは思わなかったよ」 「や、焼き討ちとは物騒なのだ」 相槌を打った『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)に雷音が驚いた顔をした。 「でも仕方ないよね。いざって時は焼くのだ……いや、潰すのだ、かな?」 第六天魔王めいた双葉、そして「う、うむ……」と神妙な雷音。 「仮に守り切れても指令に怒られそうで心配だ」 二人を見て『立ち塞がる学徒』白崎・晃(BNE003937)は肩を竦め、年長の烏は軽い苦笑いを浮かべていた。 (場合によってはかなり無茶をやらかすからな……まぁ、仕方ない範囲でもあるんだが) 今回、夜の比叡山に足を踏み入れた十四人のリベリスタ達の目的は、これまでのやり取りを見れば分かる通りだ。 「歴史上で大きな事件があった場所には、今も大きな思念が残っているのでしょうね。 確かに比叡のお山での出来事は知っています」 「……何だか、少ししっくりと来ない気もしますけどね」 但し、『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)の言葉に『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)が漏らした通り、仕事に到るそのプロセスは平素の活動とは全く異なるものがあるのは事実だ。 通常、アークは――リベリスタ達はこの世界に望まれずに産み落とされた神秘を排除する任務を負っている。だが、今回。この歴史と伝統ある比叡山を舞台にして起きる『事件』は、不出来な神が創り給うた偶発的な未来では無い。 「崩界因子を具現化させる事で排除する、ですか。 確かに少し危険な賭けになりますが――我々が食い止めれば事が好転するならば」 凛子の言葉に仲間達が頷いた。 今回の事件が通常のそれと全く違う理由は、その発生が『人為的・意図的なものである』という部分。他ならぬアークが『敢えて』この事件を起こすのは崩界を食い止める儀式の為だ。 (そう、どんなに厳しくても――これは任務。やるべき事は変わらないけど) 懐に忍ばせたキャンディの小瓶に指先で触れた恵梨香は一瞬だけ瞑目して誰かを想う。 夜が明けるまで出現し続けるという敵は決して生易しい相手とはならないのだろうが…… リベリスタ達の現在布陣は予定通り、僧兵発生地点と推測される根本中堂付近。 パーティは事前の確認で今夜の防衛計画を共有している。最終防衛ラインを大講堂、戎檀院の手前、奥比叡ドライブウェイ入り口駐車場付近と定めた彼等は、積極的な押し上げによって戦線の維持を目論んでいる。 今回の戦いが如何に上手く時間をすり潰すかにかかっているのは全員の共通認識であった。 「そろそろ時間でしょうか」 『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)が淡々と事実を告げた。 「……長い戦いになりそうですからね」 予め長期戦に備えた準備は万端に整えている。補給用のゼリー、全体地図、GPSの確認も終わっている。 恵梨香の持つ千里眼も索敵、状況の把握に与える役割は小さくないだろう。 凛子が確認した腕時計の示す時刻は二十三時五十七分。 正確な時を刻む電波時計の秒針があと三回回れば山には怪異が満ちるだろう。 敵は無数、そして無限。戦いは規格外の一夜。 「いざ、決戦に参らん、でしょうか。皆々様」 だが、手元の端末で時刻を確認したシィンに気負いは無い。『油断無き軽妙』を見せるフュリエの少女は、むしろ何処かこの大きな武舞台を楽しむかのように――夜の御山に蟠る闇の奥に金色の双眸を向けていた。 ざわざわ ざわざわ ざわざわざわ…… 生温い風が木立を揺らす。静けさに満ちた御山に無数の気配が現れたのは――それから程無くの事だった。 ●山の夜II かくて始まった『合戦』は壮絶なものとなっていた。 敵は最少でも五百を数える僧兵、立ち向かうのは僅か十四名のリベリスタ。叩けば叩くほどその猛威を増す烈火の如き敵を相手取るには些か心許ない数ではあるが、その一人一人はまさに一騎当千の兵達である。 (さて、何処まで時間が稼げるか……) 烏が視界に収める僧兵達はめいめいに得物を振り上げ、意気軒昂極まりない。 パーティは当初の作戦として僧兵の出現位置を予測し、これを苛烈に叩くという固まった布陣での戦力運用を計画していた。 言うまでも無く戦力の集中運用は最も理想的な形である。 烏の懸念するのは偏に『何処までそれが許されるか』という一点ばかりであった。敵が増加し、分散し始めるタイミングは必ず来る。賢明な烏は――パーティは無論状況に二の矢を番えるだろう。 されど、今はまず全力を以って叩くばかりだ。 「油断はなさらず、固まって動きましょう――!」 ファウナの願う翼の加護が勇者達の背に白き輝きを点す。 リベリスタ達の戦意を一早く――最も分かり易い形で顕現したのはとびきりの速力を見せた双葉の出足である。 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 むくつけき男達の雄叫びに負けじと朗々とした名乗り文句が夜を揺らす。 僧兵達は本能的に現れた敵を察し、得物を手に彼女に襲い掛からんと動き始めるが―― 「魔を以って法と成し、法を以って陣と成す。描く陣にて敵を打ち倒さん――」 ――少女の唇が高速で呪を紡ぎ、宙空に複雑極まる魔陣を描く。 目を強く見開いた彼女の異能、集中力はこの瞬間――必然とも呼べる結論(ダブルアクション)を弾き出す。 誰よりも早く動き出し、常人の三人分とも言える魔術を連続で組み上げた双葉は、 「紅き血の織り成す黒鎖の響き。 其が奏でし葬送曲――我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ……いけっ、戒めの鎖!」 力ある言葉と共に唸る黒蛇の如き葬操の調べを亡者達へと叩き付けた。 絡み付く呪いに呻く僧兵達は憎々しく呪の主を睨みつける。だが、この時彼等は『唯の葬列』であった。 「信仰とは名前ばかり。くだらぬ我欲に繋がれた狗どもが――」 吐き捨てるような調子が業に縛られた僧兵達を嘲り笑っていた。 双葉の鏑矢とほぼ遜色の無いタイミングで仕掛けたのは言うまでも無い紅涙の姫である。 「その上、その欲の一つも誰かに預けねば叶える事もままならん。 おぬし等、全くつまらん――つまらな過ぎて喰う気も失せるわ!」 一喝と共に両手の得物が夜よりも深い暗黒を生じさせた。 己が生命力さえ代償に喰らう真珠郎の瘴気は、苛烈な威力で葬列の僧兵達を蝕んでいる。 リベリスタ陣営に襲い掛からんとした第一波を絶妙の連携手が止めている。 だが、圧倒的に数に勝る敵陣はリベリスタ側の戦闘力を目にしても怯む事は無い。大天狗も嘆いたとされる――無限の叛意は目の前に立ち塞がる壁を賀茂川の水の如く、その濁流で下さんと一斉に動き始めていた。 「徹夜確定、文字通りのデスマーチ、ってか。今更だが、アークってほんとブラックだよな!」 「比叡山の僧兵を相手に一晩中戦い続けろたぁ、随分なお役目だな。 まあ、やると決めたからにゃやるっきゃねえよな!」 何処まで本気か『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)、アズマ・C・ウィンドリスタ(BNE004944)が「ボーナス要求してやる」と息巻いてパーティの前方に飛び出した。 ホーリーメイガスでありながら前線に立つエルヴィンは誰よりも信頼に足る楔の一人。 「っらぁッ!」 自身の理想の具現を纏い、運命を切り裂く一撃を敵に見舞うアズマは最初から全開である。 「纏めて――やっつける!」 同時に、複数の僧兵を火炎を帯びた体当たりで薙ぎ倒した『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は外見からは想像も出来ない位の馬力で敵を圧倒しにかかっていた。 彼等フロントの戦闘員のみならず、パーティは敵の動きに合わせて迎撃態勢を構築していく。 「この無限に増えるこのかんじ……(´・ω・`)に似てる気がするです。これは油断ならないのです!」 (´・ω・`)の親玉……もとい『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は長期戦を支える強力な回復役。 討ち漏らした僧兵の集中攻撃がエルヴィンを脅かす。 すかさず動き出した後衛は見事な連携でこの状況をクリアした。 「させません」 短い言葉に絶対の力が込められている。 まずは凛子。彼女の指先が宙を撫でれば、降臨した神の愛がエルヴィンの傷を無かったかのように消し去った。 「退がりなさいな――」 更にはファウナ。彼女の構えた双界の杖が闇に炎の気配を宿す。 一瞬だけ遅れて敵陣に突き刺さったのは無数の火弾による弾幕だ。 「――今です!」 敵を激しく攻め苛み、押し戻したその隙を縫い―― そして何より大きいのは次の二人の存在だ。 「今回は、本領発揮だねっ!」 「さて、共に立つ戦友も、荒ぶる御霊も、皆須らく安息して貰いましょうか。 何故なら、ここはもう既に――――自分の領域なのですから!」 エフェメラとシィン。フュリエの少女達は或る意味でこの作戦に最も適した『完璧な戦力』だった。 少女達が力を合わせて紡ぎ出すエクスィスの加護は総ゆる物理攻撃を遮断する神秘の盾である。圧倒的多数による数の暴力をこれ以上無い形で食い止め得る二人の支援は、前衛達を力強く守る生命線そのものだ。 「頑張るから――頑張ってねっ!」 エフェメラの声に仲間が応えた。 世界樹とのリンクを果たした彼女の力が枯渇する事はほぼ無い。彼女が味方の力全てを賦活するグリーン・ノアを備えるという事は、仲間さえも戦い抜く力を得ているのと同じ事だ。 無論、それは今夜を『自らの領域』と呼んだシィンにしても変わらない。 否、彼女の場合はそれ以上だ。王の名を冠した究極の錬気法は苛烈な消耗さえ苦も無く跳ね返す。 「時代錯誤の悪意など、自分達には届かせませんよ」 自信に満ちて断言した『女王の宣誓』がパーティの盾となる晃を包み込んだ。 「――さぁ、廻していくぜ!」 多勢による集中攻撃さえ無傷で越えた彼が吠えれば、パーティをラグナロクの凱歌が激励した。 「どんどん来いよ――俺を狙ってくれるなら都合がいい!」 僧兵の放つ大喝を掻き消すかのように晃は吠えた。 敵の呪言も、燃え盛る意志の炎を止める事は叶わない。 ――緒戦と呼ぶに相応しくないその戦いはどれ位続いたか。 時間感覚の失せる程の激戦は正しい時間の経過をリベリスタ達に実感させていない。倒しても終わらない以上、リベリスタが戦闘力で上回ろうとも、戦いはやがて乱戦めいたものになっていた。 「第六天魔王様が焼き討ちしたくなるのも判る気がするわ」 「時の権力者が彼らを恐る理由がよくわかるというもなのだ」 「まったくだ」 軽く浮かび上がり、より多くの敵を自身の射程に収めた烏が舌を巻く。感想は多勢を纏めて焼き払ってきた雷音の方も同じだったらしく、二人は似たような表情で萎えない敵を睨んでいる。 「こりゃひどい」 比叡山の一部を巻き込むように攻撃を展開した烏と、炎を扱った雷音に射掛けられた矢の数は尋常では無い。 シィンやエフェメラの支援が無ければ何度か死んでいたかも知れない位だ。 「っ、厄介ね……!」 同じく魔術による砲撃手として機能してきた恵梨香が臍を噛む。 多勢に対して敢えて前に出る事で積極的防御を展開するリベリスタ陣営だが、多勢を相手取る無勢という形式は今夜絶対に変わる事は無い。 「いい加減にっ、しなさい――ッ!」 闇を貫く銀の弾丸は恵梨香の放つ意志を正確に現していた。 敵を薙ぎ倒し貫通する魔光は十分な破壊力を持っていたが…… 如何なる攻撃を尽くそうとも、膨張する敵の勢いは遂にパーティの想定を超え始めていた。膨大化する彼等はその動き方を徐々に変えて行く。数にあかせて下山を図る敵にやがてパーティは分隊を余儀なくされる。 ●山の夜III (……アタシは、何があっても、この任務をっ……ッ) 聖なる御山に銀光が瞬いた。 「舐めるな。狗ども。我ら紅涙。暴食の一族よ。喰うぜ。喰うよ。喰い殺す。一匹残らず通すと思うな!」 獰猛に犬歯を剥き出した真珠郎を見た人間は、きっとその内に潜む魔獣さえ連想しただろう。 それは間違いでは無い。血に咽び、痛みを呑み、命を削って戦う彼女はまさに女怪に相違無い。 果たして、何時間経ったのだろうか。 「――來來、朱雀ッ!」 喉も裂けよと搾り出された自身の絶叫を疲労感に満ちた雷音は何処か他人事のように聞いていた。 唸りを上げる業火の渦が幾度目か折れない僧兵達を灼熱地獄へと葬り去る。 「はぁ、はぁ、は――」 肩で荒い息をする彼女は、闇の奥よりそれでも現れる新手に強い視線を送っていた。 数を増し、分かれ始めた敵に対応する為、パーティが戦力を三つに分けたのは大分前の話であった。 一斑を雷音、凛子、晃、ファウナ。二班を烏、そあら、双葉、アズマ、シィン。三班を真珠郎、エルヴィン、旭、恵梨香、エフェメラと分けたパーティはそれぞれが尽力奮戦する事で決壊間近の戦線を未だに支え続けていたのだ。 どれ程倒しても再生し、増え続ける敵は此の世の絶望さえ思わせる。もし、パーティがこの任務を達成するに最良の手を用いていなければ破滅的な結末は既に訪れていたのかも知れなかった。 だが、リベリスタ達はあくまでリベリスタだった。 絶望に反抗する者。理不尽を阻む者。運命を捻じ伏せ、従える者―― 「少しでも長く戦い抜けるように……」 (撃たれ弱いのはわかってるっ……) 凛子は呟く。彼女は癒し手だ。誰も失わないように力を尽くす者だ。 エフェメラは支援役だ。己の脆さは嫌と言う程知っている。 しかし、今は。 「私が傷つけ、私が癒やす!」 「でも、ここを抜けようって言うなら――遠慮なく吹き飛ばすっ!」 裁きの光を抱き、押し寄せる敵を跳ね返し、氷結の魔球が強かに叩く。 それぞれの戦場で、それぞれの戦士が己に出来る事を尽くしている。 綺麗な戦いでは有り得ない。スマートさとは程遠い泥の中で誰しもが足掻いていた。 「さて、俺がぶっ叩いたらどうなるかな?」 比叡山を人質に僧兵の注意を引く晃はまさに決死の覚悟であった。 僧兵達の行く手には京都の町。それだけはさせじと、不退転の決意は揺るがない。 「この場において、掬い上げる者は自分です」 傲然と、格別の存在感を声に乗せて――吠える僧兵を論破する。 シィンの静かなる宣告は、この期に及んでも戦い当初の絶対の自信を失ってはいなかった。 「仏門を名乗る貴方達こそが、末法をもたらしているのだと知れ。 此の現世は――迷い出でた貴方達の物ではない!」 古きを灼き、新しき世界の礎にしましょう――告げた少女の劫火が尊く尽きない叛意を焼く。 ごうごう、ごうごうと。 その炎は御山を包む叛意に比べれば決して大きなものでは無かったけれど。 明けない夜が無い事を、リベリスタ達は誰もが知っていた。 遠く稜線の向こうから待ち望んだ太陽が姿を現そうとしていた。 <抗う者>達の矜持と意志を称えるように――見事な日の出はこの夜の終わりを祝福していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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