●食罪 食べている、食べている。大きな口を開けて、黒い塊が食べている。 無数の腕が獲物をつかんでは口に運んでいく。 節くれだった二重の関節が、逃げるそれを離さない。 膳がもがいている。影の魔物がもがいている。 悲鳴をあげて、悲鳴をあげても、それが食われることは止みようがない。 擦り合わされる臼歯、潰れる肉、咀嚼音、嚥下する喉。ごくり。嗚呼。 美味しい。美味しい。美味しい。 幸せを感じる、幸福に感謝する。食べることは素晴らしい、食べることだけが素晴らしい。 食い散らかすことはしない、散らかす場すら腹に収まっていく。 豚のような歓喜をあげた。嗚呼、美味しい。 食事が終わる。夜におくびが耳障りだ。 満足感による惚け。変化は次に現れた。 身体が大きくなっていく。もとより巨大であったそれがさらに一回り大きくなっていく。 羽が生えた、あれは影であろうか。 次の段階ヘ進む。破滅の階層を、さらに上へと落ちていく。 貪欲を取り込んだ暴食は、夜闇に歌う。豚のような音。豚のような音。 もっと、もっと食事を。もっともっと。 破滅そのものに生まれて腐るまで。 ●暴食と貪欲 「困った事になったの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。 アークの誇る予知の少女の一声がブリーフィングルームへ静かに響く。 モニターに映し出されたのは2つの像。片や肉塊、片や影絵。 けれど彼女が最終的に見た物は、そのどちらでも、無い。 「2体のエリューションが、郊外で殆ど同時に発生してる。 それ自体は偶に有る事なんだけど……」 元々、エリューション自体が自然増殖する性質を持っている。 増殖性革醒現象。1つのエリューションはより多くの同族を生み出す。 それが偶々ほぼ同時に発生した。ノーフェイス等であればままある事態ではある。 しかし、言葉を濁す以上他に何かあるのだろう。一拍の後、イヴが続きを告げる。 「何でか2体が2体とも性質こそ違え“吸収する事”に特化した能力を持ってるみたいなの このままだと、この2体が遭遇。互いに喰い合ってどっちかが生き残る」 それの何所が困るのか。数が減る事でやりやすくなるのではないかと。 「うん、生き残った方が進化するの。このまま放っておくとフェーズ3が出現する」 やはりそう上手くは行かないらしい。正に困ったことである。更にイヴの難題は続く。 「この2体は弱ると、生存本能に従ってお互いの方へ逃げる。 2体が遭遇した時点で詰み。だから各個撃破するしかない」 その為に2チームが召集されている。片側が失敗すれば双方失敗し兼ねない状況。 現在のリベリスタ達にフェーズ3エリューションの相手は手に余る。 「くれぐれも逃がさないで、倒しきって」 頷いては差し出す資料。そこに描かれていたのは―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月17日(水)22:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●空腹と恋情のクロスポイント 食べる。食べる。食べる。食べる。咀嚼する。嚥下する。食べる。食べる。食べることだけ考える。この身が堕ちても、この身が朽ちても。食べることだけ考える。食べる。食べる。食べる。食べる。 食べている。食べている。夜闇。月。虫が五月蝿く。日もないのに照りつける熱気が肌に汗を生んで仕方がない。食べている。蒸し暑い夏。食べている。黒い黒い塊が。歪つな球体に無数の腕と大きな大きな口を生やし、あれもこれもと食べている。 仄暗い向こう側の醜態を、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)と小鳥遊・茉莉(BNE002647)は空から眺めていた。気づかれぬよう注意深く、注意深く。 食べること。同じ趣味を持つニニギアからすれば、この大きな黒は自分の罪でも見ているようで少々複雑な相手である。 しかし、食とは生きる上での感謝によって成り立つべきだ。身の丈に見合ったそれを楽しむことこそ不可欠となる。 「厄介な能力を持つアザーバイドが同時に出現するとは……」 茉莉がぎゅっと唇を食む。食うだけ食って、真似るだけ真似て、その次へと成長する異貌共。次。みっつめ。その三。いつかの先ならいざしらず、今現在では歯向かうことも叶わぬ三段目。 「ですが、貪欲と合流する前に殲滅しましょう」 ニニギアが端末を閉じる。向こう側でも始めるようだ。戦闘を戦闘として殲滅すべく、彼女らは仲間のもとへと飛んでいった。 少しだけ膨れたそれに、焦りと不安を感じながら。 黒い黒い黒い大きなそれを見つけたリベリスタ達は各々の武器を構えて心を事底に置き換えていく。鍔鳴りの金属音。銃座の転々。砂利を踏む音も、喧しいさざめきが覆い隠してくれる。隠れたいそれに食べられてしまうまではであるが。 「うんうん。美味しいねえ美味しいねえ。幸せに食べる事が出来るのはとても良いことだわ」 一心不乱に食べているさまをなんとはなしに可愛いと『悪夢喰らい』ナハト・オルクス(BNE000031)は感心した。それを許すわけにはいかないのだけれど。リベリスタだし、面倒だし。 「お食事の最中失礼致しますが、胃の中身全て吐いて頂きます」 それはそれで、えらく大量にはなりそうだけれど。それにしても、生きるために食べているのか、食べるために生きているのか。あるいはそのどちらもか、どちらでもよいのか。 「適者生存、と言うコンセプトに於いて……他者を取り込み進化すると言うのは実に理に適っている……が、知性がないのはな」 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が柄だけの短刀を抜く。集められた光源が刃を織り成した。夜闇を照らすそれに、自然羽虫が寄り添う。薄く鋭い加虐に触れた五魂が悲鳴もあげずに焼かれて落ちた。 「相手を食らってしまう存在が二体とはな……」 『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が己に思念を込め、己の守護を固めていく。 寄り添えば食しあい、次の一個へと変貌してしまう脅威。そう予言付けられている悪意。ここで逃せばどれほどの被害となるのか。それこそ、いずれは最後のそれまで到達してしまわぬとも限らない。なんとしてもここで阻止せねば。 「なんだか変わった敵だなぁ。別々に発生したのにセットみたいな」 『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)が結界を張り巡らせる。生き物も死に物も構わず食らって喰らう雑食家。食べただけ、食べた以上に成長するそれ。戦闘が始まろうと自分達以外も食い続けようとするだろう。その際、予定外の何かがあれば不幸の沈下は止められない。こうしておくに越したことはないはずだ。 「うげ、あんなキモいのに喰われる最期ってのはヤだなー」 『呪印彫刻士』志賀倉 はぜり(BNE002609)がいかにも辟易した、という表情を見せる。化物に食われて飲まれて糧となる。人ならばもう少しマシな死に方をしたいものだ。 命を頂くことは尊い行為だと『Pohorony』ロマネ・エレギナ(BNE002717)は思う。亡き命によって生かされている、その環を素敵なことだと信じている。それでも許さぬことだと悪獣を否定する。だってあれは運命に愛されぬのだからと、思う。信じている。あるいは信仰している。 それは誰からであったか。一歩目を合図として、彼らは走る。刻むために、討ち滅ぼすために。それでもそれは食べている。食べ続けている。落ちて落ちて落ちて落ちて落ちてもそれは変わらない。それはそのためだけにこんなものにまで成り果てたのだから。 ●八分目と熱愛のターニングタイム 美味しいと思う。美味しいと思う。美味しい物も不味いものも美味しいと思う。あれ、不味いってなんだっけ。美味しいってなんだっけ。忘れた。食べたいから、忘れた。美味しい。美味しい。美味しい。 「大人しく、しといてよね!」 凍気を纏った悠里の拳が食べ続ける獣に突き刺さる。豚のような悲鳴。豚のような悲鳴。不快な音が暗闇に響く。そこで初めて人に気づいたかのように、黒い塊は振り返った。振り返ったように見えた。 続いて空撃の蹴脚を放つべく構える彼に暴食が押し寄せる。無数の手が、節の多い悪意が巨体を引き寄せながら押し寄せてくる。大きく開いた口。歯並びの悪い中身。言い表せぬ悪臭。走る悪寒が身を後へと飛ばせた。 悠里の居た場所が食べられる。土が、アスファルトが、標識が、食べられる。汚い音。みるみる傷を癒す怪物に、再び魔拳の構えを取る。 耳をつんざく汚音に光矢が刺さる。刺さる。触れることはおろか見ることも嫌悪させる紫の鮮血が散った。悲鳴が色濃さを増し、ボリュームを上げる。 「喚くんじゃねーよデブ。さっさと地に沈んで土に還れ」 このような醜物に十字など切ってやるものか。 ナハトの魔で編まれた光の矢がまたひとつ傷を生み出した。生み出して、さらに抉る。大口開けて鳴き散らす暴食に強烈な光を放つ。黒い肌を焼いた。 放心した隙をついて、オーウェンが暴食とコンタクトをとる。次の手を知るために、弱点を探るために。障子に穴を開けて、脳の中を覗き見る。後悔した。 食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食べ食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食――― 脳の焼ける音を聴いた気がして、急ぎ接続を切り離した。どっと押し寄せる冷や汗。荒れる息。偏頭痛。感じた吐き気を抑えきれず、胃の中の全てをアスファルトにぶちまける。 喉に炎症と同じ痛み。乱れた呼吸が戻らない。後悔した。後悔した。それだけを織り固めた混沌に触れたことを、罪にまで落ち果てた食欲を覗き見たことを。 頭蓋の中と喉奥の痛みよりも強く感じる空腹が、中身のなくなった腹のせいだと信じたい。 暴飲暴食。その暴力が届かない場所から、はぜりは己の得物を投げつける。呪符の意を兼ねた苦無が暴食の目前で呪印を爆発させた。幾層にも編まれた呪文の輪。それらは拘束の縄と成り悪獣の巨体を締め付ける。 「ったく、喰うペースくらい考えなよ。太られっとジャマなんだし」 もう一本と取り出した苦無から印を解き、真円を作る。輪は間隙を無くし、等しい膜を生む。線は千と繋がれ、旋を成して防護を築いた。守護結界。暴力への否定、加虐への反抗。一方通行の扉を閉ざし、暴食の嵐を押しとどめる。 消耗した悠里に代わり、正面に躍り出た義弘は手にしたスモールシールドを前に出し迎え撃つ構えをとる。押し寄せる暴食。地に脚を根ざし、開いた大口に対して防御を選び―――絶叫が響いた。 構えた小盾はやすやすと突き破られ、それを握る指が圧し曲がり、肉には歪な歯群が噛みあわされ、何度となく打ち付けられる咀嚼が骨を砕いた。嗚呼、食べられている。食べられている。食べられている。 絶叫、悲鳴、苦痛、怨嗟。義弘のそれはやがて怒号に変わり、無事な側から穂先を振り下ろす。突き刺す。抉る。何度も。何度も何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も。 やがて痛みに堪えかね口を開いた隙間を縫い、己のそれを引きぬいた。帰還した自分の腕を見て、もう一度絶叫を響かせる。ありえない方向にひん曲がった関節。関節らしい方向にひん曲がった関節でないそれら。ぐちゃぐちゃだ。 呼吸が震えている。先程から脳内麻薬が痛覚を遮断しているせいか、まるで現実味がない。目尻に涙がたまり、口からは笑い声が漏れる。なんだこれ、誰だ笑ってやがるのは。なんだ自分じゃあないか。おかしいさ、おかしいだろう。ほら、まるでざんばらだ。 時間を思い出して噴きだした流血が自分と衣服と土瀝青を赤く染めていく。赤く汚していく。 笑いが絶叫に変わった。声が枯れても叫び続けていた。 義弘の惨状に悠里が飛び出していく。 回復が十分ではない。しかし放置するわけにもいくまいと、ニニギアは光矢を放ち戦線に復帰した。何もかもを食べる暴威に、それならばなるだけ何もない場所を選びながら。 「おなかすいたのを我慢して、やっといただく最初の一口の幸せなことが至高でしょ」 食べること。空腹を満たす幸福。選択した美味を享受する快感。前も今も後も食べ続けていたならば、そんな幸せなど忘れ去ってしまっているのだろう。失われてしまっているのだろう。食べることと美味しいことが等号で結ばれてしまっているのならば、統合で結ばれてしまっているのならば、最早食の意味もないのだろう。 「私たちが、ごちそうさまさせてあげるわ」 豚の喉に一線が突き刺さる。 四重奏。不協和音。合併交症曲。茉莉の奏でた暴力の音程が、欲望の食獣を劈いた。傷は瞳のない眼窩を生み、膿のように血涙を垂れ流す。不揃いな臼歯を見せる口腔からも、紫に汚い血を吐いた。 毒と、出血。もがき苦しみのたうち回る惨刑のハーフ。延々と生命を削る刑死官に、それでも食欲は罪を重ねた。食べる。食べる。食べて、吐いて、もがいて、食べる。 二度目の疫音。また紫の異物を吐いた。もう一回、もう一回。何度でも奏でる。もう一回。罪を咎めるように。 「食こそが幸福とは、また幸せな事」 ロマネの撃つ死線。極細の一点が獣の腕に打ち込まれた。涎をまき散らしながら、暴食が痛みに悶え暴れる。 無数の手で這いずり這いずり荒波の暴力で持ってロマネへと襲い来る。大口を開けて大地を飲み込みながら、まるで鯨のように。まるで豚のように。 怒り狂うそれに、ロマネは交代しつつも攻撃の手を休めない。されど酔わざるそれの速いこと。迫る、一歩こちらへ。迫る、痛みにも動きを止める様子はない。迫る、こんなにも大きかったろうか。迫る、臭いが鼻につく。迫る、大口を開けて防御不能の暴力でもって。迫る。鼻先で噛み合わされた。巨体が押しとどめられる。悠里がロマネを守るため、前衛としての役割を果たすため、彼女と暴食の間に身を置いたのだ。 無論、七罪の欲望は護ることを許さない。肉は裂かれ、骨は砕かれ。食欲は容易く内腑に達した。それでも運命を捻じ曲げる。此処から先を代償に、今現在を支える特権制度。未来の先払い。肉は生まれ、骨は繋がれ、内腑は脈動を繰り返す。 「こんなところで膝をつくわけにはいかないんだ!」 無理矢理に暴食を引き剥がした悠里は、ロマネの手を引き大きく距離を取る。 ロマネの頬に冷や汗が流れた。自分の代償となった彼。ああしてくれなければ自分がああなっていた。怒りに任された暴力は容易く己を食しただろう。今にしてあの巨体の栄養でしかなかっただろう。 怒りが納まったのか、暴食はもうこちらに醜態を向けることはなく一心不乱にアスファルトとコンクリートを飲み込んでいる。食べている、食べている。 あれを自分のものにと。あれの理解をと。試みるも即座に放棄する。不可能だ。罪に落ちてまで食らうだけの欲望を持ちあわせることができない。持ちあわせてはならない。 リベリスタ達にも限界が見え出した頃、暴食の巨体を支える多腕の一部が折れ曲がる。見目汚らわしい体重に支えがなくなり、大罪は無様に転倒した。 もうもうと砂埃。その機会を悠々と見過ごす彼らではなく、残力を振り絞った猛撃が加えられた。烈光が意識を追いやり、光陰は大地に縛り、魔拳が零下を誘い、呪印は自由を奪い、久遠が不吉を歌い、死糸は節を縫い止めた。 『呆然』『凍結』『呪檻』『劇毒』『裂傷』『痺拘』『悲劇』 七つの苦痛は大罪を抉り、癒しきれぬ禍根へと昇華する。もう耳に飽いた豚の悲鳴。一際大きく鳴いたそれに勝機を見出した時、怖気が走った。 影が、押し寄せる。 ●満腹と失恋のハニートラップ 一罪去ってまた一難。 それは自分たちの仲間がいるはずの向こう側から襲来した。影の魔物。一戦を惨劇に幕閉じ、地を這い地に潜りもう一つ上へと貪欲する大罪。 駄目だったのか。 その冷水に身体が凍えるよりも早く、リベリスタ達は暴食へとあらん限りの攻撃を放つ。なんとしても合流する前に、なんとしてもフェーズを進行される前に。 しかし願いも虚しく、影はもう夜闇に紛れても輪郭を視認できる距離に迫っていた。最早接触を回避することは不可能だろう。ひとりが撤退を呼びかけ、幾人かはそれよりも早く逃走を開始した。 だが。 ひとり、茉莉だけがそこにいた。そこ。暴食と貪欲の間。誰よりも何よりも先に移動して、暴食を押しとどめるべく全力防御の姿勢を取る。嗚呼、だが無論それも当然として暴食の欲求は守るというそれそのものを突き破る。防ごうにも腕ごと噛み砕かれ、押しとどめようにも脚ごと咀嚼される。 くっちゃ、くっちゃ。 嗚呼されど運命の特権よ。未来の先払いよ。意志は肉体を凌駕し、肉体は現実を凌駕して過去を否定する。一度だけの不死身。許された刹那の無敵。タイムボーナスは終わり、人は人へと戻る。それでも双罪の接触を阻害しようとして―――背後から貪欲に奪われた。 血を噴いて、倒れ伏す。 ●過食と恋愛のクィンティリオン 求めたのは力、絶対的な力。捻れた体躯を折り曲げて、黒い切り絵が舞い躍る。 無数の瞳が獲物を眺め、受けた力を学んでは返す。 組み付かれ動けぬそれを、影の魔物が嘲笑う。 肉塊が喘いでいる。顎の獣が喘いでいる。 引き千切り、引き千切られても、それの渇望は留まる所を知らない。 知った事ではない。見つめる。噛まれる。噛まれたままの牙を押し返す。 もっと、もっと、もっと力を。 牙を牙で返す、顎を顎で噛み合う。力を力で殺し合う、足りない足りないまだ足りない。 眼球が踊る。幾ら削っても、飲み込んでも、影絵の道化は揺るぎもしない。 闇が傷跡の様に裂けた。嗚呼、もう十分だ。 飲み込む。沈めて吸い尽くす。 蠕動した大地へ肉塊が沈む。変化は続いて訪れた。 影絵の裂け目に刃が生える。それは幾つも、無数に、鋭く、虚ろに、狂おしく。 次の段階ヘ進む。破滅の階層を、さらに下へと堕ちていく。 暴食を呑み込んだ貪欲は、夜闇を這う。骨の様に、骸の様に。 もっと、もっと力を。もっともっと。 破滅そのものへと成り代わるまで。 逃げて、逃げた。怪我人を二人抱えて。恐怖を抑えこんで。響く頭痛に苛まれて。 どれぐらい走ったろう。疲れも思い出せなくなった頃、不意に呼吸の仕方を忘れてその場に崩れ落ちた。 空が白い。いつの間にか朝が来ていた。朝を迎えてやった。暴欲が追ってくる気配はない。 その日、脅威が生まれた。あれが次の糧を求める前に、終ぞ滅ぼさねばならないだろう。しかし、今は生きて帰ったことを成果と呼ぼう。いずれの万夫不当。いずれの一騎当千。失態は大きく、されど未来は広い。 朝日が眩しさが焼き付いて、この痛みを忘れまいと誓った。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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