●夏宵の誘い カラリ、コロリと下駄の音。 しゃらり、はんなり、涼の宵。 暮れる空から夏の陽射しが去るにつれ、人々は団扇を揺らし浴衣をまといて集い来る。 川渡る風が髪を結い上げたうなじを撫で、薄闇に屋台が灯す朱と香が誘惑を囁く。 天頂から降りてきた夜が空に墨色の画布を広げれば時は近い。河川敷に座る人々は闇空に瞳を向ける。 じき、大輪の華が咲く。 夏色満ちる花が咲く。 ●花火大会 「ミッション・ワン、場所取り。これは或る意味で最も重要です。ここで失敗しては、のちのミッション全てが無意味となります」 ブリーフィングルームに響くマイク越しの声。ヘッドセットを装着したオペレーターは至極大真面目な顔で、裏面をご覧下さいと手元の紙片を裏返した。 彼女に倣い、一人一枚配られたチラシを裏返すリベリスタたち。 「ポイントは此処です。此処を確実に占拠して下さい。花火は真正面、間近での迫力を味わえ、下は柔らかな芝地で視界を遮るものも無い、絶好のポイントです。よって一般人との熾烈な競争が予想されます」 チラシ裏面の会場周辺図に記した赤丸を指す。皆のチラシにも記された丸は、勤勉なオペレーターが昨夜一枚一枚書き加えたのだろう。 「ミッション・ツー。着衣は夏の風情を感じさせるもの、見目麗しいもの、粋なものを推奨します。小物遣いにも気を配ると効果的です。暑いからラクなハーフパンツにTシャツなどというのは論外ですよ」 夜空に咲く華だけでなく、任務遂行者にも華となる責務があるのだと、オペレーターは静かな口調に熱をにじませた。 「ミッション・スリー、大いに楽しむこと。場、会話、食、そして華。要素は色々ありますが、その何れも楽しめないようなら当作戦には適しません」 −−以上、と締め括られた任務の根幹は、アザーバイドを平和に元の世界へ帰すことだ。 とある河川敷、花火大会のまさにその日、バグホールが開いて一輪の硝子の花のようなアザーバイドが現れる。其れは己が見た色彩、形、そして感情を無色透明の身に反映するという。 本来は石と砂だけの惑星で宇宙を眺め星色に咲いて求愛する性質のようだが、この世界の豊かな美を学び帰ればさぞや求愛にも有利に働くことだろう。 また、楽しく友好的な雰囲気のなかでは至って無害な反面、何も知らぬ一般人の輪の中に現れて驚かれたり気味悪がられれば攻撃的な反応をする恐れもあるのだ。 それらの性質から『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)が導きだしたのが『Operation Fireworks』、当作戦に他ならない。 「これは歴とした任務なんですから」 ちゃんとミッションを果たして下さいね。特に、そう……三つめのミッションも存分に。 そう言った彼女のファイルの間にも浴衣特集などと銘打った雑誌が紛れ込んでいるのを目撃し、何人かのリベリスタが小さく笑った。 夏は長いようですぐに行き過ぎてしまうもの。 楽しむ時間はこの一瞬、一瞬にしかないのだから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:はとり栞 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月25日(木)22:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●陽花 それは晴れやかな朝だった。 青空は既に明るく、湧き立つ白雲とのコントラストが寝起きの目に眩しいほど。大きくひとつ伸びをした『ザ・レフトハンド』ウィリアム・ヘンリー・ボニー(BNE000556)は、洗面台の鏡の前で掌を胸に当てた。人が好んで見たいモンでもねぇだろうし、と晒しの綿布を手繰ってふと、痛みでも回顧でもなくこんなふうに傷痕を意識する仕事も珍しいと思う。 この一風変わった任務に緊迫感は薄いものの、意気込みは常と変わらず——もしかしたらいつも以上で、幾人かは疾うに行動を開始していた。 例えば『泣く子も黙るか弱い乙女』宵咲 瑠琵(BNE000129)は桐箪笥の中身をひっくり返し、幾つもの浴衣と帯を並べて吟味に余念がない。『ドラム缶型偽お嬢』中村 夢乃(BNE001189)は着慣れた和装を自室の姿見で確かめ、たまにはと背まである黒髪を結い上げて真珠の櫛で留めてみる。手鏡の中に映るうなじがやや気恥ずかしくも、自分が少し大人びたようで頬が緩んだ。 『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)の家では軽快な包丁の音が響いていた。オーダーを募ったのは確かだが、皆よくもまあ遠慮なく注文を並べ立ててくれたものだ。 「……それでこそ作り甲斐もあるが」 手早く返したフライパンで麺とソースが香ばしく絡み、オーブンではふつふつとチーズが焼け蕩けていく。裏漉しした生地を寝かせる間にクリームを泡立て、隠し味に微量の洋酒をと手際良く調理するうち、小さな鼻歌が重なった。 「すかっと美味しいミルクスイカ! 差し入れだよっ♪」 花火会場である河川敷に元気良く登場した『素兎』天月・光(BNE000490)が見たのは、いささかどんよりした空間だった。 場所取りの解禁が前日夕方と聞いたからには、前日から徹夜で挑むしかないではないか。 もそりと身を起こした『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はまぶたが半ば閉じそうな半眼ではあったが、『株)ARK』と大書きされたビニールシートは指定地点を確とカバーし、十二人と+αが座れるだけの面積を確保していた。 「ったく、花火見物もラクじゃねーな」 共に夜明かしした『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)も欠伸を噛み殺しながらも、「けど、こんな最高なミッションなら全力で遂行しねぇとな」とニヤリと笑う。 夜通し人が陣取っていたうえ、それが怖そうな外見のアンちゃんとなれば陣地を掠め取る猛者も現れず、彼らの敵は睡魔ぐらいのものだった。 刻々と熱を増す大気は早くも夏日の様相を呈してきた。 色濃い影は太陽が強く輝いている証。しかしだだっ広い河川敷に日影などというオアシスは存在しない。テンガロンハットの影の下「よぉ」と口の端を上げるウィリアムの到着に、溶けかかっていた男二人は朧な意識のなか後光を視た。 「あとはお任せ下さい!」 次いで現れた夢乃もぐっと拳を握り、退く徹夜組をぱたぱたと団扇で扇ぎ送った。 「……で、何してんの? それ」 「はい! 看板に三角コーンにバス停です!」 「いやそうじゃなくて」 「場所の確保にお役立ちですよね!?」 コンクリートの土台が付いたバス停をドスンと下ろしたお嬢さんのキラキラ笑顔に、ウィリアムはそれ以上の追求を放棄する。 「或る意味、効果的みたいですよ」 掛けられた声に振り向けば、そこにはサンドイッチを差し入れに来た雪白 桐(BNE000185)の姿。確かに、人々はひそひそと遠巻きにし彼らの陣地に寄り付こうとしない。場所取りとしては安泰だが、刺さる視線が痛すぎる。 やがて、トドメの加勢であり救いの交替要員となる者がやって来た。 「うぃーん、がちゃん。うぃんうぃん」 見目は麗しい少女であるが、自ら機械音を発言して歩く『マギカ・マキナ』トビオ・アルティメット(BNE002841)。交替を許されたウィリアムが妙に足早に場を離れていったのも気にせず、少女はシートに大の字に身を投げ出した。 果て無き薄青が視界を占める。 それはまるで空に抱かれているかのようで。 そして。 そして。 ……すっごく暑い。 じりじりじりじり。 灼けたメタルフレームで目玉焼きが出来そうだ。 「うーわー、今日もあっついですねー」 続々と集う人の姿は祭りのような高揚感を掻き立てる。『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は隻眼を細めて夏空を仰ぎ、河川敷を見渡してしばし固まった。 バス停やら看板やらが並んでいる時点で大概だが、浴衣の袖を振り回し踊りまくる一人が呼び掛ければ掛けるほど人々は遠離り、「シッ、見ちゃいけません」などと子供を避難させている。もう一人が倒れ伏したまま死んだように動かぬとざわつきはじめた人々は、おもむろに寝返りを打った少女にビクッと後ずさったりもした。 ちょっぴりこのまま回れ右したい。 そんな衝動と闘いながらも、舞姫は意を決して差し入れを届けに向かうのだった。 ●華衣 時は数刻遡る。 場所取りを交替し人心地ついた男たちの携帯電話が鳴ったのは、河川敷から駅前へ戻る道すがら。届いたメールは端的だった。 『輸送の応援を頼む』 差出人は達哉である。嗚呼、と皆が合点する。 夏宵に花火、そして美酒。大人の楽しみを味わうならば大人の良識を弁えるのは当然だ。車を使わぬとなれば人力で大量の料理を運ぶしかない。 「じゃ、俺行くわ」 エルヴィンが名乗りを上げ、連絡を返しながら駅へと向かう。よろしくと見送った快は時計を眺めてひとつ息を吐いた。 「まだまだ暑いのぅ」 駅前の甘味処に腰を落ち着けた瑠琵はひとり、行き交う人の波を眺めていた。向かいがオペレーターの紹介していた衣料店だろう。『浴衣フェア』ののぼりが立ち、普段着で入った人々が浴衣姿で次々出てくる。 と、見知った顔が店の前で踵を返すのが見え、瑠琵は紅の瞳を瞬かせた。 サイドカーまで付けたバイクに跨がった快がハンドルを切ったのは、河川敷とも真逆の方向。はて、と首を傾げたものの、注文した宇治金時が運ばれてきて詮索は中断される。 ウィリアムが衣料店に入った頃には、店は多くの人で賑わっていた。 「ローマじゃローマ人のようにっつーし、……着てみるか」 目を惹かれた深いブルーは藍色といい、裾に入った淡い柄は菊だとか。きりりと後ろで纏めた金髪に合わせ、選んだ帯は青茅色。 「おお、似合ってるぜ」 試着室を出た彼に掛かった声はエルヴィンのもの。後ろには軽く片手を上げる達哉の姿も。輸送を終えた彼らも浴衣選びにやって来たのだ。 俺初めてなんだよな、とエルヴィンが店員に着付けてもらった橡色の浴衣は、しじら織のさらりとした肌触り。スーツのイメージが強い達哉の甚平姿は最初こそ物珍しく思えたが、見慣れれば紺の織絣が馴染むのはやはり日本人の血ゆえか。 「女性陣の浴衣も良いねぇ」 カラコロと下駄を鳴らして河川敷へ戻る途中、エルヴィンが指差したのは桐と並び歩く光の後ろ姿。緋色に燃えだした夕景のなか、一足早い夜空を思わせる濃紺に月と人参が染め抜かれ、リボンのような兵児帯が弾む足取りにふわりふわりと揺れている。 「桐ぽん桐ぽん!」 大きな布包みを両手で抱え歩く光は、袖を引けぬ代わりにコトンと頭を預けるようにして傍らの人を呼んだ。 「はいはい、どれが欲しいんですか?」 深い草色の浴衣に身を包んだ桐にはお見通しだ。道は美味しそうな匂いを振り撒く屋台通りに入っている。 あれもこれもと強請られるままに買ってやってから、桐ははたと考える。短い逡巡の末、彼は両手が塞がった少女の口元に「あーん」と杏飴を差し出した。 ●花乙女 無明の穴から現れた煌めきに、夢乃は思わず息を飲む。 幾重にも重なる花弁は優美な曲線を描いてゆるく反り、すらりと伸びた茎を包む長い葉はふちをフリル状に波打たせている。その全てが繊細な硝子細工のように透き通り、夕陽を浴びて朱金に輝いていた。 「こ、こんにちは」 平静を装い挨拶する彼女に花を向けた其れは、瞬きのようにカチリと雄しべを振るわせ、それから一瞬にして澄んだ藍色に染まった。夢乃の浴衣を写し撮った花は彼女の兵児帯と同じ水浅葱へも色を変え、重ね帯でチラリと覗く鮮明な黄も真似て花弁を縁取ってみせる。 カチリ、カチリと記憶するように長い雄しべを揺らすアザーバイドは、続いて凛と浴衣を着こなすトビオを見上げた。 紺地に散りばめられた伝統的な朝顔柄の、白から若紫、淡群青へ移ろうグラデーションが水面に色が滴るように写り、揺らめき、吸収される。ゆるく纏め上げた黒髪に飾られた風鈴のかんざしがチリンと鳴れば、雄しべもチリリと音を模した。 辺りが闇に沈むにつれ、瑠琵の淡紅の浴衣は引き立っていく。百合柄と帯を艶やかな真紅で纏めたなか、純白の蝶の帯留めが印象的だ。白と紅とで花弁に蝶の翅を思わせる柄を描いた異界の花に、瑠琵は天晴と扇子を鳴らした。 「お待たせぇん♪」 どさりとクーラーバックを置いた『メタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)の褐色の肌を艶美に包む浴衣は、パールグレイの地に蝶と歯車を配したモダンなデザイン。『未姫先生』未姫・ラートリィ(BNE001993)の純白のドレスと日傘に和装とは異なる趣を感じたらしきアザーバイドは、シルクの艶やレースの柄にもじっと花を向けていた。 「よ、花サンいらっしゃい」 戻ってきた男三人も加わり車座が出来上がったところで、花火を待つ間の宴会に突入する。 焼きそば焼きとり焼きとうもろこし、イカ焼きタコ焼きピザにカナッペ、クレープたい焼きチョコバナナ……。シートを埋め尽くす勢いで並ぶ料理に一同は思わずどよめいた。止め処無く皿を並べる手が止まり、さすがに打ち止めかと思われたところで更に、達哉はクーラーボックスをポンと叩く。 「デザートはシャーベットだ」 嗚呼、パティシエ万歳。 湧き上がる拍手と腹の虫。お子様はジュースやお茶を、大人はビールやワインをそれぞれ掲げて「乾杯!」と声を合わせた。 「やべぇ、どれから食やイイかわかんねー!」 どれも旨そうで目移りするとエルヴィンは嬉しい悲鳴。それ取って、あれ頂戴、と取り皿が行き来する。狙った料理がかぶってうっかり箸がぶつかるのもご愛嬌だ。 「甘くておいしいですわ」 苺クレープを頬張るトビオの平坦な声。 「……ええと、本当に美味しいのですの」 上手く伝える言葉を見出せないが心からそう思うのだと語る彼女に、達哉はワイングラスを小さく掲げて頷き、それは良かったと瞳を細める。『職人魂』と書かれた団扇をゆるゆると揺らしながら、彼は舌鼓を打つ皆を眺めて満足げにチーズと鱈のつまみをかじった。 ●天華 サモワールのコックを開けば、濃い香りが立ち昇る。 「食後は優雅に紅茶をどうぞ」 未姫が振舞うロシアンティーに皆がひと息吐いた頃、ひゅるると音を引いて天頂へ駆け昇った一筋の煙。ぽん、と小さく鳴るだけのそれは花火が始まる合図の一発。 いよいよだと期待が膨らむ一方で、一行は俄に焦りを滲ませた。 現在シートに座る仲間の数は、十一人。 そう、一人足りない。 場所取りをしたきり、快が戻っていないのだ。 「おいおい、始まっちまうぞ」 慌てて携帯電話を操作する者。暗い会場を見渡し探す者。どうしよう、と祈るように手を握る者。 ひとつ、ふたつ、花火が上がって空に弾ける。 白、赤、黄色と咲いた華に照らされた会場のほとんどは、脇目も振らず夜空を見ている。 すいません、ちょっとすいません、と小さな声が近づいてきたのは三、四発目が立て続けに打ち上がったそのときだ。 「来たのです……!」 トビオが小声で指差す先、一斉に振り向いた一同は意外な姿に目を見張った。 シートと人混みの合間を縫って、快が手を引いてきたのは『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)。 間に合った! と息を弾ませる快の後ろで、「本当に……お邪魔して良いんでしょうか」と生真面目な彼女は縮こまる。 「だってほら、天原さんがいつも頑張ってるの見てるから」 つらい未来図を直視して、それでも気丈に振舞う彼女にもひとときの休息があって欲しい。 「だから、こういう機会くらいは一緒に楽しみたいと思ったんだ」 これが俺の、真の『ミッション・スリー』。 時村室長の許可だって取ったんだから大丈夫。そう言って笑う快に皆は一瞬沈黙し、次の瞬間、 「てめぇこのやろー」 「びっくりさせやがって!」 べし。ばし。ぼこ。ばすん。 男たちはこぞって快の頭や背中をどつき回し、女の子らは「ここ空いてるから」と和泉を導き座らせる。 さらさらと夜天で咲き散る火の華に照らされた顔は、笑顔ばかり。 おいでとアザーバイドを手招いた光が布包みを解いて取り出したのは大きめの植木鉢。首を傾げるように花を揺らしたアザーバイドがやがてカサカサと根を蠢かせて中に入れば、まさに花の玩具のように丁度収まる。光は華を良く観られるようにと、後ろの人の邪魔にならぬ程度に掲げ上げてやる。 逆に瑠琵は寝そべって、無色透明の身を通して花火を眺めた。硝子に映る光彩は屈折し、拡散し、煌めきを増して網膜に届く。 「万華鏡みたい……」 舞姫の呟きはドンと腹に響く炸裂音に掻き消され、あとは零れる感嘆だけが場を満たした。誰の唇も言葉を忘れ、ただ刹那の芸術に惹き込まれる。 夜空に描かれた光芒は一瞬にして闇に消える。けれど、だからこそ、その瞬間に総てを注ぐ職人の意気に達哉は静かに感じ入った。道は違えど、遥かな高みを目指す姿勢は己とも通ずるものだ。 一心に花火を見上げるさまは人もアザーバイドも変わらない。 一心に運命の相手を求める想いもまた、同じだろうか。 夢乃はそっと左手を見つめ、小指から見えぬ糸を辿るように右手で虚空をつまんでみる。辿って、辿って、その先は夜の向こうに紛れて追えないけれど。 いつか、と夢見る眼差しの先でまたひとつ、大輪の華が咲いた。 光と色の芸術は心を奪い時間を盗む。瞬く間に時は過ぎ、目映いほどの華が無数に天穹を埋めるフィナーレが訪れた。 閃光が去り大空に闇が戻っても、まぶたの裏には未だ華の余韻。惜しむような讃えるような人々の拍手が広がる。 同じ光と火でも、今まで銃が放つソレばかり見続けてきたから、何かを楽しむなんて初めてのこと。 「でも、まぁ……悪くはない、かな」 気付けばただただ目を奪われていた自分を少し笑い、ウィリアムは思い出したように杯を呷った。 人の華に、空の華。 興奮冷めやらぬ様子で花火の輝きを身に走らせるアザーバイドに、桐が見せたもうひとつ。 地の花、色とりどりの草花の花束。 同族と思ったのか、異界の花はそれは見事に色を纏い光彩を変えて輝いた。浴衣の柄、帯の重ね、巾着袋の可愛らしい蝶結び、カナッペに凝縮された食の美に、楽しく飲み交わした琥珀色。 地の花は光り返すでもなくただ静かに揺れるばかり。アザーバイドは一瞬しょぼんと萎れたが、やはり故郷が居場所とばかりに次元の穴へ踵を返す。 無明の闇にぴょんと飛び込み、呆気ないほどあっさりと姿を消した。 と思いきや、するりと伸びた根の一本が桐の手から花束をもぎ取って、今度こそ、一切が闇の向こうへ居なくなる。 「じゃーな、いい相手見つけろよ」 エルヴィンと瑠琵が穴を塞いでしまったあとは、もう何も残らない。硝子の如き異界の花は、残り香ひとつ残さず消えた。 それはまるで刹那に咲いた華のよう。 形の残らぬ夏の夜の夢。 その存在は十二人と一人の記憶の中にだけ、ひっそりと、鮮やかに咲き続ける。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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