●『フュリエ』という存在。 完全世界ラ・ル・カーナが不完全な世界に成ってしまってから暫く経つ。フュリエ、バイデン、そしてリベリスタ達の交錯する思索は、一つの妥協点を見出して各々の決着点に辿りついた。全てが完全では無い。その大規模な騒動の中で命を落としたリベリスタも、バイデンも、フュリエも居た。 厳密に言えば革醒者とは異なる。フェイトを有するアザーバイドという彼女らは、それでも、リベリスタと共に戦うことを決めた。『アーク』の下で日々、数多くのフュリエが神秘事件に介入し、その解決に大きな成果をあげている。 愛を知らなければ。 争いを知らなければ、それは、完全なのだろうか? それともやっぱり、不完全なのだろうか? 何が完全で、何が不完全で、何が優れていて、何が劣っているのか。 この最下層の地、ボトムのその中でも『極東の空白地帯』という屈辱的な二つ名を与えられていたこの日本にやってきたフュリエ。皆が皆、互いに思っていることを分かり合っていたフュリエ。今では、互いのその深奥を見遣ることの出来ないフュリエ。それでも、例えばアルの名を持つそのフュリエは、今まで知らなかった楽しみを其処に見出していた。 アルだって、最初は色々と思う所があった。躊躇もしたし、レトヴィンのような親しい友人が付いて来てくれなければ、きっとボトムに来る決断も出来なかったであろう。『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)も、その背中を押した一人である。ルナも最初の最初から決意が出来ていた訳では無く、自らより幼いフュリエ達が戦う事を決めボトムへと向かったのを見て一念発起した。彼の決戦の時でさえ、アルは武器を手にして戦うことが出来ない臆病な個体だった。彼女には、死だとか傷付くだとかいうことを、リアルにイメージングする事が出来なかった。 だから、とアルは思う。やっぱり、決断したことは正しかったのだ、と。 興味津々に≪機械≫(ぶんめい)に触れ合っていくカメリア・アルブス(BNE004402)と同様に、アルも新しい事を一つ一つ知っていった。それを楽しいと感じていたのは本心からである。 ……流石に、日焼けサロンに行くことは無かったけれど。 ●不完全なこの世界。 血の匂いは嫌いだ。 そう言った『陽だまりの小さな花』アガーテ・イェルダール(BNE004397)の言葉にレトヴィンも心底頷いた。 アルと共にやって来たこの世界。ルナの様なフュリエの先輩を追い掛けてやってきた新米『リベリスタ』に違いない自分も、其れだけは未だに慣れなかった。 「此の世界では、よく血が流れますね」 レトヴィンの意図を汲み取った『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)の言葉が少し辛かった。 「ええ。『あの時』から色々変わってしまいました。ラ・ル・カーナのその母なる地にも多くの血潮が染みついてしまった」 何もかもが素敵なことばかりではない。レトヴィンにとって救いだったのは、アルが其の現実に押しつぶされてしまわなかったことだった。 「そういえば、最近はシャプレーさんと一緒の所を見かけないけど、彼女は元気なの?」 その『夜明けの光裂く』アルシェイラ・クヴォイトゥル(BNE004365)の問いかけにレトヴィンの表情が少し強張った。そしてその微妙な変化に『飽くなき探究心』ヴィオランティア・イクシィアーツォ・クォルシュテェン(BNE004467)は気が付いた。 「……何かあったのかしら?」 「ちょっと、ね」 その口から語られたのは実に可愛らしい仲違いの全貌だった。 「『あの頃』は私達、≪分からない事」(ごかい)なんて一つも無かったのにね」 「仲直りは、きちんとするんだよ」 アルシェイラの優しい声が響いた。レトヴィンは頷く。 「うん。ちゃんとするよ」 仲直り。 言葉にしなければ通じ合えないこの不自由で不完全な世界の中で、それでもやっぱり、繋がっていたのだ。 だから今度、ちゃんと仲直り、しよう―――。 ●ブリーフィング。 「数日前から、『アーク』付きのフュリエ数名と連絡が取れなくなっている。作戦に参加している訳でもなかったから≪MIA≫(戦闘中行方不明)ではないし、あまり考えたくはないのだけれど、敵性勢力との内通などの危険性も考えられることから『万華鏡』を使ってのフォーチュナ、諜報部による捜索が行われていた」 不穏な話だ、と『空色の飢獣』スォウ・メモロスト(BNE004952)は感じた。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の話を聞いて、戦う者としての研ぎ澄まされた勘が、スォウに不吉な夜の到来を強く予感させた。 「そしてつい先ほど、彼女らの居場所について目途が立った。詳細な情報は後述するけれど、茨城県のある公的研究機関に拉致されている可能性が高い。加えて、状況は芳しくない」 「芳しくない?」 「『だから』急いで集まってもらった。実はその犯人である数名の革醒者は、どうやらフュリエという個体について逸脱した知的好奇心を有する危険な人物らしい。そして、捉えたフュリエに投薬実験を行ったり……解剖実験を行おうとしている計画を諜報部が把握した。皆には、その捉えられたフュリエの救出をお願いしたい」 「それは見過ごせないねぇ」 間延びした声は『夜行灯篭』リリス・フィーロ(BNE004323)独特の声色だが。その顔はどこか険しさを感じさせる。 「急いで現地に向かって貰うことは言うまでも無いけど、今回、重要なことがもう一つある。 今回の事案は、バックボーンに研究機構の組織的犯行の可能性が強く示唆されることから、その経緯・手法・余罪などを解明するために、敵革醒者は出来得る限り生存したまま捕縛して欲しい。やっていることの残忍さを鑑みれば、残酷なお願いかも知れないけど――」 イヴの表情に影が差す。それは一人の同僚であり、友人であり、ボトムの人間として彼女を苛む罪の意識に違いなかった。 「……スォウさん達は、ボトムに来てよかったと思う?」 不完全なこの世界。 罪の溢れるこの世界。 暴力の絶えないこの世界。 理解し合う事の出来ないこの世界。 だけれど。 こんな世界だからこそ。得られるものがあると信じている。 「仲直りする前に。アルさんたちがボトムを恨んで息絶えてしまわない様に――。 この世界を、救って」 どうかこの未熟な世界を、救ってほしい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月17日(火)22:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ぱりんと鋭い破砕音がした。 力強く心細いその音は、捕えられている『姉妹』たちを救出すべく次世代生命研究棟のその五階の窓を『夜行灯篭』リリス・フィーロ(BNE004323)が撃ち抜き、侵入に成功した音なのか、それとも。 何か超えてはいけない一線を、誰かが踏み越えてしまった音なのか。 夜の研究機構を、微かな振動が響いていく。 震源は八名のフュリエ。 不熟な世界が招いた、完全世界よりの使者。 ● (アルは、レトヴィンは、シャプレーは、記憶を、失くした、私を、 それでも、姉妹、だと、言ってくれた) レトヴィン、シャプレーが捕えられている実験室Aとは別。アルが居ると伝えられている実験室Bへ向かう四名のフュリエは、足早に廊下を進んでいく。『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)の感情探査、そして別室へと向かっている『夜明けの光裂く』アルシェイラ・クヴォイトゥル(BNE004365)が魔眼を用いて聞き出した情報をカメリア・アルブス(BNE004402)がアクセス・ファンタズムで交換し、その部屋の位置は大体掴んでいる。 『世界樹』の影響力が及ばないこのボトムにおいて、感応能力は著しく制限されてしまう。先頭を駆けていく『空色の飢獣』スォウ・メモロスト(BNE004952)の後ろに付きながらルナがアルを探るが、何も感じなかった。恐らく、まだ距離がありすぎる、とルナは感じていた。 「実験動物扱い、かー。……私達には無かった発想だよね。 多分、バイデンだってしてなかったよ。これだからボトムは新鮮で驚くね」 それはそれとして……、許せるはずがないよねー。そう続けたカメリアの言葉にリリスの、何時もよりも幾分かはっきりとした声が応える。 「おかげで今日は『眠気覚まし』も使わなくてよさそうだね」 焦りと怒り。リリスに生まれたその感情が、彼女を呼び起こす。 「……」 そして、その感情を最も強く抱いているのは、スォウに違いない。 「早く、行かない、と」 道すがら出会う一般研究者達には目もくれず、一団は目指していく。 全てが手遅れになってしまう前に。 ● (生け捕りにすることは『アーク』から私達へのオーダー。 それを違える心算はありませんが……) 『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)は『比較的』に冷静な思考でその扉を見つめていた。その横で、アルシェイラと『陽だまりの小さな花』アガーテ・イェルダール(BNE004397)が目を逢せ、頷き合う。 実験室Aのネームプレートが掲げられた灰色の自動扉を前にして、『飽くなき探究心』ヴィオランティア・イクシィアーツォ・クォルシュテェン(BNE004467)が好奇心の眼を隠さずに腕を上げた。 「行きましょうか」 そう言い終わると同時に、フュリエの有する異能の力が、彼女らと彼らとを分かつその脆い境界を容易く打ち破った。捻じ曲がり、ひしゃがれたガラクタを物ともせず、見目麗しい四名のフュリエが実験室内へと滑り込んだ。 「ごきげんよう。私の大切な『姉妹』を返して頂きますわ」 実験室はただ灰色のコンクリート壁に囲まれただけの立方体。ぽつんと寂しげな空間で疲弊感を隠さず椅子に座らされているのは、その『姉妹』であり、彼女たちの傍らに立つ白衣の男たちは、一瞬、呆然とその出入り口の方向を見遣った。 「なんだ、君達は――」 「この子たちに手を出した事。 後悔なさい、ですわ」 アガーテの強い口調は装飾である。そしてその思惑は相乗的に上手くいった。鳴り始めていたエマージェンシー放送を聞いて実験の『後始末』に取り掛かり始めていた≪研究者達≫(プロアデプト)は、その瞬間に後手を踏んだ。 アルシェイラの眼が煌めく。フュリエとしてリベリスタになった彼女が身に着けたミステランの神秘は、研究者達にも馴染の薄い、けれど強靭な、対物理力場を生み出す。フィアキィが呼び起こされ舞い始める。 同時に、実験室内を熱が渦巻いた。制圧の業火はその勢いのままに、研究者達を後退させた。 「何とか、間に合った様ですね……」 致命傷は負っていない。ファウナは一目の内に二人の姉妹の様子を分析し終えていた。 レトヴィンとシャプレー。 ボトムの不自由さを現実的に被り、仲違いした二人の姉妹。 「けれど二人は、その不自由さを乗り越えようとしていた」 アルシェイラは識っている。身体が半分になるような感覚を、知っている。 同じ様に二つ、分れてしまった身体は、きっと元通りになろうとしていた。 その筈だった。 轟音が響く中、ヴィオランティアが走る。ぐったりとうな垂れる二人の姉妹の元へと。 「まだ動けますか?」 近くで見るレトヴィンとシャプレーの顔色は、更に青白く、芳しくない。大丈夫か、とは聞かなかった。大丈夫でない事くらいは分かる。感応に頼らなくたって、そんなことは分かる。 その問いかけに、二人は弱弱しく頷いた。それを確認したヴィオランティアは、彼女らを後ろ手に拘束していた手錠型の拘束具を破壊しにかかる。 「待てっ!」 折角苦労して『入手』した被験体を、奪われてなるものか――。叫んだのは一人の男だった。 ファウナ、アガーテの制圧攻撃は強力である。だが、敵も一己の革醒者であり、此処は彼らの城だった。 捕えられた二名のフュリエを中央に挟んで、真っ向から打ち合う形。白衣の男たちも、精緻な気糸を操り、何より、その思考をフルに回転させ始めていた。 (戦いに慣れてしまった事に、嫌気がさす日もありますけれど……) 武器を手に取ったあの日の事を想い出す。だが時間は不可逆だ。 「大切なものを守る為。 ―――喜んで銃口を向けましょう」 不変が存在しない事を身を以て知った。過去を変えることも出来ない。 ならば、この手で未来を掴みとるしかない。 ● 一切の迷いが無かった。実験室Bのプレートを発見したルナたちはそのまま二重構造になっていた扉を突破して、その室内へと侵入した。 「―――」 最も戦闘経験を有するルナがすぐさま杖を構える。 其処にはアルが居る。四名の研究者が居る。事前に全てのリベリスタがその情報を把握している、 中央には簡易な手術台。そこに寝かされている一人の少女。囲むようにして立っている青いマスクの白衣たち。彼らの視線が、一斉に、その侵入してきたフュリエたちの姿を見た。 「―――」 リリスの眼が細められた。それは無意識の内の行動だった。 此処は凡てが白い。壁も、妙に高い天井も、シーツも、アルが着させられている衣類も、解剖道具を入れる大きな道具箱も、ああ、凡てが白く、真っ白く、ただその周辺だけが、 「―――」 カメリアは、まずい、と思った。 何よりアルの無事が心配だ。すぐさま救出しないといけない。そう思うと同時に、隣に立つスォウの心配をした。何故かは分からなかった。だけれど、この任務が始まってからの彼女の焦り様――それを見て、そしてこの現状を見て、何かが彼女のスイッチを切り替えてしまう様な心配をした。 ―――ただ≪その周辺≫(アルの腹部)だけが、赤黒く染まっていた。 「―――あ」 小さく声を漏らしたのはそのスォウだった。 頭が、灼ける。 目が、熱い。 世界が、赤い。 よくも。 よくも、よくも。 よくもよくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくもぉおおおおおおおオオオ!! 勢いよく駆けだす。その眼には、敵しか見えていない。 「スォウちゃん!」 ルナの声も聞こえない。 「私の姉妹を傷つけたなぁあああアァア!!!」 常軌を逸した動き。 全力で白衣の男たちに肉薄したスォウは、そのまま敵に隙も与えず、赤く光るメスの様なものを握っていた一人を文字通り吹き飛ばした。 「――カバーに行くよ」 カメリアの言葉にリリスとルナが頷いた。 フィアキィ達が元気に羽ばたき始めると、カメリアとリリスは共に後方からの射線を確保して先手をとり、その熾烈な火炎球の召喚によりアルの元へと向かうルナの支援を開始する。 数では同数だ。しかも隙を突いている。先頭ではいくらかアドバンテージを有してはいるが、最優先はアルの救出である。 (アル、大丈夫?) カメリアのハイテレパスに、アルは小さいながらも反応を示した。まだ、間に合うはずだ。 研究者達も、自らの命よりも大事なものなど無い、とばかりにアルから離れ、応戦に最適な体勢を形成させていく。そのタイミングを逃さずに、ルナはアルの元へと接近した。 「――遅くなって、御免。 でも、もう大丈夫だよ。お姉ちゃんが、助けに来たから……!」 アルは、自らの背を追って来た、正しく『妹』に違いない。そんな妹の容体は、芳しくない。開かれた腹部は、思わず目を覆いたくなる有様だが、皮肉なことに、切り口は非常に整っている。だから、療術に依る治癒も効果的にアルを癒した。 互いに接近して切り結ぶ戦闘スタイルではない。寧ろ神秘と神秘の撃ち合いだ。カメリアとリリスも負けじと弾幕を張り、その間隙を縫って、ルナがアルを運び出す。後は、抵抗し続ける敵の捕縛だが。 「なんでリリス達を解剖しようとするのかな? ボトムの人と違うから? ……だったら、リリス達が貴方達を解剖しようとしたりしてもおかしくないよね?」 怒りを初めて知った、『あの日』を思い出す。 ――五体満足で捕えろ、だなんて言われてないから。 そのリリスの可憐な口元が、妖艶に歪んだ。 ● 崩れるように倒れ込んだ三人の男。その顔にはただ動揺だけが浮かんでいた。 「何故この様な事をしたのですか」 そのファウナの問いかけに、確率計算に長けるが故に己の勝ち目が消滅した事を自覚していた研究者は、恐る恐る口を開いた。 「し、知りたかっただけなんだ。人と同じように生きているアザーバイド……。 その寿命の源は一体何か、テロメア代替物は機能しているのか……。 だ、だって、『魚』でも『蛙』でも、人間は解剖するだろう?」 男の貌には罪の匂いが一切無かった。悪意と言い換えても良い。ファウナにはそれが本の少しだけ意外だった。つまり、彼等は、本当の意味で『悪いことをした』と思っていないのだ。相手は異世界に巣食うただの新種の『生物』に過ぎない、としか認識できていない――。 アガーテとアルシェイラにより保護されたレトシンとシャプレーは、療術により体調を戻してきてはいるが、根本的な疲弊はすぐには取り除けない。そんな彼女らの前に立っていたヴィオランティアが、口を開いた。 「良かったではありませんか」 ヴィオランティアはそのまま不意に彼らに近づいて行った。男たちの顔が不安げに歪む。 「良かった?」 「ええ。フュリエに危害を加えると云う事は、ほぼ全てのフュリエを敵に回すことになる。 そのような実験結果が得られたのですから。 ……但し、そのリザルトを生きて残せるかは保証しかねますわね」 男たちの顔が一層悲壮的に彩られていく。フュリエは戦闘を知らない種族。敵対心も無ければ憎悪も抱かない最高の『被験者』の筈だった。それがリベリスタになろうと能力の高は知れている。一端の革醒者である自分たちが集団で動けば問題など在る筈ない。在る筈なかった。 「知らなかった事を知りたいと思うのは、私も分かる」 そう思う事、それ自体は罪では無い。アルシェイラにもそれは理解できる。 「でも、私の感情は、全然納得していないの」 可憐な容姿に優しげな声色。しかし、アルシェイラのその言葉は、研究者らにとっては殆ど死刑宣告に等しかった。 「わたしも、全部『終わらせて』から『復讐なんて虚しいものだった』って言いたい気持ちもあるけれど」 アルは、レトヴィンは、シャプレーは、解剖用の魚でも、蛙でもない。 彼らは見誤っていた。フュリエという存在を。 彼らは見誤っていた。ボトムに渦巻く醜悪の下劣さを。 オーダーは「望ましくは生け捕り」であるが、無傷でなければいけない縛りは無い。同属を傷つけられたフュリエたちに渦巻くのは人間と変わらない怒りの感情だった。 「アナタ達の実験、非常に興味深いですわ。例えばこの≪有機化合物≫(おくすり)、 人に注射すればどうなるのでしょうか?」 一人の男が思わず声を上げて息を飲んだ。死にはしない。革醒者の身体は簡単には滅びない。 そして、其れ故に死にたいほどの苦痛が待ち構えていた。 「わたくしさまは、本気ですわよ」 そう、感応などが無くたって、伝わる感情が在る。 今のこの時、研究者たちは。ヴィオランティアに巣食う真実の好奇心を、はっきりと感じていた。 「そこまでに、しておきましょう」 アガーテの制止に、ヴィオランティアは立ち止まった。 「命までは取りませんわ。大人しくなさって下さいまし」 安堵の表情が男たちに広がる。アガーテだって、彼らを許したくない気持ちの一つや二つはある。 「……自ら戦場に立つ事を選んだ以上。 形はどうあれ、傷つけられる事に必要以上の憎悪で対するのは避けたいものです 傷つけて、しかし傷つけられる事を許さない等。赤い憤怒の最期に顔向けが出来ません」 アガーテの感情を理解できるファウナがそう続けると、ヴィオランティアもやれやれと云った様子で「――冗談ですわ」と返した。 「さ、ふたりとも一緒に還りましょう。全部終わったら仲直りして、沢山笑いましょうね」 もう大丈夫だから。 アガーテに抱きしめられ、座り込んでいた二人の姉妹も、疲労感を残しながら、ゆっくりと頷き、微笑んだ。 ● 「許さない釈さない赦さないゆるさないユルサナイィイイ!」 その一撃だけは許容できなかった。 最早平時の彼女の姿は見られない。咆哮し凄絶に≪戦斧≫( 法解デモリション)を振るう。だが、唐突にその軌道がぴたりと停止した。 「生きてさえいればいい、だなんて……、敵に言われたくもないし。言いたくも無い」 感情に支配されかけていたスォウの腕を掴んだのは、カメリアだった。それは、研究者を瀕死にまで追い遣っても構わない、というリリスにも向けられた言葉だった。 その攻撃は、確かに相手を殺害する一打に違いなかった。だから見過ごすわけにはいかなかった。 「私達は姉妹を助けにきたんであって、敵を殺すために来たわけじゃない」 「でも、こいつら、は」 スォウの眼がその怯えている白衣の男たちを捉えて離さない。研究者達も、この目の前の『フュリエ』が自分たちを殺害しかねない事を強く感じていた。そしてそれは、彼らの知っているフュリエでは無かった。 「アルを、レトヴィンを、シャプレー、を」 カメリアの手は決してスォウの腕を離さない。スォウもリリスも、彼女の言いたいことは良く分かる。 「―――やめ、て」 静かな声だった。 「やめて、スォウ」 その緊迫した空間に響いたのは弱弱しく、静かな声だった。 「やめ、て、リリス」 だけれど力強い言葉だった。 リリスの療術により、何とか立っていられる。それでも、大先輩であるルナの肩を借りなければ維持できない。アルのそんな状況が、か細い声に、折れぬ芯を通していた。銀色のショートヘアが頬に張りつき、呼吸は安定しない。それ以降の言葉は続かない。だがそれで十分だった。 「……アルちゃんを解剖しようとまでしていた相手なのにねぇ」 その御人好し振りにはリリスもお手上げだった。口調も何時の間にか間延びした平時の其れに戻っていた。 スォウの腕から力が抜ける。カメリアも、手を放した。 「アルちゃんも、皆、助けられた。敵も捕縛した。 この研究者さん達は許せないけど、『アーク』で適正な処遇を受けるはず。 ……私達が求めているものは、全部、戻ってきたんだよ」 これ以上、求めるものなんて何も無い。それ以上は、ただ喪っていくだけ。 そう言ったルナを振り返るスォウの眼は、―――ただただ赤く。 リリスが口にした煙管から、ぷかぷかと煙が流れて行った。 ● 研究者七名全員を拘束し終えると、十一名の姉妹たちは足早に研究機構を後にした。出来過ぎたくらいに、満点の星空である。しかし、ただでさえ大立ち回りを繰り広げてしまったから、『アーク』の後処理も一苦労に違いない。 全てが終わった時、この忌避すべき記憶が滞留していても、やはり過去を書き換えることは出来ない。 ならばもう一度改めてやり直そう。これは巻き戻しでは無い。早送りでもない。 しかし、最初から姉妹たちにおける問題は『其れ』だけだった。だから、今回の依頼は、其の二人の関係修復によって幕を閉じる。 「それじゃあ、これで仲直りね!」 ―――今、私に出来る事。私は、お姉ちゃんだから。 ルナによって向かい合わされたレトヴィンとシャプレーは、暫くは思い出すのも憚られるこの事件を越えて、元の鞘に戻った。まだ歩くことも辛いアルは、アガーテに背負われながらその光景を笑いながら見ていた。誰よりもこうなることを望んでいたのは、アルだったに違いない。 「……ありがとう、みんな」 伝わらないなら、伝わるように工夫すればいい。 巻き戻しでも早送りでもなければ、これが≪姉妹≫(わたしたち)の歩いていくスピード。 ● 「正しい事も、間違ってることも、一杯あるんだ」 歩きながら、アルシェイラが呟く。スォウは少しだけ後ろを振り返った。 居る。ちゃんと十人、居る。 ―――世界の、色は、元通り。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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