●聖なる使命 例えば、こんなことがあった。 「ああ、シスターキルシー! それに触れてはいけませんよ」 とある教会の奥の奥、そのまた向こうの奥の部屋。ごく一部の者しか入ることを許されない、特別な一室に安置された、この場所にはいささか不似合いにも見える、輝く宝石。 白い手袋をはめた手を伸ばしかけた若いシスターは、ぴくりと動きを止め、振り返る。 「神父様。不思議な宝石ですね。とても、とても深い青色で」 その石は。美しい、と評するより……凄絶なまでの青は、どこか、禍々しくも見えて。もう数百年の昔から、半ば封印されるようにここへ佇んでいるという、青い、青いダイヤモンド。 「なぜ、教会に、それもこのように奥まった部屋に。このような宝石が、置かれているのですか?」 まだあどけない、少女と言ってもいいくらいのシスターの顔に浮かぶ、怪訝そうな表情に。初老の神父は、石にまつわる由来を語ってみせる。 いわく。この青い宝石には、恐ろしい伝説があるのだと言う。 まあ、と、両手で口を覆い、目を見開くシスターに、 「その名も、『ディファレンス・ブルー』。かの、ホープダイヤモンドがカッティングされた際の、その片割れであるとか。錬金術や不老不死など、神秘や黒魔術の触媒たる、賢者の石であるとか。そのいわれは、様々なのですがね……」 つまりは。呪われた宝石。 陳腐な呼び名ではありつつも、そのように呼ばれているが故に、こうしてここへ、ひっそりと収められているのだと。神父は語った。 「恐ろしい宝石なのですね。持ち主を、不幸にしてしまうのですか?」 「いいえ、それが、少し違うのですよ。この宝石は、持ち主の……周囲の人々へと、不運を振り撒くのです」 かつてこれを所有していた者たちは、いずれも家族や友人、親しい者たちの凄惨な死に見舞われ、例外なく、常に孤独の中にあったのだという。 石のもたらす呪い、その法則に気づいた者が教会へとこれを持ち込み、保管を願い出たのが、この場所に安置された青い石にまつわる、理由なのだそうだ。 「随分と、昔の話ですのでね、もちろん真偽は分かりません。しかし、もし、ですよ。シスターキルシー。あなたが、この宝石を手にしたとしたら。あなたは、周りの人々を不幸にし、やがて死に追いやってしまうかもしれないのです」 恐ろしげな言い伝えを、神父は、穏やかな笑みを浮かべつつ。 「けれど。そうなってしまったとしたら。本当に不幸なのは……親しい隣人たちを全て失ってしまう、あなた自身の、孤独なのかもしれませんね?」 悪戯っぽく言った、神父の言葉に。 シスターは、可笑しげに、くすりと笑みをこぼす。 「神父様。神父様は、とても、良い方なのですね」 またある時は、こんなこともあった。 教会の中に、泥棒が押し入ったのだ。 「へ……へへへ。すげえお宝だ。これがありゃあ……」 薄汚いぼろきれを纏った男は、暗闇にぎらつく瞳で、青い宝石を奪い去ろうとした。 が。 「おやめなさい」 深夜。ドジな泥棒の立てた物音に気づき、起き出した神父とシスターは、驚きびくりと身を震わせた男へ、静かに語りかける。 「その石は、あなたの手に負える物では無いのです。きっと、あなたに、この上ない不幸をもたらすでしょう」 「うるせえ、坊主風情が偉そうに!」 いかにも育ちが悪そうな、ガラも悪い男は、唾と共にそう吐き捨て、聞く耳を持たなかった。 しばし。シスターは男を、じっ、と眺めていたが。 やがて、にわかに口を開くと、 「あなたは、悪い方ですね?」 そう、断ずるように言った。 それは、あまりにも真っ直ぐで、端的な言葉。 その後……シスターが男に、何をしたのか。何を語りかけたのか。後ろから見ていた神父には、良く分からなかった。 ただ、いくらも時間の経たぬうち、男はどこか、呆けたように黙りこくると、 「さあ。お行きなさい。あなたには、この世で成すべき事、償うべき罪があるのですから」 そう言って促す、シスターの手に従い。彼はふらふらと、何かに導かれるように、あるいは、追い立てられるように。教会を出て行った。 振り返って微笑みを浮かべるシスターに、神父は、何かを感じたのだ。 神に仕える身である彼をして、思わず祈りを捧げずにはいられないような、荘厳な何か、を。 そんなくだりが、つまりは、つい数週間かの前にこの教会へやってきたばかりの、シスターキルシーという女性を、象徴しているものなのだと。神父は、そう思っていた。 純朴で、人を落ち着かせ和ませる笑顔、荒んだ心を癒し、時に、悪の心すらも導く。 そんな、神秘的で、侵しがたい、不可思議な何かを持ち合わせた少女なのだと。神父は、今の今まで、そう思っていたのだ。 「……な、なぜ、ですか……シスター。なぜ、このような……無体を……」 くずおれ、白い壁に、鮮やかな赤を散らし。神父は力なく、血に濡れた泡と共に、ごぼりと、喉の奥からそう搾り出した。 目の前に立つ、シスター。首元に提げられている、ネックレス。台座の中央にはめられているのは、青い石。 青い、青い、ぞっとする凄みを、輝きとして放つ、あの、宝石。 「あ、あなたは……もっと、高潔な、何かを……持っていた、はず。人を、癒し、導き……光を、照らすような……それは、まるで……まるで」 「……おかわいそうに」 ぎゅっと、眉尻を下げ。彼女の表情に浮かび上がるのは、紛れも無い、神父への悲哀の情と、大いなる慈悲。 「神父様。あなたは、とても、とても良い方。神の愛に触れ、誰よりも、救われるべき方」 胸の前で、きゅ、と組んだ両手。 「けれど。そんな神父様が、汚辱や悪辣、陰惨な生に満ちたこの現世にまみれ、苦しんでおられます。私には、それが、耐えられないのです」 一筋の涙すら、こぼしながら。シスターは、か細くもらす。 その言葉に、心に、偽りは無いのだと。やはり、自分が彼女に見出した何かは、間違ってはいなかったのだと。神父は、ぼやけつつある視界の中、神々しい光を見ていた。 彼女は目を伏せ、両の手のにはめられた白い手袋を、ゆっくりと外す。 「……それ、は……」 「これは、私に課せられた罰。使命」 修道衣の袖からのぞく拳は、光り輝く、金属塊に覆われていた。 「さあ、神父様。解き放って差し上げます。現世から。その、苦しみから。あなたの魂は、やがて天へと召され……神の御許で、大いなる祝福を授かるでしょう。そうして差し上げることこそが、私の成すべき、救済なのですから」 ●黒い企み 「……ウィルモフ・ペリーシュ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、厳かに述べた、その名に。集められたリベリスタたちは、思わず眉を寄せる。 『厳かなる歪夜十三使徒』。その第一位を冠する、かの魔術師。『黒い太陽』。 欧州はフランスに拠点を置く、とある小さなリベリスタ組織からの、アークへの支援要請。彼らの擁するフォーチュナの視た事象は、即ち、その最悪のアーティファクト・クリエイターに関わるものであるというのだ。 テーブルの上に並べられた資料と、その中の数枚の写真を、イヴは指差し、 「彼女……キルシーと名乗っているフィクサードは、ペリーシュに雇われて動いているらしいの。今回の彼の目的は、『賢者の石』」 続けて飛び出した、大仰な単語に。またもリベリスタたちは、訝しげな視線をイヴへと投げかける。 イヴの示す、写真の中。修道服を着た、清楚な佇まいの少女。その首元、細い鎖で吊るされたペンダントの中央で輝く、大きな青い石。それは、とある教会にて、もう長いこと人目に触れぬまま、静かに封印されてきたものなのだという。 『呪われた宝石』、などと、剣呑な呼び名を聞けば。誰しもが、そんなものは、噂にまつわる迷信だと疑わないことだろう。 が、神秘に関わる者であるならば……更にそれが、『賢者の石』を含有するが故に、歪な青い光を放つダイヤモンドなのだと、知ったならば。 呪いと称して振り撒かれる不幸にも、それが現実のものなのだと、思い至ることはできるのだ。 「ペリーシュがこれを手に入れて、何をするつもりなのかは、分からない。でもこのところ、『W.P.』の刻印を持つ人形たちが、賢者の石や、こうした強い力を持つ器物を集め回っている、という報告があるの。これも、恐らくは、その一つ」 ふう、とひとつ、ため息をつきながら。写真の中、シスターの背後にいくつも映り込んでいる、人型の甲冑のようなものを、イヴは指し示す。 ペリーシュ・ナイト。自律する、アーティファクトの兵隊たち。即ちそれらが、宝石、及びフィクサードであるシスターと、ウィルモフ・ペリーシュとの繋がりを示している。 「あなたたちが、向こうへ到着する頃。彼女は、教会の礼拝堂で、このペリーシュ・ナイトたち……ペリーシュから貸し与えられた戦力と共に、彼の手の者の迎えを待っているみたい。あなたたちには、その前に襲撃をかけて、賢者の石を奪ってきてもらいたいの」 場所は、フランスの片田舎にひっそりと佇む教会。海外における任務であり、いつものきめ細やかな万華鏡の探査には期待できない。 先方から寄せられた、限られた資料を頼りに、戦いへ臨まねばならないだろう。 写真の中の少女は若く、あどけない面立ちではあったが。ペリーシュが、自身の交渉の相手足りえると判断したと言うなら、彼女とて、相応の力を備えたフィクサードであるのだろう。 くれぐれも、油断はしないで。そう言い含めて、イヴは、リベリスタたちを送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:墨谷幽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月03日(火)22:55 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●歪曲 「……本当は、分かっていらっしゃるのではありませんか? 例えそこに救いがあろうとも。殺しは殺し、罪は罪、なのだと」 『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)に、もちろん、落ち度は無かった。 生真面目な彼女だ。二丁の聖銃の手入れを欠いたまま戦場に臨むなどあり得ず。全ての悪を裁くに足る銃弾を、あらゆる標的に叩き込むための力が、リリの『お祈り』には、備わっているはずなのだ。 にも、関わらず。 がちり。 「……!!」 雷管に叩きつけられた撃鉄は、炸薬に着火を促さず。ぴくりとも動かない遊底、灯らないマズルフラッシュ。 ほの暗い銃口を、気の毒そうに見つめてから。 キルシー・シュヴァルツェネガーは。リリとどこかアイデンティティを近しくする、修道服のフィクサードは。眉根を寄せ、真っ直ぐに、リリの青い瞳と視線を交え、言うのだ。 「……おかわいそうに。あなたも、辛辣で苦難に満ちたこの世界に翻弄される、お一人なのですね」 その首元には、青い宝石のはめ込まれたペンダントが、ゆらゆら、ゆらりと揺れている。 ●意思 卓越した姿勢制御技術が、『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)の小柄な体躯を、その手に携えた巨大な砲と共に支えている。並んだ長椅子の列、その背と背へ両の足を乗せたモニカは、巨砲を軽々と水平に保ちながら、微塵の容赦も無くそれを撃ち放つ。 キルシーを庇いつつ整列する、剣と盾を構えたペリーシュ・ナイトたち。雷轟のような爆音と共に、砲弾の連射が、円形の盾に次々とぶち当たり、その列を乱す。 がらん、がらがら。巨大な薬莢が、良く磨かれた床へと落ちていき。モニカは、実に、詰まらなさそうに。 「私の手も。人のことを言えない程度には、汚れてはいるでしょうね。アークの旗の下、崩界を阻止するため、そんな名目のために、一体何人を殺してきたことか。覚えていられないほどですよ」 表情を動かさぬまま、さらりと言う。 「でも、まあ。それに関して、特別な思想、矜持……そんなものを抱いた事は、ありませんけどね」 彼女のように、ドライな割り切りの元で活動する者もあれば。複雑な感情や想いを、胸に抱く者もあるだろう。 リベリスタである動機、フィクサードである理由は実に様々、十人十色で。だからこそ、『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は、問う。 「キルシーさん。貴方自身は、善人なんでしょうか? それとも、悪人でしょうか。貴方は、どう思いますか?」 『良い人』。『悪い人』。彼女は自身の感性によってそれらを断定し、自ら『救済』する。それのみが、彼女を彼女たらしめている『理由』だ。あどけなく、怪訝そうな顔を浮かべる、キルシー・シュヴァルツェネガーの『理由』は、少なくともリベリスタという枠に属する者には、許容せざる傲慢だ。 「善も、悪も。私自身の行いには、無いのです。これは、神がその愛を持って私に課した、聖なる使命、試練なのですから」 「神様が、貴方にそれを託したと? 善や悪と決め付け、断罪する権利を、貴方に与えたんですか?」 「権利ではありません。義務なのです。天啓が、私にもたらした義務。けれど、私はそれを受け入れることに、喜びを感じています。この世の苦しみにまみれながら、こうして聖なる使命を遂行する、喜びを」 うっとりとして語る様に、セラフィーナは、気づいたかもしれない。その、歪みに。全うな言葉や論理では図れない、凝り固まった、言わば、完成された歪さに。 「……キルシーさん。私は、悪人に罰を与えて、善人を救いたい。そう思っています」 ばちり、と。身に雷光を帯びていく、セラフィーナの心に内在する、強い使命感。それが、叫んでいる。相容れぬ者なのだ、と。 「貴方にも、人を救いたいという想いはあるのかも知れない。でも……貴方と私は、敵同士です!」 断じたその言葉を、合図とするように。『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)が、駆ける。 後方に布陣した、いかめしく空虚な鎧たち。手にした弩に張り詰めた弦が鳴り、飛翔する矢をかいくぐりながら、彼の顕現させた魔剣は、前方からがしゃがしゃと迫り来る、斧を構えた騎士たちを蹴散らし貫き、道を切り開く。 「こういう手合いは、どうもな。異星人と話しているような気分になるな」 物好きなことだ、と。福松はセラフィーナや、共に踏み込むリリを横目に、思う。 誰しも、言葉が通ずる余地は、端から無いように思えただろう。それでもなお、意思は固いらしいリリに。 「まぁ、どうしてもと言うなら、止めんさ。やるだけやってみればいい、シュヴァイヤー」 福松を見返し、リリは感謝と共に、小さくうなずく。 翻した両手、二丁の銃から吐き出された弾丸が、弾幕となって騎士たちに降り注ぎ。 そのさなか、問いかける。 「……シスターキルシー。聞かせてください。あなたの、その『理由』は……本当に、あなた自身の意思で選び取られたものですか?」 ●窄視 モニカの巨砲による援護を背に、剣や斧の矛先を集めるべく、セラフィーナは鎧の騎士たちを挑発する。 そこへ切り込んだ、『龍の巫女』フィティ・フローリー(BNE004826)。 「フィクサードに共感できるなんていうことも、あまり無いけど」 特異な形状の青い短剣、二振りの刃が光を迸らせると、斧を携えた騎士の1体を貫き、その活動を永久に止める。 今回のは、特に酷い気がする。とは、フィティの抱く、目の前のフィクサードに対しての、率直な感想だ。 「正義とか、善悪について問答するつもりも無いし。それに、時間も無いしね」 元より、相容れないからこそ、こうして対峙しているのだ。思考も論理も、どこまで行っても平行線。埋まることの無い溝を埋める努力をしてみる余裕も、その意思も、フィティには無かった。 風を切って飛翔する矢の一本が、モニカの肩口に、深々と突き立つ。 「ッ……」 「苦痛を感じますか? 申し訳ありません……私の至らぬばかりに」 するりと踏み込む、いかにも純朴そうな修道女の、鋼鉄の掌。 「ぐッ……!」 突き通すように、福松の腹に打ち込まれた掌打の衝撃が、破壊の奔流となり、彼の身の内を荒れ狂う。 「今は、ただひたすらに……皆様を、早急に天へと送り出すことが、私の聖なる使命なのです」 自ら成した行為、もたらした鋭い苦痛により、顔を歪めたモニカや福松の苦悶の様を見つめる瞳は、今にも、涙に濡れそうなほど。戦いの只中で無ければ、彼女の信仰や、無垢な純粋さを疑う者はいないだろう。 急速に広がり出した被害に、『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)は、流星のような光の雨を降らせ、相対する者たち全てを撃つ。斧を携えた1体の騎士と、弩を構えた1体が直撃を浴びて消し飛び、 「う……ッ」 「正義とか、悪とか。オバサンの考えることって、どうにも説教臭くて、好きじゃないのよね」 キルシーの胸元にも撃ち込まれ、呻かせたそれは、本来ならば、準備や詠唱に幾ばくかの時を擁する、大魔術。火力を見せつけ、ちくりと添えた挑発は、敵対する者たちを自らに注視させんがため、だったが。 「まあ。けれど、確かに、そうですね……私がこの、聖なる任に就いてから、もうどれほどの年月が流れたことでしょう。お若い皆様に、神のご意思は、事ほど左様に理解しにくいものである、と。私も、心得ております」 「……救いようも無いわね、これは」 胸を押さえながらも、打ち据えられようと。キルシーのその歪みが正されることは無い様子で。セレアは思わず、眉をひそめる。 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は。自らも、教会……事に、ある種の狭窄した解釈による教義を教え込まれ育った経験を持つ、彼女は。 「主は、全知全能。故に、主が創りしこの世界は、常に正しい」 ある意味で、彼女は、キルシーというこのフィクサードを、この場の誰よりも理解していると言えたかもしれない。 「その正しさを受け入れられない定命の者は、得てして自ら都合の良い解釈を捏造しては、そこへと逃げ込むわ……だけど、残念。そんな妄想は、ひとたび現実にぶつかれば、脆く砕けてしまうのだわ」 砲、と言っても過言ではない、長大な対物ライフル。狙いをつけるのもそこそこに、次々とトリガーを引き絞るが、それらは吸い込まれるように、騎士たちの鎧の内、脊柱のような部位を撃ち抜き。また1体が、がらがらと地へ崩れ落ちる。 「目を開けて夢を見る、夢遊病者に。鉛弾の祝福をお届け致しませう」 理解できるからこそ、理解しない。理解してやる道理も無い。 長椅子の背へ巧みに身を隠しながら、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は、透視能力を用いて、場を見通している。彼女は状況を確認し、針穴のごとき隙を見出しては、両の手の大型拳銃を撃ち放ちつつ進行する。 (これは、お仕事ですからね) 故に。ひしめく鎧の騎士たちの合間を射抜くように、彼女が狙うのは、キルシーの首にかかった、ペンダント。 青い、青いダイヤモンド。ディファレンス・ブルー。それを奪取し逃げおおせることが、リベリスタたちの役割。それのみが。 (……しかし。いつか、必ず) あばたは、心に決めている。今狙うべきは、アーティファクト。フィクサードの生死は二の次であり。 しかし、いつかは。 「わたしは、あなたを。あなたのようなものを。この世界から、残らず駆逐します……必ず」 ●イバラ 傀儡の人形のように思われた騎士たちの護りは、思いのほか堅牢であり。リベリスタたちの指先は、未だ、フィクサードの細い首から提げられたペンダント、その鎖には届かない。 じり、と。じわりと。焦燥が、這い寄るように彼らへと近づく。 「さあ、こっちへ……今です、モニカさん!」 言葉巧みに騎士たちを引きつけ、隊列を崩していくセラフィーナに呼応し。 轟音をかき鳴らす巨砲、モニカの放つ砲弾が狙うは、キルシーの首元。鎖を狙い済まして断ち切り、撃ち落とした後に突撃し、回収する腹積もり……ではあったが。 セラフィーナの誘導を逃れた騎士の一体、その頑強な円形盾に阻まれ。弾かれた砲弾は、壁に掲げられた絵画の中の聖人の顔を、粉々に打ち砕く。 「……人を選んで殺すのが、そんなに上等な行為なんですかね? お互い様、ではありますけど」 「それでも……私は、自分の意思で。自分のやり方で、人々を救いたい」 モニカのつぶやきに、セラフィーナは、あえて己の信条を確かめる。 「教会の中で、少し行儀が悪いけど……許してもらうしかないか、なッ!」 フィティは、長椅子の背を蹴って飛び込むと、一対の青い短剣を閃かせ、霧のような無数の氷刃の陣を生み出し。盾を構えた1体の騎士がその中に飲み込まれると、ずたずたに引き裂かれ、原型を失う。 覗いた隙間、切り込んだ福松の握り締めた拳は、キルシー目掛けて鋭く突き込まれる、が。やはり割り込んできた騎士、その盾を砕きながら貫いた拳は、細い金属の頚椎を叩き折る。 騎士は沈んだが、眼前のフィクサードには、まだ。届かない。 「どうだ、ファナティック。このオレを、どう見る?」 「ファナティック? 私を、そのように呼ぶのですね、貴方も」 「この世の苦しみとやらから、解放してくれるか? それとも、オレにも苦しみを与え、罪を浄化してくれるのか?」 福松の問いに。キルシーは、小首を傾げる。 「生き意地汚いと思われようと、オレは、この現世で生き抜く主義でな。お前には理解できなくとも」 「そう、ですか」 す……と。キルシーの両の瞳が、細まり。 福松へ、そしてリベリスタたちへ向けられるのは、憐れみ。憐憫の視線。 「……! まずいわ、気をつけて!」 叫びは、後方のエナーシアのもの。直観により気づいた彼女の発した、鋭い警告の直後に。 「その、諦観。絶望に自ら赴き、あがく、高潔な魂。私は、そのような魂の輝きに出会うたび、胸を打たれ……そしてひどく、締め付けられるのです」 咄嗟に飛び退くが。自在に蠢く、光の荊のような結界が、キルシーを中心として展開されていき。 絡め取られた福松を皮切りに、 「……おかわいそうに。すぐにその苦しみから、解き放って差し上げますから。ね?」 踏み込み。 「ッぐ!?」 カウンターを試みた福松の胴を、鋼鉄の拳が射抜き。 踏み込み。 「……く……ッ!」 「うあッ!?」 リリの横面を抉るように打ち抜き、フィティの足を払いつつ、脇腹へ拳をめり込ませ。 「しまっ……!」 セレアの肩口を、鋼塊が砕き。長椅子を粉砕しながら、床へと叩き付けた。 一瞬。瞬間的に繰り出された、次々と伝わっていく、稲妻のような連撃。止まった時から解放されたように、彼らは一斉に倒れ込み……ことに強烈な致命打を浴びたセレアが、地に伏したまま、その動きを止める。 「……少々、まずいですね。時間も押してきたようです」 仲間たちの被害もかくや。絢爛な壁を透かし、ちらと外へ視線を投げたあばたの瞳。遠く見えるのは、数台の、大型車の車列。 「手が足りないわね、私も前へ出るわ。不運や悪運とは、腐れ縁なのだわ」 「ええ、援護しますよ。お早い確保を」 轟音響かせ、大型拳銃を次々と発砲するあばたにうなずき。エナーシアは長椅子の陰から飛び出し、駆ける。 タイムリミットが迫り。青い宝石は、禍々しいほどに、凄絶な光を放つ。 ●階差領域の青たち モニカの砲弾が、騎士の兜を直撃し、ひしゃげさせ。壁を蹴ったフィティの短剣が、頭部ごと首を撥ね飛ばし、仕留める。 盾を構えた騎士たちは、廃した。 切り開かれた布陣を踏み越え、飛び出してきたキルシーが、修道服の裾を蹴り上げ、空を射抜くような足刀を繰り出すと。真空の槍が、横様からフィティの胴を貫き、彼女は赤黒い飛沫を散らしながら、どうと倒れ込む。 「……ッ、まだ……!」 「まだ、終われないのよッ!」 しかし。運命は、彼女たちをまだ、見放さない。ばくりと開いた傷から、零れ落ちる鮮血を物ともせず、踏みとどまるフィティ。その背後、再び床を踏みしめたセレアの手の中で、半ば赤く染み付いた魔術書のページが、熱い空気の流れに煽られて繰られていき。 再び放たれた、流星のごとき大魔術が、 「……あ、ぐ……ッ!」 キルシーの、側頭部をかすめ。鎖骨を砕いて、右のももを射抜き。 ぐらり、傾き……膝を突きかける。 「今!」 エナーシアの放った銃弾は、真っ直ぐに飛翔し……キルシーの首に提げたペンダント、その鎖を断ちながら、貫き。壁のレリーフを、鋭く抉った。 ちりん、ちりりり。青い光は、床へと落ちて滑り、受けた痛打にあえぐキルシー、見開かれた瞳がそれを追う。 好機。 これ以上の好機は、無かっただろう。セラフィーナの閃光弾が、斧を振り上げる騎士たちを押し止め。盾によるフィクサードの守りは、既に無く。弩から放たれる、文字通りの矢面に立たされながらも、もはや、阻む者は無い。 リリが駆け出し。キルシーが追いすがり。 一瞬早く、賢者の石へとその手を伸ばしたのは。 ……ふ、と。 その、瞬間だった。 溶け落ちた蝋燭の明かりが、唐突に消え失せ。夜の礼拝堂に、刹那の暗闇が生まれた。 「……その、寂しげな、青色は。どこか貴女に、似ていますね」 リリは思わず、そうつぶやく。 キルシーの手の中へ、再び収まった、青いダイヤモンドを見据えながら。 不運。不運としか言いようの無い、唐突な暗闇は、リリの手から、それを遠ざけた。 彼女はそこに、感じただろうか。何者かの恣意的な意思の存在を、即ち、定められた運命の、気まぐれな悪戯を。 「それを……此方へ渡しては、いただけませんか」 「申し訳ありません。私にも、世のしがらみというのは、付き纏うものなのです」 修道服を身に纏う、二人の少女たち。対峙するその表情から、機微は読み取れない。 「……新しい……そう、もっと優しい、貴女自身も、周りも幸せになれる……そんな『お祈り』を。私たちと共に、致しませんか」 貴女も一緒に、おいで下さい。リリはそう言って、誘った。 キルシー・シュヴァルツェネガーを。フィクサードを。 それが、リリ・シュヴァイヤーという女性だった。 けれど。もはや収束した戦いに、浅くは無い傷を庇いながら、よろめくキルシーは。ふ、と、微笑む。 「……アーク。ああ、アーク、素晴らしき箱舟の漕ぎ手。あなた方は、とても、とても……『良い人たち』なのですね?」 二人の纏う、青。フィクサードの掌中、宝石の輝き。リベリスタの纏う修道服と、鮮やかに流れる髪の色。 それらは近似しながらも、決して混ざり合うことのない、別世界の色のようにも見えた。 一足早く脱出したリベリスタたちの、遠く視線の先。教会の中へ、到着したペリーシュの手の者たちが、次々と入っていく。 闇の中。あばたは、ぼそりと、誰とも無くつぶやく。 「そう、おかげで思い出せましたよ。私にも、理解されざる理想がある。あなたと同じように……」 歯噛みするリベリスタたちの、その苦渋を、代弁するように。 「ありがとう。そしていつの日にか、お前を殺してやる」 あばたは、毒を吐き捨てた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|