●リメディアルアクションプレイヤーインアウトサイド あれから。 何日が経ったのだろうか。 この世界には昼夜の区別がなく、うつろい続ける星の海や定期的に色と形を変える植物らだけが時間の経過を教えてくれるものであった。 だが、それすらも一秒の感覚が自分達の世界と同じとは限らないのだ。ここと、元の世界と。そこでどれだけの時間差が生じているのか。そもそも異世界であるのか。どこにいるのか。帰還、できるのか。 不安が鎌首をもたげそうになって、頭を振った。 極力マイナスに考えるな。ただでさえ、ここの環境が自分達に与えるストレスは大きい。見知ったものが何一つない世界。肉とゲルで出来たような樹木。外骨格のある多関節獣。金属の泉。複眼の魚。 異国の地で置き去りにされた、その何十倍にも激しいストレスが終始自分達を襲う。きっと、帰れるはずだ。そこに希望を見なければ気を違えてしまいそうなほど、ここはこの場所は自分達をすり減らしていった。 不思議の国のアリスを尊敬する。何一つ自分の常識に収まらない環境の中で、彼女は自分を保ち続けただひとりで帰還を果たしたのだ。 その幼さで、なんという精神力か。はたまた、幼い故の夢想性が成せたものなのか。大人はネバーランドにいけないのではなく、ネバーランドから帰ってこれないのかもしれない。 現実から目をそらすことで、身を襲う不安感は多少なりともマシになった。大丈夫、まだ正気を保っている。だから、ここらで状況を整理してみよう。 はぐれた仲間との合流は比較的容易であった。比較的近い位置に飛ばされていたことや、幸いな事に怪我人も孤立することはなかったからだ。 困難を極めたのは、食住の確保である。なにせ、生態系が一切不明であるのだ。獣が食した草などを採取して飢えをしのいではいるが、これも見た目が酷く食事の度に精神を摩耗させる。嗚呼、文上表現はご勘弁願いたい。なにせ、目をつぶって口に入れているくらいなのだから。食感の妙な生々しさには今でも吐きそうになる。 適当な穴蔵を確保出来たのは本当に幸運であった。時折、強酸性の雨が振るのだ。動植物は問題としていないようだが、こちらはそうもいかない。思えば、呼吸適量の酸素や地球程度の重力があるだけでも奇跡に近いのではなかろうか。 周囲を探索してみたのだが、驚くほど近くに街があった。だが、建造物の全てはこちらの築学を根本から否定するほど螺子曲がっており、妙なめまいに襲われる。中に住んでいるのは自分達人間と酷似していたが、恐らくは鍵付マリアの同種か近いものであろう。友好的であるとは考えられない。 結果として。穴蔵にこもっている自分達に残されたのは。この、未完成の鍵のみであった。 鍵。未完成の鍵。人間と同じ素材で作られた、見るものの心を削る鍵。自分たちの世界に帰る。そのキーワードとして考えられる唯一のこれを、捨てるわけにはいかなかった。 外は、雨だ。どうやら今日は酸性のそれであるようで、外にでることは出来ない。ざあざあという音は嫌でも沈黙を作り、それが心を蝕んだ。 いったい、いつまで。 そんな奈落に足を踏み入れかけた時、小さな光明が見えることとなる。 声が、聞こえたのだ。 ●リメディアルアクションプレイヤー3 「……ッ……ッッ……き……聞こえる?」 聞こえた、というより響いたという方が正しいか。脳に直接語りかけてくるこれはテレパシーに近いものだ。 聞こえてくるそれは見知ったもの、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声。 安堵する。堰き止めていたものが思わず溢れ出そうになる。だが、同時に疑問も浮かぶ。テレパシー。どうして可能なのだろう。遠く離れた世界では念話といえど不可能なはずだ。ここは、まさか同じ世界だとでもいうのだろうか。あの狂気の世界は、こちらがわだとでもいうのだろうか。 「聞こえる? ……ッッ……聞こえる?」 慌てて、返事をする。聞こえる。聞こえるとも。これは一体どういうことなんだ。 「よかった、繋がったのね。そっちの世界まで繋がるかは賭けではあったけれど、成功したみたいね」 そっちの、世界。そんな言い方をするということは、やはりここは。 「ええ。落ち着いて……ッッ……聞いて。そこは今、私達の世界とは全く別のところ。この念話はアシュ……ッッ……さんの協力を得て行っているの。状況の把……ッッ……同じくね。遺失呪文か何かで原理はよくわからないけれど、そう何度も行うのはむ……ッッ……から、これが最後の通信になるかもしれない。これから私達はあなた達を帰還させることに全力を注ぐわ。未知数なことが多くて、憶測や危険性も多分に含むけれど。よく聞いて」 彼女の説明はこうであった。 現在、自分達の居る世界は件のバロックナイツ、ラトニャ・ル・テップの世界ともまた別であると思われる。詳しい理屈はわからないが、通信が可能であるのは両世界が未だなんらかのリンクを持っているかであろう。 よって、そのリンク、ないしはゲートと呼ぶべきであろうそれを使ってこちらの世界に帰還を図ることになる。 「でも、それにはいくつかの条件をクリアする必要があるの。まず、ゲートの場所だけど……」 飛び飛びの念話ではあったがひと通りの説明を終えると、彼女はリベリスタに言う。いつもの激励だ。 「無理はしな……ッッ……で。諦めちゃダメ。絶対に皆生き……ッッ―――――」 そこで途絶えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月07日(土)23:10 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●リメディアルアクションプレイヤーインアウトサイド2 別に、侵略目的というわけではない。彼らはものの数に入る程ではなく、それらが支配する世界もそれを得たことで生じる旨味など私にはない。私の目的を端的に言えば、あー、難しいな。こちらの言語ではその概念が存在しない。下位意識に合わせるのも良いと興じて見たが、どうしても意識の差というのは生じるようだ。仕方がない、これらに関しては機会を分けるとしよう。 ざあざあと。ざあざあと。雨音が五月蝿い。煩わしい。この洞穴から出られない原因。酸の雨。酸性雨という公害であれば自分たちの世界にもあるが、あれの与える悪影響は今降り注いでいるこれと比べればなんと可愛いことだろう。強酸性。触れただけで皮膚を肉を骨を臓を溶かすであろう害悪。この世界の雨を見ていると、環境問題など些細なことなのではないか。そんな馬鹿げた妄想まで浮かんでくる。ファフロツキーズ。否、この世界ではこれが常識なのだからそう呼ぶのは間違いか。ざあざあ。ざあざあ。外を歩けば死ぬだろう。溶ける苦しみにのたうちまわりながら原型も保たず死ぬのだろう。少なくともそれは、この過酷な環境で発狂死するのと同じくらいには酷いものに感じられた、 作戦は決まり、心は昂ぶっている。だが雨はやまない。ざあざあ。ざあざあ。降り始めたそれにも時間が経てば耳が慣れてくる。それは喧しいせいで逆に沈黙へと繋がり、各々をひとりずつ思考の世界へと掻き立てた。 「不可解な世界というものは思う以上にストレスを感じるものだな」 異世界、というものを『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が経験したことのないわけではなかったが。それでも、ここまで自分達のそれと違っているのは初めての事だった。空気が、自然が、生命が、法則が異なる世界。それでもここはまだ、自分達の世界に似通っている方なのかもしれない。降り続く雨を見て思う。そもそも、宇宙に放り出されるような一切の希望なしに終わる可能性もあったのだから、ぞっとしない話だ。 「ああ、早く家に帰ってお風呂に入りたい」 「どこまでが王様の掌だろうな」 見られている気がするけれど、気のせいだろうと『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は結論づけた。確証はない。確信もない。だが、そう思うことにする。確かめようのないこと、気にしても仕方のない事にまで心を分担できるほど、今は余裕が有るわけではないのだ。この世界は披露も危険もあるが、何よりも心を攻め立ててくる。やりきれない。衰弱している自分を感じている。大気に遅効性の毒でもあるのだろうか。やめよう、らちの開かない話だ。 「早く帰ろう。絶対に全員で」 音の鳴り方は向こうと変わらないこの雨からの隠れ先で、『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は思う。皆と一緒で本当に良かったと。ひとりぼっちでこんなところに放り出されたら、きっと寂しくて泣いて、泣いて、それで終わっていただろうから。ひとりではないから、今もこうして耐えていられるのだ。だけどもういいだろう。さあ、帰ろう。そうして、乗り切った苦しみを過去にして安堵で笑い合うのだ。 「……かみさま。私達を、守ってください」 強く、強く祈る。かみさま、どうかここではない他の。 「どこぞの幻想怪奇小説によれば無貌の神と敵対する何とかって神なが居るそうだ。確か其の住処はフォウマルハウト……」 『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は、数日前に敵対したアザーバイドの言葉が強く耳に残っていた。最後の力で自分達をこちらの世界に召喚したアザーバイド、鍵付マリア。彼女の狂信めいた祈りがここのことを指しているのだとすれば。つまりここには、揺り籠の中の炎の神が。 「居れば居たで敵の敵は味方という格言もあるし何とか助力願えないものかね……」 ともあれ、まずは帰らねばならない。生命あってのそれであるのだ。 「中々素敵な異世界観光だな」 それが強がりか、皮肉であったのか。当の『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)以外にはわからないけれど。あるいは、どちらでもあったのか。どちらにせよ、こんなところで骨を埋めるつもりはない。こんな仕事をしていても、生命に覚悟があるのと死を受け入れるのではまるで逆の話であった。故に、生き残らねばならない。それは大前提である。だから、 「竜一へプロポーズの返事をする用もある、皆でさっさと帰らないとな?」 ナチュラルにフラグを建てるのはやめてください。 「ここまで異質だと流石に疲弊するわね」 とは、『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は口に出さない。自分だけが辛いわけではない。この異質異常の中で、平気でいられるわけがないのだ。言霊。だから口にしない。声に出した意味は重複する。重く、のしかかる。 「……大丈夫よ、きっと」 だから笑顔でいる。暗い顔で話して、気持ちが回復するわけもないのだから。プラスにならなくても、マイナスに傾かず済むのならそうして笑顔で居たほうが前向きだ。思い返す。約束があるのだ。それは、嘘にしたくない。 「さて、あんまり長居すると、この草を美味しく感じちまいそうだしね」 本当に、そうなってしまったら。一口ごとに吐き出してしまいそうになるそれを思うと、『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)は生きた心地がしなかった。その地に馴染むということは、その地の者となったということだ。身も心も変わってしまえば苦痛はない。だけどそれは狂っているのと同じことで。蝕まれ、汚染され、塗り替えられてしまったということであるわけで。悍ましいと、言う外ない。 「方法が分かったんなら、さっさとこんな所からは脱出するよ」 「ったく……こんな事になるなんてな」 無反応の通信機。本来の役割を果たさないアクセスファンタズム。それをそのままの意味で日本語にするならば、なんと皮肉なことか。異世界旅行。これこそまさに幻想だろうに。『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は何度目かのため息を付いた。無駄だとわかっていても、手持ち無沙汰であれば試さずにはいられない。アーク本部との連絡も、もう途絶えてしまっている。向こうでは再三のアクセスを試みてはいるのだろうが、期待しないほうが懸命なのだろう。 「けどまあ、帰る算段はついた。だったら後は行動してやるぜ」 『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)はずっと、ずっとわくわくしていた。それはまるで友達と一緒に好き勝手描き殴ったような。子供心に人形を分解し、めちゃくちゃに繋ぎあわせた異形のような。記憶の混濁だなんて信じられない程荒唐無稽に満ちた夢そっくりの、不思議な世界。まともな食事にありつけないのは辛いことだ。生命の危険が隣り合わせであるのは恐ろしいことだ。だけどそれ以上に、この本当に見たこともない世界は自分の好奇心に向かってずっとがなり立てている。嗚呼、本当ならば思うまま探検してみたい。 「みんなに迷惑かかっちゃうし、今回はガマン!」 『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)が立ち上がる。何事かと皆が視線を向けたが、すぐに合点がいった。洞窟の外、見上げれば単翼の鳥が星空を泳ぐ鯨に捕食されていた。雨水は既に空気に溶け、靴底を侵すような真似はしない。吸い込んだ空気はけして心地よいものとはいえなかったが、酸性が混じらぬだけマシに思える。この機を逃せば、次はないだろう。身体は生活を困難にするほど衰弱しているわけではないが、もう心が持つまい。だから、帰ろう。我が家に。死線をかいくぐり、駆け抜けて。ほら、雨がやんだのだから。 ●リメディアルアクションプレイヤーインアウトサイド3 彼らがこちらに迷い込んだことはとうに補足していた。放置していたのはこちらに害を及ぼすものではないと確信していたからだ。それに、奮闘する様はなんとも微笑ましいものではないか。素材としても優秀であろうから、民はこぞって捕えようとはするだろうが。それもそれでよい。余が統べて事も無し。今はその姿を見守ろう。何、私を直視するようなことさえなければ、最悪は絶命程度で済むだろうさ。 皆の背に、極力目立たぬよう羽が生えたことを確認すると、アリステアはそれを抱え直した。 鍵。鍵だ。人間ほどの大きさの鍵。骨と肉で出来ているそれは、アリステア以外では視界にいれることも憚られるものだ。その様が、あまりに異常であるから。 直視することを許されぬそれは、大きさゆえに抱えて走るしかない。幾分目立つやもとは懸念されたが、ひとほどの大きさであればかろうじて許容範囲内といえよう。 「元の世界に還る為の大切なもの。絶対に守りとおすよ」 だが、こうしてみれば本当にこちら側なのだとよくわかる。それだけ、この鍵はこちらの世界の何もかもとマッチしていた。違和感がない。この違和感だらけの世界に机の下でなくしたパズルピースのようにしっかりと当てはまっている。 「皆。移動の際は足音や足跡対策の為に地上スレスレで飛んでね」 ひとつの要素も残すわけにはいかない。ここは自分達のいた世界とは違う。ここでは自分達こそがアザーバイドのようなものだ。おっかなびっくり。石橋が叩くことさえ危ういと思うくらいの危機感を抱いていて不足はなかった。 壁の端から顔を出した。街並み。何もかもが不自然に非数学的に捻くれ曲がった街並み。そんな中で行き交う人々はまるで自分達とそっくりだ。ここが居世界だと忘れそうになる。それでも、そのひとりひとりが自分達とはまるで違う生き物で。 この見知らぬものだらけの目眩を引き起こしそうな繁栄の中で、それでも雷音は神殿と思しきものに当たりをつけていた。 通信が使えない。武器を変更することが出来ない。それでも培ってきた能力を失うことがない。つまりは、神秘的な法則においてはここと向こうは極めて似通っているということだ。 よって、この街を魔術的な配置要素として脳内で再構成すれば、自ずとその集点となる建造物を探ることが可能であったのだ。 神殿と、王宮。その両方を予測して味方に伝える。幸い、未だ住民らに発見された様子はない。だがそれは自分達がこちらに来ていることをあちらが感知していないということにもなる。 これはどういうことなのだろう。マリアの行動は、こちらで指揮されたものではなかったのだろうか。では、自分達がこちらへ寄越された理由はなんなのだろう。 もう少し思考に嵌っていたかったが、時間はないようだ。神殿前。突入準備。影を呼び出して待機させる。鍵を設置してしまえばそうそう隠れてもいられまい。何もかもを相手取ることができるはずもなく、囮は必要であった。 神殿というだけあって、魔術的要素があちらこちらで目についた。立ち止まり調べたいのは山々だったが、ぐっとこらえることにする。好奇心が殺すのは猫だけでないのも、きっと同じだろうから。 そして、行き当たる。 別に、そこが神殿の中心部であったわけではない。地下を深く深く螺旋状に降り、その果てにあったわけでもない。ただそれでも、リベリスタらは皆全員がここをこここそを目的の部屋であるのだと理解していたし、杏樹もその例に漏れたわけではなかった。 転移儀式。ここだ。ここに違いない。だってほら、こんなにも同じ匂いがするじゃないか。あのてけりりてけりり喧しかったこことは別の世界のアザーバイド。彼らの作っていた胸糞悪いあの講堂と、気配が臭いが何もかもそっくりじゃあないか。 魔術的な、神秘的な要素は自分達のそれと酷似している。であるならば、この先が間違いなく転移儀式の間であり、自分達の帰路の中間点であることは疑いようもなかった。 慎重に、扉を開く。拍子抜けすることに、中には誰もいなかった。いや、使用されていない間の特別室など普段はこの程度のものなのだろう。人間とて、普段使用しない部屋は稀に掃除をする程度でしかない。 儀式陣。やはりというべきか、あの少年少女姿のアザーバイドらが作成していたものと似ている。気になって見回してみたが、鍵付マリアが身につけていたような錠前は見当たらなかった。 「複製物なら、オリジナルがどこかに居そうだけどな」 それがカラダごとであれば、けして歓迎したいものではないが。 さて、此処から先は地獄でありまして。 存在の密度が増した、とでも言い表わせば良いのだろうか。 ともかく、この鍵を儀式陣の中心に突きつけた瞬間、世界がこれまで以上に空気を変えたのだ。 それは異物を取り込んだ違和感を全力で排除しようとしているかのような。これまででさえナリを潜めていた本性を晒しだしたかのような。世界の何もかもからお前は敵なのだと宣告されたかのような。 ような、ような。 あらゆる表現が脳裏をよぎる。そのどれもが正しくて、そのどれもが間違っていた。だが間違いなく、鍵は本来の役割を遂行し、転移儀式は滞り無く発動したのである。 よくよく、電源ゲーム『どこかで扉の開く気配がした』なんてのはまるで理解できない察知能力であったが成る程、これほどの変化を身に受けたのであれば確かに気配のひとつも感じれよう。 ユーヌは影を召喚し、自分達とは逆の方向へと走らせる。もう隠すことはない。隠す必要がない。間違いなく、確信を持って、自分達はこの世界に見つかったのだと断言できる。 前方に敵。戦っている余裕はない。ユーヌは最小の合図だけを持って仲間に自分の意図を伝えると、それを放り投げて目を瞑った。 炸裂。閃光。 刹那自分達の視界を自ら塞いだリベリスタらのみが、瞬きの過ぎる廊下を駆け抜ける。態々入り口から出て行く馬鹿もいない。適当な窓を蹴破って外へと躍り出る。 走れ。向かうは王宮。 ●リメディアルアクションプレイヤーインアウトサイド4 気になる匂いがした。嗚呼、嫌な臭いだ。臭い。臭いなあ。こいつは大嫌いだ。頭をひっつかみ、京年赤火に顔面を押し付けてやりたい。腸に双手をつき込み、内側から灰も残さず焼きつくしてしまいたい。嗚呼、嫌だ。嫌だ。これが今一時その刹那さえも存在しているかと思うと癇癪を引き起こしそうだ。潰してやりたい。燃やし尽くしてやりたい。なあほら、どうして逃げるんだ。 そこからは、激化の一途をたどる。 神殿から出て裏路地を抜けると、そこではこれまで見受けられた一般市民とおぼしき彼らの姿は一切なく、代わり妙に統率された動きのアザーバイドが目についた。 恐らくは官憲、ないしは軍隊の類であろう。目的は明白だ、自分達を探しているに違いない。咄嗟、壁に隠れて様子を伺いはするものの、隠れて王宮まで辿り着けるものではないようだ。それも当然か。重要拠点の近くほど守りが硬くなるのは。 どの道、じっとしていても神殿にいたアザーバイドらに追いつかれてしまうだろう。付喪は仲間に合図を送ると、王宮への経路に向かい一条の雷光を放つ。 致命傷は期待していない。殲滅戦に挑めば不利を被るのはこちらの方だ。一瞬でも虚をついてくれればいい。あわよくば怪我人が出てそちらに人員を割いてもらえるなら恩の字であると。 考え方がテロリストじみてきたものだ。だが、あながち間違った感想でもないだろう。あちらからすれば、どちらでも同じこと。 走り抜ける際に足を掴まれた。反射的に振り解こうとした自分を諫め、冷静に雷撃を放つ。解放されたことを確認する前に、再度走りだしている。 ひと駆けごとに掴まれた場所が痛い。痣程度で済めばいいけれど。どこか場違いな思考は、生来のものか。それともこれをすら日常と受け入れ始めているのか。 「ふふ、ドキドキするなぁ」 先手必勝。真咲は王宮門に護衛兵に向けて飛ぶと、大上段からクレセントアックスを叩きつけた。恐ろしく鈍い感触。一瞬、誤ってコンクリートでも切りつけたかと錯覚するような。 だが、次の攻撃は行わない。追手が今どうなっているのか、他の護衛兵は味方が抑えてくれたのか。確認しない。している暇はない。城門に無理やり全霊をぶつけ、わずか開いた隙間から中庭へと躍り出る。人口種だろうか、野生のそれよりもより禍々しい花々が目立つ。 一瞬だけ振り返った。顔は見ず、仲間の頭数だけを瞬時に映像として記録する。大丈夫、減ってはいない。怪我をしていても、心が壊れそうになっていても。まだ折れていないのなら帰れる望みは残っている。 走る最中、攻撃の猛嵐に巻き込まれたのかうずくまるアザーバイドを発見した。見た目は幼い。外見だけで判断するわけにはいかないが、戦闘職ではないのだろうか。王宮。従事職。思うやいなや手を伸ばしていた。 ひっつかみ、抱き上げ、武器を突きつける。人質。 「ここを通し―――」 その幼いアザーバイドごと、無数の捻くれた槍が自分を貫いた。絶命を覚悟―――しない。 槍が引きぬかれたと同時、駆け出している。治したのではなく、未来を消費して。死んだと思った。そのスリル。心臓は早鐘。顔は自然、笑みのそれへと変わっていた。 バケツに入った冷水を頭から浴びせられたような。 それは一瞬のことだったけれど、エレオノーラの感覚を叩き起こすには十分なものだった。 見られている。私は今、見られている。 金属の海。複眼の魚。肉のような植物。多関節の猛獣。強酸性の雨。自分達よりも遥かに強力なこちら側のヒト。それらをすべて、何から何までをひっくるめても更に上。遥か上位。それからすれば自分達こそが異質なのだ。それ以外の何もかもが異質なのだ。 多数決や集団意識を歯牙にも掛けない絶対的なマイノリティ。単独一個。唯一の王。 自分の横に、扉がある。走っているのに遠ざからない。ずっとずっとついてくる扉。それが自分を誘惑する。ほら、おいで。なあ。さあ。王は、此処に居る。 殺そうと思うならば殺せるだろうに。無理矢理にでも自分の正気を磨り潰してしまうくらい可能だろうに。それからすればほんの一瞬の稚気を覗かせたにすぎないのだろう。 おいで。おいで。ほら、怖いものは此処にある。 自分が走っているのか、止まっているのか、そもそもどこにいるのか、此処こそが帰るべき場所ではなかったか。帰る。帰るってなんだ。私は王の王の王の王の王の王ノ―――痛覚。 噛んだ唇から、血が垂れた。後で口内炎にならなければいいけれど。走る。走る。目的の部屋が見えてきた。 気がつけば、隣に扉はなく。 喜平が扉を開けざま、中に閃光弾を投げ入れた。 刹那の間をあけて、突入。部屋の上段に、如何にもと思えるものが浮いている。ワープゲート。陳腐だが、そうとしか表現できない旅の扉。 敵を確認する。見るだけで目眩の思想なほど不自然にできあがった鎧。一瞬の目眩を気にしないことにして、動きを止めていない敵の一体へと躍りかかる。 手にした長銃は暗黒を纏い、死神の鎌と化して対象を薙いだ。獲った、とは到底言えぬ感触。道中でも散々感じていたことでもあるが、こんなものが集団で自分達の世界に流れこんだらと思うとぞっとする。 鍵。こちらとあちらを使う鍵。せめて使い捨てであってくれと願いながら、再度大鎌を振り上げた。 押さえつける間に、仲間が負傷した一方に肩を貸して横を通り過ぎた。それでいい。皆が帰るのだから、戦えない順に抜けるべきだ。なんとしても無事に帰る。誰一人、置いておくつもりなど毛頭ない。 自分もと何度か移動を試みるが、その度に阻まれる。時間がない。ゲートの持続時間は知らないが、経過するほど閃光のショックから立ち直り、増援も到着しかねない。 切りつけられた箇所に、焼けるような痛み。見れば小さな口を無数に生やした肉片がいくつも、傷口にはりついていた。気持ち悪くて振り払う。 呼吸が荒い。痛みと焦りが、喜平の中で不安を呼び起こしていた。 フツは槍を野球バットのように構えると、柄を使い思い切り叩きつけた。 重い。腹筋に力を込めて、精一杯振りぬいて。騎士職のアザーバイドを後方へと押し返す。 追い打ちは行わず、その隙に立ち位置を変更する。少しずつ。ちょっとずつ。乱戦。その中で自分達をアザーバイドらよりもゲートに近づかせるために。 一撃がきつい。マリアの代わりにこれが来ていなくて良かった。何度も受け流せるものではない。徐々に傷ついていくのではなく、まともに貰えばその場で何もかも根こそぎにされかねない。 肩で息をしているのはいつからだ。意識が朦朧として、それでも倒れまいと身体を支えているのはいつからだ。何合も打ち合った腕が痛覚も伝えないほど麻痺しているのはいつからだ。 それでも生きている。まだ死んではいない。だからきっと生きて帰れるに違いない。 その思いだけで立っている。とっくに倒れそうになりながら、身体の悲鳴なんてもう何度も聞き流しながら。死力を尽くし、心だけで、貧弱な肉体を抑えつけて立っている。 振り下ろされる豪剣。たたらを踏み、力の入らない膝が崩れたことで偶然にもそれは頭の上を通り過ぎた。立っていれば首を跳ね飛ばされていた。その事実が自分を再び奮い起こす。 後ろへと強く踏み込んだ。後ろは門。ゲート。異世界への扉。自分をそこに吸い込ませ――― ゲートを潜ろうとする仲間へと剣を振り下ろした敵。その横腹を猛が殴りつけていた。 剣は勢いを失い、何もない空間を踊る。アザーバイド本人は、さしてダメージを受けた様子はない。 自信を無くすものだと、血と汗がまじりどろどろになったナリで苦笑した。これでも、修羅場をくぐり多少の強さを身につけた自負はあったのだが。 勝てない。生命を賭けた争いの場において、およそ全くもってどうにも敵わないなどと感想を抱くのは、これまででそう何度もあることではなかったが。 いいさ、認めよう。この拳はまだこいつらに届かない。勝負になるとさえ思わない。強敵に立ち向かうのは楽しいが、一方的な蹂躙に身を差し出すつもりはない。認めよう。自分は勝てない。勝つことが出来ない。 だが、敗北でいい。 もう、確認は済ませている。他の仲間は皆ゲートを潜り、帰還を果たしている。後は自分だけだ。自分だけなのだ。だから、勝てなくていい。最早戦うことに意義はなく、その土俵で勝敗を決する必要はない。 傷ついた身体でゲートに足をかける。戦闘、殺し合い、殲滅、討伐。その中で勝つのは今でなくていい。生還。生き残ること。誰一人欠けることなく。 笑みを浮かべよう。それは勝者の特権だ。傷ついた身体で勝ち誇ろう。そうだ、確かに自分達はこのクエストに勝利している。 「あばよ、もう会う事が無い事を祈ってるぜ」 そして、故郷へと。 ●リメディアルアクションプレイヤー4 わかった。嗚呼、ははは。そっちにいたのか。 目を覚ましたら、病院のベッドの中だった。 意識が覚醒する段毎に、記憶が蘇ってくる。 あの後、無事にボトムチャンネルへと帰還した自分達は、ゲートの出現地点を予知していたアークの部隊により回収された。 幸いなことに、ゲートは自分達全員をこちら側へと送り届けるとそのまま消えてしまったという。アザーバイドのひとつも、こちらに迷いこむことはなかったようだ。 その後、まだ歩けた数人も含めて全員が三高平の総合病院へと強制的に入院させられた。当然の措置だろう。あの中で数日を過ごし、大気を吸い込み、食事を取っていたのだ。何か細菌やウイルスの類でも持ち帰っていれば、二次災害のバイオハザードを引き起こしかねない。 だから、無菌室ではない、通常の個室に移されたのはそれからまた数日先のことであった。 病院食が美味いと感じるだなんて。この冗談は仲間と再会した時の為に取っておこう。誰かが先に言い出したら、恥ずかしいから黙っておくが。 身体を起こす、のにも多少手間取った。寝たきりの生活を何日か強いられていたのだ、無理もない。次の仕事までに勘を取り戻せればいいのだが。 重い体を引きずって、窓縁に腰掛けた。カーテンを開くと、目に飛び込んでくる普通の世界。緑の木々。小鳥が跳んでいて、空は青い。ほんの数日でもうすっかり暑くなったと聞く。これを守るために自分達は居るのだ。この故郷に、帰ってこれてよかったと心から安堵する。 自分のいる13階の病室。外に見える風景。中庭で、小さな少女が遊んでいる。窓ガラス越しの幸せな風景。子供の笑い声。鮮明に聞こえる。鮮明に、聞こえる? この距離で? 窓は開いていないのに? 聞こえる。子供の声。それ以外には聞こえない。さっきから、あの廊下で喧しい看護師らの雑談は一体どこに行った。 これはなんだ。窓の外。少女の顔。この距離なのに表情までわかる。笑い声。肉の木々。無謀の鳥。鯨の居る空。金属の噴水。複眼の魚。多関節の獣が唸り。建造物の全ては見るも悍ましい捻くれた姿に嗚呼、嗚呼、 「おかえりなさい」 すっと、世界が本来を取り戻した。 呆ける自分を置いて、病室は白く、窓から覗く空は青い。看護師はおしゃべりを再開し、裏庭には老夫婦が散歩をしているだけだった。 鼓動が早い。忘れられない。だが、帰ってきたのだと。 今度こそ確信して、その場に座り込んでいた。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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