●恐怖神話異伝 喧騒と怒号の満ちるアーク本部は、現在進行形で日本中に展開したエネミーマークの出現に蜂の巣を突いた大混乱に見舞われていた。 「……全く、お恥ずかしい所を見せる」 そんな本部のブリーフィングに通された『賓客』に『戦略司令室長』時村 沙織 (nBNE000500) は苦笑いを浮かべて言った。 彼が視線を投げた先には普段このアークで見かける事は無い、珍しい顔があった。外見年齢は四十程だろうか。欧州の貴族を思わせる衣装に身を包んだ赤毛髭面の男は「いやいや、この忙しい時に邪魔をする」と沙織の調子を笑い飛ばしていた。 「……此方は?」 「セアド・ローエンヴァイス殿だ。今回、同時多発的に起きた危機に対してドイツのオルクス・パラストからいらっしゃった――援軍だ」 「援軍……」 リベリスタの問いに沙織は頷いた。 今回の事件への対応はアークの全力を挙げても困難である。今回の事件勃発に援軍を打診した沙織に応えたシトリィンの答えは『即応可能な精鋭戦力を可能な限りで派遣する』というものになった。来日したメンバー達は対応を開始したアークのリベリスタに時間的には遅れるも、休む暇も無く追加の対応と被害の軽減に努めている。その中でもこの『格上殺し』セアド・ローエンヴァイス (nBNE000027) は有力と名高いオルクス・パラストの中でも首魁たるシトリィンと並び武勇の誉れ高い一流の戦士である。彼の場合、その名前が示す通り『社交界の食虫花』とも呼ばれるシトリィンの夫であるという立場も重要な所なのだが。 「同盟組織の御協力に感謝します」 「元々、此方の持っていった話でもあるからな。申し訳ない位だ」 鷹揚に頷いたセアドは丁寧に頭を下げた沙織にむしろやり難そうな顔をした。任務対応の最中、或いは召集で集められたブリーフィングのリベリスタ達はオルクス・パラストの二番手と目される彼がこの場に残っている事に少しの疑問を感じていた。 「……オルクス・パラストの援軍は有り難いが……」 「セアド殿とお前達には事件の直接対応とは別のアプローチをお願いしたい」 「別のアプローチ?」 リベリスタの問いに答えた沙織は神妙な顔で頷いた。 「例の『ラトニャ・ル・テップ』及び彼女が首謀と見られる一連の事件は収束の見込みを見せていない。ラトニャは、分析状況を総合すればミラーミス、ないしはそれに匹敵する力を持っているのは明白。 欧州の調査隊の報告によれば彼女と無策で衝突するのは不可能だ。 ここ暫く日本で『賢者の石』が発生する等、再び特異点化が進みつつあったのはお前達も知っているとは思う。彼女の動きと日本の現状が関係あるかどうかは分からないが……少なくとも前回が『閉じない穴』だった以上、今回も何かが起きないとは限らないよな」 「……それで?」 「かなり不確定の多い話ではあるが、一連の事件に対して多少の光明が見えてきたんだ」 難しい顔のままで言葉を続けようとした沙織を遮ったのは、『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア (nBNE001000) の鈴鳴るような声だった。 「――私、占ってみたんですよねぇ!」 唐突に声を発した彼女にリベリスタの注目が集まった。 「万華システムは世界最高峰の探知精度を誇るアークの切り札だ。しかし、日本国内に探査範囲を集中させる形で調整している以上、特に外部世界に対しての探査は働かない。一方でこの魔女の『24、The World(うらない)』は詳細な情報を届けない代わりにその探査範囲において圧倒的なものを持っているって事だ」 「つまり、私、占ってみたんですね。バロックナイツでも『最悪最凶』の彼女をどうにかするキーってものをですね、はい!」 アシュレイの言葉にリベリスタは苦い顔をした。彼女のフォーチュナ能力は確かに一流だが、彼女の占いは『塔』しか出さない。 つまりは、かつてケイオスと戦った時と同じやり方だ。あの時は遥かイタリアに眠る鍵を探した。今度は…… 「日本全国で『恐怖神話』事件が頻発しているからでしょうか。 三ツ池公園の『閉じない穴』の行く先がどうも未知の異界に繋がったみたいです。 えー、私の占いによりますと」 ――貌無き悪神を謀る運命は、夢の深淵の壮麗きわだかな都の王に在り―― 「……と、まぁ。こんな具合に出ました訳で」 ……要約すれば「何か鍵がありそうだから異世界に行け」と言ったアシュレイにリベリスタは複雑な顔をした。万華鏡が働かない以上――そこに到れば何が起きるか分からない。何が起きてしまうかは全く想定出来る範囲ではない。自身の顔を見たリベリスタに沙織は深い溜息を吐いて零した。 「……正直、取りたい手段じゃないが。他に考えがない。 交戦経験のあるシトリィンに確認した限りじゃ、通常の手段でラトニャに勝利するのは恐らく不可能だ。『暗黒の森の大消失』でラトニャ一人に一方的に全滅させられた『クラウン・アクト』は欧州有数のリベリスタ組織だったんだからな」 シトリィンは当時の『クラウン・アクト』唯一の生き残りである。彼女はその胸に何時か再び見えるラトニャへの怒りと恐怖を湛えていたらしい。丁度、アークと沙織がR-typeに強い感情を覚えているのと同じように。 「……この場に来てその話を聞いてむしろ奮い立った位だ」 嬉々とした調子で言ったセアドはむしろ望む所といった風である。 彼は敵が強ければ強い程、その本領を発揮する人間だ。どんな相手にも最低相打ちを信条にする彼はこういった局面に実に向いていた。 「細君の不安を消してやるのも良夫の務めというもの。欧州でも名高い箱舟の諸氏と轡を並べられるのも実に味わい深い。一つ、ここはその激流に身を任せてみる事としよう」 リベリスタは思案顔をした。 取れる選択肢は多くは無い。しかし行く先に幸運の果実が実るとも限るまい。 ラトニャ・ル・テップの脅威はもう間近まで迫っているだろう。彼女の最大の目的は未だ不明だが、それが絶望的な未来を約束しているのだけは間違いないのだから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月27日(火)22:37 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●深淵の階段I 「しかし、『無意味に殺風景』とはこの事と言うしかないのじゃろうなぁ」 色濃い呆れをその声色に含ませた紅涙・真珠郎(BNE004921)が零すように呟いた。 「神の次は異界旅行か。世界は広いのか狭いのか。まぁ、愉快ではある――」 彼女の独白めいた呟きに苦笑いを浮かべたのは誰だったろうか。 成る程、人生とは興味深い。リベリスタなる職の業と言えばそれまでだが、安穏とした時間は存外に長くは続かず、日本だ欧州だ異世界だ、神だ悪魔だ怪物だと『出会い』の機会には事欠かぬ。 「いざ行かん! 未知なる世界に鍵を求めて! ――って感じかな? うふふ、何だかワクワクするね! 復讐の手筈を整えるってのはさ!」 快活に言った『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)はあくまで嬉々とした調子だが、彼女や真珠郎、『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)のような――所謂『宵咲』だの『紅涙』だの『蜂須賀』(というより朔)のような連中は一般的な感覚から当てになるかどうかは微妙である。 「あの寂しがり屋も長生きの割には狭い視野じゃな」 「行き着く先はドリームランド。 目指すは光の都セレファイス。鍵を握る王の名はクラネス、かなぁ。 手掛かりとしては無いよりは……マシ、くらいだけど」 「異なる世界への好奇心はないとは言わないが。『塔』の魔女のエスコートであることを考えたらぞっとしない」 真珠郎、灯璃に応えた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の言葉は、恐らく前者三人の分よりは同道する仲間達の心の内を代弁するものにもなっていただろう。 欧州を震源地に現れた『無貌の神』ラトニャ・ル・テップの脅威は、今まさに日本に向けられようとしている。アークの中でも特に技量・経験に優れる十人のリベリスタ、そして援軍として今回日本にやって来た 『格上殺し』セアド・ローエンヴァイス (nBNE000027) を加えた十一名が未曾有の混乱を迎える日本から、この異世界に赴いた理由は『問題の根本的解決』の為に他ならない。 「悔しいが今のままじゃあラトニャに勝てねーのは認めるしかねぇからな……」 浮かない顔で口惜しく呟いた鷲峰 クロト(BNE004319)は間近でかの敵の脅威を目の当たりにした一人だ。 (だが俺はぜってーまたアイツの前に立ちはだかる。だから……アイツと渡り合う為の手掛かりを、必ず掴みたい!) 何せ、そうしなければならない理由が無いならば決して関わりあいになりたくない存在が相手なのだ。しかしやられたからにはやり返さねばならない。高潔な矜持はクロトがリベリスタであるが故だ。 「『原典』によれば、この異世界にはラトニャを含め三柱の神がいるという。恐ろしい話だ。 ラトニャの天敵であるクトゥグア、対立するというノーデンスの力が彼女を制する鍵なのかも知れないが……」 あくまでアシュレイを信用するならば、という付帯はつくが彼女の『占い』に虚が無いならば、リベリスタ達の異世界行は戦局に何らかの影響を与えるのは確かなのだろうが。かの『恐怖神話』に語られる人間の末路というものは決して芳しいものではない。この場合の解決とは諸悪の根源たるミラーミスを『どうにかする』大事業なのだから雷音の表情が晴れぬのも止むを得まいか。 「異世界というものにそれなりに興味はある。 原典の事はよく知らんが、調べるほどに興味深い。物見遊山には遠いが、愉しむ事は出来そうだ」 「皆、何かしらの検討が付いているようだな……」 朔の言葉を受けた『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)が心持ち罰が悪そうな顔で言った。雷音や朔の口にした『原典』とはアメリカの怪奇作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが興した『クトゥルフ神話』を指している。小説世界が今目の前に広がる現況に対する完全な指針になるかどうかは知れないが――むしろそうなってくれては困るのだが――彼女等は『参考文献』として多少の知識を入れてきた、という訳である。 (カダスに住まう神々は貌無き悪神の庇護を受けているという。 貌無き悪神を謀る運命は、魔女の望みを叶える奸計へ通ずるのかも知れんな) だが、朔はそれも良いかと思い直す。 「今は無知な己を恥じるより、出来る事を務めるとしよう。 ただ、我々の事情が事情だけに――知的好奇心を満たす為だけに向かえないのは残念だが」 頭脳派として鳴らす雷慈慟だけに『門外漢の己』は少し面映いものであったらしい。 「あら、決め付けは却って危険にもなるものよ。先入観が無い人が居るのも心強いものだわ」 しかし、麗しい女性――『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)の見事なフォローに彼は「可能な限り尽力する」と頷いた。 「それにしても――長い階段なのだ。まるで何処までも続いているような……」 雷音の隣を行く『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)は行く手に延々と広がる段差を見つめて「ほう」と溜息を吐いた。 「……何だか不安になるのだね……」 これが昇り階段でなくて良かったと思うのは誰も同じ。リベリスタの鋭敏な視力をしてもその先が見通せない位に続く穴の先は未だ不明に満ちている。 その階段を降りる事は、全く深淵を覗く事に等しいのだろう。 黒いリノリウムを思わせる冷たく硬質に輝く『何かの材質』で作られたそれは降りても降りても底を見せない。階段というものを造り上げるその労力を鑑みれば馬鹿馬鹿しくなる程のその距離は、言葉より雄弁にこの場所が人智の世界には有り得ない事を証明していると言えるのだろうが。 パーティは灯璃、朔、クロト、淑子を前衛、雷音、雷慈慟、チコーリア、『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)、『アーク刺客人”悪名狩り”』柳生・麗香(BNE004588)を中衛、残る真珠郎とセアドを後衛の楔に置いた陣形で長い階段を進んでいる。 「……流石に一つの『世界』という訳ですか」 零したファウナは冷静さを崩さないまま、しかし少し難しい顔をした。 「『夢の深淵の壮麗きわだかな都の王に在り』 皆様の世界に伝わる神話に近いような世界も有り得るとは聞きましたが。 夢の深淵……夢の世界。調べたお話と、どの程度の差異があるものでしょうね……」 流石にその言葉はボトムの人類よりも身近に『異世界』を知るフュリエらしいものである。少なくとも彼女が今生活するボトム・チャンネルはラ・ル・カーナとはまるで違う。逆にボトム人類からすれば、あの異世界(ラ・ル・カーナ)も不思議と奇妙に満ちた場所だった筈だ。 目の前に広がる奈落への階段が永劫に続かないとも限らないのだから――変わらない景色には多少の不安は否めない。 どれ位の時間が過ぎたのだろうか? 異世界における時間感覚はそう当てになるものではない。 時計かそれに類する何かを確認すれば目安にはなるが、却ってうんざりしそうでもあった。 「……」 「……………」 俄かに現れた沈黙は誰かが意図して作り出したものではない。僅かな時間押し黙り、先を急ぐ面々に「チ、チ、チ」と指を振ったのはこんな状況にも独特のマイペースを崩さない麗香であった。 「閉じぬ穴の向こうへ来て、邪神ラトニャんの弱み情報や再び眠らせる等の裏ワザをさがす。 崩界待ったなしのボトムジャパンですが、平穏な日常を取り戻すために決死行に参加と来ればっ! アークの仕事でもこれは冥利に尽きるというもの、必ずや王まで到って見せましょう!」 軽妙なる彼女の言葉に釣られて少しだけパーティの緊張が和らいだ。 想定される困難が『ラトニャ・ル・テップ』に繋がる可能性が高い以上、決して楽観視は出来ないが――今までもこれからも不可能にも思えた挑戦を乗り越えるが故の箱舟なれば。 「いいパーティだな、君達は」 「そうかぇ?」 「……うむ。私も是非にこの列に加わりたいものだな?」 パーティの最後列を進むセアドと真珠郎、 「んー、話で聞いてるヴァチカンのような鼻持ちならねーのかと思ってたら…… 何だ、全く棘のない雰囲気!? ……これが俗に言う人徳?、或いは懐の深い男ってヤツか!?」 「おいおい、やめてくれ。『ヴァチカン』等と……ぞっとしない。 買い被るまでもなく、私の場合、所詮一人の戦士に過ぎないというだけの話なのだよ」 そしてクロトとのやり取りはきっと純粋な本音だったに違いない。 ●深淵の階段II 長い長い階段を只管に降りていく時間は数時間はおろか二日に及ぶものとなった。 時間が捻じ曲がっているのか、空間がおかしな具合に歪曲しているのかは定かではないが――この状況はリベリスタ側の想定を超えているものと言えた。 体力的にも精神的にも非常に強靭な彼等はこの状況にも挫けず、深い穴を降りていくのだが…… 「来るぞ……!」 この旅程に入って幾度目か響いた雷慈慟の声が彼等を悩ませて続けるトラブルの到来を告げていた。 「全くっ――しつこいなぁ!」 見上げる程に高い階段の上部空間から羽ばたく音達が降ってくる。 うんざりした調子で声を上げた灯璃の双眸が捉えたのは宙空の闇より分離する敵影である。ざっと把握した限りで数は十以上――階段を降りるパーティにとって最大の難関はこの黒色の翼達であった。 「チッ……こっちは相手にしたくねぇのにな……!」 両手にフェザーナイフを構えたクロトの呟きはパーティの統一見解だ。先行きが見えない以上は、避け得る戦いは避けるが上策。この世界(ドリーム・ランド)に『ありそうな』翼を持つ怪異の内、(かのラトニャの使いと推測される)『シャンタク鳥』ならば論外だが、(善神と見られるノーデンスの下にある)ナイトゴーントならば激突回避の目もあるのだから当然だ。 「しかし、そんな事も――言ってられねぇかっ」 とは言え、クロトの言う通り状況は一定の結論を示していた。 翼を持つ黒い怪異――アシュレイが夢魔と呼んでいたもの――は、どうもリベリスタ達を『招かれざる客』としているのは間違いが無いようだったのだ。 「わ、わ、一編に来たのだ!」 「問答無用とは……随分乱暴な歓迎振りだわね!」 「気をつけるのだ!」 雷音の一声に応えた彼女の影人が前衛の隙を縫うかのように守りの構えを見せていた。 この状況が現れたのは一度や二度の話ではない。当初はチコーリアや淑子といったメンバーはタワーオブバベルの能力を用いて彼等との意思疎通を図ったのだが、夢魔側の主張は『直ちに立ち去れ』と取り付く島もないものだった。はいそうですかとその通りに従う事が出来ない以上は、交戦も止むを得ない結論と言える。迂回する通路の一つもあれば上手く出し抜く手も使えなくは無かろうが、生憎とこれは一本道なのだから実力行使も必然であった。 (彼等がノーデンスの使徒だとするならば、殊更に人間に敵対的な理由は無い筈ですが……) ファウナは油断無く敵を見据え、頭の中で類推を巡らせる。 (『立ち去れ』という言葉は警告とも取れる。 かの方がこの世界の神ならば、門番に異分子の阻止を命じてもおかしくはないか――?) この世界にラトニャ・ル・テップの影響があるならば尚更である。使い魔達は予め受けた命令を逸脱するような真似はするまい。 しかし、本当の所がどうにせよ――現状は現状である。 「苦労させてくれる……しかし、想定していなかった訳ではないか」 目の前に問題が出現しているのは疑う余地も無く、リベリスタ側の取れる手段は然して多くは無いのが現実だ。リベリスタ達は雷慈慟の指揮も受け、的確に陣形を機能させる形でこれを迎え撃つ。 「……まぁ、正直を言えば私としては此方の方が手っ取り早い」 「同感じゃな」 自身に伸ばされた黒く長い尾を葬刀魔喰で切り払った朔が言えば、頭上より襲い掛かったそれを苦も無く避けた真珠郎がそれに頷いた。無論彼女等とて無意味な戦いがしたい訳ではないのだが―― 「こうなれば是非も無し」 「推して通る、という訳じゃ」 「うふふ、いっくよー!」 朔に真珠郎、更には灯璃を加えた三人の言葉がリズム良く韻を刻んで紡がれた。 声とほぼ同時に三人の『淑女』それぞれが、自身の相手に苛烈なダンスの相手を申し込んでいる。 段差のある階段を踏んできたパーティに対して、宙空を統べる敵の動きは立体的であり三次元的である。 飛び回るに十分なスペースを持つ奇妙な空間での戦闘は必然的に乱戦めいた形となった。パーティは陣形で前後衛を定めているが、頭上からの急襲を受ける関係上、整頓された戦況を作り出すのが難しいからだ。 足場の不安はファウナの与えた翼の加護でクリアされてはいたが、それは不利を減らすまでである。下手に飛び上がれば分断されかねない所なのだから厄介だ。 しかして。 「どうあれ、為すべきを為すまで、だわ」 「うむうむ。いざ、わたしがお相手いたす――」 パーティ側も飛行能力を持つ敵を相手に対策を怠っていた訳では無い。 前衛の内でもやや後方に位置取りをした淑子、後衛の内でもやや前寄りに立った麗香は比較的防御に優れない中衛の仲間達のフォローに動いている。前衛達は行く手を阻む黒い翼を切り分け、楔の後衛となったセアドと真珠郎は抑えとして機能を果たしていた。 「はっ――!」 鋭い呼気と共に裂帛の気合を吐き出した淑子が跳躍する。 その甲冑と迫力のある大戦斧に似つかわしくは無く――しかし、彼女の美貌には似つかわしく。羽のように軽い飛翔を見せた少女の鮮やかな空中殺法がファウナを狙った夢魔の翼を両断した。 「ほう、見事だ」 「お褒めに預かりまして、どうも――」 淑子の場合、思わず感嘆したセアドに応える仕草も戦場ながら流麗さを失していない。 「今度はわたしか――って、夜魔! どこをさわっている!」 当然、淑子の活躍に麗香も負けてはいられまい。 此方は華麗と呼ぶよりは『無骨』な剣での一撃が苛烈な威力で近付く敵を吹き飛ばした。 次々と襲い来る敵に休む暇も無いとはこの事だが、唇を軽く舐めた剣豪の末裔は怯まない。 「そこで――止まるのだ」 乱戦にチコーリアの杖の繰る呪鎖が広がった。 「……沢山、いるのだ……」 強烈に敵を締め上げた少女の視界の中にそれでも尽きない新手が飛び込んでいた。 敵それぞれの個体の戦闘力はリベリスタ側には及ぶまい。広い視野と鬼謀を併せ持つ雷慈慟の指揮を受けるパーティは彼等に比して圧倒的に効率的ではあったが、長らくの戦いは少なからず誰しもを消耗させる。 「切り抜ける他は……っ……!」 自身も幾らかの手傷を負い、体力を消耗しながらもファウナは術を紡ぐ事を辞めなかった。まさに彼女と――パートナーであるフィアキィが放つ賦活のオーロラはこの場を食い止める要と言うに相応しい。 リベリスタ側の猛攻、或いは必死の迎撃・防戦がやがて場に隙を生み出した。 「――来々、朱雀ッ!」 可憐な少女の凛々しい一声が闇の中に浮かび上がった無数の符を炎の聖獣へと昇華する。 朱雀の咆哮と共に赤々と噴出する苛烈な炎が空間を舐めれば、黒い翼の燃え尽きた空間にはぽっかりと穴が開いた。 「今の内に進むのだ!」 「長居は無用。一丸となり、迅速に駆け抜けよう」 言わずもがな。この時ばかりは雷慈慟の声を最後まで待たずにパーティは駆け出している。 階段を駆け下りる彼等を懲りずに現れた影が追いすがる。 後方より襲い来る夢魔の影を獰猛なスキュラの顎が食い千切った。 「芸が無いの。これでは、同行者殿に期待する他無いではないか」 「何、私も大した芸は持っておらぬよ」 見事な一撃を披露した真珠郎にセアドは賞賛を送り、軽く謙遜した言葉を述べる。 「先程から、全て一太刀ではないかぇ」 「相手がこの程度では、まだ燃えぬよ」 「人のモンは奪うに限るが、人の男に興味はない。……が、ヌシはうまそうじゃな」 軽妙なやり取りを続けるセアドと真珠郎はパーティの後方を守る壁となっていた。「冗談じゃ。一割くらい」と嘯いた彼女に呵々大笑した彼はその目を爛々と輝かせ、大いに暴れに暴れている。 一方で、前方では。 「やはり、斬るなら神の方が魅力的だな」 「道を開けて貰うぜ!」 己が速力を限界以上に引き上げた朔が躍動し、更にはクロトが強い踏み込みを見せていた。 研ぎ澄まされた薄片刃のナイフが空間を無数に切り裂く。 凍り付かんばかりの冷気を迸らせる魔性の技量に敵は翻弄される他は無い。 「てゆーか、いい加減、邪魔っ!」 柳眉を吊り上げた灯璃が禍々しき圧力を持つ両手の得物より闇を噴き上げ道を切り開く。 少女の性質にも似た嗜虐の気配を秘めた常闇は目前の氷像に吸い込まれ、これを木っ端微塵に破壊した。 パーティの猛烈な前進が今回も敵を押し込み始めた。 しかして、やや前掛かりになったパーティの後方からは執拗な新手が出現している。 「お嬢さん」 「私か?」 恐らくセアドは同類たる朔の表情に『不足』を見取ったのだろう。 「後ろがまだ騒がしい。今度は――此方で暴れてみるのは如何かね」 「正しい提案だ」 艶やかな唇を三日月の形に歪めた女は云った。 「ただ、あまりいい男ぶりを見せるのは勘弁して欲しいな。我慢が効かなくなっては困る」 彼女の『懸想』は斬劇だ。ボトムに帰ってからなら兎も角、今はまだ少しばかり早過ぎた。 ●奇なる世界 「……暫く階段は降りたくないわね」 しみじみと言った淑子の言葉を否定する者は一つも無い。 その階段が最後を迎えた時、パーティの誰もが少なからず安堵したのは当然の事だっただろう。 「まずは一山越えたといった所か」 「まだ、油断は出来ませんが……」 雷慈慟の言葉に辺りを見回したファウナが応えた。 階段を突破する頃には、あれだけ沸いて出た夢魔の姿は消え失せていた。 悪夢は、浅い眠りの内に訪れるものなのかも知れない。 「人心地だな。さて、ここからも慎重に進めるとしよう」 司令塔役の雷慈慟の言葉に面々が表情を引き締める。 正直この長丁場を突破出来たのは雷慈慟やファウナといった縁の下の力持ちの働きもかなり大きい。 長い、長い――永劫にも続く階段が終わったその先にはこれまでとは趣の異なる洞窟が広がっていた。 慎重に、しかし道中を急ぐリベリスタ達をその先で迎えた『人ならぬ気配を持つ何か』は自身を神官と称した。その先に広がる『深き眠りの門』を抜ければ、そこには彼等が求めた異世界が広がっているという。 (……これまでは『ほぼ』推測通り……といった所ですか) 例えば長大なる階段の距離やら、ディティールは『神話』と食い違っている。 しかし、ファウナは、状況と『神話』の類似性を考えれば概ねの結論は出たと考えていた。 「何だか、磁場が無茶苦茶みたいなのだ」 方位磁針を手にした雷音が少し難しい顔をした。 「この後は魔法の森があって……ニルの大通り、スカイ河の大きな石橋。 それからウルタールで猫さん達にお話を聞かないといけないのだね」 「……うん、猫の街には正直、興味もある」 チコーリアの言葉に若干の少女らしさを覗かせた雷音が、仲間達が頷く。 「色々情報が仕入れられればいいのだ」 「……猶予はそう長くはあるまいが、努めてみるのが良いだろうな」 チコーリアの言葉にセアドが頷いた。 自身等が到る世界がかの『ドリームランド』であると断定するならば、恐らくは『似たような何か』が存在する可能性は極めて高いと言える。状況上、それそのものでない可能性は否めないが、当面の目的地が『夢の深淵の壮麗きわだかな都』である以上、恐らくそこには『クラネス』辺りが居るのだろう。 「……」 難しい顔をした雷慈慟はその辺りの話は正直良く分かっていない。 だが、それ等の前情報も実際どう出るか分からない推測に過ぎないのは確かである。先立って淑子が口にした先入観の問題は確かにあるのだから、外からモノを考える彼の価値も確かにあろう。 「この世界の貴重品は分からないが……ボトムの品で対価が得られる可能性もある」 長く休む事も無く再びリベリスタ達の旅は始まった。 チコーリアが考えた通り、門の先に通じたのはまず深い森であった。 「まずは森なら、原典通りに進むのがいいのかな」 唇に指を当てた灯璃が小首を傾げた。 周囲に広がる鬱蒼とした風景を実体験すれば、小説と比しても難しい部分は大きい。 「でも、今の所、危険は無いみたいなのだ」 チコーリアが使い魔にした小鳥は、木々の上を飛んでいる。周囲の哨戒に余念が無い。 「確か予定では森を抜けて河を下流に進む……だったか」 「うむ、とっとと見つかると良いのだが」 街らしき場所まで出なければ地図を入手するのも難しい情勢だ。朔に応えた麗香が急造りのマップを片手に少し難しい顔をしていた。あてになるかは兎も角、無いよりは随分とマシであろう。 「車が使える場所まで出れれば大分違うのだが……」 パーティは広大な事が推測された異世界を踏破する為に車を用意していた。 この世界からすれば異物にもなりかねないそれを使うタイミングに注意が要るという事は、面々の共通認識ではあったが――森の悪路はそういう問題ではなく車の使用を不可能にしている。 『魔法の森』はそれ等の事情を鑑みれば、もし対策無しで抜けようとするには存外に長い時間を必要としたのかも知れないが、ここでは雷音の異能が存在感を発揮する事になっていた。 「……ふむ、うん。成る程、ありがとうなのだ」 「……………不思議ですね、ここのものはボトムともラ・ル・カーナとも少し違う……」 「人は見た目には拠らないという事じゃな。人じゃないが」 冗句めいた真珠郎が肩を竦めた。 万象疎通の能力を有する雷音(そしてフュリエであるファウナ)は植物と意思をかわす事が出来る。 パーティにとって幸運だったのは、ボトムでは高い知性を有しない為、高度な情報を引き出す事が難しい植物という存在が、この世界では『そのまま』で無かった事だろう。 パーティは植物から情報を得る事で森を手早く抜けるルートを得たのである。 「さあ、こっからは急げるぜ!」 クロト自慢のカスタム4WDは、成る程『舗装の無いガタガタ道』程度ならばものともしない。 森の悪路が無くなれば車による移動が可能となり、大幅に旅程は短縮される状況となった。 魔法の森を抜け、スカイ河に沿って進んだ先には大きな石橋があり、その先には古風な尖り屋根が続く猫だらけの街『ウルタール』があるとされている。 面々は想定していた順路を進み、情報収集の為に猫の街ウルタールへ。 念の為に街が近付いた時点で車を降りたパーティは徒歩でかの街に進入するに到る。 この世界には幸いと言うべきか『人間らしい存在』も多く居た。特に敵意を持たない彼等との意思疎通はそう難しい仕事では無く、一行はボトム・チャンネルの嗜好品等を代価にこの世界の通貨等を得るに到る。 「ねぇ、セアドのおじ様。その宝石、高そうだね?」 「妻に貰ったものなのだ。失くしたら私の首が飛びかねない」 「ふぅん? ねぇねぇ! そうしたらその魔剣頂戴!」 天真爛漫に言う灯璃の頭にセアドはポン、と手を置いた。 そんな漫才のようなやり取りはさて置いて…… 特にリベリスタ達の持ち込んだ珍しい品は『ダイラス・リーン』からやって来たという商人達に喜ばれた。 街のそこかしこで見かける事が出来る猫達の姿に一行は人心地を吐くも、この世界の猫は時に二足歩行をし、人語を解した辺りは……想像の内のような、少し驚きがあるような実に微妙な風情ではあったのだが。 「……」 「……………」 「……♪」 誰とは言わないが、重要任務の一時に表情を緩める機会があったのは朗報と言えるだろう。 「神官や賢者には葡萄酒を振舞うといいんだっけ?」 「さっき用意しておいたのだ」 こういった時(ファンタジー)では導きを賢者に求めるのは鉄板である。 灯璃の言葉にチコーリアが小さな胸を張れば、麗香はしみじみと言ったものだ。 「異世界だろうと何だろうと酒で口が軽くなるのは全国共通といった所か……」 そう考えてみれば、これも中々興味深い話である。 君子危うきには近寄らず。ボトム・チャンネルが危機に見舞われている今、急ぐ旅なのも然りである。 ウルタールで様々な物品を補給し、首尾良く『クラネス』と『セレファイス』の存在を確認したパーティは、遂に光の都への移動を開始したのだった。 ●夢の深淵の壮麗きわだかな都の王 オオス=ナルガイの谷。 大理石の壁と青銅の門を持つこの世界で最も印象的な都。 時が止まってしまったかのようにも感じられる光の都は――実に荘厳な佇まいで一行を迎え入れた。これまでの異世界行から特に迷わずにこの場所に到達した一行は、目的の人物である『クラネス』の宮殿と思しきその場所を一直線に目指した。 宮殿を守護する守衛に淑子は言った。 「王の故郷より、はるばるやって参りました」 訝しむ彼に彼女は丁寧な礼を尽くして告げたのだ。 「王の故郷に、貌無き悪神――ラトニャ・ル・テップが現れました。 火急の相談が御座います故に、是非に話をお取次ぎ頂きたく……」 そういった作法の類は育ちの良さが十分な武器になろう。 だからという訳では無いのだろうが、リベリスタ達はやがて宮殿の玉座に座る一人の男と謁見する事に成功した。 「此の度は謁見の機会を頂き、恐悦至極に存ずる」 王に向かい合う雷慈慟は深く深く頭を下げた。 リベリスタ達が頭を垂れたのは、昔の上流階級を思わせるような紳士である。 『神話』に沿うならば彼は英国ロンドンからこの世界を夢見たボトムの人間という事になる。 若干の緊張はあったが、彼の口から流暢な英語が零れた時――一同は少なからず安堵した。 「火急の相談があると聞いたが……今日はどうなされた。懐かしい場所の、夢見る人達よ」 「安寧な王の――永遠の夢に押し入る事に恐縮いたしますが、今回は是非にお力をお貸し頂きたく」 「我々は王の助力を必要とするもの。ラトニャより世界を守らなければならないのです」 フュリエでありながら、かなり事前に必要と思しき知識を入れてきたファウナ、そして言うべきを決めていた麗香は澱みない。 『塔の魔女』アシュレイが提示した鍵なる導きは一先ずこのセレファイスとクラネスを示していたが、この場に辿り着いただけではまだ彼等は何も為していないに等しい。 クラネスがラトニャ打倒の鍵を持っているのか、それとも別の手がかりになるのかは知れなかったが。慎重に言葉を選んだファウナに仲間達は小さく頷いた。 「無貌の神の屠り方、灯璃に教えて?」 「ラトニャ……ニャルラトテップがボク達の世界を滅茶苦茶にしようとしているのだ。 ボク達は『事態を打開する鍵は王様にある』という手がかりを受けて、ここまで来ました。 もし、何か心当たりがあったら、教えてくれると助かるのだ。お願いします」 尋ねた灯璃と、ぺこりと頭を下げた雷音にクラネスは「ふむ」と思案顔をした。 神であるラトニャに人であるクラネスが力で対抗する事は叶うまい。しかし、外れないアシュレイの占いがこの場所とこの人物を示した以上は――意味が無い事は有り得まい。 暫しの沈黙の後に、クラネスは言う。 「土の神に抗する力は二つある。一つは善なる神のその御加護、一つは其れが嫌う火の神による苛烈である」 雷音は目を丸くした。予想の範疇だが、やはり彼女を食い止めるにはそれしかないらしい。 どういった形でそれ等の助力を得ればいいのかは、皆目見当は付かなかったが―― 「私には結論を下す事が出来ない。土の神も善の神もこの世界を司る柱の一。 なればこそ、私はこのセレファイスの王として諸君等に肩入れする事は無い。 しかし……善の神がどう決を下すのかは私の立場とは関係が無いだろう」 時間を止めた永遠の都で美しい安寧を夢見る王はリベリスタ一人一人の顔を見た。 「神の時は永劫。諸君等が謁見を願ったとしても、その時が交差する事はないやも知れない。 だが、私は諸君等を一時――善の神の意思に触れさせる事が出来る。 かの方はこの世界を守護する存在であり、時に我々人間を時に導く存在(もの)だから。 だが、かの方は常に人間の味方に立つものではない。かの方は神の俯瞰を持っている」 やはりと言うべきか。 淑子も、チコーリアもこの世界の話を聞いたその時より一つの名前が思い当たっていたのは事実である。 ノーデンスという存在は、絶望に満ちた悪神に抗するに中々避けて通れない存在であった。 「……神、か」 零した朔は何とも言えない表情で『舌なめずりをした』。 話に聞くのと相対してみるのとは全く違う。欧州の時は羨ましく感じたものだ。 今回の相手は、礼を失するべき相手でない事は分かるが――本能的な楽しみは止め処ない。 「いよいよ大詰めって感じだな」 呟いたクロトに軽く笑った真珠郎が応えた。 「まぁ、なるようになる。大切なのは進む意思じゃ。此処は――夢の国なんじゃろ」 リベリスタ達の覚悟はとうの昔に決まっていた。 ならば、王(クラネス)の尋ねるその問いの答えは言うまでもないのだろう。 ――君達は、神(ノーデンス)に会うのを望むのか? |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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