● イ・イー、イー、ー・ル、イ、ル・ル、イー、イ・イール、シー・イ・ル、イー、 ル、イー・ル、シ・ルー、シ・シ・シ・イー、ル、シ・ルー、イー、 音が聞こえる。声のようにも聞こえるが、意味は理解できなかったし規則性も感じられない。 何の音だろうと男は警備室の中を見回したが、数多のモニターに映るデパートの館内風景は普段通り、どれにも異常は見受けられない。パソコンのファンが回る音が微かに響いているだけである。部屋と一体化した狭い給湯コーナーから電子レンジの動く音がするが、冷凍のピラフを温めようと先程男がスイッチを入れたその音と、どこか遠くから聞こえているようなあの音とは全くの別物であるということはすぐにわかる。 外からだろうか? しかし、なんとなくその音は部屋の中から聞こえているような気がするのだった。遠いようで近い、近いようで遠い。計器の発するブザーやアラートにも似たその音は聞いていて心地のよいものではなく、むしろ焦燥感を煽るたぐいのものだった。 ピーッ、ピーッ、ピーッ 聞き慣れたはずの電子レンジのアラームにビクリと肩が跳ねる。何の事はない、冷凍ピラフが解凍されただけだ。歩み寄って電子レンジを開けると、安っぽくもポピュラーなエビピラフの香りが部屋に広がった。皿にかけられたポリエチレン製のラップを外すと更にその匂いが強くなる。丸めたラップをゴミ箱に放り投げたあたりで、あの音が聞こえなくなっていることに気がついた。 空耳だったのだろうか。 そうに違いない。長い間一人でモニターを見つめていたせいだろう。金属製の籠から乱雑に重ねられていたグラスを取って冷蔵庫を開け、買い置きしていた烏龍茶のペットボトルを取り出そうと身をかがめてその中を見た。 冷蔵庫の中には、青黒い干からびた人間のような何かが、文字通り体を折りたたんで収まっていた。 男はそのまま硬直する。状況がうまく認識できず、視線を逸らすこともできない。冷蔵庫の前で金縛りにあったような感覚だった。ふと、その「なにか」の、口があるはずの場所にぽっかりと開いた穴が微かに蠕動した。 イ・ルー、イー、ル・シー、イ、 さっきの音だ。めこり、と肉々しい音を立てて「なにか」の首が動いた。冷蔵庫の天井にぴったりと頬をよせていたそれが、人間だとするならば絶対にあり得ない角度に曲がる。男の喉から小さく息が漏れた。絶叫しているつもりだった。たすけてくれと先程から何度も叫んでいるのに、口からは微かな吐息が漏れるだけだ。 めこりめこり、「なにか」が細長く干からびた手足を伸ばす。冷蔵庫に掛けたままだった手を、手首を掴まれる。 ああ、ずっとそこにいたのだ。 冷蔵庫の中で。 何かを言っていた。 空耳ではなくこいつの声だった。 めこり。 シ・ルー、イ、ル・ルー、シ、イー・ル、シー、 イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ。 ● ひくりと肩を震わせて、『リンクカレイド』真白イヴ(nBNE000001)はモニタに映し出されていた映像を消す。ブリーフィングルームに集められたリベリスタのうち一人が気遣わしげに何か言おうとしたが、イヴは小さく首を横に振ってそれを制した。 「こわくない」 「でも」 「こわく、ない」 有無を言わさぬ口調にリベリスタが口をつぐむのを見てから、フォーチュナの少女はふたたび口を開いた。 「日本のいろんな場所でアザーバイド事件が頻発し始めたことは、みんな知ってると思う」 リベリスタ達は頷く。極めて最新の情報ではあるが、極めて重要な情報でもある。アーク本部はその話題で持ちきりであったし、彼らもまたブリーフィングルームに向かう途中でそれを耳に入れていた。 「一連の事件には、『ラトニャ・ル・テップ』が関係してる。らしい」 息を呑む。 曰く――…… 「ラトニャ」という少女は我らの世界に存在する恐怖神話の一部の元になった存在であるのかもしれないということ。 現在同時多発的に日本を襲っているアザーバイド襲撃事件については、ラトニャに起因する可能性が高い。もし彼女がミラーミスであるならば、同じ世界のアザーバイドがこの世界を侵略しようとしてもおかしくない。彼女がこの世界に強い興味を示していることは、調査隊の報告から見ても明らかであるからだ。 「この事件はもう始まりかけてる。今から行っても、全員を助けることは不可能」 万華鏡の感知タイミングが遅れているのだとイヴは言う。事件の発生があまりに唐突であったためだ。そこにはエリューションの発生理由もなければ、『門』の開く予兆もなかった。 「でも、被害を最小限に食い留めることは、できるよ」 しかし、イヴは予測してみせた。すべてが喰らいつくされてしまう前に。誰かを救うことができるように。 「行ってきて。このままじゃ、日本が崩界の中心になってしまうかもしれない。なぜなら――」 彼女は、厳かなる歪夜十三使徒第四位『The Terror』。 ――大いなる、大いなる、大いなる、恐怖。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月17日(火)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● イ・イー、イー、ー・ル、イ、ル・ル、イー、イ・イール、シー・イ・ル、イー、 ル、イー・ル、シ・ルー、シ・シ・シ・イー、ル、シ・ルー、イー。 リベリスタが突入するより少し前の話だ。 ピラフを食べ損なった警備員を食べ終えた最初の冷ややかなイは、移動を始めた。 そこにはモニターがあり、自分のさなぎとなるべき『冷蔵庫』を探すには事欠かなかった。 冷ややかなイがモニター画面の中の冷蔵のドアを開けて中にもぐりこんでいく。 次元の壁を越える存在に、液晶が邪魔などという概念は存在しない。 次のイは、数十秒後に、またあの冷蔵庫からでてくる。 ● 「警備会社の者っす!」 警備会社の制服を着込んだ『ロードメイカー』照山 紅児(BNE004958)を見咎める者はいない。 すでにデパート内で何かが起こっているのは明白であり、いつパニックが起きてもおかしくない。 そんな中、事態をどうにかすると飛び込んできた一団は溺れる者がつかむわらだ。 (俺はまだ神輿を担ぐにゃ役立たずだが、それでもやれる事はある) 「これが見取り図っすね。館内アナウンス用のマイクがここ。同行者も警備会社の者っす。身分証明書持ってますので!」 もちろん同行者は警備会社の人間としておかしくない年周りの者に限られる。それ以外は買い物客にまぎれての現場入りだ。 はきはきと受け答えをする紅児は不安げな受付嬢に超強気な笑顔を見せた。 「協力感謝します! 無理のない程度に避難誘導、お願いしゃす!」 きびすを帰して、デパートの奥――フードコートに急ぐ。 「道を作るにも基礎が肝心だからな!センパイらのやり方、見せてもらうぜ!」 その先輩の一人、『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)は、おかんむりだった。 「ファミリーのお楽しみの時間も邪魔しやがって~! 冷蔵庫諸共、消えてもらいますぅ!」 モフモフの猫が同意をするように喉を鳴らす。 「行きますよSleepyちゃん、目標確認のお手伝いですぅ! ゴー!」 リノリウムの床に下ろされた猫は、フードコートの厨房内に向かって走っていく。 「葬識様の千里眼と二手に分かれてサーチですぅ!」 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は、大量殺人が好きではない。 一つ一つの命は大事だから、丁寧に殺さねばならないのだ。 「うーん、あれだよね。アザーバイドとか怖い生き物にこの世界の人間を好き放題殺されるのは気分はよくないよねー☆」 葬識は、真摯なのだ。 「そんな混沌なんてお呼びじゃない。秩序あってこその、殺しだもん」 AFに、紅児から館内データが送信されてくる。 「最初は1Fのアザバを殲滅してー、冷蔵庫順番に壊しながら、上に上がってくから――」 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は、スカートの中にきちんと尻尾が隠れているのを確認してから、走り出した。 原始はしているが念のためだ。見た目が怖くないの、パニック寸前の集団を相手にする時はとても大事。それに今日は注目を自分に集め、きちんと逃げてもらうのも魅零の大事な仕事の一つだ。 そのための身だしなみは必要不可欠だ。 「さて、人助けだね!」 ● 「イ・イ……何言ってるか分からないのだ」 『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)は、階段を駆け上がっている。7階まで。 不安そうな顔をした人達が降りてくるのとすれ違う頻度が増えていく。 「お姉ちゃん。上に行かない方がいいよ。なんか事故があったみたい。皆、降りてきてるよ。一旦外に出て携帯かけてみたら?」 すれ違ったおばさんがそう言う。上ではもう何かが動き出しているのだ。 登っていく五月を家族とはぐれたのかと思ったのかもしれない。 「ありがとうございます。すぐ上にいるので合流したらすぐに降ります」 小さな嘘だった。 「人様の世界まで来て、何時も何時もコイツ等よぉ――」 『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)が毒づきながら階段を一段飛ばし、人がいなければ二段飛ばしで駆け上がっていく。 「挨拶の一つもありゃしねぇ……餌の心算で噛んだ相手がテメェより強ぇとは疑わねぇ」 挨拶に来たら来たで、「よし、燃やす」 となるのはいうまでもない。 「どっちが餌か教えてやっから、精々勉強してってくれよ?」 「気をつけて」 7階の元凶を探す五月と『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)の声が火車と『ヴァジュランダ』ユーン・ティトル(BNE004965)の背を押す。 「この階、おもちゃ売り場だろ。おやとはぐれたガキでいっぱいだ。救助優先だ」 七回の出現予想数は5体以上。 まったく犠牲を出さずに片付けるのは難しい。 「何処も彼処もヘンテコ生物で溢れ返ってて嫌になるっすね、ホント。だからこそ、うち等はうち等の出来る事を」 フラウは、五月の手をとる。 「―そうっすよね、メイ?」 五月は、力強くうなずいた。 君の隣にい続けるため。 指先の先にまで血が巡っているのを確かに信じられた。 「さて、走るとしよう」 ユーンは上を目指す。 (デパートを駆け回って一般人を逃がして敵を排除する。なんだ、簡単じゃないか) ユーンにとっては、90点満点で50点以上が合格のテストだ。 (完璧に任務をこなして飲む酒はきっと美味い。ゆえに全力で) 『はいはーい、俺様ちゃんラヂヲ! どんどんぱふー☆』 AFから、場違いな声が流れてくる。 『その階からニューフェイス登場! 対するリベリスタ! 上がる悲鳴! 盛り上がってまいりましたー☆」 ユーンの脳裏に、さわやかにゆるい葬識の顔が浮かぶ。 (アイツ目付きがヤバイが、大丈夫だろうか?) ここで、信じるべきは仲間だ。ちょっと目つきがあれでも。 (まあ悩んでる暇も無いので従っておこう。大事なのは一人でも多く逃がす事だ) 「事故?」 「爆発らしい――」 断片的な情報、共通しているのはここにいては危ないということだ。 悲鳴。 「エレベーターが!」 でたらめに表示される階数表示。 『-40℃』 業務用冷蔵庫の設定温度。 チーン。 開いた四角い箱の中から白い冷気が流れ出してくる。 通風孔が霜でふさがりかけている。 中に散乱する衣類。 細長くへし折れそうな手足。 がくん、とあごを上にして、口元に赤い氷をつけた冷ややかなイがこちらを見る為のけぞった。 何か触れてはいけないものと空間を共にしている感覚が、その場にいるものの肌を刺した。 忌避。 わっときびすを返し、その場から逃げようとする者に弱者への配慮を期待するのは間違いだ。 押されて転がる子供にも、容赦なく足が踏み下ろされる。 その手を間一髪引いて、抱きとめたユーンは涙目の子供を抱きしめた。 「ユーンは子供が好きなんだ 良いから黙って助かってくれ」 続けざまに頭を下げる母親に子供をしっかり抱かせた。 茶色いしなびた小人の腕がふらりと上がる。 あの腕が伸びることは、フォーチュナによってもたらされていた情報だ。 「どうせ射線を塞ごうとしても貫通して人を殺すんだろう?」 (判ってる、刹那でも早く敵に辿り着いて殴って潰す それがユーンの役割だ) 両手の槍をかざし、人の間を縫うように突進していく姿は、アークの戦士独特のものだ。 伸びる腕とカウンターを取るように、ユーンが冷ややかなイを間合いにとらえる。 繰り出させる刺突が生む真空の穂先が、いてついた箱の奥に冷ややかなイを叩きつける。 だらりとぶら下がった手足は明らかに人間のものではない。 イ・イー、イー、ー・ル、イ、ル・ル、イー、イ・イール、シー・イ・ル、イー――。 こすれるような音を立てる喉に繰り返し突き込まれる槍。 冷ややかなイが完全に動きを止めてばらばらになるまで、ユーンの攻撃は続いた。 『10回は一匹だけだよ。ラッキ-! 上に行ってみよっかー☆』 AFから、次を促す声が流れてくるまで。 ● 全員、AFの回線は全開にしていた。 離れていても一人ではなかった。 そして、同じくらい冷ややかなイも一人ではなかった。 それらは増殖し、侵食し、概念を飛び越えて底辺世界への侵攻を開始していた。 いや、侵攻という概念があるのかすら定かではない。 それは、喰らい、同化し続けようとしていただけのことだった。 ● ロッテは、入り口付近にいた。 冷蔵庫の中、体を不自然に利他たまれた冷ややかなイがアイスクリームにまみれて実体化したのだ。 ガラスの蓋を突き破って天井をつかみ、ぶらりとぶら下がる冷ややかなイ。 悲鳴が辺りの空気を狂乱に導く。 「わたしの後ろに下がって! そのまま出口に向かって全力で走るのですう!」 もっと離れて、もっと! と叫ぶ、コスプレテイスト重装備な女の子に近づく者はいない。 「外に出るのです!」 戦い抜いたリベリスタは、3メートルの間合いが感覚で染み付いている。 プロアデプトの思考奔流は、物理世界にも影響を及ぼす。 細心の周囲を払わねば、守るべき一般人さえも巻き込んでしまう。 「ぶっ飛ばすのです!」 真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす思考奔流が、茶色い小人を八つ裂きにした。 ● 「こちらデパート警備員です。現在警備の者が対応に当たっています。落ち着いて階段から避難してください、エレベーターは危険です。繰り返します……」 館内放送の声が紅児であることに気がついたのは、リベリスタだけだ。 長いものに巻かれる日本人にとって、指示は大事だ。 粛々と階段を下りていく客とは反対に動く。 11階に上がってから、火車は人の触れ幅の広い感情の操作に集中していた。 跳ね上がる感情の波を追いかければ、そこに茶色い小人に襲われている人間がいる。 鍵のかかる部屋に立てこもったらしい。だが、時間の問題だ。 冷ややかなイは、今まさにドアノブをねじ切ろうとしている。 「よう」 火車は、いっそ陽気に化け物に話しかけた。 振り返った茶色い小人は、ランク意場を玄関まで開いて火車に飛び掛る。 「オレが餌だと思ったかい?」 無造作に突き出された拳から引き出す炎が、冷ややかなイをただの炭の粉に変える。 「中の奴。大丈夫か、どのくらいいる?」 10人くらい。と、声がした。 「えっとな――」 AFでもっとも安全と思われるルートを確認する。 「たまたま避難訓練だった。帰ったら飯食ってTV見て、いつも通り寝る」 火車のいうことは無理があった。このフロアでも何人も食われた。彼らは、おそらく何人かは冷ややかなイが『誰か』を食っている隙に、ここにどうにか逃げ込んだのだろう。 「今日も明日も普通に回る。天下泰平、世は事もなし……だよな?」 だが、火車はそうして生きろ。と、言った。 それが、世界は磐石だと思う心が、この不安定な世界を支えているのだから。 「行け。逃げろ、そして、活きろ」 ● 「フードコートに固まっているのですよ! そこを叩けば1階のお掃除終わりです! 冷蔵庫壊すの忘れないで下さいね!」 フードコートは、地獄絵巻だった。 業務用の銀色の冷蔵庫の取っ手には、四本の指だけが絡んでいる。 カウンターの中をのぞき込めば、散乱した衣服が見られただろう。 いや、倒れたテーブルや椅子の下。 ひたひたと床を冷たくしながら冷ややかなイが床を伝ってやって来る。 「落ち着いて逃げて、大丈夫だよ。黄桜が護るもの!」 心を削るものを見てはいけない。正気を損なったら生き残れない。 だから、こちらを見て。 魅零は声を張り上げた。世界は、この空間は、この瞬間魅零のものだ。 注がれる視線に応える。 生き延びる為の答えを。命をつなぐ為の形のないアミュレットを。 「早く、この建物から出て!」 誰もこっちに来ちゃだめ。 「冷蔵庫ごと破壊してあげる」 イ・イー、イー、ー・ル、イ、ル・ル、イー、イ・イール、シー・イ・ル、イー――! それは抗議か、あるいは威嚇音のつもりなのかもしれない。 霜をまとってじわじわと床を波のように移動するそれの形がよくわからない。 「効率よく」 魅零からほとばしる暗黒が冷気を飲み込み食い荒らした。 「エレベーターは使ったらダメだよ! なんか出てくるかもしれないからね!」 10階で止まったエレベーターが『冷蔵庫』 になったのは、すでにAFで情報共有できていた。 『11階片付いたぜ。後は?』 火車からの連絡に、葬識が応えた。 『俺様ちゃん、今、4階いるよ!』 自前ファンファーレと共に、葬識が現在位置を知らせる。 『3階と4階の非常階段にいた奴、やっつけた☆ 逃げるところに怖いのいたらやだもんね。これで、安心☆』 殺す方だった葬識に抜け目はない。 「手のあいた人は、7階、向かって☆ 一番最初の給湯室の冷蔵庫をまだ壊せてないし、子供ばっかりいっぱいいる階だから、避難がうまくいってないんだよ。二人は子供達を守ってるから☆ それ行け、ヒーロー。俺様ちゃんも今からそっち行くよー☆』 臭いものを断つのは、大人の仕事さー☆ ● 茶色い小人が床を這う。その口の周りと爪の先は赤黒く汚れている。 数は五体以上と言われていたが、もうとっくにその数は斬った。 7階。 おもちゃ・文具売り場は泣き声で満ちている。売り場スタッフが懸命になだめても子供達の泣き声はやみそうにない。 「大丈夫だ! 兄ちゃん実はヒーローなんだぜ? 悪い奴はやっつけてやるから、お前は此処から一階まで逃げられるな? 皆で行くから心配すんな!」 1階のアナウンスの後、動けなくなっている子供の確保の為に差し向けられた紅児は、七匹の小山羊よろしく隠れていた子供達を見つけては保護していた。 おもちゃ売り場に併設されたキッズコーナーには柵が付けられている分、子供達を分散させるよりは遥かにましだ。 冷ややかなイが脆弱とはいえ、駆け出しの紅児には十分脅威だ。 何しろ、まともに当てられない。 矜持を盾にしていなければ、回復が望めない戦場でとっくに倒れていただろう。 自分達の攻撃に巻き込まれない距離をとって、フラウと五月が陣取っていた。 前に出すぎない。その隙を狙われたらひとたまりもない。 ぎりぎりまでひきつけて、確実に倒す。 『今、そっちに皆で向かってるよー。上から宮部乃宮ちゃんとティトルちゃんも行くから。そっちが冷蔵庫壊しに行くから、もうちょっとがんばってねー☆』 AFから流れてくる声に、五月は孤立しているわけではないことを実感する。 「行かせない。食わせやしないよ、食いしん坊」 五月の姿がぶれる。 崩れるおもちゃの箱。 三人の五月が茶色の小人の急所を正確に貫いた。 (怖くない? いや、とても怖いよ) でも。 「絶対助けるから。だから、泣くな」 フラウが横に立っていてくれる。 「うへー、直で見るとマジアレなナマモノっね。テメー等はうち等の世界にゃ及びじゃないんすよ。―消えろ」 自分と対のように姿をぶれさせるフラウに、五月はつかの間目を細める。 (怖いけれど。フラウ、君がいるから強くなれる。だからこそ、オレはこの場所で闘おう) 「おっ待たせーっ!!」 天井からけたたましく降りてきたお姉さんがびしっとキメポーズをかましてくれた。 「超お急ぎで、天井伝って最短距離にショートカットしてきましたっ! 黄桜ちゃん、まじモードですよ!」 「どこからっすか」 「一階からに決まってるじゃないですか。階段の天井ひた走りです! あ、ちゃんとやっつけてきてますから心配要りませんよ。この階が最後です!」 「それって、普通の人に見られ――」 フラウのツッコミが追いつかない。 「神秘暴露? 知らない子ですねー」 嘯く魅零に、研修と現場の落差を感じる紅児だった。 「さあ、皆! お姉ちゃんのことを良く見てね! これからお外に行くよ! パパとママが待ってます!」 衆目を集めるのが魅零の役目。 誰の目もそらせるようなことのないように、ハーメルンの笛吹きよろしく、魅零は子供とスタッフを避難させた。 これから、デパートの人がいたら出来ないお仕事が待っているのだ。 背後――七階バックヤードから、壮絶な爆発音がした。 あれが給湯室の冷蔵庫を壊した音なら、間違いなく跡形もなくなっているだろう。 『七階の冷蔵庫、終わったぜ』 火車の声がした。 『粉砕だ』 ● どしゃ、ぐしゃ、ぼん。 フォーチュナは言った。 『デパート内の冷蔵庫を全て破壊しない限り、十分に一体のペースで湧き続ける』 そう言う訳で、9階、家電売り場でロッテが泣き咽んでいた。 「ああっ! 新品の冷蔵庫、もったいないのですぅ……! 新型の! これおばあちゃんが欲しがってたやつ~!」 時折鼻をかむ音が響いた。慰めるように、今日大活躍の使い魔がにゃあんと啼いた。 『ハイ、ぶっ壊し完了☆ お疲れちゃ~ん!』 千里眼でデパート中の冷蔵庫を確認した葬識は、高らかに作戦終了を宣言した。 「終わりですね? じゃ、なでなでして貰わないと」 魅零が葬識に駆け寄った。 「うん、お疲れ様。じゃあ、今日は上と下好きな方でいいよ!」 「う、上と下……!?こんな所で下とかやめてくださぃぃい」 恒例行事にまつわるじゃれあい。 五月とフラウは、目を見交わした。 「無事に怪我なく階下で会おう」 実際は子供達をかばったため、あちこち傷だらけなのだが。 外に出てみると、デパート内の冷たい空気が嘘のように、梅雨前の夜の空気は熱く濃く、活きているという感じがした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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