● 「ごめん。すっげー後手に回った」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、リベリスタに頭を下げた。 顔が紙のように真っ青だ。 「日本全国を舞台に同時多発的に大規模な事件が起きる」 未来形なのは、フォーチュナのフォーチュナたる所以だ。 「欧州を震源地に昨今頻発している極めて無残なアザーバイド事件群が日本をターゲットに定めたようだ。通常のフィクサード事件やエリューション事件とは桁外れの危険性、被害規模が推測される事から――」 赤毛のフォーチュナは、ぺこんと頭を下げた。 「アークはこの対応に全力を挙げる事になる――よろしくね?」 「お手元の資料をご覧下さい」 四門は、モニターに資料のここを見て。と、映し出した。 「この事件を関わりがあると推測される情報としては、先のオルクス・パラストからの調査依頼で遭遇した敵は異世界の神を名乗った存在――『ラトニャ・ル・テップ』という少女が挙げられます。ちなみに容姿は、証言から構築してます。かわいいけど、多分これ世を忍ぶ仮の姿だから」 四門は、数瞬ためらったが、意を決したようだった。 「実際の所の正体が完全に判明した訳ではないんだけど、シトリィンさんの追加調査によれば現在のラトニャは同時にバロックナイツの一員、厳かなる歪夜十三使徒第四位『The Terror』であると考えて間違いないらしい」 一息にいうと、その場にいるリベリスタが扉に殺到していないことを確認する。 「シトリィンさん自身もラトニャに遭遇した事があり、『暗黒の森の大消失』と呼ばれる事件では当時のリベリスタ組織『クラウン・アクト』が壊滅する大敗を喫した事があるとの事です」 リベリスタ組織は、そう簡単に壊滅しない。 「えっと、『クラウン・アクト』については、戦闘スキルに名前が残っちゃうくらいすごい人達だったと思ってくれればいいです。シトリィンさんのお話では、瞬殺だったそうです。実際、そうなんでしょう」 先の依頼でも、ベテランの仲間が一瞬でやられている。 「今回の事件には、ラトニャの影響が強く疑われている。彼女が本当にミラーミスだとするならば、同じ世界のアザーバイドが『侵略』の動きをしてもおかしくないから。ラトニャの目的は不明だけど、調査隊の受けた感触からして彼女がアークに強い関心を持っているのは間違いないんだよね――理由? わかんないよ。おもちゃの中ではフレッシュな感じだったから?」 四門の視線がさまよっている。手がさまよっているのは、エチケット袋を探しているのかもしれない。 ラトニャに照準を合わせると、胃腸に来るらしい。 「何の前触れも無く生じたこの異変について、被害を完全に防ぐ事は難しい」 多分皆が現場に入る頃には、すでに状況は始まってる。 「非常な危険が予測される任務だけど、ほっとけば日本が崩界の震源地になるのは間違いないんだ」 こんなことばっかり見えて、ごめん。 「全力全開でこの苦難に立ち向かって欲しい。マジヤバイ。出し惜しみしてる場合じゃない」 ● 「みんなには、日本三景に飛んでもらいます」 宮城県松島町。 「海から、半魚人が来る。皆、ディープワンズって知ってる?」 モニターに表示されるパルプフィクションの挿絵。 魚の頭部を持った二足歩行のウロコを持った蛙。 「世界中の海で寝ている古い海の神を信仰している種族。こいつらのいやんな所は、人間の中にも混じってるってとこだよ。人間と混血するからね」 1928年、アメリカ・マサチューセッツ州インスマスでの掃討作戦は、カルト教団の中心が土着アザーバイドだったことは、神秘に携わらない者達の度肝を抜いた。もちろん、即刻隠蔽されたが。 「これが、わらわらと上陸する。ポイントは入り江の一番奥。五大堂脇。みんなの仕事は倒す仕事じゃない。選別し、人間を逃がす仕事だ」 ここ。と、四門はモニターに映し出されたポイントを押さえた。 ぐるりと、画面が動き3Dに。 「主要幹線道路。国道45号線から、三陸道に抜ける道。急激な坂道。だけど、この道が一般人を救うのに大事なファクターになる」 四門は、ぐりっとディープワンズの脚部を指し示す。 「歩行がひょこひょこするんだよ。顔は目と目の間が離れ、鼻は極端に低く、体系はずんぐりむっくり。首とあごの境目はあいまいになり――生臭いのは、排除だ」 「坂の上に町民駐車場がある。そこから更に上に逃げられるけど、それは別動班に任せる」 四門は、大きく息をついて、かばんをひっくり返した。 プレミアムナントカとか、単価が高いものばかりだ。 四門の餞別の単価は、難易度に比例する。 「半魚人は、全部殺せ。一人見逃したら、十人死ぬ。ためらうな」 そして、無事に帰ってきて。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月23日(金)23:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 日本三景・松島。 東から風が吹くときは気温が下がるはずなのに、その日の風はやけに生臭く、瘴気にまみれていた。 その臭気から逃れるように、人は駅に向かう。 片側一車線の狭い国道は、かつての街道の名残を残し、細かく折れ曲がって敵の侵入を防ぐ形になっている。 だがしかし、戦国武将も海から上がってくる化け物を想定してはいない。 ホームにいた者は幸いである。ディープワンズが海から上がってくるのをとりあえずは人事のように見ていられる。 問題は、どこかに逃げるにはホームを降りて、すでに半魚人で埋め尽くされて、悲鳴と血しぶきが上がっている駅ロータリーに下りねばならないということだ。 ふと、安いタバコのどこかかさついて鼻の奥に引っかかる臭いが流れてきた。 禁煙とでかでかと書かれたホームで、その男はタバコを吸っていた。 「――動きの鈍い深きものどもとは言え、数がいると流石に骨かね」 デザインは古めかしく、銃の先にナイフがついた銃をおもむろに構えると、ゴミ箱の横に隠れた。 銃を見て、悲鳴を上げる人々。だが、逃げ場はない。 「治安維持機構の方から来てるんだ。おじさんは、普通のおまわりさんじゃないだけだな。手元狂わないように、悲鳴とか上げるのやめてくれ」 おじさん――『足らずの』晦 烏(BNE002858)は、嘘を言ってはいない。 治安維持機構が公立ではないだけだし、ふつうのおまわりさんではない。それを聞いた連中が、それっぽい特別公務員を夢想したとしても、それは烏のせいではない。 今、この場にいる人間が生き延びるためには、烏の引き金を狂わせないのが最優先なのだ。 「状況開始か。何がどうなろうと、30分は付き合ってもらう」 ● 内陸部をたどるようにしつつ、リベリスタは海とは反対の山側から松島入りを果たし、絶対に自転車で滑降するのは遠慮したい坂道を駆け下りていく。 事前に『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)から警官らしい装飾が施された服を渡されていた。 この先、人に問答無用で信用してもらうのに説明している暇はない。視覚記号は大事だ。 『避難誘導』 と書かれた幟を背中にくくりつけた背負った智夫は、声を張り上げる。 「こっちへ! 上がってきて下さい。急いで!」 リベリスタに許された時間は30分。 その時点で状況がどうなっていようと、迎えのヘリに乗って離脱が命じられている。 どれだけの人間を逃がすことが出来るかは、その手際に掛かっていた。 『スターダストシュヴァリエール』水守 せおり(BNE004984)の体の要所に生えたパライバブルー――最上級のトルマリンが持つ熱帯の珊瑚礁の海の色――のヒレと鱗は、今日は念入りに隠されている。 (水守が一の娘せおり、推して参る!!) 名乗れぬ名を心で叫び、殺戮者は、人の波に逆らうようにして現場に飛び込んでいく。 その小さくなっていく背中を更に追いつつ、『龍の巫女』フィティ・フローリー(BNE004826)も先を急ぐ。 いつもの水着ではなく、警官の制服を身に纏っている。 谷をつなぐように建設された道路。急角度で蛇行する道はかつての山道を利用したのだろう。 大きなカーブを越えると同時に目の前が開けて海が見え、海沿いを埋め尽くすディープワンズの群れが見て取れる。 「鴨撃ち……言うにはちと絵面が悲惨っすね仕事やさかい出来る事は全部するっすが……」 『プリックルガール』鈍石 夕奈(BNE004746)は、ひりつく喉をなだめるためにつばを飲み込む。 (さて、どんだけ逃がせれるか……) 全ては無理だ。だが、手を伸ばさなければ全滅だ。 神秘防衛線において、ヒトがいない領域を作ってはいけない。神秘を認識しないことが敵性神秘存在を阻止する最も大きな力なのだから。 この地は、北の要だ。 ● 道には投げ出された旅行かばんや大量のお土産袋がいっぱいだ。 三メートル――二階に手が届きそうなディープワンズがそれを踏み潰して歩く。 ガード下に手をねじ込んで人をつかもうとしている半魚人。 ウロコと尻尾の名残がある巨大な尻に行く手を阻まれた人の集団は、背後から迫る湿った足音に、数瞬後に迫った自分の悲惨な死を思い描かざるを得ない。 (見ず知らずの人が死んでも運が悪かったんだなあとしか思いませんけど――) 『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)は、常に考えている。大事な妹が健やかに暮らせる世界の確立を。 「でも臭いんですよ、魚人さん」 蛇はどこまでも清らかに無臭なのに、この両生類の臭気は耐え難い。 「貴方達みたいなのがうろつく世界に大事な妹を置いておけません。だから邪魔します」 さあ思考を始めよう。効率よく魚の目論見を阻む為に。 作戦終了まで、28分。処理済インスマス人、0人。 フィティが、ガード下に切り込んでいく。 両腕の延長線に来た刃には青い結晶。 青を作るという銘を持つ刃で作るのは、半魚人の肉山だ。 坂の上からアスファルトを蹴る。ガードレールを蹴り、カーブミラーを蹴り、ガードに乗り上げ、線路を蹴り、邪魔な魚人に切りかかる。 山から吹き降ろす風が、海から来る瘴気を推し戻しているかのようだった。 「同じ海産物なら降ってきてくれた方がまだ楽しめたのにね」 制帽の下に風貌を隠した、『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)は、おもむろに銃を構える。 「ま、しっかり食い止めるよ。早くお兄ちゃんのところに行きたいしね」 銃口からあふれ出す光が、必死に逃げてくるヒトの間をすり抜け、ガードをくぐろうとしていた半魚人の群れに突き刺さる。 人が一度動く間に、虎美は二回動く。 隙間に逃げ込んだ猫を追うようだった半魚人が、慌てて手を引っ込めるのが駅のホームからはよく見えた。 そのアンバランスに大きな頭が無数の弾で粉砕される。 その足元でうろうろしていた半魚人が、簡素なコンクリート橋に血をぶちまける。 「おじさんは、ヒトは撃たないよ」 駅のホームから、烏は言う。ホンモノの硝煙の臭いにホームに残ったヒトは両目を見開いてがくがく震えている。 次弾装填。続けざまに放たれる散弾は、駅舎に上がってこようとしている半魚人を粉砕した。 「弾は半魚人にだけ当たるようになってるんだ」 正確には、当たるんじゃない。当てているのだ。 ガード下での戦闘行動開始。作戦終了まで、25分。処理済インスマス人、0人。 ● リベリスタが人の中にまぎれていく。 「こっちへ! 早く! 海沿いに逃げないで! 山の方に逃げて!」 国道は、悲劇の拡散を防ぐために封鎖される。そちらに逃げたら大変なことになる。 ヒトの声に導かれるように、凍りかけていた時間が動く。 「要請があり、皆さんを救助に来ました! 町民駐車場までついてきて下さい。女性や子供、老人をなるべく優先して避難させて下さい!」 よろしくお願いしまーす! と、智夫は叫んだ。 いい色に焼けた若い坊さん――『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)が、倒れかけた年配女性を抱えあげた。 「私はフツ、焦燥院フツという僧侶です。彼ら警察に協力している者です。皆さん、あちらにある町民駐車場まで避難しましょう。あそこはバスの停留所にもなっています。そこまで行けば安心ですよ」 (こういう時、オレが焦ったら一般人にも緊張が伝わる。落ち着いて呼びかけよう) 緊迫した事態の中、それでも穏やかに言葉を選び、絶望ではなく希望の種を植えるように訴えるフツ。 松島には、藩主・伊達家の庇護熱い瑞巌寺があり、町民は坊さん慣れしている。 いきなり現れたフツを心強く思うことはあっても、胡散臭く思うものはいなかった。 (生臭い臭い、ひょこひょこした歩き方、面構えと体形…そんだけありゃあたいにゃ丸見えも良いとこやわ) 夕奈は目星のつけ方が上手なおかげで、ここまで生き残ってきているのだ。 (家政婦がガン見。ってなあ) 普段は細められている目が、大きく見開かれた。隠したいものを全て暴き立てる目だ。 (不自然に帽子や厚着で顔や体形隠しとる奴。香水や消臭剤の臭いプンプンの奴も疑って、歩き方で判別や) 目だけではない。耳も鼻も全てが追い詰める為の手段だ。 「見つけたでぇ……」 家政婦の瞳孔が収縮する。ヒトをやめた者が起こす惨劇を防ぐため。 「あかんでぇ。化けもんは化けもんらしくせな」 頭からすっぽりとパーカーのフードをかぶっていた小太りの男が立ち止まった。 ぶしゅーぶしゅーと荒くなる呼吸。 周りを避けるように、ヒトの流れが変わる。 ぶちぶちとはじける布。ぬめぬめと光る腹。 上がる悲鳴。 「あかんな。一発で殺しきれんわ。後は皆アブソリュートかいな」 誰が見ていても問題はない。夕奈は睨んだだけだ。 力いっぱい殺すつもりで。 ● (私は万能な正義の味方なんかじゃない。小を殺して大を助けられるなら、割り切るよ) フィティの足元に食いちぎられたヒトの腕。 そこから先は、半魚人の腹の中に呑み込まれた。 (それがリベリスタにとって正しい資質なのかは判らないけど) フィティは、物陰に入ると警官の制服を脱ぎ捨てた。 (低い確率で全員救えるけど、高い確率で被害が拡大する、みたいな賭けは柄じゃない、かな) 怒りも知らぬ、穢れも知らぬ、ラ・ル・カーナの森の中の常乙女でいられればこんな悲鳴と罵声を浴びせられることはなかったかもしれない。 虎美がガードをくぐり、その前に立ちはだかる。 「時村財閥のバスが救助の為に待ってる! バスの台数には十分余裕があるから落ち着いて逃げて! それに子供や老人と言った逃げるのに苦労する人達を少しでいいから手助けして!」 (先頭はともかく、後ろの方の人は訳もわからず逃げるだけだろうから少しは安心させないとね) ヒトに追いすがろうとするディープワンズに吸い込まれるように光が着弾し、次の瞬間爆発する。 生臭い血のシャワーに悲鳴が上がる。 「立ち止まらないで、逃げて!」 足を止めたら死ぬから。祈るように引き金を引く。 フツは、人の流れを観察する。 パニックを起こしている者がいればそばに行き、ささやきかける。 刷り込まれる記憶。 このお坊さんに助けられたっけ。そして、一緒にお年寄りを助けたっけ。そうだ。この人のいう通りにすれば間違いない。自分も周りを助けなきゃ。 「先導してくれているこの坊さんや警察についていけば大丈夫だから、落ち着いてついていこう。自分の周りにいる人の面倒を見よう!」 声は高まり、そうしなくてはいけない空気が辺りを包む。 (全員に記憶操作をかけてられんからな) 嘘も方便。いや、フツが刷り込んだ記憶通りに皆が周りを助け合えば、嘘から出た真になる。 時折、若い僧侶は立ち止まり、真言のようなものを唱える。 眉間に数珠を当て、海の方に頭を垂れる。 犠牲になった者のため祈るような仕草に、通り過ぎる一般人も頭を垂れ手を合わせ先を急いでいく。 『俺の前にいる縞柄のジャンパーの男』 『了解。今から一睨みや』 アクセスファンタズムでの短い通信。 (こいつら人間に見えなくもないからな。先導役のオレが殺す場面を一般人に見せるのはまずい) 今日のところは、衆生を導く地蔵菩薩の役割だ。袈裟に隠した治りかけの傷に触ることもないだろう。 フツは、再び人々を勇気付け、潜んだ半魚人を戒めるため歩き出した。 作戦終了まで14分。戦闘行動継続中。ガード下確保完了。処理済インスマス人、12人。 ● ガードのこちら側は、地獄――いや、畜生界あるいは修羅界かもしれない。 「お前らみたいなのをバスに乗せたらいけないよね?」 文字通りかぎつけられたインスマス人の小さく退化した耳に、せおりの水の乙女のごとき美声が注がれる。 「……お前ら魚人を見てると、無性に殺したくなって堪らない!! 脳の奥の方から煮え立つように、ぐつぐつと憤りが沸いてくるのよ……」 今まで感じたことのない憎悪。殺戮衝動。 海から来る生臭い大群は、嫌い。 それが自分の感覚なのか、あの日いきなり降ってきた感覚なのか、もうせおりには区別がつかない。 「人魚と魚人。一文字入れ替えただけで、あら不思議――全然違うわ。一緒にしないで」 まぶたの裏にひらめく白。 「後、半分ね。どこに隠れてるの。皆、殺してあげる」 (武者駆けは、本当は一般人が居ない状況でやりたいけど――) ダメージはないとはいえ、突進された方は恐慌状態を起こす。 この状態で、足を止めてその場にすくんだら、半魚人の餌だ。 (多くのインスマス人を巻き込める好機) 目の下に浮き上がる青の鱗。アクセサリーではない人外の証。 穢れた異界の水と清らかなこの世の水が眷族を以ってぶつかり合う。 流されるのは、化生した人の血に変わりはないけれど。 踏み出した足は止まらない。 大業物を携え、業を背負って、戦場を駆け抜けろ。 「人魚姫のお姉ちゃん達が、悪い魚と戦ってる――」 すれ違いざま、抱きかかえられた女の子が呟いた。 ホテルの部屋に立てこもり、救助を待つ一般人のグループがいた。 廊下からは、ごんごんと無数の拳がドアを叩いている。 ドアノブは壊されてた。千切りとられたドアノブの穴から、暗緑色の鍵詰めと水かきがある指がねじ込まれた。 ドアチェーンと積み上げたベッドのバリケードが粉砕されるのも時間の問題だ。 「生きてるんですよね。まだ寿命じゃないみたいですね」 良かったですね。と、ベランダ伝いにやってきた真昼は、もう涙も枯れ果て、部屋の中央でうずくまる生存者達に声をかける。 二重サッシ越しでは聞こえないだろうが。 彼らは、彼らに出来る懸命の努力を続けていたのだ。 (運が残ってるなら、手位は差し伸べないといけませんね) ヒトが簡単に死んでしまう殺伐とした世界は、妹には似合わない。 「見定めるのが大事なんですよ。効率重視です」 展望を重視した観光ホテルのベランダに上ったのは、助けを呼ぶ声が聞こえたからではない。 効率よくディープワンズの足を止めるためだ。 「陸に上がるなんて生意気ですよ。魚は魚同士で殺し合って下さい」 神秘の届く範囲にいるうちで一番大きな個体に、手にしていた魔力の刃と結界法具を打ち込む。 魅了の刻印を刻まれたディープワンズは、手近な仲間の頭を噛み千切った。 くるくるとこを描いて手に戻った武具に、真昼は顔をしかめた。 「ああ、臭い」 げっげっと、真昼を指差す個体に気づくと、真昼は場所を変えた。 どうやら、さっきの一団は運がいい。 廊下でドアをこじ開けようとしていた一団は、真昼についてきたらしい。 (全てを助けれるなんて思ってないです。必要以上の無理はしません。リスクとリターンを見比べて。冷静に) 真昼は、ディープワンズを翻弄しながら移動を始めた。 うまくやれば、彼らもバスに乗れるだろう。 ● がぼり。がぼりと音がする。 無数の銃弾が魚人を貫通してアスファルトを削る音だ。 穴だらけになって、自重を支えきれずに、肉の山になる魚人が、駅舎の入り口をふさいで、生肉によるバリケードが出来つつある。 臭気と気配が階段の下を見てはいけないと、ヒトに警告する。 流れるヒトにまぎれる蛙面を烏は見逃さない。 足元にたまる吸殻の上に新しいのが落とされる。 息と共に引き金は落とされる。 射角が調整された放物線上の斜線は、まんまと駐車場近くまで紛れ込んだ蛙面を赤い水溜りに変えた。 『後、どのくらいかな。水守君とフローリー君も無傷ではないからね』 烏の足元では、フィティとせおりが本性もあらわにしてヒトにまぎれた魚人を狩っている。 魚人一体一体はたいしたことはないが、多勢に無勢だ。 時を凍らせ、霧の向こうに凍てつかせようと、それを越える数がくる。 精神的疲労は計り知れない。 『さっきの銃声勘定に入れてもいいんやったら、ぼちぼち目標達成っす。数勘定しなおして、検算してから退却でいかがなもんっすかね』 夕奈が応じた。損得勘定では今のところは黒字らしい。 『目標数を達成したら無理せず逃げるよ。そっちにいってる人は戻っておいでよ』 虎美の声が割り込んだ。 『インスマス人が乗ってないのが確認できたバスは出発してもらってる。作戦終了予定時間まで、後五分』 智夫からカウントダウンが告げられる。 『それまで、各自できるだけの対応を。でも、深追いしないで、戻ってきて』 作戦終了まで5分。戦闘行動継続中。ガード下確保完了。処理済インスマス人、25人。 リベリスタが最後のバスを送り出すのとほぼ同時に離脱用のヘリが到着した。 ガードをはさんで、海側と山側では地面の色が違った。 ● 烏と一緒に収容されたホームに取り残されていた生存者には、後に官憲による事情聴取が行われた。 が、だれも「普通じゃないおまわりさん」 の風体について証言できる者はいなかった。 いや、証言はしたのだが、それはひどくあいまいで要領を得ないものだったのだ。 共通していたのは、「タバコの臭いがした」 というものだけだった。 それに、若い僧侶が関与していたことは闇の底に沈むべき事柄である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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