● その日、『アーク』は一つの『恐怖』と出会った。 ●『恐怖神話』と日本 『オルクス・パラスト』からの調査依頼を受けた件の海外依頼において遭遇した『ラトニャ・ル・テップ』という少女―異世界の神を自称する―の正体は未だに不可解な点が多い。然しながら、シトリィン・フォン・ローエンヴァイスにより行われた追加調査から、現在の『ラトニャ・ル・テップ』は、極めて不都合な事に、世界的に有名なフィクサード結社『バロックナイツ』の構成員が一人、厳かなる歪夜十三使徒第四位『The Terror』であると考えて間違いないという事が判明した。シトリィン自身も『暗黒の森の大消失』と呼ばれる事件において『ラトニャ・ル・テップ』と遭遇した過去を持っている。……その結果、当時のリベリスタ組織『クラウン・アクト』が壊滅する大敗を喫した。 昨今、欧州を震源地に、極めて無残なアザーバイド事件群が多発している。此処日本においても『アーク』リベリスタらにより多くの怪奇事件が対処されていたが、その焦点が、遂に日本に定まった。『ラトニャ・ル・テップ』が真に『ミラーミス』であるとすれば、彼女と同じ世界のアザーバイド群が『侵略』の動きを起こし、このボトムに降りかかっても可笑しくはない。そして、そうであるならば、今回の不愉快な一連の事件には『ラトニャ・ル・テップ』の、『The Terror』の影響を否定することは難しい。『ラトニャ・ル・テップ』のその真意は分からないが、調査隊の受けた感触からして、彼女が『アーク』に強い関心を持っているのは間違いないと見て良い。 何の前触れも無く生じたこの『異変』について、通常のフィクサード事件やエリューション事件とは桁外れの危険性、被害規模が推測される事から、『アーク』はこの対応に全力を挙げる事になるだろう。そして、その被害を完全に防ぐ事は難しいだろう。唐突すぎる大規模なアザーバイド事件は日本国内の『万華鏡』感知タイミングを遅らせてしまっている。 従って、今回の任務は急を要する上に非常に危険な状況すら予想される。しかし、戦うしかない。戦わなければ、待っているのは、この日本を震源とした、崩界に違いないのだから……。 ●アザーバイド『最後の彼女』(白) 私だけ愛して。 そして、私だけ追い駆けて。 ●アザーバイド『最後の彼女』(黒) 貴方だけ壊して。 そして、貴方が狂い死ぬまで。 ●『神話喰らい』のシチュエーション。 「私が貴方の最後の『 』。だから、愛して」 「違う! お前は『 』なんかじゃない! 近寄るなぁ!」 「逃げてよ……、逃げて。そうしてくれたら、何時までも、追い掛けられるから」 自己の二重性。 現世と云う舞台に彼女は半身だけを出演させつつも、『白』と『黒』の間にある『 』は冷静に事態を把握し、その矛盾の中に生きていた。 彼女は彼を追う。 彼女は彼に追われる。 吐く息が荒く、灰色の世界に木霊する。彼は次第に、自分が彼女から逃げているのか、それとも彼女を追い詰めているのか分からなくなってきた。境界線は境界線として存在するのに、それが直線ではないから、ぐにゃりと反転して何時しか無境界へと変容した。 此処に来た時は、きっと普通の洋館だった。金銭に不自由の無い、むしろ、如何様にして余りある富を消費しようかと思案する資産家が贅の限りを尽くして建設させたような、そんな『普通』の洋館。 だけれど今は、全く持って普通じゃない。そろそろ鼓動が胸の肉を突き破ってしまうのではないか、そんな激しい心筋の収縮が示す様に走り喘ぐ彼の先は、常に灰色の『暗闇』が付き纏っている。赤い絨毯の踏み心は一転、大理石を踏みしめるかの様に硬く――窓から見える月光さえも、作り物染みて、気持ち悪い。 走っても走っても終わりが見えない感覚は正しく悪夢に違いない。悪夢なら『何時か』醒めるが、これが絶望的な『現実』ならば、決して醒めることは無い。 「愛して」 耳元で柔らかい声が聞こえた。今の彼女は『黒い』彼女なのだろう。生暖かい吐息に背筋が凍って、思わず彼の脚が縺れた。決して転んではいけない追いかけっこで、転んでしまった。『黒い』彼女は立ち上がろうと藻掻く彼の手を優しく取った。恐怖、不安、そんな感情に彩られた美しい彼の頬を両手で暖かく包み込むと、黒い彼女の長く艶やかな銀色の髪がさらりと揺れた。 「やっぱり、私が貴方の最後の『 』。選んで良いよ――」 がちがちと響くのは彼の歯が震えるから。だって、黒い彼女が何を言っているのか、さっぱり、理解できないから。 「やめ、ろ!」 一際強く……男は彼女の頬を殴打した。狂気染みたシチュエーションの中で、けれど、男は一瞬、小さな罪悪感を感じた。普通じゃない。異常だ。けれど、相手は一人の女の子で―――。 「……え?」 ちらと彼女を見た男の映るのは悪夢だ。其処に殴った筈の『顔』など無かった。 いや、『顔』は在った……其処には『無数の顔』が在った。 しかも、その『顔』は……。 「何故、その『顔』を――」 続く語彙は叫喚。洋館の中を巡るのは唯々狂気を孕んだ悲鳴。 咀嚼の音が嫌に湿度を持って、嚥下する音が嫌に大きく響いた。其処に居るのは、『黒い』彼女。 「私は誰の『 』?」 揺らめいたのは幽玄の美。透き通るような肌が美しい銀色の髪。見通すのは翠緑の虹彩。 聞こえてくるのは優美な雅楽。琴の音色と神楽歌。 問いかけているのは、誰に? 「――あはは」 彼女は笑う。『最後の彼女』は嗤う。 内臓の様な廊下を渦巻くのは巨大な影――やっぱりそれは、 一つのアザーバイド<恐怖>。 ●『追いかけっこ』のルール 『黒い』彼女は一人を追って喰らい尽くす。邪魔者は副菜として喰われる。 『白い』彼女は全員から逃げながら喰らい尽くす。 『最後の彼女』は貴方の『 』に成りたい。 『 』彼女になってしまったら、其処には、一つの『恐怖』が待っている。 ●アザーバイド『最後の彼女』( ) 世界を喰らえ――。 ●ブリーフィング 「大変な事になった。……まあ、全体的な状況については別途配布した資料の通り。 現在、日本各地でアザーバイドによる異常な事件が同時多発的に発生している。しかも、バロックナイツ、その歪夜十三使徒第四位が『The Terror』の影を色濃く有しながら」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)による招集が掛かる前から、『アーク』本部内の警告音は鳴りっ放しである。リベリスタらは当然その内容についてのある種の『予想』を立てていたし、最近、アザーバイドによる猟奇的事件が多発しているその事実と関連付けせざるを得なかった。 「資料にある通り、今回、『万華鏡』感知についての精度は、海外依頼と同様に、あまり保証できない。 今回、此処に集まって貰ったのは、三重県の南部で発生したアザーバイド事件に対応して貰う為」 そのままイヴは個別事件の詳細について説明を始めた。 「この地域には有力な神社や仏閣などが存在する、神秘的にも少し特殊な地域なんだけど、昨日から、神職を務める一般人、革醒者達の失踪が多々報告されている。そして、その原因について、今回の大規模なアザーバイド事件との関連性が強く疑われる一つの『洋館』の存在が諜報部からあがってきた」 「洋館、ねえ」 「ええ。少なくともここ数時間の内に当該地域で失踪した者の内、神秘事件被害者と思われる人物をピックアップして、結びつけた結果としてその『洋館』が浮かび上がったの。内部についての詳細な情報は殆ど得られていないから、生存者が居るのかどうかも判明していないけど、何だか『気味の悪い』予測も報告されているから、至急、当該『洋館』へ急行して欲しい」 「『気味の悪い』予測?」 「……うん。まず、その『洋館』内部には女性型アザーバイドが一個体存在していると推測される。そして、『一個体ではない挙動』をも示しているらしい。もっと云えば、この『洋館自体』がアザーバイドそのものであっても可笑しくない、とすら言える報告がある。 そして、態々そんなアザーバイドが出現して、神主・神官・仏僧らを飲み込んだ末に……」 「末に?」 「……いえ。『此れ』はやや無根拠な予測だのだけど」 歯切り悪く、イヴは予防線を張った。 「『神話』を喰らった彼女は、そうすることで新たな『恐怖神話』へと変容しようとしているのかもしれない。……あまり、長引かせない様に、気を付けて。 じゃあ、具体的な敵データになるけど――― ●『 』彼女。 洋館の一室に戻った彼女は静かに扉を閉めた。 これで十五人。 「アア」 彼女の影が崩れていく。アア、アア、アア。 端正な顔立ちも細く流れる肢体も全てが曖昧に崩れていく。 「アアア」 それは数多の顔。 それは無数の貌。 溶けきった正体が部屋に充満するように消化してきた『彼ら』の顔が浮かび上がる。 「……」 『神話』を喰らう事で成し得た一つの終焉――。 彼女は。新たな『神話』になり始めていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月25日(日)23:18 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 4人■ | |||||
|
|
||||
|
|
● 「新しい恐怖神話たぁ言うが……、日本的にはなぁ」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)の顔を小さな灯りが照らした。 「『此の類』の始祖は伊邪那岐に伊邪那美、古事記にあったりする訳で。 日本は千三百年前に通り過ぎた道―――特に新しくもない話だよ」 紫煙が揺れる。満たされたのは非現実的な最果ての解釈。その中を、紫煙が揺れた。 「はん」 その揺れの向こう――鼻の奥、嗤う声が聞こえた。 「鋭い指摘ね。けれど、貴方。私が考え無しに『此処』を選んだと思って?」 にたりと歪めた口元を、『残念系没落貴族』綾小路姫華(BNE004949)は艶美だ、と感じた。 「長きに渡る東洋の神秘。国産みから紡がれる日本神話の終着点。もしその全てを私のものに出来るのなら、それはきっと、最高に素敵なこと」 「狙いは『神宮』かね」 「大当たり――、あ」 その奇妙な声に『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が眉を顰めた。彼の目に映る少女<最後の彼女>の表情は此処では無い何処かを見つめて、そして、その身体を震わせた。 「あ、あ、あ」 どくん、どくん、どくんと、空間が鼓動する。『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)は前に立つ『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の背中越しに、その奇妙な宙を睨みつけた。嫌な予感がする――。 「防御及び逃走態勢の準備をして」 リベリスタらの耳を『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)の声が揺らした。彼女の有する逸脱した思考演算速度が、シナプスを焼き切る電子移動の結果が、何より本能的な何かが、良くない結果を一つ、導き出した。彩歌の指摘に、リベリスタらもすぐさま陣形を変える。 「アアア―――」 此れが『其れ』だと云うのなら、声は上げるまい。飽くまで視線は外さずにゆっくりと後退する最中、 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は思った。美しく妖しいその姿から、一つの怪物へと成っていく過程はただただ悍ましい。そして、その悍ましさを、終は、詰る心算も毛頭なかった。 「……私も変わったわね」 昔から、頑張るなんてことは好きじゃなかったのに。 ● 「この中はアンマリ良イキブンジャネェナ」 赤い絨毯を踏みしめた『不可視の黒九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)の感想に、『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)も頷いた。 「ブリーフィングだと敵の『内臓』だとか言ってたが、言い得て妙だな。やけに生暖かい」 『双刃飛閃』喜連川 秋火(BNE003597)の勝気な声も、その違和感を十分過ぎる程に肌で感じていた。桜色の爽やかな着物に身を包んだ秋火の、鍛錬の重ねられた美しい手捌きが彼女の小太刀を廊下の壁を薄らと撫でたものの、斬った感触は無かった。 リベリスタらが進むのは洋館内一階の廊下である。床には赤い絨毯が敷かれ、内装は豪奢だ。しかし、リュミエールの言葉にある様なその息苦しさは、此処が現世ではないという印象を強く植え付けた。 そして、そうである以上は、此処からの撤退が安易ではないことも各々が理解している。つまり、此処を出る為には、彼のアザーバイドを始末するしか選択肢がない。 「愛して。って言いながら命を奪う『来訪者』。 狂った善意か、それとも元から悪意だけか。……どっちにしても迷惑極まりないこった」 「ええ。追って追われて追い詰めて。恋する乙女は大変ですわ」 姫華が首肯すると、シュスタイナが目を細めた。 「『私だけ愛して。追いかけて』。言っていることは確かに乙女チックね。 それだけなら、「可愛いわね」で済んだのにね。……やってること事は可愛さの欠片も無いわ」 シュスタイナの言う通り、此の度のアザーバイドは、好んで人間を食する。その上で語る『愛』など、片腹痛い。抑々彼女は、巷を脅かす『恐怖神話』とやらにだって興味は無い。正直、どうだっていい、とすらシュスタイナは思う。 「『恐怖神話』かなんか知らないが、面倒事ばかり起こしやがって……ゆっくりもできないじゃないか」 まったく、少しぐらい休ませろ。そう毒づく秋火の言葉こそが、シュスタイナを駆り立てる唯一の動機に違いなかった。 「しかしまあ。これって、分り易い言葉で言うとアレよな。ヤンデレ?」 「うーん。ヤンデレ、ね」 烏の掴み処の無い声に、ちょっと違う様な気もする、と彩歌が返した。 「まあ、定義によると思うけど」 「ヤンデレの定義か。おじさん、深く考えたことがなかったわ」 「深く考える様な事でもないじゃろ」 紅涙・真珠郎(BNE004921)のその指摘に『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・丸田(BNE002558)も苦笑した。それよりも、と真珠郎は前置きして。 「数多の貌を有する神話的怪物。言うなれば千貌の怪物といった所かの。 無貌を称するどこぞの幼女を―――」 ぐしゃ。 「――うん?」 突然、妙な音がした。話を途切れさせられた真珠郎とその隣を歩いていた終がその音源を辿るように振り返った。そして、別の視点から見ればそれは、スピカとシュスタイナの眼前という事になる。 「……随分手荒いアプローチじゃねえか。積極的な女は嫌いじゃないが」 ぼたぼたぼたと噴出するのは、エルヴィンの中に流れていた筈の血液。何時の間にか何処からか、彼に肉薄して立っている一人の少女。そして、エルヴィンの胸を貫く一本の白い腕。 静止した空間の中で銀色の長髪が揺れた。彼女は首を傾げて、微笑んだ。エルヴィンを見つめて。 「私が貴方の『 』になってあげる。だから、」 逃げて。 リリの背を悪寒が走っていった。強力な魔術知識を有する彼女には、その異常さが手に取る様に分かってしまった。そして、『黒い』彼女を構成するシンプルな衝動が、不意に理解できてしまった。 臓物の中に居る私達。不意に性質を変える神話食いの少女。エルヴィンが形容する様にこれは唯の鬼ごっこに過ぎない。しかし、鬼に捉えられた子供は例外なく消化されてしまうことの意味が、此処でようやく現実としてリベリスタらの前に立ちあがった。 ● 「エルヴィンさんを下げて!」 そう言って駆け抜けたのは終。リュミエールと双璧を成す非常識な速度保持者は、更に其れを越えていく。 ガチリと神秘器官の何処かでギアが変わった。今彼に追いつける敵など、何処にも居やしない。 「――嘘でしょ」 だから、その光景に、彩歌の瞳孔が聊か開いた。それは理論的にオカシイこと。 終が最後の彼女を圧倒する、それは楽観視では無い。十分に悲観的な誤差を丸めこんだ十分に悲観的な結果である。どう足掻いても、この地に立つ個体に、彼が、逆に圧倒されるだなんて事は……考えられなかった。 「……っ!」 だが終にとっては悲観的な事実では無い。何故なら、敵を打倒しようなどと自惚れてはいないからだ。自分の役割は理解している。エルヴィンを逃がし、 「君が『白く』なるまで倒れない事。だよね」 一拍子遅れて、他のリベリスタらも各々の立ち位置を確保する。黒い彼女の脅威性は、恐らく自分たちの予想を幾らか超えている。だがやることは変わらない。そういう意味でこれは、想定内の恐怖に過ぎない。……シュスタイナは、無意識に呪の在処を見遣った。 「エルヴィンさん、大丈夫?」 「……ああ。死にはしない」 「リベリスタがそう簡単に死なれては困るわ」 エルヴィンの大きな傷も、シュスタイナとリサリサという二名の回復手による治癒が在れば問題は無い。最後の彼女が一撃で仕留め損ねたのか、エルヴィンの能力がそれだけ高かったのか、それとも、そもそも最初から一撃で仕留める心算も無かったのか。 「よう、黒いの。『彼』しか眼中にないのかい? つまらないねぇ」 前方ではその災厄を押し留める為の戦いが始まっている。秋火の軽口にも黒い彼女は無言で微笑み、 「●●●●●●●」 耳慣れないノイズが秋火の鼓膜を殴り、そして、そのまま返す刀で黒い彼女の左拳を腹部に直撃し、文字通り吹き飛ばされた。 「いってて。なんだ、あれ」 「ギリシャ語ね」 後衛に位置する自らの隣にまで薙がれた秋火の疑問に、彩歌が答えた。 「ホロル・ウアキュイ――『忌避すべき非存在』」 其処からは、むしろ一方的な展開だった。リベリスタらの攻撃は全て効果が無い。そうであれば、耐える事しか出来ない。規格外の能力値を相手に、やられるがままを貫くしかない――。 「お転婆のレディは好みじゃないものでね、ご遠慮願いたいもんだ」 「あら。まだ始まったばかりよ!」 耳聡く独り言を捉えられた烏は肩を竦めた。 ――今夜は、長い夜になりそうだ。 ● 編成は悪くネェナ。そう言ったリュミエールの言葉通り、今回のリベリスタ編成はバランスが取れている。今回の特化型の敵アザーバイドに対して、それはポジティブに働いた。 しかし、最初の『黒い』彼女の時点で、リベリスタらは既に大きな疲弊を強いられていた。無理も無い。エルヴィンだからこそ彼女に狙われて命を散らすことも無かったが、一人の重要な回復手の手番を大きく潰すことになった。それは、シュスタイナ、リサリサ、そしてスピカの三名による支援でさえ、熾烈な、そして受け入れるだけの暴力を押し返すに至らなかったことを意味している。 ノブレス・オブリージュを実践する赤い騎士とて例外では無い。姫華の赤いドレスも今では血濡れの赤黒い其れへと変容している。食住を犠牲にしても磨き抜いた衣装のその成れの果てに、姫華は内心で溜め息を吐く。……全く。神話を名乗る割には、高貴さの欠片もないこと。 「そろそろかな――」 アクセス・ファンタズムを介して彩歌の声が響いた。彩歌は常に最後の彼女の姿を観察し、そして、時間を測っていた。其処に明確な基準などありはしないが、彼女の身に生じた微妙な変化を、リリも感じ取っていた。 歴戦のリベリスタらを殴り、貫き、蹴り、甚振りながら破滅的にエルヴィンを追うその姿に、大小の差はあれど、ある種の恐怖感を、其処に居る全ての者に与えた。そんな終極的な感情の中で、最後の彼女の動きが突如として停止した。 「……ナンダ?」 リュミエールは怪訝そうに眉を顰めた。そして、即座に理解した。 「アア、そうヤッテ、オマエは『白』ニカワルノカ」 余りに無防備な一瞬。だから、烏の銃口が有無を言わせず白い彼女に向けられて、 「おっと」 館内が揺れ、蠢き。 紫色の気色悪い空間が、白い彼女の姿を歪めてしまった。 「さあ、今度は、私を追い掛けてくれる?」 ● (どうしてこんなことを……) スピカが抱いた疑問は至極尤もである。上位世界の脅威にしては、面倒くさいシステムだ。一息にこの世界を飲み込むのなら、『白い』彼女だなんて存在は無意味の筈なのに……。 けれど。其れこそが今回、リベリスタ達に与えられた数少ない反撃の機会であれば、易々と逃すわけにはいかない。 「逃がしませんわ!」 革醒者としての持ちうる最大の追随を持ってして、姫華はその槍を突きつける。白い彼女の芯を捉えたかの様に思われたその渾身の一撃は、けれど、宙を貫いた。 「もっと、もっと急がないと追いつけないよ」 館内に響き渡る笑い声。白い彼女の口から、窓から、壁から、天井から……反響するのはもっと追い詰めてと懇願する逸脱した論理。 「御望みドーリ、オイツメテヤルヨ」 この手の掛けっこは昔から得意なんだ――。リュミエールが白い彼女へと追い縋る。 「マワレ!」 リュミエールのその短い言葉に、見方もすぐに反応した。このまま後ろから追い掛けた所で有効打は与えられまい。そしてその時間だって限られている。幸い、数の論理では此方の圧倒的優位があるから、包囲さえ出来れば状況を優勢に出来る。そして、 「今度は逃がさないよ」 転移と呼ばれるほどの極致の間合殺し。凡そ其れは消えたと言っても過言では無い。終が一気に間合いを詰め、そして其の刃を突き立てる。 「――良いわ、貴方」 白い彼女は攻撃をしない。今度は彼女が耐える手番である。しかし、それは強制された関係ではない。そうであるのなら、この状況すら最後の彼女の欲望を満たす舞踏に過ぎない。 速ければ疾い程にその剣戟は質量を増す。終の放った瞬間の斬撃は確かに白い彼女を斬った。それでも歪まない彼女の相貌に、まだ攻撃は終わってなど居なかった。 姫華が赤い騎士なら、真珠郎は紅い姫君である。ただ戦いを求め、強きを求め、ここに一つのアナロジーを見出したのなら……、興味は無いけれど。 だん、と加速。それは終と同様の戦術。 お主自体に恨みは無いんじゃが―――。 連続する凄絶な抜刀が白い彼女の喉を斬った。血は出ない。ただぴくりと瞼が動いたのを、リリは見逃さなかった。味方の支援・回復に専念するリサリサも、効いている、と感じた。 「気に入らない気に入らない」 どくんと鼓動。足場対策は全体的に充実しているが、これはむしろ心理的なものだ、と彩歌は分析していたし、エルヴィンもそれに同意する。揺らぐ視界は、心の奥底を抉られているのと同値だ。きっと、恐怖というのはそういうものに違いない。足がすくむのは、臆病だからではない。 「――恐怖に惑わされるな」 臆病は罪では無い。誰だって心に臆病を飼っている。最後の彼女とやらがその大事な部分を突いてくるというのなら、真っ向から戦うしかない。エルヴィンは、だから、鼓舞する。 「こいつはただの鬼ごっこだ。クールに立ち回ろうぜ!」 その身に刻まれた傷が喚き叫ぼうとも、引くことは許されていないのだから。 ● 優勢に見えた状況も、最後の彼女が『黒く』成ってしまえばまた反転する。 黒と白の境界線。混ざり合う境界線。 繰り返しの反転は何れ第三の人格『 』を生む。最後の彼女にとっての終極とは其処に在る。 十五名の神職者を喰らったその結果が顕現する。彼女が求めるのは日本神話を飲み込んだ一つの完成系。最後の彼女は貴方の『 』に成りたい。だから……。 「逃げて。貴方を何時までも追い詰められるから」 高位の魔術知識を有するリリを追い詰める黒い彼女。 「追い駆けて。何時までも貴方に求められるなら」 魔陣をその身に展開し魔術濃度を最大圧縮へと昇華させたシュスタイナの一撃を受けながらも微笑む『白い』彼女。 「きっと、その起源は純粋なモノだったろうにね」 終が小さく呟くと、また突然と最後の彼女の動きが停止した。その動きを、リベリスタらは何度も見ていた。 「――起源」 「神話には条件があってね」 彩歌が言いながら烏に目配せした。烏はそれだけで全てのタイミングを理解する。 「神についての記述でありながら、それは……人と関わらずには存在出来ないのよ。 ――なんて、不完全な存在」 不完全? この私が? 「余所見してる場合じゃねーぜ」 すらりと小太刀が最後の彼女に食い込む。鮮やかな一刀だった。秋火の艶やかな――体捌きだった。 そんな筈ない。私は『愛されている』。だから、 「―――」 その瞬間、視線が逢った。逢ったと思った。確定でないのは、烏の瞳は外からでは窺い知れないから。 「こいつは虎の子の一発でね。貰ってくれるかい」 引き金を引く白い指。銃口から放たれた一発の魔弾。 遅れて振動する音。空気がその摩擦に悲鳴を上げる声。 水晶体を抉る音。衝撃。貫いたのは、頭蓋。 其処までをしっかりと見ていた。撃ち抜かれた時には流石に彼女も眩暈がして。 「新しい『恐怖神話』たぁ言うが…………」 彼女の中のチャンネルが切り替わった。 ● 彼女の少女の姿が仮初であったことを改めて痛感させる悍ましさだった。 「――下がってください」 反射的にリサリサが言ったのは本能的な反応だった。そしてそれは、正しい。 「アアアアアア」 十五の貌がへどろの様に爛れて浮かび上がる。大きな体躯は泥団子の様に膨張し、人型の原型を完全に失った。 どくん、どくん、どくん、ど、く。 「っ……!」 一段と眩暈が酷くなり、スピカが膝を付いた。規則的だった鼓動は不規則に。……呼吸が、辛い。 「――エルヴィン!」 「ああ!」 顔を歪めながらリュミエールが叫んだ。エルヴィンも彼女の言わんとする事を重々承知している。 盾の裏に張り付けてあった六枚の呪。一つの神話を、殺すもの。 「これ以上人を傷つけない、殺さないってんなら、そんなナリでも別に良かったんだ。 神話は人と共に在る。恐怖の根源は人に根付く畏敬だ。お前が淘汰されるべき謂われはねえ。 だけどな、『そうでない』なら―――どんな美人だろうとお断りだよ」 翳された六枚の札が独りでに浮遊し、最後の彼女へと貼り付く。 ど、く。どく、ど。ど、く。――どくん。どくん。どくん。 リベリスタらの視界を揺らす鼓動は次第に規則性を取り戻し、何時しか目の前には顔を歪ませて孤独に立つ一人の少女が居る。 「ごめんね」 終の言葉に、少女は顔を緩ませる。 「まだ、終わってないよ」 「ええ、まだ『終われない』わ」 だって、『愛する人』は決まっているから。 また追いかけっこが、始まる。 「暗黒神話は生まれる前に闇へ屠る。 大衆に害成す存在でしたら、私たちリベリスタは――神であっても、殺しますわ」 人と神とを結ぶ終わらない螺旋が、ここで一つの最後を迎えるまで。 最後の彼女は、暁と共にボトムから消滅した。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|