● ――『根を降ろす』事は出来なかろう。それでも、為せることは数多に等しい。 一肢を代償に得た其れに対して、羨むように何某かが言った。 気楽なものだ、そう思う傍ら、がりがりと音を立てるように響く思考のノイズが今も俺を苛んでいる。 辟易とした表情を隠すことも出来ず、俺は適当な畦道に座り込み、周囲をぐるりと見渡した。 望むセカイに平穏はない。 舞う黒煙、魂消る悲鳴と、時折飛び散る血肉。見えるそれらは何れ何れも絶望の証左に他ならず、故に俺は安堵する。 安堵、できてしまう。 「……ご満足頂けたかい、お姫様」 そう言い、次いで「ああ、いや」と独りごちて、頭を掻いた。 脳裏に映る彼女は、未だ此の身には遠すぎる。 幾百幾千と人々に『負』そのものを撒き散らしながら、未だ偽善にも満たない良心が痛んでしまう以上は。 ……彼の姿を、狂気そのものだ、と誰かが言った。 振るう力、所作と言動、底辺世界の一革醒者が触れるは愚か、傅くことすら畏れ多い混沌の具現を、それでも。 「そうさな。――未だ、足りない」 『寂しそうだ』と。 場違いにもそう思った餓鬼に出来ることは、多くない。 嘗て腕であったモノを振るえば、まるで其れにこびり付いていたかのように黒い粘液が地に飛び散り、其処から幾重ものヒトガタが立ち上がる。 「さあ、暴れて来いよクソッタレ共。 『我らがカミサマ』に楯突く馬鹿野郎に教えてやれ、本物の絶望って奴をな!」 飛び切りの哄笑と演技で、人形達を煽り立てる。 ――さあ、此度も狂気に、染まり往こう。 ● 「緊急事態」 言うが早いか、ブリーフィングルームに現れ、モニターを立ち上げた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、切迫した表情で表示された画面を指差す。 見えたのは日本の衛生写真だ。その各部に赤い点が表示されれば、内一つが拡大され―― 「………………!!」 そうして、無惨に虐殺される人々を、滅び行く街を視る。 映り込むのは何れもが異形。醜悪そのものと言える外見を誇示するかのように力を振るい、逃げまどう者達を殺すその姿は、視界に映すだけでも吐き気を催す。 「現在、日本各地でこれと似た事態が起こっている。 これまでも似たような襲撃は少なくなかったけど、今回はその規模も、危険性も違いすぎる」 「……誰が」 言いかけたリベリスタの言葉は、正しくその場にいる全員の総意だろう。 襲撃の内容も、同時多発という符号も、其れはこの一連の騒動に首謀者が居ることを容易に想起させるものだ。 「……『ラトニャ・ル・テップ』」 果たして返された言葉は、以前オルクス・パラストからの調査依頼で遭遇した少女の名である。 異世界の神。自らをそう称した彼女の真偽は兎も角として、過去の戦いに於いて振るわれたその力は、後にシトリィンの調査によって判明した情報――厳かなる歪夜十三使徒に席を連ねるに相応しいものであった。 「今回の件、彼女が関与している可能性は極めて高い。 何故と言って、此度の襲撃を行った者達はその殆どがアザーバイドか、その召喚に関与するもので構成されている。彼女が真にミラーミスであるという仮定の下に推察すれば、これは上位世界からの『侵略』と言う受け取り方が出来るから」 其れに加え、彼女は以前の一件で此方に強い興味を抱いていた事も理由の一つに挙げられる、とイヴは言う。 目的は不明であるが、その興味は今現在、此方に強く向けられていることは間違いないだろう。 「……真意はいずれにしても、か」 「そう。今回の襲撃、下手な対処をすればこの国は崩界のトリガーを引く事に成りかねない。 何としても止める必要がある……協力してほしい」 言葉こそ嘆願でも、浮かべる表情は殺気すら孕みかねない表情でリベリスタを眺めている。 それだけでも――熟練の予見視が一切の余裕を無くす程度に、事態は逼迫しているのだと、思い知らされた。 ● 「静岡県西部の街」 一呼吸を於いた後、イヴはモニターを切り替えた。 映るのは長閑な田園風景だ。これが今現在では、地獄へと塗り替えられていることを想像することすら厭わしく思う。 「日本中に襲撃の対処に戦力を回した機を突かれた。アークに極めて近い街に襲撃した彼等は今現在、民家に住まう一般人を片端から拉致している」 「拉致?」 「目的は解らない。けれど、今現在行われている襲撃には、錯乱した一般人が自らを生け贄に強大なアザーバイドを召喚しているといったものもあるから……」 苦虫を噛み潰したような表情は片一方だけのものではない。 それを気丈にも振り払い、イヴは再び視線をリベリスタ達へ合わせた。 「対処の方法は二つ挙げられる。 一つは一般人の避難誘導と、追撃するアザーバイド達から彼等を守ることで被害数を減らすこと。 もう一つは、襲撃するアザーバイド達の統率者を倒し、敵の統制を瓦解させること」 「統率者?」 「そう。一人のフィクサード。……珍しいんだけど、『彼』、此度の襲撃の中では唯一理性的な行動を以て動いている。 ただ――――――」 言って、言葉を切ったイヴは、モニターの画像を移しかえる。 急場で映し出した未来映像なのだろう。酷いノイズの中で、それでも辛うじで覗いたその姿は、 「……武器じゃない、よな」 「多分。恐らくは融合している類」 画面に映ったフィクサード――20にもならない年頃の男性は、その片腕に折れた巨木を『生やして』いた。 巨木に巻き付いた金の巻き枝は、それ自体が意志を持つかのように時折蠢き、対して巨木の側はタールのように黒い液体を垂れ流し続けている。 「この場所での襲撃を行うアザーバイドは、その総てがあの幹から生み出されている。 元々の能力はそれほど高くないんだけど、際限の無い召喚量と、彼自身の存在によって鼓舞されることで驚異的な強化に相当される性質が厄介で、アークに残っている部隊の練度じゃ太刀打ちできそうにないの」 逆を言えば、指揮官且つ生産ラインである彼を倒せば、残りは烏合の衆に等しいとイヴは言っている。 「……どちらにするか、方法は任せる。肝心なのは、一般人の救出」 「解ってる」 状況は、その何れもが苦境と読んで生ぬるい。 それでも、退けない理由がある限り、リベリスタは唯前に立ち、闘い続ける。 「……お願い、ね」 故に、予見視は、去りゆく彼等に一言だけ、言葉を送る。 「みんなを助けて――無事に、帰ってきて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月26日(月)23:04 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 黎明時に見える物は、その何れもが輪郭をぼやかしている。 殊に、それが『襲撃者』の其れであるならば、今という時間帯は人々を恐怖に陥れる苛烈なスパイスとして機能しうる。 静岡県浜松市某所、夕刻。 聞こえるのは悲鳴、加え、何かが破壊される音が幾つか。 長閑とした小さなセカイを襲う黒いヒトガタは、唯淡々と自らの業務を遂行し続けるのみだ。 一般人達に、闘う術は無い。逃げることだけが、僅かな抵抗であった。 ――ならば、その役目を担うのは? 「その子に付いて行ってください! 安全な場所へ案内してくれます!」 阿鼻叫喚の様相を呈する場に於いて、意味のある凛とした声が聞こえたのは、凡そ全ての一般人達にとって微かな、しかし確固たる救いだったのだろう。 使役した式神に一般人の誘導を任せた『二つで一人』 伏見・H・カシス(BNE001678)の直ぐ近くでは、『デイアフタートゥモロー』 新田・快(BNE000439)が端末を操りながら、電子の妖精を介して避難ルートの計算と誘導に従事している。 「……恵梨香さん、見える?」 「待って、敵の手が薄いルートを教えるから」 『ネメシスの熾火』 高原 恵梨香(BNE000234)が千里眼と超直観を併用しながら、市内を徘徊する敵の位置を確認していくが、いずれにしても楽な仕事ではない。 今現在、彼等を含めた十人のリベリスタが居る場所――高速で動くトラックの上で、敵の首魁が位置する場所にたどり着くまでの間の避難誘導は確かに功を奏しているが、それでもあくまで『誘導』でしかない以上、自力で動ける体力や気力を有していない者は、片端から異形達に連れて行かれる。 声は止まない。 「助けて」 「止めて」 「返して」 「逃げて」 「誰か」 「化け物」 「離れろ」 言葉の幾許かは、明確な逃走手段であるトラックに対して向けられたものでもあった。 伸ばされる一般人の手を、声を、視線を、全て振り払いながら進む車輪は、一体どれほどの想いを、願いを轢き潰しながら進むのか。 「……ごめんなさい」 告げた言葉こそが、誰しもの真実だった。 『もそもそそ』 荒苦那・まお(BNE003202)が、流れゆく町並みを視ながら、訥と呟く言葉に、『囀ることり』 喜多川・旭(BNE004015)も唇を噛みしめる。 「後で絶対、ぜったいにたすけるから……っ!」 言いかけた言葉が、ガタン、と言うトラックの振動で遮られる。 運転手を務める『Matka Boska』 リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の表情が激しく強張った。 徒歩以上の移動速度を得るべく彼女から提案した移動手段は確かに功を奏しているが、生憎とそれを務められる人間――年齢による体格や、避難誘導に徹する役割の者――が居なかったのが原因として、彼女にお鉢が回ることになったのだ。 加え、混乱する一般人を時々に避けながらの走行である。運転技術に特化した能力でもあるなら別だが、現時点の速度は世辞にも速いと言えるものではない。 「落ち着いて県道方向に向かって。 大丈夫、捕まった人達は、俺達が後で助けに行く!」 生じたロスは如何ほどか。 トラックが走り始めてから少々の時間をおき、『覇界闘士<アンブレイカブル>』 御厨・夏栖斗(BNE000004)が移動中に見かけた一般人達に声をかけ続ける。 その先に、果たして彼は存在した。 「よう、遅かったな、リベリスタ」 民家の石垣に背を預けるようにして、片腕に異形を宿したフィクサード。 其れに呼応するように、周囲をふらふらと歩き回る八つの異形も、くるりと彼等の側へ顔らしきものを向ける。 「まあ、来たならどうでも良いか。ようやっとうちのお姫様に顔向け出来そうだしな」 「……質が悪いな、狂信的なファンというものは」 小さく笑んだ青年を前に、鼻を鳴らしたのは『普通の少女』 ユーヌ・プロメース(BNE001086)だった。 表情こそ平穏を保っているフィクサードが、その実寄生させた革醒物にどれほど精神を苛まれているかは想像に難くない。 だからこそ、そうまでして主に報いる姿に唾棄するものを覚えた。 「幾千幾万自由自在、無数の顔が有るのなら偶像にも最適か。ミーハーなファンも頷ける」 「理解る? 良ければアンタもこっち来ないか。頭が吹っ飛ぶ程度には楽しめると思うけどな」 「冗談じゃない」 返された言葉は、夏栖斗によるものだ。 既に身は戦闘態勢に入っている。幻想纒いから即時に装備を出だし、爛々とした瞳を向ける表情は正しく『敵』に向けるものだ。 「神様だかなんだかわかんねぇやつにボトムを好き放題になんかさせない」 「それは個人の意見だろ。他の奴等は――それこそこの場にいない人間の声でもさ、聞いてみろよ。 うちは少なくとも、個の意見なんて存在しない程度には、それなりに統一された世界だと思うけどな」 苦笑を交えた彼の言葉は、紛う事なき本心なのだろう。 だからこそ、今この場に於いて説得するという選択を、夏栖斗も容易に諦めることが出来た。 「まあ、戦闘前に長々と語らうのもアレよな。そろそろ……」 「ああ、もうちょっとだけ待ってくれよ」 あ? と問うたフィクサードに構わず、笑った『真夜中の太陽』 霧島 俊介(BNE000082)が軽く指を鳴らす。 それに次いで――その場が、俄に騒がしくなった。 周囲の音に変化はない、唯その場に立つ者の声だけが奇妙に拡大されている。 「近くの子は耳塞いだ方がいいかもな――」 セルフマイクとスタジオコンソール。音声と音響を拡大する二つのスキルの併用。 囁く程度の声が、何にも勝る轟音と化す、その瞬間。 街全体を包む『避難誘導』が、その場の全員の耳朶を穿った。 「ほいさ! 避難指示をできるだけ大声で叫んでくれや!」 「ったく、戦闘開始には面白い合図じゃねえか……!」 俊介の声に続き、その他の仲間達も大声で逃走経路の指示を行い、其れを止めるべく、周囲の異形達も彼等に殺到する。 戦闘開始の瞬間であった。 ● 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 「……。おう」 言葉と共にワンドを振りかざし、『魔法少女マジカル☆ふたば』 羽柴 双葉(BNE003837)が衣装とは真逆の黒い鎖を無数に解き放つ。 裂いた繊手より流れた血が呪法そのものとなって異形達を喰らい始めるが、其の何れもを避け得た個体は少なくない。 次いでユーヌが陰陽・極縛陣を放って敵の動きを落とそうとするが、これも同じくだ。 フィクサードによる指揮能力一つで、ここまで強化されることに対しては驚嘆の意を禁じ得ない、が。 「諦めるわけには、いかないから……っ!」 告げた旭が踏み込めば、鬼業紅蓮が牙を剥く。 周囲を焼く異象が振るわれれば、複数の配下に庇わせていたフィクサードも小さく舌を打った。 「予想以上に急いてるな。いや、焦ってる、か?」 「好きに解釈すればいいさ」 フィクサードの言葉と共に、拘束を免れ得たアザーバイドが何某かを呟く。 吐き出した言葉という概念が、呪詛という明確な神秘に代わる刹那、それを仲間に対するもの諸共、左腕の装備で快が薙いだ。 「少なくとも俺には――『恐怖神話(そんなもの)』の恐ろしさなんて取るに足らないけどね」 「吼えてくれるなよ、お兄サン!」 言うが速いか、言葉と共にリベリスタ達から距離を取るフィクサード。 退き際に振りまいた黒い液体が、半固体となってリベリスタ達に襲いかかる――刹那。 「アザーバイド様、あっちに戻ってください」 まおが言葉と共にインパクトボールを解き放ち、それらを一挙に吹き飛ばした。 威力がさほどでもない分、態勢を一気に崩されたアザーバイド達が距離を縮めるのに時間を要する。 それは、如何なる戦場に於いても何より致命的で在ることを、この場の誰しもが理解していた。 「――我が祈りは魔弾となりて道を拓かん」 可能な限り移動したフィクサードに対しても、リリの魔弾は的確にその位置を捉えていた。 変異の腕を狙って撃ち放たれたゲートピアスは、射線上にいたアザーバイド諸共その腕に瑕を作る。 ――効かないわけではない。 敵の能力の大元と思われる其れに対する明確な情報は、リベリスタ達に一層の意気を奮わせる。 だが、其れを狙うにも状況が安定しかねているのも事実であった。 「……っ」 「! くそっ!」 敵の呪詛に恵梨香が巻き込まれた事に気付いた快が、他の仲間も範囲に含めてのブレイクイービルを放つが、それは自身が庇っている二人の後衛陣への攻撃を許す事も伴う。 敵の個体数が少数の侭ならばそれでも良かったろうが、生憎と大元が存在する限り無限に増え続けるヒトガタは、そのような安易な策を許さない。 其れを除くにしても、敵はその能力傾向が一定の分類でばらついている分、所作のスピードも大きく違う。 「不出来な舞台は早々に退散してもらおうか」 「普通に暮らす普通の幸せをわからない人に、人様の邪魔させませんっ!」 故にこそ、快のサポーターとして状態異常の回復に動くユーヌや、他の回復役の存在は貴重だった。 必要時に状態異常の復帰に努め、それ以外は攻撃、或いは援護に回るというスタイルは、敵勢の攪乱と攻撃に非常に良く役立っている。 だが――――――だが、 「急ぎなさいよ、みんな……!」 聖神の息吹を言祝ぐ傍ら、カシスが漏らした小さな祈りこそが、戦況を示している。 状況は拮抗。それは現時点の話に過ぎない。 一つ一つがリベリスタと比肩しうる強力な個体は今も尚生み出されており、それを止めるために必要なファクターは未だ戦場を動くに問題ない体力を保っている。 十人の矛が、厚みを増し続ける盾を貫いておける時間は、最早長くないのだ。 「ご機嫌麗しゅう。そんな年でもう世界に絶望したの?」 「……はあ?」 戦闘は間断なく、受け手と攻め手を明確に分けた様相が続いている。 その最中、虚ロ徒花を起した夏栖斗が問う。 「言っておくけどさ、本当の絶望なんかないよ。そんなもの、俺達が作らせない。 パンドラの箱にだって、最後にのこったのは希望だ」 「たかが一欠片程度の、だろ? ま、俺は確かに絶望してくれれば有難いが、それはあくまで手段に過ぎないんでね」 苦笑を浮かべた彼が、無数の細い巻き枝を伸ばし、アザーバイド達に先端を突き刺す。 其れと共に、ばきばきと身を節くれ立たせて肥大化するアザーバイドを、まおが再度インパクトボールで吹き飛ばそうとするが―― 「――――――あ」 それらを避けた大半の敵が、まおに対して身をちぎった投擲を放つ。 力量こそ一対一で比肩しうる敵から集中攻撃を受ければたまったものではない。運命の消費を紙一重で避けながらも、手足を覆う蜘蛛の体毛が朱色に染まるのは避けられようがなかった。 「俊介!」 「はいよ、ちょっと待ってな!」 快が一声を上げれば、其れに呼応した俊介が即座に聖神の息吹を棚引かせる。 全域に対する能力を個人の負傷に使うという意味ではリソースの浪費とも言えるが、元より彼等は短期決戦できている以上、消耗は恐れるべきでなく、尚かつ動ける人員を一人でも亡くすわけにはいかないという意味では道理であった。 「魔を以って法と成し、法を以って陣と成す。描く陣にて敵を打ち倒さん……」 時折飛び交う攻撃を正しく水際で止める快の傍らで、双葉は冷静に魔陣を展開し、自身の魔力をブーストする。 其の、上で。 「我願うは星辰の一欠片。その煌めきを以て戦鎚と成す。 指し示す導きのままに敵を打ち、討ち、滅ぼせ!」 「――あァ!?」 介された二次行動。幾重にも振り落とされた隕石――マレウス・ステルラの能力に、フィクサードも目を剥いた。 戦場を轟音が、爆発が包むその向こうで、しかしフィクサードは健在である。 あくまで、フィクサードは、だが。 「ったく、冗談じゃねえな……」 元より蓄積したダメージが多かったからこその結果だとしても、彼女のスキルによってアザーバイドの三分の一が死滅していた。 一歩、その場を退きながら、フィクサードは再度自らの配下を賦活させる。 「幾らかコイツら残しておけば良かったよ、もう少しな」 「それでも、私達のすることは変わりませんでした。 ……半端に狂気を望んだ罰は、受けて頂きます」 呟いたリリの言葉に、フィクサードは溜息を吐いて、その一瞬後には笑い出していた。 「半端、半端ね。そりゃまあこうして一見まともに話せれば、こんな化け物生むのも、この腕も半端に見えるかも知れないけどよ」 言って、彼は再び自らの配下を生み出す。 浮かぶ表情に違いはない。何処までも軽薄な青年の其れ。で、在りながらも。 「見た目も中身もニンゲンなら、可笑しくなってないと思うなよ。 何がどう狂気か、絶望か――本物を教えてやるさ」 その瞳だけは、確かにおぞましい化け物のものに、見えていた。 ● リベリスタの動きはそれほど珍しいものではない。 陣形は原則として横陣の二列、敵による範囲攻撃を受けないよう個々の仲間との距離は成る可く広く取り、アザーバイドの足止め、妨害役とフィクサードの攻撃役、回復役に、其れを守る快による構成だ。 が、これらは殊この戦場に於いては良いものとは言い難かった。 「全く、群に群れて忙しない……」 は、と息を吐きながら、幾度目かの極縛陣を放つユーヌの声は、心なしか少しばかり震えていた。 撃ち込んだ異能は幾度目か。元より潤沢と言える気力を有していない彼女が消費の大きなスキルを行使し続ければ、時間と共に疲弊するのは自明の理だ。 そして、それは彼女だけではない。 消費の少ないスキルを使うまおや、気力の回復手段を有する旭などは未だ余力がある方だが、そうでないものの動きは明らかに精彩を欠き始めていた。 対し、フィクサードの方は一同の射程外で未だ配下を生み出し続けている。 切欠となったのは、距離と戦法だ。 リベリスタが速攻を狙ったように、フィクサードの側は自身の生存を長引かせることを第一として行動していた。 配下を無限に、尚かつ一度に多数生み出し続ける能力がある以上、時間さえ稼げれば彼は勝利を手にしうるのである。 それ故、フィクサードはリベリスタの攻撃範囲から可能な限り離れつつ、しかしアザーバイドへの支援、乃至リベリスタ達への攻撃を行える20から30メートルの距離は常に保ち続けていた。 ユーヌ、双葉らによる拘束はそうした行動をとり続けるフィクサードに対して確かに効果を示していたが、それは最初の間だけだ。 ……逆を言えば、その『最初の間』にこそフィクサードを攻撃する、或いは止める確かな機会が有ったのだが、其処でネックとなったのが戦法の側である。 フィクサード側への速攻が求められているのは当然のこと、それに対し、リベリスタは妨害、回復、防御役と、振り分けた役割が余りにも多すぎた。 無論、そうした者達も手が空けば攻手に転じることは在ったが、そうした片手間で落とされるほどまで――あくまで個体としての能力が『高くない』だけで――敵は弱くない。 『そうしなければ確実に戦況が瓦解する』状況にまで追い込まれない限り、リベリスタは攻手を緩めるべきでは、或いはフィクサードの位置取りを許すべきではなかった。 結果として、彼等を取り囲むヒトガタの数は今や二十を超えている。 勿論、其れまでに倒したアザーバイドや、フィクサードに与えたダメージは少なくないが……。 「……降参しちゃあ、くれないか」 荒ぐ呼吸を整えつつ、言葉を零したのはフィクサードだった。 受けた傷は如何ほどか、その多くが自らの有する異形の片腕に為された事に辟易とした表情を浮かべつつ、彼の言葉は平坦なままで、 「安心しろよ。善意なんかじゃねえから。 正直そっちと闘うのはもうしんどいし、何より負ける目が僅かにでも在る分、其れは摘んでおきたいしな。逃げるなら、取りあえず生かしては帰してやれる」 「……そっちこそ、投降するなら聞き入れるぜ?」 状況に構わず、強気な言葉を返したのは俊介の方だった。 「中々面白い玩具を手に入れたみたいだけどさ、残念ながら俺達は絶望せんのよな」 「絶望……絶望ねえ」 俊介が応えながら聖神の息吹を振りかざす間も、フィクサードは気に留めず頭を掻く。 敗北の可能性を削いでおきたい――そう言った彼自身が、最早一手二手のロスを得ようとも、戦況が大きく変わることはないという慢心を得ている証左だった。 「……俺としちゃあ、そんなのはあんまり気にしないんだが、お姫様が喜ぶだけでな」 「狂気に染まっても虚しいだけじゃねーの。そんな事してて楽しいん?」 俊介の言葉に返されたのは、只の苦笑だけだ。 思い出したように腕を振るい、幾許のヒトガタを新たに生み出す様を、恵梨香がシルバーバレットで穿ち抜く。 「何のために拉致を行うの。崩界を進めて何になるの?」 「……」 「狂気の神の、ラトニャの遊びに付き合う必要はない。 世界を変えたいなら、世界を壊すより、自分を変える事よ」 「そうじゃねえって、だから。 俺が一緒に居てやりたいのは『カミサマ』じゃなくって『お姫様』の方だよ。この腕も、この騒動も、それについてきたオマケみたいなもんだ」 軋む身体は、だども尚動く。 踏み込んだ夏栖斗が声を上げて烈破を叩けば、フィクサードまでに存在する三重の壁の一つを泥に溶かした。 「そんな年でもう世界に絶望したの? なんなら友達にでもなってみない? 面白いこと教えるぜ?」 「そりゃこっちの台詞だ。最も、気に入っちゃ貰えなさそうだが――」 ばちん、という音がした。 夏栖斗を襲わんと振るわれたフィクサードの巻き枝が絡む音、 それを食い止めんと、リリの魔弾が正確にその細枝を穿ち、地に堕とした音、その二つが。 「その神が齎すは狂気と混乱、そして破滅……。それと知って、貴方は望んだのですか」 「解るだろ、『御同輩』」 告げるリリの瞳に何を視たのか、フィクサードは呆れ混じりの笑みを浮かべつつ、異形の腕をリベリスタらに向けた。 「どのみちこんなの貰った以上、精神も魂もその内まともじゃ居られねえだろうよ。 世界も自分もぶっ壊してよ、恋だの愛だの庇護欲だの、一つ貫き通せるなら万々歳じゃねえか!」 呵々と大笑するフィクサードは、何処までも真っ新で、故に何よりも狂気的であった。 ――『そう言うこと』か、と、リリは理解する。 何かを為すために犠牲にするもの。叶えたい願いへの対価。 狂気には成れきれない。そう考えていた彼女にとって、その考えは間違いだったと気付かされる。 純粋であると言うことは、それ自体が狂気であるのだ。 倫理も余分な思考もない、単一した目的のために、総ゆるものを排せる覚悟――愚かさを持つ存在。 それは、崩界のために命をかけ続ける、リベリスタ達にとっても言えたのかも知れないが。 「何れにせよ、負けを認めないならどうなるか、覚悟はしてるよな?」 「……私は、自分に出来ることを解ってるから」 笑う彼の傍で、双葉は首を振るいながら言う。 「全員を助けることは不可能だから。誰かを助けている間に敵が増えて、他の誰かがどんどん被害に遭うなら――元凶を叩いて、少しでも多くの人を助ける!」 言って、呪言を為されたフレアバーストが彼を狙う。 間に立つ壁は残り二つ、内一つがすんでの所を耐えかねて崩れるが、残る一枚は―― 「紅蓮の華よ、今一度咲き誇れ!」 「っ! クソが!!」 だが、二次行動。 振るわれた術技に敵が灼かれれば、高熱にふらつく異形を、更なる焔が焦がした。 「約束、したの」 呟く旭の言葉は、幾度も攻められた投擲に、狂わされた呪詛により、どうにも弱々しい。 口腔に絡まる血を零しながら、それでも鬼業紅蓮を打つ彼女は、その瞳と得物にだけ力を込めて、唯。 「ぜったいにたすけるから、って……!」 だが、その言葉すら、今という戦場では幻想。 残るアザーバイドを倒し得たその瞬間、殺到する他のアザーバイドに全身を強かに打たれ、運命と共にその意識を奈落に落とす。 敵までの道程は開け、後は唯、攻め込むのみ。 しかし。 「――――――突っ込め!」 フィクサードが、吼えた。 直前に更なるアザーバイドを生み、その数は遂に三十を超える。 貫通、範囲、それらを考慮し、多勢ながらも可能な限り間隔を開けて攻め込んだ敵陣に於いて、まおのインパクトボールもその真価を発揮しかねる。 更には―― 「……来るか」 集音装置を有したユーヌと、恵梨香が気付く。 フィクサードの片腕が、異音を発しながら肥大化しつつあることを。 「ったく、余計な誘導してくれなきゃ、もうちょい稼げたんだけどな。 あとちょっとだけ、おねんねをお願いしようかね!」 「その頭のお粗末さ『には』絶望するよ。お前は絶望的に――絶望を理解していない」 嘲弄を込めた言葉は、だが唯の挑発でなく、紛う事なき本音でもあった。 幾重にも降り注ぐ攻撃、一つ一つが単純であるも、数が揃えばそれはそれだけで一個の脅威となりうるが、しかし。 「俺から言わせれば、お前は寂しそうやんね」 「………………っ」 今尚も言う俊介が、先にも告げたとおりだ。 『この程度』で、リベリスタは絶望しない。 「友達になれるよ、俺とお前」 語りながら、担う得物が正義の光を降ろし往く。 戦場を覆う光のヴェールに灼かれたアザーバイドと、その『親』が、所作に乏しくなった自身に気付き、更に下がろうとするも、 「一つだけ、質問だ」 快が問う。 装備を拉がせ、血と泥を満身に纏い、それでも仲間を守りながら。 「その神様って奴は生きているんだろ――なら、」 殺せば、止まるのかい? 言葉と共に、運命が燃えた。 幾許か賦活した身を、更に攻め立てられた。 未だ向かう敵の数は十か、その前後。 後衛へのカバーとして中衛を務めるリリも其れを受け止め続け、体力も運命も限界に近かった。 凡そ、自らも耐え続けることは不可能だろうと彼は自覚しながら――それでも構わないと、小さく笑む。 「手前……ッ!」 背に立つのは、二条のマジックアローを撃ったカシスの姿。 「怖いけど……できないかもしれないけど、でも全力で、私にしかできないことをします!」 精度には余りにも乏しい筈の、しかし穿った矢はその片方のみがフィクサードの身を幾らか削いだ。 それで、十分だった。 「……ったく、終わりかよ」 周囲のアザーバイド達が、動きを止めた。 ● 街は夕刻を疾うに過ぎていた。 閑かなセカイの中、生き残った、拉致されなかった一般人達は、知己の姿を見つける度、泣きながら互いの生存を喜び合う。 その様子を――千里眼で遠巻きに確認しながら、恵梨香は彫像のように動かなくなったアザーバイドを潰していく。 それは、この場に於ける『数少ない救い』ではあった。 「……ごめんなさい」 まおの言葉が、声のない嘗ての戦場にこだまする。 最初に呟いた言葉を、再度為す、その意味は誰もがその身に思い知らされる。 戦場にフィクサードの姿はない。この町にいた、総ての一般人達の大半も。 最後の最後、フィクサードの体力を削ることでアザーバイドの動きを止めたリベリスタらは、しかしその後の奥の手の使用までを止めることが出来なかった。 放たれた異象、刹那だけ『根を下ろされた』異形の片腕に態勢を大きく崩されたリベリスタ達は、快が倒れたことによってその賦活を確実に行う人員を喪失していたのだ。 フィクサードは形勢の不利を悟り、その後即座に逃走する。そう言った意味では、最悪の被害こそ免れたものの。 ――戦闘終了までにかかった時間が少なくなく、被害は救出目標としていた人数を中度下回るものであり―― 作戦後、幻想纒いから聞こえる無機質な報告は、リベリスタ達の心に影を落とすには十分なものだった。 「――――――」 残るアザーバイドを探す夏栖斗の足が、何かを小突いた。 使い古された着せ替え人形だった。細い足の裏には持ち主であろう者の名前が拙い平仮名で印されており、相当大切にしていたことが伺える。 ――後で助けに行く! ――大丈夫だから! 絶対……。 足を止めた少年の肩を、拳が軽く叩いた 「……終わってないだろ、未だ」 身体中を癒しきれぬ傷に覆われた快が、静かな、強い声で言う。 夏栖斗は、それをポケットにねじ込みつつ、相棒と共に残るアザーバイドを探し始める。 「正気も狂気も、両方在るのが人間……」 その様を――その様も視ながら、リリは握る銃把をすこしばかり緩めた。 周囲には数少ない異形と、其の討伐に向かう者達。 泣いている仲間がいた。俯くばかりの仲間がいた、唯愚直に前を見る者も、変わらぬ表情で居る者も居た。 けれど、輝く星空に気付く者は、誰も居なかった。 「……それで、良いのですよね」 ――解るだろ、『御同輩』 嗤いながら語るフィクサードの言葉を振り払うように、自らに言い聞かせた言葉を力に変え、リリは再び歩き始める。 ……刹那、その頬より、一つの星がこぼれ落ちた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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