●京都市下京区~中京区 未明 深い夜がようやく明けはじめ、濃い夜の色が淡い群青に変わる。 月がおぼろげに霞み、比叡の山が稜線をはっきりさせる。 夜半に降った雨が、舗石を青白く光らせる。 ふいに空間が歪み、異形の物体が現れた。 一見すると蜘蛛だが、われわれの知っているそれとは様子がちがう。 鈍色の鱗に包まれ、肢の代わりに、細長いミミズのような無数の触手を蠕動させている。 体長50センチくらい。人通りの少ない朝方であり、だれもその存在に気付かない。 その異形の物体は空中で静止したと思うと、なにやら怪しげな踊りめいた動きを始めた。 触手の先からどす黒い液体が滴り始め、それはさかさまに天へ向けて「垂れていく」。 異形の物体はそれを見届けたと思うと、ゆっくり空間に溶けるように消えた。 ●同地区 正午 いつもどおり営業周りをしていた彼は、不意に空を見て、ぎょっとした。 それまで晴れ渡っていた空が、急に暗く濁っているのだ。 どこからか雲がやってきたというより、まるで空の一点から急に噴出したというように。 彼だけではない。通行人も足をとめて、ただならぬ様子にあわてている。 そして。 ぱっ ぱっ。 何もない空間に、無数の『網』が現れた。 『網』は、通行人たちの頭上に、無差別に落下していく。 彼らはあっと顔をふせる。ふわりと網がかぶせられる。 そして再び持ち上げられた顔は、もはや人間のものではない。 あやしげな言葉をぶつぶつつぶやきつつ、彼らは『網』をずるずる引きずりながら移動していく。『網』は犠牲者たちと急速に癒着し、いまや彼らと一体化している。 人々の群れは、どんどん膨れ上がり、『網』はまるで豪雨の様に間断なく降りしきっていく。 彼らの肉体の一部が裂け、急速に盛り上がる。 全身から溢れる生臭い腐液が、コンクリートを濡らす。 彼らの移動とともに、網の雲はゆっくり北上していく。 異形の軍隊は、市街中心に向けて侵攻を開始する。 そこで、惨劇を起こすために。 ●アーク総本部・ブリーフイングルーム アークは混乱に包まれていた。 激しく明滅を繰り返す六面の画面。悲鳴のようなオペレーターたちの声。 「こんなことは初めてだが……万華鏡システムの処理がおいつかねえ」『駆ける黒猫』将門 信暁(nBNE000006)は全身から汗を滴らせていった。「情報が多すぎて、しかもそれがまったく見たことのないものばかりなんだ。……今度の敵は、いままでの連中とは全く違う。全くだ」 信暁はポケットから、くしゃくしゃになったコピーを3枚出した。 「あのざまの万華鏡だが、ちょっと気になる画像を映し出した」 ほんのわずかの時間映し出されたものらしいが、それに気づけたのは、信暁の集中力であり、アーク側が情報をあらかじめ得ていたからであろう。 一枚目。どこにでもある京都の風景だが、一か所異様なものがある。 「アザーバイド。こいつは戦闘向きではないが、この空間を『巣』にする能力がある」 二枚目。同じ風景だが、それはひび割れのようなもので覆い尽くされている。 「『巣』からは、無数の『網』が生み出されるんだ。この網に絡め取られると、一般人は正気を失い、敵の奴隷と化す」 三枚目。 「そして生み出された連中は、市街地に押し寄せる。……こんな事態が発生するわけだ」 信暁はコピーをポケットにしまい込んだ。 「敵は朝のうちに巣をつくり、次元のひずみに隠れこんでしまう。そのまえに、連中をぶっつぶしてほしい。 場所は京都だ。京都の裏道に4か所巣を作っている。これを順番に撃破してほしい。状況が状況だけに、何が起こるかわからないが……」 信暁は一息ついて、一同をきっと見た。 「どうもこれは『連中の本気』ではなさそうだ。巣を張る場所も人通りのない場所だし、もっと連中好みのことがやれそうでもある。だからアークとしては、この仕事に多くの人間は割けない。 だが、失敗は許されないんだ。迅速に、抜かりなく仕事を終わらせられる奴しか、頼めない。……お前らだけが頼みなんだ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:遠近法 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月23日(金)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●九条 西の空の月が霞んでいる。夜明けは遠い。 リベリスタ達は京の街に到着した。 白く濁った霧が立ち込めている。京都は水の街だ。盆地を取り囲む峰々から流れ込む水が、網の目の様に張り巡らされ、むらむらと立ち籠める。 輝く水銀灯の光、その彼方に見えるのは東寺の優美なシルエットだ。 AFに仕込んだルートを確認していた『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が顔を上げると映画館の看板が目に入った。 「そういえば、霧に包まれた街を異形が跋扈する映画があったなあ」 日本中を覆う怪異。その一つを未然に防ぐべく、リベリスタたちは京都へととんだ。 次元の狭間より現れる異形が、罠をあちこちに張り、人間を操ろうとする。 リベリスタ達はその手がかりを、かつての探索で得ていた。 義衛郎たちと縁の深い『ならず』の女傑。銀髪の美しい恋人に、果敢な少女の闘士。高名な大魔道に、祈りの戦士。彼らの活躍により敵の使う『網』の大勢は知れた。 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)も、その戦いに加わった一人だった。一際相手の究明に熱心で、敵の正体に肉薄しようとしていた彼女。 「ノコノコと元凶がでてきてくれやがって感謝しています」そう言って長い銃身をスライドさせる。無表情なその瞳の闘志は隠しようがない。 二人の戦力はリベリスタの中でもトップクラスだった。しかし、威力の代償として消耗も大きい。相手の正体が見極め難いこの戦いにおいて、彼らをサポートする役目が是が非でも必要だった。 獅子のハーフムーン、『さぽーたーみならい』テテロ ミミミルノ(BNE004222)、そして全体を把握する行動の要、離宮院 三郎太(BNE003381)。 この四人で九条よりスタート、北上する。 万華鏡は漠然としたルートしか示せなかった。敵のより詳しい位置が判明し次第、AFに通信が飛ぶ。あとは現地で対応するしかない。直感が頼りだ。 「映画同様、連中も霧と一緒に消え失せてもらいますか」義衛郎が笑う。 ――そのとき、AFが赤く輝いた! 義衛郎と三郎太が結界を展開し、同時に三郎太が付与した翼によって、一同は移動を開始する。風のような速度で京の町を滑空していくリベリスタ。 「高度の上げすぎは注意してください」三郎太が簡潔に伝える。 威容を誇る京都タワーを大きく迂回して、頭上を新幹線の通る陸橋にたどり着く。 その真下、黒く闇の蟠る場所で、いままさに異形の怪異が姿を現そうとしていた! リベリスタ達は、思わず言葉を失う。 予想していたよりもはるかに忌まわしくいやらしい姿。 全身をぬるぬると光らせ、繊毛とも触手ともつかぬ肢をじわりじわりと蠢かす。どこにも知性の片鱗は見当たらぬが、それでも人間に対する圧倒的な憎悪は感じ取れる。 ひるむことなく義衛郎が動いた。追いきれぬほどの速度で、斬撃をくりだす。 さらにミミミルノが仲間の意識に感応して、間断ないエネルギーの供給を行う。 「ミミミルノ、かいふくさぽーとさせていただきますですっ!」 三郎太は術式の準備。見る間に光弾が生み出され、敵めがけて放たれる。 二手に分かれるため、戦力に余裕はない。三郎太の立ち回りが作戦の成否を分ける。 「最大限の結果を出せるような結果を導き出すのは、プロアデプトたるボクの使命……三郎太、参ります!」 息もつかせぬ攻撃の連打。濛々たる煙の中からは、濁った体液を滴らせる異形。 奇怪な蜘蛛は、リベリスタ達の攻撃に動じず、ゆらゆらと全身を動かす。 すると、その体液が上空へと上り始めた。 逆流し、渦をまく黒い染み。みるみるうちに膨れ上がる。 ぱっ。 そこから『網』が降り始めた。 あばたが先般の戦いで目の当たりにした『網』。それと比較にならぬ量が、空から降り注ぎ始める。 早朝で、人通りがないのが幸いした。驟雨のような網の落下を、直感を駆使して回避する。 躊躇している暇はない。 あばたは銃口を異形に向ける。必殺の『静かなる死』を込めた銃の銃口を。 「先日は蜘蛛糸のサンプルをありがとうございました」 淡々と、冷静にあばたは言う。 「あの時と違う個体かもしれませんけど、一応礼は言っておきます」 降りしきる網の雨の中、超然としてあばたは告げる。 「どうせ偵察だろ? 舐めた真似しやがって! 原型も残さず粉砕してやる!」 その顔に一瞬、激しい怒りの感情が刷かれた……ような気がした。 あばたの言葉通り、弾丸は過たず異形を貫通。『静かなる死』は敵を爆散させた。 見る間に黒い渦が霧散し、網の雨が止む。形も残さず溶けさる網。 状況を伝達しようとAFを取り上げ、三郎太ははっとする。 七条でこのありさまでは、さらに人通りの多い三条は一体? ●三条・同時刻 まさに、北上チームの恐れていたように事態は進行していた。 「話は後よ! 一緒に来て、そして遠くに逃げて!」 『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)が絶叫する。「この辺一体、もうすぐヤバいことになるわ!」 灰褐色に濁った空から、間断なく網が落下し始める。 リベリスタ達の打った手は完ぺきだった。飛び上がりつつ上空を警戒し、結界を発動。一般人を寄せ付けず、視覚、聴覚をフル稼働させる。 先の戦いにて活躍した『聖闇の堕天使』七海 紫月(BNE004712)の情報もあった。「今回の相手は蜘蛛ですか! 正直とってもイヤですわ!」紫月はぶるっと身を震わせる。この間の敵といい、なぜこうも彼女の中二病的美学から外れた敵とばかり遭遇するのだろう。「50センチもある蜘蛛なんて、見ただけで鳥肌が立ちそうです」 『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)、『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)も、それに同意する。マリルは先日深化を果たしたばかり、気を抜くわけにはいかない。 次元の狭間から具現化する、全身を銀色の鱗で包んだ蜘蛛。無数の触手をうねらせるそいつを、蜘蛛とよぶべきか、それとももっと名前があるか。 全身を奇妙な律動でくねらせて、上空に薄墨の様に黒い奔流を送り始める。 展開が、早い。早すぎる。 「おのれ! 蜘蛛どもめ! あたしたちがやっつけてやるから覚悟するといいですぅ!」マリルは銃器を構え、ためらわず打ち込む。「でも気持ち悪いですから近くによるなですぅ!」 同時にセラフィーナが電光の突きを繰り出す。圧倒的な速度を生かした連続攻撃。流麗な武器が撃ち込まれるたび、虹色の光が振りまかれる。「この街を襲った代償……その命で払って貰います!」 しかし威力がわずかに足りない。削りきれない。 そして見る間に黒雲が広がり、結界外の通行人に向け、網が放たれる。 ぱっ。 ぱっ。 投網にかかった人々の反応は劇的だった。そのままうずくまってしまう者、絶叫をあげ、殴り掛かる者、べたりと這いつくばって、蜘蛛に拝跪のような動作を取り始める者。 そのどれもが常軌を逸していた。 リベリスタ達の反応は早かった。蜘蛛をけん制しつつ、一般人の救助に向かう。 紫月の情報から、網は神秘打破で崩れると知れていた。 即座に術式を展開した紫月は、天上の理をこの世界に引き入れ、加護を願う。見る間に網が解け始めた。 スピカが顔をしかめた。「……アメーバ ? それとも、今流行りのメンダコ? どっちにしてもあんなの漂ってたら、配達の邪魔だわ」 南下チーム随一の火力を誇る彼女は、一般人に気を配りながらも攻撃を絶やさない。極限まで活性化したマナが白銀に燃え上がる。 「速攻勝負を目指す! 速達モードよ!」 バイオリンの唸りとともに、砲弾が敵を直撃する。 黄緑色に濁った体液を、鱗の隙間から滴らせる異形。口腔ともつかぬ場所から氷の跳弾が飛び出し、スピカを一撃した。 その隙にも網の巣は広がっていく。 セラフィーナが飛びだしたのは、理性を越えた感情の動きだった。網にとらわれた人々に向け、治癒の閃光を放つ。結果として二次災害を食い止め、総合的な被害の減少につながる行為であったが、彼女を突き動かしたのはそんな考えではなかった。 (私は今まで、ノーフェイスをたくさん殺してきました……) 大を生かし、小を切り捨てる効率主義。しかしそれは彼女を理想に近づけるのではなく、助けたい命をこそ無残に零れ落ちさせてしまうという、苦い現実を突きつけたにすぎなかった。 (救える可能性が少ないのは分かっています。でも、少しでも可能性があるのなら、切り捨てる前に、救助を試したいんです) 彼女の悲痛さを知った仲間は、黙ってセラフィーナを許容する。 マリルの援護を受け、紫月は剣を抜き放つ。 「大きな蜘蛛はぞわぞわっとしちゃいますから、早々に退場願いましょうか!」 深化に十分慣れた体は機敏に動く。『宵闇』の二つ名をもつ刀は、黒い神気を放ちつつ、蜘蛛の命を削る。 「あと少し!」 救助を終えたセラフィーナが刀を振りかぶる。こちらは『東雲』すなわち黎明を意味する刀。七色の光の飛沫を放ち、蜘蛛の外皮をえぐり取る。 夜の剣と、朝の剣が交差し、そこに魔力と物理の弾丸が叩きこまれた。 蜘蛛がすうっと空間に溶け、が消え去る。 勝利の歓喜に酔う間はない。すぐに次の地点へ移動しなければならない。 マリルはAFを使用し、状況を伝達する。 「こちら南下ちーむ。たーげっとせんめつかんりょうですぅ。とうほうのひがい、けいび。ただちに次たーげっとにむかうのですぅ」 ●五条 「了解。グッキル」 あばたは通信をうけつつ、京の町を急ぐ。次の相手は入り組んだ住宅街にいる。 五条通を西に突っ切り、天使突抜から松原通に入って、四条高辻を曲がり、さらに西へ、西へ。濡れて光るアスファルトを蹴って、ぎりぎりの高度でグラインドしつつ、京都の中心部から西院近くへと、一同は風のように走る。 ……壬生狼。 かつて京都で、そう呼ばれた若者達がいた。 己の信義を守るため、剣を血で濡らし、京都の街を一散に駆け抜けた若者たち。 いま彼らは、本陣の置かれていた場所を通り過ぎようとしていた。 信じる正義のため、自分の傷も省みずひた走る彼らの姿は、どこかしら義士たちの姿を連想させた。 今まだ残る、路面電車の停車駅。その天が、黒くくもる。 ……いた。 路面電車の線路上で、静かに黒い渦動を紡ぎつづける蜘蛛が一体。 先ほどと違うのは、網の洗礼をうけて転がる一般人がいること。 十名にも満たない。しかし彼らは立ち上がり、筋肉を脈動させつつリベリスタたちに襲い掛かってきた! あばたは銃の射程距離に入ると、目線でミミミルノに問うた。 (試してみます?) 人間の発声器官では不可能な音響をあげて、飛びかかってくる網の犠牲者を指さす。 ミミミルノは頷き、術式を組み上げる。 「おねがいです……しょーきにもどってください、ですっ!」 中空に描かれた古代文字の印とともに、神の御手になるとしか思えぬ治癒の光が相手に降り注いだ。 バタバタと倒れ伏す彼ら。網が解け去り、そのまま気絶する。解除成功。 だが、そうでない者もいた。猛り吼え、網の援護なしに肉体を膨れ上がらせる。 すでに心を奪われているのだ。 リベリスタたちはためらわなかった。銃と剣で彼らを『排除』する。 血塗れた顔を向け、義衛郎は刀を構える。正義であると、自分を錯覚したことは一度もなかった。肉を裂き、頭蓋を砕く感触が、そうでないことのなにより雄弁な告発者となった。それでも彼は剣を振るう。 戦うことにかけた若者。京は、そうした若者が集まる。 そして、そうした純粋な闘士が、ここにももう一人。 「集中しろ……っ、集中して状況を見極めるんだ……」 三郎太は全身をしたたる汗を感じつつ、魔書を握りしめる。 異形が青白く燃え上がり、氷弾があばたを見舞った。物理法則すらゆがめる恐怖神話。その界面から放たれる、絶対零度をはるかに下回る究極絶対零度の凍気は、あばたに着弾し、その体を氷結させる。 ためらわず、三郎太は前衛に躍り出て、跳弾を『蜘蛛』にむけて放つ。それは変貌した犠牲者も巻き込み、爆炎を上げた。 回復は……必要ない。エネルギー活性により、精神力も尽きることがなさそうだ。相手は戦闘向きではない。だが、凶悪。できるかぎり攻撃を優先。 自分にできることを。 「ボクだって心身ともに鍛えてきました……前でだって戦えます!」 いかなる状況でもバランスよく戦えるリベリスタ。 それが、三郎太の目指す姿だった。 若い彼には荷が勝つ。しかし、彼はそうあれかしと自らに望んだのだ。 「かいふくはおまかせなのですっ」そのあいだにミミミルノはあばたの回復に回る。 そして、義衛郎がすっと動いた。 影が、いくつも重なる。 薄らいだ影が、そのまま原像となり、蜃気楼の刀を構える。 変幻抜刀、まさに神妙の域に達した幻舞の剣が『蜘蛛』を刹那の間に切り裂いた! 三徳極皇帝騎。 虎鉄、村雨……かつて京の街を彩った妖しい魔剣、その列席に、あらたな名が刻まれた瞬間だった。 ゆっくりと黒い渦動が消え去ってゆく。あと、残り一体。 報告を入れようと、三郎太がAFを取り上げる。 その時、それがけたたましく鳴った! ●四条・鴨川河畔 その数十分前、闇の濃くなりまさる鴨川の河原を飛翔する四つの影があった。 「神聖なる京の都を巣窟にしようとは敵ながらあっぱれですぅ!」AFで進路を確認しつつ、マリルが言う。「ですけどここは、世界を歪ませる存在がいて良い場所ではないのですぅ」 「今日はきれいな朝焼けは、拝めそうにないわね……朝配達の楽しみだったのに」半分飛翔、半分疾走の状態で、東の空を眺めながらマリルが呟く。 京の街は異様な構造をしており、ごく簡単な符丁と名前だけを記した手紙が無事に届くこともあれば、意に染まぬ書簡はいつまでたっても配達されないこともある。神々への手紙を残す神社には、人に言うのをはばかれる言葉をしるしたものもある。 近代郵便制度の祖が創立者である、大学を擁する街としてはふさわしくない。スピカの興趣は尽きないところだった。 深い闇の色をたたえ、うねる鴨川。 その河原を走る四人の少女。 五百年前、権力に抗って舞った一人の聖女の姿を、彼女たちは彷彿とさせた。 岸辺に先斗町。その先には祇園。女という性の作り上げた歴史が宿る地を、いままた、少女たちが風のように走り抜けるのだ。 ほのかに群青がかり始めた空のむこうに、南座が見える。 その上空をみた紫月は、総毛立った。AFを取り出し、叫ぶ。 「パン・パン・パン(緊急事態発生)! 至急、救援を乞う!」 ●四条大橋 橋にたどりついたリベリスタたちが見たのは、凄まじい光景だった。 網の洗礼を受けた人の群れが、橋にひしめきあっている。 呻き、叫びつつ蠢く人々の群れは、まさに地獄絵図であった。 そして天から網が降り注ぐ。ある者はそれ歓迎し、ある者は逃れようとのたうちもがく。 人により、網の効果は違う……日常を愛し、平和を願う人々には苦痛の拘束となる。そして心弱い人間の枷を外し、別のものへいざなわせる。 橋の欄干の直上、中華料理屋の建物を背にして、異形はいた。 うねうねと無数の触手を旋回させ、頭上の網の巣を紡いでいく。その目が、確かにリベリスタたちを射抜いた! セラフィーナはためらわなかった。再び救済の光を、犠牲者に向けて放つ。 明け初めの空に、輝く天使の姿をきらめかせる。 「お願いです、もとに戻ってください!」 悲痛な叫びだった。しかし、それも魔の虜となった精神には届かない。 むしろ己を苛む網を、彼らは迎え入れる。 救いきれない……。 誰かが口にした。 紫月が俯いて、そっと命の花を散らす。 セラフィーナが刀を構える。 「切り捨てず進めるほど、私は強くないから……」 異形にとらわれた魂を、その器ごと解き放つ。 凄惨さしかない、みじめな生。 それを解き放つのも使命。彼らは決して正義のヒーローではないのだ。 夜明けが近い。 そこがデッドラインだと、誰もが感じていた。 「沢山の優しい心が詰まった素敵な世界よ!」祈りをこめて、スピカがバイオリンを震わせる。無数の雷球が、蜘蛛と犠牲者に殺到する!「得体の知れないバケモノなどに汚染などさせない! とっとと空間の狭間へと消えなさい!」 ブレイクの力を秘めた光は、網を弾き飛ばし、幾人かの命をすくう。 だが、あまりにも数が多い。 間に合わない……。 「ミミミルノがうしろにいるですっ!!」 そのとき、北上チームが現れた! あばたと義衛郎は容赦なかった。ためらわず斬り、撃ち、一筋の道を作り上げる。 銃弾ひとつとどく、細い道を。 「あたるといたいですよっ!」 ミミミルノが渾身のマジックアローを放つ。 そして蜘蛛を狙うマリル。 「最強のねずみは正義のために戦うのものなのですぅ!」 破滅のオランジュ・ミスト! 上り始めた暁を受け、清涼なシトラスの香りとともに飛沫を上げる銃弾が、蜘蛛を打ち砕いた! ● 「けっこう気持ち悪い網でしたね」やれやれ、と一息つく紫月。 一同は朝焼けを眺めていた。 犠牲者はアークが回収に来るだろう。 しかし、これが解決になったわけではない。 だれもが、感じていた。 ――これは、始まりの夜明けなのだ。終わりの始まりの |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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