● 小さな花が風に揺れる。ころころ、ころころ、鳴り出しそうな可憐なフォルム。 入り口に飾られた多数の鈴蘭――君影草とも呼ばれる花から目を離せば、咲き誇るのは無数の色。 赤、青、黄、緑、白、紫、橙……色の具合は千差万別。 大振りの薔薇は赤の色が濃く光の加減で黒にも見えるし、かと思えば宵の始まりのような穏やかな色合いをしたスイートピーがカスミソウと一緒に束ねられている。 生命力溢れる赤と黄のラナンキュラスの鉢植えに負けないように、ピンクと白のアネモネがまだ蕾を残した状態でアレンジされていた。 沢山の花籠を連ねたような通りに目を奪われながら先に進めば、次は口にも美味しいものが並ぶ。 薔薇の花弁の形を残した砂糖漬けはガラスの瓶に入れられて行儀良く整列し、簡易カフェの様にウッドチェアとテーブルが設置されたそこに運ばれていくのは花開くお茶とミモザの砂糖漬けを上に散らした正に完璧なミモザケーキ。 別の人の前に運ばれたのは花の盛り合わせ……エディブルフラワーだ。 サラダの上に散らして目でも味わうもの、ミルクムースの上に飾って色の鮮やかさを楽しむもの、ワッフルの上にメープルシロップと共に重ねて花の風味を味わうもの――一瞬驚いてしまうような光景だが、普段馴染みがなければ新鮮味も加わり楽しい食事になるに違いない。 初夏に入ったばかりの穏やかな日差しの中、のんびり雑貨を見て歩くのも悪くはない。 花弁の形をしたスプーンなどのカトラリー、生花に劣らぬ華やかさで咲き誇るヘアアクセ。 押し花を透明樹脂で閉じ込めたペンダントやピアスも賑やかに揺れている。 千紫万紅咲き誇る通りに、足を踏み入れてみませんか。 ● 「さて、三高平だともう桜の季節は終わってしまいましたけど、別のお花見に行きませんか? あ、花より団子な方もちょっと聞いて行ってくださいね、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです」 鈴蘭のイラストのカードを手に、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はそう告げた。 「えっとですね、確かフランスでしたかね、そこだと五月一日が『すずらんの日』って言って恋人とかお世話になった人とかに鈴蘭を贈る日らしいんです。で、それにあやかって花屋さんとかがイベントをやろう、って話になったみたいで」 もう一枚。チラシは様々な花が咲き誇る写真だが、やはりメインは鈴蘭。 「で、日本だとやっぱすずらんの日って言っても馴染みはないですし、五月は色々な花も咲く時期だからいっそ思い切り華やかなイベントにしてしまおう! ってなったみたいで凄いんですよ」 商魂逞しいですよね、と言うギロチンだが、とりあえず何でも楽しんでみようという精神は悪くはあるまい。 切っ掛けとなった鈴蘭は勿論、薔薇に芍薬、ベゴニアにひなげし、石楠花にアヤメ、ショウブにアネモネ……切花から鉢植え、種に到るまで様々な花が並ぶ様は、とても色鮮やかだ。 「あ、母の日も近い日取りですから、カーネーションとかも多いですね。蕾の多い鉢植えとか花束もあるみたいなので、折角の機会だから買っておいても良いかも知れませんね」 ま、ぼくには関係ないですけど、と笑ったギロチンはそれより、と指を立てる。 「ここのイベントですね、花を使った食べ物飲み物も色々出るらしいんですよ。ぼく普段コンビニのジャスミンティーくらいしか縁がないですけど、ちょっと気になりますよね」 日頃からジャムやコンフィチュール、お茶などを扱う専門店に加え近辺のカフェもも一枚噛んだこの企画。花を見ても腹は膨れない、という人もいるだろうが、なら花を腹に入れてみよう、という事だ。 「後は花モチーフの雑貨とかも出てますね。あは、こっちは更に幅広く売ってるみたいでフリーマーケット状態ですよ。どこを回るにしても、つまらない、って事はないと思います」 誰かへのプレゼントや単なる好奇心、花が好きなど男性の来場も珍しくはないし、通りに露天が並ぶタイプの催しだから悪目立ちする事もないだろう。 「ね、ほら、折角綺麗な花が一杯あるなら皆で見たほうが楽しいじゃないですか。行きません?」 笑って、フォーチュナはカードを差し出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月20日(火)22:35 |
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● 穏やかな日差しの下、花の香りを一杯に吸い込んで櫻子はにっこりと微笑んだ。 繋いだ桜霞の手を軽く引いて、お目当ては可愛らしい鈴蘭の雑貨。 「鈴蘭と梟さんのブローチが欲しいのですにゃ~」 「流石に時間が掛かりそうだ、少し手伝うとしよう」 腕に軽く頭を摺り寄せて笑う彼女が喜ぶならば、多少興味が薄くても付き合おうというものだ。大振りのビジューが輝くもの、ステンドグラス調のもの、そんなブローチで留めるスカーフ……櫻霞が見繕って時々合わせてやるのに加えて、櫻子は目を輝かせながら次の雑貨を買い込んでいく。沢山買って自らの雑貨屋である櫻猫に並べたいのだと語るのを聞いていたが、その量に思わず櫻霞も苦笑する。 「そのうち部屋の一つが倉庫になりそうだ」 「倉庫にはならないように頑張りますにゃ~」 「そうか。では、その前に一つ」 元より止める気はないので、櫻子の返事に軽く頷き――その髪を指で梳き、挿すのは鈴蘭の飾り。 「他人の心の機微に興味は無いが……お前は別だ」 何しろ恋人だからな、と囁く櫻霞に、髪飾りに触れた櫻子は微かに頬を染めてはにかんだ笑みを浮かべる。 「私は……櫻霞様だけの猫さんですから……」 幸せなのです、と返してぎゅっと腕を取った。 そんな幸福な恋人達がいる一方――誘いをうまくかけられなかった守夜のような者も存在する。 楽しげに語らう恋人を羨ましくは思うが、守夜はそこで無節操に妬む性格ではない。今後の為のリサーチだと思えばいいのだ。うん。寂しくなんてない。 「さて、良さげなものは、と」 美しい赤が透ける薔薇の瓶を手に入れたなら、次はティアラを探しに行こう。誘いたかったあの人に似合うような、花のティアラを。ここからは、守夜の超直観が唸る(かも知れない)場面だ――! 守夜が眺める横、シュスタイナと壱和は互いに髪飾りを合わせて楽しんでいた。 「この前の旅行、楽しかったわね。……帽子、かぶってくれて嬉しいわ」 「はい♪ 楽しくて、いい思い出になりました。帽子も大切にします」 アイボリーのキャスケット。遠く異国へと旅した記憶は未だ新しく、思い出すだけで笑みが零れる。コサージュが付け替えできると聞けば、帽子と会話についつい花が咲くのも致し方ない事。 「これとか、派手すぎず可愛くない?」 「わ。可愛いです! シュスカさんには、これとか似合いそうです」 オレンジのミニバラをレースで纏めたコサージュを壱和が帽子に付ければ、シュスタイナの髪には小さな薄桃色のバラが咲く。並んで鏡を覗けば色違いのお揃いのようにも見えた。 そうだ、ドライフラワーも買っていくのだ。部屋や体を飾る花を選ぶのに、時間とお喋りは幾らあっても足りやしない。 「ね、喉渇かないかしら。お茶でもしましょ」 「そうですね、お茶とおやつにしましょう♪」 にっこり笑う二人が、お茶に辿り着く前に幾度も店の前で足を止めてしまうのも――仕方ない事だった。 咲き乱れる花々。可愛らしいその空間で、一歩先に立って歩くパーカーの男。 「先輩ってファンシーなお店に居ると浮きますね!」 「そんなに似合わないかなぁ? それより黄桜後輩ちゃん今日はいつもよりおとなしいよね?」 首を傾げる葬識に、魅零はぷるぷる首を振る。乙女として可愛いのは好きだ。好きだけれどこの先輩の前であんまりはしゃぐのも恥ずかしい。そんな様子を軽く流した葬識は、視線を店に戻す。 「彼岸花、地獄花。綺麗だよね。綺麗といえば……黄桜後輩ちゃんはどんな花が好き?」 「桜が好きです。先輩は彼岸花が似合ってますね……ひ!?」 揺れる尻尾をさりげなく捕まえようとするのをガード。くすぐったいので仕方が無い。 ガードされた尻尾から手を離した葬識は、入れ替わりにぽん、と魅零の髪に薔薇の飾りを付けた。彼女が瞬いて動かない間に、結んだ隙間にカスミソウや別の薔薇を挿し入れて飾っていく。 「ほらほら、お姫様みたい!」 黒髪に咲いた花々は、花冠かまるで一つのブーケのよう。軽く笑った葬識に、魅零は頬を押さえて首を振った。 「ふぁぁ、お姫様じゃないんで、黄桜ただのゴミなんで……!」 でも尻尾は揺れている。犬じゃないけど分かりやすい。 そんな尻尾に再び目を付けた葬識がそちらも飾ろうと引っ掴み、真っ赤になった魅零がスキルをぶっ放そうとして通り掛かったギロチンに止められるまで後六十秒ほど。 種に球根、小さな鉢植え。咲き誇る花を眺めるのも良いものだけれど、自分で育てるのは別の楽しみがある。 「鈴蘭って好きなのよね、ほら可愛いじゃない」 (男に)そう称された若かりし頃を思い出し、エレオノーラはギロチンを振り返る。 同性に花に例え褒め称えられるのは複雑であったが、今となればそれも良いかも知れない。 「毒ありますけどね」 「そう。迂闊に触ると毒だなんて、残念よねえ?」 くすりした笑みに含んだ裏に笑い返すギロチンは今日は荷物持ち。 紙袋やビニールを幾つか提げているが、その点特に不満はないらしい。 「後は薔薇とか水仙とか好きだけど、ギロチンちゃんは何が好き?」 「んー、ぼくあんま知らないんですよね」 「あら、女の子に贈ったりしそうなのに」 「あはは、それは赤い薔薇で十分でしょう?」 首を傾げてみせる元ヒモに小さく笑い、エレオノーラは紙袋を指す。 「何かうちの花壇で育ててみる?」 「え、ぼくサボテン枯らすんですよ」 「……構いすぎね、それは。世話はあたしがやってもいいわよ」 土いじりは好きだから。告げたエレオノーラに、彼は嬉しそうに笑っていた。 柔らかな陽光を仰いだ悠里の隣を歩くのは、本日は海依音。 何処か楽しげににやにやと見上げる彼女に、お世話になってるから、と彼は言う。純粋に感謝だから、と重ねて。揚げ足を取られてからかわれても困るという心が若干滲んでいるのは気のせいかも知れないが、『世話になっている相手にお礼をしたい』という感謝の気持ちだけは間違いない。ちなみにそれ以上の過ぎた親愛は一切ないのはカルナを思えば明らかである。 「見た目にも可愛いし、育てる楽しみがあるかなーと思ったんだけど、どうかな?」 店先でとりわけ可憐に咲くベルフラワーの鉢植えを差し出せば、海依音は顔を綻ばせた。 「あら、嬉しい。ベルフラワーの別名はオトメキキョウですものね。ワタシ乙女! やだ! 乙女! ありがとう設楽君」 乙女を強調したがるのは実年齢故だろうが今日はとりあえず突っ込むまい。とりあえず喜んで貰えたのは間違いないだろうから良かった――なんて悠里が微笑み返した所で、ちょっと待ってね、と告げた海依音は鈴蘭を二輪。 「これ、カルナ君にも差し上げて。お二人で幸せになりますように、の願いを込めて」 「え」 思わず瞬いてしまったが、微笑む彼女の表情に裏はない。 「あ、ありがとう……。なんか……ちょっと意外かも……?」 「やあね、ワタシだって普通に他人の幸福は祈りますよ。誰かが幸福でいることは、とても素敵ですもの」 貴方もそうでしょう、とベルフラワーを胸に問う彼女の後ろには、花々を楽しむ人々が沢山歩いているから。悠里も微笑んで、頷いた。 「そうだね……。皆が幸せになれば素敵だね」 色彩の海。花畑にも似た情景。色が溢れているのに、けばけばしい訳ではなくその光景はとても落ち着く。 長らく海外で生活していたリサリサにとっても、自然に楽しめる、そんな風景。 切花もブーケになって、沢山店先に並んでいる。叔母に聞いた。母も花が好きだったと。 目を細めて、小さな束を幾つか求める。小さく可愛らしい花、一輪でも艶やかな花、多数の花を鈴なりに咲かせる花――これだけ沢山あればリサリサの母も喜んでくれるに違いない。 「今年も沢山の素敵な花が咲いていますよ」 空を仰いで、微かに笑った。……彼女が守った世界は、今日も美しい花と人々の笑みで彩られている。 ● 百花繚乱。そんな言葉が似合いそうな情景に、三郎太は思わず顔を笑みに変えた。 「計都さん見てくださいっ! すごい花のいい匂いがっ」 進むたびに香りも変わり、目に入る色も変わる。振り返ってそう告げる彼に、計都も頬を綻ばせた。もしかして三郎太は花の妖精か何かだろうか。それなら可愛いのも頷ける――楽しげに告げれば、彼は瞬いて首を振るからやっぱりからかいがいがあって可愛いもの。 だが、今日はアパートに植える花を探しにきたのだ。これだけ沢山の花があれば、おとぎの国さながらの光景になるに違いない。だけど。ああ、だけど。 「……ええと、非常食用にナスとキュウリも植えちゃダメ?」 計都は割と食欲寄りだった。いやだって。ナスもキュウリも結構可愛い花咲くし。欲を言うならば後は大葉とネギ。夏の素麺の薬味にもう何かこれ以上ないってくらい大活躍だ。ジャスティス。 そんな計都の要望も取り入れつつ買い物する中、三郎太は小さな鉢植えを差し出した。 「計都さん、これ……どうぞっ」 「えっ、これ、あたしに……!?」 思わずきょとんとした顔をしてしまったが、嬉しくない訳がない。計都さんに似合う花を、と付け加えられれば、最初とは逆に彼女がはにかんだ笑みを浮かべる事になる。 「ええと、ありがとう……ね」 幸せそうなその表情は、今日一番の大輪だった。 花弁の形を保った花砂糖。ワッフルの上に乗せられたエディブルフラワー。ガラスポットの中で踊る小さな花びらたち――食べられる花、と言ってもその形は様々。 先日の遊園地のお返しに、と存人を誘ったエリエリはむむむ、と腕を組む。彼女が暮らす孤児院のクッキーや小物にこの要素を取り入れようと思ったのだが、中々に難しい。だからこそ、性別も年齢も違う彼の出番だ。 「ありありの忌憚なき意見を……要するに、どれが良さそうか、男性視線でお願いするのです!」 「ふむ、そうですね……見た目で言うと砂糖漬けが『花』って感じでいいかなと」 身も蓋もなく言ってしまえば男性目線だとあんま花は食べないとかそういうのは投げて考える存人だが、指差すのはカフェの方。食べて気に入ったのが一番だし、作るのに身も入るだろうと。 「お茶の時間くらいはお世話させてください」 「お茶に誘うのは男子から。心得ているのです」 だってエリエリは邪悪ロリだから。そんな会話を交わしつつ、薔薇の花砂糖を浮かべた紅茶を口にしながら彼を見遣った。 「……なんだか、不思議な関係ですよね、わたしたち」 「そうですか?」 首を傾げる存人の目線はエリエリと合わないが、声に気取った調子はなく。ともだち、でしょうか。確認の様に呟いた彼女の言葉は、甘く香る紅茶に溶けた。 鈴蘭の日。フランスでの風習だというそれは、日本では馴染みが薄い。 フランスで春を象徴する花であり、五月になって春と共に花を咲かせる『幸せの再来』……だから、この日に鈴蘭を贈るのだ。そう語る悠月と並びながら、拓真は店へと視線を向ける。 「花を見ていると心が和むな、見た覚えの無い花もちらちらと見受けられるが」 「花屋のイベントという事ですから、色々と持ち出してきてるみたいですね。今頃はあまり見かけない花もちらほら」 本来ならば、もう少し前後するはずの花々も溢れて道を飾る光景は悠月にとっては正にお祭りというべき華やかさで、花にそこまで詳しくない拓真にとっては見覚えのない花が多数並ぶ珍しい光景だ。 ころんと丸く可憐な鈴蘭を一輪求めた拓真は、紺色リボンの結ばれたその花を悠月へ。 「何時も世話になっているからな、君に幸福が訪れる様に」 「ありがとうございます」 微笑んだ悠月は、鈴蘭を受け取った手とは別の手を差し出した。同じ様に柔らかな笑みを浮かべた拓真は、その手を握り返す。 「折角来たのだから、それだけというのもな……他にも色々と見て回るか」 「こんな華やかな光景、そう見られないですしね」 一緒に花の道を歩いて、共に暮らす家に飾る花を新しく探すのも良いかもしれない。二人で過ごす日は、いつだって幸いかも知れないけれど――より良い日となるように、微笑み合った二人は歩き出した。 見上げればアーチにも花籠が掛かり、窓辺にもネモフィラのプランター。 「多種多様に集まって、いい香りだな」 「香りは悪くねぇっす。ただ、どれがどいつの匂いなのか全然わかんねぇっす」 空を仰いだ杏樹に答え、珍しげに鼻をすんすんと鳴らして香りを味わうケイティーの通り、咲き誇る花の種類は様々で、流れる香りの幾つかはそれらが交じり合ったものなのだろう。 けれど花に近付けば、漂うのはその花だけが持つ香り。 「すずらんはほんとにいい香りだよね」 花自体は小さくも、幾つも重なって漂わせる香りは爽やかに甘く、夏栖斗は笑って女性陣を振り返った。折角女子会に混ぜて貰ったことだし、彼女達にも似合う花を贈ってみよう。 「ふむ。これが鈴蘭っすね。……リリさん、他のも教えて貰っていいっすか」 「ええ、勿論」 微笑んだリリも、各々に似合う花を――とケイティーに説明を交えながら花を眺める。彼女に差し出したのは、大きな白い花、コブシを咲かせた細い枝。 「コブシ。物理が強そうっす」 「其方のコブシではないですよ」 くすりと笑うリリが告げた意味は、『友愛』……仲良くしてくれるケイティーへの感謝を込めてだと告げる。杏樹は小さく可憐なユキワリソウの鉢植えを掌に乗せた。 「花言葉は信頼、だそうだ」 「耐寒度が高そうっす……あ、ハナに言葉があるんっすね。あざーっす」 新しい情報を得て頷くケイティーに微笑むリリに、杏樹は続いて蒼い薔薇を差し出した。一輪咲くそれは、不可能という花言葉が有名の様子だが――「神の祝福」「奇跡」「夢かなう」などの言葉もあるようであれば、共に神へ祈りを捧げる彼女には似合うのだろう。紺を纏う姿にも。 それと重ねて、四つの花弁を持つストックを。 「逆境を克服する力って花言葉があるそうだ」 「ありがとうございます。……真っ直ぐな佇まいですね、勇気を貰えます」 惑いながらも、道を違えぬように。目を細めたリリが杏樹へと差し出すのは、一杯に咲いたパンジーゼラニウム。分かれた二色が美しいその花言葉は、「あなたを深く尊敬します」……信仰の道を歩む者として、一人の人間として。 「それじゃ、僕からは君子蘭を」 夏栖斗が差し出した、今の時分に花咲くそれは、中心の黄色から朱色への変化が美しい花。 「花言葉は気高い心、似合うでしょ? アークリベリスタ女性ってほんとうに気高い心をもった人が多いからね」 彼が順々に見る杏樹、ケイティー、リリの誰もが相応しい。世辞ではなく告げる彼にリリは笑って、燃える炎にも似たグロリオサを。ふむ、と悩んだケイティーは綺麗でとびきり香りの良いものを、と頼んで甘い香りのネメシアを三人へ。 それと、もう一人分。大切な人に鈴蘭をそっと買い求めたリリの姿に贈る相手の当たりを付けた夏栖斗は、あいつそういう所鈍感だからな、と自分を棚上げして笑う。 「雑貨のところにいい感じのメモとか売ってたし、それにメッセージもつけておくといいかもだね」 「あっ、アドバイス有難うございます」 あいつ今頃くしゃみしてるんじゃないかな。そんな事を言いながら進んでいく彼らの道先には、まだまだ花が溢れている。 押し花にして栞にするのも良さそうだ、なんて杏樹の言葉にもケイティーは首を傾げるものだから、今日はとりわけ会話に花が咲きそうだ。 そして、くしゃみをしそうだと言われていた当人もまた、この場所にいた。 風斗と並ぶのはうさぎである。デートを辞書で引いた所結構長かったので文字数の為に割愛するが、ともかく二人揃ってこのお出掛けの認識は『デート』だ。 ――これで、誤魔化しはなしだ。 若干固まり気味の風斗が前から着るものに迷って床ドンしてたのは秘密である。時折吹く風に軽やかに揺れるうさぎのスカート姿を見る限り、とりあえず戦闘服は着て来なくて良かった様子だ。 アクセサリーを見ようと誘ううさぎの声も時折上ずっていた。表情は平静を保っているが内心は風斗並に錯乱気味だったりする。何しろデートだ。デートだ。それならば。 「……その、後、手を、その……」 「手」 「ほら人多いじゃないですかはぐれると困りますよね!?」 「あ、ああそうだなデートだしな!」 互いに色々と考えが煮詰まっているのはとりあえず勢いで乗り切る事にする。 風斗は息を吐いた。今日のうさぎは女の子だ。そうだ、少し緊張した様子ながらも楽しそうに店を眺めるうさぎにアクセサリーをプレゼントしよう。花言葉だって調べてきた。誕生花の一つ、日日草はピンポイントで『友情』だったのでとりあえず今日は却下である……とか考え出すとキリがないのが世の中だ。 他には何をすれば喜ぶだろう。色々と考えたはずなのだが、どうしても落ち着かない。軽くこめかみを押さえた風斗に、うさぎは小さな花のネックレスを着けて見せた。シルバー基調に青を乗せたそれは派手ではないが、可愛らしい。 似合うかどうか尋ねかけて慌てて手を振る『彼女』には似合うように思えたからプレゼントしようと口を開きかけた風斗に、うさぎは少し目を逸らして告げる。 「折角ですし。……あの。……その、お、お揃い、で……」 可憐な花は、青のアスター。 小さな青が、うさぎの指先で揺れていた。 ● 道を行く人々は、誰も彼も笑みだから、ひよりもつられて笑みを零す。 花も人も嬉しそうだから、紛れて妖精力を補給しよう。 ああ、そうだ、恋人へのお土産も探さないと。鈴蘭の鉢植えは後にして、他には何がいいだろう。 「やさしい春の色」 目を細めたのは花の砂糖漬け。目で楽しんで、手軽に摘んで糖分補給をして欲しい。 ふんわり桃色の薔薇、それともビオラ? まっしろなお砂糖をまぶしたパステルにはハーブティーを添えて。 お茶は淹れたてを飲んで欲しいから、そうしたら彼に会いに行く口実も一つ増えるから――。 おひさまの香りと、お花の香りを胸いっぱいに吸い込んだひよりは、その時を思い小さくはにかみながら花の様に笑みを咲かせた。 大切な人に、お花を。 その言葉で旭の胸に浮かんだのは、未だ思いを重ねて間もないあの人。 「……お花とか、お世話するの? できるの……?」 凡そ花とは無縁そうに思える『彼』が花に水をやる光景を想像してみようと鈴蘭とにらめっこ。なかなか難しかったが、想像さえしてしまえば可愛いものかも知れない。よし決めた、買ってあげよう。 「すみませーん、このちっちゃい鉢植えひとつおねがいしまぁす♪」 声を掛ければ、共に差し出されたメッセージカード。贈る際に添えるのだ、と告げられて瞬いた旭は、それらしい言葉を探して――告げたのは、『Avec tout l'amour et le merci et』。 「よ……っ、よくわかんない言葉だからそんなに恥ずかしくないもん……!」 だから愛とか入ってても恥ずかしくない。そうなのだ。はずかし……やっぱり恥ずかしい。 誰にともなくばかー、と照れ隠しを口にする旭の頬は、薔薇の如く赤くなっていた。 道に溢れる花の種類は、あんまりにも多くて迷ってしまいそうだから。 「色んな花を見るのも楽しいけど、折角だから原点に返って鈴蘭を見たいな」 そんな快の言葉に、雷音は折角のすずらんの日だから、と頷いた。 「はなやかなのもよいが、白い鈴蘭の控えめで可憐な美しさも見ていて気持ちが安らぐのだ」 ころころと可愛らしい花は、メインなだけあって一角は鈴蘭だけの場所が出来ているほど。 控えめに咲くニホンスズランに加え、花の目立つドイツスズランは薄い桃色のものもあって、一つ一つ表情が違う。そんな雷音を手招いて、快は少し先を指差した。 「ちょっと向こうまで歩かない? 100mくらい」 「うん? なにか気になるものがあったのか?」 首を傾げた彼女としばし共に歩き、快が差し出したのは後ろ手に隠していた鈴蘭の寄せ植え。いつの間に、と目を丸くした雷音に快は悪戯っぽく笑った。 「渡すときは、買った店から100m以上離れてから、がルールなんだってさ」 「そのルールは初耳なのだ……ありがとう、鈴蘭と一緒に幸せもいただけたようだ。とてもうれしい」 薄く頬を染めながら笑う雷音は、快にも鈴蘭をあげたいと告げる。彼の事が大切だから。 そんな彼女に笑って頷く快は、少しだけ目を細めた。可愛い妹分であるはずの彼女は、どの『大切』なのだろうと。 鈴蘭は小さく、揺れている。 可憐な花が鳴るように震えるその様子は、フランス出身のミュゼーヌにとっては懐かしいもの。 「花の香りに包まれながら歩くのって、ふしぎな気持ちです……いつの間にか別の花の匂いに変わっていて」 「うん、まさに百花繚乱。春特有の雰囲気ね。あ、あのカルミア綺麗……」 花に囲まれた道を三千と手を繋いで歩くものだから、気持ちも目も随分と満たされる。それでもお花好きの心が疼くから、ついつい沢山の花に引かれてあちこち回るミュゼーヌに、三千はそっと小さな花束を差し出した。 「大好きな相手の相手の幸せを願って……」 「まぁっ……ありがとう、三千さん。それじゃあ私からも。これ、良かったら受け取ってほしいわ」 薄いピンクの鈴蘭を手に、普段は凛々しい表情をぱあっと笑みに変えたミュゼーヌは青みがかった白の鈴蘭を三千に。互いの掌に乗せたそれは色違いで可愛らしい。 ありがとうございます、と礼を言った三千は、いい事を思いついたというように笑みを零した。ミュゼーヌの家に、一緒に飾っていいだろうかと。 「隣同士に置いておいたら、きっとすてきだと思うのです」 「ふふ、勿論。誠心誠意お花のお世話をさせてもらうわ」 そうなれば、似合う花瓶もあった方がいい。雑貨を並べているのはあちらだったろうか? 差し出せば三千の大きな掌が温かく握り返してくれるから、ミュゼーヌは鈴蘭を片手に歩き出した。 今日のデートは、まだまだ終わらない。 飾られた花々を眺めるように配置されたカフェのブース、華やかな香りのローズティーを口に運んだリルの隣では、凛子がほのかに花の香りのするディンブラを楽しんでいた。 鈴蘭の花言葉は、幸福の再来。リルにとってはデートができる度に幸せなのだが――そう告げれば、凛子は、 「私にはリルさんの純粋さが嬉しいですよ」 なんて笑うものだから。ついつい、リルは指先でその頬をつついてしまう。年上ではあるが、その感触はやはり女性のもので柔らかい。 「凛子さんも、一口どうッスか」 チョコレートケーキを頼んだ彼女に、生クリームのケーキをあーん。一口貰った凛子は、おいしいと呟いてからリルの顔に目をやった。 「リルさんのほっぺにクリームが……」 「え?」 そうしてリルが拭くよりも早く、舌先でぺろりと舐め取るものだから頬は薄く赤く染まってしまう。 「凛子さんは、鈴蘭みたいな人ッスね」 照れ隠しも込めてそう返せば、凛子も頬を染めるのだが……身を伸ばして、耳元で囁かれた。 「でも、鈴蘭には毒があるのですよ」 甘い香りと可憐な姿に、秘めた毒。囁きと共に耳を優しく食まれれば、もはやリルに逃げ場はなく――毒に囚われた彼は、言葉を失って頬を薔薇に染めるばかり。 甘い香りは花とお菓子と、それから女の子の。 普段の世話に、とお誘いをしてくれたユーグに気にしなくていいのに、と微笑んだ羽衣だが、やはり誰かと一緒にお出掛けというのは素敵なものだ。 甘い物も色々と種類があって迷ってしまうけれど、折角花に満ちた日なのだから深い色のビオラとペチュニアのプレートにしよう。ユーグの前に運ばれてきた皿を見れば、華やかな香りが漂ってくる。 「ユーグのは金木犀? いい香りね」 「ええ。香りが強い金木犀の花を食べるって、不思議な感じですね」 花を食べているのか、香りを食べているのか。くすくす笑った羽衣は飾られたビオラの花弁を口に運び……あまくない、と呟いた。甘い香りを漂わせていても、花弁本体は砂糖菓子のように甘くはないのだ。綺麗だけどちょっと拗ねちゃう、と飲み込んだ彼女に、ユーグはくすりと笑ってまだ手をつけていないケーキを差し出した。 「いいの? でもユーグの……」 「お礼ですから遠慮は無しですよ」 少しばかり羽衣は悩んだ様子だったが、ありがたく、と半分に切ったそれを口に運び――今度こそ顔を綻ばせる。 「花のケーキと女の子って絵になる組み合わせですよね」 その様子が可愛らしいものだから、思わず零してしまった言葉。はっと気付く前に、羽衣はくすくす笑っていた。 「あら。女の子なんて、ユーグはいい子ね?」 「す、すみません」 可愛らしく見えても、彼女はユーグよりも年上だ。失礼だったかと謝るユーグに差し出されたのは、ケーキの半分。 一緒に食べたほうが幸せなのよ、と笑う彼女は年上らしい余裕を浮かべているからユーグはまた恐縮して……笑ってフォークを手に取るのだった。 馥郁たる香りに薔薇の華やかさが加わった紅茶を手に、白い少女達は小さく微笑んだ。 砂糖漬けの薔薇の花弁を練り込んだクリームを添えたスコーンをお茶請けに談笑していた氷璃は、ふと鈴蘭の花束を取り出す。鈴蘭を贈られた人には、幸運が訪れると云われているから……彼女が共にお茶を飲む糾華に差し出すのは、二つの花束。 「1つは私から糾華へ、もう1つは糾華が贈る為のものよ」 誰に贈るものか、なんて言わずとも分かるのだろう。穏やかに目を細めた氷璃に、糾華は瞬いてから小さく笑った。 「ありがとう、氷璃……さん、リンシードもきっと喜んでくれるわ」 花束を胸に抱いて、少しだけ迷った糾華ははにかみながらそう告げる。少しだけくすぐったくて、温かいこの気持ち。 周囲にも目の前にも花に満ちた空間で、描く会話は春からの事。 外見よりも遥かに年を重ねた氷璃と違い、糾華は今年で高校一年生。 「学校の方は如何かしら? 新しい環境にはもう慣れた?」 「そうね……顔ぶれも少し変わってるけれど敷地は同じだし、あまり変わってないのよね」 三高平大学付属は一貫校だから、目立った差異はなくて。上級生は大人に見えるけれど、いつかは自分もそうなれるのだろうか、なんて糾華の話を氷璃は相槌を打ちながら興味深げに聞いていく。 「……そんなに心配かしら?」 「あら、当然よ。可愛い娘の事だもの――どんな話でも良いから聞かせて欲しいと思っているわ」 紅茶を口に運びながら告げる彼女の表情は常と変わらず……けれど声音には言葉と違わぬ心が篭っているから、糾華は一度息を吸って店員にこっそり頼んでおいた鈴蘭の花束を差し出した。 「これは、私から氷璃……母様に」 さっき言えなかった言葉を込めて、思いを込めて。 「幸福が訪れますように、ね?」 大好きな家族が、幸せでありますように。 恋人に、友人に、家族に……大切な愛する人に。 捧げられた白い花は、可憐に揺れている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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