●アンチマテリアルトリビュート 念願の夢が叶う。 悲願の成就たるや、なる。 そう思い、皆でむせび泣いたものだった。数えきれぬほど行ったシミュレート。信者一同、私財の全てを投げうっての探索活動。 その成果が、ついに実を結んだのだ。 目前の儀式陣内に居る五つのそれら。外観は人間の子供のようであるが、それらがけして自分達と同じものなどではないことを我々は知っている。 これは鍵を作るものだ。向こう側より現れ、こちら側との大扉を開くための鍵を作る存在だ。それらのうちのひとつが、声をあげた。日本語ではない。否、こちらの世界のどの言語とも異なるものだ。 はじめは何一つ理解できなかったものの、今では朧気にだがわかるようになってきている。これも向こう側の知識を深めた成果であろうか。彼の人には感謝してもしきれない。 これらを手に入れることができたのも、彼の人が授けてくれたこの蓮の花のおかげだ。水がなくても枯れないこの蓮は、素晴らしい。我々の願いを叶えてくれた。 さあ、と。活動をはじめなければならない。何を。決まっている。これらを使って世界を滅ぼすのだ。向こう側との扉を開き、あちら側をこちら側へと流出させるのだ。 私達は滅ぼさねばならない。これは復讐なのだ。その為に我々は集まった。長き悲願の成就のために集まったのだ。復讐、そう復讐だ。妻と娘を奪われた恨みを晴らすのだ。 私は横に立つ同士へと目配せする。名前は知らない(出会ったのが三時間前なのだから当然だ)彼女は私の顔を見るとわかったという風に頷いた。流石は長い付き合いだ。こちらの言わんとすることを理解している。 それでは始めよう。これらを用い、鍵を完成させなければならない。そのための生贄も用意してある。 指、眼球、心臓、髪、皮膚、爪、諸々。あらゆる人間のパーツ。鍵は素材を厳選するという。これらで足りるのかどうかは不安だったが、なんとかなって欲しいものだ。その為に私は妻と娘を捌いたのだから。 ここにいる誰もがそうだ。自分の恋人を。夫を。子を。身内を。儀式の為に差し出している。身を裂くような思いではあったが、復讐の為だ。きっと彼女らも許してくれる。 厳選を。これで足りなければ市井の人々に手を出すしかあるまいが。何、問題はない。こちらには異界の怪物がついているのだ。これら鍵の作り手をうまく利用すれば造作も無い筈だ。 それらはまた奇妙な声をあげる。ありがたい。ひとつめのパーツは鍵に合致したようだ。声をあげる。声をあげる。 「きやらるえ るふりた たと はんぐるい てりおちれん きずも はとくるいなふ おんぷるふうい とりえてくれろあ えんさ てけり り」 ●サイドアウトワーカー 全くもって不安定な世の中である。働けど働けど我が暮らし楽にならずとはよく言ったものだ。まあ将来のことなど考えたくはないのだが。ここ数年で自分の給金の上昇率を計算してみると真っ暗な未来しか見えなくなったものだ。ため息も出る。あのカウンセラ、欝の診断書は書いてくれないものだろうか。昨今、精神病への理解は広まったとは言いがたいが、それでも資格者の公的書類があれば納得するだろう。やれやれしかし最近は素材も良い物が少なくなった。全く、栄養をきちんととらないからこうなるのだ。どこかに良質の、おや。なんだこれ。いいものがあるじゃないか。多少食い散らかさられて居るのはいただけないが、なかなかに良い。良い素材になる。こうした幸運は久しぶりだ。やれ、まともに働くものだな。日頃の行いがあったのだろう。それになんだ、まだ面白いものがありそうじゃないか。感謝をせねば。王。王。偉大な。王たる覚悟。偉大な。いだ、いな。 ●アンチマテリアルトリビュート2 身体が軽い。だが、焼けつくように痛い。足を引きちぎられたのだから当然だろう。どうやら妻の体は、背骨と頬繊維こそ合致したものの、他のパーツは意味をなさなかったらしい。私の足は大丈夫だろうか。 操れると思ったのだが、間違いだったらしい。それらは選定を終えると直ぐ様我々に襲いかかり、今度は我々の選定を開始したからだ。 復讐の成就をこの目で見られぬのは残念だが、仕方がない。完成するのであれば本望だ。妻子を殺害した甲斐もあったものである。これで彼女らも浮かばれ、あれ、なんだ。なんだか、おかしいぞ。 おかしいぞ。どうして私はこんなことをしているのだ。いやいや、何を言っているのだ。復讐の為じゃないか。妻子を殺害した私に私が復讐する為に世界を滅ぼしてその鍵を作りに妻子を殺したじゃあないか。え。なんだ。なんだか思考が変だ。おかしいぞ。彼の人のいうことを聞いていれば間違いはない筈なのに。 だって彼の人が妻子を殺せと言ったからそうして私は復讐しないといけなくてだから世界を待ってなんで滅ぼすんだ。どうなってるんだおかしいだろう。四時間前にはリビングで妻と娘と朝食を取っていたじゃあないか。どうしてこんな。どうして。 嗚呼、嗚呼。私がどうかしていた。どうしてだ。どうして。誰だ。これは誰だ。私の記憶の中で妻子を殺しては解体している私は誰だ。誰だ。誰だ。彼の人とは一体誰なのだ。 同じ疑問に至ったのだろう。腕をなくした横の人(名前なんて知らないさ、だって三時間前にあったばかりだもの!)が私と同じような顔をしている。 手から蓮が零れ落ちる。おかしい。こんなにも禍々しい虹色だっただろうか。粘泥のような。なんだこれは。いったい何が、どうなって――― ●リメディアルアクションプレイヤー 「五分間、休憩を取るわね。知っていると思うけど、お手洗いは部屋を出て右に行ったところよ」 映像が終わると、少女は続きを語らずに小休止と決めた。ショッキングなものも多かったのだ。彼女の配慮に感謝し、何名かは口を抑えてブリーフィングルームから出て行く。 惨殺死体。それをさらに細切れに変えていく少年少女のような五体のアザーバイド。生きながら同じことをされていく人間達。狂った発想。何者かに狂わされたかのような不可解感。 およそ、共感できる物事など何ひとつない。狂っているというのなら、アレこそまさしくそれそのものであった。 「落ち着いたかしら。それじゃあ詳細の説明を開始するわね」 彼女が動揺を受けた様子はない。自分達に話す以上、彼女は先程の映像を何度も見返したはずである。だからこそ『今は平気』なのであろうが、その心中を察することはできない。 「相手はアザーバイド。数は五。見た目に反して、人間を軽く引きちぎる程度の膂力は有していると思われる。詳細は不明だけど『鍵』なるものを人体から作成できるスキルを所持している。鍵の用途はおそらく、向こうの世界とのリンクと、こちら側への流出よ」 流出。その言葉に僅か、息を飲んだ。 今しがた、そのアザーバイドらが作り出した惨劇を目の当たりにしたばかりである。そのアザーバイドの世界と直結するというのなら、あれらが、もしくはより強大な何かがこちらへと侵攻してくる恐れがあるということだ。なんとしても、止めなければならない。 「また、映像が切り替わった際にうつったものは別の世界のアザーバイドだと思われる。『鍵』の存在を感知し、目的としている以上はその用途を知っているものと思われる。こちらの目的も恐らくは流出。計算ではあなた達がこの儀式場へ到着した数分後には到着よ」 二種の敵対アザーバイド。敵の敵はなんとやらとの言葉もあるが、期待していいものではないだろう。それは向こうに取っても同じことなのだから。ひとまず弱い人間から潰してしまおう、そう考えてもおかしくはない。 「どちらにも、鍵を使用させるわけにはいかないわ。目的は鍵の奪取、ないしは破壊。非常に危険な任務になると思うけど、お願いね」 なんだろう、妙な胸騒ぎがした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月16日(金)22:07 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●リメディアルアクションプレイヤー2 わたしのおとうさんはさらりーまん。まいにちわたしがおきるころにはかいしゃにいって、ねたあとにかえってきます。きゅうじつもあまりありません。おかあさんは、それがすごいことだっていいます。そうしてくれるから、なにもしんぱいせずにくらせるんだそうです。だから、おとうさんはすごい。にちようびにあそんでくれないのはすこしさびしいけれど、それでもわたしはおとうさんがだいすきです。 死ぬ、というのは。所謂根源的な恐怖を孕んでいる。死にたくはない。誰だって死にたくはない。誰だって、だ。自殺志願者でさえ、元は死にたくなどなかったのだ。そうでなければ、この世に生まれて来ない。産声などあげはしない。物心ついた時に、母を呼んで笑ったりはしない。 死にたくはない。だから、死ぬというのは恐ろしいのだ。何がどうなるかわからない。それでも自分がどうにかして失われてしまう。その恐怖は常に付きまとう。だからこそ人は危機感を養うのだから。 刃物は恐ろしい。銃は恐ろしい。毒は恐ろしい。獣は恐ろしい。暴力は恐ろしい。殺人鬼は恐ろしい。車は恐ろしい。赤信号の歩道は恐ろしい。高いところは恐ろしい。戦争は恐ろしい。水の中は恐ろしい。炎は恐ろしい。雷は恐ろしい。地震は恐ろしい。喪失は恐ろしい。 それらはおよそ、死である。≒。死に近しい。それは恐ろしい。なぜなら、死とは恐怖そのものであるのだから。 死。絶対死。それはとてもとても恐ろしい。 では、それ以上はどうなのだろう。 死。絶対死以上の死。言うなれば超越死とも言うべき何か。遭遇はおろか、知覚すら死に近しいそれがあるのなら。嗚呼、あるというのなら。及ばぬのではない。及びようもないのではない。及ぶと思いもせぬほど強大な。超越的な。最大をさらに突き抜けるような! ―――――否。 思考はそこで止めよう。それが好ましい。なにせまだ、ヒトの形をしていたいのだから。 「三ツ池公園のような大穴がまた開けられるのは御免こうむる」 そういくつも、通り穴を作られてはたまらない。ここが底だというのなら、湧き出てくるという表現はおかしいが。それでも、化け物の湧き出る不吉の大口。あんなものがまた開くというのなら、それがより強固強大であるというのなら、止めぬわけにはいかぬのだ。車窓の外。オレンジの光に照らされた車が交差する。その数をなんとはなしに数えながら。『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、天鳴の獅子のひとりごとは。夜風に霜の浮かんだ窓硝子に当たって、向こう側へと抜けていった。 「儀式も阻止しなきゃだけど、素材に人間なんて……」 残酷である。と、表現するべきなのだろう。人間側でいたいのであれば。少なくとも、『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は本心からそう思う。酷いことをするものだ。許せるものではないのだと。ここで感情に対する経済論を語るつもりはない。名も知らぬ他者を慮る気持ちは、とても尊いものなのだから。 「こんなの、おしまいにしなきゃだよね」 ほんのすこしだけ、指輪に目を落とす。それだけで、勇気づけられる。顔を上げた時には、目に決意が宿っていた。 「行ってきます」 「ご多分に漏れず、目的はまぁ明確。問題は呼び出そうしてる奴がすこぶるヤバそうだって事だね」 『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は気取って言うものの、そこに抜けた調子は見受けられない。これまで培ってきた経験が、リベリスタとしての勘が、脳内でけたたましい警鐘を鳴らしているのである。これは放置してはならない。叩き潰さなければならない。こちら側にあってはならない。許してはならない。存在してはならない。 「此処だけで終わってくれれば御の字なんだが……如何にもな」 不吉な予感ばかりが、胸中を渦巻いていた。 「異世界から出張されなくても色々手一杯だっての」 『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)の言う通り、本当にどうしてここばかりがと嘆きたくなるほどに怪奇事件は絶えない。殺人鬼やら、鬼やら、異人軍やら。よくもまあ寄って集って、こんな島国で好き勝手してくれるものだ。ただでさえ、国内の出来事ですら手が回っていないというのに。そこにまた、異世界ときたものだ。アザーバイド。本当に、うんざりしてしまう。 「巻き込まれる側からすりゃイイ迷惑だ」 はて、それでも。『巻き込まれて』いるのだろうか。 到着や否や、駆け出していた。一息をつく暇もない。気配はまだ感じないが、確実にここに向かってきているのだから。アレが、あのもうひとつの異界人が。 それまでに、少しでも敵の万全をすり減らしておく必要があるのだ。 扉を開ければ、異臭。ああ、しかし嗅ぎ慣れたと言ってしまってもいい。血の匂い。死の臭い。それが充満している。濃い。とても、濃い。濃厚で、泥のように、沈んでいく。 「あぁ、気持ち悪い。鼻がイカれそうだ」 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は顔をしかめる。惨状が、ではない。ここからでもよく見えるのだ。元より人間大。隠せるはずもないのだが。あの鍵は、嗚呼、なんと醜悪な。これが自分と同じものでのみ作られているのなど、想像するだに悍ましい。自分のどこをどうすれば、あんなものができるというのか。 「ずいぶん派手に散らかしたな。拳骨で済むと思うなよ」 鍵から目を外す。これ以上、気持ちの悪い妄想に取り憑かれれば抜け出せない気がしたからだ。敵を見据える。一体とて、逃しはしない。 「誰が整えたかは知らないが、好き勝手に散らかして品がないな」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が、乱雑に血肉撒き散らされた様を見て吐き捨てる。彼女の、敵に対する言葉はいつも容赦がない。ああ当然、容赦だなんてものはいらないのだが。歩み寄らず切り捨てるべき相手なのだから、ここまでであるほうがいっそ小気味良いというものだ。 「不潔で不快で不毛なものを呼び寄せるなら当然か。片付けと礼儀を知らないようだが。何、しっかり教えてやろう。床に散らばる惨状と混ぜて纏めて片付けて」 「馬車馬みたいに働いて、随分とお疲れね」 『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)のそれは無論、労いの言葉などではない。「ブラック企業ならぬブラック世界って奴ね、可哀想に」なんて言ってみても、どうせ届きはしないのだから。彼女らにとって、自分達は家畜であり、野生動物であり、刈り取る対象でしかない。稀に返り討ちに合うことはあっても、それを窮鼠が猫を噛んだ程度にしか感じていないだろう。だが事実、こちらの人間のほとんどは向こうのヒトへの対抗手段を持たない。平行ではなく、ねじれの関係。歩み寄りなど存在しない。 「ああ、こいつ等が九十九の言ってた奴等か。成程、確かに飯が不味くなりそうな事をしてるね」 お前んちの家系は一回、客観性ってものを身につけた方がいい。いや、『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)の家族構成とかしらないけどさ。とはいえ、彼女の言も間違っては居ない。一見人間とも紛うこれらが血肉のへばりついた床で骨と肉と筋で出来た大鍵を恭しげに仰いでいる様など、長居も直視もしたいものではないだろう。ここと感性のあってしまう奴がいるのなら、まともかどうかはさておき、お近づきにはなりたくないものだ。 「こんな連中は、とっとと倒しちまうに限るよ」 『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)は思う。自分は子供で、所謂『常識』というやつがなくて。だから、何が普通なのかというのはよくわからない。平常を知らない。恒常を知らない。それが幼さ故のものなのかもわからない。誰にも、理解し難いのかもしれない。だけれども、身体を走るこの寒気は。心臓が打つこの早鐘じみた警告音は。脳が感じる逃げ出したいという欲求衝動は。この事態がとてもとても『異常』なのだと強く叫んでいる。だから、ほら、ねえ。怖いでしょう。思わず、舌なめずりしてしまうでしょう。 「……ああ、とっても楽しそうだ。思う存分、イタダキマス」 『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)が印を組む。それを始まりとしてリベリスタらは講堂の中心舞台上へと走りだした。椅子の群れ群れが邪魔ではあるが、この程度で失速する程でもない。 だから、ここからが。 何もかもを根こそぎにするような、悪い予感だけを孕んで。泥のように、闇のように。 足元から、沈んでいく。 ●アンチマテリアルトリビュート&リメディアルアクションプレイヤー にちようび。めずらしくおとうさんがおうちにいました。たまのおやすみというやつらしいです。おとうさんはたいていつかれているので、そっとねかせてあげなさいとおかあさんはいいます。でも、きょうのおとうさんはおきていました。あそんでくれるかな。わくわくしながらおとうさんにちかづくと、おとうさんはわたしをみてにっこりとわらってくれました。 扉を越えてすぐに、ユーヌは駆け出していく仲間を見ながら影人を作り出していた。 命令はひとつ、入り口を塞ぐこと。 この講堂は入り口が限られている。であるならば、後からくる誰かを阻害するのは簡単だ。扉を塞げばいい。それだけで防御が完結するとは思っていない。ようは時間が稼げればいいのだ。互いに生命を賭した戦いにおいて、1秒とは限りなく長い。たったそれだけでも、戦局は動くのである。 意識は、こちらのアザーバイド共へ。嫌でも目に入る、人間大の大きな鍵。いや、正確には鍵と言われなければそう呼称するのは難しい。杖とも、槍とも、剣とも。なんともつかぬ肉と骨の塊。どうなっているのか、飾り付けられた血管は、装飾された臓腑は、未だに生命活動を主張している。つまりは、脈打っている。 生きていると、いうのだろうか。生命であると、いうのだろうか。であるならば、あれは一体誰なのだ。誰それであるのだ。生かされているのか。意識はあるのか。己の現状を認識しているのか。そうであるというのなら―――。 いや、生きている筈がない。嫌な妄想だ。考えを振り払い、戦闘に集中する。それでも忌々しく、否定の言葉を自分の脳は選び続けている。その裏返しであるかのように。 なまじ、理解が及ぶというのは時として不幸なものだ。知らなくていい。知らなければよかった。そんなものはこの世にごまんとある。それを好奇心が、使命感が、知識を伴うことで浮き彫りにさせる。 雷音の見たもの。確認したもの。このフロアで行われたそれに関する儀式陣。それを探査した結果から述べれば、なにひとつなんでもないというものであった。 一瞬、呆ける。同時に、理解する。この一切の規則性も魔術的要素のない備品もただ光っているようにだけ見せている塗料も。全ては儀式『めいた』所作をさせるためだけのものだ。これを用意した誰かが、ただそれっぽさを演出するためだけに誂えたものだ。嘘をそれらしく見せる必要はない。これのどこにも真実が混じっていない。狂った脳を誤魔化すだけならばそれでよかったのだ。 底知れない悪意を理解する。これは滑稽さを嘲笑う為だけのものだ。鍵の材料とする為の人間に、それ以上の残酷さをトッピングするようにされたものなのだ。 仕事の合間に、レクリエーションを混ぜた。その程度の認識なのだろう。ちょっとした余興だったのだろう。悪趣味で、怒りの湧き上がる行いだが。 それは本当に、人間をなんとも思っていないのだと理解できた。 「ひとを、何だと思ってるの……」 アリステアに浮かんだマイナスの感情は、ひとがひととしてあるならば本当に尊いものだった。 ばらばらの、ぐちゃぐちゃに。かつてヒトだったものがそこかしこに飛び散っている。原型もわからぬ、完成図の伝えられないジグソウパズルのように。引き裂かれている。細切れにされている。 殺人者。という枠で収めるられるものではない。復讐者にせよ、快楽殺人鬼にせよ、戦争の犬にせよ、非倫理的科学者にせよ、彼らはヒトをヒトとして扱っている。それがヒトであるのだとして殺人している。その行為が肯定されるわけではないが、これは、ここまでは、ヒトをどうとも思っていないわけではない。 命を奪われる理由が酷い。死んでからも身体を材料として扱われるだなんて許せない。悲しい。悔しい。あふれだす感情は使命感を抱かせる。それは戦士の思考だ。この場で何よりも必要なものだ。 仲間の傷を癒していく。敵は力強く、自分が癒やさなければ味方もいずれああなってしまうだろう。とてもとても、恐ろしい。恐ろしいことだ。それでも目を背けない。背けることは許されない。この人間を人間として扱わぬ無情共に、抗わねばならないのだ。 少しだけ、遅れたことが喜平の中で気がかりになっていた。戦闘を有利にするパンプアップスキル。実際の戦闘を開始する前から行うのは、確かに戦術上有利であると言えるものの。今回は多少事情が異なっている。 後続で、敵が増える。増援ではなく三つ巴の形になる以上、その後の戦局は不確定な要素が色濃く残るのだ。そうである以上、道中も急ぐべきだったのではないか。そんな不安がつきまとっていた。 かと言って、そんな胸中如きで集中を切らせてしまうほど衰えた覚えはない。今は何よりも、ここにあるアザーバイドの数を減らすことに専念してする。 「ふんぐるい、らるとえいたなむ、ていくりあ、らふれ、り」 言っている意味はわからない。だが、理解できてはいけないのであろうことはわかる。削れ。削れ。ひとつでも多く。伸びる腕。肩を掠めただけで激痛が走る。信じられない膂力。痛い。だが痛みは、自分を戦場へと意識させてくれる。 ひとつ。銃弾がアザーバイドの頭を吹き飛ばす。子供が爆ぜたようで気分は良くない。ふたつ。目を逸らしたくなる光景。どうして、内腑までヒトのようなのだ。 と。 どん、どんどんどん。 後ろの扉を叩く音。自分にも仲間にも緊張が走る。 影人ごと、扉が粉砕される。そして、首から錠前をぶら下げた少女姿の何かが顔をだした。 見た目は、今しがた2体は屠ったこいつらよりも人間臭い。だが、心中のアラートはこれまでよりもけたたましい。 足首程度であったぬかるみが、胸までどっぷりとつかったような錯覚。 ここからだ。ここからであるのだ。 そうして、死闘は新たな色を混じえ。激化する。 ●アンチマテリアルトリビュート、サイドアウトワーカー&リメディアルアクションプレイヤー わたしはしななければいけません。おとうさんがおこなうだいじなぎしきにつかわれるからです。これはだいじなことです。だって、これはわたしのためなのです。おとうさんはころされたわたしとおかあさんのふくしゅうのためにわたしとおかあさんをころしてぎしきをおこなうのです。まちがってなんかいません。これはだって、かのかたがいっていたことなんだもの。 エレオノーラが対象を180度変更する。 軟体のそれから、鍵付きのアザーバイドへと。 敵の敵は、などという余計な様子見を挟むつもりなど毛頭ない。どの道、どちらも敵なのだ。不確定な戦況変更が起きる前に、こちらのプラン通りに事を運ぶべきである。 破壊された扉まで駆ける。ここで止めるのだ。舞台上までこいつの移動を許し、乱戦に転じさせてはならない。 「もし貴方が鍵を開けたら、王だか大君様は貴方に何をしてくれる?」 それを労働と、仕事であると仮定すればとんだ超過業務であることは窺い知れる。人間の思考であれば、不信も不満もあろうはずだ。 「今の貴方の行動は対価に見合うもの?」 マリアは応えない。応じない。それは種族意識によるものだ。例え豚がある朝語りかけてきたとして、フィクションドラマのように順応するのは愚かであるというのだろう。会話。質問。説明。およそコミュニケーションと呼べる行動の一切を、必要だと感じるほど相手の等級を認めてはいないのだ。 かと言って、こちらが相手を上であると敬ってやる必要はない。容赦なく切り刻み、二度とこちらの敷居を跨げぬようにしてやればいいのだ。 「……戸締りはちゃんとしないとね」 その胸に突き立てる。 狙われたアリステアの前に、フツは自分の身体を投げ出した。一撃が重い。腕の折れた感触と、今しがた自分がかばった相手から貰う癒法によりそれが再生していくのがわかる。 やはり、というべきか。回復役というのは狙われやすい。向こうとて、悪戯に戦闘を長引かせるような真似をする趣味はないのだろう。利益思考を行ったとして、可能であればこの降って湧いた材料共をとっとと二本目にしてしまいたい。そう思うはずだ。 だからこそ、彼がシールド役を買って出たわけだが。 関節駆動を問題としないアザーバイドの動きは、非常に足止めのしづらいものだ。しかし、目で追えぬわけではない。攻撃の咄嗟、被弾者を自分にしてしまう程度であれば難しくはないのだ。 それはつまり、最も辛い役回りでもあるのだが。 一撃に、血を吐いた。衝撃に内蔵を痛めたのか、もしくは折れた骨が肺に刺さりでもしたか。遠のきそうな意識を奥歯を噛みしめることで懸命に耐える。力みは痛みを助長したが、かえって気を失いたがる脳への激励にもなる。淡い光が自分を包み、呼吸が楽になった。生死を繰り返すようなものだが。それでも放棄していい立場ではなく、痛みを甘んじる戦いは続く。 少年少女姿のアザーバイド共と、乱入してきたマリアと。双方を意識しながら間合い位置取りを取るというのは難しいものだが、付喪はそこに注力を割いていた。 所謂、前衛職と呼ばれる者達ほどの耐久性がない為である。万が一に挟撃でも受けようものなら、そのまま生命を落としかねない。 稲妻を放つ。何もかもを食い荒らす雷竜の大顎。試しにと鍵を巻き込んでは見たものの、どうやら片手間に破壊できるものではなさそうだ。素材は人間と同じであると聞いているが、何か自分の知らないコーティングでも施されているのだろうか。 脈打つ鍵から目をそらし(直視を続ければ狂いそうだ)、攻撃に専念する。焦がし、喰らい、貫く迅雷。 「女子供相手に本物の雷を落とすのは好きじゃあないんだけどね。中身が化け物ってんなら話は別だ。炭になる位、念入りに焦がしてやるよ」 てけり、り。てけり、り。焼かれ、焦がされ、それが苦しみの悲鳴なのかはわからない。これらアザーバイドの所作は非人間的で、うまく表情を読み取れないのだ。なまじ子供の姿であるだけに、気持ちの悪さはより際立っていた。 一条の雷光が子供姿のそれを炭化させる。急所がわからない以上、徹底的に破壊するしか術はないのだ。 戦いも終りが近い。 既に子供姿のアザーバイドらの殲滅は終えていた。こちらも負傷甚だしく、幾名かは倒れているものの敵との距離は離してある。自分達が負けない限り、『材料』とされてしまう心配はなかった。 「お前さんの王とやらは、あの不定形野郎と関係があったりすンのか?」 猛の言葉にも、マリアは反応する様子を見せない。聞こえているのか、いないのか。そもそもこちらの言葉を理解できているのかさえわからない。 先ほど滅したあれらは人間の言葉を話してはいなかった。であれば、意思疎通を図る望みもこちらということになるのだが。どうやら色よい返事は期待できそうにもない。 判断材料はあるものの、要素が少なすぎるのだ。鍵の扱いを理解しているのだから、なにか通じる者同士であるとは予想できるのだが。敵対しているのか、どういう勢力であるのか、同じ世界に住んでいるのか。 無表情であったり、笑っていたり、悲しんでいたり。マリアの顔は切り結んでいる最中でさえころころとよく変わる。ただそれが、本当に笑っているのか、泣いているのか、判断できない。 理解できない。できないままに、切り刻み、傷つけ、互いに相手の死を望んでいる。 真咲の目には、幾何学的な儀式陣やヒトとも思えぬ残骸など目に入っていない。 ただ、敵だ。敵だけだ。敵だけであるのだ。それを喰らい、喰らわれ、喰らい尽くすことだけを役割とするのだ。細かいことは考えない。探査も分析も仲間に任せよう。自分はただ、敵を殺すだけなのだ。 振り回すのは、見目幼い姿には粗ぐわぬクレセントアックス。いや、この年令であればどのような凶器も似合いはすまい。 だが、その不釣合いな大得物を振り回しながら。真咲は笑っている。笑っているのだ。それは今も進行形でこの場に溢れているそれとはまた異質の狂気。 平常とは言いがたい様ではあるものの、それはこの異界人とは完全に別種の、奇妙な言い方だが人間味のある狂いであった。 「貴女達のやろうとしてる事は、ボクたちにとってとっても迷惑なの。だから、ここで皆殺しにさせてもらうね!」 或いは、これを人間的であるなどと表現するくらいにはこちらが狂ってきているのか。自分がまともであるという保証はない。その線引は集団意識を数値化でもできねば推し量れぬものであるが。 それを蔑ろにして、社会に混ざれぬのもまた事実である。 腕が飛んだ。血は流れず、肉だけでできたピンク色の内面が顔を出す。 「お前は何人目だ」 杏樹自身が出会い、また報告されたレポートを読み込んだ結果、このアザーバイドには疑問点があった。彼女ら同一の世界から来たと思われるアザーバイド群。その中には死体が消失したものもいくつかあり、そして。 こいつは今、過去にアークが接触した個体と非常に類似しているのである。 「お前は、王とやらが作った人形か?」 そもそも、何だ。どういう存在で、何であるというのだ。悪戯に人間を殺して回るような快楽者でないことはわかる。人間が何かの材料であり、それらを使用してより上位存在への奉仕を目的とした種族であるという程度しか予測できていない。 だが、解答を期待しない。その動きが口を開いたように見えたって、攻撃の手を休めたりはしない。知っているからだ。これが自分達を遥か下等だと位置づけていることを。 切り飛ばされたマリアの腕が再生しないことに気づいていた。どういう原理にせよ、回復というリソースはもう底をついているのだろう。勝利は目前であり、しかし気を抜くほどルーキーのつもりはない。 狙う。狙い続ける。どこが急所かも知れぬのだから、とにかくどこぞを貫くのだ。 「悪いが、ここから先は通行止めだ」 さて、終戦に移ろう。 ●サイドアウトワーカー&リメディアルアクションプレイヤー かのかたはいいました。おとうさんはいまくるっていて、ぎしきのさいごでやっとしょうきをとりもどすそうです。かのかたがそうなるようぷろぐらむしたそうです。かわいそうなおとうさん。こっけいなおとうさん。おとうさんはわたしをころしたことをしぬまぎわでおもいだし、とてもとてもこうかいしながらぜつぼうしながらしんでいくのです。わたしはこころのなかでわらいます。かのかたといっしょになってわらっています。 遊び疲れた子供が、その場で倒れて眠るように。 鍵付マリアは戦闘の最中、痙攣も過呼吸も見せず後ろ向きに倒れこんだ。 限界、であるのだろう。子供姿のアザーバイド共を倒してからこちら、終始有利であったのだ。こちらも万全で無いとはいえ、そこまでくれば自ずとこの結果は見えていた。 残った力で、完成した鍵を攻撃する。いとも容易く、とはいかなかったが破壊の不可能なものでもない。 これをどのように弔ったものか。そんなことを考えていると。風が吹いた。 奇妙だ。ここは地下室。風など吹くはずもない。違和感は自然、自身を戦闘状態へとメンタルシフトさせる。 マリア。視線を向ければ、彼女は錠前ごと、自身の胸に両手を突き刺していた。 アザーバイドの身体が跳ね上がる。痛いのか、はたまた歓喜であるのか。顎が外れそうなほど大口を開けて背を反り返させるマリア。 指は手は腕はどんどん鍵の奥へと沈んでいく。濃厚になる違和感。軟泥はついに頭までつかってしまったかのような。引こうとして、自分の身体が動かないことに気づく。否、正確には引き寄せられているのだ。何に。あの錠前に。鍵穴に。 内側に開いているのだ、と。直感した。出てこようとしているのではない。引き戻そうとしている。何もかも、自分ごと。自分達ごと。向こう側へ引き戻そうとしている。 頭の中で声が響く。知らない声だ。これがマリアのものなのだろうか。 「王。王。偉大な。王たる覚悟。偉大な。いだ、いな!」 別の違和感が生まれる。今、このアザーバイドは本当にそう言っていただろうか。自分の知っている単語で聞き取りやすいように変換してやいないか。 「おう、おう、いあいあ、おうあうあうお、いあいあ、いあ、いあ」 違和感は理解をたぐり寄せる。おうあうあうお。なんだ。彼女はなんと言っている。何をくりかえしている。おうあうあうお。何を言っているのだ――――― ふぉうまるはうと。 気がつけば。 知らないところで目を覚ました。どこだろう。屋外のようだ。 天井がない。視線を空に移して、愕然とする。 虹色の星空、泳いでいるのは目無のクジラだろうか。綺羅びやかで、だからこそ現実的ではない。視線を落とせば見たこともない植物が広がっている。 どれもこれも美しいようでいて、にたりと微笑みかけているようでさえある。 なんだ、これは。 何かの気配を察して、咄嗟に身を隠した。 さっきまで自分のいた場所を、野生動物が通って行く。節くれだった金属質の獣。あれはなんだ。見たこともない色の花々はなぜか自分の方に花弁を向けている。感じるのは視線だ。 わからない。わからない。 パニックに叫びそうな精神を必死に抑えつけ、歩き出す。 一刻も早く、仲間を見つけなければならない。 わからない。 ここはどこだ。 続。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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