●どこにいる 「はぁッ! はぁッ! はぁッ!!」 逃げろ逃げろ逃げろ。 逃げるしかない。なんだアレはなんだ何が起こったんだ? 正体不明のナニカがいると聞いてきた。調査のつもりだった。敵の正体を判明させるための。なのに、 “何も見えなかった”。 「ひぃッ! ッ、ああ!」 転ぶ。街の中、走り続けた足の疲労が限度に到達。それでも這いずりながら路地の裏に逃げ込んで、 思い出す。何だ。何だったのだアイツらは。“何も見えなかった”。 途端、肩を抑える。血だ。血が流れている。何かに“食われた”かの様に彼女の肩は抉られていて、血が溢れ出している。走り続けた最中は夢中で痛みも薄かったが、座り込んだ今になって痛みが蘇ってきたみたいで―― 『 や ぁ 』 瞬間。心臓が跳ね上がった。 話しかけられている。誰に? 私に? そんな、嘘だ。待って。嫌だ。 あんな“死に方”はしたくない。逃げねば。逃げねばやられる。皆の様に。みんなのよう、に―― 「あ、う……なん、で……?」 だが気づいた。気づいてしまった。 先ほどから“体が動かない”。恐怖故に、ではない。縛られているかの様な圧迫感がある為にだ。ああ。そうだ、これだ。この感覚だ。この感覚があったから、誰も逃げきれなかったのだ。そうして私も捕まってしまって。 「ひッ、ぐぅ……」 涙が零れる。歯を鳴らす。近づいてくる。奴が近づいてくる。顔を背ける。目を瞑る。 金縛りにあったかの様に体は反応せず、全身が弱々しく震えるばかりで逃げれない。耳に届く靴の音が恐怖を煽り、涙の量が増していき、そして“奴”が、 口を開いた。 『ご覧 彼女が 君たちの 食糧 だよ』 刹那。右腕がなくなった。 「あっ……え、あ、ああっああああああああああッ――!?」 腕がない。どこに行った。太ももの肉がない。どこに行った。足がない。どこにいった。はらがないどこにいった。 『そう それで良い 良い子だ さぁ もっと もっと 思う存分 好きにしたまえ』 「ああああまってやめてやめていたいあいあああたすけてくださたべないでああああああ」 懇願する。見開いた目に映るのは、ボロ布纏った人型の存在。 だが“奴”は聞く耳持たない。 奴が背を向けた。食べかすの様に残された左腕を男に向けるが、届きはしない。助けてくれ助けてくれ。懇願する声は悲鳴が優先され、もはや絞り出すことすら出来ず。震える指先が空で折れて、丸ごと食われた。 絶叫が響き渡る。肉が食われる皮膚が千切られ内臓がなめられてあああああいやだしにたくな、 『では 次に 行こう 次を 探そう 君たちの 食糧 を』 靴の音が家の壁に反響して。歩いていく。止まぬ悲鳴はいつ終わるのか。もはや奴に興味はない。 奴は往く。どこかへと。どこへでも。 見えぬナニカを引き連れて。 ●ここにいる 「アザーバイドが現れました……海外で。ですが」 つまるところの海外派遣。『月見草』望月・S・グラスクラフト(nBNE000254)が語る内容はそういう事だ。 しかしどこへか。ヨーロッパか、中国か、それとも―― 「どこか、というならイギリスですね。ヤードからの要請になります。 少々不可解な敵らしく、アークの手を借りたいという事で……」 ヤード。“スコットランドヤード”。イギリスのリベリスタ組織だ。 先の“倫敦の蜘蛛の巣”との戦闘では共同戦線を張った比較的関わりの深い海外組織である。まぁその件について詳細は省くが――とにかくそのヤードからの依頼との事。 何があったのか。話す望月は要点だけを踏まえた言葉を綴り、 「まず、イギリス、スコットランドのとある街でアザーバイドの出現が確認されました。夜ではなく、昼にのみ現れる存在だとかで……一般人を襲っては殺していたそうです。これが一週間前の話。そして数日前に四人の調査隊がアザーバイドの性質調査の為に派遣され――」 一息。 「――全滅したそうです。“見えない敵”に…………食べられて」 何が“いた”のか、わからない。 何かがいたのは確かだ。しかしそれだけ。分からない。敵がなんであったのか。分からない。 日本でならば状況は違っただろう。万華鏡のある日本でならば、早期に敵の情報を取得できていた筈だ。“日本ならば”。 それはもう言っても詮無き事であるが……それこそが海外と日本の、最大の違いである。 「この事態、結構ヤードは重く見てるみたいですね。アークに協力を求めるレベルですから。“敵性アザーバイドの殲滅”が今回、貴方達に遂行していただきたい案件です。ヤードが調査隊の戦闘結果をかき集めたみたいでして、幾らか情報は集まってますが……彼らが……全滅したのが痛かったみたいですね。芯に迫る情報が幾らか欠落しています」 せめて彼らが一人でも生き残っていれば話は違っただろうか。それとも敵は“一人たりとも逃がさなかった”のか。どちらの意味であるのか、分かりはせぬが、 見えぬ敵。それを操る敵。 そして全て“食べられた”という、どことなく不快感の発生するこの感覚。 どことなくこの事件は、嫌な予感がする―― ●最新情報報告 「うあああああああああああああああ!? なんだ、なんなんだそいつらはあああああああああああ!?」 響く声は人のモノだ。 失ってしまった仲間の仇を取る為に独断で動いた者がいる。せめて不可視の化け物の正体を見極めねば。一矢報いねば。散って行った仲間達は無駄ではなかったと、そう言いたくて。だから、 『へぇ 君は 見えるの かい 彼ら が』 「ふ、ふざけるな!! なんだそれは! お前は“何”を、いや“何人”使役している!?」 幻想殺しの力を持っていった。不可視の力を破る為に。きっと神秘による隠蔽技術だろうからと―― だがそれがいけなかった。 見えぬ存在は地に影すら映さぬが、幻想殺しの力を持つ彼には見える。 見えぬ彼らが見えるのだ。“見えてしまう”のだ。 見えぬ敵が“何”で“何をしている”のか分かってしまった。 「ぐぉ、ああああ! 畜生! 畜生! ふざけんな!! ふざけんなこの人でなしどもがッ!! ちくしょう殺してやるううううああああ!! 俺は“食べ物”じゃねぇぞやめろおおおお俺をそんな目で見るんじゃねえええええ!!」 『昔 遠い昔 この世界で 面白い “者達” を 見かけてね 模倣 して みた 存在 なんだ』 上手く出来てるだろう、と指を鳴らす。 何の合図か。語るまでもない。 『さぁ 食べなさい ■■■・■■■ 面白き 面白き 者達 よ 彼が 今回の 食糧 だよ』 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月12日(月)22:44 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● イギリス。スコットランド。時刻は昼。 街中を歩く存在が居た。甲高い足音だけを響かせて“奴”は歩いている。 「……うーん。やっぱり見えない、ね」 そんな奴の周囲を『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が見据える。 見通す目は千里眼だ。有機物を見通さぬ性質を利用し、トルバドール……ではなく、“ナニカ”を見る事を試みる。だが、己の目に映らぬ以上その辺りに居ることは分かっても正確に見通すのは叶わない。 僅かなる不安が心をよぎる。 相手が“見えない”だけだ。しかし“見えない”からこそ恐ろしいとも言う。それでも、 「皆が、全力で戦えるように……」 支援する。それが己の在り方であれば。 指輪をひと撫で。恐怖打ち払い、意思を持ち。戦場へと望む。 「ハンッ。不可視の怪物だと? 面白い――オレにイカサマが通用すると思うなよ」 逆に、見えながらにして敵に挑む者もいる。 『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)がその一人だ。幻想殺しを所持する彼にはナニカが見える。神秘によるイカサマなど目で看破出来るのだ。 同時に千里眼も併用すれば隠れている者らも一様に。見つけるなど容易い。さてさてどんな姿をしているのかと化け物を見据えてみれ――ば、 「……ふむ。アレはなんだろうな」 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)にも見える。ナニカの姿が。 “人間”だ。 トルバドールの周辺に人がいる。それも複数。 しかし異形……の様には一切見えない。普通の人間だ。無論神秘なる存在であれば“普通”などという定義は意味を成さないが、少なくとも外見上に何か特徴のある存在ではない。恐怖を抱く様な印象も全く無い。 「こいつは少し意外だな。見るに堪えないおぞましい姿なのかと思っていたけれど…… まぁやることに変わりはないけどね」 「…………」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が紡ぐ言葉は正しくその通り。変わりはない。人間の姿をしていようがそうでなかろうが。闘うのだ。 ただ、沈黙は『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)。 快らの言動からただの人間である、との言葉を聞いた瞬間から思考を巡らせた。敵の正体はなんなのかと。 己の知識。脳の引き出しを開け続け。 微かに引っかかった、一つの存在がある。 まさか、アレは―― 「謎が謎のままであれば恐ろしい事でしょうが…… 生憎。私たちもまた、神秘の世界に生きる者」 ならば恐れ続ける理由は無し、と『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)。 別段、神秘の中に生きているのは彼らアザーバイドだけではない。己らリベリスタもそうであり、対抗し得る力すら持っているのだ。 謎に。謎のまま。このまま暴れ続けられても面倒なだけだ。故、 「じゃあ……行こう、か。向こうも、こっちに気が付きそう、だしね」 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が前に出る。 心臓の鼓動が早いのは何故か。終わりが近いからか。なんなのか。 まぁいい。とにかく踊ろう。楽しいから。“楽しい”から。 「目に見えない、人を食う怪物……か。ボクには見えないけど、楽しみだなぁ……」 興味半分。残り半分は――さて。 『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)の目に彼らは見えない。しかし位置を把握する術はある。 猟犬だ。臭いを嗅ぎ、上手くいけば位置は分かるだろうと思考し、鼻を動かせば。 ……ん? 臭いが分かる。よく分かる。位置が分かる程に。 理由はよく分からないが猟犬はそれなりに有効なスキルだったようだ。流石に幻想殺しには及ばぬだろうが。これならばある程度精度は確保した上で戦闘を行えるだろう。だから、 「じゃあ――」 両手を合わせてただ一言。喰う側と喰われる側の逆転の一言。 イタダキマスッ! ● トルバドールは途中から気付いていた。己らを見ている存在を。 ナニカ達も騒がしい。ああそう急かすな。急かすな。急かすよりも早く―― 『食べて しまい なさい』 フードの奥の見えぬ瞳がリベリスタを見据える。 瞬間。動く。無数のナニカが、彼らに向かって。 「来るぞ! 気を付けろ、敵の数は相当多い! 正直……数え切れんッ!!」 福松が言葉を走らせる。千里眼と幻想殺しで敵の数の把握に努めたが、全ての把握は不可能だった。 なぜならば敵の数は確認しただけで既に“二十”は超えて尚いる。時間があれば全ての確認も可能だったかもしれないが、流石にそこまで見逃しはしない。ナニカが向かってくる。 「不可視の化け物にただ食われる状況など心臓に宜しくない状況だが…… そうはならんよ。全て射抜いてみせるとも」 福松と龍治。それぞれ直にナニカを確認できる者達が、武器を構える。 それぞれ銃だ。ダブルアクションリボルバー。古式の火縄銃。 引き金絞って放つ銃弾。かたや神速の連射。かたや業火を伴う火縄の一撃。 穿つ。穿つ。穿ち続ける。殲滅だ生きては返さぬここで朽ちろ。 「さぁ――狩りを始めようッ!」 狩るのは奴らではなくこちらだと言い放ち、次弾に備える。 そして忘れてはならぬのが情報の共有だ。見えているのは幻想殺し所有者だけ。あとは探査系スキルを持つ者がいるとはいえ、直に見えている訳では無い。場所の伝達は即座に。奇襲気を付けるべしと言葉を飛ばす。 「とにかく近付かせません……!」 熱感知で紫月が敵を見据える。よくは、見えない。だが不自然に熱が動く個所があればそこだと分かる。あとは幻想殺し所有者からの声によってある程度狙いを定め、放つは火炎の雨だ。 押し退ける。近付かせない。片っ端から狙う。 「薄紙程度だが……紙を食うのがお似合いだよ。お前たち程度はな」 そしてユーヌが。符を念じ、生み出すは影人。 前衛の一角としてブロックの穴に滑り込ませる。後は全力防御で耐えさせれば多少はなんとかなるだろう――と、思っていたのだが。 『ハ ハハ 無駄 だよ』 瞬時に食われ果てる。影人を構成する符に歯形が付いて、貪り食われるのだ。 なぜならユーヌはともかく影人は敵の位置が分からない。故に全ての攻撃が奇襲としてそのまま受けてしまう。それでも一撃は耐えれることもあろうが、数の差で連撃されてしまえばどうにもならないのだ。 「ねぇねぇ! ナニカってホントに人間の姿なの!? どっか特徴とか無いの――グロイとことか格好いいとことか!」 「特には見当たらないッ! 普通の、ただの人間達だ! グロくも……なんともないな!」 切り込む真咲はナニカの正体に興味津々。 戦闘の空気は読まない。知らぬ存ぜぬ敵はなんだ。どんな連中だ。 見える者ら、近場の快に声を掛け敵の外見把握に努める。敵の位置は猟犬にて。あてずっぽうであろうと切りかかるのだ。見えぬ視えぬ己の無知を強みとして、 「ハハハ! 見えないバケモノなんて……知らないねっ!」 不可視たる恐怖の化け物を、ただ見えないだけの化け物とする為に。引き摺り下ろす為に。往く。 「ッ――! 敵はここだ! 遠慮するなッ俺ごと撃つつもりで……やれ!」 その時。ナニカをブロックしていた快が、敵に噛みつかれた。 痛みが走る。激痛だ……がそれだけだ、と快は奥歯を噛み締めて。構わず攻撃しろと伝えれば、 「踊ろう、か。たくさん、たくさん。踊ろう、か」 天乃が気糸を放ち、ナニカを絡め取る。 十重二重に。逃さぬ逃さぬ。絞殺だ。締め付ける強度が強くなり、ナニカの体から血が噴出すれば、 弾ける。 風船の様に。ただの人と変わらぬ赤い血液が快の顔に飛び散る。 「ハッ――汚い血だな! こんなものかお前たちは! どうした! もっと真面目に俺を……食ってみろよッ!」 同時。視認し得る限りの敵を、挑発する。 敵の注目を集め己に攻撃を集中させる為である。ナイフに己の血を交えれば、これで可視化が可能かどうか試そうとも思考して。警戒と共に敵を待つ。耐久力で考えれば彼がもっとも敵を抑えるのに適しているならば尚に。 ――来た。前から三体。左から更に二体。右から四体。 幸いにして見えている。ならば奇襲は回避。純粋に攻撃を捌けば良い。 「回復は任せて!」 アリステアの癒しの力が飛ぶ。 天にも届く詠唱は癒しとなりて、皆を一斉に。傷を治癒し、戦いへと向かわせる。 全力で戦えるようにするのだ。決意は決して言葉だけではない。癒しの力は途切れさせぬ。 ――と。 「……ッ!? 体、が……!」 動かない。動かせない。アリステアの全身がまるで、石にでもなったかの様だ。 『可愛い子だ 旅をさせよう 可愛い子には』 トルバドールだ。縛る力は振り解けぬ。上位世界の理で。 旅をさせようどこへでも。あの世にでもナニカの腹の、中にでも。 襲い掛かる。数の差でブロックを擦り抜けて、一斉向かうはアリステア。奇襲する数多の殺意が彼女の首を狙って―― 『 ん ? 』 だがそう簡単にはいかない。ESPの能力が奇襲の効果だけは回避する。 無論。縛りの力によりごく純粋な回避能力は落ちているが……彼女の防御能力は存外高いもので。 「まだ……まだ、動けるよッ……!」 落ちはせぬ。癒しの力をただ只管に。回し続ければまだ落ちぬ。 「クッ――! ですが、なんですかこの数は……! まだ来ますよ!」 火の雨を。天上より落とし続ける紫月が捉える熱は、途切れない。 福松が確認した数が二十だったが、もはや来る数は三十を超えている。これでは前衛のブロックはほとんど意味を成さない。なんだ。一体なんだこの数は。 「ォォオオオオ! 新田、無事だろうな――!」 銃口が焼ける程に引き金を絞り続ける福松は、快の近くの敵を狙う。 如何に防御が優れようと負担は軽減すべき。故に狙う。敵の頭を吹き飛ばすのだ。 己の目が届く限りのナニカを撃ち抜く。撃ち抜く。撃ち抜くッ! そうして、やがて。ある一つの事に気付いた。 「……なんだ、こいつら――なにを、している……?」 ナニカの攻撃方法は噛みつくことだ。それだけだ。が。 噛みついた後。噛み千切った人間の、肉を、 肉を、咀嚼している。 食べている。 食べている。食べている。食べている。 ごく自然に。咀嚼している。喉の奥へと飲み込んで。もう一度食べようと狙い定めている。 これは、食事だ。 食事だ。人肉を食らう。人間が。人肉を。食べる。それを。その行為を、人は。 「……人間が人肉を食らう行為。カニバリズム。やはりな。そういう事か」 ユーヌが、悟る。閃光弾を敵に放ちながら、ナニカの正体を。 “イギリス” “スコットランド” “遠い昔” 何“人” “者達” “人食い” 全ての情報を巡らせた上で辿り着いた一つの存在の名前。 それは“同族食い”を犯した。 禁忌の一族。その名は、 「“ソニー・ビーン”。……薄汚い人食い一族どもか。悪趣味な事をする」 ● ソニー・ビーン。 イギリスにおよそ四世紀前に存在したとされる人食い一族だ。ある一件の襲撃が失敗するまで、その存在は欠片も漏れなかった存在であり。最後は一族郎党捕えられ処刑された許されざる一族。 『へぇ よく 知っていた ね』 トルバドールが喝采する。気楽に。よもや正体が看破されるとは思っていなかったのか。 ソニー・ビーンの模倣体。 もしその数すら模倣しているならば敵の数はトルバドール込で総勢“四十九”。 “四十九”対“八”の戦いという事か。この戦闘は。 喰われる筈だ。生半可な数の調査チームなど、押し潰される。容易くに。 「……おい」 だが。 「観客気分でいるのか構わないが――そう気楽に構えていると、痛い目をみるぞ」 『 へぇ ?』 ユーヌが言った瞬間だ。来た。ナニカの壁を越えて、 「さぁ……踊って、くれる?」 私と一緒に。 天乃だ。家の壁を足場として、突破。一気にトルバドールへと迫る。 死の臭いが近いのは承知の上だ。だが逆に、その事実が彼女の思考を澄み上げる。 楽しい。楽しい。死が近く。一線の上で踊るのが。 踏みつける。地を、壁を。死線を。そして近づく。トルバドールへ。さすれば、 『 ハハッ 』 縛る。ただ一人で来たならば、縛って後はナニカの餌だ。動けぬ身を呪うがいい。 殺到するナニカ。飲み込まれる天乃。 寸前の所で命を繋いでいるのは、マスターファイブによる位置把握だ。研ぎ澄まされる視覚。耳に届く足音。ナニカの臭い。血。判別し、反射的に命だけが保たれる。 踊れない。いや、踊っているのだろうか。このギリギリの感覚で。 死ぬだろうか。生きるだろうか。分からぬ一時。天秤は―― 「天乃――ッ!」 声が、聞こえた。 快だ。寸でで届く彼の庇いが。全てを繋ぐ。 「こんな……つまらない所で死なせるかよ、馬鹿野郎ッ」 もっとも、彼一人だけでは離れた距離にある天乃には間に合わなかっただろう。しかし死なせまいとする意志が複数あった故、だ。アリステアが回復を、なんとか届かせる。 フェイトも失われぬ。あと欠片。ほんの一滴。足りねば死にも、したかもしれぬが。 『 ハハ 大丈夫 もう一度 おいでよ 』 誘惑する。死線の上で踊る、心地良さに。 手を伸ばし、動きを制限して。もう一度こちらへ。こちらへと―― 「言ったろう。物見遊山、気楽だとまずいとな。折角だ動けぬほどに見惚れて朽ちろ」 刹那。伸ばした手が、符に絡め取られ――己の動きが束縛される。 ユーヌの呪印封縛だ。ダメージはないが、符を取り外すのに掛かった時の間に、 「調子に……乗るんじゃあない化け物如きが!! 見えぬイカサマを使って――オレに勝ち逃げ出来るとでも思っているのか阿呆がッ!」 福松だ。吠えるようにナニカを倒している。 ナニカの反撃による傷はある。だがそれはアリステアや紫月の回復によりで踏みとどまれていれば、攻撃に集中。見れば、ナニカの数は減っていた。 そもそも快が届いたのも純粋に敵の数が減っているからだ。ここまで減らしつくせたのは福松と、龍治、そして紫月による複数攻撃あってこそ。特に敵が見えている龍治は、 「変わらんのだよ……! 敵が例え人食い一族であろうが、天上の化け物であろうが……!」 己が心を乱されてはならない。狙撃者にそのようなことはあってはならない。 動悸は抑える。無理にでも。己が役目はただ一つ。 例え如何なる存在であろうとも。 「成すべき事は変わらん――ッ! 撃ち抜くぞ、下郎ッ!」 撃ち抜く撃ち抜くひたすらに。 本来、多少の探査スキルなど擦り抜ける程の数がナニカにはあった。しかし幻想殺し持ちが三人もいれば視覚的に奇襲される個所などほぼ無い。故に、 すり減らしていく。数では圧倒的な差だが、ナニカの性能はそこまででもない。恐らく奇襲による連携が最大の武器だったのだろう。その点を潰している以上、基本性能ではリベリスタ達が優勢であり、 「行けるッ……! あとはトルバドールを逃がさなければ――!」 アリステアが言う。限界が見えてきた。積み上がるナニカの死体が、四十に達すれば。 届く。トルバドールへと、攻撃が。 『 フ ハハ 』 だが奴は逃げない。そんな様子もない。何故だ。 「何を考えているのか…… まぁ、こちらとしても逃がす心算は元よりありません。消えていただきますよ」 神か悪魔か。知りもせぬ。分かりもせぬ。 精神構造がそもそも違うのだ。人では獣も悪魔も理解できぬ。己らとは違うのだから。 放つ。手元に生じた小さな光弾を、射出して。 「アッハハ!! 見えなくてもさぁ、食らいつく事ぐらい誰にだって出来るんだよ!」 同時。真咲がぶち込む。傷は気にしない。理解不能も気にしない。至極どうでもいい。 そもそも分からないのだ。理解が出来ないのだ。赤子が毒持つ蛇を、怖がらぬように。 未だ、発展途上。普通も。異常も。今から育つ。 故に、今は。 「ゴッチソウサマッ!」 敵を倒す事を至上とする。例え敵が、訳の分からぬナニカであろうと関係ない。 トルバドールに届かせる。己の“今”を。 反撃。放たれる、魔術師の如き炎の渦がリベリスタ達を襲う。それでも。 「終わり、だね。これで」 背後に回った天乃が放つ一撃。気糸がトルバドールを――完全に絡め取る。 終わりだ。もはや何も出来まい。後はナニカ同様、弾けさせるのみ。 ――のみ、の瞬間。 笑う。奴は、笑って、 『 ハハ ハハッ ハハッ! ハハハッ! 』 歯を見せる。 フードの奥に見える、人の口の様なモノが。醜悪な、口端を吊り上げ見せて。 『 バイバイ またね 死んだら 会おう 』 額を一点。小指で小突けば――溶けるように、消滅した。 それは呪いでもなければ具体的な意味があった訳でもない。ただの、戯言。 トルバドールは消滅した。ソニー・ビーンも全て討ち果たした。 「終わった……な。戻ろう。日本へ。嫌な予感がする」 快が言う。万が一の逃走用に、と用意していた軽トラックがある。迅速に戻ろう。 嫌な予感は拭えない。この場における事件は、完全に解決したの――ではあろうが。 「今後、何事もなければ良い……などと、楽観はできませんか」 今の彼らは知る辺も無いが。 紫月の不安は見事に的中する。してしまう。 日ノ本を。恐怖による者らが一斉に襲うまで後…… |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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