● 黒い母神が、いらっしゃる。 新月に。五月の前の日に。 ● 「大地母神信仰に詳しい人ー?」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、今日もスナック菓子を口にくわえて、ひらひらと手を振っている。 「ざっと説明するよ。ヨーロッパ全域及び地中海沿岸地域にかけて、母なるホニャララと呼ばれる女神が信仰されてたわけだ。ガイアとかキュベレとかアシュタルテとかデメテルとかダイアナとか聞いたことあるだろ。ゲームとかで」 神秘界隈に携わっていれば、そこそこ聞いたことあるかなーくらいの感じはする。 「豊穣と多産と死と戦争と月をつかさどり、たくさんの夫を持ち、血を好む、愛と残酷が同居する――ていうのがプロトタイプかな」 おこらせるとこっわいぞ。と、四門は節をつけて言う。 「で――みんなには、とあるカルトの儀式の邪魔をしに行ってもらう」 どん。と、モニターに表示されたのは針葉樹林だ。 「今年は、暦の関係でなかなか召喚日和なんだよね。すっげー迷惑なことに。今月末もでっかい要素が固まってんの」 四月の終わり――五月の始まりは、「ワルプルギスの夜」で知られるように、世界中の魔女にとっては大事な大サバトの夜だ。 「月のない夜、森林地帯で石の祭壇による儀式で、偉大なる母神様からお子様を分けていただく儀式――ってことになるけど、今までは見習いを一人前とする成人式みたいな感じでやってるつもりなんだよね。君達もこれで太母様の子供として認めますよ的な」 だけどもね。 「今回そんなことすると、ぶっちゃけ出てくるのは、性質の悪いアザーバイドです」 どうせなら善良かつ可愛いモフモフで、すぐ帰ってくれるようなのにしてくれればいいのに。 「モフモフですが、可愛くないというか、D・ホールから出てくるのもやめてほしいというかでたら最後というか……」 言っている最中に、四門の顔色が紙のように白くなり、くるりと向こう側をむくとエチケット袋の上に顔を伏せた。 リベリスタの内の何人かは、話が進むにつれ、いやな気配を感じ始めていた。 聞いた途端に呪われる系の性質の悪い都市伝説を聞かされている気分だ。 「出てくる為にD・ホールが開いただけで人死にが出るくらい触りたくない次元です。ブレイクゲートを忘れずに。絶対に。何があろうと。俺との約束」 手に書いてってよ。と、机に油性マジックが置かれた。本気らしい。 「召喚阻止が任務。出てきたのを倒すのは最悪から数えたほうが早い手段だから、そこ肝に銘じといて」 最悪は。 「出てきたのをしとめられずに全滅。逃亡エンドだよ」 死なないのは、前提条件ね。と、四門は青ざめた顔で言う。 「召喚のポイントは、新月。森林。石の祭壇。これのいずれかを成立させなければ成功なんだけど――」 にこっと、四門は笑った。 「森林はアンタッチャブルね。国定公園だから!」 あるよね、色々しがらみが。 「一番簡単なのは、生贄かな。さらってきた女子高生。一般人だから、攻撃に巻き込んだら死ぬよ。乙女の血が流れたら終わりだからね」 乙女は、特に気をつけるように。と、セクハラそのものを口にしても、このケースについては四門は責められない。インフォームドコンセント。 「という訳で、これ良かったら。あ、ごみはちゃんと持ち帰ってね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月02日(金)22:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 空は清廉な星の輝きのみ。 降るような星の中、リベリスタの目指す方向――空の一角だけがまるで切り取ったように黒い。 今宵は、月も出ぬそうな。 光る星をつないでいくと、星座をかたちどる。 とはいえ、それは絵を重ねても首をひねらざるを得ないこじつけだ。 自分の生まれ星座が、すべての星をつないでもそれとは思えない、子供が一度は通るがっかりの一つだ。 『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が感じるもどかしさはそれと少しだけ似ていた。 (……しっかし、一体何だってんだ? どうも最近、妙な事件が増えてやがる……。何処かしら似た様な傾向があるって事は……何かの前触れか) 似たような傾向。場所も出てくるエリューションも特に共通点はないのに、根が同じ感覚がする。 そう、感覚なのだ。この世のものとは思えない。 「この手の何かよくわからないけど超気持ち悪くて怖い系の依頼が多いな……なんなんだ、此の先に何が待っているっつーんだ」 『咢』二十六木 華(BNE004943)の素直な物言いに、猛はぶっと噴き出した。 「妙」というのは、「何かよくわからないけど超気持ち悪くて怖い系」 と言うことだ。 「……んだよ」 噛み殺した笑いを回収し切れず、げっほげっほと壮絶にむせつつ走っている猛に食って掛かるのは、大人のすることではない。猛の方が圧倒的に修羅場をくぐってはいるが。 「いや、俺もそう思ってたところだったから、図星指されてびっくりした!」 気に障ったら申し訳ない。と、猛は潔く頭を下げた。 「俺まだアークに入って一か月も経ってないが、既に大きいリベリスタ組織であるからこその恐怖の片鱗を味わっている気がするぜ……」 華には、恐怖を恐怖と言える勇気があった。 恐怖は時に押し殺すもの。しかし、それを感じなくなれば、鈍するということ。早晩死ぬ。 偶然ではないのだ。それは確実に世界に向けて這い寄ってきている。 「儀式する、とは随分暇だな。今から止めるから、全部無駄でおわらせっから」 だから、小さな芽の内に。 この手で防ぎきれるうちに、災いは摘み散らねばならない。 「文句呟いてても仕方がねえ。先ずは目の前の事件をとっとと解決して終わらせてやるぜ!」 新月に、深い森の中の石の祭壇で血を流す生贄をささげ、祭文を読み上げる。 「実に怪しげな儀式だな」 アズマ・C・ウィンドリスタ(BNE004944)による一刀両断。 というか、この世の全ての儀式はそれに通じない者にとっては、どこまでも胡散臭いものだ。 「しかも、四門殿の言によれば非常に危ういものを呼ぼうとしているとか。黙って看過するわけにはいかないな、当然!」 サムライの血は、現代日本人の中にも脈々と流れている。 「しかし、乙女の血……なぁ」 アズマの白い頬に血の色が上る。こういう話はよくあるが、よもやフォーチュナにセクハラまがいの注意をされるとは思わなかった。 「伝統行事の類ですかね。その結果本物が出てくるのですから、彼等的には死んでも本望かもしれません」 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)がそう一人ごちる。 「連中にとって大事な時期なのは分かるが、それで自分達を破滅させる様なモンを呼び出してたんじゃ世話ねーな」 『暁』富士宮 駿河(BNE004951)は、目をしばたかせる。革醒してからまだ日も浅い。夜なのに真昼のように明るい視界にまだ慣れていないのだ。 「どちらにしろ生贄にされる側にはいい迷惑ですが」 儀式の本質がいつの間にかねじくれ、形骸化するのもよくある話だ。 今宵、アラストールが応じるのは、生贄の助けを求める声になりそうだ。 「毎年やってる通過儀礼の心算しかない……やったら、普通そんな固執せんやろって期待もあるっすね」 『プリックルガール』鈍石 夕奈(BNE004746)にとって信頼は食い物だが、得体の知れない宗教団体への期待は、毒饅頭と同じだ。舌には甘いが、後から痛手になる。 「……でも、何か宗教的な理由で固執する可能性もなあ。その辺は読み切れんでやんすから……」 人の信仰心のありどころと発露ほど、門外に読みにくいものはない。 「はあ。結局出来る事を全部やるしかねえっすね」 首をゴキゴキ回すレイザータクトは、なんだかんだマメな性格のため、結局貧乏くじを引きやすいのだ。 「……弱音なんて吐いてられねー」 『富士宮の残念な方』 だから。と、誰も大目に見てはくれないので。 ● あるときは名状しがたき風を夫とし、あるときはいかなる場所にもおりいかなる場所からも締め出されている者を伴侶とし、南アラビアの地下都市、あるいは人知れぬ天体、あるいはヒマラヤの深山に鎮座まします太古の外なる神は、月のない夜に召喚に応じる。 「拙速は巧遅に勝る」 アラストールは、地面を蹴った。 「二十六木殿、援護する。若い女に血を流させるな」 敵味方問わずだ。というアラストールに、華は頷いた。 儀式に力を与える真似は避けなくてはならない。 気象や自然要因に介入するには、身につけた能力とそれを利用する創意工夫が必要だ。 「ご機嫌よう。「黒い太母を崇める会」の皆様。突然で悪いけどその儀式、即刻中止して頂けないかしら」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)の麗しの声に、否と答えるのは辛い。 月光を背負っていれば、異界の子もその醜き姿さらすのを厭うて、姿を隠していたやも知れなかった。 「私達が来た意味、お解りでしょうかね。その儀式は危険です、お止め下さい」 『三等兵』閂 ドミノ(BNE004945)は、ごくわずかな円満解決に賭けた。 (言ったところで聞いてはくれないでしょうね) しかし、注意勧告と情報開示は大事だ。アークは根拠のない介入はしない。 (止まってくれるかは分かんねーけど、言わないよりはマシだろ) 駿河の視線に、ミュゼーヌは頷いた。 「優秀な未来予知者が未来を視たのよ。貴方達の儀式によって、名状しがたい怪物がこの世界に現れてしまうのだと。儀式の真の成功だとか馬鹿げた事は思わない事ね。真っ先に喰い殺されるのは貴方達なのだから」 鋼の令嬢は、義務を果たす。 「お黙りなさい」 返ってきたのは、理解ではなかった。 「今夜が大事な夜であると言うことも分からない門外の徒が。世界の揺らぎがより多くの力をもたらすことを。父にして母なるお方の大いなる力の裳裾のいくばくかが起こす風を受ける幸いを。高揚を! それを身に受けることの尊さも分からない者達に、新たなる娘たちへの秘儀伝承の邪魔をさせたりはしない」 「あら麗しい師弟愛……いや、他の愛もか?淫売信仰しとる上に年増やもんな、見境無しかもなあ?」 偏見、無理解、決めつけ、下世話を濃縮した悪口雑言をゲラゲラ笑う夕奈は、まさしく空いての心の柔らかなところを下からぶち抜いている。 (これで怒りが通ればめっけもんっす) 人を愛す目は青く、人を憎む目は赤い。 ならば、今、夕奈に向けられている目はどこまでもどこまでもどこまでも赤い。 「成人の儀式か何かと勘違いしているんだろうが…これを遂行すればお前等全員死ぬぞ! それだけじゃない、この公園自体がめちゃくちゃになっちまうんだぞ!」 アズマは、フィクサードというものをまだ理解していない。 自分の欲望のためなら世界が壊れても構わない輩に公園の環境維持など考慮に入れるべきことではない。 朗らかに、尼僧は言う。 「年若き妹たち、恐れることはありません。今夜起こることは全て、あなた方が乗り越えることを期待された儀式なのです」 石の舞台に拘束された少女の腹を裂き、臓腑をつかみ出して体中に巻きつけ、惜しげもなく無垢な裸身をさらして踊り狂い、控えていた夜着の頭をつけた男に脚を開く。 それに、介入してくる奴らとの戦闘が加わるだけだ。 大丈夫。人を殺すのは初めてではない。ただ、殺されるかもしれないのが初めてなだけだ。 お守りくださいと聖句を呟く少女たちの顔に狂信と高揚が浮かぶ。 自己付与の加護とは、自分と縁を持つ高次存在との絆をより深く交感ものだ。アークのリベリスタ達も傍から見ればこう見えるのかもしれない。 「そして、その通り、真っ先に食い殺されると言うのなら――」 法悦を。喜びを。 「それは、至福です。はるけき聖なる御胸に抱かれ、その一部となれるのです。これほどまでの愉悦があるでしょうか」 幾らでもある。しかし、彼らには、それが何にも変えがたい甘美な高次元への誘いなのだ。 「俺には、それ聞いてる暇も余裕もねぇんでな……」 猛はいつの間にかそこにいた。そこにいて、大地母神の尼僧の襟首をつかんでいた。 「勘弁してくれよ!」 振り上げられた腕が、空を指し、地面に振り下ろされる。 地面が割れるほどの地響きと共に、鈍い音が複数した。 「臭ぇ臭ぇ、臭ぇと思ったら黴生した魔女の皆さんっすか。そりゃ臭ぇわ」 そして、夕奈の挑発が更に邪信の徒の神経を逆なでする。 「『黒い太母』て、要するに芋臭ぇ田舎の売女やろ? 何が有難いもんかいなあ?」 実際はどうあれ、貶めるのは簡単だ。 信仰を基盤にする神秘を打ち砕くには、非常に有効――あるいは、相手の信仰心に火をつける場合もあるが。 望むところだ。 自分を的にするのが、レイザータクトの仕事だ。 振り下ろしたかみそりは、戦場の射線も支配する。 「――神を愚弄した報いを受けなさい」 神威の光が振り注ぎ、不信の輩を焼き払う。 リベリスタの体の心を貫き、根源的な痛みが、リベリスタの注意力を削ぐ。 (今ここで私達に殺されるか。怪物に喰い殺されるか。儀式を止めて誰も死なずに済むか――選ぶ道は他にあったはずなのに) 男達の陰にいる女のあごがよく動いていた。 放たれる神秘の閃光弾が当たりを一瞬白く染め上げる。 その中を、華が走った。 ドミノの手の中の漆黒の美刀が、加速をつけて敵陣に飛び込んで、クロスイージスに向けて振り下ろされる。 刀後とぶつけられる衝撃波が、クロスイージスがかぶっていたフードを跳ね上げ、血をはかせた。 「跳ね飛ばすまでは行きませんでしたか。でも、邪魔はさせませんよ」 華に振り下ろされるクロスイージスの斧を、アラストールの剣が受け止め、鞘が押し上げ、生贄までの活路をこじ開ける。 脇から駆け込んできたアズマが体側からぶちかまして、クロスイージスを吹き飛ばす。 「ご加護が!?」 全力移動からのぶちかましは、高次次元の加護も破壊する。 予期せぬ一撃に、クロスイージスの顔に驚愕が浮かんだ。 アークの新たなる力の有り様。 今回のチームは、突貫力を重視された状況から、志願者の半数がその力を身につけている。 「止めないってーなら、力尽くだ!」 駿河は、自分の手を傷つけようとしていたローブの女――おそらく若い方のマグメイガスを祭壇から遠ざけるようにぶっ飛ばした。 (乙女に出血関係の類は兎に角NG) 刀は念には念を入れて、鞘のままだ。 (ふむ……うちはいかんでいいようやな) 華が万一動けないときは自分が動こうと思っていた夕奈は、前を向き直った。 「どこを見ている!」 「腐れ女郎視界に入れたらこっちの目が腐るやろ。そん位分からん程度の馬鹿かいな」 攻撃行動の最適化しながら、夕奈は更なる毒舌の鎖を巻き散らした。 「さあ、かましてこんかい」 ホーリーメイガスの注意をひきつけ、回復させない。 射程から外れてやる気はこれっぽっちもなかった。 ● 祭壇に寝かされていたのは、乙女でなかったら世界の男性が世を儚むレベルのあどけない少女だった。 (関係ねえ一般人に、それも女の子に血を流させる訳にはいかねえな。何があろうとも止めてみせる) 「助けてやるから、絶対に!!」 のどが焼け付くような痛み。ここは深い森の中で、空気はぬめるほど湿気を帯びていると言うのに。 空気までリベリスタの敵に回っているようだ。 それでも、華の手足が動くのは関西弁のレイザータクトのおかげだろう。 行くだけではなく、無血で帰ってこなくてはならない道だ。 「女性を祭壇から離しましょう」 ドミノが叫ぶ。 少女を抱き上げ、華は、周囲を見回した。 四方はぽっかりと開けている。 アークリベリオンは縦横無尽に戦場をかけられる分、その戦闘範囲は広い。 更に魔法使いが超射程で魔法を打ち合う中での開放空間に、安全な場所はない。 (俺も戦闘に参加――) 前衛職である華は、戦線から退くのに抵抗がある。 (でも、仕方ないよなぁ) 眠る彼女をほったらかしでいく訳にも行かない。ドミノやアズマがかばったのでは、血が流されることに変わりない。 そばにいなければ、かばうことも出来ない。 魔法使いが何か術でもぶつければ、あっという間に細切れ肉片に変わってしまうだろう。 乙女の代わりに血を流すのは、男の役目だ。 「傍にいるよ」 眼前のカルト集団は仲間に任せる。 恐ろしいのは、気配だ。 「いあいあ」 少女の口から、音が漏れた。 「目を覚ましたのか?」 ぽかりと見開かれた目は完全に白目を向いている。びくびくと痙攣する眼球。夢を見ているようだ。 「いあいあ、いあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあ――」 のどが震えて音を出す。声ではなく、肉で出来た笛のように。 ● 夕奈は、魔法使いのヘイトを一身に集めている。 「しつこい奴らやな、憎まれっ子、世にはばかるか!」 絡み付いた黒鎖がしまり、猛毒に視界がゆがむ。 睨み返す視線は絶対零度。ひるむ敵を鼻で笑う。 立ちはだかるクロスイージスを吹き飛ばしつつ、リベリスタは突貫する。 ミュゼーヌの不吉な数字を刻んだ凶弾さえも代わりに受けるクロスイージスをホーリーメイガスが癒やそうとしていた。 ホーリーのベクトルが、リベリスタが通常考えるのとは明らかにねじれの関係にあるのが良く分かった。彼女の詠唱は、ちょっと人間の舌でするには難しすぎる。あるいは、そこも変化しているのかもしれない。少なくとも、ゲートオブバビロンが必須だ。 だが、きちんとクロスイージスの体は、舞い降りた治癒の奇跡に反応しない。 「肝に銘じなさい、フィクサード……私の弾丸は致命的なのよ」 (ヴォルケーノは――やめとこう) 鼻先をつき合わせるような、一進一退。 戦力はリベリスタの方が圧倒的だが、とにかく時間がない。 「邪魔なんだよ! 力尽くっつってんだろ!」 駿河は、目の前の敵を吹き飛ばすことに専念する。 突破口さえ出来れば、こっちのものなのだ。 今夜、新たな黒い聖母の子羊になるはずだった少女達の魂は、次元回廊の向こうでいまや遅しと待ち受けるものに侵食される。 震える眼球は横に三日月の張った山羊に変わり、踊り狂う舌がだらだらとよだれを滴らせながら祭文を唱える。むせ返る臭気。肥大する中指、退化する他の指。 歌う羊に、祈る羊。 とめなくてはならない。 ぽっかりと開いた空間に踊りこむ蒼い炎。 「説明すれば止まるかと思ってたのにな――最後までやる心算だってんなら、最後まで付き合う心算じゃ居るがね!」 間合いはゼロ。 八面六臂の猛攻が祈る羊を叩きのめし、それはもう聖母に祈ることもできない肉塊に変わる。 すでに半ば人ではない、経験した者ならば急速に深化したと取れなくもない、悪魔のような亡骸。 革醒者の板子一枚下は、地獄だ。 「温存無用!」 この場をわが手に掌握せしめん。 聖地を奪還する十字軍の幻影を背負って、アラストールの破邪の光を帯びた剣が邪心の徒を押し潰す。 マスケット銃が、すでに山羊と半ば同一化した口の中にねじ込まれる。 「嫌な気配がずっとするけど……それが何なの。私達がやり遂げれば、気配は所詮気配のままなのよ!」 鋼鉄の脚が肺を踏み抜き、ぐうの音も上げないようにした。 鍵がなければ、門が開くことはない。 銃声が響いた。 月のない夜に。獣の遠吠えのように。 ● そのスキルを保持していたリベリスタ達は、こぞってD・ホールを叩き割り始めた。 執拗に。背中を這い上がってくる不快感を擦り取るように。 周囲に満ちる得体の知れない気配が徐々に退いていく。 「大丈夫だよな」 華は呟く。 何事も起こらない。 「最悪、ここで意地でも食い止めなくちゃならないかと……」 駿河がため息と共にこぼすと、 「即時撤退っす。犬死には御免やわ」 攻撃を一手に引き受けていたせいで青息吐息の夕奈が、できることとできんことはわきまえんと、長生きできへんで。と先輩風を吹かせた。 華が抱えていた少女は、今は静かに眠っている。 銃声と共に彼女はぴたりと叫ぶのをやめた。 「家に――帰してやろうな」 世界に愛されている存在がある。 この子は、タイトロープの上、こちら側にもあちら側にも落ちることなく、神秘と関わらない世界に帰ることができるのだ。 ● 三高平市・アーク本部。 エレベーターが止まるたび、そちらを見ていたフォーチュナの頭に土産。と、箱菓子が載せられた。 「毎度毎度、キッツイもんお疲れさん」 そう言う猛に、フォーチュナは言う。 「キッツイもんのお片づけ、お疲れ様」 そう言って、箱菓子を開けた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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