●空白(たべかけ) 青年はその日、酷く退廃的な夢を見た。 培ってきたすべての常識が通用せず、全ての非常識が自らにとって酷く心地の良い世界の一部であることを認識させられる夢だ。 自分の過ごしてきた街のはずれ、何時ぞやの爆発事故で廃墟と化した病院跡が夢の舞台であることは、夢現の境界を忘れてしまう錯覚に囚われたが。 だが、その退廃感が酷く心地いいことも彼は知っていた。 確かに自分は劣ってばかりの人生だったけれど。この高揚感と全能感は誰より何より自分が全てであることを理解させてくれる。 ところで、と彼は思った。 あの病院に最後に足を向けたのは、いつだっただろうか。 ●残響(ひめい) 「しかし、酷い有り様じゃないかね」 廃病院。新興住宅地郊外に大々的な宣伝と共に作られたその病院は、数ヶ月前の「謎の爆発」により一夜にして放棄され、廃墟と化した。 死者は数えきれず、パニックだったこともあってか回収されていない死体もいくらかあるのではないか、と噂もされた。尤も、病院側はそれを強く否定していたが。 原因は不明。院内電気施設と調理場のガス管理に不備があったのでは、と噂もされたが、国内有数の建設業者が絡んだその建物で有り得るか、と議論もあった……全て、昔話である。 だがもしかしたら。 本当に、回収すらされることのなかった命がそこにあったのかもしれない。 そうでなければその事故から向こう、スローペースにせよ確実に、ゆるやかに、人が消えていくことなどありえないではないか。 失われた命が人を招いている、などというセンチメントはその場に降り立ったバディ――リベリスタである――には一切ない。 死が絡むならノーフェイス。もしくはアンデッド。病院という場所に惑わされれば視界がぶれるだろうから、決して深く考えてはならない。 饐えた匂いが充満する。死体安置室。それを狙ってねぐらにしたなら、相手は相当の知能を持っていると見ていいだろう。 呼吸を整え、合図と共に蹴破った扉の向こう。倒れた死骸に群がるヒトガタ。酷く不出来なゴア・ショウを見せられている錯覚に陥った前衛の思考に空白が生まれたのは、或いは幸運だったのか。 死体の血が酷く少なく。 とても食べることが目的とは思えず。 肉を食む動作がひどく作り物めいていて。 それは『彼』の意思ではなく。 その姿見から生えそろった 屍食鬼の伝承から逸脱した器官は。 「……お前たち、何者」 彼が其の価値観の真の違いに気付いたのは、一刀でその首を切り伏せてからであった。 ●偽典黙示録(しょうたいふめいのこわいもの) 「……現在、件の2名のリベリスタの消息は不明。生きているのか死んでいるのか、『死んだほうがマシだった』のかすら分かりません」 「つーか、これ結構規模でかい事件なんだよな。二人で足りると思った理由は?」 「僕に聞かないで下さい。増して、アーク預かりですら無かったんですよ、この事件は。だから、正直言って困惑してます」 資料をせわしなくめくりながら、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は苛立たしげに返答する。事件の構図を鑑みれば単純なものかもしれないし、それが当初の『憶測通り』だったのならこうも被害は拡大していない。 数ヶ月前に遡り、ゆっくり世界を侵食し、この期に及んで一気呵成と動き出す。何らかの符丁でもあったのではないか、と思いたくもなるというものだ。 「まあそれはいいや。その『爆発事故』とやらから今までの沿革とか、分かってる限り詳しく」 「正直なところ、この病院で起きた爆発の原因は詳しく特定できていません。ですが、噂にあるような現実的要因ではなく、神秘現象の一つであることは疑いようがありませんね。当然、廃墟化してからこの場を何らかの目的、或いは遊興で訪れる者が少なくなかったのは事実です。……其のほとんどが失踪、或いは生き残って発狂の末精神病院送り。割とよくある話ですが、情報が滞っていたのは病院側の手引きでしょうかね」 「なんだ。病院側にも思い当たるような後ろ暗いことがあったのか」 「いえ全く。ただ、全国に中規模の病院を持つ医療法人です。騒ぎを恐れたなら当然、手を打たざるをえないのでしょう。……で、まあそんな所に入る人間です。奇特な手合も居るんですよ。『グレイヴ・ブレイカー』とでも言うんでしょうか」 そう言って、夜倉は懐から8ミリビデオテープと何枚かの写真を取り出す。写真は不自然な食い跡の残った死体(それにしては流血が酷く少ない)、ひも状の物体が何枚か、が映されていた。 「リベリスタ組織『パラヴェラント』エージェント2名が偵察目的でこの病院に突入、ある程度までは連絡がとれていたと聞きますが……死体安置室周辺で消息を断った、とこちらに救援要請が入りました。それでなくても、病院内での状況は相当まずいようです」 「食いかけの死体……出血量……なんかアレだな、吸血鬼とグールみたいな構図だな」 「全くの的外れとも言えないんでしょうね。『動く死体』は確かに観測されています。頭を潰しても少しは動く。首を両断しても頭があれば繋いで戦線復帰する。仲間食いもする。これらの特徴は間違いなく、そういう古典ホラーの類です。が」 そこまで話して、夜倉は深呼吸をした。次の言葉に重いものが混じっているというよりは、間違いなく面倒だ、という趣のものだったが。 「それだけで説明がつくなら、手練二人が引き際を間違う筈がない。……ご留意を。僕が考えているより、相手の勢力はもしかしたら」 言葉を止めた。次の言葉が、無いかのように。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月04日(日)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●『死』と『屍』の定義 古来より、死体の蘇生は世界最大の禁忌のひとつとして取り扱われてきた。 黄泉返り、ヨモツヘグイ(黄泉の食物に手を出し、生きた死体と化す行為)など、死との接触はそれ自体が狂気であったことは、日本神話に於いて実に、枚挙にいとまがない。 「しっかし、病院に動く死体ねぇ……ベタっちゃベタな話だが……」 「ぞぞぞ……ぞんびなのですかっ」 故に、原初の恐怖を引き出すことに関してはこれ以上ない出来事でもある。『さぽーたーみならい』テテロ ミミミルノ(BNE004222)がその任務について聞き及んで、常以上に恐怖を感じたのは紛れも無くそれが起因する。他方、シチュエーションと相手の組み合わせの余りのレトロ感に顔をしかめたのは『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)。動く『だけ』の死体なら、かの歪夜の一角がこれでもかと見せつけた悪夢を想起させる。だが、当然のように、それらとは圧倒的に違う気配、色、感触、予感。それらが踏み込む足に僅かな躊躇いを与えたとて、誰が彼を責められようか。 「グールとゾンビは違うものとか聞くけど」 自らの記憶から僅かな知識を引っ張りだし、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は結局のところ、どちらも恐いものだと理解した。正確な定義からすれば、『ゾンビ』は生きた人間であるケースもあるが、グールは確実に死者か異生物であることが殆どだ。些細な違いではあるが。 「まぁ、答え合わせをしたところで、回答からして狂っとるからの」 病院の見取り図をしげしげと眺める夏栖斗をよそに、紅涙・真珠郎(BNE004921)はつまらなげに『そこ』を眺める。上階、東棟と思しき場所がごっそりと抜け落ちたその外観は、球形の爆発があったことをはっきりと理解させる。それが何に起因するかは知らずとも、これから討伐せんとする相手と無関係ではないことは知っている。目の前の空間は、確かにこの世ならざる気配で満ちている。……ただ。悪食の彼女ですら『喰らう』ことを忌避する狂気が、そこにあるのは明らかだ。 「……裏がありそうな気もします」 隊列の中央付近に陣取り、四周に視線を飛ばす『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)からすれば、相手が死体であること、そのものがこの依頼に対する興味であったことは事実だろう。生きた狂気より、死体を寄る辺とする狂気の方が彼女の心を惹きつけるに値する。 だが、その狂気の有り様が今宵は全く、理解できない。欺瞞の匂いが夜気にまじって立ち込める中、其の世界は確かに明らかに残酷に、リベリスタを惹きつけながら拒んでいた。 「流石に2人では無茶が過ぎるというか……」 相手の規模も把握せず踏み込んだというのなら、成程その手数は余りに心もとないと言わざるをえないだろう。『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)からすれば、蛮勇としか言いようが無い行為である。 悲しいかな、『極東の空白地帯』はアークの発足を経て尚、それ以外のリベリスタ組織の隆盛を許すことはない。中堅以上のリベリスタの運用を殊更に慎重に、最低数値の最大効率を求め運用することを無謀と断ずるには中々に難しい問題もはらんでいるのだ。 だが、それを差し引いても『二人で問題無し』と判断した『パラヴェラント』をして予測を狂わせた存在がそこに在るのは間違いない。下手を打って身動きが取れなくなるのだけは避けたいと思うのは、彼らもアークも変わりはしない。 「ふざけた真似をしてくれるよ」 死体が動くという異常を当たり前のように行使する者が居る。『楽団』の悪夢を知る者がそれを聞けば、その惨状を想起し強い不快感で顔を顰めて当然の行いである。『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)が脳裏に浮かべたのがそれか、或いはもっと別の、より悪意に塗れた過去の怨敵かは図りかねるが、少なくともまともな手合いではなかろうことは明らかである。 ……何れにせよ、全員の意思がどうこう、の域は既に踏み越えている。考えている時間などない。 緩慢な動きで鉄パイプを抱えた肉の人形が、入り口に足をかけた彼らに襲いかかる。 「やあね」 真珠郎がそれを受け止めるを待たずして放り込まれた魔力の弾丸が、正確に頭部を打ち抜き、真っ直ぐその肉体を縦に裂いて両断、否応なしに動きを制止する。 「怖いものはみんなみんな、片付けないと」 “l'endroit ideal”を掻き抱き、“ora pro nobis”を翻す。所作一つに優雅さを携え、しかしとても残酷に、『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)は病院に巣食う『それら』に感慨も覚えず、宣戦布告を吐き出した。 ●不定形な恐怖の形 病院の構造は、一般的な中層階級が利用するそれを想像するのが早いだろう。 フロアひとつとっても、広さはかなりのものになる。幸いにして東側の2階以上はほぼ、爆発による消滅で探索の必要なしであるとはいえ、西側の上方二階層、そして下層ふたつは最終的に探索を終えなければならないのだ。 夏栖斗を始めとした前衛の多くは、最短ルートを一気に進み、『高位』と定義付けられた強力な死体たちを殲滅することに心血を注ぐ気で進んでいた。 少なくとも、それが最も合理的で、簡潔にコトが進む手順であることはその場に居る面々は疑っては居ない。 ……『だから』不気味なのだ。 「曲り角の先に三体、こちらに向かってきているのが居るね。既に目の前にこんなにいるってのに」 角までの距離は十分に射程圏であることを見据え、付喪は魔術書を手に炎を掲げる。角を狙ったそれが、其の先に密集した死体を焼き払うには十分な威力と範囲であったことは、確認せずとも彼女にはよく分かる。 目の前に視線を戻しても、戦いそのものに一切の危うさも感じないため、気楽なものだ。中央に座し、四周を警戒する……言うだけなら簡単だが、広い視野を得る神秘が無ければ『予想外』を招きかねない。 それに、付喪はその時点で既に奇怪な兆候に気付いていた。故に、その表情の曇りはただならぬ警戒を向けるに相応しい。 「付喪、何か見えたのかしら?」 「いんや、死体以外見えていないよ。……死体だけだ」 「ひっかかる物言いですね。思う所あれば、落ち着いてからわたくしめにも教えてくださいな」 “錆薔薇シャムロック”をコンパクトな動作で操り、気糸を散らしながらも冷静に立ちまわるロマネと、その糸へ添わせるようにして無機質な雷撃を繰る羽衣との問いかけにしかし、彼女は歯切れの悪い回答を残すに留めた。 しぶとくもびくびくと動くそれらに、僅かな違和感を覚えただけ。酷く曖昧な感情は、形にすることも能わず。 「爆発の原因なんてのがあるとしたら、上か。……付喪、分からねぇか?」 「さっぱりだね。これ以上被害を増やすような要素は、寧ろ無いんじゃないかな」 「ならよかった! 僕だって恐いのはヤだし、地下から戻ったら早いとこ帰りたいもんね!」 “玄武岩”を振るい、続く動きで“紅桜花”を後方に陣取った死体に振るい、首から上を火達磨に変えながら夏栖斗は普段よりも殊更、明るい調子で言葉を返す。それらが弱敵であることが幸いしているとは言っても、彼にとっても動く死体はかなりのトラウマとして残っているのだろうか。 或いはもう少し根源的な、古典ホラーとしての恐怖かもしれないが。 他方、猛は極めて冷静な所作で腰を捻り、振り上げた蹴り足で遠間の死体の首を刈り取る。当然ながら、転がり落ちたそれを更に切り取り、機能させぬことも忘れない。 ……それは酷く脆い死の在り方だった。精鋭たる彼らにとって、数にものを言わせる戦い方は、ただ邪魔なだけで時間を稼ぐだけにしかならない。こんな死体に、先遣リベリスタが倒されたならそれは激しい疑問でもある。 四方で起こる死の坩堝と、それにより倒れていく死体達に対し、癒やすことも必要なく進むミミミルノは、ただただ音の一つ一つに無様に怯えることしかできないでいた。近く、或いは遠くに散って戦う味方の背が辛うじて見えるほどには暗い病院内で、自ら闇を暴く技倆も、闇を払う光もない。 リセリアの光源が不安をわずかに祓うものの、そちらへ向けて魔力矢を放った所で、軌道が描く光は一瞬。次の瞬間を予測するには、辛うじて見えた情報から差異を見抜く直観力を十全に生かさねばならない。 戦力の死活を分かつパイプ役として、それがどういった意味を持つか……死の呻きに怯える彼女には十分な言葉を尽くして語ることも。時間も。何もかもが、足りない。 「本当に、首を落とさん限りは動くんじゃな。無駄にタフで困る」 地下へと降りる階段を前に、遮るように立つ一体を切り捨てながら。心底鬱陶しげに真珠郎は二刀に付いた油と皮を振るった。 「仮に退路を絶たれると、厄介な位置ですね」 「ここよりも暗いことも、間違い無いの」 階段へ向けてマジックカンテラを向けたリセリアに笑いもせず返す彼女が、これから現れるであろう敵に対し心踊ることがないことも理解できよう。 何しろそれは、人を欺く死の象徴。ただの狂気の、つまらぬ具現なのだろうから。 ●意味も正体もただ偽りで 地下のリノリウムを叩く靴音が、深く響く。暗中を見ることが適うリベリスタ達には、その視線の先に現れた姿が何であったか理解することは容易かっただろう。 細身の剣を持つ者と、ショットガンを構えた者。いずれも男で、隠密に適した細身の肉体を持っていることが分かる。……ひとつだけ異常があるとするならば、彼らの所作に籠った意図に何一つ、協力的な意思が見えないことくらいだ。 「どーも、どこからきたの? 君たち」 彼らが既に、リベリスタとしての会話が適わない身であることは明らかだ。故に、夏栖斗はつとめて敵意を剥ぎ取り、相手に意思疎通の猶予を与えた。それらに理性があれば、応じるだろうと理解して。 「好い」 「……何が?」 其の言葉の意図を理解することは、やはり夏栖斗には困難だった。 夏栖斗のみならず。少なくともそれが好意的交渉の合図だなどと考えた者は、ただのひとりもここには居ない。 遠間を狙う斬撃の動作から、刃とともに放たれたのは辛うじて視認できるほどに細い、糸。糸というよりは紐と呼ぶべきだろうか。備えていたとはいえ、咄嗟の反応に一瞬遅れたミミミルノに避ける術などありはしない。肘の腱を傷つけるように放たれたそれは血の漏出を煽り、彼女とその周囲に少なからぬ戦慄を与えるに十分だった。 「何が、何を、好いと言うかは我は知らん。おぬしらの目的などどうせつまらぬ三文小説にも劣るのじゃろう?」 「そのつまらぬ目的の苗床になったのがこれらだとしても、これから『そう』なる連中に離す義理があるかね」 伸びきったその細身を叩き落とすように放たれた斬撃、その勢いから飛び込んだ真珠郎の横っ面を狙うように、散弾がばら撒かれる。だが遅い。中級技能を修めた程度にしては随分と精度が高いが、その顔を傷つけるには緩慢に過ぎる。 「どうやら、一番不味い想定が大当たりだったようだねぇ」 「守れなかったしあわせに、言葉を尽くすことは出来ないわ、付喪」 「それもそう、なんだけど……囲まれているね。あれも、これもという感じで。背中は任せるよ」 「まあ、背中合わせ? 素敵ね、とても素敵」 後ろにいるのは強者ばかり。何の遠慮もしなくていいわ。お祈りの代わりに燃やしてあげる。 「まあ、結局やる事になんら変わりはねぇがなぁ! とっとと、この病院から消えて貰うぜ!」 「御免被るなァ、君達の文化は苗床からじっくり『食らった』から、あとはじっくり溶け込んで、目立っていながらひっそりと謳歌したいのだがねェ」 羽衣と付喪、両者の炎を天井伝いに受け止めながら、巧みに『紐』を打ち下ろす死体に対し、猛の“白銀の篭手”は雷光をまとって突き上げられる。 肉を焦がす勢いの電圧をしてその死体は一切の躊躇いも無い。焦げ、崩れ落ちた手の代わりにと食指を延ばし、ムチのように鋭く振るって牽制する。夏栖斗をも狙ったそれが、或いは弱点ですらあることは明らかだが、それでもそこ『だけ』を狙うのはなかなかどうして骨が折れる。 それと、もう二体とが後方に回り込み、その倍に比する死体が呻きながら姿を見せる状況は、本当に質の悪いホラーショウだ。 (ここまで壊れてると、何を聞いても何を言っても無駄なんだろうなあ) 二人のリベリスタが本質を変えてしまった以上、保護ではなく殲滅が任務の趣旨に切り替わったことを夏栖斗は敏く理解した。それが元々一般人でも、選択すべき死で在る以上は躊躇する必要もない。殺してはならない、なんて箍は無い。殺しても何ら咎められない。 自分の心は捨てたくはないが、今その敵だけは無意識に殲滅しても構わない。なんといっても怖いもの。 リズミカルに、腕を守る得物が桜花と見紛う気炎を上げて振るわれる。燃えて、のたうち、崩れて、悶える。その姿の奇怪さとおどろおどろしさは狂気を孕んでいる、と彼は認識する。首を刈り取られた『いきのいい死体』は、その首を戻すことなく夏栖斗の肩を握る。しゅるしゅると揺らめく紐はただ、それを掴み取ろうと伸びた彼の指先を貫き、びちびちと音を立ててその肌に食らいつく。堅固な守りも、強固な意思も、その悪夢の前に無駄だと言わんばかりに。 その意識は/幸せな/夢に彩られ 死も知らぬまま/何時迄も/ゆりかごの中に 「――――!」 「ほら、やっぱり。元気な羽衣達を見て、我慢できなかったんでしょう?」 痛みよりも恐怖、狂気に蝕まれた夏栖斗の喉が裂けるより早く、電流がその存在を貫いて焦がし尽くす。夏栖斗を侵食していた部分も、ぱらぱらと粉と落ちて消えていく。視界を巡らせば、次々と灰になりのたうつ、高位「ではない」死者の群れ。 猛の猛攻が大きく弾き、結果密集させた地点に叩きこまれた炎を、発達途上のそれらが避けうる手段など無い。 楽しくも無く、謝罪も出来ず、悲しみだって、何一つ無い。 しあわせを守るために、何度も何度も癒やしたって、既に終わった命は帰ってこない。終わった幸せには巻き戻す螺子が無い。なら、羽衣に出来る事は時計と自分を前に進めること、それだけでしょう? 「理解していても、やっぱり見ていて気分が良くないですね。死体は墓に収めるべきだというのに、死を暴いて過去すら冒涜するんですから」 既に死んだものを何度も何度も、貫いて引き裂いて。墓に収めるには綺麗に土葬も出来ないほどに形を奪って。だから死の冒涜は面白く無い相手なのだとロマネは誰より知っている。小さな小さな器に修めた死と生の間の何十年かは、命を見守る傍観者。 「紐は切れても動くみたいですね。本体であることは間違いないですが燃やすかどうにかしなければ」 「分かってはいても、気分は良くないですし戦いづらいことこの上無いですね」 「悪趣味だよ。これは誰だって気分が悪くなるものさ」 ロマネの冷静な声音に漏れる震えは、傍らの付喪も理解はしている。怒りと呼ぶには余りに些細なその響き。死の冒涜と呼ぶならばこの上ない有り様に、彼女ならず不快を覚えるのは仕様のないことだ。 女性的な感性に、これはどこまでも抉りとるための怒りを呼ぶ痛覚。 古典的なホラーも、新時代の悪夢も及ばない。新時代の更に先、ゴシップじみた死の最果て、狂気の極北はただの不快でしかなかったのだ。 「他人の感傷に付き合うほど暇ではない。さっさと幕じゃ」 感傷に浸るのは弱者の役目。未知に怯えるのもまた然り。 埒外の悪夢、思慮の外の死に触れた身にとって、この偽りは何より下らない。何しろつまらない。命を削って死に隣接して初めて覚える命のサカリを、これらはつまらぬ蹂躙で汚すのだ。面白いワケがないだろう。 だから彼女の刃の冴えは、その場に在る誰よりも――唯一の例外(さきさかうい)を除いて全てより、冷徹に正面切って殺しにかかるのだ。 喰らうほどの冴えも張り詰めた緊張も無かった。 そんな結末に笑いも無く死が覆い隠すだけ。 激戦は、異界の悪夢のみではなくリベリスタ達に対しても深々と痛手を与えていた。 その結末を見通すことが適わなかった癒し手が顔を上げる頃には、彼女ですら分かるくらいに、地下一階は明るかった。 ちりちりと死の松明が四方を焼き、目を凝らす付喪が殺し残しを四方八方にもとめている。 その結末のなんと凄惨で、なんと忸怩たる思いを呼び起こすことか。 だが、その言葉をきちんとした意味として放つ知性も、今の少女にはつなぎとめる暇無く。ミミミルノは、再びの狂気の末に短い微睡みへ迷い込んだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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