● 彼は決して恵まれた生まれではなかった。教会の前に捨てられた孤児だったから。 けれども彼は決して自らを不幸だと思った事はなく、神を恨んだ事もない。彼を拾った教会は、とても暖かい場所だった。 長じて後、運命に導かれる様に力に革醒した彼が教会と同じ神を奉じるリベリスタ組織、ヴァチカンへと所属したのも自然な成り行きだったと言えよう。 特別な英雄の、勇者の器なんかじゃない事は自分が一番知っている。けどそれでも構わない。 功績を残せば、豊かだったとは言えない教会に助成金も出る。何より愛する神と人々の為、世界を守って戦える。 無論それは平坦な道ではなかった。苦痛に塗れ、苦悩に塗れ、それでも只管に刃を振るった。 心折れる事も無く、心凍らせる事も無く、彼は彼のままで戦い続けた。 たゆまぬ鍛錬と絶え間ない戦いは彼を一流の聖騎士、或いは執行者へと成長させる。 そう、あの悪名高きペリーシュナイトの1人と互角に戦い、打ち倒させる程に。 しかし、其れが不幸の始まりだった。 迫る闇を盾で払う。散った闇はそれでも身体に喰らい付き、残り少なくなった体力を更に削った。 それでも彼は踏み止まる。背負った物の重たさが、誇りが、彼に倒れる事を許さない……、否、そんな選択肢は最初から存在しない。 心ならずも手にかけて来た者がいる。自分の背中を目指す者もいる。そして守るべき者も。 彼等に恥じる行いを、自分の誇りは、己が愛する神は許さない。 翳した刃に光が宿る。彼の心を、信仰を写す様に真っ白な光が、ローブを目深に被った男、ペリーシュナイトを切り裂いて十字に振るわれる。ラストクルセイド。 倒れた敵の血飛沫を浴びる。それは完全な一撃だった。渾身の力を振り絞った、己が放てる全力。 だがその瞬間、ちくりと、違和感を感じる。 けれど強敵を倒した安堵、達成感、重い疲労、そしてそれでも揺らがず向ける敵への残心が、その違和感に勝った。 『ひはははははははっ、すげぇすげぇ、やるじゃねえか新しい御主人様』 故にその声は彼に取って完全に不意打ちだった。 咄嗟に剣を構えて新たな敵に備える……心算だった。 だが実際には彼の身体はピクリとも動かず、心に焦りが満ちる。 『無駄よ無駄無駄、御主人様よぅ。この身体をもうオレ、夢見針の手の内よ。さっきアンタが斬ったアイツ、さっきまでの御主人様みたいにさ』 彼は其れを知らなかったが、ペリーシュナイトは『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュの作り出した自律型アーティファクトだ。 決して生身の人間である筈がない。 『意識もある、感覚もある、其処は最高の特等席だぜ御主人様』 けれど自分の意思では動けず、声を発する事すら許されない。 そう、本当のペリーシュナイトは先程倒した男では無く、今彼に語りかけるアーティファクト『夢見針』。 『さぁ悪夢の始まりだ。先ずは御主人様の育った教会とかにお邪魔したいね。どうだい? 良い演目だろう』 やめてくれとの叫びは、けれど喉から先には出てこない。 もう逃げられない。悪夢から目を逸らす事も許されない。 『ははは、なんてな。実は其れより先にやる事があるんだよ。御主人様の邪魔した、ペリーシュナイトとしての仕事がな。……ま、楽しみは後にとっとこうぜぇ?』 彼は決して恵まれた生まれではなかった。教会の前に捨てられた孤児だったから。 けれども彼は決して自らを不幸だと思った事はなく、神を恨んだ事もない。 歩んだ道は平坦な道ではなかった。苦痛に塗れ、苦悩に塗れ、それでも只管に刃を振るった。 心折れる事も無く、心凍らせる事も無く、彼は彼のままで戦い続けた。 なのに今は、嗚呼、今は、呪いの言葉が、悲鳴が虚しく脳裏を木霊する。 ● 「諸君、仕事の時間だ」 集まったリベリスタ達を前にフォーチュナ『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が口を開く。 その瞳には、緊張感。 「事態はそれなりに緊急を要する、心して聞いてくれ。ペリーシュナイトと呼ばれるバロックナイツの尖兵がこの国に出現した」 ペリーシュナイト、厳かな歪夜十三使徒の堂々の第一位『黒の太陽』ウィルモフ・ペリーシュに付き従う、彼の生み出せし自律型の破界器達。 ペリーシュの実験の為に、ナイト達の賢者の石を始めとした魔力増幅器を集める動きが活発化している事は話に聞いていたが、彼等の手が遂にこの国にも伸び始めたのだ。 「奴等の狙いはある逃がし屋……、フィクサード達が所持している賢者の石だ。一体何故その程度の規模の組織が賢者の石を所持しているのか理由ははっきりとはしないが……、現在そのフィクサードの元に2グループのペリーシュナイトが迫りつつある」 つまりはその片方、具体的には遅れてやって来る援軍側を相手にして食い止めるのが今回の任務と言う訳だ。 だが無論、仮にもあのウィルモフ・ペリーシュの創りしアーティファクトが並大抵の物であろう筈が無い。 これまでも幾度かアークはペリーシュシリーズと呼ばれるアーティファクトの絡む事件に関わって来たが、そのどれもが碌でもない代物ばかりであったのだから。 資料 ペリーシュナイト1:アーレイ・ダルフ ウィルモフ・ペリーシュの創り出した寄生型アーティファクト『夢見針』に支配された、元ヴァチカンの聖騎士。 ジョブはフライエンジェのクロスイージスで、武装は剣と盾。非常に錬度の高い実力者。 『夢見針』は持ち主に寄生するアーティファクトであり、宿主が殺されれば殺した相手へと寄生先を移す。 持ち主の意識や感覚はそのままにその行動の一切を奪い、持ち主に覚める事の無い現実と言う名の悪夢を見せ続ける。 夢見針に寄生された持ち主は、脳のリミッターを解放され肉体のスペックをフル使用する事で元以上の実力を発揮し、また強い再生能力も併せ持つようになる。 また夢見針の生み出した子針を撃ち出す事が可能になり、子針を受けた者はブレイクが発生し、更に呪いと魅了のBSを付与される。 ペリーシュナイト2:黒金の一角獣 魔力を帯びた鉄で創られた一角獣の彫像。ウィルモフ・ペリーシュの作品。 伝説の獣、ユニコーンをモチーフとしている。大きさは3~4mほど。 角での突き刺し攻撃、体当たりや蹄での蹴りの他、他者を騎乗させる能力と、角から癒しの力を放つ回復能力を持つ。 伝説の一角獣とは違い清らかな者を汚したいとの強い欲求を持ち、敵対者に童貞や処女が居れば優先して狙う。 その際に相手が真に童貞や処女であれば、その血を浴びた黒金の一角獣は己の損傷を回復させる。 ペリーシュナイト3:白銀の魔犬 魔力を帯びた銀で創られた魔犬の彫像。ウィルモフ・ペリーシュの作品。 神話の番犬、ガルムをモチーフとしている。大きさは3~4mほど。 噛み付きや引っ掻き、体当たりの他、他者を騎乗させる能力と、魂を振るわせ削る咆哮を放つ力を持つ。 白銀の魔犬は傷付いた者を見逃さず、弱った者を優先的に狙う特性を持ち、自らの手で獲物を戦闘不能に追い込めば己の損傷を大きく回復させる。 ペリーシュナイト4:黄金の雄鶏 魔力を帯びた金で作られた雄鶏の彫像。ウィルモフ・ペリーシュの作品。 伝説上の生物であるコカトリスをモチーフとしている。大きさは3~4mほど。 黄金の雄鶏を攻撃した相手、黄金の雄鶏からの攻撃を受けた相手に石化を付与する力を持つ他、ダブルカバーリングに似た力も所持。 金属で出来た彫像のペリーシュナイト達は何れも耐久度に優れ、その攻撃には見合ったBS等が発生するので注意(突き刺しや引っ掻きで出血系、体当たりでノックB)。またサイズも大きく単体でのブロックは無効とされる。 「あぁ、そう、その通りだ。かのウィルモフ・ペリーシュの創った破界器が一筋縄で行く筈は当然無い。今回最も注意せねばなら無い事は、『夢見針』に支配されたアーレイ・ダルフを無策で殺してしまわぬ事だ」 当然其れは容易い事では無い。アーレイは夢見針に死ぬまで動かされる操り人形だ。 その動きを止める方法は死以外に存在しない。 「今回の諸君等の目的は援軍を食い止める事だ。無理に倒し切る必要は無いが、もしそれでもどうしても哀れな操り人形に死による解放をくれてやりたければ『夢見針の解析』による次なる寄生への対処が必須となるだろう。諸君等の健闘を祈る」 ● その時は気付いていなかったのだ。 「いやー、ぼろかったっすね。ガキ二匹を国外にちょっと逃がすだけでこの報酬」 「馬鹿おめえ、報酬もそうだけど追加で貰ったこの石、すげえ力を秘めてるぜ」 降って沸いた幸運に酔いしれて。 10代の少年と少女を二人、こっそりこの国から他所へと逃がしてやった。ただそれだけの仕事で、得た対価は莫大だった。 手で弄ぶは赤い石、裏社会の端っこで燻ってた俺等にも判ってしまう位に、力を秘めた神秘の品。 「何者だったんでしょうね、あの二人、こんなもんぽんと渡すなんて」 「詮索しねぇのも仕事の内だ。まあなんにせよ物の価値のわからん奴なんてどうでもいい。此れがあれば俺等も次のステップにいけるってもんだ」 ケチな逃がし屋なんてせずとも、大きなヤマに食い込める力を手に入れた、そんな夢に囚われて。 何故あのガキ達が自分にこんな物を渡したかなんて考えもしなかった。力を得れば、同等の厄介ごとが舞い込むなんて、知らなかった。 思い出せ、思い出せ、この石を渡す時、本来の持ち主である少年はふてくされていたが、その姉らしい少女はこっちを見て哂って居なかったか? まるでこの事態を見通していたかの様に。 嗚呼、つまり、アイツ等は俺達にこの災厄を押し付けたんだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月30日(水)22:44 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 会敵。 両者は必然の様に出会う。 やって来る時、場所は予知済みだった。今更戦いを避ける余地は無い。無論その心算も無い。 妨害に彼等が来るであろう事は予測していた。今更話し合う余地も無い。無論その心算も無い。 敵意と敵意が混じり合う。そして戦意に、殺意に。 彼我の距離は縮まり、やって来る彼等が足を止めた。 黒金の一角獣は嘶き、銀の魔犬が唸り、黄金の雄鶏が羽を広げる。 「アーレイ先輩! 其処で見ていてよ。今はできなくても必ず貴方を解放してみせるから」 其れ等を率いるアーレイ・ダルフ、操り人形と化した哀れな聖騎士に対して『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は『先輩』、道の先達と呼び、身の解放を誓ってみせた。 例え嘘になろうとも、其の誓いが身体の奥底に閉じ込められ悲鳴すら上げられぬアーレイの魂を慰撫すると信じて。 「ウァティカヌスの丘より参りし聖騎士が一、アーレイ・ダルフ」 そして魅零の言葉に応じて返された、剣を翳して行なわれる刀礼は、其の所作からも正にアーレイが非の打ち所の無い騎士であった事を思わせて……。 「なぁんてな。ひはははははっ、今はペリーシュナイトのこのオレさ。なぁ名乗りなんて要らないんだろう? 神の目のアークの皆さんよぅ」 それだけに其れが崩された時の醜悪さは見るに耐えないものだった。 アーレイの身体能力のみならず、練り上げた技術や蓄えた知識をも我が物とし、魂を陵辱する醜悪さ。 其の醜さは見る者に不快感を、そう、これは不快感なのだ。 以前より、かの楽団との戦いの頃よりずっと『黒き獣』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)がバロックナイツとその配下達に抱いて来た違和感は。 「要するに小物臭ェんだよ、回りくどい事をネチネチとよ」 死者を弄び、策を弄して人を繰り、或いは今回の様に人を人形にするそのやり方に、拭い切れぬ違和感、不快感を感じて来た。 かの伝説、アークが最初に相対したジャック・ザ・リッパーの方が余程判りやすかった。 彼に比すれば今の敵はあまりにも、そう、小物臭い。 「勝負だ、ペリーシュナイト! 此処から先は通行止めなんだからね!」 ノアノアからの侮蔑にもへらへらとした表情、アーレイの端整な顔には似合わぬ其れを浮かべ続けさせるペリーシュナイトに対し、魅零の言葉が戦いの火蓋を切って落とす。 ● アークのリベリスタ、ペリーシュナイト、彼等の双方を同時に、全く同じ加護が包む。 神の声に従い、敵を徹底的に殲滅する為の、聖戦を戦い抜く為の加護、ラグナロク。 アークの騎士たる『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)の祈りに応じて発動した其れを、虜囚の聖騎士アーレイが全く同じ所作で使って見せたのだ。 其の加護は汲めども尽きぬ命の泉。 咆哮を上げ、飛びかかる魔犬にけれども先手を取ったのはリベリスタ達だ。 銀の鼻面に突き刺さる死神の魔弾。初手から一切の出し惜しみ無く、射手で在りながらも前に出た『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)の放つ全神経を集中させた一撃、No.13が金属の身体をも容易く貫き通す。 犬だろうと狼だろうと、例え虎でも獅子であろうとも、生き物であるなら其の一撃は致命傷となっただろう。 けれども生物ならぬ神秘の結晶、ウィルモフ・ペリーシュの創りしアーティファクトである銀の魔犬は止まらない。身体に貫通痕をこさえようとも一切の体液を流す事無く、そして飛びかかる勢いすら緩めずに魔犬はカルラの肩口に金属の牙を突き立てた。 咄嗟の魅零の一撃が魔犬をカルラより引き剥がすも、肩の肉はごっそりと抉り取られ持ち去られている。 無論其の傷もラグナロクの加護が癒すだろう。だがそれは敵も同様で銀を抉った弾痕も何れは塞がってしまう。 そしてもう一方の獣、黒金の一角獣と相対するは『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)だ。 乱戦の最中では常に己が望む相手とぶつかれる訳では決して無いけれど、今回の相手に限ればフランシスカが望めば其れを相手取る事は確実に出来た。何故ならフランシスカは一角獣が踏み躙る事を好む穢れを知らぬ身であったが故に。 今回集ったリベリスタの中には、フランシスカ以外にも其の資格を持つ者達は居る。寧ろ意外に思うほど多く。 だが自らの性別を認識出来ぬ故に当然其の手の事に縁が無いアラストールは初手にラグナロクの発動に費やし、次にアーレイと戦わんとする為に位置が遠く、癒し手である『ANZUD』来栖・小夜香(BNE000038)もまた配置は後方だ。 そしてある意味彼女が最も意外だったが、穢れを知らぬ最後の一人ノアノアは金の雄鶏を警戒するが故にやはり少しばかりの距離がある。 しかしそれにしても、非常に大きなお世話であろうけれど、8人中4人が穢れを知らぬ……、はっきり言ってしまえば未経験者であったのは、アークのリベリスタは意外と奥手が多い。 恋人と長く同棲して居る淑女や年嵩の男性は当然除外されるとしても、アークのリベリスタ達は戦いばかりでなくもう少し色恋にも目を向けた方が良いかも知れない。 変り種としては昨日まではそうだったけど、任務の前日に『先輩?』に捧げて来たと言う魅零は、……逆に君は本当に其れで良いのか心配だ。任務にかこつけなくても、もう少し別のタイミングとかあるだろうに。 ともあれフランシスカが一角獣と戦うと言うのなら其れを遮る物は無い。ただし……、其の戦いは、穢れを知らぬ者を踏み躙る時に最も強みを発揮する一角獣に随分と有利な戦いになってしまうのだけれど。 「『挨拶(プリヴィエート)』だ」 低い声と共に、光が十字に煌めいた。 挨拶にしては重たすぎる其れは、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)の放ったラストクルセイド。 敵を十字に切り裂く神気を帯びた斬撃は、咄嗟に身を守ったアーレイの盾にくっきりと十字の傷跡を刻み込む。 同じクロスイージスであるが故に、互いに相手を図り易い。己と比すれば相手がどの程度の実力者なのかは凡そ掴める。 そしてアーレイの実力を悟ったが故にウラジミールは思う。彼は運が無かったのだと。 「貴殿ほどの使い手はそうはいまい」 自身の一撃を難無く盾で受け止めた事、間合いの取り方、其の構え、其れ等を素直に賞賛し、そして惜しむ。 いかなる研鑽を積めば其の領域に辿り着けるのか。どれ程の物を犠牲に彼が生きてきたのか。同じ道を歩む故に想像する事は出来る。 だからこそ、生きながら死んでいる彼に休息を与えられる様にと、ウラジミールの刃が光を宿す。 ● 戦いは続く。 序盤の攻防を終え、戦局は違った色を見せ始めた。 ノアノアに黄金の雄鶏、リベリスタ側とペリーシュナイト側、双方の盾が己が本分を発揮し始めたからである。 「癒しよ、あれ」 小夜香の詠唱に高位存在の力が発露し、ノアノアの負った傷だけでなく、魅零にカルラ、そしてフランシスカの石化が癒されていく。 癒しに専念する小夜香の存在はリベリスタ達にとっては正に生命線とも言える。 決して軽いとは言えぬ金属の彫像、ペリーシュナイト達からの攻撃をダブルカバーリングによって己に集めた盾たるノアノアが被るダメージは決して小さい物でなく、小夜香からの癒しが途切れる事は即ちそのまま命に関わるだろう。 更に、白銀の魔犬と黒金の一角獣を庇う黄金の雄鶏は、二体の彫像を庇う事により其の攻撃手、己に攻撃してしまった哀れな犠牲者を確実に石化せしめる為、その解除にも小夜香の力は必要とされる。 だが如何に専任の癒し手と言えどもペリーシュナイト等の猛攻を唯一人で拭い去るのは些か厳しい。 ノアノアのダメージを払拭する事を優先して神の愛、強力な単体回復を使用すれば石化した仲間達が突破されるし、石化治療を併用すれば今度はノアノアへのダメージの蓄積が加速する。 本来ならば石化の治療はアラストールやウラジミール、二人のクロスイージスに任せてしまいたい所ではあるのだが……、強力な同種の力を持つアーレイと相対する彼等はその隙を中々見出せずに居た。 そしてアラストールの動きには何時もの冴えが存在しない。相手が同じく騎士だったからか、或いは先日の任務で負った傷が痛むのか鈍るアラストールの動きにウラジミールも上手く連携を機能させれずに居る。 リベリスタの戦列に入った小さな罅は、罅を押える小夜香の手よりも大きく、ペリーシュナイトからの圧力に少しずつ其の規模を広げていく。 仲間達が激しい攻防を繰り広げる最中、唯一人に、虜囚の聖騎士アーレイに、正確にはその体内に存在するであろう夢見針に意識を集中していたのは、『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)。 神秘の結晶たるウィルモフ・ペリーシュの創りし夢見針の深淵ヲ覗キ、そして己が魔術知識で読み解いて行く。 考える者、思考を武器とする者、プロアデプトたる嶺の頭脳の冴えは一つずつ夢見針の特性を解き明かす。 今現在、アーレイの体内に針の形をした物体は何処にも存在しない。だがそれでも彼を縛る物、其れは其の肉体に流れる血液なのだ。 夢見針は標的の体内に侵入すれば、血液に溶けて無数の赤血球と一つに成って全身を廻り支配する。そして宿主が殺されたならば噴出した返り血として相手に付着し、宿主殺害の呪いを持って血中の鉄分から極々小さな針の姿を取り戻して相手に刺さるのだ。新たな宿主とする為に。 けれど嶺が読み解けたのは其処までだった。あと少し、あと少しが、頭の奥底に引っ掛かって出てこない。 宿主が殺された移動の呪いを防ぐ方法が確か何かあった筈なのに。もう一つ深い魔術への造詣を所持していたならば話は違ったかも知れないが、今の嶺には手が届かない。 近接戦闘を得手とする者達が抑えに走っている今、彼等に返り血を一切浴びずに相手を殺せと願うのはあまりに無茶な注文だろう。仮に遠距離攻撃であろうとも半端な位置からであれば末期の返り血は届くだろうし、当然夢見針も遠距離攻撃への備えはしている筈だ。 其れでも狙う事は叶うかも知れない。エネミースキャンで相手の様子を知れるカルラと、夢見針をある程度解析した嶺の二人ならば、時間をかけてタイミングを計れば返り血による夢見針の移動に警戒しつつ殺し切る事も不可能では無いのかも知れない。 だがそれは狙えるだけで、不可能では無いだけで、このギリギリの戦況、有体に言えば追い込まれつつある戦局で冒せるリスクを遥かに越えていた。 つまり……、溜息を一息ついた嶺が発動させるは仲間達の精神に同調する事で異能の力を賦活させる技、プロジェクトシグマ。今現在、アーレイを解放、或いは殺す現実的な方法はリベリスタ達には存在していない。 ● 削り合いの中盤戦は終わり、戦いは最終局面を迎えようとしていた。 事態は留め様も無く加速する。良くも、悪くも。 黄金の雄鶏が庇いに入る事が判っているならばと、最初から自らの石化さえも折込済みで放たれた魅零の奈落剣・終に出来上がった石の彫像は二つ。 技を介して、呪いを宿した武器越しとは言え黄金の雄鶏に触れてしまった魅零に、石化のエキスパートたるコカトリスを模した筈の雄鶏、その双方が共に石と化したのだ。 だが同じ石化と言う結果にも、其の内実には大きな一つの差があった。 雄鶏の与えた石化は、己を殴りさえすれば外す事無く確実に付与する石化だが其れでも唯の石化に過ぎない。 しかし魅零の奈落剣・終は石化に直撃を必要とするものの、一度付与してしまえば呪いをも内包する為に雄鶏の其れよりも一段階強固な物だ。 そして黄金の雄鶏の妨害さえ無ければ……、カルラのNo.13、防御を無視して敵を貫く必殺の銃撃が白銀の魔犬を、更には石化する事を覚悟済みで3体の彫像全てを巻き込んで放たれた嶺のピンポイント・スペシャリティが、其々貫き痛撃を与える。受けたダメージに、銀色の魔犬、ガルムが揺らぐ。 ……けれど本当の限界は魔犬よりも先にリベリスタに訪れた。猟犬ガルムの鼻は弱った者を見逃さない。そして其の牙は弱った者を貫き貪る為にあるのだ。 今回やって来たペリーシュナイト達は夢見針のえげつなさが一際目立つが、黒金の一角獣、白銀の魔犬、黄金の雄鶏、其のどれもが確実に嶺の言葉を借りれば趣味が悪く、小夜香の言葉を借りれば厄介で、嗚呼、本当に性質の悪い代物ばかりなのだ。 貪る様に、魔犬の牙が既に運命を対価にした復活の札をも切ってしまって居た、最も弱っていると判断されたノアノアの喉笛に齧り付く。 そして其のガルムの攻撃とほぼ同時に、アーレイの放つラストクルセイドが、ウラジミールに比して与し易しと判断されたが故に集中して狙われていたアラストールにトドメを刺す。 罅は亀裂に育ち、そしてリベリスタの戦線と言うダムを決壊させたのだ。 そして一度始まってしまった崩壊を食い止める手段は、無い。 「いかせはせんよ」 戦局は圧倒的に不利となれど、それでも動揺を表情には見せずに刃を振り翳すウラジミールに、 「ひはははっ、いやぁおっさんはまあまあ頑張ってたぜ。褒めてやるよ。でもなあ、もう俺もいい加減急ぐんだよ。判るだろ?」 けれどもアーレイは剣を鞘へと納める。 もう充分だった。打ち込んだ楔は戦線を崩壊させた。このまま戦い続けても其れは其れで楽しかろうが、優先すべきは己の楽しみでは無く主たるウィルモフ・ペリーシュの望みなのだから。 ここで時間を無駄にし続ける訳には行かない。 「もうお前等じゃ俺をとめらんねぇよ」 翼を広げたアーレイは一足飛び、石と化したままの黄金の雄鶏を足場に更に空へと舞い上がる。 ● フランシスカの下腹に、黒金の角が突きこまれた。柔らかい肉を突き破り、内臓を蹂躙し、背へと抜ける長い角。 ごぼりとフランシスカの口から零れた鮮血が一角獣の背を濡らす。そして其の血を持って一角獣は己が損傷を癒すのだ。 この戦いはフランシスカにとって余りに不利だった。例え小夜香の支援があったとしても。 無論リベリスタ達とてされるがままであろう筈は無く、ノアノアを喰らって己を癒した白銀の魔犬を、再びダメージを積み重ねて動かぬ唯の金属塊へと変えさせる。 厄介な石化を付与する雄鶏もやがては、時間さえかければ同じ道を辿るだろう。石化の力は雄鶏よりも魅零が扱いに長ける事は先程証明された。 カルラの防御を突破する銃撃を持ってすれば彫像の硬さも問題にはなら無い。無論石化は被る故に時間が掛かることに変わりは無いが。 嶺が居る限りリベリスタ達の異能の力が途切れる事はないし、小夜香の存在が万一の事故を限りなく減らす。 だが、けれど、しかし、それでも、未だ暴れまわる彫像達が空を飛んで突破したアーレイ、ペリーシュナイトの夢見針を追う事を許さない。 引かぬ彫像達は破壊出来よう。其れを加味すれば被った損害の程度は恐らくペリーシュナイト達の方が上回る。 なのに結局目的を果たしたのはリベリスタ達では無く、ウィルモフ・ペリーシュの悪意の一欠けら。 唇を噛み締めた魅零と、戦線が崩壊して行くのを目の当りにし続けて握り締めた掌に血を滲ませた小夜香からの、もう一つの悪意の一欠けらと戦い続けるリベリスタ達に突破された事を知らせる連絡は、同時に彼等にとって敗北をもを告げる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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