● また、日本だ。 『極東の空白地帯』は何時しかその物語の中心に位置するかのように歯車となりつつある。 例の『閉じない穴』は大きな禍根を残したが、そう、『あの時』だって世界の不安定性とそれに追随する崩界の足音が耳元で聞こえてきていたのは、この日本であったのだ! ●『九字兼定』 それは過日の『アーク』リベリスタらが激しい戦闘の末に『保護』した強力な太刀型のアーティファクトだった。『九字兼定』(くじかねさだ)。『アーク』と連携を取っているリベリスタ組織『六刀家』(ろくとうけ)のひとつからやや強引な手法を用いてまでして『アーク』が『九字兼定』を回収したのには、十分な理由がある。 『九字兼定』というのは『御神刀』(ごしんとう)と崇められ祀られていた神聖な刀である。歴史が染み込んだ強力なるアーティファクトは使役者に多大なる力を齎すが、その力をフィクサードへ許し、悪用されるのを恐れて、先手を打ったという理由。 もう一つはその能力の代償にある。『九字兼定』は自我が在るかのように使役者を判別する。そして、使役者には『母子喰い』(ははこぐい)という儀式を要請する。この儀式は、使役者に近しい女性と、その子をその刀身に捧げる禁忌の儀式であり、それについては現代に至るまで守護を行ってきた『六刀家』、その一角『斯波』(しば)というリベリスタ組織からの回収を行う過程で判明した。 この悪趣味とも言える、けれど、神聖を持った強力なアーティファクトについて、『アーク』は本部内での封印を決定した。先にも述べた通り日本におけるリベリスタ組織のトップである『アーク』本部内が最も安全であろうこと、リベリスタにすら容易く使用を許してはならないことを鑑みた妥当な結論である。 ……ただし、『アーク』が読み違えていたとすれば、そのアーティファクトの特異性にあったに違いない。 ● 『九字兼定』の回収が無事終わり、『アーク』への移送を担当していたのは、間違いなく『アーク』でも上位のリベリスタであった。戦闘で負傷した者も多い実戦チームから引き継ぐ形で彼らはそのたった一本の刀を巨大な特殊対エリューション材質で構築された『棺桶』に厳重に押し込めて車両を走らせた。 <『トイレ休憩』終了だ> 無線から流れてきたのは『トイレ休憩』<囮車両配置>完了の合図だった。空輸では撃墜の可能性があり、船舶による輸送では時間が掛かり過ぎる。車両輸送する以上、担当リベリスタらはフィクサードの手を最大限に注意していた。今作戦には既に囮車両を五台以上投入している。 「……」 三高平まであともう少し。作戦も終盤に差し掛かった所で、後部積荷用スペースで『九字兼定』を封印した『棺桶』と共に腰を下ろしていた男性リベリスタが声を上げた。 「おい、どうし―――」 運転手から目配せを受けた助手席のリベリスタが後ろを振り返り、声を掛けようとして、 そのまま、輸送車両はブレーキ痕を残す事無くガードレール越しに壁へ激突し、 停止した。 ●『ペリーシュ・ナイト』という存在。 『黒い太陽』。バロックナイツ使徒第一位。 天才魔術師、超越したアーティファクトクリエイター。 ―――『ウィルモフ・ペリーシュ』。 その一つの存在には数多の呼び名が与えられていた。 災厄を呼ぶ最高の作品群は、彼の考える『究極』への一手に過ぎないが、今、その一手が一つの『道標』成らんとしている。 ペリーシュ・ナイト。 そう分類されるペリーシュの造り上げた自律型アーティファクト群は、確かにその目的の為にこの極東に渦巻き始めている。 ―――目的。 ペリーシュのその眼が一体何処を見つめるのか、その焦点は分からずとも、彼の目指す『究極』は間違いなくその段階を引き上げている。そして、その仕上げに欲したのは、無尽蔵とも言えるほどに果てしの無い神秘的・魔術的エネルギーの奔流だった。 そして、収束するその一点、極大にも極小にも発散し得ないその一点に在ったのは、やはりその、妖しい輝きを纏わせて佇む一つの奇跡であった。 賢者の石。我々は再度、其処に回帰する悪夢と向き合わなければならないのである。 其処に『唯一人』紅い息を吐いていたのは、かつて『九字兼定』だったモノ。 「久しぶりの 外 だのう」 太刀の姿を失った太刀。 全身を禍々しい墨色の鎧の様な物で包んだ姿は武者の様であり、騎士の様である。 彼の装甲はその境界線でぼうと揺らめいていた。熱か、はたまたその存在の曖昧さ故か――彼の境界は、揺れている。 顔と云う物は存在しない。其処にはただ黒色に彩られた仮面だけが貼り付いていて、細く斬り込まれた瞳の部分は、その最奥に異様な光を見た。それが彼の眼球なのか、どうか……。 ぽかんと穴の開いた『口』からはまるで呼吸をするかの様に規則的に朱色の息が吐かれては、霧散する。 「さて 十分『喰うた』ことであるし 帰るとするか の」 横隔膜も存在しないのに、その低くしわがれた声は、一体何処から響くというのか。 彼の元へと帰る為に一歩踏み出した時、炎上する車両から一対の魔弾が漆黒の鎧を掠った。 「…… うん ?」 がしゃりと振り返った無表情の仮面が、その果てしない奥にある狂気の瞳が、死にぞこないのリベリスタ一名をきちんと捉え、思考し、判断した後、 「まだ おったかね」 ――眼にも止らぬ跳躍。 黒い残像は凡そ二十メートルの距離を一瞬の内に殺し、這いずり出てきたそのリベリスタをその拳で撃ちぬいた。 「そうそう リベリスタ というものは しぶといのじゃった」 拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳。 何時しかその形が無くなるまで黒い拳が振り下された。 「かは は」 悍ましい笑い声だけが、その道路に残響した。 ペリーシュ・ナイト。 その『WP』の刻印が彼の仮面の内側に浮かび上がると、『九字兼定』は真の目的を思い出した。 『母子喰い』による得た純粋な生のエネルギー。自らの『温度』を保つその結晶―――。 自らの体内に取り込んだ『賢者の石』とその膨大なエネルギーを、創造主へと返すために。 ●ブリーフィング 「緊急事態。手短に話すから、準備が出来次第、現場に急行して欲しい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の緊張感を孕んだ声に、リベリスタたちも顔を変えた。 「『アーク』本部へ移送中のアーティファクト『九字兼定』が、かの悪名高いバロックナイツが一人、ウィルモフ・ペリーシュの造り上げたアーティファクトであることが判明した。現在、『九字兼定』は移送を担当していたリベリスタらを死傷させた上で、逃走を図っているわ」 「逃走? それは刀型のアーティファクトじゃなかったのか?」 「それが……」 普段淀みなく言葉を紡ぐイヴが、言い淀んだ。 「……刀が変形して、人型になった。漆黒の刀身と類似するかのように、豪奢な、けれど墨色一色に染められた鎧が全身を覆っているわ。 私達は、これを―――『ペリーシュ・ナイト』とコードしている」 「ペリーシュ、ナイト?」 「呼称に関しては些細な問題だから割愛する。とにかく、ウィルモフ・ペリーシュが一体何を目的としてこんなものを送り込んでいたのか、詳細は不明だけれど、どうやら『九字兼定』の内部には『賢者の石』の反応が見られるという情報もある。『閉じない穴』の時と同様に、敵の手に渡るのは阻止したい」 「『賢者の石』……。其処とウィルモフが繋がると、嫌な予感しかしないな。 だが、それは『斯波』だとかいうリベリスタ組織で守護されていたんだろ? 今まで分からなかったのか?」 「ええ。『九字兼定』は元々が『御神刀』とまで言われた至高のアーティファクトの一つ。 他の『本物の御神刀』と見劣りすることの無い、けれど、決して逸脱しすぎないそれを創り上げた彼の手腕にはやっぱり驚きを隠せないし、何より『斯波』には『六刀家』の『不可侵神域』、『九字兼定』の『九字封印』という二重の結果があって、今になるとそれが彼の『擬態』を支持していたと考えられる」 「なるほどな……。で、それは強いのか?」 「『九字兼定』の脅威性は十分に理解しておいて欲しい。 元の刀と同じくらいに、いえ、それ以上に―――強力な相手に違いないから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月04日(日)22:55 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「そう……ですか。あの刀、『こういうもの』だったんですね」 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)の表情に影が差した。ユーディスも或いは一つの惨劇とその先の選択を越えて今、騎士として槍を持つ。『九字封印』の最後の符を破壊し、そして『斯波』少年を打倒したその中に一種の遣る瀬無さは在っても憎悪は無かった。 「なら、『彼ら』の犠牲は仕組まれた物。文字通りの生贄だった、という事ね……」 代々当主とその妻、子供らを『九字兼定』に捧げ、その呪縛から解き放たれた幼き当主の苦笑を思い浮かべて、ユーディスの手に聊かの力が籠った。彼女の少し後ろを行く『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)も同じ思いを抱いている。その忌避すべき儀式に、けれど希望を託して命を捧げた者が居たに違いない、とセラフィーナは思う。 実際、その通りだろう。報告書によれば、犠牲になった彼女ら<母子>は、死の恐怖に囚われてはいなかったし、取り乱しもしていなかったと云う。許される行いではないが、一つの伝統を護り抜く為の文字通り命がけの愛情だった。 (それらの人々を裏切り、思いを踏み躙る行為……許せません) 「貴方達作品も、そしてペリーシュも。必ず止めてみせます」 先遣リベリスタらからの苦戦の連絡を耳にして、仄暗く広大な道路を、周囲で準備に奔走する『アーク』の者達を尻目に駆けて往く。 (くそっ。まさか、あの刀がウィルモフ・ペリーシュの作品だったなんて……。 あの時、破壊しておけば良かったんだ!) 『欠けた剣』楠神 風斗(BNE001434)が眉を顰めるのとは対照的に『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)の表情は常と変わりない。 「大分あの刀には煮え湯を飲まされたみたいだねえ」 「全くだ」 「すずきさんでも名前くらいは聞いた事あるよ。最上大業物、だっけ。 ――でも、既知らしい人の反応を見るに、『碌なもん』じゃ無さそうだ」 「……ああ」 風斗が盗み見た寿々貴の貌はやはり普段通り。 ……風斗は正直な所、ほっとしている。 少なくとも今回の敵を斬る事に、一切の躊躇は必要ないからだ。 「紛い物は何処までいっても紛い物だ」 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)の言葉に風斗と寿々貴が顔を向ける。ツァインも過去に『六刀家』の管理する御神刀との交戦経験を有する。尤も、あの時はこんな奇妙奇天烈な出会いでは無かったが。 二人がツァインを振り返ったのは、彼の言葉尻に一種の怒りを孕んでいる事に気付いたからだ。そしてその怒りとは碌でもないアーティファクトを創り上げたペリーシュというバロックナイツの一員でも、ましてや実に怖ろしい儀式に対して等でもなく、唯でさえ狭いこの『畑』をこれ以上穢されることに我慢ならない事に対してであった。 「楠神の考えてる通り。 御神刀の存在を知ったその時から、六本全て砕いて打ち捨てるべきだったんだ」 ● 二対の鉄扇が鮮やかに揺れた。 風を切る鋭利な音は兼定の右拳がそのまま『戦技巧霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)を殴る<斬りつける>為に残った結果の軌跡。赤と青の異色虹彩が至近距離でその漆黒の鎧を見た。まるでそれが眼であるかの様に―そして実際それは眼であるのかもしれないが―細い二つの斬りこみが柔和で美しい慧架の身体捌きを見た。 かんと金属音が飛び出すまで一秒も掛っていない。正面からの拳を受け流し左へ逸れた慧架の体躯は再度緩やかに鉄扇を振る舞う。刹那、繰り出されるのは永遠にも思える幕無の武闘――悪鬼羅刹の殴打。 ――紅い息が熱く分解する。暗い夜の空気に、流れて消える。 笑ったかも知れないのは『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が離れた位置から見ただけで、確証を掴めないから。そう、仲間でさえも近づくのが躊躇われる様な戦いで、遣り合いで、うさぎにはその鎧の仮面が歪んだ様に見えなくもなかった。 実際、その究極的な『技巧』を以てして聊か分が悪い闘撃を繰り出す慧架の目には正しく口を歪めた兼定の貌が見て取れた。その一連の攻撃を驚異的な動作で遣り過ごした兼定はようやくやっと慧架の動きの隙を捉えた。太刀の様に鋭い兼定の左腕が返し刀に慧架の腹を貫いて、続け様の目にも止まらぬ蹴りが慧架の体躯を吹き飛ばした。 「しぶとい な」 嗄れた声が大きな国道に妙に馴染んだ。だがそんな声だって直ぐ様に掻き消される。リベリスタらは、兼定の過去も未来も認めない。 後方へと立ち位置を崩された慧架に代わり『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)が前へ出る。後方援護を行っていた糾華は其の硝子の様な瞳を極致へと昇華させて兼定の所作を捉えていた。 (……ペリーシュ・ナイト。 あの悪名高き破世器から発生した、アーティファクトの戦士?) 逃走を図っている兼定を破壊する為にリベリスタらが選んだ二重包囲網。破壊的な範囲攻撃を振り回す狂気の斬撃による負傷を最小化するための分散型配置。寿々貴が即座に開始した救護活動により息を吹き返した死傷リベリスタらは指示通りに動き、在る者は退避活動を進め、在る者は遠距離支援を開始している。思い描いていた通りの戦略進行だ、と内側の包囲網を担当している風斗は思う。なのに攻めきれないのは、風斗と同様に最前衛を担うユーディスの冴えない表情も示唆している。 (『アーク』に関わっているだけでも結構存在しているのに、『W・P』を冠するアーティファクトは一体幾つあるのかしら……) 糾華の懸念は正しい。但し、今回の件が比較的に稀な状況であることも糾華は理解している。兼定のペリーシュ・ナイト化の発見が遅れたのはある種の結界に起因するノイズの為だ。今までに回収されたW・P製の破界器は『アーク』技術班の綿密な解析を受けているから、内部的な大規模反乱等の可能性は低いであろう。 押し切れなくても、押し切るしかない。隙など与えずに風斗が兼定に斬り掛る。 「また会ったな、鈍ら刀!」 継戦の要である寿々貴と彼女を常に視界に収めながら戦うセラフィーナ、うさぎとは向かって反対側、ツァインの剣が慧架を振い立たせる。それを認めながら、風斗が兼定を詰る。 「ちょっと見ない内に随分と見た目が変わったな。刀は廃業か?」 あくまで軽口。けれど反比例するかの様に破壊的な抜刀――爆発したのは、風斗の剣と兼定との接触が生み出した重圧に、空気が耐えられなくなったから。 「戯け が」 その極限圧縮すらも涼しく受け止めた兼定の腕が鋭利に突抜かれ、風斗が逆手で受ける。 ぐるりと一回転。人間ではない故の機械染みた反転動作が、逆方向からのユーディスの神性をすら付随する突きを受け、 「見た目 に 固執してる様 ではのう」 隙を空けずの連撃――平時なら敵を圧倒するユーディスの槍術も攻め倦ねる。その様子に、彼女は形の良い眉を若干顰めた。 「許せませんね」 「許せん とな」 ええ――。とユーディスが頷いた。 後衛へと回った慧架はその様子を確かめている。先程の兼定の『言葉』が引っ掛かっていた。 (形に意味は無く……?) しかし其処から先が分からない。敵についての情報はセラフィーナの温度感知と寿々貴の観測待ちだ。慧架はじいと兼定とリベリスタとの遣り取りを眺めねがら、態勢を整える。 「斯波……彼らが積み重ね続けた血と涙と犠牲の山。貴方が喰らい続けてきた物。 その全て、貴方を砕いて在るべき所に帰させて頂きます」 「詰まらぬな」 ユーディスの厳しい顔が再度槍を立てるも、爆散するかの様な兼定の加速がその間合いを殺し、 「実に 詰まらぬ」 状態異常を無効化するそのメリット故に優勢で立ち塞がっていたユーディスの脚を斬り裂き、けれど負けじと振り払った魔力槍を、逆にその手に掴み取り、そのまま彼女を……放り投げる。丁度、セラフィーナの懐へと投げ飛ばされ、「わ、わ」と彼女を受け止めた。 されど、即座にぐると一回転。今度は―― 「ウィルモフ・ペリーシュ作のアーティファクト。流石、噂に違わぬ悪辣さですね……!」 「人の命を食い散らかした上、その命を悪しき計画に利用とする……。 ――ああ、お前に対しては『何の躊躇も無く』剣を振るえて助かるっ!」 自らに迫りくる風斗と糾華、最上位の二名のリベリスタ。けれど、やはりその双眸は、 「若い のう」 何の動揺も無く、熱く狂気に満ちている。 ● 貴方は敵ではない。うさぎはそう宣言した。 敵などではない。そんな高尚なもんじゃない。 「ただ主命の為にだけ動く……道具の面目躍如ですね」 自分では兼定を抑え続けることは出来ないだろう。うさぎは現状を冷静すぎる程に理解していた。そして、だからと云って腕が捥げようとも兼定を逃がす心算も毛頭無かった。 「ぬかせ」 包囲網を崩すことは無い。無いが、じりじりとその多重の同心円が動いて行っている事をリベリスタらも自覚している。それは、八名の、もっと云えば、周りのリベリスタからの援護をもってして未だ兼定を撃滅出来ていない事を示している。 「ぬかしますよ。貴方には矜持も意思もあったもんじゃねえ」 ならこれは唯の回収作業。貴方はちょっと奇抜で危ないだけの玩具。 挑発とも取れる文言はある意味、寿々貴の為でもある。彼女を護り抜くことは最早この作戦の成功と同値条件だ。そして、ジリ貧状態を打破する為のセラフィーナと寿々貴による敵分析を進める為の時間稼ぎと云っても良い。 うさぎは強い。能力値的にもそうだが、全体を俯瞰し、客観視できる強さがある。しかし相性がある。出来る事があれば、出来ない事があるのはうさぎに限った話ではない。能力値的に寿々貴はうさぎに劣るかもしれないが、『覗ける』のは彼女だけである。 前方で兼定とうさぎが交戦に入ったのを見て、寿々貴は遂に彼を見咎めた。高度な魔術知識を保持する蒼髪の美女は最長で一分半しか真面目を維持出来ないが、逆に言えば一分程度なら本気になれる。深淵を――覗く事が、出来る。 (少なくとも刀が原型である事と、賢者の石を運ぶ移動金庫なのは確か。 根本と役割が分かっていれば、少しは糸口に……) 寿々貴の紺色の瞳が其処に意識を収斂し、 <見たいの なら 見してやる> 「―――」 直ぐ様、半ば無意識的に右手の甲を口元へ運んだ。そして、思わず膝をついた。 「おい、大丈夫か寿々貴さん!」 兼定を挟んで向こう側から、ツァインが大きな声で問いかけると、寿々貴の付近に居たセラフィーナが急いで駆け寄った。 「どうされましたか?」 セラフィーナの瞳には粒の様な汗を額に蓄え顔を歪ませる寿々貴の顔があった。 「……うーん、分かってるつもりではあったんだけどね」 (『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』だなんて事は、自分がよーく) 何時か、年端のいかない少年革醒者に自身が経験してきた凄惨な現実を見せつけた事があったが、今度は立場が逆である。ペリーシュと云う最悪のアーティファクト製作者の、災厄の様な破界器の、その『中身』を『視て』しまったのだ。 識っている事がより大きな反動を生む。しかしそれは寿々貴には非の無い事であり、寧ろ、彼女がそう試みた選択は全く正しい。恐らく今の『アーク』リベリスタ誰だって彼の内に渦巻く狂気を直視し無事立っている事は出来ないだろう。だからそれは、彼の、そしてペリーシュの逸脱だけが問題であるに違いない。 「だけれど、いっこ、分かった」 セラフィーナの肩を借りて立ち上がった寿々貴は言った。ツァインと打ち合っている兼定のその鎧が『張りぼて』に過ぎない事、彼女にはもう分かっている。但し、本来の意味とは違うけれど。 中に詰まっているのは物質ではない。怨嗟だ。怨念と換言しても良い。詰まりはその、凝集体と表現しても良い。抑々が、『刀から人型へ等という非常識な変容』をしているのだ。神秘だろうが何だろうが……その時点で異っていたのだ。その姿にミスリードを与えられている。その点では、うさぎの云う様にあれは『唯の道具』なのだろう。慧架が抱いた疑問は正しく、『形に意味は無かった』。 「セラフィーナさんや」 「うん?」 そうなると、やはり、兼定を崩すのに重要なのはセラフィーナの熱感知と。 ごにょごにょ。内緒話の様な作戦会議に、セラフィーナは力強く頷いた。 「一筋縄ではいかないねぇ」 その存在さえもを消滅させるリベリスタらの暴力的な火力。 『概念武装・九字兼定』を撃破するのに必要なのは、その二つ。 ● 「おらっ!」 連続するのはツァインの剣戟、そしてそれを受け斬る兼定の『剣戟』。 「抑々、最初から間違いなんだ……」 致命打は与えられない。それでもツァインの顔は、むしろ。 「俺が最初にしなければならなかった事をしてやろう!」 一際深い構え。閃光を放つ斬撃が、再度、兼定を斬る。そして、 「差し詰め『無刀』とでも云うべきですかね?」 兼定の下段を精緻に狙い撃つ慧架の羅刹――驚異的な連携技には流石の兼定も、 「ほ う」 「――上かっ」 一番に把握した風斗が吠えた。と同時に、後ろに下がっていた糾華の蝶が彼に追い縋る。 兼定の息が燃える。赤く紅く朱く――腕を振るうのと相まって、リベリスタらを薙ぎ払う怨嗟の刀。 「させませんよ」 ユーディスの手繰り寄せた英霊の加護により立ち上がったうさぎが高速の跳躍でその十一人の鬼を叩き込み、 「そんな ものか ね」 難なく空中でそれを弾き返した兼定は、寿々貴と視線が逢った。 「今だよー」 今? 兼定がそう思うよりも早く。 「――見えた!」 セラフィーナが言った。 赤い紅い朱い――その熱源を、直視した。 「頭の中心を、狙ってっ!」 「―― は」 薙いだ。兼定に立ち塞がるリベリスタらの半数が大勢を崩すが、兼定を支配したのは初めて感じる違和感だった。 「嵌め おったな !」 感情。それは一種の、怒りの様な。 後方から一気に踏み込んだのはセラフィーナ。彼女が一番、知っている。その鎧は唯の張りぼて。貴方を斬った所で、貴方は倒せない。その存在は唯の概念。貴方を斬った所で、貴方を倒せない。 けれど、その動力源と。――抑々、その存在さえもを吹き飛ばしてしまうような火力さえあれば。 其方が『神刀』なら、此方は鬼の王・温羅をも貫いた夜明けの刀、『霊刀』。 ―――それはまるで、夜の空に咲く、花火の様に。 唯、スペクトルに分解された波長が凄絶に、兼定の頭部を斬り刻む。 「ぬ お」 「この東雲は姉さんが残した刀。『私』を構成する魂の一欠片です。 ―――この刀と共に、私は、戦うんです」 兼定がこの戦闘で初めてたじろいだ。識らずに斬られるのと識っていて斬られるのとでは意味合いが全く違う。 「もう一度言います。……在るべき処に、帰りなさい――!」 ユーディスの槍が兼定を貫く。先程とは違う。威力が違う。何故なら先程の集中砲火は虚仮威しに過ぎない。『今度』は正真正銘の集中砲火である。 セラフィーナが切崩した兼定の『存在』。其処には彼が見縊ったリベリスタらの『存在すら殺す』壮絶な火力が待ち構えていた。よろよろと交代した兼定は、再度、逃走を試みる。今度は全力の逃走を……。 「何処に行く心算だ?」 お前は、『ヒト』じゃないから。 「貴様が行く場所は唯一つ。スクラップ置き場だ!」 「なめ おって」 なめていたのはどちらか。風斗の剣は、ここ最近の遣り辛い依頼では見られなかった悍ましさを孕んでいる。だって、何の加減も要らない、躊躇いも要らない――! 斬撃というよりは既に打撃。それ程の衝撃が兼定を襲い、 「撤退する方向に何かあるのでしょうかね?」 飽く迄、のほほんと……額から血を流しながら、のほほんと。尋ねる口調とは相反する慧架の技巧が極める闘技の凄絶さが、何より、優雅さが、兼定にも見て取れた。 「な――ぜ」 「何故って?」 多重の残心は質量を持って。そう、光速を越えられない粒子は、加速するほどに質量だけを増加させるから……うさぎの腕捌きがそれを可能にさせる。 「全く、飛んだ宝の持ち腐れな事ですよ」 自らと我って書いて『自我』ですのにね。うさぎも噴出する血を気にも留めずに溜息を吐いた。 「やめ―ろ」 「もとより簡単に届くとは思ってないわ。 だけれど、試してみるの。何度も、そう、何度も……」 だから。 「貴方は逃がさない」 うさぎの放つ影と糾華の放つ影が重なる。途方もない重圧に挟まれた兼定は遂に堪らず声を上げた。 「やめ――ろ」 「お前の置き場など箪笥の隅にもありはしない」 最後の悪足掻き。兼定が振り絞った最後の印は、ツァインへと放たれて、 (臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前…) 九字を唱える。本来其れは、破邪の印。悪を穿つ、神聖の字――。 「……勝!」 それはツァインの頬を斬り裂いた。頬しか斬り裂けなかった。 攻撃と攻撃が交差する。最後に見たのは、何の景色か。 「拉げて砕けろ、紛い物があっ!」 「やめ―――ろ!」 赤子の様に宙を掴んだ黒い右手は、何を求めたのか。 「生きている、と 証明できな ければ……」 消滅していくのは仮初の鎧。本質を隠してきたペリーシュの呪い。 「死んで おったのか ね?」 その『概念』が消えていく最中、切なく漏れた兼定の辞世の句。 「『素敵』な夜を、ありがとう」 寿々貴にも、それだけは分からなかった。 唯其処に残ったのは、赤い欠片だけ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|