●Cirsium 大樹の枝の上に、一人の女が座っている。赤紫色の髪を一つくくりにした頭には、獣の耳が生えている。 「ふぅん、あれがアーク本部とやらか。なかなか大きいのう」 額に手をかざし、遠くを見る彼女は、にやりと口端を上げた。 大樹のふもとからローブ姿の男が上へと声をかけた。 「……マクレガー様、お時間です」 「ふむ、では作戦行動に移ろうか」 時代錯誤とも思える鎧をまとっているにも関わらず、音もなく着地した彼女の前に、少女が進み出る。 「本当にエイミル様ご自身でお相手されるのですか? 私達だけでも十分対処できると思いますが」 「なぁに、もう向こうにはどうせ見えておろう。儂が出るほどでも無い気もするが、ずぅっと留守居役ではつまらんからの。ならば、迎えて遊んでやるほうが、面白いじゃろ?」 シャリンと涼しい音を立て、クレイモアが鞘から抜き放たれた。 地面に剣を立て、エイミル・マクレガーはアーク本部を見据える。 「さぁてお手並み拝見じゃ。がっかりさせてくれるなよ、アーク」 ●三高平 「もうすぐ、三高平市は第一種防衛体制に移行する。大規模な数の魔法生物や弱小ゴーレムの群れに、アーク本部が襲撃される予想が出た」 ブリーフィングルームに集められたリベリスタを前に、『黄昏識る咎人』瀬良 闇璃(nBNE000242)は淡々とおぞましい未来を告げた。 「あっ、わかった。そのものっそい数の敵をやっつければい……」 ぴこーんっと頭上に電球を光らせる勢いで、『空転する車輪』キリエ・ウィヌシュカ(nBNE000272)が挙手しつつ発言するも、 「違う」 闇璃に途中で切って捨てられ、しょんもりと長い耳を垂らした。 「そいつらは新米リベリスタでも十分対処できるレベルだ。お前たちには別件を依頼したい」 雲霞の如き魔法生物達を解き放ち、指揮していると思われるフィクサードの一団を、万華鏡が捉えた。と、闇璃が告げる。 「お前たちには、そのフィクサードを排除してほしい」 相手は六人だという。 「精鋭だ。特に首領格の女……エイミル・マクレガーは、かなり強敵だろう。気をつけろ」 エイミルの情報だけは万華鏡で取得できなかった。強大な魔力か何かでジャミングされていると思われる。 「居場所はわかっている。アークが見える高台だ。大樹が頂上に生えているこの丘にいる」 と、闇璃は地図の一点を示した。三高平の北東にある高台だった。 「……ゴーレムを召喚するアーティファクトをもう一つ持っているようだ。すんなりと丘の上に行けるとは思わないほうがいいだろう」 高台を守ろうとするゴーレム達は、三高平を覆おうとしている者よりは強敵と予想される。 「相手の狙いは『塔の魔女』だ。思うところは様々あるだろうが、今はアークを危機から救うことを考えろ」 闇璃はそう言って、説明を締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あき缶 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月03日(土)22:49 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●TRAP 「Walcome!」 丘を上がってくるリベリスタ十一人を認め、エイミル・マクレガーは自国語で独りごちた。 「我らはどのように」 彼女に付き従うフィクサード五名、判断をあおぐかのように彼女に一様に目を向けるも、 「なぁに、逃げも隠れもせずとも良い。既に奴らには見えておるわ」 エイミルは猫の耳をひくつかせただけで、特に動きはしない。 「向かってくるならば御相手するのが礼儀というものじゃ。土御門の坊主の援護をせよとのお達しじゃからなぁ」 そしてゴーレムは解き放たれた。 うじゃうじゃと虫けらのような弱さの魔法生物達を蹴散らして、リベリスタ達はアシュレイを狙ってきたと思われるフィクサードが待ち受ける高台の下までやってきた。 千里眼を持つ『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)と『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)が観察する分には、特に何も異常は見られない。 また、肉眼で多数確認できるゴーレムも、エネミースキャンには失敗した。見えていても、相手の詳細な状況は見えない。 「やはり、なにか隠蔽魔術が施されているってとこかしらね……」 と、『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)は眉をひそめる。だがそれらしきアーティファクトは見当たらない。何かの付与魔術なのだろうか……? 「向こうはこっちに気づいている。だが、打って出るような動きはないようだな」 影継が一同に伝えた。 「撃ち合いはジリ貧だ。向かうしかない」 そこに留まることを、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)は厭った。 故に一同は、高台を登り出す。前衛は後衛を庇いながら、注意深く。 「でも、アークにカチコミかけてきた根性は割と凄いと思うわよ? さっさとゴーレムは潰しちゃいましょ」 セレアが言い、『六芒星の魔術師』六城 雛乃(BNE004267)が頷く。 「そうだね~。この街は台無しにされるとあたしが困るし~」 二人は圧倒的魔道技術を持つ。故に、最大魔術であっても詠唱など行わない。 本来ならば長尺の詠唱が必要なマレウス・ステルラ。しかし、セレアと雛乃は口を動かすこともなく、天変地異を巻き起こす。 全ての敵へと降り注ぐ悍ましき鉄槌。 しかし。 「!?」 「!?」 何が起こったのか、魔術師達は分からなかった。だが、異様なほどの激痛が彼女達に走ったことは事実だった。 「っは、反撃された……」 ようやく事態を飲み込めた二人が呆然と呟く。 全ての者から跳ね返された攻撃は、一つ一つは微々たるものだ。だが、塵も積もれば山となる。だが、違和感が残る。 (三十を相手にしたにしては、反撃量が少ない気がする……?) 同じように詠唱しようとしていた『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)が戸惑う。彼女は、雛乃達のように何も口にせずとも魔法を発動出来るだけのスキルがなかった。しかし、そのお蔭で同じ轍を踏まずに済んだのだ。 状況を察した『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が閃光弾を投げつける。眩いばかりの閃光弾が僅かに残ったゴーレムにぶつかり、弾け飛ぶ。 トムソンとしては圧倒的執念を全員に共有しておきたかったが、それよりも優先すべき事由だと戦闘官僚たる彼女は判断したのだ。 全ての者に反撃を付与したことから、エイミルはクロスイージスだと想定できた。ラグナロクがあれば可能だからだ。 「ゴーレムは全滅はしていませんが、反撃は全て剥がしました。これで大丈夫なはずです」 それでは、と周囲の魔力を吸い上げ終えていた『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は傷ついたマグメイガスのために、癒やしを贈ろうとした……その時だった。 カッと高台の頂点がまばゆく輝く。 まるで爆風だった。 みるみるうちに広がった棘のある閃光が、一同を激しく打ちのめす! 「な……なに!? なんなの!?」 双葉が混乱して叫ぶ。 目の前にいたはずの前衛が居ない。 「う、うぅ……」 と呻く声にハッと振り向いた双葉は、地に叩きつけられたかのように地面に倒れ伏す『空転する車輪』キリエ・ウィヌシュカ(nBNE000272)を認める。他の前衛も、等しく吹き飛ばされ、遠くに這いつくばっている。 前を見れば、高台から猛然と二人のフィクサードが、こちらへと駆けて来ていた。 砲台であり貴重な癒し手である後衛をカバーリングするはずの前衛は、先ほどの破壊槌の如き閃光にて、遠くへと弾き飛ばされている。 すさまじい勢いで迫り来るダークナイトは、そのまま己の鎌に全ての呪怨を込め、誰も守る者のないホーリーメイガスの青年へこの世の全ての呪いを押しつけた。 キュイは卑屈に笑って遥紀に告げた。 「可愛い顔しているアンタは、石像になるのがお似合いよ」 十重の苦しみ、石化の呪い。喚び出そうとした希薄な高位存在の息吹は、すんでのところで消え失せる。 「遥紀っ!」 くそっ、と舌打ちする『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)。ホーリーメイガスを庇うと誓っていたのに、こんな序盤でみすみすと石化の呪いを施された。 「許さない!」 と、夏栖斗は立ち上がろうとして、ガクリと体を傾がせる。 「え、体が重い……?」 すさまじい無力感、体中が崩れたかのような重さ、そして足に力が入らない虚脱感――そして、襲い来る絶望感。嘔吐しそうな気持ち悪さを抱えながら、それでも必死に夏栖斗は体を立て直す。 「俺の足を止めることは誰にも出来ない」 だが、雷光の鷲祐には虚脱感など通用しない。瞬時にキュイに近づこうとした。 すると眼前の空間が歪み、新たなるゴーレムが行く手を阻む。 「?! ゴーレムは三十体だったはずだ!」 驚きながらも、反射的に高速の連斬撃でゴーレムを砕く。 「ああ、三十だ。先に出ていたのは二十。のこり十は温存していた」 セレアの前に現れたアレクサンドルは、不遜な態度で言う。 「そんな。確かにはじめに三十いたはず」 地べたに這いつくばりながら、涼子が反論する。 「それはミリィの超幻影だ。幻想殺し持ちが居なかったのが我々には幸いだ……った!!」 全力で振るわれた大剣。戦鬼烈風陣。 デュランダルのすさまじい破壊力は、ゴーレムの反撃で体力が半減していたセレアにフェイトを使わせるには十分だった。 「セレア!」 涼子が叫ぶ。あのダメージを自分が立て替えていれば……。 「や、ってくれるじゃない……」 フェイトのお陰でセレアは麻痺から逃れた。しかし、もう二度目はない。 「冗談じゃないわ。未だ何もしてないわよ……っ」 そして、一撃必殺の弾丸が雛乃を貫く。 高台からの正確無比なる死神の魔弾は、スターサジタリーのニコライの銃から放たれたものに違いない。 防御をも無視した痛烈で完璧な一撃。やはり雛乃もフェイトによってようやく立ち上がった。 「やってくれるじゃない」 己と雛乃の間に立ちふさがるゴーレムを殴りながら、『』緒形 腥(BNE004852)が憎々しげに呟く。舌を打ちたくても、眉をひそめたくとも、彼の顔は空虚なフルフェイスヘルメット。表情を表す肉体は運命に愛された瞬間に失った。 「さっさとどいてくれない? おっさん、自分の持ち場に戻りたいんだよね!」 あいにくゴーレムは意外に固い。マレウス・ステルラの詠唱を拒否できる高位なるマグメイガス二人の力でも溶かしきれなかった相手だ。腥の拳一発で砕けはしない。ただゴーレムは腥の行く手は阻むが、少しでも持ちこたえようとしているのか、攻撃ではなく防御に専念しているのが唯一の朗報であった。 「ほんと、いろんなところに敵を作ってくるなあ、アシュレイちゃん」 夏栖斗は飛翔して数体のゴーレムを貫く。虚ロ仇花に射線を阻む作戦は通じない。 いつもならもっと派手に動けるはずだ。だが、与えられた不調が彼を本調子にしてくれない。 もっと早くジャガーノートを発動すればよかった、と影継は悔やむ。初手、千里眼を使ったために、戦気は纏えなかったのだ。 重い体に鞭打ち、今度こそ影継は戦気を纏う。ついでに暗黒をまき散らすも、やはり無力感は否めない。 横から涼子が拳をゴーレムに叩きつける。キリエもゴーレムに憎悪の鎖を巻き付ける。 「これが、アンタらのボスの力か」 影継が尋ねる。いかにも、とアレクサンドルは頷いた。 遠くから、双葉とトムソンを巻き込むように黒が襲いかかる。真っ黒な血液の濁流に二人は巻き込まれた。 トムソンはダメージを受けつつも逃れたが、双葉はまともに黒鎖を浴び動けなくなる。詠唱しかけていたマレウス・ステルラを中断させられた。 そして、全てを包み込む息吹がゴーレムの損傷を再生する。敵方のホーリーメイガス、ミリィの召喚した高位なる存在の息吹だ。 呪いを回復する術を持つリベリスタは遥紀だけ。しかし、彼は石化の憂き目にあい動けない。しかも前衛は皆、己の力で立てなおす力を呪われている。 「あんたらはそこで、砲台がタコ殴りされるのを見てたらいいわっ」 キュイの禍々しい笑いが木霊した。 「はっ、すぐにこんなゴーレム溶かし切るわよ」 セレアは気丈に言い返すも、内心歯噛みする。 (思った以上に知恵が回ったわ……。エイミル・マクレガーの能力が事前に分からなかったとはいえ……これじゃ相手の思う壺じゃないの!) 今、満足に動けるのはフェイトを使ったセレアと雛乃、そして濁流に溺れはしなかったトムソンだけ――。 クロスイージスたるエイミルが再びラグナロクを発動すれば、またマレウス・ステルラの代償として痛烈な反撃を浴びる。フラッシュバンで加護を引き剥がせる範囲は、マレウス・ステルラの範囲よりも狭いのだ。 それでもやるしかない。前衛をゴーレムの軛から解き放たなくては、反撃もままならない。 不味い、と全員が思った。 全員が危惧した最悪の事態――後衛が孤立し、矢面に立たされる。 それが早々に実現してしまった。 ●TERROR エイミルよりも早く、とセレアと雛乃は迷わず流星の鉄槌を引き起こした。 あっさりと、今度こそ跡形もなく溶けきるゴーレム。 「此処が境界線です。各員、意地を魅せてみなさい」 トムソンは『逸脱』せよと総員に告げる。 そこで再び神の加護がキュイやアレクサンドル達に舞い降りた。 前衛で唯一、速度を落とさぬ鷲祐が動く。ゴーレムが溶けるまでは待っていた。ここからは自由にその俊足を活かせる。 庇うのも仕事ではあろうが、この場合は庇うだけでは状況は悪化するばかりだろう。 「派手に蹴散すっ」 フィクサードへ疾走る。 神速を誇る彼を止められるものなど居ない。 視認など許されない速度で狙うのは、デュランダルだ。 「これしきで、なにが蹴散らすだ?」 しかし、速度に全てをつぎ込んだ彼の一撃は軽い。先ほどの閃光で力を奪われた彼の殺陣は、児戯と同じだとアレクサンドルに鼻で笑い飛ばされる。 キュイが常闇を広げる。 「ダークナイトって自分削って攻撃するから、結構しんどいのよねー」 軽い口調で言いながら、広げる恐怖が遥紀だけでなく夏栖斗や腥まで巻き込む。 「舐めるな! 騎士サマだか神サマだかなんだか知らないけど、わたしたちにケンカを売って、安くすませてなんてやらない」 セレアを庇う位置につく涼子。 「黙れ!」 デュランダルの刃は行く先を涼子に変えた。 膂力を爆発させた必殺の一撃が涼子を襲う。 「ぐ、あっ」 すさまじい筋力の爆発をまともに受けて、守りが崩壊している涼子は目眩すらした。 それでも、セレアを守るためなら安いものだ。 「油断してたわけじゃないよ。でもそっちが一枚上手だったってことは認める。でも、こっからはアークのターンだ。遥紀をこれ以上好きにさせないから」 石像となっている遥紀の前に立ちはだかり、夏栖斗はアレクサンドルを目にも留まらぬ速度で蹴り抜く。 「エイミル様の薊の力でへなちょこなのに頑張るわよね」 目の前にいながら無視されたキュイは、憎まれ口を叩く。 「あざみのちから……」 夏栖斗はその言葉を脳に刻み込んだ。 突如天空が真っ赤に染まる。 豪雨のごとく降り注ぐのは焔に包まれた矢だ。 ニコライの火雨を受けながらも、影継は真っ赤な斬業戦斧を振り上げた。 「手厚く『歓迎』してやる」 エイミルが前に出ないならば、今彼が行うべきは眼前の脅威を屠ること。 同業者にむけて、粉砕せんと刃を振り下ろした。噴き上がる血液。だが、これしきで倒れるはずもないフィクサード。 ゴォォ……と不吉な音が空に響く。 業火の雨の後は、隕石だった。 「マレウス・ステルラの撃ち合いってわけだね~」 空を見上げ、雛乃はのんびり言ってみせるが、状況は芳しくない。相手は自分達以上の高位術者だ。そして雛乃のカバー役の腥よりも速く鉄槌は堕ちる。 自分達が使う分には、これ以上ない強力な魔術だが、逆を返せば敵に使われると非常に厄介な術ということ。 「アシュレイの事とか、敵の目的がどうとか、別に興味無いんだよね~……でも、もうちょっと……」 叩きのめされ、雛乃は墜ちた。 「お出迎えする前に、迎えられちゃったねぇ……」 早々にフェイトを使う羽目になった腥は、溜息を吐いて立ち上がる。 「ごめんね、仕事する暇もなかったや」 ゆっくり倒れた雛乃の前に立ち、腥は印を結んだ。防御結界が現れ、仲間を少しでも守ろうとする。 「それにしても、こんなおっかない人たちが殺しに来ちゃうなんて、ブラックモアちゃんは何やったのかね、……と聞くのは野暮か」 やれやれと余裕ぶって肩をすくめる腥だが、ふと掠めた疑問に背筋が粟立つ。 ――あと、どれだけここに立っていられるだろう……? 「……こわい……」 キリエは呟く。ともすれば己を抱きかかえて蹲りたくなる。こんなにも苦境に立たされたのは、アークに所属してから初めてだ。がくがくと膝が笑う。流れそうな涙を必死に堪える。 一度は隕石に潰れた体も、運命に愛されたことで癒えた。それすら初めてフェイトの力を目の当たりにした彼女には恐ろしい。 強さを求めていた。強ささえあれば、己の恐れに打ち克つことができると思っていた。だが目の前で繰り広げられる戦闘はどうだ。 彼女はもはや恐ろしかった。 「で……も、あたし、逃げないよ。逃げない、絶対逃げない!」 キリエは大きな声で宣言する。 ブーツのヒールを土にペグのように押し込んででも、不退転だ。 逃げない自分になるために、彼女はクリミナルスタアになったのだから。 あの時のように、全てに背を向けて耳と目を塞いで丸くなっている自分にはもう戻りたくないから。 「大事な人は、自分で護るんだ。そうだよね、ベスパ」 黄色のフィアキィは肯定するように激励するようにキリエの周りを飛ぶ。 だから、睨む先は。 「ふん」 首に巻きついた『絶対的有罪』の鎖を見下ろし、アレクサンドルは鼻息を吹いた。 何のこともないように振り払う。 「貴様……」 鷲祐はその鎖を放ったのが誰か分かっていた。まるで服についた糸くずのようにあしらう眼前の男を睨みつける。 そして再び、淡々と敵方のホーリーメイガスは大いなる癒しの息吹をそよがせた。 削りきれそうだったアレクサンドルの傷が癒えていくのを、一同は見る。絶望したくなる光景だった。 「でも戦うだけ」 涼子が己に言い聞かせるように呟く。彼らが退くまで、ここに立っていられれば勝ちなのだから。 しかしリベリスタが状況をひっくり返すには、前進し、後衛を屠ることが必要だった。 だがアレクサンドルとキュイが前進を阻む。動けない味方もいる。誰かを見捨てて進むことはできない。 まだ彼らはエイミルにすら手が届いていない――。 ●REVERSE 「アレクサンドルちゃんモッテモテね」 遥紀を庇う夏栖斗に赤く染まった鎌を突き刺しながら、キュイがふくれっ面をする。 デュランダルらしく、体力と力自慢のアレクサンドルは不沈艦かと思うほど強靭だった。一度は倒した。だが相手も運命に愛された者故に、起き上がってきた。ミリィが回復を行う前に、削りきらねばならない。 エイミルはあくまでもこちらに近づくつもりはないらしい。延々と味方の援護を行う。その度にトムソンがフラッシュバンを放って台無しにはするが。 加護を剥がされると同時に麻痺するアレクサンドルは、その膂力を発揮することはない。だが、リベリスタ全員の手番が彼に集中している今、他のフィクサードは自由に動き放題なのも事実なのだ。 「おっさんには時間がないみたいなんだよね。そろそろ沈んでもらえるかな。さあ、派手に血をブチまけてくれるかね? ハラワタでも構わんよ」 腥は黒い機械とかした『殴るための右手』を弓を引くように、己の後頭部まで下げた。 そして叩きつける無頼の拳が、とうとうアレクサンドルの腹に大きな風穴を空ける。 僅かに残った力で立とうとするアレクサンドルを、キリエが絞首刑に処す。キリエはホッとしたように小さく息を吐いた。いつもの調子のいい言葉など、震えてカチカチ鳴る歯列からは出てこない。 アレクサンドルさえ沈めば、あとはそこまで耐久力もないだろう。クロスイージスたるエイミルは別として。 また真っ赤に染まる天が燃える。燃える。燃えて、落ちる。 高台の麓で複数の悲鳴があがる。 降り注ぐインドラの矢にとうとう、双葉が腥がキリエが倒れた。 その中で双葉だけが運命の力で起き上がるも、双葉の顔に悲壮感はない。 「はぁ、ようやく動けるよ! 木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 くるりと回って、ことさらに明るくいつもの口上を述べてみせる双葉は、考える。 マレウス・ステルラを詠唱する暇はない。ならば唱えるべきは。 「紅き血の織り成す黒鎖の響き、其が奏でし葬送曲。我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ……いけっ、戒めの鎖!」 そして双葉の二重の黒は、チェザーリを縛り付けた。 再びのマレウス・ステルラを阻止することに成功したのだ。 「よしっ」 双葉は頷く。 「次はミリィだね。こっちのミリィは勝利の女神だけど、そっちのミリィはどうかな?」 と夏栖斗は高台を見上げる。 涼子が告げた陣営――高台にはミリィを庇うような位置にニコライ、その反対側にチェザーリ、少し後ろの真ん中にエイミルがいる。 「はぁ? ちょっとシカトする気ィ!?」 彼の言葉に、走りだした鷲祐や影継に、一人前衛に残されたダークナイトが顎を落とす。 「つーか、この子置いていく気っ?」 キィキィとキュイが石像を指さすも、『ヒーロー』になりたい少年は笑った。 「心配しなくても、遥紀は僕が護るよ」 石像となっている遥紀しか、彼らの異常な体調を治療できる者がいないのに、彼は自力では戻ってこれそうもない。 己の力でなんとかしたいが、呪われた身ではなかなか思うように行かない。 しかしリベリスタは不調だからとて、泣き言は言えない。 そんな問答のさなか、トムソンはキュイに近づいた。 「御機嫌よう、フィクサード」 トムソンはこれ以上動くと困る、とキュイにフラッシュバンを放つ。麻痺するキュイを確認し、戦場の奏で手は満足気に頷いた。 涼子は挑発して、全員の攻撃を自分に集めようかと考えたが、やめる。 後衛陣は全体攻撃ばかり放ってくる。素直にここで庇っていたほうが得策だ。 しかしセレアは、涼子に首を振ってみせる。 「殴りに行くわよ。動ける人は全員で高台に行ったほうがよっぽど状況打開にはいいわ」 そして淡々と己のやること――マレウス・ステルラを放った。 涼子は逡巡するも、頷く。走りだす。 ――暴れ倒してやる。そう頷いて、彼女は拳を固めた。 涼子のすぐ側を弾道として、一撃必中の死神の魔弾が石像へと放たれる。夏栖斗がその射線を認め、しかしあえて庇うことはやめた。 「戻っておいで、遥紀!」 なすすべなく直撃した銃弾にて砕け散る石像は、生気ある色に変わって再構築された。 一旦倒れることで不調を回復した遥紀は、首を一度振って、意識をハッキリさせた上で、今度こそ聖なる息吹を戦場に満たす。 とうとうリベリスタに刺さっていた薊の棘が消え失せた。 体力が回復する以上に、リベリスタらはホーリーメイガスの復活に士気すら上がる思いがする。 鬱々としていた気分が晴れたような、安心感。 「アークのターンだよ。さあ、早々にお引取りを」 微笑んだ遥紀は、左手を腹部に当て、右手は後ろに回し礼をしてみせた。 リベリスタは一様に高台の上を目指す。 ●AIMIL 「ようやくのおでましか」 エイミルは、ふぁあと大あくびをして、高台を登ってくるリベリスタを見下ろした。 そのあくびの口が閉じるか閉じないかという時に、彼女の知らぬ男の声がエイミルの猫耳に飛び込んだ。 「その腕落とせば嫌気も差すかッ!!」 キィイイイーーーーンッ!!! 鼓膜つんざく金属音。 「ちっ」 ミラージュエッジを止めたのは手甲に覆われた腕。舌を打ったのは男だった。 「Halo! Ciamar a tha sibh? 若いの、速いのう。じゃが、儂も腐ってもビーストハーフじゃからな。不意打ちは無効じゃよ」 チェシャー猫のようにニヤニヤ笑う女騎士は、若そうな風貌とは裏腹の老いた口調で鷲祐に告げる。 「若いの? 俺より若く見えるが」 「こう見えて、儂、八十路じゃよ。若く見えるか。じゃろうの、あっはっは」 女騎士は、待ってましたとばかりに己の年齢を明かして呵々大笑。 「エイミル様!」 ニコライが銃口を鷲祐に向けようとするが、エイミルは笑顔で首を振る。 「ああ。ええ、ええ。こんな坊っちゃん一人、儂一人で十分じゃから。ニコはニコの仕事をするんじゃよ」 「……はっ。差し出がましい行いでした」 ニコライはミリィを背に、次に現れるであろう者の襲撃に備えた。 「心配せんでも、儂が汝と遊んでやるわいな」 エイミルは八重歯を見せて、またチェシャ猫の笑みを青蜥蜴に向け、ミラージュエッジを押し返した。 だが、彼女のとった行動は鷲祐への攻撃ではない。神々しい光を満たし、己の部下の危険を祓う。 双葉の黒い鎖が高台に満たされるが、彼らを縛り切るには足りない。 「ふざっけんじゃないわよ!」 怒り心頭にリベリスタを追いかけてきたキュイが、再び遥紀を呪おうとするも。 「そう何度も思い通りにさせるわけ無いだろ!」 夏栖斗が代わりに奈落の呪いを受けた。彼は石になったが、先ほどのような悲壮感はない。すぐにホーリーメイガスが解決すると全員が信じている。 「くたばれ糞野郎」 延々と己の中でくすぶる苛立ちを涼子は、漆黒の八岐大蛇と変えて異国のフィクサードに襲いかからせる。 ミリィに覆いかぶさるように彼女を守っていたニコライは、そのまま縛り上げられても、毒を受けても、苦鳴一つ漏らさない。 影継は赤い戦斧を振り上げ、女騎士に叩きつける。 「ようこそ三高平へ。何て呼べばいいんだアンタら?」 振り下ろされる斧の全力の一撃に、エイミルは血を流すが、ますます楽しげに笑みを浮かべるだけだ。 「どうも手厚い歓待に礼を言うぞ。呼び名は好きにすればええ。特段組織名なんてもんはないもんでな」 「女性騎士、か。ガーター、シッスル……古典だな」 と影継が呟くのを、エイミルは聞き逃さない。 「儂が貰い受けるならばシッスルじゃな。ガーターなんぞ糞食らえじゃ」 ホーリーメイガスの力で石化を破った夏栖斗が、軽口を叩く。 「きれーなお姉さん。三高平には査察っすか? 退屈しのぎくらいはしていってよ。なんなら、美味しいカフェも紹介するよ。これ以上の進軍をしないことが条件だけどね!」 「ハン、カフェなんぞいらぬわ。儂はパブに行きたいんじゃ」 「あなたどちらからいらっしゃったの? 英語のような違うような言葉を話すみたいだけれど」 隕石を降らせながらセレアが尋ねる。隕石に打たれるという、すさまじい状況の中でも、エイミルは楽しげな笑みを絶やさず素直に返事をした。 「スコットランドじゃよ。あぁ、この子らは違うがな」 彼女は黙秘を貫くような人物ではないと判断した鷲祐が、踏み込んだ質問を投げる。 「アンタら、狙いはあの爆乳らしいな。いったい、どうしたいんだ?」 「そんなもん、簡単じゃよ。殺したいんじゃよ」 「なら解せないな。ただ殺すだけなら騒がす理由はない。物取は尚更だ」 「ハハッ」 仰け反り、上手い冗句を聞いたかのように笑ったエイミルは、片目だけを大きく開け、殺意と侮蔑がふんだんに詰まった表情をしてみせた。 「どうにせよ、汝ら、あの淫売の狗じゃろうが。あれが死にゆくのを、指を咥えて見てはおれんじゃろ? えぇ?」 どうじゃ? と鼻で笑う彼女に、リベリスタは憤怒の視線を突き立てる。 反論したい。しかし、アークの構成員である以上、アシュレイ・ブラックモアを守らねばならない立場なのは間違いない。 鷲祐は、雷光の如き凄まじい連撃を一瞬のうちに、全てエイミルへとつぎ込んだ。 「マクレガー様。あまりにお喋りが過ぎます!」 チェザーリがマレウス・ステルラを放つ。 セレアと双葉がとうとう潰れた。トムソンがフェイトで立ち上がる。 「何れはアシュレイを狙う者が現れるとは思っていましたが……何故、今……? いいえ、今はこの際構いません。ただ、武力を持ちこの地に土足で踏み込もうとした以上、覚悟していただきましょう」 トムソンの台詞に、エイミルは驚いたような落胆したような声を上げる。 「ほぉ、構わぬか。意外に汝ら、他人に興味ないんじゃのう。……しっかし、覚悟、なぁ。そんなもんないんじゃが。儂らはちょっと遊びに来ただけじゃよ、お嬢ちゃん」 「遊んでやるとはよく言ってくれたものですね。生憎、私達に貴方達だけと遊んでいる暇は無いのですよ」 まるで幼子をあやすかのような口調と表情、仕草でトムソンに言うエイミルに、トムソンは冷たく言うと、味方に離れるよう告げてから、エイミルにシャイニングウィザードを放った。 「……申し訳ないがな、嬢ちゃん。汝の与えたいものは儂には届かんのでな」 「貴様! エイミル様にご無礼を!」 ずっとニコライの下で守られていたミリィが、激高して魔力の矢を現す詠唱を始めようとするが、 「ミリィ! 阿呆なことせず、己の本分を護れ!」 厳しくエイミルに叱りつけられて、 「すっすみません……!」 小さくなりながら、回復の息吹に切り替える。 「ぐふっ」 ニコライを衝撃波すら放つトンファーの痛烈な一撃で引き剥がした夏栖斗に続いて、涼子がミリィをオーラで薙ぎ払う。悲痛な少女の悲鳴が響く。 「……そろそろ、か」 エイミルはその様子を冷たく見やり、 「ここまで時間は稼いだんじゃ、もう頃合いかの。あの小僧め、精鋭五人費やしたんじゃからな。仕事できておらなんだら、承知せんぞ」 と呟くと笑顔で影継達に向き直った。 「それじゃあ、そろそろお開きにしようかの。ああ、その子らは土産代わりに置いていくからの。煮るなり焼くなり自由にしてくれりゃええ」 「やはり本命は土御門側か」 影継が得心したかのように頷く。想定通りだ。 しかし、彼の誤算は『エイミルだけが撤退する』ということだろう。 ニコライがよろよろと立ち上がり、無数の弾雨を延々と撃つ。 チェザーリは馬鹿の一つ覚えのように鉄槌を下し続ける。 キュイが永遠の闇でリベリスタを包む。 鷲祐が倒れ、そして運命の力で蘇る。 遥紀がギリギリのところで踏みとどまり、精一杯の癒やしを送る。 涼子と夏栖斗が、立っているフィクサード共を『黙れ』とばかりに殴り倒す。 「また近いうちに会うこともあるじゃろう。それまで達者でな」 悠々と背を向け、歩き出すエイミルに、影継は疾る。 「強者の余裕が隙と知れ! 斜堂流、伏竜刃!!」 と全身の筋肉を膨れ上がらせて、斧を薙ごうとしたが、間に割り込んだのはホーリーメイガスの少女だった。 無残に上下半分に分かたれた少女――曲がりなりにも主を守った少女の死体を平然と冷酷なまでに無表情にチラリと一瞥し、 「さらばじゃ。Beannach leibh」 と言って、口の端を上げた彼女。 次に影継の目を、灼いたのは閃光。 敵対者を為す術なく吹き飛ばし、地に押し付け、呪う――薊の棘。 「待て!!」 棘の重圧に抗いながら、影継が絶叫する。しかし、女騎士の悠然たる歩みは止まらない。 また薊はリベリスタを捉えた。しかし、今は遥紀がいる。 聖なる息吹で棘はすんなりと抜けた。 だが、既にエイミルは彼らの視界から消えている。 なお、動揺しているのはリベリスタだけではなかった。 「ちょっ!? アイツ、見殺しにする気?! 冗談じゃないわっ」 キュイが目を見開く。 「マクレガー様の退路を護るが我らが最後の仕事ということだ。最後まで任務を果たせ、キュイ」 こちらも運命を消費したチェザーリがキュイを叱責するが、 「アンタ、あのミリィの死に様見たでしょ!? あんっなに慕っていた子が死んでも眉一つ動かさない冷血漢だったのよ! あんな奴の為に死ぬつもり無いわよ!」 叫んで、キュイが走りだす。 「逃がさない。殴りかかってきたんだ。やるところまでやる覚悟はあるんでしょう?」 涼子がオーラを噴出する。蛇のような執念深さで、キュイやチェザーリを締めあげれば、チェザーリはもう二度と動かない。 「うるっさい! 無駄死には御免だわ!」 まだ運命に愛されているキュイはなおも動く。 「ハッ。最後まで足掻ききるわよ」 常闇を噴出すキュイのおぞましい不吉の塊がとうとう、涼子と影継にフェイトを使わせる。 トムソンが彼を縛る閃光弾を放ってキュイを止めようとするが、キュイの呪詛によって閃光弾は不発に終わった。 ニコライは残る全ての精神力を注ぎ込んで死神の数字を撃ち、癒し手の遥紀を沈黙させようとするも、今は庇い手の夏栖斗がいる。 「ま、流石にちょっと痛い、かな」 お返しとばかりに夏栖斗はニコライに飛びかかると、全身に殴打を叩き込み、命を奪った。 「悪いが、禍根を残したくないのでな」 影継と鷲祐がダークナイトに迫る。 「斜堂!」 鷲祐の声に、影継が頷いて応える。 「三高平名物を喰らってけよ。リベリスタの攻撃をな!」 為す術もなく、ダークナイトは呼吸を止めた。 ようやく静かになった高台に、立っているのはたった五人だ。 「……六人相手に、六人倒れ、エイミルは逃しました。しかし、状況としてはいいほうです。相手の手の内の一部も知れました。次はもっといい戦いができるはずです」 トムソンは一同を励ますも、続けて冷静に状況を分析する。 「エイミルは今回、一度も剣を抜きませんでした。彼女には未だ謎が残っていると考えられます」 鷲祐が眉を顰める。 「クレイモアか……瀬良は、思ったより視えていたらしい」 スコットランドの伝統的両手剣。スコットランド人の『薊ノ君』が持つに相応しい武器だ。今回一度も出番は無かったが、何の変哲もない金属剣だとは思えない――。 「剣も抜かずに、さっさと逃げた。遊ばれたって感じだよね。五人も仲間殺して平気な顔もしてる。なんでも喋るようで、肝心なことは言ってない」 つかめないおねーさんだ、と夏栖斗は苦く呟く。 「あっちは終わったかな?」 気を取り直し、アクセス・ファンタズムを夏栖斗は取り出した。もう一つの戦場で戦う妹に状況を聞くために。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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