● 立ち込めていた霧が、ゆっくりと晴れていく。 血塗れた二刀を軽く払うと、刃はたちまち元の白さを取り戻した。 地に伏した八人の敵手を眺めやり、男は僅かに目を細める。 確か、何某かというリベリスタ組織の者達だったか。実力は取るに足りぬが、倒れるまで逃げずに向かってきたのは評価に値する。 彼らが挑んできた理由は、正直どうでも良かった。運命の加護を失ったことは自覚していたが、それは男にとってさして重要ではないからだ。 人たる身の枠を超えんと願って、人を止めた訳でもない。 ひたすらに愉悦を追い求めるうち、いつの間にか人ではなくなっていたというのが正しい。 いずれにしても、些細なことだ。今も昔も、己の望むものは変わっていないのだから。 血の海に沈んだリベリスタ達をその場に残して、男は踵を返す。 何人かはまだ息があるかもしれないが、わざわざ確かめるつもりはなかった。 再び己に相対する気概があるなら、放っておいても生き延びる。泥水を啜ってでも這い上がり、高みを目指して腕を磨くことだろう。自らの汗と血をもって鍛え上げれば、無銘の刃も業物に化けるかもしれぬ。 先々の楽しみはさておき、ひとまずは次の相手を探さねばなるまい。 人でなくなってからというもの、対等に渡り合える敵にとんと巡り合っていなかった。 たった二分の戦いを、最後まで立っていられる者すら居ない。 渇きは、そろそろ限界に達しようとしていた。 ――音に聞く“箱舟”なら、少しは愉しませてくれるだろうか。 二振りの白刃を携え、男はゆるりと歩を進める。 その双眸は、まだ見ぬ好敵手へと向けられていた。 ● 「全員揃ったな。早速だが、皆にはノーフェイスの対処にあたって欲しい」 ブリーフィングルームに集ったリベリスタの顔ぶれを確かめた後、『どうしようもない男』奥地 数史 (nBNE000224)はそう告げて任務の説明に移った。 「ノーフェイスは、『白刃』の二つ名で呼ばれている男だ。昔は『剣林』のフィクサードだったんだが、色々あって組織を飛び出してな。以来、各地を転々として強そうな奴を見つけては、辻斬り紛いの勝負を繰り返していた」 戦いに明け暮れるうち、『白刃』はフェイトを喪失。その身はノーフェイスと成り果てたが、貪欲なまでに強者を求める性質は些かも揺らぐことなく、今もなお放浪を続けているという。 「元が実力者な上、ノーフェイス化に伴うフェーズの進行で力を大幅に増しつつある。 今のうちに叩いておかないと、いずれ手がつけられなくなるのは確実だ」 幸いと言うべきか、『白刃』の現在位置は万華鏡で捕捉することが叶った。 指定したタイミングで向かえば、古い神社の境内にて彼と対峙出来るだろう。 「ただ、幾つか注意して欲しい点がある。――まず、今回の戦いは時間制限つきということだ」 数史によると、『白刃』は一つの勝負を二分と定めているらしい。 「これは、ノーフェイスになる前に奴が自分に課したルールなんだけどな。 二分もの間、戦って生き延びられる奴は珍しいから、勢い余って殺してしまう前に刃を引いて、いずれ再戦する日を待とうって訳。それまでに相手が強くなれば、また楽しめるからな」 当然、『白刃』がそのつもりであっても、対戦者が素直に武器を収めるとは限らない。 そんな時、彼は自らが持つ特殊な非戦スキルを用いて戦いを中断するのだという。 「予め霧の結界を展開して、戦場を遮断しておくんだ。 外部からの横槍を阻む他に、『白刃』の望む対象以外を戦場からシャットアウトする効果を持つ。 二分が経った時点で残ってる全員を締め出せば、誰も手出しは出来なくなるって寸法だ。 ……もっとも、ノーフェイスになってからは二分持ち堪えられる相手も殆ど居ないようだが」 時間が残っていても、倒れて戦闘不能になった者、背を向けて逃げる者、消極的に過ぎる者などは容赦なく弾き出されてしまう。つまり、リベリスタは『白刃』の興を削がぬよう気を配りつつ、かつ二分以内に彼を倒さねばならないのだ。 「まあ、そのあたりを抜きにしても厄介な敵だけどな。 火力は高いし、手数も多い。強力な自己再生能力や状態異常耐性、踏み込みの浅い攻撃を掠り傷に止める防御技術も持ち合わせているから、耐久面も万全だ。 ……正直、このメンバーでも苦戦は免れないと思う」 それでも、強力なノーフェイスの存在を察知して手をこまねいている訳にはいかない。 崩界を促すものの芽は、可能な限り早く摘み取らねばならないからだ。 「どうか、気をつけて行ってきてくれ。すまないが、よろしく頼む」 ● 古い神社の境内に、その男は立っていた。 まだかなりの距離があるというのに、ここまで威圧感が伝わってくる。 接近するリベリスタを認めて、男――『白刃』の口元が笑みの形に歪んだ。 「噂の“箱舟”か。……丁度良い、ひとつ付き合って貰うぞ」 リベリスタの返事を待たずに、男は顎をくいと動かす。刹那、一帯に濃い霧が立ち込め始めた。 外界からの干渉を断ち切り、招かれざる者を阻む結界。これに拒まれたら最後、戦場に戻る術は無い。 霧に閉ざされた円形の空間で、六人のリベリスタは『白刃』と対峙する。 幾つもの視線が交錯し、各々の武器が鈍い輝きを放った瞬間、真剣勝負の幕は切って落とされた――! |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月28日(月)22:22 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 霧の中に、光の飛沫が散る。 三色四振りの刃が交錯した刹那、恐ろしく澄んだ音が響いた。 紅涙・真珠郎(BNE004921)が操る二剣を白銀(しろがね)の双刀で僅かに逸らして、『白刃』が哂う。 機先を制する速力、迷い無き踏み込み、初撃の冴え――いずれも、敵手として申し分無い。 即座に再生を始める傷口を一顧だにせず、男は反撃に移った。 白銀の二閃で真珠郎を斬り付け、淀みない剣舞で“空”を縦横に刻む。全員に襲い来る真空の刃に身を裂かれながら、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は一瞬、痛みも忘れて瞠目した。 疾い――! 技の性質はかなり異なるが、元はソードミラージュであったのだろうか。 何にしても、油断が許されぬ強敵には違いない。『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)、『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)の両名が、相次いで名乗りを上げた。 「――『閃刃斬魔』、推して参る」 「宵咲が一刀、宵咲灯璃。行くよ!」 先んじて間合いを詰めた朔の全身に雷光が奔り、反応速度を究極の域に高める。彼女はそのまま敵の背後に回ると、“葬刀魔喰”の柄に手をかけた。 たちまち生じた無数の残像が一斉に抜刀し、千にも届こうかという斬撃を『白刃』に浴びせる。 純白の翼を羽ばたかせた灯璃が彼の正面に迫った瞬間、彼女の双眸に炎の狂熱が宿った。 一挙一動も見逃すまいと『白刃』に注目しつつ、集中を研ぎ澄ませる。少し遅れて二人の後を追った『欠けた剣』楠神 風斗(BNE001434)が、愛剣“デュランダル”を握る両腕に力を込めた。 人の形をした敵を前にして、肉を断つ忌まわしい感触が手の中に蘇る。“人を殺した”記憶を振り払うようにして、彼は『白刃』を睨んだ。 (こいつは、もう人間じゃない。倒さなきゃならない存在なんだ……) 運命の寵愛を失ったノーフェイスは崩界を加速させる。そうでなくとも、辻斬り紛いの凶行を繰り返すこの男は危険だ。ここで討たねば、被害は拡大の一途を辿るだろう。 (そうだ、殺さなくちゃ誰かが殺されるんだ……だから……っ) 膨張する肉体に破壊の力を乗せて、剣を振り下ろす。あらゆるものを断ち割る筈の一撃は、しかし『白刃』の皮一枚を掠めるのみに留まった。 「剣心一如という言葉を知らんとみえる」 不動の構えを崩す素振りすら見せずに、辛辣に言い捨てる。顔を歪める風斗の傍らに、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が駆け寄った。微かに眉を寄せた後、黙って彼の守りにつく。 「後ろは任せろ」 快の後方、約10メートル地点に陣取った杏樹が、月と狩猟の女神(アルテミス)の加護を纏って“呪装弓・雨燕”を構えた。 いつになく精彩を欠いた風斗の様子は気にかかるものの、脇見をして勝てる相手でもない。 仮に手が止まるようなら、鞘で一撃をくれてやるまで――そう割り切り、朔は再び地面を蹴り付ける。 魔を喰らう千刃が閃き、『白刃』を呑み込まんと唸りを上げた。 ● ひたすらに強者を求める男の渇望が、湧き上がる瘴気となって傷を塞いでゆく。 連携して四方を囲みにかかるリベリスタの動きを認めて、『白刃』は双刀を揮った。 神速の剣舞で生み出された数多の真空刃が宙を翔け、斜線上の目標を次々に捉える。己の全周を薙ぎ払いながらも、その動作には一分の隙も無い。多数を相手取る戦いに慣れているのだろう。 「戦に溺れ。為って。果てて。為り果てたか。――フン。まるで“我ら”のようじゃ」 無銘の太刀と血塗られしジャックナイフを両手に携え、真珠郎が片眉を吊り上げる。赤いドレスの裾が舞った瞬間、死角から繰り出された刺突が『白刃』の肩口を穿った。僅かに浅い手応えに、軽く舌打ちする。 背後や側面から虚を衝くのは至難の業だが、包囲することに意味が無い訳ではない。視界が人間のそれと同じである限り、複数攻撃をもってしても“一度に巻き込める範囲”には限界があるからだ。正面に固まっていたら、全員のダメージは単純に倍になっていた筈。 「武人か鬼神か。どっちだろうな」 そう呟き、杏樹は黒塗りの金属弓に矢を番える。いずれにせよ、やることは変わらない。 『白刃』の渇きを満たし、終わらせてやるだけ。彼が、“人”であるうちに。 致命の呪いを帯びた一矢が放たれると同時に、灯璃が仕掛けた。 「灯璃の闇で染めてあげる。受けてみな!」 死を刻みし黒剣と鉄塊の如き斧が、真正面から叩き込まれる。直後、男の腕に杏樹の矢が突き立った。 十重の苦痛で身を蝕む奈落の刃、精神力を掠め取る妖しの一射。並の者なら反応すら出来ぬ程の攻撃だが、それを受けてもなお、『白刃』の再生能力は衰えない。そこを封じるには、あと半歩及ばなかったのか。 敵の実力を目の当たりにして、銀髪の“少女”は玩具を前にした子供のように笑う。 「――イイね、久々に“血”が滾るよ」 得物を構え直した灯璃が再び集中に入った時、風斗の盾となり防御に徹する快が口を開いた。 「楠神さん。……いや、楠神風斗」 視線は敵に向けたまま、返事を待たずに言葉を続ける。 「俺には剣の道とかは良く判らない。けれど、君はその迷いに満ちた剣に、誰かの命を背負うのか? その腑抜けた剣に、誰かの命運を委ねるのか?」 「オレは……」 懊悩する風斗の前で、快は甘えるなとばかりに語気を強めた。 「お前の剣は、もはやお前だけの剣じゃ無い筈だ。――だから、俺の命を預ける。 命を預けるに値する剣を、振るってみせろ」 同情や励ましを口にする程、余裕のある状況ではない。大きな隙を見せれば、『白刃』は瞬く間に自分達を狩り尽くす。あれはそういう相手で、これはそういう戦いだった。まして、チーム随一の火力を誇る風斗がいつまでも迷っているようでは勝利など望むべくもない。 快にそう告げられ、“デュランダル”を支える風斗の腕が微かに震えた。 「……オレの剣は、そんな上等なものじゃない。 血とエゴに塗れた薄汚い剣に、貴方の命を預かる価値なんて……」 苦渋を含んだ台詞を途中で呑み込み、唇を強く噛み締める。本当に、それで良いのか。 戦わなければ、誰かが傷つくことは確実なのに? 積み重なる犠牲者の骸の中に、知った顔が含まれない保障なんてないのに? 最悪、今ここで自分を護る“彼”が斃れる可能性すらあるのに? それだけは――嫌だ。決して、認められない。 噛み破った唇から滲み出る血が、鉄の味となって口中に広がる。 逡巡の後、風斗はついに覚悟を決めた。 「新田さん。オレは、戦います」 敵の命を奪うこと以外、方法が無いというなら――。 「貴方も、誰も、死なせないために。……全力で、この剣を振るいます」 亀裂が入った剣と白のコートに、赤い光のラインが走る。全身から蒸気を噴き上げ、風斗は“デュランダル”に己の全力を託した。 破壊神もかくやと思われる一撃は、まさに暴力と呼ぶに相応しい。その威力に『白刃』が「ほう」と声を上げた刹那、迅雷を纏った朔の残像があらゆる方向から男に襲い掛かった。千に及ぶ斬撃を二度に渡り見舞うのに要した時間は、僅か一瞬。猛然と攻める魔喰の葬刀と、迎え撃つ白銀の双刀が鎬(しのぎ)を削り、剣戟の楽を奏でる。 『白刃』のずば抜けた技量に舌を巻きつつも、朔はいまいち釈然としない。 これだけの力を持っていながら何故、“二分耐えれば見逃す”などと甘いことを抜かすのか。 まったく度し難い。命を賭けた勝負で死ぬなら、所詮それまでということ。死線を越えて生き残ってこそ、意義があるのではないか。 真珠郎もまた、眼前のノーフェイスを面白くもなさそうに見詰めていた。 そも、真に強ければ何一つ失うモノなど無い。運命を失ったその姿が、『白刃』の弱さの証だ。 (憐れとは言わんがの。それは“我ら”を憐れむ事に他ならぬ) 戦いに、感傷など不要。蹂躙と殲滅の果てに、暴食するのみ。これまでのように。これからのように。 だからこそ、真珠郎はこの一言を口にするのだ。誰よりも“紅涙”であるがゆえに。 「その首。その刃貰い受ける」 長さと色の異なる二剣で風を切り、『白刃』に鋭く突き立てる。 舞い散る光の粒が、霧の戦場に絢爛なる軌跡を描いた。 ● 果敢に攻めるリベリスタに対し、『白刃』が最初の標的として選んだのは風斗だった。 庇われながら戦う姿勢が気に障ったのか、彼の破壊力が加わることで傷の再生が及ばなくなる事態を危惧したのか、あるいはその両方か。 身を縛る闘気の渦と衝撃波を伴う雄叫びを駆使して、彼を守る者を排除しにかかる。 状態異常の殆どを無効化する快が“守護神の左腕”を翳してギリギリその場に踏み止まると、『白刃』は認識を改めたようだった。 約十秒の攻防を経て、快ひとりに的を絞り始める。脅威の三回行動から繰り出される怒涛の連撃は、いかに堅牢な盾でも砕けぬ筈はないという自信に満ちていた。 両の首筋と肺、喉に心臓――片手の指では足りぬ数の致命傷を負わされながら、快はなおも風斗の前に立ち続ける。運命の恩寵で機能を回復した呼吸器に新鮮な空気を吸い込むと、血の塊に続いて裂帛の気合が飛び出した。 「……まだまだぁ!」 蛇の印が刻まれたナイフを掲げ、堂々と『白刃』に突きつける。 「お前の剣が斬るための剣なら、俺の護り刀は――護るための剣だ!」 反撃せず防御に専念することを怯懦と侮るならば、好きにすれば良い。 だが、譲るつもりはなかった。たった一つだけ見い出した、自分の戦い方だけは。 風斗を死守する体勢を保ったまま肩越しに杏樹の位置を確かめ、彼女と『白刃』を結ぶ射線上を維持する。二重の意味で防壁となる快の背に向け、杏樹は敬意を込めて囁いた。 「見極め、貫く。私がその一点に集中できるのは、その背中のおかげだ」 超人的な五感に第六感をも駆使して、『白刃』に狙いを定める。守られることに歯痒さはあれど、今はこの一矢を届かせることが何よりの返礼になると信じて。 極限まで研ぎ澄まされた杏樹の“業”が、星の光を映した矢となりて呪装の弓から放たれる。輝く尾を引くそれが『白刃』の急所を過たず捉えたのを認めて、彼女は次の矢を手に取った。 月の加護を受けた杏樹の腕をもってしても、致命の呪いを100%確実に付与出来る保証はない。『白刃』の回避能力が真珠郎や灯璃に匹敵するとすれば、確率としては半分にも満たぬだろう。なれば、まずは火力で敵を削り続けることだ。治癒を封じるカードを持つのは、自分だけではないのだから。 一方、灯璃は集中を重ねながら『白刃』を観察する。剣筋、足運び、癖の一つに至るまでを記憶し、彼を奈落の底に堕とすために。 完全に包囲されているにも拘らず、追い詰められるどころか逆に押し返さんとする相手。その力量を見るにつけて、彼女の心は躍った。 「今日の灯璃はとっても機嫌が良いんだ」 魂に宿る『戦闘狂』の遺志が、戦いに酔いしれて燃えている。 湧き上がる衝動に身を委ね、灯璃は橙色の瞳を煌かせた。 「――二分と言わず、最期までヤりたいな。 だって、灯璃、好きな物は真っ先に食べるタイプだもん。あはははははっ!」 少女の笑い声が響き渡る中、風斗が『白刃』に“デュランダル”を叩き込む。 三方向から間断なく浴びせられるリベリスタの猛攻にも臆さず、ノーフェイスは双刀を閃かせた。 脇腹を抜ける灼熱の激痛に顔を歪めながら、快は咄嗟に腹筋を締める。 ほんの一瞬でもいい。奴の剣を鈍らせ、時間を稼げるならば。 「戦いを遊びにしているお前とはな――覚悟の量が違うんだ!」 素手で刃を掴み、喉から掠れた声を搾り出す。 「構わん! 俺ごと……」 刹那、戦人の咆哮が衝撃となって彼を襲った。 強烈なエネルギーに晒され、全身から力が抜けていく。幾度も劇的な復活を演出してきた彼の運命(ドラマ)も、この時はどうすることも出来なかった。 意識が閉ざされる寸前、快は風斗の名をもう一度呼ぶ。 「……現実から、目を背けるな。けれど……理想に目を瞑るな。 今の俺に言える事は、これだけ、だ――」 力尽きた彼の姿が霧に包まれ消えた瞬間、風斗の悲痛な叫びが地を揺るがせた。 「なかなかに梃子摺った。命があれば、また来るがいい」 バリアシステムの反射で負った手傷を一瞥して、『白刃』が低く笑う。直後、彼の正面で灯璃が動いた。 二対四枚の翼で低空を舞い、敵の懐に潜り込む。必殺のタイミングで振るった剣の斧が悉く受け止められても、彼女は不敵な表情を崩さなかった。 両腕で操る武器を同時に撥ね上げ、がら空きになった鳩尾に蹴りを見舞う。 「空飛ぶ鳥の得物は両足の鈎爪でしょ?」 「成程、面白い」 十重の呪詛に蝕まれた『白刃』が喜色を露にした時、朔が口を開いた。 「――温いぞ『白刃』。それでは、まるで満足出来ぬ」 再生が止まった機に乗じて畳み掛ける仲間に続き、“葬刀魔喰”の切先で血を啜る。 「命あらばまた来い? よくも、そのような舐めた態度が取れるものだ。 本気で殺しにこない者との戦いなど、楽しめるものか」 流麗なる剣舞と双刀の二閃で風斗を斬り伏せた『白刃』が微かに眉を寄せると、彼女は凛と声を放った。 「二分の間、本気で戦うのではない。二分以内に殺してみせろ」 己を前にして未来を語られるなど、屈辱の極み。 全力を引き出し、今ここに在る自分を好敵手だと認めさせてみせる。 「よくぞ言った。それでこそ、興が乗るというものよ」 俄かに、『白刃』の構えが変わった。奥義の“溜め”に入る男を見て、杏樹が弓に矢を番える。 「次が勝負だな」 すかさず間合いを詰めた真珠郎の二剣から、極彩色の光が迸った。 「ヌシの趣味など如何でも良いわ。己の強さを証明する。其れのみよ」 喰い殺す獲物としては物足りぬが、負けるつもりも、逃がすつもりも毛頭無い。この局面において攻撃の手を緩めることは、敵に時間を与えることと同義だ。 真珠郎の連撃を捌く『白刃』の注意が、コンマ数秒の間だけ彼女に集中する。その僅かな隙に、杏樹は満を持して矢を射た。 「――その渇き、止めてやるッ」 妖しの呪いをもって、底無しの渇望に楔を打ち込む。 運命を惜しまず立ち上がった風斗が、再び『白刃』に肉迫した。 「こいつを倒さないと、またどこかで凶行を繰り返す……ダメだ、絶対に!」 これ以上、誰かが倒されたり、殺されたりするのは耐えられない。もう、終わりにしてやる。 「おおおおおおおおおッ!!」 血の混じった蒸気が、霧中に散る。 白いコートを紅に染めて、青年は人の限界を超えた破壊の一撃を振り下ろした。 ● 大詰めを迎え、朔の動きはいっそう鋭さを増していく。 相手がやっと最強の技を使う気になったのなら、こちらも全力で迎え撃つまで。 「耐え切ってみせろ『白刃』!」 魔を断つ『閃刃』が、雷光を纏って『白刃』を千に刻む。 “斬劇”を連発する余力は既に無いが、分身すらも可能とする速力は些かも衰える気配を見せない。返す刀で心身の活力を貪る彼女の右前方、真珠郎が数え切れぬ程の刺突を繰り出し敵を穿った。 なおも構えを崩さぬ『白刃』の全身から、禍々しい鬼気が膨れ上がる。刹那、血を喰らう剣風が巻き起こり、リベリスタ達に襲い掛かった。 凄まじい威力に息を呑む間もなく、真空の刃が奔る。薙ぎ倒された風斗の姿が掻き消え、朔と杏樹が運命で己の身を支えた瞬間、灯璃が前に躍り出た。 彼女も決して無事とは言い難いが、辛うじて防御が間に合ったため致命傷な傷には至っていない。 『白刃』の正面だけを見て、宵咲の少女は攻撃に全霊を傾ける。治癒を妨げる呪詛は、今も健在だ。ならば、回復を果たす前に奈落の苦痛を重ねるのみ。 「灯璃は退かない、灯璃は死なない。志半ばの呪いごと、キミを喰らい尽くしてあげる」 我慢なんて身体に悪い。最期まで、心逝くまで、存分に殺し合おう――。 巨大に過ぎる斧をフェイントに用いて、本命の一撃を浴びせる。 夥しい数の死と穢れを塗り込めた黒剣が、『白刃』の肉を引き裂いた。 あとは、獲るか、獲られるかの勝負。日を改めて雌雄を決するなど、あってはならない。 影色の残像を従えた朔が、『白刃』の頚部を一閃する。断たれた動脈から血を噴き上げ、渇望の剣士は鬼気迫る形相で双刀を揮った。 執念の刃を受けて、真珠郎のドレスに紅い華が咲く。 己の運命が燃える音を聞きながら、貪欲なる女怪は仁王立ちで『白刃』を睥睨した。 「なめるな。クソガキ。こちとら生れ落ちて八十年。強くなる事だけを考えて生きてきたのじゃ」 調子に乗った“後輩”を笑って許してやる寛容さなど、持ち合わせてはいない。 ひれ伏せ、と苛烈に言い捨て、『白刃』を暴食せんと牙を剥く。反動によるダメージを厭わぬ灯璃が闇と呪いの剣で追撃を叩き込むと、杏樹は間髪をいれず“雨燕”の弦を引き絞った。 師に貰った弾丸のペンダントが、彼女の胸元で揺れる。 五体をばらばらに斬り刻まれようと、この矢だけは外さない。技巧の面では及ばずとも、意地を通せず退くのは真っ平御免だ。 「――その白刃、撃ち砕く!」 杏樹の覚悟を宿して放たれた矢が、流星と化して『白刃』の左胸に吸い込まれる。 晴れていく霧の向こうに、彼女は双刀を握ったまま事切れた男の骸を見た。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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