●朝倉の場合。―俺があの人に憧れたのは、何時からだっただろう。 「拓真さん! 稽古お願いします!」 威勢の良い声に『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)は「またか」と小さな溜め息を吐きながら振り返った。 「……稽古お願いします、じゃないだろう。何度も言っている様に、俺は君を弟子にする心算は無い」 「ええ! だって『一番弟子』にしてくれるって言ってたじゃないですか」 「言ってない!」 「言いましたって!」 繰り返される押し問答は何時ものお決まりパターンである。朝倉は長剣の二刀流を扱うリベリスタであり、拓真の技術に惚れ込んでいた。拓真は拓真で、弟子を取るほどに己が成熟しているとも思えていないし、余力も無い。志願を断りつつも諦めない朝倉の姿に、その熱意は認めるものの、簡単に受け入れることもできなかった。 「大体、何で俺なんだ。二刀流のリベリスタなんて他にも居るだろう?」 それではダメだ。朝倉は拓真の剣が学びたいのだ。 何かを傷つけるのではなく、何かを護る剣――。 そこに朝倉は憧れているのだから。 <reverse> 「おい、そろそろ吐けよ」 薄暗い路地裏に響いた声には一切の善意が感じ取れない。 冷たい悪意だけを孕んだフィクサードの声だった。 「じゃねえとお前、死んじまうぞ?」 かは、と。フィクサードの男が横たわる彼の腹部を躊躇なしに踏み抜くと、呻き声が上がった。 この暴力は凡そ三十分以上続いていた。その横たわる彼の姿は、それ以前の物とは全くの別物である。顔は腫れあがり、両手両足は不自然に捻じ曲げられ、シャツは多量の血液が酸化してどす黒く汚れていた。 「何、意地張ってんだよ。死んだら意味ねーべ。俺らも『アーク』にゃ借りあんだよ。さっさと玩具<万華鏡>について知ってること話せ」 話せもなにも。 もう朝倉の喉は潰れて、声を上げることすらままならないこと。 フィクサードは気がついていなかった。 ●蒼井の場合。―何時からか、貴方の真似をしていました。 「お、蒼井!」 不意に見知った顔を見つけて、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はその少女に声をかけた。 「あれ? ……新田さん!」 きょとんと振り向いた彼女は快のその姿を認めて、破顔した。「わわ」と姿勢を崩しそうになりながらも、快のもとへと小走りで近寄った。 「お久しぶりです、新田さんっ」 少女の爛漫で無垢な笑顔に、快も思わず口を綻ばせて「ああ、久しぶり」と返した。 「聞いたぞ、蒼井、クロスイージスになったんだってな」 「え、あ、はい! 良くご存知ですね」 「ご存知もなにも、蒼井の噂はよく聞くからね。若手リベリスタの中じゃ一番の有望株って話で、作戦部でも話題になってたから」 「ホントですか!?」 頬を上気させた蒼井の純粋な反応が、快には心地よかった。そして、その赤らめた頬の理由の半分以上が、作戦部での自分の評価ではなく、快が自分を気に掛けてくれていた、という部分にあることを、彼は知らなかった。 「しかし、クロスイージス、か。ちょっとイメージとは違ったよ」 「そうですか?」 「ああ。同職の先輩として聞いておくが、なんでクロスイージスなんだ?」 「――そ」 それは。 「……あ! 今から『依頼』だったの忘れてました!」 「ん? なんだ、引き止めて悪かったな」 「いえ! お話できて嬉しかったです! また『依頼』が終わったら続き、聞いてくださいねっ」 それは、貴方がそうだったから。 <reverse> 蹂躙だった。 それはただ敵を倒すという目的以外の目的があった。フィクサードは、その目的を果たすのに丁度よい標的を見つけた。戦闘の末に倒れた、彼女の姿。 だから、響くのは少女の悲鳴である。『依頼』に赴いたリベリスタの悲鳴である。 「いい作品になりそうだ」 いわゆるスナッフムービー。最低最悪の映像作品。 二人の男が見つけた被写体。 愉しむ為の解体。 悲鳴を上げさせるための残虐。 かつて『蒼井』であった彼女は、そこでは、ただの生贄に過ぎなかった。 ●巴の場合。―辛くて苦しかったけど。ここまで来れたのは、貴方達という光があったからでした。 巴は引っ込み思案な所があって、革醒者となってからもいまいちぱっとしない生活が続いていた。 そんな彼女にとって日本各地、そして世界にまで羽ばたいて剣を振るう、『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)の姿はまるで英雄の様に見えていた。 優しく、ストイックで、真っ直ぐなリベリスタ。そのどれもが自分には足りないもので、彼が備えているもの。 「……」 喋りかけるなんて、出来ない。 憧れの存在だから。 でも、こうやって。 風斗の姿を眺めているだけで、巴はこの上なく幸せだった。 <reverse> 同僚が肉体的な暴力に訴えてリベリスタとお楽しみに浸っているのとは対照的に、そのフィクサードは精神的に壊れていく女を見るのが好きだった。 守りたかった日常を目の前でぶち壊してやるとか、 愛する者を目の前で八つ裂きにしてやるとか、 自己が自己である事を見失わせてやるとか、 そういったこと。 だから。 巴が泣きながら「やめて」と懇願するのは、フィクサードのマスターテレパスによって強引に押し込まれてくる『これまでの悍ましい惨状の数々』が余りにも酷過ぎるから。 「そんなに言うなら、止めてやるよ」 フィクサードの声に、巴の顔が一瞬、希望に満ちて、 「お前が壊れたら、すぐにでもな!」 すぐに、絶望に満ち満ちた。 ●岸川の場合。―どうせ死ぬのなら知られたくないなあ、と思う。 あの人に助けてもらったのが、だいぶ前。 あの人に導かれるようにホーリーメイガスになったのが、ちょっと前。 あの人が大切な人を失って、悲しんでいたのを見たのは、何時だったか。 恋をした時には失恋をしていた。初恋と失恋は同時にやってきて、私の王子様は、私じゃない人の王子様だった。 けれど不満は無かった。――それは諦めざるを得ないくらいにお似合いな二人だったから。 だから、その二人の関係が壊れてしまったのを見て、それでも。私はあの人の側に居ることは出来なかった。 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の側に居るべきなのは私じゃない。そう言われてしまうのが、ただ怖くて。 だから、隣に居てもあの人に釣り合うように。 私は、立派な癒し手になろうと、あの日、誓ったんだ。 後ろだけを見てても、ダメだって。 「御厨さんが、教えてくれたから―――」 <reverse> 渦巻くのは男たちの欲望。 捌け口となったのはその少女。 命と命の遣り取りをして、負けたんだから、『何されたって』文句なし。殺されないだけ有り難く思えって話。ま、『用』が済んだ後どうするか、まだ決めてねーけど。 「おい、上玉なんだから、顔は殴んなよ、顔は。やることやってからな」 けれど、その終わらない暴行は、傷つけるのと同じくらいに岸川を壊していった。 ただ虚空を見つめるその目に、かつての光は無い。 彼女の目には、助けるべき筈だった一般市民まで混じっていた。 ●成瀬の場合。―だから、最後まで、足掻ける所まで足掻いてみようと思う。 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)の腕前に惚れた。 直ぐに弟子入りをお願いした。断られた。 「少年。大事なことは『教えてもらったこと』ではない。 自ら気づき、『学んだもの』だ」 ただその一言だけを、龍治は残した。 「自ら学んだ、もの」 口にするだけで重い、大切な言葉。 今回の『依頼』の招集がかかった時も、だから、成瀬はすぐに名乗り出た。 早く。龍治の言わんとする射撃手としての心を見つけるために。 「……よし!」 <reverse> 逃げた。 目の前の惨状が怖くて、逃げた。 フィクサードは笑っていた。 「リベリスタ様も仲間見捨てて逃げるんだな! いーぜ、逃げろよ! どうせその傷じゃお前も時間の問題だしな。生きるために這い蹲ってんのは、見てる分には悪くねーよ!」 その汚い笑い声を背に、成瀬は逃げた。 今尚、尊厳を傷つけられている仲間たちを見捨てて、自分だけ助かろうとした。 「痛――い」 逃げた所で待っているのは絶望だ。 すぐに逃げる為の体力も無くなって、無様に倒れた。 リベリスタとしてのプライドも、何もかもを投げ捨てて。 孤独な成瀬を、『死』だけがじいと見つめていた。 ●星沢の場合。―俺は、あの人のくれた輝きだけは本物だと信じているから。 アークのNo.1リベリスタ。 『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)へのそんな声を星沢は知っていて、その姿に感銘を受けた。 彼の様に多くの戦場に立ち、多くの人々を守る事を誓った。まだ経験も能力も全然少ないけれど、きっといつか……。 自分のこれまでの人生は最低最悪で、自分が世界で一番不幸だと思い込んでいた。そんな日々はもう終わりだ。 リベリスタ。革醒者として、やるべきこと。 「……俺はここで、生まれ変わるんだ――!」 人生をやり直す。人の為にこの力を使って、世界を幸せで満たしてみせる。 結城先輩の様に、誰かの為に生きて、誰かに必要とされる。 ――そういう輝かしい未来が、ここから始まるに違いない! <reverse> 「なあ、革醒者って、どらくらい『中身』えぐられたら死ぬかわかるか?」 「わかんねーけど、しぶとそー」 「な。だって、」 こんなにすっからかんなのに、こいつ、まだ死なねえ! 何が可笑しいのか、腹を抱えて笑い転げる二人のフィクサード。 繰り広げられているのは『夏の課題研究』。 「課題、リベリスタが●●には、どれだけ○○がなくなればいーでしょーか?!」 「ははっ! 早く宿題やんねーとな!」 口だけが、動いている。声だけが、求めている。 「まだ動いてやがる!」 嫌な湿度を纏った音が響く。 それは、星沢の輝きを切り刻む、フィクサード達の知的好奇心。 ●あるリベリスタからの最終連絡。 「ダズゲデェ、ゼンバァイ」 ●ブリーフィング資料 ■一般市民より警察、警察より『アーク』へ通報。神秘事件発生、介入要請を受諾。 ※この時点で『万華鏡』反応無し。 ■希望者六名によるリベリスタチームを招集。作戦部、これを認める。 ■リベリスタチーム会敵するも敗走。後、敵フィクサードおよび一般市民により捕縛され、暴行を受けている模様。 ※リベリスタ『成瀬』からの応援要請により発覚、後、成瀬との連絡は途絶える。 ※成瀬からの情報によると、救助対象の一般市民十名の内、数名は敵フィクサードと内通している模様。また、フィクサードにより当該リベリスタらの身体に何らかが仕込まれている旨の連絡があったが、詳細は不明。 ■作戦部、強襲部隊の招集を決定。敵フィクサードの組織的ネットワーク解明の為、敵フィクサードおよび内通一般市民の捕縛を厳命。一般市民の救出を命令。 ※フォーチュナらを始めとする諜報部員の情報から、先遣リベリスタ六名の生存の見込みは薄いと思われる。上述のフィクサードらによる先遣リベリスタらへの不審な動きも鑑みて、先遣リベリスタらへの積極的な救出には否定的意見が多い。 ■今後の対応:未定(リベリスタ養成プログラムの見直しが提案されている) ●ブリーフィング後 「私としては、今回の作戦の鍵は貴方たち二人なの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は足早に飛び出していった六名のリベリスタの背を敢えて止めなかった。『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)と紅涙・真珠郎(BNE004921)の二人に用事があったからだ。 「そう? むしろ、彼ら六人の為の依頼の様な気がするけれど」 「単純な能力で言えば、貴方達八名なら、今回のフィクサードを打倒することは確かに難しくないでしょう。そして、彼らの性格を知っているから、ある意味、心配しているのよ」 「心配とな?」 「ええ。心配。憎しみに囚われて見誤り、殺意だけで人を殺してしまわないか」 氷璃と真珠郎からすれば「なんだ、そんなことか」で済む話。 「さっきも言ったけれど、主犯格のフィクサードは必ず生け捕りで捕縛してきてほしい。組織的犯行の裏を探るための重要な証人よ。先遣リベリスタ達を助けるよりも、『アーク』として大切な事。冷たいようだけれど、彼らが助かる見込みは、殆ど無い」 「『保険』と言った所か?」 「そう表現するのも吝かではないわ。勿論、今回の皆が優秀なリベリスタであることは理解している。けれど、リベリスタにとって重要なのは依頼の成否。貴方達なら、良くわかるでしょう?」 その辺りを弁えたリベリスタでしょう、と。イヴの無感情な瞳が氷璃と真珠郎を射抜いた。 「生死を問わないのは、末端のフィクサードだけ。罠の可能性があるから先遣リベリスタらには出来るだけ触れない。最優先は、一般市民の救出。そこの所―――」 履き違えない様に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月28日(月)22:14 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 其処に響くのは逆方向から立ち上がる悲鳴に違いない。 「蹂躙していたのは、此方の筈だったのに」 そんな怨嗟が溶けだしているかの様に、濃密な死の匂い。 薄暗い不吉の真っただ中に凛然と佇むのは、深紅の姫君。 紅涙真珠郎。 「人質とか考えん方が良いぞ」 その美しい声がフィクサードの鼓膜を殴った。 「――殺す理由ができちまったらどうするんじゃ」 物騒な言葉面は仮初の世間体に過ぎない。 「のう。『誰かさん』と違って、我は躊躇なくおぬしらを殺すぞ?」 何故なら、彼女は、こんなにも満面の笑みだ。 見蕩れてしまいたくなる程、艶美に。 ● (慣れぬ身であの様な連中に出くわすとは、全く不憫な事だ) 事前に地図を入手し周囲情報を頭に叩き込んでいた龍治であるが、その心境とは裏腹に、表情には一切の焦りも憐憫も感じさせない。 「なんだ、お前ら……?」 突然と灯りに照らされた男たちは怪訝そうな声を上げた。フィクサードをはじめとするその視線の先には逆光気味に数名の姿が見える。それを確認して、すぐに男たちの無骨な眉間に、皺が寄せられた。 「おい、今ここは取り込み中だ。どっか余所に、」 行きな! そう続けようとしたフィクサードは、その灯りの根源に居る快の表情に思わず息を飲んで、言葉に詰まった。 「『取り込み中』というのは、助けを求め伸ばした手を、踏み躙る行為の事を云うのか?」 「な……」 快の問いかけに答えあぐねたフィクサードが、次の瞬間に視たのは、数メートルもの距離を一瞬にして詰め、その亀裂の入った剣を凄まじい形相のまま振り上げた風斗の姿だった。 絶望的な破壊力。その剣戟を受けたフィクサードは、一薙ぎに体躯を吹き飛ばされ、呻きながら転げた。風斗の目はその様子を認める。困惑と意志の混ざり合った複雑な表情が、けれど、その柄を強く両手で握り直した。 「なんだ? どうした!」 短針がそろそろ真上を指すような深夜一歩手前の、薄気味悪い繁華街の外れが、一瞬の内に喧騒に揺れた。その場の、お楽しみの見張りを任されていた十名のフィクサードは、忽然と訪れたリベリスタらの姿に、慌てふためきながら体勢を整え始めた。そして、それよりも速く、拓真らリベリスタが各々の業物を手に一斉に動いた。 流れるような体捌き。躍るようなステップが風の様にフィクサードの一団に潜り込めば、拓真の双剣が咆哮をあげた。 「早々と退場して貰うぞ――!」 拓真の表情も冷静そのものである。そして、リベリスタとしての『何か』を背負った決意の顔である。 そんな彼の斬撃は広域に渡ってフィクサードを斬りつけたが、目的は、末端フィクサードを倒すことでは無い。それは二の次、三の次であって、 「言っておくが、僕はそんなに物分かりが良い奴じゃない」 その狂気的な夜に肩を震わす一般市民の固まる反対側、フィクサードたちの意識を手繰り寄せる夏栖斗の声があった。それは一般市民を救い出す為の方策。 「お前らのその凶行は……、決して許されない。絶対に、許せない」 対峙した一人のフィクサードが、思わず一歩後退するほどに、怒気を孕んだ声だった。夏栖斗の眼光に、それだけで、数人のフィクサードが怯んだ。それほどの感情だった。 「……怯むな! 行け!」 誰かがそう叫ぶと、数刻の内に反転した情勢に恐怖感を覚えるフィクサード達も、攻勢に出始める。しかし、 「勝手に憧れて、勝手に失望されるのは勘弁願いたいね」 柔和な顔、柔和な声色。揚々と輝く宝刀露草の刀身―――。 腹の底に根付いた臆病を殺そうと雄叫びを上げるフィクサードを真正面に認める竜一が一度その業物を振り上げ、その残影と共に辺りを襲った烈風が、そのままフィクサード達を薙ぎ倒した。 圧倒的な力量差だった。 「名乗る必要はあるか?」 倒れ込んだフィクサードが見上げた竜一のその顔には、彼にも見覚えのある顔だった。その名は、遠く末端のフィクサードにも『戦っては成らない』と伝達される『アーク』のリベリスタ。 「俺が結城竜一だ。野心があるなら、この首を取りに来いよ」 早期決着を狙うリベリスタらの意図は、その大きな性能差により達成され得る算段が強くなった。 文字通り火の雨を降らす龍治がそうであった様に、快の電子クラッキングも効果的に敵勢力の配置を明るみに曝け出した。そしてナイフを振るう快の鋭い観察眼が、その妙な行動を見抜いた。その通信を巧みに傍受した。 (―――成る程) 快からの合図を認めた氷璃は目を細めた。 「妙な行動は慎みなさい。命が惜しいのならね」 限りなく綺麗だが、際限なく冷たい。氷璃の声はフィクサードを貫いた。 「私たち、『貴方たちだけ』は『どう処理しようと』構わないことになっているわ。 情報を提供するのなら悪いようにはしないし、 非協力的ならどうなるか……、分かるわね?」 「実を言うと、おぬしらの趣味にどうこう言う心算は毛頭ないんじゃが」 戦うに値しない小物共が。内心溜め息を吐きながら、そう前置きして。 艶麗な口元で、紫煙が揺れた。 「『アーク』は極東の一組織から数年で世界有数の組織までのし上がった。神秘世界において、これは、はっきり言って異常じゃろ。そんな組織の中で、常にトップを維持してきた者らが字面通りの『正義の味方』である筈があるまいよ。 ……何が言いたいかって? 」 その意図する所を理解し得ないフィクサードの奇妙な顔に、真珠郎はにいと口の端を歪めた。 「『お前らは不幸じゃ』という事じゃ。――同情する気にはなれんがの」 ここから先は『戦い』などでは無く、蹂躙になってしまうぞ? ● (気づかないフリをしてたけど、彼女が僕に好意を寄せてることは知ってる) 全力で走る夏栖斗の先には、快と氷璃が得た情報の通り、数名の人だかりが在った。 (彼女の王子様にはなれない僕だけど、もう一度彼女を助けるヒーローにはなれる) 「それがどんなに残酷な選択だとしても後悔はしたくない……!」 疾走するそのままの勢いで、敵に有無を言わす暇を与えず、夏栖斗はそのトンファーを大きく振るった。 「かはっ……」 しかもそれが不意撃ちとなれば一溜りも無い。岸川を暴行していた一人のフィクサードが、勢いよく宙に舞うと、残る三名の内通者の顔色が一瞬の内に驚愕へと変わった。 只の人間相手なら、やり過ぎることはあっても、手を焼くことは無い。夏栖斗は瞬時に近くで横たわる姿を認め、上着を掛けてやろうと近寄り、そして、躊躇った。 「―――」 幾多の戦場を越えて来た夏栖斗だから、酷い状況は幾らでも見てきた。 だけれど、これは。 一瞬止まった腕を再度機能させて、夏栖斗は岸川だったものに上着を掛けた。そして、 「――なあ、僕が『普通』じゃないのは、分かるだろ」 内通者を脅すためのそんな文句は、最早、必要なかった。 十分に愉しんだ彼ら。罪悪感の欠片も無い彼らは、けれど、夏栖斗のその視線だけで、立っていることも儘ならない。夏栖斗の――次の瞬間には、自分達を八つ裂きにしてしまいかねない、そんな視線に。 それでも夏栖斗がそうしないのは、依頼の成功の為だ。『アーク』は彼らを『生かせ』と命じている。 「僕はお前達とは違う。僕はリベリスタだ。だから」 だから――死んででも、お前達を、生かす。 何より。 一刻も早く岸川を処理部隊に渡してやりたかった。 彼女の死までを穢されたら、次に自分が何をしでかすか。 本当にリベリスタで居られるのか。 自分でも分からなかったから。 「御厨さん」 そう寂しげに笑った彼女の声が、脳裏に残響して。 ● 「竜一。 後は任せるけれど、判っているわね?」 氷璃はそう一言だけ残した。既に星沢についての分析を終えていた氷璃は、その仕掛けが他の現場でも同様の物であるかを判別しに、バックアップへと向かった。 そしてその分析は、基本的に、星沢以外の瀕死リベリスタの命を繋ぎ止める為だった。 「何か、手当てを……」 してやろう。そう思っても、何をどうすれば良いか、分からなかった。分からない程に、星沢は原型を成してなかった。強力な回復スキルがあればもしかしたら。……いや、それでも、結果は殆ど変らなかったであろう。 「生きていればいいのだから、手足は要らないわね?」 そう言って氷璃がフィクサードを襤褸雑巾にまで痛めつけた時も竜一の心は静かだった。 今、改めてその一人のリベリスタの最後を看取って、それでもやっぱり、心は静かだった。 星沢はリベリスタになって生まれ変わると誓った。不幸の連続の中に生きてきた一人の男が、初めて自己を肯定し、他者を生かすと誓い、そして結局、その意志は何も残さずに消え去った。……何も。 異臭が鼻に付く。気にはならなかった。その光景を、その無念を、その匂いを、竜一は深く刻み込んだ。 しゃがみ込んでいた竜一は、不意に立ち上がった。まだ依頼は完遂していない。 「……」 また一つ、死を背負い込んだ。 この背に一体どれだけの死を抱えれば、戦いは終わるのだろう? 「……」 終わりなどない。 「俺は、『心優しいヒーロー』になんて、ならない」 リベリスタとしてのこの運命に、終わりなど無いのだ。 「星沢……。お前は、何になりたかったんだ……?」 ただ心の中で一つ。 さよならだけを呟いて、歩き続けるしかない。 何処までも。この命、燃え尽きるまで――。 ● 「リベリスタ、新城拓真。 随分と『アーク』の人間が世話になったらしいな。……次は俺の相手をして貰おう」 「……ああ?」 紛れも無く一体一。拓真の静かな声に、下品な顔つきが不機嫌そうに睨み返した。 「なんだ、お前も『アーク』か。 ……新城。俺でも名前を聞いた事あるってことは相当やばい奴かよ」 「残念だが、お前と悠長に雑談する心算は無い」 「こいつを助けに来た訳か! 泣かすねえ!」 そう耳障りな笑い声をあげて、男は朝倉の身体を足蹴にした。挑発とも取れるその行動にも、拓真に一切の動揺は無かった。 「ああ。――『弟子』の不始末は、師の不始末に違いないからな」 敵の不遜な態度は表面上のものだけではないだろう。直ぐに逃走を試みた末端とはまるで雰囲気が違う。打倒するだけならまだしも、容易く生け捕りにできる相手でもないだろう。 「決して憧れる様なものではない。その道は多くを選び、そして多くを殺す事と等しいのだから」 一人呟く。誰に聞かせるわけでもなく、それでも朝倉に届けと願って。 フィクサードが振るう暴力的な鉄塊が負けじと拓真を殴りつけて、それを剣で受ければ巨大な金属音だけが残響する。 「その上で、守るべきものが零れ落ちる事など幾度となくある」 或いはそれは、自らに言い聞かすかの様に。 「それでも尚、まだ戦うというのなら。 立ち上がるというのなら。俺の剣を学ぶというのなら」 拓真の構えが深くなる。吐く息が熱く、膨張する。 「――この剣を、お前に託す時も来るだろう」 だから、生きろ。 ● 夢中で蒼井の解体に励むフィクサードたち。意識が逸れているその内に出来得る限り彼らに接近した快は蒼井に大いなる加護を与えた。それは今作戦で唯一の回復手法であれば、星沢に次いで凄惨な状況に対応する事が叶うかもしれない、という判断だった。 動揺したのは敵である。快によって封じられた通信網は末端から彼らへの連絡を絶っていたのだから、無理も無い。そして、その隙を見逃す程に快は未熟では無い。むしろ、 「最後の最後まで、諦めるな、蒼井っ!」 その雷陣の十字で数多の悪を沈めてきた、一人の修羅に違いない。 処理に時間は掛からなかった。だから、蒼井の下に駆け付けたのは、凡そ考えられる経路でも最短と言って良い。快はそれだけの思索を行い、実行をした。 だから快の口元を一文字に結ばせるのは胸騒ぎする程のその現場の凄絶さだけだった。 「蒼、井」 その加護はそれ自体で生命力を戻す訳では無い。あくまでも継続的な再生の能力。 「……」 ――元々が救いきれぬ程に。死ぬより酷い死に直面していた、その彼女に。 「……『アーク』の守護神は、お前『だけ』を護る事は出来ない」 変質し切った蒼井の顔。その口元だけが、音を立てずに微かに動いた。 にったさん。 「だから、蒼井。――俺は、 お前『も』助けるよ」 死ぬな。 死ぬな。 そう強く願っても出来るのは見守ることだけ。 神の加護が彼女の死を克服するのを願うだけ。 「蒼井――だから、死なないでくれ」 にったさん。ばかなひと。 「死ぬな!」 でも、うれしい。 「生きろ!」 さいごにみたのが、あなたのかおだったから。 ● 最初、岸川のもとへと向かった龍治と真珠郎は、先に向かっていた夏栖斗と合流するようにフィクサード、内通者らを捕縛すると、すぐに成瀬の捜索へと向かった。 「匂うのう」 猟犬と嗅覚を駆使するのは深紅の姫君。金色色の束ね髪が揺れると、龍治の視線が重なった。 「この任務でお前が知ったものは何だ。 己の無力さか。 恐怖に駆られる心の脆弱さか――」 真珠郎の嗅覚に頼った捜索は非常に効果的であった。成瀬は今、息絶えようとはしているが、死んではいない。そこには星沢らとは明確に違う線がある。 龍治には間に合わせの応急処置程度しか出来ない。革醒者の瀕死を救う手立てを持ち得ない。 ただ、声を掛けてやることぐらいなら、龍治にも出来る。 「重要なのは、それを得た上でどう動くかだ。 絶望のままにこの世界を去るという道もある。それを止めるつもりはない。 あの時お前を追い払った俺の判断は正しかった、となるだけだ。足らぬものを補い、腕を磨く。 もう二度と『この様な事態』を起こさぬ様に」 龍治の言葉は手厳しい。それは現実を知っていて、今回の様な事件が実在することを、彼自身が強く自覚しているからに他ならなかった。 「だが、その道を選ぶというなら……話を聞いてやらんでもない」 制圧終了。そう一言だけ連絡を入れ、後続の処理部隊の為に位置だけを伝達すると、龍治は別の現場へと向かった。 ● 「頼む、間に合ってくれ……っ」 闇色を切り裂くのはシルバリーホワイトの髪。顔を歪ませて、風斗が走り抜くのは唯一生存濃厚とされる巴を救う為の、一つの『選択』の結果。 (もうこれ以上、誰かが潰れたり、死んだりする姿なんてみたくないんだ! オレに誰も殺させないでくれ……っ) 「助けに……来てくれたんですか?」 艶やかな黒いショートの髪を乱す巴は、消え入りそうな声で訊ねた。風斗は半ば抱きかかえるようにしてそれに応える。 「ああ。お前を傷つける奴はもういない。安心していい。みんな助かるんだ」 皆助かる? 誰かが訊き返した。 「……良かった」 嬉しい。衰弱しきってもその可憐さを残す顔が弱弱しい笑みを浮かべて、風斗の胸が空々しい自身を苛んだ。 <結城だが> その時耳に入ってきたのはアクセス・ファンタズムを介在した竜一からの通信連絡。 <現状報告。星沢を発見し、主犯フィクサード二名捕縛した。尚、> 「また……、星沢さんたちと一緒に、戦えるん、ですね」 <星沢は死亡した模様。……他班への応援に行く> 「……風斗、さん? ちょっと……痛い、です」 それは己がそう選択した結果。 選べない事を免罪符に、だけれどそれは、やっぱり彼を切り捨てる選択に違いなかった。 選択から逃げて、恐れて、そうして星沢は死んだ。 「あの……、風斗さん?」 「―――なんでもない」 でも、一人の女の子は救えたんだ。 どちらの命も等しく重いのならば、それは合理的な判断の筈なんだ。 救えたんだから、それで―― 「良いワケが、無いだろうが……っ!」 ● 「随分と買い被られたものね――」 氷璃の口元から零れた言葉は、ねっとりと湿った不吉な夜に浮かんだ。 墨染め色の空の下に佇む日傘が確かに揺れると、その人形の様に美しい相貌が辺りを見渡した。 (私は、運命に抗おうとする者を祝福するわ。 例え彼らの死が抗えぬ運命であろうとも、 手を伸ばさなければ何も掴めないのだから……) 「……」 氷璃の視界の端に映り、そして消えゆくその背中は、その手を掴めるのだろうか? 「竜一、月が綺麗よ」 月など見えない。 けれど曇天の向こうに姿を隠したその姿に微笑んで、赤黒く染まった氷璃の服が翻った。 ●『先遣リベリスタについての最終報告』 朝倉、救出。 蒼井、失血死。 巴、救出。 岸川、暴行死。 成瀬、救出。 星沢、失血死。 ● 「少なくとも、今宵の地獄は此処で終いだ」 主犯フィクサード全員を捉え、一般市民を救出した。それは龍治にとって依頼の成功であり、それ以上でも、それ以下でもない。 真珠郎の煙草から揺れる煙は、氷璃が幻視する灰色の向こう側へと、火葬場の煙突の様に。 (俺のやるべき事をやった) それは変わらないけれど、新城は目前で自らを慕う者を失った三人に掛ける言葉をすぐには見つけられなかった。そしてそれは、風斗も同様であった。 その結果、届かない命が零れていくとしても。 俺たちの手の長さは、無限では無い。 「――無限では、無いんだ」 噛み締める様に紡がれた言葉は、風斗の胸を殴った。 処理部隊が遺体を搬送していくのを眺めながら、 快は真正面を見据え、竜一は己の手を見つめ、夏栖斗は空を仰いだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|