●コップから溢れた 相談したいことがある、とリリ・シュヴァイヤー(BNE000742)に呼ばれた一同は、集合場所がアークのブリーフィングルームではなく、彼女がシスターとして活動する教会の一室であることに、嫌な予感がしていた。 「お忙しいところ、ありがとうございます」 と出迎えた彼女の隣には、二十代と見える若い男女が所在無さげに佇んでいる。 女は頭に羊の角が、男の片腕はコードや金属がむき出しになっていた。革醒者だ。 「えーと、……アークの子……じゃないよねぇ?」 晦 烏(BNE002858)が三角頭巾の奥から、不審の視線を男女に向けた。女がビクリと肩を震わせ、男の腕に縋るようにしがみつく。男は烏を真っ直ぐ見返してきた。 「ええ。教会に助けを求めてこられたお二人です」 「助けを。それで俺達を呼んだってことは、戦闘になりそうなんだね」 リリの返答だけで、新田・快(BNE000439)は事が神秘関連の荒事だと看破し、椅子に腰掛けた。 「まずは話を聞こうか」 と他の面々に着席を促しつつ、不動峰 杏樹(BNE000062)は、女の腹から視線を離さない。彼女の腹は大きく膨らんでいた。……妊娠している。 全員が席に着いたところで、リリはめいめいに温かいレモネードを配り、それから話を始めた。 「カクレキリシタン、をご存知ですか?」 「あの江戸時代の禁教時にキリスト教徒だった人か。踏み絵とかの」 学生時代の日本史の授業を思い返し、司馬 鷲祐(BNE000288)が答えてみるが、リリは首を横に振る。 「それは潜伏キリシタンと呼ばれる方です。カクレキリシタンというのは、禁教令が解かれてからも隠れ続け、神仏信仰や祖霊崇拝などと交じり合った独自の教えを守っている方々を指します」 「……もう隠れなくても良いのに、どうして隠れ続けるのかなってまおは思いました」 幼い故の無邪気さで、荒苦那・まお(BNE003202)が小首を傾げて尋ねる。リリはいい質問ですね、と微笑んだ。 「隠れ続けている間に伝えられる教えは、本来の教えとは別物の教えになっていました。先祖からの口伝を捨て、口伝とは差がある本来の教えに戻ることは彼らにとって、ご先祖を捨てるようなもの……」 ここまでが、前提です。とリリは言い置いて続けた。 「某所にカクレキリシタンの一族がいました。番場家と呼ばれる一族は、神秘の筋のようで、革醒者がよく生まれました。彼らはその神秘の力を使い、弾圧してくる幕府を転覆させようとしていた……いわゆるフィクサードの集団でした」 そんな話は初耳だ、と快が眉を寄せた。リリは知らないのも無理は無いと頷く。 「ええ。企みはすべて、三上家と呼ばれる一族……こちらも神秘の筋なのですが……が、未然に防いでいました」 三上家も元々潜伏キリシタンだったという。幕府にたてつけば、全ての潜伏キリシタンが根絶やしにされる。そう考えて、番場家と対立し続けていた。 「今の三上家はカトリックなのですけれども」 三上家は、明治維新後に正式な教えへ帰依した一族なのだ。番場家はそれを裏切り者だとし、今は三上家打倒を掲げて戦い続け、血で血を洗う闘争になっているという。 「集落内の神秘同士の争い。いわゆるコップの中の嵐だったのですが」 リリはここでようやく、男女の名前を一同に明かした。 ――男は番場吉希。 ――女は三上沙由。 全てを飲み込めたリベリスタ達は息を呑んだ。 「ロミオとジュリエットじゃないの」 面白くもない、と烏が鼻息を吹く。 「もちろん、両家が二人を認めませんでした。吉希さんが当主、沙由さんが本家の長女ということもあって、それは辛い責めがあったそうです」 「それで、駆け落ち、か」 鷲祐が苦々しく呟く。リリは続けた。 「番場家として当主が逃げたとなれば、大事件。三上家としても本家の女が番場に魅入られたのは大恥。互いに全力で、二人を追いかけています……消すために」 「勝手にやってろって感じなんだけども」 烏は、何故自分たちが、とぼやく。 しかし、快は鋭く尋ねた。 「一般人が巻き込まれてもか?」 場が静まり返る。 「彼らは逃げてきた。もう三上と番場の里だけの話では終わらない。三上家と番場家が一堂に会して、平和に終わるとも思えない。この二人をどうしたいと思わなくても、俺たちは不穏の種を排除する仕事がある」 「つまりは、他所でやれ、ということだな」 杏樹が吐き捨てれば、快は頷いた。 「それ以上の感情は、自由にすればいい」 沈黙が場を支配した。しかし誰も席は立たなかった。 ふいに、まおが声を上げた。 「えっと、その吉希様がお持ちの箱はなにかなって、まおは思います」 「なんだっていいでしょう」 急に拒絶の態度をあからさまに示す吉希だったが、杏樹は鋭く一蹴した。 「よくない。答えろ」 吉希はしばし黙っていたが、全員の視線に観念したかのように投げやりに答えた。 「……うちに伝わる納戸神様だ。アーティファクト『いんへるの之櫃』。中から闇が出て、エレンジャ(異教徒)を食い殺す」 「なんでそんなもん……っ」 鷲祐の顔色が変わる。その説明が事実ならば凶悪なアーティファクトではないか。 「馬鹿か! それがあるから追い回されてるんだろう!」 鷲祐が怒鳴りつけると、吉希も怒鳴り返した。 「この箱は当主の証だ! これがないと殺されるし、僕らは元にも戻れないッ」 「この期に及んで戻る気なのか?! 戻れるわけ無いだろうが!」 「もうやめてええっ!!」 怒鳴りあう二人に、絶叫した沙由がさめざめと泣き始める。 「ほんとは私たちだって逃げたくないんです。皆に祝福してもらいたい。信じる神様は同じなのに、どうして仲良く出来ないの? 当主を継いだ日に吉希さんは、皆に私の妊娠をきっかけに和解しようって言ったんです。話を聞かずに切りかかった、あっちが悪いの」 彼女の涙を見て落ち着いたか、吉希もぼそぼそと続ける。 「僕らは殺し合いなんてしたくない。話を聞いてもらうためにも、当主の正当性を示す櫃が必要なんです……」 静まり返った場の中で、いままでずっと黙ってきたキリエ・ウィヌシュカ(nBNE000272)がぽつんと言った。 「よくわかんない。どうやればこれ解決すんの?」 鷲祐は、まだボトムの機微について疎いフュリエのために、悩み悩み答える。 「三上は恥さらしの長女が死ねば納得するだろう。番場の当主が死ねば拍手喝采か。番場は、三上の女が死んだ上で、当主が『正気』に戻るか死ねば落ち着くだろうな。もちろん、相手方が全滅するのがベストだろうが」 「じゃ、この二人を殺せば解決?」 吉希と沙由を指差したキリエの一言は、一同を強かに打った。否定の声も肯定の声も出なかった。 その様子にぎょっとした吉希が泣き続ける沙由の手を引っつかんで、 「シスター、助けてくれるんじゃなかったのか?! これだから……。クソッ最低だ!!」 と周囲をねめつけ、憤怒の言葉を吐き捨てて、教会を走り出ていく。 一同は顔を見合わせた。 「どうにせよ、アークとして、他所の神秘がらみの揉め事で、街を戦場にするわけにはいかんな。真偽は定かではないが、危険そうなアーティファクトを見せられて黙ってもいられまい。……で、相談とは?」 杏樹はため息を吐き、リリをちろりと横目で見た。 「明日には追っ手が来るでしょう。あの二人の潜伏先は、調べがついています。これからどうするか、ご相談させていただけませんか」 リリは、ばつ悪げに仲間を見回した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あき缶 | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月22日(火)22:03 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●Veni creator Spritus ジュウダツはぱらいぞにまうずか――Judah do go to heaven? かさかさとまだ腐葉土になりきらぬ枯葉が微かな音をたてる。ふわふわとした良い土を踏みしめ、彼らは山中を歩いていた。 「キリエ。お前、ちゃんとごめんなさいしろよ」 横を歩くフュリエに、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)はボソリと言った。 「えっ」 急なお叱りに驚く『空転する車輪』キリエ・ウィヌシュカ(nBNE000272)が、青い蜥蜴を仰ぎ見る。 「例えば、お前が好きな人と一緒に楽しく生きている時。死にたくないだろ? さっきの殺せばっての、謝るんだ」 「……好きな人と」 あまりまだ『好きな人』という存在に実感がわかないのかもしれない。 キリエは首を傾げながらも、なんとか己の中で鷲祐の言葉を咀嚼できたらしい。 「うん。謝る」 深刻な顔で頷いた。 「追手はまだ来ていないみたいです。まおはそう感じます」 「そうだな、私も怪しい気配は感じない」 周囲を慎重に見回す『もそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202)に、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が呼応する。 「我々のほうが、一歩先んじていると言っていいだろう」 杏樹は、ちらりと同業者を見た。 アクセスファンタズムたる異端のロザリオを握る、鮮やかな青のシスター、『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の顔は険しい。 この話を一同に持ってきたのは、彼女なのだから。 「私は」 (同じ神様を信じる方、救いを求める方を決して見捨てません) 祈りを捧げる先は同じ。そして、彼らはリリ自身に助けを求めてきた者達。 ここで見捨てるわけには、いかなかった。 森の中だろうとお構いなしに、両切りの煙草をくゆらして、『足らずの』晦 烏(BNE002858)は、一種邪教のそれにも見える赤い三角頭巾越しに、リリを見る。 (教会に助けを求めて来た二人に対してどのような対応をするのか――興味深く拝見させて貰おうかね) 彼の目は、興味のそれだ。 そして、リベリスタは助けるべき二人、番場吉希と三上沙由が息を殺している廃屋へとたどり着いた。 「俺は歩哨に立つ。後は任せたよ」 自らすすんで、廃屋の戸口につく『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は、己の二つ名『守護神』足り得るよう、クロスイージスとしての義務を果たす。すなわち、護り手の業。それは家ごと庇うかのように。 「じゃあ、おじさんも新田君と一緒にいようかね。……おじさんはそっちの二人に言いたいことはあんまりないし」 これが役に立つなら使ってくれ、と烏はリリに小さな包みを手渡し、二五式・真改を取り出して、新田の反対側を警戒し始める。 周囲に頷いてから、リリは扉の前に立つ。 すぅ、はぁ、と呼吸をゆっくり一度。 「さあ、『お祈り』を始めましょう」 届くかは、未だわからない祈りを。それでも祈り続ける。救済を求める限り。 「吉希さん、沙由さん、助けに参りました」 廃屋の中の空気が揺らぐ。確かに中にいる。 鷲祐も言葉をつなげる。 「吉希、さっきは怒鳴ってすまなかった。こいつの声も聞いてくれ」 と叩くはキリエの肩だ。 「あっ、え、えっと、ごめんなさい、だよ……」 しょぼんとした謝罪が扉の向こうへと染みていく。 「私は、お二人が共に在れるよう、力を尽くします。どうか、開けてください」 リリが真摯に願うと、ゆるゆると扉が開いた。 憔悴した顔の吉希が迎える。 「……入ってください。沙由が、つわりで辛がっていて……」 そう言われて、リリと杏樹は顔を見合わせた。そういう救援物資は持ってきていない。 「大丈夫ですか?」 それでも沙由に駆け寄り、二人は背を擦る。 「追手は?」 吉希は周囲を不安げに見回す。 「まだ来ていないようだ。少なくとも俺は熱感知していない」 鷲祐が端的に返し、吉希に座るように促す。 「さて、俺は外の警戒に行く。その前に一言だけ……俺の意見を述べておこう。 愛も家もと選ぶ強欲は好きだ。 だが、家に拘る限り一般人が危険に晒される。それは認められん。アークがお前達にも家にも介入する。 天秤にかけるなら今だ。……既に腹の子まで巻き込んでいることを忘れるな」 どこか冷徹さを覚える声音で、鷲祐は吉希にそう告げて、肩を軽く何度か叩くと外へと出て行った。 「吉希様。お願いがあります」 沙由の体調が落ち着いたのを見届け、リリは立ち上がると吉希に声をかけた。 「その櫃について、です」 吉希の顔色が変わった。 ●Mentes tuorum visita 「どんなものか調べさせて下さい」 「……絶対に開けないと誓ってください。そうでないと、いくらシスターでもお渡しできない」 吉希の顔は真剣だ。 「その櫃を、開けたことはないのですか?」 「開かずの櫃です。誰も開けたことはありません」 リリは、パンドラの箱を思い描いていた。あらゆる災厄のあとに、たった一つ光る希望が、箱の底に残るという伝説を。 だが、吉希は絶対に櫃を開けないと主張する。 追手の前で櫃を開けてみようという当初の提案は、むしろ彼らから激怒と不信しか買わないだろうことは火を見るよりも明らかだった。 「……開けません」 リリはとりあえずそのアーティファクト『いんへるの之櫃』を調べることが先決だと、手を差し伸べる。 しぶしぶといった体で、リリの手の上に櫃が乗せられる。 「!」 今まで数多くの神秘に触れてきた全身が、これは禍々しいものだと感じ取っていた。 「これ、が……異教徒を食い殺す……?」 リリの真っ青な顔に、杏樹やまお、キリエもぎょっとする。 吉希は暗い声で櫃の話を語った。 「エレンジャを、番場の恨み辛みを凝縮した闇で呪い殺す。人を呪わば穴二つ。櫃を開いた者の生命と引き換えに」 それは運命すら無視して、世の理を捻じ曲げる櫃だった。 まおは、闇が『戦える相手』のような生半可なものではないと悟り、己の認識の甘さを思い知る。 この櫃は、異教徒だけを殺すものではない。番場がいよいよ追い詰められた時に『窮鼠猫を噛む』ための悲しい武器だった。 「強大な歪曲運命黙示録を、生命と引き換えに絶対成功させる……みたいな代物、か」 しかも、前向きにではなく、かなり後ろ向きな結果に。 杏樹は櫃を触るべきではないとリリに進言する。この案件は出来る限り誰も死なないようにすませるべきものだ。わざわざ自爆テロを勧める必要はない。 一旦吉希の手に櫃を戻したリリは、ため息を吐いた。持っているだけで、心臓が凍りそうな程の、櫃に渦巻く呪いを感じた。 「こ……のアーティファクトは、危険すぎます……。アークで回収しなくては……」 「そんな権限あんたにあるのか!? これはモノがどうであれ、俺達番場の心の拠り所であり、家宝だ! 一族の尊い犠牲の象徴だ。それを、いきなり出てきて持ち帰るだなんて、絶対に許さない!」 まおは思う。櫃を奪わなければ。危険物を持たせておく訳にはいかない、と。吉希を戦闘不能にしてでも、だ。 ぐっと足に力を入れた瞬間、まおは沙由に服の端を握られた。 「……お願い。彼の、番場の、誇りを奪わないで。私は、三上は、同じ辛酸を舐めた一族として、番場の苦しみも誇りもわかっているの。だからこそ、彼らを止めたかったし、救いたかった」 だからこそ、三上は番場を救いたい。世界を呪うのではなく、正しい教えに帰依し、救済の道を……と、説きたい。 しかし番場は、苦しんだ思いを、先祖を捨てるかのような三上を恨んだ。冷血だと罵った。 「……今は、そんな思いも、皆忘れちゃって、お互い敵なんだって思っている。それを……何とかしたくて私達は愛しあい、子供を成した。うまく、いかなかったし、あなた達に助けも求めてしまった……弱い私達だけど。どうか、その櫃は勘弁して」 真摯に、必死に、夫の容赦を嘆願する沙由に、まおは力を抜く。 「……まおは、てっきり、吉希様は沙由様を異教徒だと思っていると……」 愛しあい尊重しあう二人に、まおはどうしていいかわからない。 いざとなれば、きっと沙由は吉希を庇うだろう。それだけは、抑えなければと思うだけだ。 「櫃は開けません。未来永劫開けません。だから、この櫃は無害なんです。ただ、我々の先祖が、苦しみながらも貫いた信念を子々孫々に伝えるためだけに、この櫃は、持っておきたい」 家を大事に思うがあまりに結ばれた二人へ、愛か家かを選ばせるのは難しい。 廃屋に沈黙が満たされる。 その時、ふいに、 「沙由は、今何ヶ月? 動くのも辛そうだけど。名前は決めたのか?」 と杏樹の優しい声が響いた。 「四ヶ月です……。名前は……まだ」 赤ん坊の話をするときは、沙由の顔は穏やかだ。 杏樹はことさら優しく頷いた。 「そうか。家とか教えとか、守りたい大事なものはいっぱいだろうけど、その子を守ってやれるのは二人だけだってことを忘れるなよ」 ハッと沙由が吉希の顔を仰ぎ見る。吉希の顔も険しくなった。 二人が考えることは同じ。 ――今、家に戻れば、この子は……。 「親になるんだろう。何を選んでも、命預かる覚悟は決めろよ」 杏樹は、あえて突き放すように告げた。 その時、不意に外が騒がしくなる。 体をこわばらせる沙由を庇うように杏樹は立つと、魔銃を握る。 「あたし、見てくる!」 キリエは、音の静かな方の窓から飛び出していく。まおも続いた。 リリは正面から打って出ようと足を踏み出しかけ――ふと思いついたように、烏から受け取った包みを吉希に握らせた。 「……これは、賭けですが。乗りますか?」 ●Imple superna gratia,quae tu creasti pectora 時は少し前後。 がさがさと集まってくる気配に、鷲祐は眉をひそめた。 「……殺させはしない。無垢の命の為に」 快が真剣な声で二人に忠告する。 「司馬さん、晦さん、判ってるね。殺しちゃダメだよ」 「へいへい、難しいねぇ。情け容赦なく、なおかつオーバーダメージはNGっと」 烏はまずはとばかりに、銃口を追手の一団に向けた。 「少し、頭ぁ冷やそうか!」 無数の弾雨。 同時に、鷲祐が跳ぶ。樹を踏み台に、若い男へ斬撃を浴びせた。 「何奴だ。我らの家の事情だ、そこをどけ」 壮年の男性が尖った八重歯を見せながら、叫んでくる。番場隆文だ。 「アークか? あんたたちには関係ないはずだ。その家に姉と番場の当主がいるんだろ!」 三上英吾であろう若い男が反対側から怒鳴った。 「なんじゃ、三上のに行き会うたぞえ。ここで会ったが百年目かや」 番場キノヱがヒャヒャと笑うので、 「しわくちゃババアめ。やるつもりならやるわよ!」 三上ほのかが噛み付き返す。 「ほのか落ち着け、今はそれどころじゃない。まずは不要な第三者にお暇願わねば」 娘の暴走を礼司が宥める。 その間に、廃屋に居たキリエやまおが、三上と番場に対峙する。 鷲祐に、まだ動くな、と目と手で指示され、おとなしく二人の少女は待った。 「関係ないことはないんだ!」 快が場を落ち着かせようと、声を張った。 「ここはご両家の里じゃない。一般人も立ち入るかもしれない場所だ。そこで神秘を使った闘争をするのが明白なら、俺達は止めなくてはいけない……リベリスタとしてね」 快と英吾、そして隆文の視線がバチバチと火花を散らす。 しかし、両家の注目はアークに向けられた。今が機とばかりに、快は続けた。 「ご両家とも、信仰よりも家の名誉の為に来てるんだろ。違うか? これ以上面子の為に無駄な争いを起こすなら、アークは両家を神秘事件を引き起こすフィクサード集団として対処する事になる。現場判断でね」 アークの名前は、業績は、彼らも知っていた。 三上と番場が相談するかのように視線を交わす。 「……分かった。ここで戦闘は行わない。だから、引き渡してくれないか」 礼司が宥めすかすような笑みを浮かべ、手を広げてみせる。 「引き渡した後どうするつもりだ」 鷲祐が問う。 「そこから先は、それこそお前たちには関係ないだろう」 英吾が一蹴する。 「……司馬ちゃん、あいつら、殺すつもりだよ」 キリエがムゥと眉を寄せて、囁く。 「分かってる」 鷲祐も囁きで返した。 「なるほどね、それは一理ある。……ところで、もっと簡単な提案なのだけれど」 快は礼司と同じような笑みで、提示してみた。 「両家の側からあの二人を絶縁すればいい。 家のモノで無かった事にしてしまえば、面倒事も消えるだろ」 ざわりと両家が揺れる。 「吉希は当主じゃぞえ。まんまと三上の売女にとられろと言うんか!」 ならん、ならん、まかりならんっとキノヱが喚き散らす。 それを聞き捨てならじ、と三上の面々が怒りを露わにする。 「ばーさんよぉ、カワイイ孫の幸せっつーのを考えようぜ」 烏が、どうでもよさそうに、半狂乱の老婆に言った。 「因縁や怨讐を全てを片付けるには時間もいるだろうさ。 だが、先ある者の幸せを妨げる理由にはなりはしない。 己等が過去を子供たちにまで背負わすな」 その時、 「もうやめてくれ」 と吉希と沙由がリリと杏樹に連れられて、廃屋から出てきた。 吉希に向けられる気糸から庇い、杏樹は冷たく言い放つ。 「意地とプライドで命を粗末にする気か? これ以上争うなら、身内争いで済ませる気はないが」 ●当来生天の結縁を仰ぎ奉る 「姉さん。帰ろう。上の人達に誠心誠意謝るんだ。僕も口添えする」 沙由に英吾が猫なで声をかける。 「何を謝れというの……」 沙由の問いかけに、ほのかが平然と答える。 「もちろん、そんな汚れた子供を孕まされてしまった失態をよ」 沙由の顔色が変わる。ぶるぶるっと瘧にかかったかのように首を振った。 「……ずっとやりとりを聞いていたよ。もう、俺達は番場にも三上にも、期待しない」 吉希が静かに言う。 「もともと同じオラショを唱えた仲だから、……分かり合えると思った俺達が愚かだったんだ。 もう、あんた達はどうしようもない。このままお互いを食い合って、末代まで血塗られた歴史を作っていくんだろう」 吉希は、暗い笑い声をあげると、櫃を取り出した。 番場も三上も息を呑む。 「い、いんへるの之櫃……!」 「何する気なの、兄ちゃん! それがどんなものかわかって……」 藍子が悲鳴を上げる。 「俺達を認めてくれ」 烏はチラリと吉希の突き出す櫃を見て、頭巾の中でニヤと笑った。 「お前らだって判ってるだろ。もう先など無いと、識っているだろ。 この世界はもう敵なんて無いのだと。 そして、変わるにはこの機会を逃したら後はないのだと」 そう烏は嘲笑うように言った。 「これが、俺の覚悟だ。沙由の覚悟だ。俺は……ばあちゃんに孫を抱かせたかったよ」 キノヱが泣き出す。 隆文はあわあわと口を開閉させるばかりだ。 「よしちゃん、バカなことすんなぁ!」 「いやだ、よしちゃん、死ぬんじゃねえ!」 洋一郎と幸次郎が絶叫する。 「やっ、やめなさいよっ! お姉、やめさせてよ! やめさせろぉおっ!!」 三上ミチルが泡を食って、沙由をどやしつける。 ミチルだけでなく三上家全員が、恐怖に狂いそうな顔で固まっている。 しかし沙由の表情は、凪の海のように穏やかだ。 「ごめんね、ミチル。でも一緒でしょ。番場と戦って死ぬのも、今、櫃で死ぬのも」 「……死ななくて済む方法はひとつだと、まおは考えます。それは、三上様も番場様も同じ神様を信じる仲間だと信じることだと、まおは思います」 ヒィと悲鳴が両家から漏れる中、まおは告げる。 「もうええ、吉希。ばっちゃんが悪かった! もうわかったから! お前が死ぬことはないんじゃ!」 「姉さん死ぬなぁああっ!!!」 両家の代表者の叫びも虚しく、櫃は開かれた。 断末魔もかくやという絶叫が迸ったが……。 吉希は死なず、エレンジャを喰らう闇も出てこなかった。 「やっぱり、ご両家ともにお二人には死んでほしくなかったんですね」 リリは笑顔で、呆然とする両家に種明かしをする。 「レプリカです。烏さんが作ってくださいました。なかなかうまく出来ていたでしょう」 「人間、追い詰められた時に本心が出る。プライドよりも人命だと両家の意見が一致したなら、あとは里で思う存分話しあうべきだ」 快も穏やかに言って聞かせる。 脱力した両家は、戦意を喪失し、ただカクカクと頷く。 「ただし、本物の櫃はしばらくアークで接収させてもらう」 快が、本当のいんへるの之櫃をリリから受け取ろうとすると、 「やめろ! それは番場の家宝だ」 と番場家から抗議が噴き上がったのと同時に、 「番場の何をも知らんのに、勝手なことをするな!」 三上家からも抗議が呈される。 えっという空気が両家の間で流れ、まおはクスリと笑う。 (この調子なら、仲直りするのも早そうですね。とまおは感じました) 快は、苦笑しながら告げた。 「一時預かりです。両家が騒ぎを起こさない等の改善を見せるなら後日返還交渉に応じますよ」 「神である主を愛し、これと同じように隣人を自分のように愛しなさい……。 ま、元に立ち返れました、シャンシャン! ってことで」 暴れ足りないと、首をコキコキ鳴らしながら烏は帰路につく。 リリは微笑んだ。 「根幹の神様への愛が同じなら、形に拘り過ぎる必要は何処にもありません」 だから、祈る。 今日の祈りは、リリにしては平和だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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