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<直刃>カンパネラに酔い痴れて

●幸福創造論理
 それで――と、相槌を打った女の指先でチェスの駒が遊ばれる。
 彼女のほっそりとした指先に握られたルークは宙を彷徨った。
「凪様は面白いお方ですことね。わざわざ倫敦まで死体のお出迎えだなんて」
「カンパネッラ嬢は相変わらず手厳しい。イナミ、どうやら彼女は不機嫌の様だよ」
 彼女に向かい合いながら頬杖をついていた男は女の緩く巻かれた金髪を見つめている。
 男――凪聖四郎の背後に立っていた継澤イナミは令嬢の様子を只、黙って見つめている様だった。
「……それで、傷心気味だと義兄殿がお噂をしておりましたのでわたくし、わざわざ見に来ましたの。
 大事なお姫様だけでなく、貴方に片恋慕なさっていたお嬢さん……何と言ったかしら、ほら、緋一文の」
「カンパネッラ様、神埼が……神埼紅香何か?」
「ああ、そう、ベニカ。彼女も亡くなったと聞きましたわ。つくづく身の回りの女へ破滅を齎しますのね」
 茶化す様に続けるカンパネッラにイナミは唇を引き結ぶ。
 歪夜の使徒であるモリアーティ教授とアークの動乱に乗じて、恋人である六道紫杏を迎えに行ったのはイナミの記憶にも新しい。
 自身が作り上げた私兵である『直刃』の面々を引き連れて、恋人を迎えに行った凪を慕っていた女がいた事はイナミも聞いた事があった。大方、噂好きの女が「アレは恋ですヨーゥ!」などとハイテンションで言っていた物だから信じてはいなかったのだが――
 成程、とイナミは一人で納得する。わざわざ倫敦まで付いてきたのは恋い慕う相手の為だったか。
「神埼は四国の動乱で?」
「あら、ご存じなかったの? 帰って来なくっても気になさらないだなんて……戦果を貴方に捧げに来る予定だったそうなのに」
 酷い男だとカンパネッラは吐き出した。彼女の指先では未だにルークが彷徨い続けている。
 神埼紅香という女は裏野部――否、その時は組織は壊滅し『賊軍』と呼ばれた彼等が四国を牛耳っていた際、アークや黄泉ヶ辻を除く他派閥らに混ざり、聖四郎が為に戦いに赴いていたのだそうだ。
「初耳だな」
「あら、まあ。ツレない殿方の何処が宜しかったのかしら。育ちがよろしいと鈍感になられるの?
『精鋭を連れていって女一人を護れないとは聖四郎も雑魚の一匹に過ぎない』とね。
 貴方様の義兄殿は中々に面白いこと。是非ともワイドショーのコメンテーターにでもなって頂きたいものですわね」
「それはそうだな。だけど義兄のことを鵜呑みにしないでくれないか?
 如何したものかな。執着心というものは往々にして人間を駄目にすると思っていたんだが……」
 瞬き一つ、ルークがチェス盤の上に置かれる。
 カンパネッラの満月の様な瞳に翳りが映り込み、楽しげに細められる。
「俺はどうやら彼女の死を重大な物だとは思っていない様でね。ああ、死んだのは残念だ。
 だが――……残念だ、というだけで、今は『退屈』しているよ」
「うふふ、傷心と聞いておりましたのに……『元気そうで何より』ですわね?」
 皮肉を言う様に告げる女は好都合だと言う様に聖四郎へとしっかり向き直る。

「継澤嬢も聞いて下さる? 凪様もとても喜んで下さると思いますわ。暇潰しにはうってつけ!
 先ずは一つ、可愛い『玩具』を壊しに行きません事? カンパネッラは楽しみで仕方がありませんの」

●00:00:01
「最近、直刃に所属した『ならず少女』カンパネッラ。古くは逆凪――いえ、特に凪家と信仰がある老女でフリーのフィクサードだったと聞くわ」
 世恋がモニターに映し出したのは逆凪黒覇の異母弟であり、逆凪分家の『凪』の男、凪聖四郎だった。
「直刃――逆凪配下にある派閥の一つで、凪聖四郎が組織した所謂彼の私兵ね。実際どこまでが『逆凪に忠実』であるのかは分からないけど……――の新たな動きを観測したわ。
 このカンパネッラを中心に直刃は三高平に程近い都市での爆破計画を行うらしいの。
 この計画はまだ未然に防げるわ。狙われているのは都市近郊から伸びている路線。
 電車の爆破計画といった所かしら。判っている事は資料にまとめてあるわ。
 ……ああ、そうね。一つだけ。カンパネッラの『お遊戯』を受け入れてGOサインを出したのは聖四郎よ。
 ある意味でこの事件には二人の主導者が居る。一人はカンパネッラ、もう一人は、」
 言わなくても分かるわよね、と口を噤み世恋は「おイタが過ぎる女だわ」と呆れを吐きだす。
 何を考えての行動か。簡単に言えば彼も『フィクサード』だとでも言う事だろうか。
 鉄道の破壊など、彼の義兄に言わせれば「我が社の損益に繋がる」可能性だってあるのだ。凪聖四郎が遊びでカンパネッラの提案に乗ったのか、それとも。
「『どうしてするの?』なんて本人に聞けば一番なんでしょうけれどね。
 残念ながら、彼等は友人でなければ話しの判る相手じゃない。まあ、時と場合によるのでしょうけど。
 それも気になるけれど真っ先に今、私達がやるべき、救うべきは――……」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年04月24日(木)23:04
こんにちは、椿です。せかんどしーずん。

●成功条件
 ・アーティファクトの爆発阻止
   及び、駅構内での戦闘勃発時は出来得る限りの被害の拡大阻止

●場所情報
 都市近郊。三つの路線が入り組んだ大きめの駅です。
 乗客も多く、一般人を避ける等は難しくなります。
 駅の何処かに『時雨の冠』が存在し、その周辺1~2m範囲には『時雨の胤』が置かれています。
 フィクサードは周囲の乗客に紛れて行動。『カンパネッラ』以外は不必要な殺戮は行いませんが状況次第ではその行動も厭わないでしょう。

 天候は曇り。ダイヤに遅れや不順は無く通常の運転を行っています。
 時刻は夕方。帰宅のピークタイムであり、乗り換え地点として利用する乗客も多いようです。

●直刃
 凪聖四郎が己の指揮の元で統制している派閥です。その大半が逆凪の社員(フィクサード)であり、一部は他派閥やフリーのフィクサードで構成されているようです。

・『ならず少女』カンパネッラ
 ヴァンパイア×ナイトクリーク。その他一般スキル非戦スキル所有。
 金色の髪に小さなヘッドドレスを乗せたゴシックロリータを纏った童女。実年齢は80かそこらであり、古くから凪家との親交があったそうです。
 性格は皮肉屋でいまいち本性が掴みにくいですが凪からすると『理想的なビジネスの相手』だと言われており、決して頭が悪い訳ではないようです。
 現在は凪の許に居ますが状況が悪くなれば彼の事を売る位の事は簡単にしてのけます。
 ・アーティファクト『幸福創造論理』
 ・EX:アムネシア(神遠範:不運、混乱、致命)

・誰花 トオコ
 メタルフレーム×覇界闘士。その他一般スキル非戦スキル有。
 情報通であり、凪の事を面白く思うが為に直刃に所属して居ます。
 誰に対しても友好的であり、人との対話が有意義であると感じます。逆凪に所属しておりながら剣林に近い思考を持ち、実力者にはある程度好感を持つようです。
 凪聖四郎と連絡を取る為のアーティファクト『紫苑のチョーカー』を所有。
 ・EX:翠雨符(神遠範)

・竜潜拓馬
 フライエンジェ×ソードミラージュ。速度がかなり高く、直刃の面々の中でも群を抜いています。
 元傭兵であり、聖四郎の事を好ましく思っているようです。

・直刃×10
 直刃に所属するフィクサード。種族ジョブ雑多。

 また、凪聖四郎とその側近である継澤イナミは駅近くの何処かから様子を伺っている事が判明。
 何らかの方法で彼等に呼び掛ける等を行えばコンタクトが取れるかもしれません。

●アーティファクト『時雨の冠』
 小型の爆弾であり、カンパネッラの用意したアーティファクトです。
 形状は少し大きめの水晶玉。持ち運びは可能。
 制限時間が存在し、戦闘開始から20Tの時点でこのアーティファクトは爆発し、周囲に存在する『時雨の胤』に誘発し爆発が広まっていきます。
 時雨の冠は『駅構内の何処か』に設置されており、時雨の胤(小さなビー玉の様なもの)は周辺至る所に存在して居ます。
 外部装甲が非常に硬く、自身の爆発前3~4Tに装甲が外れ、内部部品が露出します。何らかの攻撃で壊れ場合は爆発せず、其の侭装置は沈黙する模様。
 アーティファクトの作動解除装置を直刃のメンバーの何れかが所有しています。

どうぞ、よろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ナイトバロン覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ハイジーニアスクリミナルスタア
エナーシア・ガトリング(BNE000422)
ハイジーニアスデュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
アークエンジェマグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
ハイジーニアスクリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
ノワールオルールホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
ハイジーニアスデュランダル
ノエル・ファイニング(BNE003301)
ナイトバロン覇界闘士
喜多川・旭(BNE004015)
ナイトバロンクリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)


 携帯電話を握りしめ、階段を下りる女生徒の鞄がゴシックロリータファッションの少女の肩へと当たる。
 慌てて振り向いた女生徒の目の前で、少女は瞬きを繰り返し、小さく笑った。
「構いません事よ」
 流暢な日本語で話した少女に女生徒は明るい笑顔を浮かべ謝罪を述べた後、ほっとした様に友人の許へと向かって行った。
 ビスク・ドールを思わせる端正な顔立ちをした少女は薄汚れた駅のホームには似合わない。黒手袋で包まれたほっそりとした指先が錆色をしたベンチをなぞる。
 市販のホットココアを手に、春の柔らかな陽気を受ける少女の姿は正に異質だ。ベンチに座った彼女は入れ替わる人の群れを見詰めて小さく笑っていた。
「日常は尊く、手に入れるのは苦労が付き物ですわ。嗚呼、それなのに、失うのは一瞬……。
 何と儚いのかと。『日常』に固執するなど、何と……何と、無様なのかしら、とわたくしは思いますのよ」
 小さく、独り言を漏らす少女は立ち上がる。ワンピースの裾から零れるフリルは成程、造りが細かい事が遠目から見ても良く分かる。
「お人が悪い」
 というのは誰の言葉であろうか。絶えず鳴り続ける構内放送は警鐘の様だと誰花トオコは感じていた。
 彼女は踏切の音が嫌いだ。あの警鐘の音は危険を知らせる為だとは言え絶えず鳴り響き、頭を揺さぶる感覚がするからだ。
 駅の中を歩く彼女の眼が、駅へと足を踏み入れた女学生の方を向いて小さく細められた。


 都市近郊のハブとなる駅は夕方という事もあって混雑している。帰宅のピークタイムであるからだろうか、学生服姿の少年少女やA4サイズの紙が入りそうな少し大きめの鞄を背負った学生の姿が見える。スーツ姿のサラリーマン等も何処か疲れた顔をしながら駅の中を闊歩していた。
「ええ、今のところは――」
 三高平学園高等部の可愛らしい制服に身を包み、学生服姿でゆるゆると歩いている『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の視線がちらり、と駅の入口へと向けられる。
 改札口を挟んだ位置に居る『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は「OKだよ!」とまるで友人と電話をするように幻想纏いに語りかけている。
 駅構内に潜入したリベリスタ本隊から離れた位置に居るエナーシアは普通の女子高生といった仕草を見せて、髪を指先で弄って居る。
 エナーシアを視界に捉えた『現の月』風宮 悠月(BNE001450)は駅構内を確認する様に目を凝らす。千里眼を駆使した悠月の視界に映るのは目立つゴシックロリータ服の少女の姿だ。ふんわりとした黒いロリータファッションは独特の存在感を放っている。
 駅のホームに立つ少女の少し離れた位置にスーツ姿の『直刃』の誰花トオコの姿を確認し悠月は考え込むように唇へと指を添えた。
「ふむ……、ある程度の位置は解りますが――如何せん人が多く、動かれると紛れられる可能性は有り得るかもしれませんね」
 小さく呟く悠月の声に頷いた『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の指先がスマートフォンの画面をなぞる。現場となる駅の構内図を検索し、インターネット上で出したが改札口から見える範囲からすれば余りに広く感じる。駅のホームに繋がる階段は改札からは先が見えず、何かの罠が張り巡らせている様にも感じるのは敵が仕掛けたゲームの卓上に足を踏み入れたからであろうか。
「……行ってらっしゃい」
 小さく呟き、ふわりと浮きあがった白鴉。駅の構内を少しばかり騒がしい羽音を立てて頭上を飛んでいく白鴉に氷璃は目を伏せて、周辺の索敵を念入りに行っていく。
 途中、駅を歩む人々が顔を上げ、鳥が入り込んでいるだとか告げる声に面倒なゲームのステージだと氷璃は小さな溜め息をついた。
「目に見えるトラップ程厄介なものは無いわ。勿論、トラップを掻い潜るのがわたくし達の仕事でしょうけれど……」
 囁く様に告げた『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)の指したトラップは通常の罠ではない。
 正義という理念を掲げるリベリスタ達にとってある意味の脅威たる存在こそがトラップなのだ。駅に存在する一般人達は何かしらの目的が在る。帰宅の途中経由点、何処かへ出かける、はたまた、誰かしらの迎えに来た……様々な理由を抱えた一般人達がこの場所には跋扈しているのだ。
「『だからこそ』でしょうけれど」
 ティアリアが歯噛みしたのは無用な犠牲を避けるには余りにも向かないシチュエーションであると言う事だ。この場所の一般人達を排除する術を持ち合わせない彼女にとって、斯様なトラップはどの様に動作するか――少なくとも正義感を強く持つ夏栖斗にとっては戦闘行動を行う弊害でしかないのだろう。
「だからこそ……と言っても、彼等は『裏野部』じゃない。こんなの、らしくない」
 夏栖斗の吐き出す言葉にティアリアは目を伏せる。日本主流七派の中でも過激派として知られる『裏野部』ならまだしも、この現場(ステージ)の首謀者は『逆凪』だ。全てを含む伏魔殿たる派閥である逆凪に裏野部に似通った思考を持つ者が居てもおかしくはないが……。
「こんなの、『凪聖四郎』らしくない」
 ――それが逆凪首領、逆凪黒覇の異母弟である凪聖四郎だと言われれば腑に落ちない。
 今迄、アークは彼と、彼が率いる『直刃』との共同戦線を二度程張った事が在る。一度は、六道羅刹の妹、六道紫杏の研究所へアークが襲撃を行う際。歪夜の使徒、ジェームズ・モリアーティの率いる『倫敦の蜘蛛の巣』の足止めを行うために両者共に利用すると言う形で共同戦線を張ったのだ。
 そして二度目は――
「……しあんさんが、いなくなっちゃって、変わったのかな……」
 アークとスコットランド・ヤードが共同戦線を組み、倫敦の蜘蛛の巣とモリアーティを撃破する作戦の際、アークの前に立ちはだかった六道紫杏の許へと迎えに行くとアークへと凪聖四郎が協力を申し込んだ時だ。
 耳を澄ませる『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)の優れた聴覚にその答えは入らない。何処かしらから聖四郎がこの駅を見ている事を旭は知っている。知っているからこそ――問わずには居られない。
 旭の言う通り『六道紫杏はいない』。アークのリベリスタ達の手によって、完璧に固執した兇姫は命を落とす事になった。そして、手を取り合ったリベリスタ達に送り出された聖四郎は、死体となった紫杏の姿を見つけたのだった。
「やれやれ、困ったもんだね。あの若大将は時折、癇癪というかやけを起こすよな」
 肩を竦めた『足らずの』晦 烏(BNE002858)の言葉に旭は何処か困った様に小さく笑みを零す。
 素直に頷けないと言った表情を見せたのは悠月であったか。これが六道紫杏を喪ったショックから来ているものであるか、否か――
 氷璃の怜悧な色を秘めた瞳はゆっくりと細められ、「『お遊戯』ね……」と囁いた。
 確かに一見すれば、大量虐殺の為のテロ行為とも取れるが、それをあの男、凪聖四郎が行っているのかどうかというのは疑問の胤であった。
 その疑問は自分が敵(せいしろう)に対してどの様な感情を抱いているのかにも及ぶ。その様な事を考えるのは『墓堀』ランディ・益母(BNE001403)らしからぬのかもしれないが、それでも腑に落ちぬ以上は苛立ちを拭えやしない。
「スッキリしねぇ……」
「うん、スッキリしないよねぇ……」
 相槌を打った旭は僅かでも手がかりを探す様にと耳を澄ませる。同じく、周囲の音を拾う烏の耳が拾った女子高生の「彼氏がね、マジやばいのー」といった他愛のない言葉も『恋人を喪った男の話』に直結してしまう気がして、気分が悪い。
 無論、釈然としないのは『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)も同じだ。己の『世界』(せいぎ)に触れる訳ではないが、それでも、彼の行為に何らかの意味が在る可能性を拭えずにいる。
「彼の事ですから、愉快犯になり果てた……というわけではないでしょうけれど」
「凪聖四郎を俺は余り知らないが――……」
 果たして、と囁く『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)の声に宿った疑問のいろ。誰もが応えられずに口を噤み、作戦行動に入らんと其々が動きだす。


 退屈は人を殺すと言う。忙殺という言葉が在る様に、忙しさも殺すのでは安寧等訪れないではないか、というのが専らの感想であろうか。
 酷く退屈して居るという男に持ちかけたお遊びに『ならず少女』カンパネッラは心の底からの興奮を覚えていた。彼女の性質は『裏野部』に似ている様で何処か違う、並はずれた嗜虐性に、ズレた美的センスは敢えて七派に当て嵌めるならば『黄泉ヶ辻』に近いだろう。
 仕掛けた『時雨の冠』。転がる『時雨の胤』がサラリーマンの靴に蹴られ、ころころと転がっていく。
 カツン、と小さく響く音は人の多過ぎる空間では他愛もない雨音の様に感じられ、耳を凝らし、血眼になって己と、己の仕掛けた装置を探しているであろうリベリスタの事を思えば思うほどに鼓動は激しく高まっていく。
「わたくしのこと、見つけて下さるかしら?」
 囁きに、誰ぞが顔を上げる。

 は、と顔を上げた旭は周囲を見回した。何処からか聞こえた少女の囁きは明らかに己らへ向けられたものではなかろうか。
 同じくその声をキャッチした烏が歩み出し、駅員や乗客の声を拾い集めながら進んでいく。
「水晶玉が落ちていて」「誰かの忘れ物でしょうか」「ビー玉が転がってたんだけど、あれ、危なくない?」「踏んでホームから落ちたら如何するんだろねー」「水晶玉? え、そんなのあったっけ?」「あったよ、ほら――」
 一般人達の噂話は真実に近付ける手がかりになるだろう。忙しなく過ぎていくタイムリミットの中、拾い上げた音声に、懸命に推理しながらその在り処を探していく。
 それは謎ときを求める脱出ゲームの様に理不尽な答えを求められている気持ちになり、煙草の火を消した烏はやれやれと肩を竦める。
「ねえ、あのこ、可愛かったねえ」「えー? どの子?」「ほら、6番線のホームに居たゴスロリの子! 外人かなあ? 肩ぶつかっちゃったんだけど、日本語で構いませんよって言ってくれて」「へーっ、そんな子居たんだ!」
 ――掴んだ、と感じた。
 頷いたノエルが走り出す。続く夏栖斗もポケットに仕舞いこんだタイマーを気にしながら走り出した。
 アーティファクトの位置特定は難しい。それよりも一番に特定し易いのはそのアーティファクトを仕掛けたフィクサードの方だ。ブロンドの髪に、ゴシックロリータファッションで駅の中をつぶさに歩きまわって居ては目立たない筈もない。ましてや、その特徴を持った人間など『今、この場所に複数人存在する可能性』は低いのだから。
「ええ、先程は5番線に居ましたし移動時間としても妥当、カンパネッラで間違いないでしょう」
 駅全体を見通して居た悠月の言葉にランディは小さく頷いた。ホームに滑り込む列車の影響か、階段を下りる人の影は多い。
 カンパネッラの選んだステージは一番一般人の数が多いホームだ。都市同士を結ぶ路線と言うのはその沿線部分がベッドタウンになりえる可能性もある。何かを破裂させるにも丁度良いと考えるのが妥当であろうか。
 階段の段差を幾つか飛ばしながら跳ね上がるランディに続き、周囲の音を確認する烏はぴたり、と足を止める。無論、それはホームに向かわんとしていたリベリスタ達も同じであろう。
「やや、奇遇ですねえ。今日は何処まで? ショッピングにでも行かれるんですかネ!
 リベリスタ稼業は羨ましい! 仕事仕事の毎日の誰花さんは疲れちゃいますヨー」
「相変わらず誰花君はお疲れさんだ」
 へらりと笑った誰花トオコを視認し、彼女の背をすり抜けんとするランディの足を彼女は止める。赤いルージュがやけに印象的な彼女は瞬きを繰り返しながら小さく唇を歪めた。
「何処に行かれるんで?」
「上へだ、無用な闘いなんざしてる暇はねぇ。邪魔すんな」
 短く応えるランディ。走り上がろうとするノエルの前に立ちはだかった竜潜拓馬は何処か緊張した様な面立ちで立っている。
 多数存在する一般人の群れはある意味で敵側からすれば好都合だ。上へ通したくないリベリスタ達を遮る肉壁になって居るのだから。
 その中でも、端を通り、一般人に紛れる様に歩いていくエナーシアは高校の制服のお陰か、リベリスタ本陣からは離れていたからか悠々と階段を上っていく。
 階段の下、駅員室の方から駅員を連れてきた伊吹は「線路に水晶玉が落ちている」と危険物の報せを持って一般人の排除へと向かった。
「失礼、通して下さい。失礼……」
 告げながら歩いていく駅員に続く伊吹が視線を送る。階下で危険物の存在を口にしながら「こっちです!」と告げる旭の誘導に首を傾げながらホームに残って居た乗客たちは降りて行く。
 そう、単純な話だ。『電車を止めてしまえば』良いのだ。
 電車が止まればそのホームには誰も来ない。詰まる所、何らかの作用で電車を止めればカンパネッラが狙った『大量の乗客を乗せた電車がホームに滑り込む頃に爆破作用を起こす』事を不可能とさせるのだ。
「誰花嬢、もう宜しくてよ? さあ、此方にいらっしゃいな」
 何処か不機嫌そうな表情をしたゴシックロリータ服の少女が階段の最上段に腰かけて小さく笑う。
 彼女の後頭部にペイロードライフルを向けたままエナーシア・ガトリング(いっぱんじんのしょうじょ)は小さく首を傾げて嗤った。
「お誘いに感謝するのです。直刃の皆さんも取引相手位選んだほうが良いと思うのだわ」


 銃を見詰め、一般人達が慌てて逃げ始める。タイム・リミットは存在して居る、なればこそ――
「こーりねーさん!」
「ええ、『お遊戯』に付き合っている暇なんてないもの」
 ふわ、と浮かび上がった氷璃の視線が階段上に向けられる。鳴き声をあげながら先行する白鴉が水晶玉の位置を探す中、耳を澄ませる旭や烏の掴む追加情報を併せ持っていく。
「例えば、爆弾を仕掛けるならば色々考えようが在るわ。
 私が仕掛けるならコインロッカー……或いは、鞄に入れて待合室に置くけれど」
「ダミーとしては一番良いとは想われないかしら? 例えば、同じような水晶玉を準備致しますの」
 小さく笑みを浮かべたカンパネッラが一手下がる。威嚇を行う様に弾きだされた弾丸に少女のかんばせを歪ませてリベリスタを見下ろすカンパネッラの位置は階段上部。
 手指からコードを伸ばし階段を下がっていく一般人の体を切り刻む姿は正に虐殺者だ。唇を歪め、恍惚の笑みを浮かべたカンパネッラを目にし、恐怖に慄きながら足を震わせて女生徒が階段を走り下りていく。
 未だ慌てて逃げようとする女学生の手を掴んだカンパネッラに小さく歯噛みした伊吹が階下から地面を蹴り、一般人に当たらぬ位置を探す様に勘を働かせ乾坤圏を投げる。
 予想だにしない所から飛ぶ輪にカンパネッラが一手下がる。視線を向ける直刃の面々は彼女の様子に何処か余裕を浮かべている。
「あら、この娘さん、階段から落ちてしまいそう?」
 小さく笑んだカンパネッラが女学生の背をとん、と押せば、少女は悲鳴を押し殺す様に声を詰まらせて、一気に体勢を崩していく。
「危ないっ!」
 階下からマイナスイオンを発して居た旭の声が構内に木霊し、彼女が地面を蹴るが、間に合わない。
 大きな新緑を思わせる眸に揺らいだ不安。真っ直ぐに伸ばした指先は階段から転がり落ちそうな少女を受け止めようと精一杯に伸ばされるが、少女の短い細腕では余りにその距離が短い物に思える。
「おっと? 駄目だよ、スタントさんでもこんな落ち方したら危険だってば……。
 あーあー、これは特撮の撮影でーす! 気を付けてくださーい!」
 咄嗟に体を滑り込ませ少女の体を受けとめた夏栖斗は付け焼刃だろうと言いながらこの現場のフォローを入れる。野次馬が出来る前に、と旭と伊吹が階下で人避けを行っていてもその手は余り足りてはいないのであろう。
 小さく笑んだカンパネッラの視線は落ちて行った少女と夏栖斗に向けられている。階上から見下ろす直刃の面々の視線がそちらとは真逆方向――丁度カンパネッラが視線を向けて居ない場所へと向けられて、小さく笑った。
 足場の不安定を気にとめない様に靴底で一気に地面を蹴ったノエルがConvictioを死角から一気に突き刺さんとする。永い銀髪が揺れ、一瞬で視界がそちらに向いた所をランディが彼女の体を斬りつける。
「聖四郎が何をどうしたいのか、お前の下らねぇ『お遊び』とやらに付き合わされてるだけなのか。
 お前の所為だってなら、ここでお前をどうにかしてスッキリさせて貰おうじゃねぇか」
「まあ、わたくし、積極的な殿方は嫌いじゃなくってよ?」
 とん、と地面を蹴ったカンパネッラがノエルの槍を受けとめる。体を打ち付けたまま、酷くふら付いた調子で起きあがった彼女が首を傾げ『操り人形』の様に体をくねらせる。気色の悪い風景にトオコが両手を叩き合せながら大笑いを見せている。
 ――なんて、『不思議』……。
 銀の円環の護符を手に、目を凝らしながら氷璃の白鴉と共に爆弾の位置を探す悠月にとって、一番の『謎』が目の前に合った。
『碌でもない手合い(かんぱねっら)』と付き合いが在る事はこの際如何でも良い。彼だってフィクサードだ。しかして、その意図が那辺にあるかもこの際は指して重要でもないように思えている。
 カンパネッラが何をしたいのか――それこそが一番の問題であるように感じてならないのだ。
「……素敵な眸をしてなさるのね? 『現の月』のお嬢さん。
 それにわたくしをふっ飛ばすだなんて『墓堀』様も噂通り――素敵ですわ」
「ご存知ですか。都合良く忘れてしまいそうな脳(わざ)をお持ちでしょうに」
 淡々と告げる悠月に、カンパネッラは両指を動かし小さく笑う。指先から伸びる糸はまぐれも無く彼女の得物であろう。
 地面を蹴って振るわれるソレを避ける様にノエルが一手下がる。掠める其れに肉を断たれ、小さく唇を歪めると同時、浮かび上がった氷璃は日傘を『くるり』と回し黒き鎖を生み出す。
 まるで濁流の様なソレに混ざり込む赤い血にカンパネッラが壊れた人形の様にけらけらと笑いだす。
(直刃のあの様子じゃ――憶測は『正解』だってことかしら?)
 蝶の飾りを身に付けた氷璃の目はカンパネッラやその背後に立っている直刃の面々に送られる。
「カンパネッラの『お遊戯』は兎も角、聖四郎は意図的に私達を呼び出しているわ。
 目的は、まだ推測の域を出ないけれど……。貴女の謀殺や、躾かしら?」
 皮肉を告げる様に唇を歪める氷璃に瞬いたカンパネッラが少女の美貌に一縷の悲しみを乗せて酷いわと唇で囁いた。
 彼女らが壁になっている駅のホームで氷璃の白鴉が何かを発見した様に小さく鳴く。咄嗟に反応したエナーシアがそちらへ足を向けんとする所を遮る様にトオコは滑り込みへらりと嗤う。
「こっちも仕事なんで、それ以上はちょっと、ネ?」
「そっくりそのままお返ししてあげるわ」
 銃を構えたエナーシアが体を反らせる。地面を踏みしめた夏栖斗が放つ蹴りがスーツの女の横面を狙う。赤いルージュが印象的な唇を歪めて、トオコが体を逸らせ、幸せそうに笑ったのを確認し、両手にトンファーを構えたまま夏栖斗はひらひらと腕を振った。
「どーも、ご機嫌麗しゅう。トオコちゃん。聖四郎も聞いてるんだろ? この様子を」
「ドーモ! 相変わらず男前ェじゃないですカ~。そんなにプリンスが好きですか? まさか恋――」
 へらりと茶化す様に告げるトオコの戦闘態勢を確認し、夏栖斗が向き合うと同時、階下では旭がとんと地面を蹴り少しばかりの移動を見せる。
「――不意打ちって、あんまり好きじゃないなあ?」
 彼女の許へと振り下ろされたナイフ。体を反らせる旭は一般人の誘導を終え階段を上らんとするが――カンパネッラ達と同じ様に動いては居なかった直刃の残りの面々がトオコの戦闘態勢を確認し顔を出したのであろう。
 陰気くさい黒のスーツを纏った男に肩を竦めた伊吹は優れた勘を使い、何とか不意打ちを避けることには叶っていたが如何せん、勘だけでは補えない物もある。傷けられた腕を庇う様に武器を構え、旭と背をとん、と合わせる。
「随分と『らしく』ないわね? 自分で義理堅いと口にした癖に……。
 部下の死を気にも留めないだなんて」
 翼を揺らした氷璃の言葉を耳にしたトオコが何処か温い笑みを浮かべている。『紫苑のチョーカー』を通して離す凪聖四郎の言葉は直接的には聞こえやしない。
 氷璃の言葉に小さく頷いた夏栖斗が地面を蹴り一気に肉薄する。彼女の往く手を遮る様に――彼女を越えて行けるように。
「覇界闘士(アンブレイカブル)は何処までも『正義の味方』を目指して居るとは聞いてましたけれど!」
 くすくすと嗤うカンパネッラの声に肩を竦めたトオコが猫の様な眸を細めて夏栖斗を見詰めている。
 背後に抜けたエナーシアが警戒を怠らぬ様に周囲を確認しながら氷璃を更に奥へと推し進める。
 白い鴉が呼ぶ方向はその声から特定できている。支援する様に烏が掛けた声に頷きながら氷璃の体は電車の滑り込む駅のホーム下へと真っ直ぐに飛び込んだ。
 耳に重なるブレーキの音を聞きながら水晶玉を抱き締めた氷璃の鼓動がやや高まる。
 夏栖斗の握りしめたタイマーの値が気になってならない。それでも、自分が手にしているうちは何処か遠くに持っていく事が――彼女は空を飛べる。宙での爆発を行う事も出来るのだから。
「……贋物? それとも――」
『水晶』を手にされた事に気付いた拓馬がトオコへと視線を送る、くい、と指先を揺らしたトオコが真っ直ぐに見据えた先には回復役として後衛に立っていたティアリアだ。
「おっと、流石に頭がいいね。おじさん、シビれちゃうよ」
 二五式・真改から撃ちだされた光弾に咄嗟に目を閉じた拓馬に重ねる様に烏は体を反転させる。階下の旭達と前線の面々の間に立っているティアリアにとって、挟撃状態の今は危険が付き物だ。
 前線に戦うノエルの補佐を行いながら周囲の警戒を行う悠月の眸も、未だ測りかねない何かと心の底から感じる違和感を拭えないのかその紫苑を揺らし続けている。
「やれやれ、誰花君。君の所の若大将は時折、癇癪というかやけを起こすよな。
 まるで子供の様だとね、いやあ……オジサンも歳を食ったかな?」
 肩を竦めた烏に追撃を掛ける様に階下の直刃の弾丸が飛ぶ。体を逸らし肩を竦める彼の隣をすり抜けてエナーシアの弾丸がばらばらに飛んでいく。
「退屈? 悪いわね。お楽しみはこれからだわ」
「『君たちなら、きっとそう言うと思っていたよ。『BlessOfFireArms』』」
 トオコの口調がガラリと変わる。お調子者の様に思えた彼女のハッキリとした声音にエナーシアが顔を上げる。
 しかし、意識をとられていては仕方がない。幸福そうに表情を歪めたカンパネッラの無差別な攻撃が切り裂きランディのプロテクターへと傷を付ける。グレイヴディガー・ドライを振り翳し、其の侭一手に振り翳したソレは、彼女を吹き飛ばす事で逃がさない様にと配慮したものだろう。
 ルーンシールドを張り巡らせた悠月の背後、槍を構えたノエルの視線がカンパネッラを射続ける。
 彼女にとって『ならず少女』はあまり興味の対象では無いのかもしれない。彼女が闘う理由は世界が為に。擦り減らした命を惜しむ事は無い。怜悧な瞳に移したのは彼女の世界に対する絶対悪への制裁の意思のみだ。
「わたくしの『正義』に貴女の存在は必要ない。故に、」
「死ね、と仰るのかしら? お嬢さん?」
 丸い瞳を向けるカンパネッラのコードがノエルの首に絡みつく。咄嗟に体を引くも、きりきりと音を立てたソレにノエルが目を開いた瞬間、魔術の力を腕に得た悠月の体が滑りこむ。
 ぷちぷちと音を立て千切れていくコードを見据え、背後で祈るように回復を施したティアリアが浅い息を付く。
「勿論。取引相手というのは選んだほうが良い物。形振り構わず、何て言うのはここぞの時だけに見せるから格好がつくものよね。
 これじゃ株価も大下落なのだわ。Princeさん?」
「ええ。簡単に手を離す輩など付き合うに値しない。貴女の術は差し詰め、記憶の混乱か何かを引き起こす術……という所ですか?
 健忘――短期的な記憶障害、記憶喪失。即ち、アムネシア。
 ……自分の提案した作戦で聖四郎を売るとか、まるで都合のいい物忘れですね」
 さらりと告げる悠月の言葉に瞬いて、エナーシアの声にトオコが肩を竦める。どこぞから見ていると言う聖四郎にも屋内の攻防は見えていないだろう。
 ただ、見えるとすれば屋外で水晶玉を抱きかかえた氷璃の姿であろう。
「ええ。例えばそちらの『運命狂』のお嬢様が抱えてらっしゃるものが本物であるかも忘れましたわ。
 わたくしは誰の味方で誰の敵なのでしょう? ねえ、凪様、ひょっとしてわたくしは貴方に、」
 どこぞへか向けて囁くカンパネッラの声を切り裂く様にランディの斧が鳴る。階段に亀裂を走らせ、振り翳されたソレに、カンパネッラに付き従っていた直刃のフィクサードが回復を行う様に目を細めた。

 ―――ピー……。


 時間制限というものは人を焦らす様な物で、どうしようもなく感じてしまう。
「こーりねーさん! 旭ちゃん!」
「ええ! 判ってる」
「うんっ、大丈夫、きっと――」
 あそこだ、と声を揃えたのは駅のホームのベンチ。ベンチの足の辺りに置かれた黒いカバンは何とも怪しさが溢れだして居る。
 烏と旭が聞き続けた駅内の会話。未だ、『特撮の撮影』といった嘘の様な話を噂話として伝達していく中でもランディが辛うじて張った結界が在る程度の効力を示して居たのか、戦闘場所には階下で闘う伊吹、旭、直刃陣営が見られる他は一般人の姿は見られない。
 階段の中央で、ハブの様な役割を果たして居た烏が肩を竦め、小さく笑う。
 駅は、人が多い場所は同時に『噂』が付きまとう。誰ぞかの噂が作り出す虚像もあれば、真実もそこには隠されている。ホームから転がり落ちた水晶玉と言うのが嘘だとすれば、目に見えない様に隠ぺいしようとする何らかの『ヒント』がどこかに在る筈だ。
 上段から転がり落ちる硝子玉を蹴飛ばして、烏が銃口へと意識を向ける。何時かの日奪った術(だんがん)の行方は未だ定まらぬ。
 軽口でもいい、直刃の攻撃の手を緩める事が出来るならば。それこそが、大きな一手になる筈なのだ。
「倫敦でも四国でも、そしてここでも人員を擦り減らすのはおじさんオススメ出来ないが。
 これ以上続けるなら容赦なく削りに入るが――」
「こっちもお仕事何でネ、そちらの可愛いお嬢さんのお守りなんて止めてパァーっと遊びたい所ですヨ」
 唇を歪めたトオコが一気に踏み込み、雷撃を纏った武舞を持って夏栖斗へと攻め込む。無論、押されるばかりではないと、炎を形成した拳で一気にトオコへと攻め立てる。
 中央で踊るカンパネッラの上空に揺らめく赤い月を打ち払う様にティアリアは鉄球を握りしめて回復行動へと移行して居る。
「わたくしは、この戦線を維持するのみよ……積極的に狙うなら狙って頂戴? それこそ、『抜け穴』を作るだけではないかしら?」
 形の良い唇を歪めるティアリアは自身の傷を癒しながら周辺の直刃フィクサードを見詰めている。挟撃状態は何分分が悪い。
 階下で攻撃を続ける旭は焔を纏った腕で殴りつけ、目の前の直刃のフィクサードの顔を見詰めた。スーツを纏った姿は何処からどう見ても普通の会社勤めの男だ。それでも、彼が『フィクサード』であるならば、此処で好き勝手させる訳にはいかない。
「どうして……こんなことに、なんの意味があるの……?」
 彼女が呼びよせるフィクサード達。自活し、自分自身を鼓舞する旭を補佐する様に伊吹は輪を握りしめ、周辺に放ちながらフィクサード達の動きを阻害していく。
 タイム・リミットがもう少し。カンパネッラは依然として回復を得れる状況である以上は劣勢で在る様にも見えない。
 それでも氷璃が抱きかかえたアーティファクトは紛れもなく本物だろう。壊さない限りは『氷璃ごと爆発する』しかない。
「所で、このまま200秒過ぎたら君達も爆発から逃げれないと思うんだけど……。
 僕らも痛い目はみるけど、君も相当な被害をうけると思うけどそれでもいいの?
 ――『起爆装置』を止めるなら今だよ」
 夏栖斗の言葉に肩を竦めて嗤ったカンパネッラは回復を受け、傷を癒されながら、痛覚を遮断でもしているのか血塗れで幸せそうに嗤っている。
 悪魔の様な存在に世界の敵であるとノエルの槍は狙いを定め、じっとカンパネッラを見詰めている。
「わたくし、光栄に思いますわ。別段如何でもよろしいの。
『この場所が爆発』しようが、『この場所で直刃の人員が擦り減らされよう』が……。
 凪様、言ったでしょう? わたくし、愛い『玩具』を壊しに来たんですのよ」
 段差を蹴り、一気にランディへと肉薄したカンパネッラのコードが彼に巻き付く。その拘束すら破る様に力を込め斧を振り翳した所へと、一気に前へと飛び出した拓馬のナイフが光りの飛沫を上げランディへと狙いを定める。 
 彼は博打を行っている。攻撃を行う時にその手から斧が滑る事もあり、強制的な失敗(ファンブル)という非常に稀有な失敗を身を以って体感し続けているのだ。得た傷をティアリアが癒し、彼女を狙う攻撃を全てエナーシアが受けとめる。
「ふうん? それで、貴女は何がしたいのかしら? その玩具っていうのは――」
「鋭い女は嫌いじゃなくってよ」
 丸い瞳を向けたティアリアの目が優しく細められる。嗜虐趣味を全開にした後衛の姫君を庇うエナーシアのアメジストもカンパネッラを見詰めている。
「『玩具』とやらに壊されるのは趣味じゃねぇか? お前が爆破解除装置を持ってるかどうか、ソレを先ず答えろ」
「ええ、わたくし、楽しい気持ちになれましたから、応えますわ。答えはYES。それで?」
 唇を歪めるカンパネッラの周囲にばら撒かれる弾丸。直刃陣営でも回復役を庇う流れの中、立ち回る烏の標的はホームから顔を出した氷璃が抱えた水晶玉に向いている。
「それを此方に渡せ」
「その交渉に応じる対価を、出来得るならば手短に。元から考えてきたのでしょう?」
「停戦と今回のお前の安全保障でどうだ。ただし、曖昧な回答をするならば即座にお前を殺してやる」
 斧を向けられたカンパネッラは破れた服の裾を摘み上げ、小さく笑う。
 戦闘の中で傷が深いのはカンパネッラ、そしてトオコであろうか。階下で闘うフィクサード達の中でも、旭に誘われ、伊吹の攻撃を受け続けるフィクサード達は満身創痍に見える。
 烏の言った『ここで戦力を擦り減らすこと』がどれ程、デメリットになってくるのか、今は解らないが――
「わたくしのこと、生かしてくれますの?」
「ああ、約束しよう」
 ランディの表情からは読み取れない。交渉中に攻撃を加える事無く見守って居るのは全員が一緒だろう。
 カンパネッラの表情がすっと消える。胸元から取り出した箱の様なものを足元に置きワンステップで跳ね上がる。
「わたくしに在るのは嗜虐性。貴方達『玩具』と遊びたくて遊びたくて堪りませんの。
 悪事を働けば正義(アーク)は絶対ここへ来るでしょう? わたくしの狙いはただのソレ。こんな駅なんて――」
 関係ないと唇を揺れ動かす。足元に転がったそれをつかみ上げた悠月が咄嗟に停止ボタンを押す。
 抱えていた氷璃が上空に水晶玉を投げれば、射ぬく様に烏の『告死の弾丸』はとぎすまされたその精度を真っ直ぐに撃ちこんだ。
「カンパネッラちゃん。逃げるの? 僕らと遊ぶんじゃないの?」
 じ、と見つめる夏栖斗の言葉にカンパネッラは肩を竦める。死にたくないと揺れ動く唇に落胆した様な目をしたのはリベリスタではなく誰花トオコの方だ。
「また、可愛がってくださいますこと? 次は――隠れてないで、出てきて下さいな」
 カンパネッラの言葉に身構えたのは悠月の背後で立ち回って居たノエルだろうか。傷を負い、肩を揺らす彼女を癒すティアリアもまた、傷を抑えてカンパネッラを見詰めている。
 少女が背を向け、氷璃の白い鴉を踏み躙る。小さな鳴き声と共に動かなくなる式に氷璃はじ、と見据えたまま小さく笑った。
「交渉があれば逃げるつもりだったのかしら? それとも、負けると思ったから?」
「わたくし、今死んでも一人の命も奪えないなら死に損ないじゃあありませんの。
 ――次ですわ。次も凪様と楽しいお話しをして、殺して差し上げますの、ねえ……?」
 カンパネッラの視線が向けられたのは駅の外。唇の端から零れる牙を見せながら、彼女は駅のホームに降り立って、到着した電車に滑り込む。
「ッ――……」
 ぎゅ、と拳を握りこんだ夏栖斗は己の心の中に浮かんだ怒りを抑え込む様に俯く。
 その場に残された直刃の面々はトオコの周りに集まり、リベリスタを見下ろして居た。
「凪聖四郎に伝えてはくれないか」
 最初に口を開いたのは階下に居た伊吹だった。顔を上げたトオコがどうぞ、と手をひらひらと振る。
『紫苑のチョーカー』を付けたトオコは「凄いですよね、これ、スピーカーにもなりますヨ!」とおどけてアーティファクトに手を当てる。
 狡猾な少女・カンパネッラが逃げ惑った事を聖四郎も見ていたのだろう、乾いた笑い声の後、『こんにちは、アーク』と爽やかな挨拶が聞こえてくる。
「……六道紫杏は気の毒だったな。
 所業は到底許せぬが、力を持ったばかりに振りまわされたのは不憫に思う。
 復讐なら受けて立とう。だが、無関係の者を巻き込まないでもらいたい。そなたを慕う者たちはこれを喜ぶのか?」
『彼女の行いは到底許されない事だろう。彼女の研究は画期的であって、酷く倒錯的だった。
 芸術作品として、彼女は余りに不格好だっただろう? 恋人に依存し、教授に依存し、全てを委ねる。
 子供の様な彼女を俺は酷く愛していただろう。だが、それだけだね』
 言い捨てる様に、何処か溜め息交じりに告げる聖四郎に伊吹はじっと、トオコの顔を見詰める。
 その続く言葉を求める様に、伊吹は再度、「復讐なら、」と続けた。
『俺には君達に借りが一つある。六道紫杏の救出に対してのことだよ。
 ソレについて、1つ言いたい事が在ってね。丁度、我儘な姫君が君達と遊びたいと言う。良いタイミングだ』
 わざとらしく、気障ったらしく告げる聖四郎に氷璃は肩を竦めて小さく笑う。
 靡く髪はふわふわと揺れ、名を顕す氷の様な瞳はトオコを通して聖四郎を見据える様に細められる。
「部下(ベニカ)の死さえ気にも留めないで。紫杏を喪って残念? 今は退屈してる?
 本当に、莫迦な子ね。その感情は『寂しい』というものよ。愛する人を喪った世界で何をしようというの?」
『寂しがるのにはもう飽きてしまってね。彼女が倫敦に行った時、どれ程後悔したろうね。
 彼女が死んだ時にふと、思ったよ。ああ、俺がもっと早く――……』
 続く言葉を予想して悠月は目を細める。ソレはエナーシアも同じか。何処か探る様な瞳は興味を湛え、その幼く見えるかんばせに乗せたのは知的好奇心だろうか。
「何も掴めなかった訳ではないのでせう? 私達とどんな『ゲーム』をしたいのかしら」
 見据える眸を受けてトオコはへらりと笑って見せる。その笑みに反応した夏栖斗がじ、と聖四郎の答えを待つ様に彼女の顔を見詰めていた。
 睨みつけるランディの瞳に拓馬が身構え、武器を構えるが、両者が戦闘を行う事もない。所詮は警戒して居ると言った感じなのだろうか。
 彼女等の王たる男は言葉を探す様に、小さく笑う。ふと、その間を引き裂く様に烏は「大将」と呼んだ。
「神埼君から託された言葉がある。『貴女の願いを叶う事を、あの世から見守って居ます』だそうだ。
 あんまりガッカリさせないでくれ若大将。こんな茶番劇で部下をすりつぶす意味なんかねぇだろ」
「神埼は見事な戦いぶりだった。主はどれ程の撃つ若見届けたく思ったのだが……」
 直刃には『賊軍が如き下衆な児戯』を注意する輩もいないのか、と蔑む様な言葉を告げる伊吹にトオコの眸の色が変わる。
 戦闘を終えた中で、少しばかり変わった直刃陣営の様子に伊吹はそれを振り払う様に真っ直ぐに告げる。
「神埼紅香の死には俺にも責任が在る。あの時同行して居れば……」
『ああ――神埼は、そうだな。君達の責任じゃない。あれは、為したい事を為しただけだろう?
 君や、『足らずの』君が神埼を弔ってくれるのであれば光栄だ。
 彼女は、君達(アーク)にも認められる剣士になれたようだね』
 何処か、浮かんだのは人を弔う事の出来る男の情か。しかし、寸分置かず聖四郎は『でもね』と続ける。
 まるで、彼女の死を悲しむ様子もなく、彼女が良い剣士になれた事を喜ぶ様に、不自然なほどに嬉しそうに聖四郎は続けていく。
『俺にとっての神埼は部下であり、確かに死んだ事は悔やまれる。彼女は有能だった。
 それに、俺に対しては従順ないい駒だった。個人的な情はこの際いい。
 俺は部下を大切に思うよ。ただ、切り捨てるべきは切り捨てる、それだけだ』
 死んだ事を悔やんでも仕方がないと言う様に聖四郎は乾いた声で伊吹らに向けて言ったのだろう。
「……一つだけ、聞かせて頂けますか。凪聖四郎」
『どうぞ、アークの魔術師』
 悠月が口を開く前に、視線を旭へと零れさせる。不安を胸に抱いた旭は聖四郎の居場所を探る様に周囲を見回し、不安そうにスカートを握りしめている。
 聖四郎が何故このような行為に及んだのか分からないと言う様に、唇を噛み締めて。
「彼女の菩提は弔ったのですか?」
 悠月の言葉に聖四郎は短くYesを返す。旭や氷璃といった女から見て聖四郎の変化は恋を知らない物に見えるのかもしれないが、悠月にとっては寧ろ彼に生じた『ズレ』も納得できるものだった。
 同じ様な立場で有れば、自分も似たような変化を得る気がしてならない。
 散々に振りまわされた『玩具』であった彼の恋人。目的のために真っ直ぐに進む男にとってある意味で駒であり、ある意味で大事なモノであった六道紫杏。其れを喪ったからこそ、このお遊びに走ったのか。
「……聖四郎さん、どうしちゃったの……?」
『俺は君達を呼び出したかった。カンパネッラは虐殺を楽しみ君達を殺したかった。
 その一致だ。ただの児戯。そう、直刃の面々も次のステージを楽しみにしてる、唯それだけだ』
「……お前さんの願いは何だ」
 単刀直入に烏の聞いた言葉を促す様に夏栖斗がトオコを睨みつける。チョーカーを付けたトオコが唇を歪めて零した笑みに拓馬は何処か慄く様に体を震わせた。
「アークを越える? それとも兄を越える?
 その程度の小さな男に纏まってくれるなよ。これでもおじさん、期待してるんでね」
 付け加えられた烏の言葉にトオコが小さく笑う。直刃の面々と対面したまま、停戦となったこの場所で、部下を通して凪聖四郎は小さく笑うのみだった。
『――借りは、返すよ』
 囁く様に告げられた言葉に身構えたランディは斧を下ろす。聖四郎側から口を開かないのを確認し、一歩歩み出た悠月は駅のホームから千里眼を使用し何処かを見詰め小さく唇を歪める。
「ああ……そういえば、ちゃんと名乗った事がありませんでしたね。
 私は『現の月』……風宮悠月、と申します。凪の小覇王」
 囁きに、男は小さく笑って、彼女へと背を向けた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまでした。直刃でした。
 停戦する駆け引きというのも中々に難しい物だなと思います。
 特に制限時間が在る時に相手の性質を見極めなければ逆効果……今回は上記の様な結果でした。
 様々なお声掛けがあり、成程と思う事も色々。神埼さんの遺言を有難うございました。

 ご参加有難うございました。また別のお話しでお会い出来る事をお祈りして。