●現であり悪夢(ゆめ)である ローエンヴァイス伯シトリィンより与えられた任務。 即ちそれは欧州で多発するリベリスタ隊の壊滅についての調査だった。 当初より果てしない不安の予感を秘める任務に赴いたアークの遠征隊は十分な経験を持ち、覚悟を有し、互いに作戦への認識を共有していたが…… 事態は調査の進行と共に決定的な局面を迎えたとも言えた。 ――人間には理解出来ない神性、関わってはいけないとされているもの。異世界のカミサマ―― 彼等が保護した先遣リベリスタ組織『フォーゲルショイヒェ』の生き残りと思しき少女の口にした言葉はかつてのナイトメアダウンの悲劇を知り、世界樹エクスィスと至近で関わった事のあるアークメンバーにとっては余りにも衝撃的な意味合いを持っていたのである。 『正体不明のミラーミス』の存在を臭わせる事態は現場のリベリスタ達の相手取れる領域を超えている。十分な情報を持ち帰る為に警戒態勢を取っていたリベリスタ達の行動は迅速だった。 時同じくして様子の変わった外の魚人共の動きを一早く察した彼等はこの虎口からの脱出という困難に挑む事となったのである。 建物を包囲されるよりも早くリベリスタ達は外へと脱出した。 ざわざわと蠢く敵対的な気配は先程よりもその濃度を増している。建物の影から、路地の向こうから遂にパーティを捕捉した魚人共がのっぺりとしたその魚面を覗かせていた。 素直な正面衝突は全滅不可避。 何処かに潜む災厄(ミラーミス)など言うに及ばない。それが『アークに興味を持っている』らしいという事ならば、その情報を与える事が良い結果を招くとは思えなかった。 正真正銘、全員で逃れる事こそがパーティの仕事。 時刻は二十三時三十八分――月は黒雲に隠れてまだ見えない。 リベリスタ隊の遭遇した『最悪局面』はいよいよその姿を現そうとしていた―― ●『潜まずに潜む』者 (……そりゃそうですよね) 『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)の感ずる余りにも鮮烈な死の気配は彼の形の良い鼻には迷惑な位に強くなる一方だった。村に入った時、探索を続けた時、生き残りを発見した時、今。時間の経過と比例して加速する予感は最初から一つの結論しか示していない。 即ちそれは、現在のこの村に安全な場所等無いということ。 「さて……困ったね」 これまでの道中で事前に準備した式符・影人を村内で動かす事で敵陣を霍乱せんとした四条・理央(ID:BNE000319)がその目を細めた。 「随分と歓迎された展開ですね」 「……全くだ」 短いやり取りを交わした『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)と『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)、鷲峰 クロト(BNE004319)等――理央をはじめとしたリベリスタ全てが、めいめいの方法でそれぞれに難状況を突破する為の考えと算段を巡らせている。 恐らくは十一人のリベリスタ達が『それ』を直感したのは彼等の持つ運命の強大さ、或いは類稀なる経験、実に優秀なる観察力の賜物だったのだろう。 パーティに約束されていた危機的状況は彼等の想定の内である。彼等はこの村に何かがある事を理解しながらやって来た。その正体が知れようと、知れまいと。それは最初からそこに在ると或る意味で確信していた。 「暗闇が我々にどれだけ利するかは定かではないが 通常で思考すればこの暗雲は僥倖だ。雷雨にでも成れば殊更良い 落雷や雨音 闇に乗じ 我々の動きも掴み辛いだろう」 「魚人の感覚器官が人並みならば、闇は確かに好機になります」 アイコンタクトから『聞かせる心算の』雷慈慟に亘が頷き相槌を打つ。 空には黒い群雲。 混沌と死と狂気に満ちた村に欠けぬ玉石が一つ。 ならば、この物語の歪なパーツは何なのか。 それは―― 「そう言えば――そのお洋服やアクセサリー、可愛いですね」 「ラトニャは先にこの村に派遣されたリベリスタチームの一員で合ってるよな? 他に生き残りはいそうか? ジョブとかも聞いときたいんだけど」 『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)の他愛も無い会話、『スーパーマグメイガス』ラヴィアン・リファール(BNE002787)の問いに小首を傾げ、 「しっかし、『アレ』が言葉通りのすっげーつえーカミサマってんだったら、一時的にとはいえ逃げ延びたお前はほんと運が良かったな」 クロトの言葉に幽かに笑う少女に他なるまい。結論から言えば、リベリスタ達がこの場の最悪の伏せ札であると疑ったのは誰あろう助けた筈のリベリスタ(ラトニャ)であった。 (彼女がシロかクロか。判断は実に微妙ですが…… 疑い過ぎるのも気の毒ですが、違和感は拭えません。さしずめ黒に近いチャコールグレーと言った所ですか) 第一、余りにも話が出来過ぎているのだ。 何故、彼女は一人生き残ったのか。 彼女はやけに冷静で、且つ状況に詳し過ぎはしないだろうか。 確かに疑えばキリが無い事だ。平時ならば些細な話として流すべき所かも知れない。されど状況が状況、相手が相手ならばそれは決して看過の許されぬ大事となった。 「御存知ありませんか? 流行」 苦笑いを押し殺した嶺は数を増し始めた敵の気配にも未だ冷静さを崩さないままだった。彼女の世間話はラトニャのこの世界への知識を問うものだ。 彼女が『元凶』なのか、或いは『何かの被害者』なのかはこの場の誰にも分からない。しかし、オルクス・パラストのフォーチュナが視た『女の風景』は確かに――ラトニャと似ているようで何かが違った気がしている。『彼女』は発狂寸前に追い詰められていた。或いは既に発狂していた。恐怖に打ち震え、到底まともな言動が取れるような状況では無かった。何より、彼女は窓に『何か』を見た筈なのだ。その恐怖を最大限に増幅させるだけの結論を。 戦いに向けての準備を着々と整えたリベリスタ達はそれぞれにこんな現場でもマイペースを崩さない『可愛らしい少女』を横目で眺めた。「そんなに質問責めにされても困るわ」と笑う彼女はまるで茶番のように見えた。 「……傑作じゃな」 鼻を小さく鳴らした紅涙・真珠郎(BNE004921)が面々に少し遅れて外にやって来た。彼女の横には難しい顔をした『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)の姿もある。 「ラトニャと言ったかの。ヌシ、そのカミサマとやらに接触して何時から此処に隠れとった? なに。大した隠匿術じゃと思うてな。我らが此処に来る前から、すでに魚共は村中にいたのじゃからな。 ああ、そうじゃ。時にヌシは――神を羨ましいと思うか?」 「……」 何処か挑発めいて言った真珠郎の言葉に続き、リベリスタ達の有するアクセスファンタズムに恵梨香から合図が現れた。 ――オルクス・パラストへの照会の結果、フォーゲルショイヒェのメンバーにラトニャなる少女は居ない―― (最悪の展開だわ。有り得ない) ……もしこれを偶然とするならば、マサチューセッツからやって来た少女はこのタイミングで偶然に事件に巻き込まれ、偶然に身を隠せ、偶然にアークに発見されたという事になる。彼女は「何処のリベリスタか」とは言っていないが、偶然は三つ重なれば偶然では無い。 何より、真珠郎は部屋の記憶を覗いたのだ。 気の狂いそうな原色に塗り潰された恐怖の記憶を。無機物さえも震撼する狂気の渦に彼女が平然としているのは『ある意味で既に狂っているから』に他なるまい。 (……短時間で随分と面変わりをしたものじゃ) 真珠郎のテレパスにリベリスタ達は肌が粟立つ想いだった。彼女が視た『リベリスタの女の顔』は鼻水と涙でぐしゃぐしゃになったデスマスク。毛程の傷も汚れも無く彼等を出迎えたラトニャのものではない。 リベリスタ側は自身等の警戒を気付かれる心算は無かったのだが、流石に各々の言動はそれを隠蔽するだけの余地を持っていなかったのだろう。 「……ひょっとしてナイト様達、私を疑ってるの?」 そう問うたラトニャの声色はむしろ楽し気だ。 「疑うようなことはしたくないんです、ただ、疑わなきゃいけない時には疑わないと、不必要に疑ってしまったことよりももっと酷い後悔に苛まされる可能性があるのは、貴女もリベリスタなら理解していただけますよね?」 小夜の言葉は今更のものに過ぎなかった。しかして『月の無い夜』の余興劇は、約束された開幕のベルを受けて終わりを告げたのか。 「……ふむ」 小さく声を零したラトニャの調子が不意に変わる。 「流石の妾も芝居の類は嗜まぬ。これは名演には程遠いかぇ」 古めかしい喋り口調はリベリスタ側の類推をほぼ決定付けるものになる。 「改めまして――ナイト様方? 私、マサチューセッツの界の向こう、遠く遠くのより遠くより参りましたラトニャ・ル・テップと申しますの。以後、宜しくお願いしますわね」 ドレスの裾を取り、一礼した彼女は先程の言葉と裏腹に芝居掛かっている。 咄嗟にラトニャから距離を取った面々は眼を見開き、間近に佇む圧倒的な邪悪の気配に息を呑んだ。 エリューションやアザーバイド、或いは落とし子たる温羅や例外たるバロックナイツと比べてもまるで別次元の圧倒的な存在感である。その場に居るだけで呼吸すら苦しくなるようなのは、空気が撓んでいるからだろうか。 「さて、この敵はどうも、お前さんたちの組織の誰かを良く知っているらしい……何か情報はあるかね?」 状況に警戒を向けていた『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が嘯いて『黒天使』クラリス・ラ・ファイエット (nBNE000018)に水を向けた。 「……European NightMare」 「何?」 「『暗黒の森の大消失』をそうとも呼びますの」 凍り付いたかのように蒼褪めたクラリスは半ば独白するように呟いた。 「シトリィン様は……もしかしたら」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NIGHTMARE | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月27日(日)22:40 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●絶望の檻I 黒雲の濃い夜の漁村。 気付けば季節より寒気を増した外気が何処と無く生臭い。 十一人のリベリスタ達は今、まさに危機を迎えていた。 吐き気すら催す――言い知れないプレッシャーがそこにある。その原因は彼等を遠巻きに取り囲み、今まさに包囲の輪を狭めんとしている魚面の者共では無い。 「本部に帰るまでが任務です――と、気軽に言える状況じゃないか」 「帰るまでがお仕事って気楽に行きてーが、いざとなったら俺が何とかするさ」 首筋を伝い落ちた汗に構わずにまんじりともしない四条・理央(BNE000319)、鷲峰 クロト(BNE004319 )の視線の先には醜悪な魚人とはまるで比較にならない、可憐な少女が立っていた。予測もつかぬ任務の結末には想像もつかぬ結果が待っていた。オルクス・パラストの依頼で欧州で頻発するリベリスタ壊滅事件の変を調査しにドイツの漁村を訪れた面々はこの場所で『驚くべきもの』と遭遇するに到ったのである。 「さて、神の手より逃げられるか……試すしかあるまい、な」 「こんな『遠足』は、出来れば勘弁して欲しかったけどね――」 肩を竦めて呟いた『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)の言葉に理央が苦笑いを浮かべた。 人には触れてはいけない――触れるべきでは無いモノがある。 個人によってその振り幅、ありようは大いに異なるだろうが、存在する事は確かであろう。 宗教野球政治の話、親しき中にも礼儀あり、上司の秘密…… 日常と隣り合わせに存在する非日常、運命の急転直下。神秘世界それそのものが、本来ならば触れるべきでは無い領域に存在するのだが――怪異小説に絶望的に語られる『その宇宙的恐怖』は、リベリスタをしても決して触れたくは無い禁忌と呼ぶ他は無いと言えるだろう。 即ち、オーウェンの言葉には実は比喩が無い。 彼の口にした安直なる単語(かみ)は事実を何より的確に射抜いている。 「ほほ、面白い。未だ逃れようと心する、その意気や良し。許して遣わす」 「『彼』を殺るまでは死なないと決めてますからね」 「ふむ? 奇跡は起きぬから奇跡と呼ぶのじゃぞ? こと、妾は奇跡は売る程持ってはおるがのう!」 此の世の傲慢を煮詰めたタールのような悪意が垣間見える。その癖、少女は鈴の鳴る声で『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)をからかった。 声の持ち主こそ、恐らくは全ての元凶、根源なのである。理央が、オーウェンが、その他全てのリベリスタ達が極度の緊張を持って相手取るのはおぞましき魚人共では無い。彼等が一度は救出対象と予測した『十二人目のリベリスタ』は全く酷いミスキャストに違いなかった。 「チャコール・グレー所か……私もまだまだ甘かったようで」 小さく零した『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)の表情は何とも言えないものになった。 この世界で生きている以上、あらぬ者に出会う可能性は決して小さくない。それは時に圧倒的な暴威を持つ怪物であり、奇奇怪怪なる魔性を秘めたアーティファクトであり、理解出来ない狂気を秘める魔人である。しかし、神に出会ってしまう機会は彼等をしても多くはあるまい。 (幼い日の『悪夢』を生き残った身、何としても情報を持ち帰って…… 再びの悪夢を欧州に巻き起こさないためにも、なんとしても……!) 内心強く誓った嶺にせよ「何かある」と推測してはいても、ここまでは考えていなかった。全滅の村で唯一人生き残った少女を見た時に覚えた違和感も、本当の最悪に昇華するとまでは考えていなかったのだ。 ――彼女は無貌なるミラーミス―― リベリスタ達が得た結論は、果たして『推測』でしかない。 しかし、『ラトニャ・ル・テップ』を名乗った少女の正体は嫌でも或るイメージを強くする。 イメージする程に破滅的結末しか連想出来ない彼女は、成る程生命の黄昏とするのが正解だ。 ミラーミスなる脅威の有り様を特に日本のリベリスタ達は熟知している。過去に出現したR-typeは、一日に満たない僅かの時間の内に数限りない命を、希望を、勇気を蹂躙し尽くしたのだから。 「……」 やや感傷めいた自身に頭を振った嶺が視線をラトニャに注いだ。 「愉快痛快。主等、どうする? 余り時間も期待も無いぞ」 「何が可笑しいのか解りかねるが――様を見る限り余程愉快なのだろうな」 冗句めいた彼女に『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)が応えている。 ゆっくりとそこまで言った彼は口元をニヤリと歪めてその先を続ける。 「でなければこの様なお粗末な演芸。披露する意味すら分かり得ない」 「面白き こともなき世を おもしろく」 「……ふむ?」 自身の言葉を鏡のように呟いた紅涙・真珠郎(BNE004921)にラトニャが小首を傾げた。 「つまらん。これだから神という奴は。 世がつまらんのではない。ヌシがつまらんのじゃ。それが解らんから神なのじゃろうがの」 「ほほほ、囀りおるわ!」 皮肉めいた真珠郎の言葉がお気に召したのか。 ラトニャは呵呵と笑い、その瞳の深淵をより一層輝かせていた。 死神めいた大鎌を担ぐラトニャのプレッシャーは刻一刻とその強さを増している。ジリジリと包囲を狭める魚人共が辛うじてまだ大きな動きを見せないのも、ラトニャ自身が動き出さないのも恐らくは彼女がこのお喋りの時間を楽しんでいるからなのだろう。リベリスタ達が何かの動きを見せればそれが始まりになるのは分かり切っていた。 (魚人共はラトニャの意向を伺っているみたいね。何処までいっても場の支配者は彼女という事か) 故に雷慈慟――内心で一人ごちた『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)、リベリスタ達は慎重にこの時間を伺っていた。彼等の持つ切り札『十一時の月影』は集団転移を可能にする極めて強力なアーティファクトだ。発動条件の午後十一時代は既に満たしている。月に掛かった黒雲さえ晴れれば、彼等のチャンスになるのだから時間稼ぎは望む所なのだ。 (数は……考えるまでも無いか。雲は厚いけど、風向きを考えればその内雲間は……) 恵梨香は千里の魔眼で危険な村内を見渡し、僅かなチャンスも逃すまいとその直観力を働かせている。 ギリギリまで。可能なら、願わくば、あの月が姿を見せてくれるその時まで―― 膠着が続く事を望むリベリスタ達は、その内心を悟らせずにやや挑発めいていた。 座しても死、進んでも死ならば進む事を選ぶのは必然。神なるラトニャが小さな反抗を楽しむ性質なれば、その神の予測範疇を超える反抗を見せてやる他、打開出来る方法等有り得まい。 しかし、やはりと言うべきか展開はそこまでの甘さを見せなかった。 「さて? そろそろお喋り以上の余興を供して貰おうかの」 「おや、退屈の姫の御機嫌はこれまでですか」 「いいや、『これから』じゃな」 「残念です。折角お知り合いになれたフロイラインだというのに――」 咄嗟の楔を打った『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)だが、嘲りを含んだラトニャの気配が膨張した。 月が現れるより先に生じた始まりの気配にリベリスタ達は息を呑む。 一同が咄嗟に作り上げた態勢は反射的な動きながら中々理に叶っていた。 それは、前衛に亘、雷慈慟、クロト、中衛に理央、小夜、『スーパーマグメイガス』ラヴィアン・リファール(BNE002787)、『黒天使』クラリス・ラ・ファイエット (nBNE000018)を、後衛に恵梨香、オーウェン、嶺、真珠郎を置くオーソドックスな形であった。尤も建物側に佇むラトニャを前にした時の前後衛だ。必然的にそこから離れようと思わば、魚人共の包囲の矢面になる形になるし、陣形なるものがラトニャに通用するかどうかは別問題と言えるのだが―― 「……歯が浮きますわね」 「大丈夫。自分が命を賭けてお守りするのは貴方一人です」 臆面も無い亘の断言に頬を染めたクラリスが鼻を鳴らした。 厳密に言えば『午前十一時の月影』を有するのが彼女である以上、彼女を守る事はパーティ全員の命脈を繋ぐ事に値する。仲間想いの亘は仲間の為に命を賭ける事も厭わないのだろうが。『敢えて』優先順位をつけるとなればそれは語るも野暮というものになろう。彼は彼女が作戦のキーパーソンで無かったとしてもその結論を変える事は無いのだから。 「改めまして御機嫌麗しく、お姫様。我々が道化代わりに貴方を精々楽しませましょう」 芝居がかった亘の言葉はパーティに向けられた密やかな合図であった。 「――そんなに遊びたいなら鬼ごっこと行こうぜ! きちんと百数えてから追って来な!」 あくまで主導権はパーティが取らねばならない。 鋭い声を上げたラヴィアンの声に応えた亘が両者間の――僅か数メートルの間合いに車両が出現する。 殆ど同時に動き始めた理央の放ったインパクトボールが車両をラトニャの方へ弾き飛ばす。 「成る程、そういう『趣向』かえ」 一歩もその場を動かなかったラトニャの頭を強烈な勢いを得た鉄の塊が抉り取る。血飛沫と脳漿『のようなもの』を撒き散らした彼女は半分になった美少女の顔をあでやかに歪めて答えを返した。 「精々、妾の期待に背くな?」 ラトニャはこれまで一歩の回避動作も取らず、その場を動く事も無い。 しかし、対照的に動き始めた魚人共はパーティを逃がす心算は無いらしい。 当然ながら悠然たるラトニャの言葉を最後まで聞かずリベリスタ達は一斉に逃走を開始していた。 「高原さん、月はどちらに?」 「――西へ!」 問うた小夜への返答は早く短かった。雲の切れ間が出来る可能性、敵の包囲の具合。 恵梨香が総じて判断した内の最良は蜘蛛の糸より儚い希望に過ぎない。 されど辿る糸は途切れていない。目の前にどれだけの悪夢が横たわっていたとしても未だ―― (何としてもこの場を逃れてみせる。全員で……) 唇を強く噛んだ小夜が心の中で強く誓う。 (殺させないのが――ホーリーメイガスです!) ●100sec 「何はともあれ逃げるのじゃ! 脱兎のごとく!」 真珠郎の言葉は至言。 この場を全員で逃げ延びる事。猛然と動き始めたリベリスタ達の目的は単純明快である。 或いは相手がアレでなければ交戦の選択肢もあったのかも知れないが、今回に限っては如何に一流のリベリスタ達と言えども取れる選択肢は多くないのが現実だ。ラトニャの実力は未だ知れないが、ミラーミスであると強く疑われる彼女を通常の戦力で対抗出来ると考えるのは気楽が過ぎる。 先に訪れた『フォーゲルショイヒェ』の連中が壊滅の憂き目にあった事を考えれば得策ではない。 車両がどれ位のブラインドになったか……ラトニャの追撃は怖いが、振り返る暇は無い。 「一丸で突っ切る。どういう形になろうとも、諦めるな!」 勇ましく雷慈慟の声が激励する。 ジャミングでリーディングを警戒していた以上は……作戦は割れていない筈。 パーティは小夜の翼の加護を背に暗い村内を滑るように駆けていく。 「……」 クロトが時計にちらりと視線をやる。 時刻は二十三時四十二分。およそこれより十八分の内に離脱出来なければそれは…… (……違うな。出来るか、じゃない。俺がするんだ) 心の中に湧き上がらんとする黒い雲を晴らすのはやはり自身の気力であり、気迫だった。 目前に迫った多数の魚人達の壁を食い破らんとするように両手のフェザーナイフが敵を示す。 「ゲェ――!」 奇怪なる怪物の声を上げた魚人の集団の中心にクロトの放った閃光弾が炸裂する。 「チッ、沢山居やがるな……!」 後背のラトニャも怖いが、行く手を阻みにかかる魚人の数も暴力である。 短く舌を打ったラヴィアンが高速準備から葬操の魔術を組み上げた。 夜に迸る黒い鎖の奔流が強かに複数の魚人を打ち抜き、叩きのめし、その呪縛に絡め取る。 「……絶対に足は止めるな!」 ラヴィアンの声は警告であり、懇願であるかのようだった。 クロト、ラヴィアンと続いた時間稼ぎの連発に魚人の一団は確かに足を止められた。 しかし、村内のあちらこちら――暗闇からは切れ目無く次々と敵の影が沸いている。 如何に攻撃を束ねたとしても、簡単には倒し切れない耐久力と数が重圧になるのは当然だ。 「まぁ、そりゃそうじゃな」 嘆息めいた真珠郎の刃はその集団のリーダーの腹を深く貫いている。 「……百秒で開けられる距離はたかが知れとる」 リベリスタ達の行動方針は極力交戦を控え、可能な限り距離を引き離す事である。 車両での移動や、遮蔽や建物の上部を利用した逃走を含めてあらゆる手段がそこに必要になる。 とは言え、敵の胎の内――それも中心たるこの現場においてはリベリスタ側の目論見の全てを形にするのはやや困難な情勢であるのも確かだった。理央や雷慈慟は今回の作戦でそれなりの奏功を見せた式符・影人を利用した霍乱作戦やファミリアーとの感覚リンクにより、より望ましい逃走ルートの確認を試みたが得られた効果は恵梨香のものと大差は無かった。 つまり、魚人に溢れたこの村に安全なルートというものが見当たらないという結論だ。 影人に大した知能がある訳でも無い以上は――働かせようにも限界はある。 「……脱出は最短ルートが基本、だけど……どうもね」 理央のインパクトボールが横合いから襲い掛からんとしていた魚人の集団に炸裂した。 (最短ルートもこれだけ乱れたら……分からない) ラトニャがどういう原理で魚人共を操っているのかは分からないが、彼女が『無貌』だと言うのならば大抵の理不尽は現実になると考えた方が良いだろう。ラトニャに姿を確認された時点でリベリスタ達の位置は敵側に完全に補足されている。目を眩ませて姿を隠そうにも十一人の大所帯は難しい。 (難しい局面、なのだろうな) オーウェンは得意の物質透過等を利用して地中に潜んでいる状態だが、一塊になって逃走する事を考えるならばこれをずっと続ける事は難しい。パーティの動き如何によっては彼だけが取り残されてしまう。逆を言えば最悪の事態を想定するならば地上の味方が包囲されても『彼だけは別方向に逃れられる』事態も有り得ると言えば有り得るのだが。 「邪魔よ……ッ!」 気を吐いた恵梨香のハイ・グリモアールが闇の中に青い雷撃の嵐を生み出した。 「そこは推し通る」 「ああ。ここで死ぬ訳にはいかないからな――!」 雷慈慟の放った衝撃波に魚人の壁が緩みを見せた。 相変わらず全力全開で暴威を振るうラヴィアンの魔術に彼等は抗し切れていない。 四方八方、次から次へと迫り来る魚人達をパーティは猛烈な勢いで薙ぎ払っていく。 パーティの意思は概ね統一されていたが、状況はそれを上回っている。 「女性への声の掛け方がなっていませんね」 嶺の放った無数の気糸が燦然と夜に光のラインを作り出した。 悉く急所を貫いたその一撃に不気味な苦悶の声が上がる。 怒りを見せて彼女に襲い掛かる魚人達を、クラリスの槍が食い止めた。 宙空を舞う黒天使の円舞に、すかさず亘が動きを合わせて壁となる。 個の純戦闘力で魚人側を上回るパーティは個別の戦闘局面では彼等を上回っていたが、苛烈なる進撃も時間の経過と共に少しずつ勢いを失っていく。緒戦のモメンタリーがパーティ側にあるとするならば、持久戦の圧倒的優位は魚人側に存在する。 「……っ、チ……ッ!」 抜群の身のこなしで敵の攻勢を捌いていた真珠郎が受けた手傷に舌を打つ。 魚人達の装備は大半は単純なものだが、彼等の使用に耐える強度を有している。パーティの中でも特に技量に優れる彼女が手傷を負うという事は他の誰にしても同じという事である。 一対一ならば負けないが、数が多すぎれば話は別だ。パーティ側が空に活路を求め切れない理由もその辺りにある。より素早い空中動作が可能である嶺ならば分からないが、周りの敵を或る程度食い止めない限りは下手な飛行をする事は却ってその身を危険に晒す事になりかねないからだ。 決死の強行で活路を見出さんとするリベリスタ達にダメージが蓄積されていく。 無論、その状況を必死に支えるのは癒し手としての強い矜持を微塵も隠さない小夜であった。 (ここで――押し切られる訳には――!) 兎角手数が多い敵の攻勢に対抗するには小夜自身も全身全霊で当たる他は無い。 多数の敵から加えられる連続攻撃に傷んだ仲間達を彼女の放つ渾身の奇跡が治癒する。 古代ギリシアの演劇に見られる『全ての救済』は盤面を返す機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の顕現。 絶望にも似た闇の沼の中を足掻くリベリスタ達にとってはまさに似合いの風である。 激しい消耗を必然とする彼女の大技を嶺のサポートが支えに掛かる。 「車で突っ切りましょう」 「承知、だぜ!」 用意した車両の運転席にマスタードライブを持つラヴィアンが駆け込んだ。 或る者は飛び乗り、或る者は捕まる。エンジン音を吐き出して駆け出した車が魚人を撥ねた。 だが、耐久力に優れる車両も強靭な魚人達を前には長い快進撃を続ける事も難しかった。 目前を体で阻む個体がある。幾度と無く加えられる攻撃に車体が持たない。 距離は幾ら稼げたか――辛うじて車体から脱出したリベリスタの頭の中に声が響いた。 ――百秒じゃな―― 声に、その場の全員の血が凍りつく。 ●絶望の檻II 「……空間、転移?」 「この位、黒い太陽は愚か――あの魔女め如きでもやる」 表情を引き攣らせたのは誰かでは無い。 全員が似たような表情をしているのだから限定する意味が無い。 「主等、まさか『それでも自分達は助かる』等と――勘違いをしていないかぇ?」 リベリスタ達は動かない。彼等の視線の先に居るのは魚人達だけでは無い。 そこにはあのラトニャが――傷一つ無い、ドレスに皺一つ無いラトニャが佇んでいた。 動けない。リベリスタ側は動かないのではなく、動けない。 下手な動きを見せれば何かが起きてしまうのは明白だった。 そしてそれは多分――彼女に使役されている魚人共ですら同じなのだ。 彼等は森閑と石にでもなってしまったかのように動かない。 恐怖の夜の女帝は最初から一人。『猿芝居』よりは随分と情感を込めて、薔薇の唇が嗜虐を紡ぐ。 「運命の加護がある等と。野放図に。自分だけは大丈夫だ、等と。心の何処かで思ってはいないかぇ?」 クク、と鳩の鳴き声のような笑い声を零した少女は一人一人リベリスタの顔を見た。 「例えば、主」 ラトニャが声を向けた先は地中のオーウェンである。 「いざとなれば一人でも囲みをかわせる等と、妾の目を瑣末な術で誤魔化せると思うかぇ?」 言葉と同時に土が宙に舞い上がる。下からの衝撃に突き上げられたオーウェンは少なからぬダメージを負って地上に叩き付けられるに到っていた。 「それも妾を捕まえてよりによって『土』等」 口元に手を当てて優雅に笑うラトニャは言葉を続けた。 「例えば、主」 ラトニャの指止はピタリとクラリスを庇うように刃を構えた亘の方を向いていた。 「自分が……?」 「怯えぬような面をしておる」 「……おかしいでしょうか。ふふ、絶望の中で笑ってられる理由が…… 皆と生きて帰りたい。何より惚れた女性を身命を賭して守り格好つけたいからとか」 「滑稽じゃな」 ラトニャは亘の決意を斬り捨てた。 「主――『死すらも畏れなければ、大切な誰かを守れる等と夢を見てはいない』かえ?」 「ッ……」 「クラリス様ッ!?」 声と同時に響いたくぐもった悲鳴に亘は咄嗟に振り向いた。 「だ、大丈夫ですわ……ちょっと、掠り傷ですから……」 そこには口から血を流す――脇腹を抑えたクラリスが居る。 何の動作も気負いも無く――少なくともパーティにはそう見えた――ラトニャはどうしようもない位の力を振るって見せた。次々と名指しでリベリスタ達を弄ぶ彼女は自身の宣言の通りこの時間を楽しんでいた。 「……お主は」 「ん?」 「お主は、まぁ――何を言う必要も無いか」 「賢明だ。的外れじゃ神様の名が廃る」 中にはラトニャをしても『異常』な真珠郎のような例外も居るには居るのだが。 そんな或る意味の狂気はさて置いても、人間は生物である。生物である以上、根源的な欲求――生存本能を有しない事は有り得ない。頭痛がする程に頭の中に鳴り響く警鐘を感じない人間は居なかった。 最早激突は不可避だ。空を覆う雲があと――何十秒あるかも分からぬ猶予の内に晴れなければ。 ――恐らくは、全員死ぬ。 「折角お近付きにはなれましたけど」 「ふむ?」 「これっきりで縁が切れるのを願っておりますわ、あしきひめさま」 「むべなるかな。どの道、切れる」 嶺の台詞を受けた言葉と次の展開は余りにも唐突だった。 ぐんにゃりと空間が歪み、ラトニャの小さな体が嶺の目前に出現した。 閃く大鎌は光無き世界にも艶やかに煌き、その魔性めいた切れ味は小さく息を呑んだ彼女の縋った運命ごと、女の美しい肢体を刈り取った。酷く無残に、これまでの『どの時』よりも呆気無く。 声を上げたのが誰かは分からない。 兎に角、誰かが悲鳴を上げた。怒号を上げた。 勝てるかどうかではない。何が出来るかでもない。 この局面を破るには目の前の神に挑む以外の方法が無かったからだ。 『彼女を早く手当てしなければ!』 (例え、相手が何だとしても――) 足掻く他は無い。かの魔神王も認めたスピードで亘はラトニャに肉薄した。 繰り出された刃は最高の切れ味で少女の心臓を貫いた。 「厳密には、左胸を貫いた――じゃな」 口元を三日月に歪めた少女の顔を見て、咄嗟に亘は飛び退いた。 「効いて、いない……!?」 「効いておるとも。雨垂れも石を穿つ事もあろうて。卑下するな、主等はそれなりにやる」 回避という行為は効力を持つからこその保険だ。 先程から微塵も防御姿勢を取らない彼女の傲慢は絶望を一層濃く変えるもの。 「諦めるな!」 それでも――退く意味は無い。 「『効くならば倒れぬ道理は無い』!」 然り。それがどれだけ気の遠くなる事業でも。 人間の可能性が時に運命を覆し、神を超える瞬間を――この場の誰もが見てきた筈だ。 「お望み通り――ちゃんと相手にするしかないみたいだな!」 吠えたクロトが地面を蹴り上げた。 繰り出された刃が少女の喉と目を抉る。 「ほ、ほ」と笑うそれはまるで不気味な人形のようにも見えた。 「止めるなッ! 叩き込め――」 雷慈慟の声にパーティは持てる力で爆発的にラトニャを攻めた。 倒れて動かなくなった嶺を小夜が救出せんとする。 「化け物……ッ!」 理央の術がラトニャを撃ち抜く。 「倒れろッ……!」 気合を込めた恵梨香の声はむしろ願望を吐き出したものだったと言えるだろう。 (正直に言えば俺だって怖いぜ。でもな、どんな敵相手でも希望を捨てない。 それが俺の目指す、正義の味方だぜ――!) ラヴィアンは声も枯れよと叫びを上げて持てる全ての力をもって目の前の敵を叩く。 猛烈な攻勢はどれ位続いただろうか。 「貴方は……何処から来たのよ」 肩で息をする恵梨香が枯れた声で呟いた。 「何が目的なの? 貴方が神様なら、救いを求める者に手を差し伸べることはあるというの?」 「外界から来たと言ったろう。妾は主等に多くの叡智を、希望を授けたぞ?」 「どんな――」 「つい最近では……妾は寝ておったがな。 『混沌の種子』が哀れな軍人めに再起の機会をやったか。 それに『爆弾』も主等には――大いに馴染み深くはないかえ?」 「……それって……」 数分にも渡って展開されていた強烈な攻撃の数々にラトニャの姿形は凡そ人間の原型を留めぬ程に破壊されている。しかして彼女は元の通りの調子で話す。 大半の命が失われた現場で、死そのもののような無貌の神は笑っている。 「成る程、貴方の加護は不幸ばかりを生むという訳だ」 「妾は話せる方でな。同郷異界の連中と来たらそれすらも難しい。 主等、神と合間見える幸運も――妾ならではじゃ。泣いて感謝するが良い」 理央の声に「ほ、ほ」と又ラトニャが笑った。 「長い時間の末に果実は実った。面白き事無き現世を愉快と思うなら、この後を置いて他にはあるまい? 主等は追い込まれる程、強かと聞いたぞ。主等が一人も戻らなければ箱舟はどんな騒ぎになる。 彼奴等めは妾を――ラトニャ・ル・テップをどう倒す? あの、小娘もその為に力を磨いてきたのであろう?」 小娘――その単語の意味にリベリスタは少しだけ首を傾げた。 恐怖に満ちた夜の無駄なお喋りはしかしリベリスタ達にとってのチャンスだ。 倒す事が不可能ならば、あとは時。全ての希望を閉ざすにはまだ十分ばかり早過ぎる! 「のう、リベリスタ」 「面白いことしたければ――」 自身に視線を向けたラトニャに小夜は気丈に応えた。 腕の中の冷たい感触が泣き出しそうな位に許せない。 「――キース・ソロモンのように。時間と場所を指定すれば良かったのです……!」 「それは『ホラー』ではない。小僧めのスポーツじゃ」 ラトニャの鎌が構えを作る。 「……さて、では終いとするか」 「言ってくれるの」 目を細めたラトニャに苦笑したのは真珠郎だ。 「小細工も無駄、何も無駄。こうなれば是非も無し……ではない。不可抗力。 正直を言えば、ヌシに仕掛けたかったのは此方も同じじゃ」 「ふむ?」 「つまる所――百万回斬っても死なぬなら、百万と一回斬れば良い。ひれ伏せ。我が紅涙の姫である」 獰猛な戦意を迸らせた真珠郎がラトニャに仕掛けた。 彼女の口にした言葉は全てが真実だったが――彼女の送ったアイコンタクトは「この隙に何とかしろ」という仲間へのメッセージも持っていた。勝てる道理は無い、防御に徹したとて長く持つ気もしない。しかして、誰よりも前に出るのは彼女が彼女だからなのだろう。 真珠郎の打ち込みをラトニャが初めて武器で受けた。 「主は……つまらぬわ」 「その言葉、そのまま返すのじゃ」 再び始まった戦いにパーティの誰もが覚悟を決めていた。 攻防の中、真珠郎の体が地面に叩き付けられる。 「生きましょう、自分と」 「貴方が私と、ですわあ!」 ならば、と仕掛けた亘とクラリスが死力を振るう。 「言っただろ、いざとなったら……俺が何とかするって……!」 「すまんなミメイ。……約束、破らせてもらうぞ……!」 クロト、更には自嘲気味の笑みを浮かべたオーウェンの運命が延焼する。 全身から湧き上がる不定形の力は奇跡そのもの。選ばれた人間のみが行使出来る彼等にとって最大の鬼札。生半可な敵等、たちどころに砕いてしまうであろう干渉力は――彼等が世界に愛されている証明だ。 奇しくも二人によって奏でられた運命のデュエットが『風』になる。 リベリスタ達の間を吹き抜け、彼等には一切の傷さえ与えずに。その場に居る『神』だけを縫い止める風となっていた。 「またそれか。ボトム如きの干渉等、妾には――」 動きを一時ばかり縛られたラトニャが鼻で笑うが――吹き抜けた風は彼女の場に留まらない。 空を厚く覆った欧羅巴の悪夢が吹き散らされる。頭上には、蒼褪めた月。 「――クラリスっ!」 クロトの呼びかけにクラリスが頷いたのと十一人がその場から完全に消失したのは同時だった。 目前から忽然と消え失せた戦士達にラトニャが笑う。 「……成る程、やはり面白き者共じゃ」 彼女は少しだけ思案した。 前に自分から逃げ遂せた人間は何時の人間だったか――考えて、思い出せずに直ぐに辞めた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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