● 三月に病院の中庭で満開の桜を見た時、私の隣にはあなたが居た。 綺麗だなあと、あなたは子供みたいに目を輝かせて。飽きるまでそれを眺めた後、ぽつりと言った。 「きっと、これが見納めになるんだろうな」 あなたに残された時間が少ないことを、私は知っていた。 来年、桜が咲く頃には、あなたはもうここには居ない。 堪えきれずに泣き出した私の頭を、あなたは優しく撫でて。 こればかりは天運だから仕方ないよと、諦めたように笑った。 ごめんなさい。本当は、あなたの方が泣きたかった筈。 死の恐怖も、病の苦しみも、全てを悟り澄ました顔に閉じ込めて。 無理に笑ってみせるあなたを見るのが、私には酷く辛かった。 どうして。どうして、時間は止まってくれないのだろう。 あなたの命は、日を追うごとに零れ落ちて。私はそれを、拾い集めることすら出来ない。 私の幸せは、あなたが居た昨日と、あなたが居る今日。 私が願うのは、あなたが居る未来。他には、何も要らない。 ――だから、私は罪を犯した。 永遠なんて望めなくても、あなたが居る時間を少しでも延ばすことが叶うなら。 せめて、来年の春には。また二人で、桜を見られるかもしれないから。 これから行きますとメールを送って、私は病院に向かう。 あなたが居るこの時間を、もう暫く留めておくために。 ● 「とあるフィクサードからアーティファクトを奪い、これを破壊して欲しい」 ブリーフィングルームに集った六人のリベリスタを前に、『どうしようもない男』奥地 数史 (nBNE000224)はそう言って話を切り出した。 「フィクサードの名前は、誉田一華(ほんだ・いちか)。 ジーニアスのナイトクリークで、色々な非戦スキルを活かして金目の物やらアーティファクトを盗むのを得意としている。つまるところ、神秘界隈のコソ泥だな」 特定の組織に属していない一華は日常的に窃盗を行うことで生計を立てていたが、ある日、“仕事”のために訪れた病院で一人の男と出会うことになる。 「糸杉福寿(いとすぎ・としひさ)、年齢は二十代後半。 病院の入院患者で、不治の病を抱え込んでいる。余命は、もって半年と言われているそうだ」 福寿と親交を深めるうち、一華は遠からず死を迎えるこの青年に恋心を抱いたらしい。 「少しでも彼を永らえようと思い詰めた彼女は、かつて自分が盗んだアーティファクトの力に縋った。 それが、今回の目標の一つ『ファウストの叫び』だ。 掌に収まるくらいの小瓶で、中に水を入れると“時”を止める薬となる――」 薬を服用した者は、老化に加えて、その時点で罹っている病気の進行がぴたりと止まる。 たとえ死の秒読み状態でも、薬が効いている限りは現状を維持出来るということだ。 「ただ、こいつには重大な副作用があってな。 効果が切れた瞬間、堰き止めていた分の反動が何倍にもなって襲って来る。 個人差はあるが、死期が早まるのは確実だ。余命半年が、一ヶ月足らずに縮まりかねない」 そして、もう一つ。この薬は、非エリューション生物に革醒を促す効果がある。 服用を続ければ続ける程、リスクは比例して高まっていくだろう。 「現在、誉田一華は一週間に一回のペースで糸杉福寿に薬を飲ませている。 一般人に本当のことを言える筈もないから、特別な栄養ドリンクだと偽ってな」 福寿が今の段階で革醒する確率はそこまで高くはないが、決してゼロではない。 運悪くノーフェイスになってしまったとしたら、即座にフェーズが上昇するという事態も考えられる。 世界の守護者たるアークとしては、見過ごせない話だ。 「皆には、病院に向かう誉田一華を待ち伏せして、彼女の対応にあたってもらいたい。 当然、相手はアークを知っているし、自分が何をやっているかも承知している。 力の限り抵抗して、『ファウストの叫び』を死守しようとするだろうな」 一華本人の戦闘力はそこまで高くはないが、彼女は自分の身を守るためにもう一つアーティファクトを所持している。『悪徳の檻』と呼ばれる、金属製の護符がそれだ。 「こいつには持ち主を強化する他に、『毒心』というE・フォースを生み出して操る力がある。 代償を必要とする分、無限の戦力になるとは言い難いが……厄介なアーティファクトには違いない」 『ファウストの叫び』と『悪徳の檻』。二つのアーティファクトを破壊し、その過程で生じた敵性エリューションを全て殲滅するのが今回の任務だと、数史は全員に告げた。 「……で、糸杉福寿だがな。どうも、誉田一華の気持ちを察しているらしい。 本人も満更ではなさそうだが、長く生きられない身だからと隠し通してるみたいだ」 あるいは、それが一華にとって説得の鍵になり得るかもしれないが――アプローチを間違えれば、かえって事態を悪化させかねない。仮に福寿が革醒した場合は、彼もまた目標に加わるのだから。 一通り必要な情報を伝えた後、黒髪黒翼のフォーチュナは神妙な面持ちで一人一人の顔を見た。 「何かと込み入った仕事だが、どういった方針を取るかは皆に任せる。どうか、気をつけて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月18日(金)22:40 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 清々しい風が吹く、麗らかな午後だった。 河川敷に真っ直ぐ伸びた遊歩道、その向こうから小走りに近付いてくる少女を認めて、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は血色の目をゆっくりと細める。 死期迫る想い人・糸杉福寿を永らえるべく、禁断の薬に手を伸ばしたフィクサード――誉田一華。 永遠の戀(こい)なんて、信じちゃあいないけれど。きっと、彼女の願いは本物なのだろう。 縋るものが悪魔と知っていてなお、希わずにはいられない必死さ。かくも、人は滑稽で愛おしい。 「――時よ止まれ、この瞬間こそが美しいってね?」 道の中央に進み出て進路を塞ぎ、かの戯曲の台詞を口にする。 足を止めた少女に、『欠けた剣』楠神 風斗(BNE001434)が声をかけた。 「誉田一華、だな。オレたちはアークの者だ。……と言えば、用件は大体わかるだろう」 「アーク……」 ぎくりと身を強張らせ、狼狽と焦りが入り混じった眼差しでリベリスタを見詰める一華。 戦うつもりはないと、『花染』霧島 俊介(BNE000082)が彼女を制した。 「話に来たんだ、俺達は」 両手を上げ、敵意も害意も持ち合わせていないことを示す。 眉を寄せる一華を見て、『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)が静かに口を開いた。 「……随分と危ない橋を渡っているな、誉田」 彼女がアークを警戒するのは、自分が用いた薬のリスクを承知しているがゆえ。 アーティファクト『ファウストの叫び』――悪魔の小瓶が精製する液体は、服用した者の“時”を堰き止める代わりに、その身を革醒の危険に晒す。崩界の阻止という観点に立つなら、毒にしかならない代物だ。 「終わりにしよう、そんな神秘に頼った延命なんて」 何とか思い止まって欲しいと願いを込めて、俊介はそっと手を伸ばす。アーティファクトの回収さえ叶えば、任務はひとまず完了だ。それで万事解決とはいかなくとも、一華と福寿にとっての“最善”を考えてやる余地は生まれる筈。 しかし、返って来たのは明確な拒絶だった。 「冗談、じゃないわ。ここで終わりになんて、出来る訳ない……!」 一華の足元に広がった彼女の影が、大小に枝分かれして伸び上がる。 瞬く間に人の形を取った五体のE・フォース――『毒心』たちを眺めやり、『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は表情を変えることなく前に出た。 そもそも、一華がこちらの要求を呑むとは思えない。自分から『ファウストの叫び』の使用を中止してしまえば、彼女には『想いを寄せる相手の命を悪戯に削った』という事実しか残らないからだ。 「気持ちはわからないでもない、けど……止めさせて、もらおう」 まずは、力ずくで捻じ伏せる。言葉をかけるのは、それからでも遅くはない。 小型の一体を抑えに動いた『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)が、“Broken Justice(壊れた正義)”の名を冠するガンブレードの銃口を敵陣に向ける。 人の悪しき思念を集めてE・フォースとなし、所有者の駒とするアーティファクト『悪徳の檻』。これと『ファウストの叫び』の二つを破壊するのが、自分達の使命だ。 吐き出された無数の弾丸が空を裂き、一斉に牙を剥く。 刹那、背の翼を羽ばたかせた遥紀を中心に烈しい風が起こり、敵を魔力の渦に呑み込んだ。 ● 人間サイズの影のうち、一体が一華の守りにつく。 俊介が構わず裁きの光を輝かせた瞬間、最も大きな『毒心』が戦場を漆黒の海に変えた。 圧力を伴う荒波がリベリスタの全身を叩き、精神に打撃を与える。 直後、天乃が水面を歩くかのような足取りで巨大なE・フォースに迫った。 「さあ……踊って、くれる?」 虚空より伸びる幾本もの気糸を操り、敵を十重二十重に締め上げる。彼女の後に続いてブロックに加わった葬識が、暗黒の瘴気で『毒心』の群れを薙いだ。 破壊神もかくやと思われる戦気を纏い、風斗が“デュランダル”を構える。決して折れないと誓った青年の剣には、一筋の亀裂。ともすれば千々に乱れてしまいそうな心を叱咤して、彼は一華に視線を向けた。 大切な人を失いたくないという想いは、痛いほど解る。 福寿の命を繋ぎ止めるため、行動を起こさずにはいられなかった彼女の心境も。 だが――その果てに齎されるであろう結末を思えば、放っておく訳にはいかない。 「どうせ、噂の『万華鏡』とかで知ってるんでしょ? 彼のことも、私が“あれ”を使った理由も、何もかも全部……!」 道を塞ぐリベリスタを忌々しげに睨んで、一華が声を荒げる。 激情に顔を歪ませる彼女の全身から、凄まじい呪力が膨れ上がった。 「私だって、あんな物に頼りたくなかった。でも、他に方法なんて無かったのよ」 何も、永遠を望んだ訳じゃない。 せめて来年の春、桜が咲くまでの時間を彼にあげたいと思っただけ。 「それが罪だって言うなら……地獄でも何でも行ってやるわ!!」 悲痛な叫びと共に生み出された極小の『赤い月』が、不吉なる歪みを撒き散らす。『悪徳の檻』により強化された精度と威力は、無視出来るものではなかった。 諸々の要素を考慮すると、長期戦は避けたい。仮に一華が『毒心』を増やし続けた場合、雑魚で壁を作って逃げられる可能性が出てくる上に、アーティファクトの代償で彼女が死亡する危険すらある。こちらとしては、早めの決着を狙いたいところだ。 「――ならば、その為の道筋を切り拓く!」 黒一色のコートを風に靡かせ、拓真は“Broken Justice”のトリガーを立て続けに絞る。 銃弾が嵐の如く敵を穿っていく中、神の息吹で仲間を癒す遥紀が一華を確と見据えた。 「君の罪は、彼の生を願ったことじゃない。彼の意思を、踏みにじったことだ」 瞠目する少女に、白鴉の青年は低く言葉を重ねる。 「本当に彼は救済だけを求めたのか――確かめたのかい」 「え、偉そうに利いた風な口をきかないでよ。誰が、好き好んで死にたいっていうの」 なおも反論する一華の耳元に、俊介が声を届けた。 「彼が思い出になるのは、辛いよな、悲しいよな。今まで、よくがんばってきたな」 音の発生地点をすり替える“トリック”に驚き、己の周囲を見回す一華。 漸く声の主を探り当てた彼女が俊介と視線を合わせた時、彼は「でもさ」と続けた。 「俺思うん。終りがあるからこそ、今が輝くって。今が大切に思えるんだって。 来年の桜は無理でも、今年の桜は綺麗だったよ、一華」 聖なる閃光を放ち、『毒心』を纏めて灼く。 「何が言いたいのよ」 少女が態度を硬化させたのを認めて、風斗が横から口を挟んだ。 「万華鏡は、糸杉さんのノーフェイス化を予見している。フェイトを得るかも、という望みも無い」 宣告を受けた途端、一華の顔が青ざめる。言葉を失った彼女に、俊介は諭すような口調で語りかけた。 「ここら辺で引き返さないか? お前の選択で、彼が彼じゃなくなるのは本望じゃねえだろ?」 ノーフェイスと化せば、福寿は遅かれ早かれ人としての“かたち”を失う。その時まで、彼の理性が保たれているかどうかは定かではないが――いずれにしても、待ち受けているのはさらなる悲劇だけだ。 「彼がノーフェイスになったら、私が殺すわ。その後に、“あれ”も壊せば文句は無いでしょ? あんた達に迷惑はかけないから、もう放っておいてよっ!!」 必死に訴える一華の声は、もはや絶叫に近い。 『毒心』が放つ影の糸に貫かれた天乃が、続く大剣の一撃を凌ぎつつ口を開いた。 「分の悪い賭け、だね」 「可能性に縋って何が悪いの!?」 お説教なんて聞きたくないと耳を塞ぐ一華に、彼女は首を横に振る。 「……責めるつもりはない、よ。たとえ、その安寧、が一瞬で消えるかもしれないもの、でもね」 ただ、これだけは問わねばならない。 「その覚悟、はある? 手にかける覚悟、は?」 半年と期限を切られたことに耐えられない者が、すぐにでも訪れるかもしれない別れに耐えられるのか。 天乃には、一華が“その時”に然るべき決断を下せるとは到底思えなかった。 「あ、あるわよ。さっきから、そう言ってるじゃない……!」 一華の足が、小刻みに震える。言葉とは裏腹に、表情と声音には動揺がはっきりと滲んでいた。 想い人が病み衰えていくという変化を恐れながら、彼に革醒という別の変化を促し。 悪魔に魂を売ってまで終末を先延ばしにしようとする癖に、いざとなれば自分で幕を引くと言う。 そんな自家撞着に、彼女は果たして気付いているのだろうか? 千里の闇をも見通す目に一華の姿を映して、葬識は口の端を持ち上げる。 「命を永らえるなんて、甘い、ごく甘い毒の誘いだね。 ――ねえ、今がよければ、糸杉ちゃんの時間を奪ってもいいの?」 寿命を持つ生き物にとって、時間とは命と同義だ。 殺人鬼だって、命が地球より重いことくらい知っている。 「なにかを“奪って”も、自分のわがままが通るのなら素敵なことだね! だって、自分が一番気持ちいいことしたいもん!」 容赦のない一言を浴びせてはいても、葬識に悪意は微塵も無い。彼からすれば、“本当のこと”を指摘しているに過ぎないからだ。もっとも、それこそが人間にとって最も残酷だったりするのだが――。 “逸脱者ノススメ”を両手で操り、眼前の『毒心』に奈落の刃を見舞う。 呪いを孕む大鋏が影を刻んだ刹那、金属の擦れ合う音が風斗の耳朶に禍々しく響いた。 先日、任務の中で罪無き人を殺めた記憶が脳裏をよぎる。世界のためと言葉を飾っても、それは虐殺以外の何物でもなく。自分の都合で“奪った”という事実があるゆえに、葬識の台詞は罅割れの生じた風斗の心に深々と突き刺さっていた。 リベリスタの猛攻で撃ち減らされた分を補うべく、一華が新たに二体の『毒心』を召喚する。 「私は、あんた達が言うフィクサードよ……自分が良ければ、それでいいの……」 開き直った振る舞いが虚勢でしかないことは、誰の目にも明らかだった。 「……お前は、ただ現実から目を逸らしているだけだ」 己に対する自嘲を込めて、風斗は声を絞り出す。握り締めた剣が、今日はやけに重い。 「彼が見る最後の光景を、“お前に殺される”場面にしたいのか? それがお前の望むことか! それを望むと思うのか、彼が!?」 勢い良く地を蹴り、一華に肉迫する。 闘気を溜めた“デュランダル”の一閃が、少女を庇う影を吹き飛ばした。 ● 思わぬ苦戦の理由は、敵の火力の高さと、リベリスタ側の認識の齟齬にあった。 強力な個体から倒すか、小物から潰して数を減らすか、『悪徳の檻』を持つ一華を叩くか。各自の方針が統一しきれていないことで、連携に隙が生じてしまっている。 結果、天乃と俊介が相次いで運命を削るという事態に陥ったが――アークの精鋭たる彼らは、そのまま押し切られることを是としなかった。 命言祝ぐ詠唱を響かせた遥紀が、清らかなる風で戦場を包む。 癒しを阻む呪いが祓われ、傷が塞がれたことを確かめた後、彼は一華に視線を移した。 「……本当に彼は、気が付いていないのかな」 紅と蒼の双眸に真摯な色を湛えて、かねてよりの疑問を口にする。 服用回数が少ない今の段階なら、福寿が病状の停滞を自覚していない可能性はあるかもしれない。 しかし、健康に不安を抱えている人間が、週に一度手渡される“得体の知れない栄養ドリンク”を素直に飲むものだろうか? 「彼がそれを飲んでも構わないと思ったのは、如何してだろうね」 警戒心が薄いのか、あるいは届けた者をよほど信頼しているのか。 そもそも、福寿は二度と桜が見られぬことだけを憂いたのか? そこに“誰と”というニュアンスは含まれていなかったか? ――全ては、推測に過ぎないけれど。 「君に出来るのは、悪魔の取引を続ける事だけか」 アークとして『ファウストの叫び』を破壊しない選択肢は無いと述べた上で、遥紀は一華に問う。 沈黙に、天乃の声が重なった。 「……誰だって、いつかは、死ぬ。残された時間が……わかってるだけ、でも感謝すべき」 唇を噛み締める一華の口元から、赤い血が滴り落ちる。 「言葉、が過ぎた、ね。……さあ、続き、は闘い、で語ろう」 短く詫びて、天乃はオーラの糸を手繰った。一片の希望も残さずに敵を絞殺せしめるこの技も、状態異常への耐性を備えたE・フォースの動きを封じることは叶わない。 一華を狙う風斗の首筋を巨大な鎌が捉えた瞬間、赤い血が噴水の如く散った。 暗黒の瘴気で人間サイズの『毒心』を仕留めた葬識が、再び『悪徳の檻』の力を借りようとする少女に声を投げかける。 「ねえ、君はソレに命をかけれるの? 悪意の代償は小さくは、ないよ」 駒をこれ以上増やせば、命の保障はないだろう。一華を殺さないと決めた面々の意思は、ちゃんと尊重するつもりだ。 自らに宿る運命を燃やして踏み止まった風斗が、鬼気迫る形相で“デュランダル”を振り被る。 大丈夫だ。今日は、この剣で人を殺めることはない。埋め込んだ慈悲の種子が、命を繋いでくれる筈。 一華を切り伏せた刹那、強烈な吐き気が喉元にこみ上げた。思わず息を詰まらせた彼の傍らで、素早く駆け寄った拓真が倒れた少女を抱き起こす。 彼女の懐から取り出された『悪徳の檻』が拓真の剣で両断されたのを見届け、遥紀は彼に頷いた。一華はアーティファクトの反動でダメージを受けてはいるものの、命に別状はなさそうだ。いずれかの条件が悪い方向に転べば、最悪の事態もあり得ただろうが。 あとは、コントロールを失ったE・フォースを掃討し、『ファウストの叫び』を砕くだけだ。俊介が審判の光で残敵を焼き払っていく中、天乃が眼前の巨体に死の爆弾を埋める。 「……爆ぜろ」 炸裂の衝撃で仰け反った『毒心』の首を、葬識の鋏が刈り取った。 ややあって、意識を取り戻した一華が目にしたのは『ファウストの叫び』の残骸。 絶望に打ちひしがれる彼女の隣に、俊介が腰を下ろした。戦いで怪我をさせたことを詫びてから、神妙な面持ちで告げる。 「もうやめようぜ、こんな事。全てが終わってから後悔するんじゃ遅いんだ」 「あんた達が……終わらせたあんた達が、それを私に言うの!?」 激昂する一華の怒号を真っ向から受け止め、俊介はゆっくりと頭を振った。 今なら、福寿は生きている。残り時間が大幅に削れたことは確かだが、命の最後の一欠片が零れ落ちるまでは、まだ終わった訳じゃない。 「手遅れになる前に、やるべき事があるだろう?」 俊介の願いは一つ。伝えるべき想いを、彼が生きているうちに伝えて欲しい――それだけ。 「どの面下げて、会いに行けばいいのよ……」 がくりと肩を落とし、顔を伏せる一華。 ここまで様子を窺っていた拓真が、初めて口を開いた。 「俺達は、糸杉福寿とは接触していない。これからどうするかは、そちらに委ねる」 返答を待たずに、言葉を続ける。 「彼はまだ、君がついていた嘘に騙されたままだ。残りの時間を、何も知らずに過ごす事も可能だろう」 何を言おうと、価値観の押し付けにしかならないことは百も承知。 自分に出来るのは、彼女に知る限りの情報を与え、決断を促すことだけだ。 「……可能なら、俺はその時間の中で彼から君に多くの事を学んで欲しいと思う。 彼も、君に伝えるべき何かを抱えている筈だ」 一華の肩が、微かに震える。 「用が済んだなら、帰ってよ。私を、一人にして……!」 俯いたまま叫ぶと、彼女はその場に泣き崩れた。 ● 一華が病院を訪れたのは、面会時間も終わりかけた頃だった。 福寿には合わせる顔がないが、“薬”の効果が切れた彼の様子が気がかりで。 迷った挙句、この時間になってしまった。 看護師に面会謝絶を告げられ、頭の中が真っ白になる。 容態急変の原因が自分にあることは、疑いようがなかった。 病室の前に立ち尽くす一華の胸に、後悔が押し寄せる。 想い人に残された半年をチップにした賭けの代償は、あまりにも重い。 せめて、彼の意思を確かめていれば何かが違っただろうか。 別の方法を、選べただろうか。 リノリウムの床に、涙の雫が落ちる。 動き出した時の中で、少女はただ、福寿と言葉を交わすことを願った。 ● 数日後、糸杉福寿はこの世を去った。 齎された報告を、葬識はいつも通りに、風斗は複雑な表情で、それぞれ受け取る。 福寿をアーク関連の病院に移すという天乃の提案は諸々の事情で叶わず、万一に備えて監視をつけるという方向で落ち着いた。最後まで見届けることを望んだ俊介も、別働班に混ざって何度か足を運んでいる。 俊介が知る限り、危篤状態に陥った福寿は一時的に意識を取り戻したらしい。彼の家族に許しを得た一華が、病室に入ったことも聞いた。 やはり、福寿は全てを察していたのではないだろうか。その上で、一華に運命を委ねたのではないか。 二人が最後に交わした言葉を知る術はないが、遥紀には、そう思えてならない。 報告を終えたメンバーを労い、拓真はブリーフィングルームを後にする。 福寿の死に直面して、一華は何を思っているだろう。“薬”を奪ったアークを、憎んでいるだろうか。 たとえ恨まれたとしても、自分のした事が間違いだったとは思わない。結果がどうあれ、それを受け止めて前に進むのが彼のあり方だった。 (俺は、俺が正しいと思う事を貫き通す) いつか、この命が果てるまで――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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