● 長年探していた“あれ”の手がかりを、ようやく掴んだと思った矢先だった。 当たりをつけた場所に向かう途中、我々はうっかり道を見失い。 ぐるぐると彷徨い歩くうち、またしても“この世界”に来てしまったのだ。 『ぱぱー、あれ“おんせん”だよね?』 息子に頷きを返した後、ワタシは目の前の温泉に見入る。 “この世界”の自然が生み出した、素晴らしい憩いの場。“あれ”こそ、ワタシが求めていたものだ。 『あなた、この子も疲れているみたいだし……ここで休めないかしら』 控えめな妻の言葉に、ワタシは少し考えて。ややあって、こくりと首肯した。 『――そうしましょうか』 我々は、基本的に“この世界”にとっての異物である。 長居は許されない身だが、ここまで歩きづめだったので帰る前に体を休めたいのも本音だ。 暫し湯に浸かるくらいなら、“この世界”に迷惑をかけることはない筈。 そう思ってワタシが次元の“穴”を振り返った時、そこから幾つもの小さな影が飛び出してきた。 好奇心旺盛な種族である“彼ら”のこと、あちらに開いた“穴”を見つけてここまで来てしまったのだろう。 『ワタシ達が帰る時に、一緒に連れて行けば大丈夫でしょうかね……?』 温泉を見てはしゃぐ“彼ら”を前に、ワタシは小さく首を傾げて。 “この世界”に住む友人達には会えるだろうかと、ふと空を見上げた。 ● 「温泉に行かないか」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタを前に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は単刀直入にそう告げた。 「山の中に、天然の温泉があるんだけどさ。その近くにディメンションホールが開いて、アザーバイドの団体さんが来てるわけ」 異世界に繋がる穴――ディメンションホールからは、時としてそこに住まう生き物(アザーバイド)が紛れ込むことがある。彼らの大半はフェイトを持たないので、アークとしては崩界を防ぐために『穏便にお帰り願うか、力づくで殲滅するか』のどちらかを選択することになるのだが。 「ま、今回は話の分かるアザーバイドが混ざってるんで、そのあたりはあまり心配ない。 夜明けを迎える頃には自主的に帰っていくし、ディメンションホールも同じくらいの時間に閉じる筈だからな。ただ、数が多いんでうろちょろして迷子になる奴がいたら困るし、見張っておく必要はあると」 ――要は、『そういう名目で温泉を楽しんでしまおう』ということである。 「アザーバイドは、リスザルに似た奴らが数十匹に、二足歩行の犬人間みたいなのが三人。 犬人間の方は両親と子供の一家で、前にも何度かこっちに来てる。確か、『犬さん』って呼ばれてたかな」 いずれも性質は極めて穏やかで、危険な能力を持っているということもない。 夜明けまで温泉を共に楽しむくらいなら、まったく問題はないだろう。 「そんな訳で、良かったら一緒にどうかと思ってさ。偶には、温泉でのんびりするのも悪くないかなって」 ここまで話を黙って聞いていた『Eile mit Weile』フェルテン・レーヴェレンツ (nBNE000264) が、ふと口を開く。 「考えてみたら、日本の温泉は初めてかもしれませんね」 異界の住人たちと堪能する天然の湯を思い浮かべて、彼は微かに目を細めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月24日(木)22:56 |
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● 白い湯気が漂う泉で、異界の生き物たちが体を休めている。 「こ、これが、温泉……」 立ち尽くすフュリエの呟きを聞き、ヴィグリーノは彼女に語りかけた。 「フォトンさんには珍しいかしら?」 その声に振り返り、フォトンは軽く肩を竦める。 「ヴィーはご存じ? わたくしはあまり知りませんの……」 ボトム・チャンネルの書物で読んだ記憶はあるが、実際に見るのは初めてだ。 身を屈め、指先を湯に浸すフォトン。 「あ、熱い……」 「無理はなさらないで。足だけでも気持ちいいわよ?」 慌てて手を引っ込めた彼女に、ヴィグリーノが落ち着いた口調で告げる。 そんな二人の傍らで、夕奈はぐるりと一帯を見渡し歓声を上げた。 「やあ、温泉。温泉! ええやんけ! 羽根伸ばすにゃ、これ以上は無いってもんやわなあ!」 とは言いつつも、大勢の“同僚”が居る場ではしゃぐのは些か性に合わない。彼女の狙いは、温泉で寛ぐ面々をターゲットにした営業だった。 持参した小舟を水面に浮かべ、いそいそと準備を始める。 時を同じくして、温泉好きのアザーバイド一家は命の恩人達と再会を果たしていた。 「お久しぶりです。またご一緒宜しいですか?」 怪盗の変身能力で女性の姿を取ったうさぎに声をかけられ、『犬さん』が相好を崩す。 「もちろんですとも。むしろ、お邪魔してばかりで申し訳ない限りですが……」 恐縮したように頭を下げる彼に、ベルカは心配無用とばかり笑ってみせた。 「ひと時の休憩に目くじらを立てるほど、我らの世界も狭量ではありますまい。 歩きづめでお疲れでしょうし、どうかゆっくりしていって下さい」 リベリスタと言葉を交わす『犬さん』を横目に、龍治は心中で独りごちる。 (……成程、犬人間だな) 何とも奇妙な姿だが、神秘界隈ではそう珍しくもあるまい。 木蓮が彼らと交流したいと言うから付いて来たものの、傷だらけの肌を晒すことに抵抗がある身としてはなかなかに複雑だ。 「へへー、ぬくいから寒さは感じないな!」 頭を撫でてくる恋人に頷きを返し、龍治は黙って温泉に身を沈める。 彼女の用が済むまで、持って来た酒でも呑んで待つとしよう。 別の一角では、『犬さん』らと異なるチャンネルを故郷とする白猫が温泉と睨めっこしていた。 「お風呂とか、平気?」 糾華の問いに、“彼”――『アンペル』は首を横に振る。 猫の多くがそうであるように、濡れることにあまり積極的ではないようだ。 「こわくないって」 先陣を切って飛び込んだ夏栖斗が、湯に浸かりながら手招きする。 「これは温泉。怪我とか病気とか治すところ。 ……ほら、拓真も! お前は真剣に湯治しろよ!」 急かす声に苦笑しつつ、拓真は彼の後に続いた。 「そう慌てるな。言われずとも、温泉に来て湯治をしない心算はないさ」 立ち竦んだままの『アンペル』を、糾華が優しく撫でる。 「どうしても怖いようなら、無理に入らなくてもいいのよ?」 逡巡の後、“彼”は顔を上げて答えた。 『ぼく』『がんばる』 糾華の腕に抱かれた格好で、恐る恐る温泉に入る。 毛を逆立たせて黄色い光を瞬かせる『アンペル』を見かねて、夏栖斗と拓真が口々に言った。 「顔だけあげておちついて」 「少しずつ、ゆっくり浸かると良い」 胸まで湯に沈んだところで、光の明滅が止まる。 「な? こわくないだろ?」 夏栖斗が改めて尋ねると、『アンペル』はこくりと頷いた。 喉を鳴らす“彼”の顎に触れて、糾華が囁く。 「でも、そうね、アークでちゃんとシャンプーはして貰うのよ? 不潔な男の子はモテないわよ……なんてね、ふふ」 目を剥いた『アンペル』を見て、彼女は冗談よと言って笑った。 木陰には、別働班が設置した男女別の更衣テント。 着替えを済ませて出たシエナは、周囲に視線を巡らせて。 同じタイミングで温泉に向かうフェルテンを呼び止め、その前でくるり回ってみせる。 「着方、合ってる……かな?」 「大丈夫だと思いますよ。競泳水着ですか」 「キョーエイ水着?」 シエナ曰く、顔見知りのアーク職員(男性)が喜んで貸してくれたとのことだが……もしかして、それって競泳型のスクール水着なのでは。二人とも気付いてなさそうだけど。 「親切な方ですね」 フェルテンと言葉を交わしつつ、シエナは肩の上まで湯に浸かる。 彼の故郷にも温泉はあるようだが、マナーの違いなどで戸惑うこともあるらしく。アークに来て日が浅い彼女には共感出来るところも多かった。 ゆったりと足を伸ばして、感嘆の吐息を漏らすシエナ。 「日本の文化は、奥深い……ね」 「ええ、本当に」 たとえ馴染みは薄くても、心地良さは変わらない。 一方、永遠は数史を見つけて声を弾ませる。 「奥地様! 久方ぶりでございます」 暫く会わぬ間に少し強くなったのだと告げれば、黒翼のフォーチュナは「頼もしいな」と相好を崩した。 共に温泉に浸かり、取り留めのないお喋りに興じる。 好きな季節を問うと、彼は少し考えてから答えた。 「やっぱり春かな。館伝は?」 「僕も春が好きです。嗚呼、でも冬も好きです」 耐え凌ぐばかりの冬は、自分に似ている気がするから。 そして。春の訪れは、彩りの失せた野と心に花を咲かせてくれるから。 「奥地様の傍に居るときは、永遠は幸せな気持ちになれます。 ……これからも、たくさんお話ししてくださいませね」 想いをのせて、永遠はそっと囁きかける。 俺で良ければいつでも、と返して、数史は微笑った。 「友達になるって、前に約束したものな」 その頃、『アンペル』を連れた三人は『犬さん』一家と対面していた。 「や、可愛らしい」 『犬さん』らと語らう『アンペル』は、もう温泉に慣れたようで。糾華は、ほっと胸を撫で下ろす。 傷を隠しているとはいえ、水着姿で遊ぶのはまだ少し苦手だが……やはり、来て良かった。 暫く会話に夢中になっていた『アンペル』が、不意に沈黙する。 一家をじっと見詰める白猫の背を、夏栖斗がぽんと叩いた。 「アンペルにも、家族はいるんだぜ」 “彼”が振り返ったところに、笑って続ける。 「僕がお父さん、あざちゃんといっちーがお母さん、拓真は……おじいちゃん!」 『おとうさん』『おかあさん』『おじいちゃん?』 一人一人の顔を見る『アンペル』に、「私はおねえちゃんポジションで結構よ?」と糾華。 この歳で孫を持つことになるとは、と呟いた後、拓真はそれも悪くないと頷いて。 「こちらの生活には慣れたか?」 『アンペル』のかつての保護者がそうしていたように、優しく声をかけた。 ● 白のビキニに身を包んだ明華は、丁度良い湯加減にご満悦。 「いやー! アークもなかなかいいところだね!」 まさか、温泉に入るだけの仕事にありつけるとは思っていなかった。 幸運に感謝しつつ体を温め、防水仕様のデジタルカメラに風景を収めていく。無論、肖像権の侵害にならないよう配慮するのは忘れない。アザーバイドを写すなど、もっての他である。 帰ったら、急いでブログにアップしよう。知られざる秘湯のレポート――きっと、楽しい記事になる筈。 程近い場所では、湯浴み着姿のアズマが久方振りの温泉を堪能していた。 こういった格好だと、男性と間違われがちなのが悩みと言えば悩みだが……水着で肌を晒すよりは、こちらの方が寛げる。 「話には聞いていたが、やはり良いものだな」 ゆるりと景色を楽しむ彼女の前を、ふと、二匹のリスザルが横切った。 戦闘力を持たぬとはいえ、アザーバイドの群れが間近に居るという事実に落ち着かない気分になるが、殆どのメンバーは問題にしていないようなので「そういうものか」とも思う。 よく見れば、二匹はシンクロナイズドスイミングのような遊びに興じており。その様は、なかなか愛嬌があると言えなくもない。 「……少しくらいは、遊んでも良いよな?」 勢い余ってひっくり返ったリスザルを拾い上げると、アズマは誰にともなく呟いた。 温泉でのんびり過ごしていれば良いのだと承知はしていても、身に着いた習慣とは恐ろしいもので。 無意識に“お客様”の動向に目を配ってしまうあたり、レイカは根っからのフライトアテンダント気質なのかもしれない。 リスザルの一匹が湯から上がるのを認めて、その後を追う。ふらつきながら歩く小さな体を捕まえると、彼女はリスザルの真っ赤な顔を見て首を傾げた。 「のぼせたのかしら」 予備のバスタオルで包んだ後、涼しめの場所に寝かせてやる。火照った体に、風が心地良かった。 「んー、冷たい飲み物とか少し欲しくなるわねー」 ここまで山奥となると、自動販売機の類も見当たらない。どうしたものかと首を捻った時、レイカの耳に夕奈の声が届いた。 「飲み物食べ物どうっすかあ。キンキンに冷えたビールから熱燗、ジュースもあるっすよお」 渡りに船とばかり彼女を呼び、自分とリスザルの分を買い求める。 「支払いは後でええっす、てか経費で落ちるかもやし……」 夕奈がそう答えた時、彼女は何者かの視線を感じて振り返った。 そこには、売り物のジュースを抱えてこちらを見上げるリスザルの姿。 「……まあええわ、サービスで」 少し考えた後、夕奈は軽く肩を竦めて小さな客に告げた。 髪が湯に触れないよう、しっかり纏めて。 色違いの湯浴み着に袖を通した少女達は、温泉にゆったりと身を委ねる。 桜、藍、象牙の三色が並ぶと、まるで花が咲いたようで。 華やかな雰囲気の中、彼女らはお喋りを楽しんでいた。 「ふわぁ……あったかぁい」 「お湯気持ちいいねっ。何時間でも入ってたくなっちゃうよー」 頬を緩ませる旭とアリステアを見て、ミュゼーヌが二人を窘める。 「確かに分かるけど……そこは程々にね」 折角の行楽、慌てることはない。夜が明けるまで、何度入り直しても良いのだから。 「あは。ずっと浸かってたら、ふやけてなくなっちゃうかも」 旭が冗談めかして笑うと、アリステアが彼女の後ろを指して声を上げた。 「あ、リスザルさんだ」 温泉の手前に立ったリスザル達が、興味深げにこちらを眺めている。 周りには果敢に泳いでいるものも居るが、あのグループはどちらかと言えば臆病なタイプらしい。 「えっと、温泉浸かりたいの? これなら溺れないかな」 歩み寄ったアリステアが湯の入った手桶を差し出すと、彼らは恐る恐るその中に入った。 うちの一匹を両の掌に乗せ、旭が「だいじょうぶだよ」と声をかける。 怖がらせないよう、ゆっくりと湯につけて。少しずつ慣らしていくうち、強張っていたリスザル達の表情もいつしか綻んだ。 「どお、きもちーでしょ?」 ほっこりする旭とリスザルの横を、アリステアが湯に浮かべた玩具のあひるが通り過ぎる。 桶の中にいる一匹に手を差し出したミュゼーヌが、小さな来訪者を指で手招きした。 「この世界での存在を認める訳にはいかないけど……ほんの僅かな短期滞在ならね」 リスザルを肩に乗せて、穏やかな微笑を浮かべる。 不意に、旭が赤い顔で口を開いた。 「ふぁ、ぽわっとしてきた……」 すかさず、アリステアが水筒とコップを取り出す。 「冷たいお水持ってきたから、よかったら飲んでくださいなの」 彼女にとって、ミュゼーヌと旭はいつも優しい“憧れのお姉ちゃん”で。 今日はそんな二人と同行出来る機会とあって、胸が弾みっ放しだ。 「ふふ、ありがとう。頂くわ」 コップを受け取り、ミュゼーヌが礼を述べる。アリステアと温泉に入るのは初めて、旭とは二回目だが、この機に双方と距離を縮められたらと願うのは彼女も同じ。 「リスザルさんものむ?」 水を口に含んで体の火照りを取りつつ、旭はリスザル達に笑いかけた。 いつも着物姿だから、これまで気付かなかったけれど。 常磐色のビキニを纏った紫仙は、なるほど“脱ぐとすごい”と評するに相応しいスタイルで。 「……紫仙ってば、随分とご立派なモンをお持ちなコトで」 向かい側に座るはぜりなど、すっかり彼女の胸元から目を離せないでいる。 「私の体なんて見たって、面白いことないだろうに。胸なんて大きくても邪魔なだけだぞ?」 本人は事も無げにそう言うものの、貧乳にとってはそのサイズこそがステータスだ。 「ほら、うちのつるぺたとは比較にもなんないしさ。いやはや、眼福眼福」 にまにまと笑いながら、赤いビキニを着けた痩身を湯に沈める。 「あー……温泉最っ高」 心地良さのあまり表情を緩ませるはぜりの前で、紫仙が小さく吐息を漏らした。 「ふぅ、やはり湯につかるというのはいいものだな」 疲れが一度に吹き飛ぶ心地良さは、まさに生き返るという表現がしっくり来る。 度重なる戦いで無理を重ねている者も、この機にゆっくり養生して貰いたいものだが――。 その時、はぜりが紫仙を呼んだ。 「ねぇねぇ紫仙、こんだけ気持ちいいとさ、美味いモンも欲しくなんない?」 くいとお猪口を傾ける仕草で、にひひと笑いかける。 どうやら、ここに来る途中で良さそうな地酒を手に入れてきたらしい。 「……良い提案だ、全力で賛成しよう」 極上の湯に、旨い酒。あとは、上等の肴があれば完璧か。 喧騒の中、同年代の主従はリスザル達と遊ぶ。 「わたくしの我儘にお付き合い頂き有難うございます」 「こっちも行きたかった訳だし、気にすんなって!」 丁寧に礼を述べる葵に、駿河は寛大な一言を返して。 温泉の魅力はどの世界でも共通かと、湯に浸かるリスザルを見やる。 その視界に女性リベリスタの水着姿が映った時、葵が絶妙のタイミングで言った。 「坊ちゃま、はしたないですよ。豊満なお胸に興味をそそられる年頃だということは分かりますが」 「おまっ!? べ、べべべ……別に興味ねーし!?」 あからさまに動揺した様子で、傍らのリスザルを撫で回す駿河。 「目が語っている気がしましたので」 しれっと言葉を重ねた後、葵は別の一匹を抱き上げた。 リスザルの背に湯をかけてやりつつ、“残念”と評されがちな主に問いかける。 「――リベリスタは慣れてまいりましたか?」 「どうだかな。正直分かんねーよ、俺って馬鹿だしさ」 肩を竦める彼を一瞥して、彼女は小声で呟いた。 「気付いたら、坊ちゃまも富士山のように……」 「葵。今何か言ったか?」 怪訝な表情になった駿河に、いえ、と頭を振って。 涼しい顔を崩すことなく、彼の背後を指し示す。 「見てくださいませ、リスザル様が楽しそうです」 目を向けると、手足をばたつかせて水面を浮き沈みするリスザルの姿。 いかにも必死そうな動作が、どこかユーモラスにも思え…… 「……って、待て、ソイツ溺れてるだろソレーっ!?」 すんでの所で気付き、駿河は慌てて救出に動く。 彼が差し出した手に掴まると、窮地を脱したリスザルは安堵の息を漏らした。 温泉の前には、これから甘い時間を過ごさんとする恋人たちの姿も見られる。 更衣テントから出てきたユーヌは、上品な湯浴み着に身を包んでいて。 「……む」 ブーメランパンツをはいた竜一が思わず目を見張ると、彼女はいつも通りの表情で答えた。 「おや、水着の方が良かったか?」 その問いに、竜一は首を横に振る。 これはこれで新鮮だし、露出度の高い水着で人前に出られるよりはずっと安心だ。 そういうデザインのものは、二人きりの時にこそ楽しむべきだから。 並んで湯に入り、同時に腰を下ろす。 「湯浴み着なユーヌたんも新鮮……」 自分を凝視する竜一の傍らに、ユーヌは日本酒をのせた盆を浮かべた。 「折角だ、酒でもどうだ?」 「おお、温泉で酒とはまた風流」 ユーヌを膝の上に乗せ、盃を差し出す竜一。 「やれやれ、そんなにくっつかれても注ぎにくいが……」 ぼやきながら酌をすると、彼は最愛の恋人を肴に酒を呑み始めた。 「はあ……ユーヌたんは今日も可愛いなあ、独り占めしたいなあ、ずっとちゅっちゅしたいなあ」 どうせ見るなら夜空にすれば良いのにとは思うが、ユーヌとて愛でられて悪い気はしない。 「他に目を向けなければ、何時でも何処でも独占できるのにな?」 軽く口付けた後、彼女は温泉卵を手に取って竜一の唇に運んだ。 「……ふむ、半熟だと指に垂れるな」 指先についた白身を舐め取る舌の感触に、くすぐったさを覚える。 「温泉卵うめえ。ユーヌたんもうめえ」 一緒に居る時が一番幸せだと頬ずりする竜一の腕の中で、ユーヌもまた心より満たされていた。 少し喧騒から離れた一角では、喜平とプレインフェザーがお猪口で乾杯する。 「おー、星もよく見える」 天を仰ぐ少女が飲むのは、徳利に入れてきた緑茶。成人するまで、まだ“本物”はお預けだ。 暑くなる前に来られて良かった、などと他愛ないやり取りを交わしつつ、二人で温泉に浸かる。 会話がふと途切れた時、プレインフェザーが「そうだ」と声を上げた。 「コレ、ありがとな。嬉しい」 自分が身に着けている湯浴み着を指して、はにかむように礼を述べる。 桜色の下地に白の六花を散らした袖無し浴衣風のそれは、喜平が彼女に贈った特注品だ。 「色もキレイだし、形も日本ぽくて涼しげでイイ……んだけど、裾、短くねえかな。 スキ間も多くない……?」 脇の下から腰にかけて入った格子状のスリットと、やけに攻めにかかっている裾の長さを見て、これが普通なのだろうかと首を捻る。 曖昧にお茶を濁しながら、喜平は眼帯に隠されていない左目でプレインフェザーを眺めた。 濡れた髪に、ほのかに上気した肌。まだ幾らも呑んでいないのに、身も心も蕩けてしまいそうになる。 「いや全く……褒める言葉が見つからない」 如何してくれようか、と目を細めると、彼女は照れた表情のまま指を組んで。 「……見るのは自由だけど、似合ってなくても笑わないよーに」 水鉄砲で、喜平の頬に湯をかけた。 お返しにと機械化した右腕に指を這わせるプレインフェザーに笑みを返し、喜平は徳利を手に取る。 空になった互いのお猪口を酒と緑茶で満たしてから、彼は少し気取って言った。 「この素晴らしい湯を君と愉しめる至福に、感謝を込めて」 ――もう一度、乾杯。 自分が男の色気に耐性が無いことを、迂闊にも失念していた。 真っ赤になって俯く魅零に、葬識が笑いかける。 「何恥ずかしがってるの? 水着だから恥ずかしくない!」 「水着だからオッケー☆という訳じゃないんです!」 声を返せはしても、彼が眩しくてまともに見ることすら出来ない。 こんなことでは駄目だ。今回のようなチャンスは、きっと二度と無い。 ショート寸前の思考で、何とか顔を上げようと試みる。 ややあって、葬識が悪戯っぽく囁いた。 「尻尾あらってあげようか?」 「! 尻尾だけは駄目です!」 水面から覗いていた機械の尻尾が、びくりと波打つ。 飛沫を跳ね上げてそれを湯に沈めると、彼は「冗談冗談☆」と悪びれずに言った。 「ほら、怒らないで! あひるさんだよー」 あひるの玩具を浮かべて、魅零の方へと押し出す。 「こゆの、嫌いじゃないでしょ? なんだかんだで、黄桜後輩ちゃんは女の子らしいもんね」 そりゃあ、可愛いものは嫌いじゃないけど。それよりも――。 尻尾の先で、あひるの玩具をつつく。不意に、葬識の手が彼女の顔に触れた。 「これ、綺麗だよね」 左目の下にあるバーコードを、指先でなぞる。それは、魅零が“売買”されていた頃の名残。 無意識に身を強張らせる彼女に、葬識は優しく声を重ねた。 「触れられるの、いや?」 トラウマが蘇る。でも、彼が軽い気持ちでそうしたのではないことは分かるから。 「……黄桜は商品です。物です。綺麗という言葉は勿体無いと思います」 やっとの思いで、魅零はそう告げる。 「もう、物でも商品でもないでしょ? 俺様ちゃん嘘はつかないよ」 自然に紡がれた一言。溢れた嬉し涙を、葬識の指がそっと拭った。 ● 天を仰ぐと、湯気の彼方に丸い月が浮かんでいた。 山桜の花弁が、頭上にふわり散って。雷音は、水面に舞い降りた一枚を掌でそっと掬い上げる。 「風流だな」 囁く声に頷きを返してから、快は彼女に笑いかけた。 「忙しいところ悪いね、来てくれて助かったよ」 最近は生傷が絶えないから、少し休養したい。そう言う快に付き合う形で、ここまで来たけれど。 彼が負ってきた傷の数と深さを思うと、雷音の表情はどうしても憂いの色を帯びる。 たとえ、それが理想(ユメ)に近付くため必要なものであったとしても。 横から止めるのは無粋だと、承知してはいても。やはり、傷ついて欲しくはない。 黙り込むうち、雷音は自分に向けられた快の視線に気付き。 異性と並んで温泉に入っているという事実を、不意に思い出す。 「な、なんだ、突然。あまり、妙齢の女子をまじまじと見るな!」 慌てた雷音が咄嗟にそんな台詞を口にしたものだから、快もつられて意識してしまった。 幼いとばかり思っていた妹分が、いつの間にか女性らしい身体つきに変化しつつあることを。 「その、あんまり、変に恥ずかしがるなよ……却って気になるから、さ」 しどろもどろに弁解する快に両手でお湯をかけ、雷音はぷいと顔を背ける。 お互い湯浴み着も纏っているのだから何も問題はないと、自分に言い聞かせながら。 「……そんなことより、しっかりと、湯治をするのだ」 振り向こうとしない雷音に、快は微かに苦笑して。 彼女が自分の目を気にせず済むようにと、黙って瞼を閉じた。 冬に二度。次いで初夏、さらに一年の間を空けて真夏。 これまで『犬さん』が訪れた季節を順に思い返して、うさぎは彼に語りかける。 「春に来られるのは初めてですね」 「そういえば、前に伺った時はもっと寒いか、暑かった気がします」 『犬さん』が首を傾げると、うさぎは湯気に霞む山桜を示して言った。 夜の帳に覆われてなお、密やかに散る花弁は美しい。 「春はほら――こういう風雅さと申しますか、花々が色づく季節ですから」 「やあ、これは見事」 目を細めて花を愛でる『犬さん』夫婦を見て、彼らとの縁がこの先も続いてゆくという確信が芽生える。 叶うなら、今度は秋が良い。紅葉する木々を眺めての温泉も、また乙なものだから。 その傍らでは、ベルカが『ジュニア』と向かい合って湯に浸かる。 「ふむ、背丈が伸びたか?」 子供の成長は早いものだと褒めてやると、少年は嬉しそうに胸を張った。 『犬さん』から話に聞く限りでは、あちらでも漸く温泉の手掛かりを得られたようだが……常に旅をするという生活は、憧れ以上に困難を伴うのだろう。 「君のお父上が目指すものは素敵な事だと思う。支えてやってくれ」 労いと励ましを込めて、ベルカは『ジュニア』の頭を撫でる。 もふもふ全開の触れ合いを目の当たりにして、木蓮は思わず頬を緩めた。 そうだ、と声を上げ、自分の荷物から小さな包みを幾つか取り出す。 「なあ、犬さん的に入浴剤ってどうなんだろ。抵抗なかったら、お土産に持って帰ってみる?」 使い方を説明すると、『犬さん』一家はたちまち興味を示した。 「沸かしたお湯にこの粉を入れるだけで、温泉が楽しめるのですか」 「有名温泉のもあるんだぜ♪」 カラフルなパッケージに心惹かれたのか、『奥さん』が目を輝かせる。 和気藹々と談笑する木蓮をよそに、龍治はどこか収まりが悪い気分で酒杯を傾けていた。 脳裏をよぎる“同族嫌悪”という単語を打ち消しつつ、軽く息をつく。何にせよ、湯加減は申し分ない。 その時、木蓮がこちらを振り返った。 「へへー、龍治龍治っ! 後で髪洗ってもらっていい? 俺様も洗ったげるからさ!」 湯の中で長い尾を振る恋人の水着姿が、やけに眩しく見える。 「此処は家ではないのだから、自分で洗うし、自分で洗え」 ぶっきらぼうに答えた後、彼は己の失言に気付いた。 つまり、家では洗ってもらっていると――そういうことですよね、龍治さん? 初めこそ湯の熱さに驚いていたフォトンも、今はすっかり温泉に馴染んで。 「ヴィー、ワンワンがおりますわよ。ワンワン」 リベリスタと語らう『犬さん』一家を見て、声を弾ませる。 幼い言葉を用いたことに気付いて一つ咳払いをすると、ヴィグリーノは微かに表情を綻ばせた。 「……可愛らしいわ、控えることはありませんのよ?」 近くを泳いでいたリスザルに手を差し出し、自分の指に掴まらせる。 折角の機会、積極的に触れ合わないのは損というもの。 ヴィグリーノに促され、フォトンもそろりとリスザルを撫でた。 「まあ、愛らしい」 自分を見上げる丸い瞳を覗き込み、小さな頬をつつく。 「うふ、世に可笑しき者ばかりで胸が躍りますわ……!」 夢中になって戯れているうち、視界がぐらりと揺らいだ。 「あらあら、逆上せてしまいましたかしら」 湯に沈みかけたフォトンを、ヴィグリーノが引っ張り上げる。 彼女の肩に飛び乗ったリスザルが、二人の顔を不思議そうに眺めていた。 ほぼ時を同じくして、数史を捕まえたシェリーは彼に辜月を見せびらかす。 「妾のお気に入りじゃ! どうじゃ、可愛いじゃろ? ……やらぬがの」 「いや、心配しなくても取らないって。俺そっちの趣味ないから」 馬に蹴られるのも御免だし、と胸中で呟く数史に、シェリーが笑った。 「ま、おぬしも付き合え」 三人分のグラスにソフトドリンクと酒を満たし、湯煙の中で宴を始める。 辜月が腕を奮った手製のおつまみが、旬の彩りを添えた。 「春らしく土筆の天ぷらとか作ってみましたけど、どうでしょうか?」 「うむうむ、辜月は良い嫁になるの」 料理に舌鼓を打ちながら、機嫌良さそうにシェリーが頷く。 「ふふ、美味しそうに食べて貰えると嬉しいですし」 さらに筍の煮物も勧めてから、辜月は数史を振り返った。 「あ、奥地さんもどうですか?」 「それじゃ有難く。……うん、旨い」 和やかに箸を動かし、グラスを傾けているうち、シェリーが何かを思い出したように辜月を見やる。 咀嚼していた天ぷらをごくりと飲み込み、彼女は数史に向かってぼやいた。 「辜月は生粋の唐変木での。自分の可愛さが分かっておらぬ。 故に、それを悪意なく妾にぶつけて来るのだ」 どうやら、先のエイプリルフールで辜月が愛らしい猫耳姿を披露したことに衝撃を受けたらしい。 好みに合わなかったのだろうかと項垂れる少年を横目に、構わず続ける。 「まったく、困ったものよ……妾の戦乙女的なハートは振り回されてばかりじゃ……」 何と答えたものかと悩む数史のグラスに、辜月が酒を注いだ。 正座してシェリーの愚痴を聞く彼も、いつもとはまた異なる態度を見せる彼女を好ましく感じているようで。つまるところは惚気の一種かと、数史はそう結論付ける。 「……ちゃんと聞いておるのか?」 若い二人を微笑ましく見守る彼を、シェリーが睨んだ。 ● ラ・ル・カーナのフュリエ達がアークの陣営に加わってから、早くも一年が過ぎた。 「んー、皆で温泉って何だか久しぶり!」 昨年の春、梅の花咲く温泉に行った日のことを思い出して、ルナは声を弾ませる。 鶯の声は聞こえずとも、ここも山桜が綺麗だ。 「あの時も水着だったっけ。これもすっかり慣れちゃったなー」 エフェメラが自分の水着に触れて呟くと、ヘンリエッタはうーんと首を傾げて。 「オレはオフロは裸で入るのが当たり前になっているから、違和感があるかな……」 もちろん決まりは守るけどね、と少年のように肩を竦める。 「私は、かえって裸に近いような気がして落ち着きませんわね」 「ボクは、みんながいるから大丈夫かな。隠すのは、少しムズムズするよ」 アガーテとリリィが口々に意見を述べる中、“お姉ちゃん”役のルナがぱんぱんと手を叩いた。 「でも、ルールはちゃんと守らないとね。公序良俗に反しちゃうのは、メッ!」 個人差はあれど、ボトム・チャンネルのルールは全員が承知している。色々と言ってはいても、強硬に水着を拒む者は一人も居なかった。 「こうやって、皆さまとご一緒できるのが嬉しいですわ」 熱い湯に足を浸して微笑むアガーテの隣で、リスザルの群れを見つけたリリィが彼らを手招きする。 寄ってきた一匹をぬいぐるみの如く抱き締め、エフェメラは無邪気に表情を綻ばせた。 「可愛いなー♪」 別の一匹が、リリィの腕を伝って彼女の肩によじ登る。 頭を軽く撫でると、心地良い感触が掌に広がった。 「ふふー、お客さーん。痒い所無いですかー? ……なんちゃって」 横から褐色の毛並みに触れつつ、ルナが悪戯っぽく囁きかける。 それに答えるかのように、リスザルがチュチュと鳴いた。 「言葉は分からないけど、感じてることはきっと一緒だね」 リリィの一言を受け、アガーテがリスザルにそっと手を伸ばす。 「あちらにいたときの事を思い出しますわね」 懐かしく感じるのは、それだけ自分達が馴染んだという証明なのだろう。 「そう思っちゃうくらいには、随分長くいるよねっ。 こうやってみんなで時間を作らないと、一緒に居れなくなってきたもんねー」 エフェメラが声を重ねると、世界樹より生まれた“姉妹”たちは一斉に思いを馳せた。 不変の存在であった筈のフュリエにも、変化は訪れている。少しずつ、でも確実に。 まだまだ、学ぶことは尽きない。決まり一つをとっても、それぞれに理由があって。調べていく度、新鮮な気持ちになれるから。変わるものも、変わらないものも、どちらも大切にしたい――。 「……こんな事を考えるのは、おんせんが温かいせいかな」 ぽつりと独りごちるヘンリエッタを、リスザルが不思議そうに見上げる。 姉妹たちが代わる代わる彼らを撫でる様子を眺めながら、リリィが言った。 「変わるんだね。ボクも、キミ達も」 体が充分温まった頃合を見て、百数えたら出ようか、と全員を促す。 一つ、二つ……と順に数えていくアガーテの声に、いつしか複数の声が重なった。 ちょうど百に届いた時、ルナが「よしっ!」と頷く。 「それじゃ、出よっか! お風呂上りの一杯は最高だよっ!」 温泉の外で冷やしてあるのは、ジュースと瓶入りの牛乳。フルーツ味とコーヒー味、両方とも外せない。 これも、ボトム・チャンネルで覚えた楽しみの一つだ。 リスザル達に手を振って、五人のフュリエは湯から上がる。 飲み物を片手に談笑を始める彼女らを、天に輝く月と星々が見守っていた。 片や、黒い翼に黒の水着。片や、黒い九尾に黒の水着。 特に意識した訳でもないのに、シュスタイナとリュミエールの装いは揃えたかのように黒が基調で。 並んで湯に浸かりつつ、二人の少女は淡々と言葉を交わす。 「リュミさんとは以前、四人でご飯食べて以来かしら?」 「アー……ソウイヤソウカモナー」 互いに顔を合わせたことはあるが、一対一でじっくり話すのは今日が初めてだろうか。 シュスタイナの目に、リュミエールは“面倒見の良いお姉さん”と映るのだが――自由気ままをモットーとする彼女としては、その評価は些か心外である。 九本ある狐の尻尾を何と無しに揺らしていると、シュスタイナが再び口を開いた。 「しっぽ触ってもいい?」 流石に失礼かと思いもしたのだが、好奇心には勝てず。 「ジャー、身体測定サセ……羽フサデイイヤ」 ささやかな条件と引き換えに、本人の許しを得る。 尾に手を伸ばすと、水に濡れていても驚く程にふっさりとしていて。 その触り心地に引き込まれるが如く、シュスタイナはそっと瞼を閉じた。 「またこうやって、一緒に何かできたらいいわね?」 「……カンガエテオク」 彼女の言葉に答えて、リュミエールは鼻の下まで湯に身を沈める。 心身にこそばゆさを感じてはいたが、悪い気はしなかった。 後で背中くらい洗ってやるべきか、羽を乾かすのを手伝うか、それとも髪のセットを―― 水面にぶくぶくと泡を立てる彼女を見て、シュスタイナはさらに尻尾を撫でた。 ゆっくりでも、仲良くなっていけたら良い。そんな、密やかな願いを込めて。 夜明けも近付いた頃、犬に似た異界の住人は別れの言葉を述べた。 「――お世話になりました。皆さん、どうかごきげんよう」 同種の二体とリスザルの群れを促し、ディメンションホールの方へと誘導を始める。 最後まで警戒を解かずに、ヘルは高みからその様子をじっと見下ろしていた。 崩界の阻止は、彼女の絶対使命。以前なら、監視するまでもなく殲滅に動いていただろう。 もっとも、そういった変化はヘルにとって“アークに身を置く義理”以上の意味を持たないのだが――かつて感情を打ち捨てた胸の裡で、ひとつの思念が反響する。 (それほどに、この在処が好きか?) 全てのアザーバイドが去り、次元の歪みが掻き消えたのを確認してから。 熾天使は、翼を休めるべく何処かへと飛び立っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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