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The future of despair

●現実時間-2014/4/1-
 ――これは、夢だ。
 現実には決して何の影響も及ぼさない。そうでなくてはならない。
 夜、身体を横たえた事を覚えている。一日に起きた出来事を憶えている。
 友の顔を、家族の顔を、恋人の顔を、仲間の顔を、覚えている。
 自分が“アークのリベリスタ”である事を憶えている。
 最後の記憶は境界線を超えて落ちていく意識。
 黒い湖。その水面を通り抜けた記憶。それが何かは、まるで分からない。
 詳しく想い出す事も出来ない。思考を巡らせてもあっと言う間に消えていく。
 そして今正しく、この瞬間の現在――
 あなたの主観に於いて、守ろうとした世界は既に滅んでいた。

●絶望ノトヲイ■ライ-The first movement-
 目を醒ますと、そこは窪地の様だった。
 灰色の荒地に空いた穴の中に人1人が入れるカプセルの様な物が転がっている。
 その数10。あなたが入っていたのはその内の1つだ。
 周囲を見回せば遠くに廃墟。空爆でも受けた様に壊れ果てた人工建築が延々並んでいる。
 まるでそう、黙示録をテーマにした精緻な映画のセットの様に。
 そうしている間に、カプセルが順繰りに開いていく。
 そこから顔を出したのは見知った顔。少なくともアーク本部ですれ違った事位は有る筈だ。
 けれど顔を合わせた瞬間に、あなたはぎくりと動きを止める。
 一見すれば分かる。革醒者なら否が応にも。決定的に理解せざるを得ない。
 
 あなたを含めた10人は、皆、全て、フェイトを喪失していた。
 即ち、あなたとあなたの仲間達は既にノーフェイスである、 

●絶望ノト■イミライ-The second movement-
 声を上げる前に、記憶を辿る。ここはどこで、どうしてこうなったのか。
 記憶を辿ると何故これまでまるで脳裏に浮かばなかったのか。
 重要な情報が幾つも導き出されて来る。まるで今造られた設定でも有る様に。
 悪夢の再来(ナイトメア・リバース)――第二次Rタイプとの戦争でアークは大敗を喫した。
 それは致命的な敗戦であり、アークの所属メンバーはあなた達10名以外全滅した。
 日本はとても人が住む事の出来ない猛毒の大気に包まれ、日本人はその殆どが絶滅した。
 しかし、その奮戦の甲斐有ってかRタイプはこの世界からとりあえず放逐され、
 貴方達は瀕死の真白博士の手によって改良されたVTSに放り込まれる。
 新規に追加されたコールドスリープ機能。日本の毒が晴れる日まで停止する時間。
 戦いが終わった時、あなた達を国外に逃がす余力は誰にも無かった。
 どれだけ過ぎたのかは知れない。毒の大気は晴れ、あなた達はここに居る。

 誤算はこの大地その物にフェイトを徐々に消失させる呪いが掛けられていたと言う事。
 そして間違い無い事はここが、過去から地続きの未来で有ると言う事だけだ。
 
●絶望ノト■イ■ライ-The third movement-
 さて、その上であなた達は既に幾つかの真実を知っている。
 1つ。悪夢の再来によってこの世界は既に崩界寸前だ。
 穴だらけの世界はエリューションの影響を極限まで希釈しており、
 自意識が消失するまで、そして自然に世界が崩界するまで1年程の猶予が有る。
 2つ。この時代にリベリスタは居ない。フェイトを持つ人間は全てフィクサードだ。
 彼らは告げる。リベリスタ達の所為で世界はこんな惨状になってしまったのだと。
 世界人類の99%はあなた達を憎んでおりあなた達を駆逐する事を望んでいる。
 3つ。あなた達は一般的なノーフェイスやフィクサードよりも圧倒的に強い。
 そしてただ在るだけで世界を壊していく、究極的な意味での悪である。
 世界はもう決定的に終わっており、これ以上何をしても緩やかに終わる以外に無い。
 しかしその終わりはあなた達が死ぬ事でほんの少し遠ざかる。

 ――さて、あなたは真実の意味で自由だ。

●現実時間-2014/4/1-
 アーク本部、ブリーフィングルーム。
 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)がカレイドシステムとにらめっこをしていた。
 この日の未明、ほんの一瞬だが神の眼は異常な数値を探知した。
 発生源を探る前にその何がしかは消えてしまったらしく、演算するにも情報が足りない。
 イヴも変わった夢を見たりしなかったし、未来を観測もしていない。
 普通に考えればカレイドシステムの誤作動だが、
 『犯罪ナポレオン』の例も有る以上まるで無視する訳にもいかない。
 結果として、イヴはこうしてカレイドシステムの動作状況を逐次確認する為に、
 ブリーフィングルームに張り付いている。だが、現時点まで何の反応も無い。
 刻一刻と時間は過ぎる。刻一刻と状況は移ろう。
 奏でられる夢想曲(トロイメライ)に、未だ、誰も気付いては居ない。





■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年04月13日(日)22:15
 103度目まして、シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 夢の中なら何でも出来る!と言う事でフリーダムにどうぞ。以下詳細。

●作戦成功条件
 全員が夢世界から脱出する

●特殊ルール:Mirage Labyrinth
 このシナリオは夢の中で展開される。
 外部との連絡はとれず、万華鏡によるサポートは得られない。

●夢世界
 各リベリスタが見ている夢であり、それを自覚する事は出来ない。
 相互に繋がっており、各人の行動が各夢世界に反映される。
 戦闘不能になる事。自分達以外の全生命を撲滅する事。
 世界を滅ぼす事。出口を見つける事のいずれかで脱出出来る。
 基本的に現実世界とそっくりな夢ながら、日本人は絶滅。
 オルクス・パラスト、バロックナイツ、ヴァチカンはいずれも存在していない。
 戦闘不能になった場合フェイトを2点消費する事で目覚めをキャンセル出来る。
 夢世界での戦闘不能は現実に於ける戦闘不能と同じ扱いとなる。
 ただし、重傷にはならない。
 
●各人の能力
 各リベリスタは夢世界の中ではノーフェイスになっている。
 全能力が単純に10倍加算されており、10人がそれぞれ世界最強の一角である。
 米軍とガチンコバトルでもしない限り滅多な事では死なず、
 呼吸、食事、睡眠、休息どれも究極的には不必要。
 行こうと思えば世界中どこへでも徒歩と遠泳で移動可能。1年の生存で世界は滅ぶ。
 ただし世界の99%に憎まれている為、対峙した生命全てが敵となる。

●世界情勢
 日本のフィクサード及びリベリスタは全てノーフェイス化している。
 日本以外のリベリスタは全てフィクサードに転向している。
 世界が滅びに瀕しているのはリベリスタの所為だと信じられている。
 ノーフェイスは世界を滅ぼし得る存在として討伐対象になっている。
 日本以外の世界各国は荒廃している物の概ね現行世界と大差無い。
 誰も後1年程で世界が終わる等とは考えていない。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ノワールオルールホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
ハイジーニアスデュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ハイジーニアスマグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ジーニアス覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
アークエンジェマグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
ジーニアススターサジタリー
靖邦・Z・翔護(BNE003820)
ナイトバロンクリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)
ジーニアスレイザータクト
鈍石 夕奈(BNE004746)

●Cross Point 0
“世界は滅び行く運命に抗えなかった――”
 最初に開いたカプセルに入っていた彼女は、自分自身の記憶を辿り瞳を伏せる。
 思いがけず、その事実はとても冷静に受け入れられた。
 『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)にとって、この世界が滅びの途上に在る事。
 それは必然的な事実だった。誰もがそれを強く意識していなかっただけ。
 氷璃は運命に抗う者を良しとし、そして運命に抗う姿勢を賞賛する。
 である以上、彼女は本質的に世界が運命に飲まれる結末を想定している。
 でなければ抗う必要が無い。抗う事に価値を見い出す事も無いだろう。
 その身は滅びを拒む為の物でありながら、同時に滅びを望む者でもある。
 宵咲氷璃とは、その思想の起源からして元々“そう言う物”なのだ。
 だからだろう。彼女はその思想に於いて自分を決して例外に置きはしなかった。
 自分に課せられた運命。ただ在るだけで世界を壊す己を、彼女は許容しない。
 どうせ壊れ行く世界。己の存在など誤差である――と、『運命狂』だけは決して考えない。
(私は、滅びを迎える世界であろうと傷付けたくはない)
 故に、どのカプセルが開くより前に彼女は翼をはためかせた。
 どこまでも抗おう、世界を蝕む者に成り果てたと言う自分自身の運命に。
 そして自らの存在意義を果たす為に。アークが在ろうと無かろうと、その在り方は変わらない。
「沙織――――」
 空は滲むほどに青かった。遺された者には遺された理由が有る。
 遺した者の想いを。遺すしか無かった者の無念を。そしてたった一つの特別を胸の奥へ閉じ込めて。
 運命を厭い、運命を愛する氷の天使は駆ける。この“世界”に抗う為に。

 ――――そして、“世界”は彼女の訪問を心よりの歓迎と共に受け入れた。

●The world of despair
 瞳を開く。身体を起こす。周囲を見回す。
 護ろうと思っていた世界は――護りたかった人々は。
 その時点で既に、もう取り返しが付かない程決定的に終わっていた。

●Case Law
 奔流の様に脳裏を駆け巡った映像。記憶。
 それらが通り過ぎ、そして眼前に広がる周囲の光景との照合が終わると、
 全身を覆ったのは圧倒的なまでの“リアリティ”だった。
 例えば世界の終わりを想像したとして、それを夢に見たとしても絶対にこうはならない。
 どこかふわふわとした非現実感が、心の根底に貼り付く筈だ。
 だが肌を刺す様な乾いた大気も、荒れ切っているのに雑草すら生える気配の無い大地も、
 そんな逃避を決して許さない。襲い来るのは“信じたく無いが信じざるを得ない”
 寝起きの眼を醒ます確かな実感。アークは敗れた。皆死んだ。そして――
「……終わって、しまったのですね」
 『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の胸を満たしたのは、何故だろうか。
 言うなれば限り無く安堵に等しい理解と、納得だった。
 いつか――それは、原初の追憶。始まりの記憶。
 いずれ“こうなる”まで戦い続ける事が光栄な事だと教えられた。
 世界は滅び、そして再生する。それは十字の下に武器を執る者に共通する概念だ。
 救いの日まで善行を、そして敬虔と信仰を積上げる事。それが全て。それが摂理。
 それを真理を信じ殉じて来たリリにとって、世界の終わりとは自らの役割の終わりである。
 呆然と眺める、世界は静かだ。順繰りに開いたカプセルの一部からは嘆きの声も悲鳴も聞こえる。
 けれど、リリは動かない。動く事が出来ない。
「――――。」
 これで、良かったのかもしれない。
 彼女はもう、誰かを奪う事も無く、奪う必要も無い。
 祈り続けらた少女は、漸く祈りを捧げられる側になったのだ。
 別れを告げられる番が来たのであれば、甘んじてそれを受け入れよう。
 或いは、それは罰なのかもしれない。その手は血に汚れ過ぎ、その身は死に浸り過ぎた。
 けれどリリにとってそれはまるで、救いの様にすら感じられる。
 ああ、もう殺さ(イノラ)ないで良いんだ――と。両の手を見つめそれを実感する。
 ぱた、ぱた、と雨が落ちる。砂埃で汚れた何時もの制服に黒い染みが浮かび上がる。
 荒廃した世界には似合わない、綺麗な青空が眩し過ぎたろうか。
 視界がぼやけて、もう、何もかもが良く見えない。

「……だからさ」
 だから神秘は嫌いなんだ、と。何もかも無くなってしまった世界を眺めて一人呟いた。
 『花染』霧島 俊介(BNE000082)にとって、世界は決して優しく何て無かった。
 神様は救いの手を差し伸べて何てくれなかった。苦しんで足掻いて血塗れになって、
 けれど何時だって俊介を引っ張ってくれたのは、背を押してくれたのは人間だった。
 好きな人が居た。大切な人達が居た。もっと仲良くなりたかった人々が居た。
 それなのに世界はいつも、彼から大事な物を奪っていくのだ。
 俊介がどれだけ頑張っても。悪足掻きをしても――また、だ。
 またこうなってしまう。俊介だけが生き残って、周りを囲んでくれた誰も居ない。
 ふざけるなと言いたいのを、馬鹿にするなと叫びたいのを飲み下して奥歯を噛む。
“さて、それじゃあどうしようか霧島ちゃん。まずは死ぬ? 殺す?”
 耳朶に響いた声音に、視線を上げる。
 分かっていた。その声の主は死んだのだ。この世界には、もう居ないのだと。
 それを理解して尚、未練がましくも思ってしまう。大好きな友の声が聞こえない。
 ただそれだけで、世界はこんなにも色褪せるのだと。
「俺は……」
 それでも生き残った事には。生き延びた事には、きっと何か意味が有るのだと思う。
 だから、俊介は誰より先にカプセルから身を起こした。
「俺は、此処にいる十人は仲間だって思ってる。足を引っ張ったり、邪魔はしたくない」
 寂しがりの癖に、臆病者の、泣き虫の癖に強がって。
 けれど彼はそれだけ口にして立ち上がる。周囲から掛かる声は無い。
 期待も、余りしていなかった。こうなってしまえば、最後は後始末だ。
 皆、やりたい事が有るだろう。未練も、悔恨も、意地も、執着も、きっと有るだろう。
 だから何も言わなかった。慟哭と焦燥を抱えたまま全てのカプセルに背を向ける。
 空は広かった。遠くの瓦礫を見つめ、息を吐く。。
 分かった。敗北を受け入れる。ここまでは仕方無い。もうどうしようも無い。
 でもこのまま諦めたりはしない。足掻こう。今まで通りに、あともう一度だけ。
「皆、生きてたらまたな」
 ――とりあえず、あの瓦礫まで行ってみようか。

「あー……――」
 目を醒ましたままの姿勢で無駄に青い空を見上げる。
 この現実をそのまま受け入れるには思ったよりも時間が掛かった。
 『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)はでろーんと足を伸ばして寝転んでいた。
 急ぎでやる事は無いし、今直ぐ取り掛からなければいけない仕事も無い。
 何より、正直に言えばこれからどうすれば良いかさっぱり頭に浮かばない。
 事がここまで到って、アークと言う母体を失って、翔護は以前投げ掛けられた問を思い出す。
「結局、答えられなかったんだよな」
 リベリスタとフィクサードはどう違うのか。
 どちらも自分の正しいと思った事を実行しているだけではないのか。
 そう言われれば確かに、と思ってしまうのが翔護の良くも悪くも柔軟な所だ。
 原理主義的な所が多分に含まれるリベリスタには、余り向いていない精神性だと言える。
 割り切れば良いのだ。都合の悪い部分は見て見ぬ振りをすれば良いのだ。
 そうすればリベリスタは絶対多数にとってのセイギノミカタですら居られたろう。
 けれど、翔護は答えられなかった。答えられなかったからこそ、今彼は動けないでいる。
 終わり行くしかない世界を前に、踏み出す事が出来ないでいる。
「まあ、いいか」
 一度目を閉じて、身を起こす。皆の邪魔をしたくないと、赤い吸血鬼は歩み出している。
 自分がしようとしている事は、誰かの邪魔になるだろうか。
 なるかもしれない。最後に目一杯力を揮いたいと願う人間が居ないとも限らない。
 けれど、例えばそうだったとしても――
「じゃあオレは通常運行で。リベリスタ続けるよ」
 リベリスタとフィクサードの違い。それが分からないなら、自分で定義すれば良いのだ。
 誰がそれを間違っていると言っても、自分だけがそれを信じ抜けば良い。
 助けを求める人が居るなら無制限に助けよう。理不尽に泣く人が居ればその涙を拭おう。
 運命の不条理に嘆く人がいれば、最後の最期まで希望を漁ろう。
「何だ、簡単じゃん」
 やる事が決まれば身体は軽かった。一息に身を起こすと、両手を組んでは掲げ身体を伸ばす。
 さて、せめて最期くらい。オレがなりたかった自分になろう。

●Case Neutral
 カプセルが開き焼き付けられる様に記憶が再生されると、思わず嘆息が毀れた。
(……また、俺は生き残ってしまったのか)
 漠然とした、酷く曖昧になるまで希釈された生の実感。
 それはまるで、ナイトメアダウン直後の自分を思い出させた。
 共に戦地を駆けた戦友達は皆死んだ。命を費やして悪夢の根源を押し返したのだと言う。
 『無銘』熾竜“Seraph”伊吹(BNE004197)はそれを誇りに思う。
 しかし同時に――何故、と言う想いが消えた事は無かった。
 何故生き残ってしまったのか。何故自分だったのか。その疑問に、答えは未だ出ない。
 この期に及んで尚。ただ幸い、今何をしたいのかは良く分かっていた。
 終わり行く世界。勝機の無い結末。続く己の命。なら、その使い道など1つしかない。
「……探しに、行かなくては」
 世界は死に掛かっている。毒の大気とやらが日本中を包んだのであれば、
 一般人の生存は限り無く絶望的だろう。けれど、一縷の望みが無いとは言えない。
 伊吹の14になる娘が、彼同様の悪運の持ち主であれば。
 どこかで、きっと生きている。せめて最期は娘の傍に居たい。
 胸を衝く郷愁の思いは、遠ざけていた家族の残影を彼方に描く。
 どうして離してしまったのか。どうして傍に居てやらなかったのか。
 リベリスタとして活動する以上、間近に弱味など置かない方が良い。
 それは長くこの世界に在り続けた伊吹の経験から来る至極切実な実感だ。
 だが、結局こうして終わってしまうのなら。
「せめて、一目逢わなければ……」
 いっそ家族だけでも命懸けで護れば良かった。最期の時まで、その身命の全てを賭して。
 唯の中学生が、こんな荒廃した世界で生きて行く事がどれだけ大変か。
 それを思えば寝転がってなどいられなかった。無事な顔が見たかった。
 ただそれだけを求めて、伊吹はカプセルから身を起こす。
 引き留める声は無い。周囲の仲間達の顔すら、伊吹は見ていない。
 ただ、彼にとってたった一つ譲れない願いの為に、男は荒野へ一歩を踏み出す。

 ――特別何を望むでもなかった
 いつも通り……何気ない日々。本音を言えば、ただソレだけで良かった。
 余り頭で物事をごちゃごちゃ考える性質で無い事は自覚している。
 ただ恐らく、気に入っていたのだろう。当たり前に来る明日。何でも無い日常って奴を。 
 『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)は一通り周囲を見回し、
 自分の記憶と照らし合わせた上で実感する。そうか、敗けたのか。敗けて、生き残ったのか。
 火車は決して諦めが良い性格はしていない。それでは楽しくも何とも無い。
 万に一つでも逆転の目が有るなら、全力で喰らい付いて行ったろう。
 勝ったと思っている相手から勝利をもぎ取る瞬間こそ、喧嘩の醍醐味だからだ。
 けれど、事ここまで到ってしまえば理解せざるを得ない。
 無念であろうと悔しかろうと、こればっかりはどうにも覆らないらしい、と。
「さーて……どうしたもんか」
 その上で自分にはまだ力が有り、生き延びている。
 勝ち取るべき世界も、生活も、最早無い。そして自ら命を絶つなどお話にもならない。
「ああ、まだやっとく事があるみてぇだなぁ……」
 だったら、やりたい事をやれば良いのかと。答えは思った以上に身近から見つかった。
 もしも戦いが終わってやる事が無くなったら、世界中を見て回りたかった。
 そこには火車の知らない光景が山程ある筈だ。今なら何所へだって行ける。
 もしかすると思う以上に、興を沸かせる何かが見つかるかもしれない。
「んじゃまぁ、今まで通りの行動を取らさせて貰うわ」
 それはアークの下での活動とは、似て非なる物だろうけれど。
 元々、気に入らない相手はぶちのめして突破して来たのだ。
 物のついでにフィクサードを潰して回るのも面白いかもしれない。
 どうせ、“アークのリベリスタ”は世界中から恨まれているのだ。
 意趣返しでも憂さ晴らしでも構わない。正直――丁度暴れたい気分でも有ったのだから。

「どうしたもんか……」
 火車がカプセルを出るのとほぼ同時期、彼は早々に荷造りを終えて瓦礫の上に登っていた。
 『合縁奇縁』 結城“Dragon”竜一(BNE000210)の視界は青と灰色で彩られている。
 ビルや建築物が無数に建っていた時は気付かなかったが、世界はいっそ笑える位に広かった。
 普通の、何でも無い学生だった頃の自分だったらこれはパニックを起こしていただろう。
 と、思うとどうにも苦笑いしか浮かばない。
 何時だって常識を語る少女を傍らに置いていれば自然と地に足の付いた目線が育まれる。
 目が覚め記憶を確認して脳裏に浮かんだのは、とにかく情報を集めなければ、だった。
 自分の感覚を信じて居ない訳ではないし、憶えている事は事実だと認めざるを得ない。
 けれど、得てして事実と真実は同一ではない。主観的記憶はあくまで主観でしかないのだ。
 その考えの結果として、竜一はさっさとカプセルから遠ざかる事に決めた。
「同士討ちとか、アホらしいしな」
 情報交換は余り現実的ではなかった。あの状況で誰もが冷静だとは到底思えない。
 何より現状の竜一が第三者に殺される可能性として最も高いのが、
 あの場の9人の誰かに狙われる事だ、と言うのが負うリスクとしては問題外だ。
 となれば、足で稼ぐしかないだろう。当てがある訳ではまるでない。
 けれどもしも竜一を動かす要因が有るとするなら、それは――恐らく、未練なのだろう。
 無茶をする彼を見ては息を吐いて、けれど何時だって支えてくれた少女は居ない。
 まるで雛鳥の様に彼の後を追いかけて、無条件に慕ってくれた家族も居ない。
 護る者の居ない世界。手を繋ぐ人のない地平。そんな物に一体どれだけの価値が有るだろう。
「……そもそも俺は元々はただの高校生だったんだっつーの」 
 髪を掻きながら歩き出す。目的も無く、けれどただ世界の真実を知る為に。
 そうだ。結局の所行動原理などシンプルな話だった。
 例え失くしてしまったのだとしても。例え護り切れなかったのだとしても。
 それでも彼女らに誇れる自分で居たかった。ただそれだけで、良いと決めた。
 面影は遠く、けれどずっと手を伸ばし続けたなら。きっと彼女は微笑んでくれるから。

●Case Chaos
 ――そうして、其々が動き始める最中。
 けれど、誤り無く終わり行く世界。誰もが理性的に行動できた訳では――――無い。
「……。」
 伽藍の瞳には何も映ってはいなかった。
 呆然としたまま、彼女はただ何と無くふらふらとカプセルから出て、
 何時もの様に、何時もの通りに、何時もの道を辿り、何時ものままに――
 三高平の中枢。本来であればアークの本部が有った筈の、ぽっかりと空いた大穴へと辿り着く。
 何も無かった。
 何も無かった。
 何も――
「……え?」
 そこには、センタービルの自動ドアが有った筈だ。
 扉を潜れば何時も笑顔の受付の天使が元気に挨拶をしてくれた筈だ。
 時折、すれ違う彼女にとって一番大切な人を目の当たりにして、内心慌てたり身嗜みを整えたり。
 そんな、辛い事も多いけれど掛け替えの無い時間が、その場所では流れていた筈だ。
「………………え?」
 そこには何も無かった。ただ大穴が空いていた。皆、死んだ。一人残らず死んだ。
 跡形も無く灰燼と化した。遺体は愚か残骸すら残ってはいない。
 それを、思い出し、脳裏に描き出された記憶を確かめ直し、現実の光景と重ね合わせ。
「嘘」
 ただ、それを否定した。理性がストップを掛けていた。受け入れられない。理解出来ない。
「室長」
 『魔法少女』高原 恵梨香(BNE000234)は正義の味方である。
 悪の妖魔に奪われた室長を取り戻す為、彼女は戦い続けなければならない。
 そう、アークの敗北など無かった。彼女の大切な人は喪われてなど居ない。
 記憶を捏造する。論理を改竄する。現実を拒絶し世界を捻じ曲げる。
 幸い、力は有った。使い方も分かっていた。使う事に慣れても居た。
 そして彼女は、決定的な喪失を受け入れるには余りにも疲れ過ぎていた。
 だから、簡単な方の道を選んだ。心が休まる真実を受け入れた。選んでしまえば楽になれた。
 さあ、室長を取り戻す為に――妨げる全てを滅ぼそう。
 
「は……ぁ?」
 ――何を言っているのか、心底本当に分からない。
 方々から上がる声を聞きながら、彼女は幾度目か周囲を見回した。
 何か今まで通りに、とか言っているのが聞こえる。リベリスタを続けるとか言う奴も居る。
「な、ん」
 『プリックルガール』鈍石 夕奈(BNE004746)には意味が分からない。
 知識として、事実として、理解出来るとか出来ないではない。
 この現状を、この世界を、この惨状を、この崩壊を、受け入れられる神経がまるで分からない。
 脳裏と臓腑を強烈に圧迫する、記憶と現実感が彼女に逃避を許さない。
 だが、それは夕奈にとっての許容量を完全に振り切って大幅に突破していた。
 だから、至極当たり前の帰結として――
「じょ……冗談やないわ!!? おどれら揃いも揃ってアホかッッッ!!!」
 叫んだ。とにかく叫んだ。意味など無い。意味など最初から無いのだ。
 そうでもしなければ自意識が保てない。余りにも酷過ぎる現実に磨り潰される寸前だ。
 それでも、それを強さと言うべきかは微妙な所ながら彼女は空想に逃げる事だけはしなかった。
 なけなしのプライドか。或いは根っからの強かさが、完全に壊れる事を拒んでいる。
「あああああああああ!!! な、なあああ!? なんじゃいおどれら!?
 何で澄ました顔しとんねん!! なんっ、バカか! こんなん受け入れてるんか!?
 こっ、な、こないな! ろくでもないオチの為に――」
 代わりに心中に巻き起こったのは暴風雨とでも言うべき狂乱だ。
 思考が千々に乱れて纏まらない。叫んでいる内容を自分自身でも把握し切れていない。
 けれど、八つ当たりだろうと何だろうと声でも上げていないと止まってしまいそうなのだ。
 息が、意欲が、或いは思考が。
 それをまるで何気なく受け入れている様な面々が動き出すと、その混乱は更に加速する。
「何の意味も無いやないか、こな、得も、損も、ああああああ……」
 一通りのアップを経て、ダウンがやって来る。頭を抱えても状況は好転しない。
 だからとりあえず彼女はその場に留まった。それしか出来なかった。
 いいや、より深く言えば彼女にとってその場所に留まる事すらも保身の内だった。

 何故ならば――
「世界最強の、一角、か……」
 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ)』 星川・天乃(BNE000016)が呟き、立ち上がる。
 闘争の鬼が其処に居た。体が軽かった。普段以上に。体躯には力が満ちている。
 祝福は無いにせよ、これなら文字通り先ず殺される事は無いだろう。
 そう――同じ様な“最強の一角”と殺し合わない限りは。
「ふぅん」
 アークが無い。リベリスタも居ない。それは彼女が誰かの為に戦う理由を喪失した事を意味する。
 元々、彼女は戦う為にリベリスタで居たのだ。理由が無くなれば、後は目的しか残らない。
「……我闘う、故に我は在り」
 呟きに、夕奈が露骨に怯えた様に天乃を見た。彼女の実力は夕奈より一回り高い。
 そして良くも悪くもその狂戦士ぶりは有名だ。闘争の為に闘争をする。
 そんな人間が間近に居れば警戒されない方がどうかしている。
 事実、天乃もこのまま仲間殺しに直走ろうかと一考するだけは、した。
 ――――が、そこで彼女の脳裏に一つの約束が引っ掛かる。
(……ラストダンスの相手は必ず、か)
 見回せば、残っているのは夕奈とリリ、そして天乃の3人のみ。
 1対1なら負ける事は無いだろう。けれど、1対2なら――どう転ぶか、分からない。
 感傷だろうか。こんな事になってしまった世界だ、あの聖夜の約束が生きているかも分からない。
 けれど、同意を返した以上先約は果たされるべきだろう。
 なによりあの彼が、例え悪夢が満ちた世界であれそうそう容易く死ぬとは思えない。
「……、……。」
 逡巡。天乃にしては珍しく、少しだけ考え、そして決める。
 一息で身を翻すと、その小さな影は荒れた荒野を踏んで歩む。
 この国にはもう護るべき何者も居ない。だとしても、きっと彼なら足掻いている事だろう。
 戦い続ければ、きっと出会える。それは理屈ではなく、それは論理ではなく。
 けれど全幅の信頼を持って、彼女は陽炎の様に歩み去る。
 好敵を求めて。結末を求めて。闘争を求めて――ただ、一人の修羅として。

●Cross Point 1
 然るに、世界に彼ら、彼女らを妨げられる者などまるで存在しなかった。
 対峙した者の殆どは彼らに僅かな傷を付けるでも無く死んでいった。
 それ程に、10人が与えられた力は圧倒的な物であり――つまりは、それ故に。
「アークリベリスタだ! 文句あんならかかって来いやぁ――っ!!」
 灼熱が渦を巻き、組織の本拠地であった筈の建築物は拳一つで半ば以上溶解していた。
 火車を殺そうとする存在は後から後から沸いて来た。戦う相手にはまるで困りはしなかった。
 出会った人間はその殆どが彼を憎しみの眼差しで見つめ、
 更に半数程が彼に対して明確な殺意を示していた。そして、彼はその全てを返り打ちにした。
「世界が滅ぶのがリベリスタのせいだぁ!?
 何もせずに何かのせいにして!恨み事言ってるだけなら気楽だなぁ!!」
 誰も、彼の言葉に耳など傾けない。誰も、彼の自由を認めない。
 だからそれらを片っ端から潰した。それ以外に生きる理由が見つけられなかった。
 潰して、潰して、潰し続け、そして必然として。それらを護ろうとする者と相対した。
「やぁ、オレSHOGO☆カードファイトしようぜ!……って、どうしてこうなるかなぁ」
 彼は、火車の対岸とも言うべき行動を取り続けていた。
 例え石を投げられても、例え銃を向けられても、例え弾劾と糾弾の罵声を浴びせられても。
 助けを求められれば助けた。救いを乞われれば救った。
 それは破滅に面した世界の人々にとって至極都合が良い存在だった。
 彼らは徐々に徐々に、けれど確実に翔護に利用価値を見い出して行った。
 それに連れて彼を擁護する組織が現れた。その数は少しずつ増えていった。
 世界はアークの残党を憎みながらも“彼だけは”例外視されていった。
 力と言うのは、それだけで求心力になり得る。其処に思想が無ければ尚更だ。
 全ての理不尽に相対する“ヒーロー”は、故に理不尽を為す“災害”と引き合わされる。
「良いぜ、憂さ晴らしくらい付き合ってやっからよぉ」
 そして火車の側に退く気がまるで無い以上、翔護もまた、己の理想に殉じざるを得ない。
「……ホントにカードじゃダメ?」
「それじゃあ面白くねぇだろうがっ!!」
 轟音を上げて迫る灼熱の拳を、悲鳴を上げる魔力防壁が喰い止める。
 その背に無数の命を護りながら、その手は無数の命を摘み取りながら。
 道を違った両者は、互いの掲げる望み故に一歩も譲る事が出来ない。

「――貴方も、アタシの邪魔をするの」
 その会合は、朽ち果てた日本の北の果てで行われた。
 焼けた屍を山と積上げた炎の魔女は、滅ぼしつつある街へ踏み込んだ異物を見逃さ無かった。
 対するは両手に光る白輪を携えた黒衣の男――恵梨香と、伊吹。
 日本人の生存者の痕跡を辿り果ての果てまで来てしまった両者は、
 けれど片やその現実を拒絶するが故に。片やその現実に夢を見るが故に。
 必然的に出会い――けれどまるで会話になる余地が、無い。
「娘を知らないか。今年で、14になる……そうだ、写真が、あるのだ」
 一体幾度そんな問を繰り返して来たか。ノーフェイス化した日本人の生き残りにも幅が有る。
 まだ自意識を残している個体と出会っては、そんな問い掛けを繰り返してきた。
 幾日も、幾日も、繰り返し繰り返し繰り返し、時間と言う感覚が摩耗するほどに。
 だからそうして取り出した写真を魔女の銀弾が射抜いた時、伊吹は即座に反撃に移った。
「妖魔の手先ね、アタシの進む道を邪魔させはしない」
 対峙するもの、阻むもの。それらは全て敵だった。
 そうと解釈しなければ、恵梨香の心は均衡を保つ事が出来なかった。
 今となっては何の為に戦っていたのかすら良く分からない。
 けれど、きっと全ての敵を滅ぼし尽くせば、彼女の大切な人は戻って来るのだ。
 そうと信じた。そうと確信した。それ以外を切り捨てた。
 其処までしてしまえば――もう、戻る事など出来る筈も無い。
「――ああ、そうか。そなたも俺の邪魔をするのか」
 北の果てへ至るまで、一体どれだけ命を殺めたか。
 手を血に汚す事になど慣れ過ぎて、禁忌の意識などとうに枯れ果てた。
 それでも、愛しい娘と再会する為なら何でも出来る。それは本当に簡単な免罪符だった。
 脳裏のほんの片隅で、自嘲と共に理解する。ああ、あの黒い男はこんな気分だったのか。
 だとするなら、例え自己満足だと分かっていても――止める事など出来る筈が無い。
「愛する者に一目会いたいと望んで何が悪い!?
 それすら許されないというなら、俺は世界の敵で構わない――!」
「なら掛かって来るといいわ。世界の最後を見届ける者を決めましょう!」
 放たれた雷撃を、貫く様に光輪が引き裂く。銀弾が澄んだ音を立てて鮮血に染まる。

 辿り着いた先は、思わず見逃しそうになるほどちっぽけな瓦礫の街。
「――――」
 佇むそれは、物言わぬ薄汚れた騎士だった。
 見れば分かる。人体の限界を超えた動きには無駄が無く、そして恐らく中身も無い。
 全身甲冑。強固であるのみならず恐らく殆どあらゆる神秘を受け付けないだろう守護の纏い。
 まだ自意識を保っているのだろうノーフェイスらの集落の門。
 くすんだ銀の剣と盾とを携えて、その騎士は背にした人々を護る様に佇んでいた。
「……やっぱり、変わらない、ね」
 人間として、それは既に終わっていた。恐らく自我すら残ってはいるまい。
 中身の消えた騎士鎧は、ただ無条件に弱者を護る。ただそれだけの自動装置だ。
 騎士は誰をも護るだろう。それが弱き者であれば力の限り、手の届く限り。
 アーク、リベリスタ、フィクサード、そういった枷が祝福ごと消え去った果ての果て。
 けれど天乃にとってその姿の彼は、生前の約束を果たすには十分だった。
 ほんの少し。極々本音の部分を言えば、僅かでも声を交わせたら良かったのだけど。
 それは流石に――こんな世界では、望み過ぎと言う物だろう。
「それじゃあ……踊ろう、か」
 その声にまるで応じたかの様に、騎士が真っ直ぐ天乃へ向けて切っ先を向ける。
 まるでダンスパートナーへ手を差し出す様なその仕草に、思わず口元が綻ぶのを自覚する。
「……少し、気障……過ぎるよ」
 掻き消える様な挙動。全身に行き渡る力の総量は記憶している自分の物を遥かに凌駕する。
 その挙動に、けれど騎士は反応する。構える盾、放たれる拳。
 計り知れない魔力が銀の盾に打ち付けられ、重くも甲高い異音を響かせる。
 ワルツには無骨だろうけれど、元々作法には疎い方だし許して貰おう。
 騎士と戦姫、剣と拳。決して短くは無く、けれど永遠には続かない。ラストダンスが幕を上げる。

●Cross Point 2
「嘘やろ……こんな、そんな、一年で終わりて、何にもならんやないか……」
 調べても、探っても、捜しても、何も出て来はしなかった。
 アークの跡地に在るのはただ只管に大きな穴。それだけだ。
 備に入り細に入り目を凝らし耳を澄まし手探りを繰り返し、
 研ぎ澄まされた五感の全てを使って打開策を探った。探り続けた。ずっと、ずっと。
 永遠にすら思えるほどの時間を徒労とも言える調査に全て費やした。
 疲労感は有ったが身体は動いた。その事実が余計夕奈の心を磨り減らす。
 ただのリベリスタだった頃は流石にここまで人間を辞めてはいなかった。
 24時間所ではない。その10倍を不眠不休で動いても何の痛痒も感じない。異常だ。異常過ぎる。
「こんな、悪い、悪い夢や……なんか、なんかある筈じゃ! 無きゃあかんやろ!?」
 突き付けられるのはただ只管に空虚な結論ばかり。
 どうにもならない。元にも戻れない。打開策は見つからない。刻一刻と残り時間は過ぎていく。
「なんやねこれは……なんやねこれは! ああああああああ――っ!!」
 意味も無く瓦礫に拳を打ち付ける。壊れた。粉微塵だ。
 パニックを修める為に一度やってみたら、自分の側には痛みすら無かった。
 圧倒的膂力と防御力だ。アークが健在だった頃の最上級デュランダルにすら匹敵するだろう。
 元々余り直接的荒事が得意ではない筈の自分が、だ。自我と自意識がぐにゃりと歪む。
 与えられた過剰な力は根っからの俗人である夕奈の許容量を完全に超えてしまっていた。
 自分自身に対してすら恐怖心が募る。このまま進んで行ったらどうなってしまうのか。
 全てが恐い。何もかもが恐い。理解不能であるあらゆる事象が恐い。
「死んで、たまるか……! 死んでたまるか死んでたまるかしんでたまるかああああああ!!」
 叫びながら再び地を這う。時間経過と共に、彼女の精神は急激に損耗していた。
 恐らくは、その場に1人で在ったなら取り返しが付かない所まで行っていたろう。

「……」
 静かに、じっと瞳を閉じて祈り続ける少女が居た。
 彼女――リリは決して動かない。ただずっと祈っていた。飽きもせず日がな一日中。
 最初は罵声を浴びせた物だ。時に畏れも感じた物だ。
 けれど、今となってはあれはもうああいう物なのだと割り切っている。
 そして彼女、リリが其処に居るというだけで多少では有るが感情の波が落ち着きもするのだ。
「誰か、来ます」
 けれど、普段はまるで何かを口にする事の無い彼女が突然口を開いた瞬間。
 終局はまるで予期せず突然に。例えばこの惨状に放り込まれた時の様に理不尽にやって来た。
「あ? 何や、今更こないな荒野に誰が――」
 ず――と。足を引きずる様な音。一見して、夕奈にはそれが誰か本当に分からなかった。
「……天乃、様?」
 リリの声に、衣類を血で真っ黒に染めたそれが星川天乃であると気付いた時、
 夕奈は自分がその出発地点に居続けた事を心から後悔した。
「……さあ、やろうか」
 一体、何をどれだけ殺せばここまでの返り血を浴びられるのか。
 天乃には右腕が無かった。羽織っているのは擦り切れた布切れだ。
 片足を引き摺っており、其処にも何か大きな怪我をしている事は疑い無い。
 それでも、やると言う。彼女が“やる”と言う以上、それは当然殺し合いに他ならない。
「アホが……本気で狂っとるわ……」
 逃げる、と言う選択肢も有った。だが、この近辺は最初に目覚めた場所だ。
 当てが無いにしてもまだ何かが隠されている可能性が有る。少なくとも夕奈はそう信じていた。
 そして曲りなりにも2対1だ。最悪リリを盾にすると言う選択肢もある。
「行くよ」

 例え片足の動きが鈍くとも、例え片腕を失おうとも。
 天を、地を、壁を、水を、全てを足場とする天乃に移動不能なルートなど存在しない。
 飛び掛った天乃の拳を、愛用のショットガン型魔杖で受け止める。
 お返しとばかりに放った絶対零度の魔眼が天乃を掠めると、
 同時に視界に入ったのはそれらを呆と眺めるリリの姿。
「なにしとんじゃボケ! 応戦せんかいっ!」
 夕奈の声に、はたと気付いた様にリリが両手に拳銃を構える。
 右手に十戒、左手に怒りの日。それは信仰その物であった筈の獲物なのに。
 けれど、リリはどうしてもそれを用いる気になれなかった。
 戦い、退ければ死なずに済むだろう。或いは神の身元へ送ったなら危険すら避けられるだろう。
 でも、どうしてそれをしなければいけないのかが、今のリリには分からない。
 何をされても、終わりが見えていても、もうこれ以上は戦えない。
「ああ――そうか」
 何故、銃が重いのか。何故、戦う意欲が沸いて来ないのか。
 護るべき物が無くなって、もう祈らなくて良いのだと思い知らされて。
 漸く理解出来た。私は、きっと待っていたんだ……と。
 救う為に殺し、戒める為に殺し、祈りを捧げる為に殺して来た。血に塗れて来た。
 けれど、それは本当に正しかったのか。その祈りは、正当だったのか。
 質され、自問し、迷い、惑い、けれど何所かで気付いてしまっていた。それは、罪なのだと。
 そして、自分で思っていた以上にただのリリは。断罪者でなく、救済者でもない。
 ただの素のままのリリは、きっと臆病で、恐がりで、決して強くなど無かったのだ。
 誤魔化す必要が無くなって、ぽつりと胸に落ちた沁みは拭い去れない程深く届く。
「私は、裁かれたかったのですね」
 救いはこんな所に有った。だから彼女は。武器を置き去りに身を盾にする。
 呆然とする夕奈の眼前で、天乃の左腕がリリの体躯を貫いた。
 
●Case Mirage Labyrinth
「――ようこそいらっしゃい、キミが一番乗りだね」
 三ツ池公園、閉じない穴。その麓に、それは居た。
 シルクハットを被り燕尾服を纏った、人間大の兎である。
 一見して、そして不思議の国のアリスを知る者なら恐らくは時計兎を連想するだろう。
 白磁のティーセットで紅茶を啜るその兎を前に、氷璃は一瞬、確かに呆気にとられていた。
「……何者?」
 問い掛けて当然のそれに、赤い瞳を細め如何にも人間臭く兎が嗤う。
「この世界の構築者、と言ったら信じてくれるかなあ?」
 くふふ、と漏れた呼気は彼、ないし彼女がこの世界に一定の自負を持っている事を示している。
 それは即ち、この世界は“造り物”であると少なくとも兎の側は認識しているのだろう。
 勿論。氷璃の側からすれば何を言ってるのだこの兎は。と言った所だ。
 けれど彼女の脳裏に刻まれている魔術知識が、眼前の兎に対し最大級の警鐘を鳴らす。
 喋りだした時点でハーフムーンかと思ったがどうも“そうではない”。
 革醒者は祝福を持つ者に気付くことが出来る。一方エリューションも感覚で分かる。
 その兎はどちらでもなかった。間違い無く“世界外の存在”だ。
「……其処に在った穴は?」
 見たところ、確かに在った筈の特大のリンク・チャンネルが存在しない。
 それは閉じない穴が閉じたと言う事であり、
 それが事実であればこの兎は塔の魔女に匹敵する魔術師である、と言う事になる。
 が――それにもやはり、兎は嗤って頭を振る。違う違う、と駄目だしをする様に。
「ここにあった穴は、君達を招く時に使わせて貰ったよ。
 そう、つまりここが入口。そして正解の出口でも、ある」

「……出口? ……!」
 視界が晴れる様に、或いは濃霧から外へ飛び出す様に。
 突然、違和感と言う名のズレた歯車がかちりと噛み合う。
 つまりこの世界は現実であり、しかし現実でありながら被造物だと言う事か。
 ならこの未来は“元居た現実と良く似通った別世界の出来事”と言う事になる。
 世界を丸ごと1つ、法則論から組み立てる異能。
 それは本来“ミラーミス”と言う種類の生き物だけが為す極限の神秘の筈。
 だが、眼前の兎からそこまでの威圧感はまるで感じない。只者ではないにせよ――
「何で、こんな事を」
「面白そうだったから」
 あっさりと返った言葉に思わず二の句を失う。
 当たり前の様に話をしているが、そもそもアザーバイドに理屈や理論は通じない。
 発生概念からして異なる世界の住人なのだからズレが有って当たり前だ。
 バベルの言葉を操る氷璃ならばその事は並のリベリスタ以上に理解している。
 が、直感する。それだけではない。眼前に立つ兎から感じる隔絶感は。
「面白そう、って……」
 それは恐らく呆れる程の悪意の無さ。そして、
「見てみなよ。キミのトモダチ、3人目の脱落だ」
 無邪気から来る紛う事無き残酷さだった。

●Cross Point 3
 ――そして、2人は出会ってしまった。
 翔護の眼前に立つのは、恐らく修羅と形容するの正しいのだろう。
 体躯に穴を空け、それを布で塞ぎ、片手を失い、片足をひきずる少女だった。
 傷だらけになり、血塗れになり、けれどその瞳は爛々と彼女にとっての“好敵”を射抜く。
 冗談で茶化せる雰囲気は微塵も感じられない。普段の翔護なら逃げの一択だったろう。
 けれど――
「靖国君、あれ……」
 服の袖を引っ張って、小柄な少女が彼の名を呼ぶ。
 それだけじゃない。後ろには老人や子供、戦う力の無い人々が大勢生活している。
 この世界で長く過ごす間に、彼は嫌が応にも理解してしまった。力とは、火種なのだ。
 望むと望まざると、強い者が無理を通せばそこで諍いが起きる。
 その諍いは彼の意思をまるで無視して弱い者から奪って行く。殺して行く。
 本当に誰かを護ろうと思うなら、彼が率先して力有る者を封殺する以外に無い。
 そんな事を続けていたら、気付けば護る者が出来過ぎていた。
 そして全て見捨ててやりたい事をやるには、翔護はほんの少し、中途半端過ぎたのだろう。
「そこはSHOGO☆で。あと“う”は発音せずに伸ばすのがコツね」
 ウインクしながら、彼に小鳥の様に付いて来た少女を下がらせる。
 失敗したかなあ、と思わなくも無い。けれどこれが彼なりの絶望を乗り切る術だったのだから。
「……準備は、良いね」
「本当は勘弁して欲しいんだけどね、こういうフラグは」
 少女を護って死ぬヒーローじゃなく、何と無く生き残る脇役で良かった。
 それが視聴者から慕われる三枚目なら、まあ概ね満足だ。
 けれど背にした人々は護らなければ遠からず失われる。彼がやりたい様にやった結果として。
 刻んだ道が、彼を嫌が応にも英雄に仕立て上げた。
 求めた理想が、彼を望まずして弱者を守護する者へと引き上げた。
 皆の幸せを諦めない。その中には、対する彼女も含まれていた筈だったのだけれど。
「行く……よ」
 殺す者と生かす者。天乃と、翔護の道は絶対的に相容れない。
 殺意の拳を掻い潜り、死神の銃弾が戦いたがりの少女の胸を打ち抜く。

 そして、幾許かの時が過ぎ。その両者は遠く異国の地。
 ただの宗教国家となった“ヴァチカンの在った筈の小国の外”で遭遇した。
「終るまでリベリスタでいよう。世界を救おうって、思ったんよ」
 ぱちぱちと、焼けた薪が音を立てて割れる。焚き火を囲みながら山羊の乳を煽る。
「だから出来るだけ殺さない様に。人と接さない様に、ここまで旅して来て……」
 寂しがりの吸血鬼は、久しく出会った良く知る顔に殊更饒舌に近況を語る。
「でも、結構難しくてさ。お前が悪い、全部お前らの所為だって皆口を揃えて言うんよ」
 日本が大変な時に。世界が危機に瀕していた時に。アークが死力を尽くして戦っていた時に。
 何もしなかった奴らが俊介をこぞって糾弾するのだ。
 腹が立たないと言ったら嘘になる。悔しくない筈がない。傷付かない訳がない。
 けれど、耐えた。耐え続けた。幾夜泣いたろう。何度叫んだろう。
 もう嫌だ、死にたいと、一体どれだけ歯を食い縛ったろう。
 それだけの時間と我慢を費やして、漸く辿り着いた手掛かりが“ここ”だ。
「自殺すれば楽ではあるんだろうけどまあ……やっぱ馬鹿らしいわな」
 対する男の傍らには、もう何人もの血を吸った宝剣が在る。
 竜一は、俊介程潔癖ではない。信賞必罰。恩には恩を、仇には仇を。
 それが彼の基本理念であり行動規範だ。自分にも、他人にも、例外は無い。
 そしてこの世界では、恩よりも仇を返す機会の方が遥かに多かった。
 足掻く為に殺す覚悟が必要だ。選び続け、命を摘み続けた。
 無抵抗な人間を殺した事は無い。生きる選択肢も1度は必ず贈って来た。
 それが言い訳になるとは思っていない。けれど、そこが竜一にとっての最後の一線だ。
 彼は、決して死ぬ訳にはいかなかったのだから。

「で、結局世界は救えそうなのか?」
 竜一もまた、記憶と違和感との接点を辿ってこの地まで辿り着いた。
 確かに有ったの物が無い。では、そこには何かの理由が有る筈だと。
「ん……黒い湖って知ってるか?」
 シュヴァルツ・ゼー。スイスに存在する限り無く黒に近い色彩の湖である。
 小国内部で集めた情報によると、その湖は彼らにとっての聖地なのだと言う。
 日本人である所の俊介や竜一はお国柄世界レベルの宗教にははっきり言って疎い。
 が、少なくともそんな話は初耳だ。ただ疎いから知らないだけの可能性も有るが――
「知んね。ただまあ、そこが怪しい訳な。じゃ、明日にでも向かうか」
「え、一緒に行ってくれんの?」
 俯きがちだった俊介が問い掛ける。焚き火に照らされ、竜一が夜空を見上げた。
「今すべきは抜本的な解決だ。命はそうやって使うもんだ。
 俺はそう決めた。それだけでいい。なんで、別にちゅけが行かなくても俺は行くけど?」
「まったまった、俺だって行くって!」
 疑心に駆られるかもしれない。殺し合うことになるかもしれない。
 そんな不安は余りにも長い孤独で良い加減薄れて来ていた。
 故に、良く似た志を持つ2人は連れ立って進路を辿る。
 例え大切な物を無くそうとも、それでも自らの意思で原因を探る。
 例え取り戻す事は出来なくても、世界を救う事を諦めない。
 その意志を抱き続け、ひたすらに悪足掻きを続けた2人は辿り着く。
 全ての発端、黒い湖へと。
 けれど、2人の意識はその翌日を最後に――ぷつりと途切れている。
 そして目が覚めた時、2人は夢の中での記憶。その殆どを失っていた。

●Cross Point 4
「あれ、私、死んだ筈じゃ……」
 これで終われる。と、思った。蘇る事が出来る等思考の端にも引っ掛かっていなかった。
 けれども、足掻いてしまうのは昔ながらの癖か。運命の恩寵は、リリを見捨てない。
 それはまるで、呪いの様に。彼女にただ裁かれると言う結末を許さない。
「え。」
 それは、おかしい。自分はノーフェイスになった筈だ。
 そして確かに胸を貫かれた。致命傷だったのは間違い無い。なのに、生きている。
 まるで運命を削って蘇ったかのように。そしてそれは、有り得ないのだ。
 或いはノーフェイスになった時蘇生能力でも開花したのだろうか。
 だとすると、それは本当に呪いじみている。死のうとしても、死に切れない何て。
「そうか、私……」
 死んだと思ったから、あっさり意識を飛ばしてしまっていたのか。
 周囲を見回せば、戦いは既に終わっていた。
 激戦だったのだろう、周囲は記憶のそれ以上に盛大に荒れ果てていた。
 だが、天乃は居ない。夕奈も居ない。彼女は、たった一人取り残されていた。
 どうすれば良いのか分からぬまま、針の様に刺さった違和感だけを感じながら。
 少女はひたすら呆然と空を仰ぐ。
 誰も居なくなってしまった。そして或いは、死ぬことすら出来ないかもしれない。
 かつて世界は、光に満ちていた。示された道は絶対であり貴い物だった。
 疑い無く、目隠しをしながらその道を辿っていた間は心安らかでいられた。
 けれど一度周囲を見回せば、世界は彼女にとってずっとずっと辛辣だった。
 迷子だ。前にも後ろにも進めない。迷子だ。彼女には何が正解なのか分からない。
 だとすれば、どうすれば良いのだろう。どうすれば――救われるのだろう。

 ――日本という国の北の果て。戦いの末に伊吹は勝利をもぎ取った。
 致命打と疑い無い一撃を見舞ったにも関わらず、再度立ち上がったのには心底驚いたが
 自分自身でも驚いたのか、炎の魔女が呆然としている間にもう一度トドメを刺した。
 彼女が何か言っていた気がするが、今となってはどうでも良い。
 日本には娘は居なかった。ならば海を渡るか。いや、無理だ。1年で世界中を回るなど。
 一歩一歩踏みしめる度に絶望感が伊吹を苛む。
 何時まで目を逸らし続けられる。何所までこの見果てぬ荒野を歩き続ける事が出来る。
 身体には未だ力が満ちている。けれど、心は既に死に掛かっていた。
 何故見つからない。何故逢う事が出来ない。もう一度だけ、一目だけで良いのに――
 もう一歩踏み出し、躓いて、転ぶ。
「……は」
 笑いが漏れた。これが、後悔か。
「……ははは、」
 自嘲が胸を満たす。これが、妄執か。
「……ははははははは、ははははははははは」
 娘はもう、きっと死んでいるのだと。心のどこかで分かっていた。
 理解したくなかっただけだ。目を逸らしていたかっただけだ。
 現実から目を背けていられたならまだ幸福だった。
 けれど、彼の追い求める幻想は、何時でも彼の事をじっと見つめてくるのだ。
 “どうして、助けてくれなかったの”――と。
 もうやめてくれ。自分が間違っていた。諦めなどしない。絶対に、必ず、何が有っても。
「そうか、見失ったなら……取り戻せば、良いのか」
 故に彼は己ですら自覚せぬままに、最大の禁忌へと舵を切る。

「ああ……らしくねぇな」
 結局、世界を一周して最初の地点に戻って来てしまった。
 翔護との戦いは痛み分けに終わった。護る為に戦う彼には余りに隙が多過ぎた。
 護る物が無い者と、護り続けると決めた者。実力が近似値ならば前者が必ず勝つ。
 火車が燃える拳で翔護を殴り続けると言う展開は、お世辞にも興が乗る物ではなかった。
 適当にギリギリ死なない程度に追い詰めて、放り出した。
 殺す程の理由も無い。そして何より、虚しかった。
 力だけがある。ただ力だけがある。それしか無い。それ以外無い。
 だから力を揮い続けた。抗い続けた、絶望から。拒み続けた、全ての悪意を。
 けれど、何がしたかったのか分からなくなってしまった。
(アイツ等も、あの場所も……もう無いってのに)
 拳の向け先が、分からない。火車からすれば本当に“らしくない”事だ。
 これでは楽しめない。どれだけ殴っても殺しても憂さなど晴れはしなかった。
 なら、この方法論では駄目だ、と言う事なのだろう。
 けれど、彼はこの生き方を止められない。彼は火だ。尽きせぬ火だからだ。
 触れてくる物は焼き尽くさずにいられない。
「……そうだ」
 柄にも無い。殊勝な気持ちになってしまっていたが、考えてみれば単純だった。
 何故、この世界にそこまで拘っていたのか。Rタイプはまだ生きているのだ。
 やられたらやり返す。奪われたら奪い返す。
 少なくとも、この世界で、その終わりまで憂さ晴らしを続けるより、
 それはずっと面白そうな試みに思えた。何せ“喧嘩を売って来たのは向こうの方”だ。
「野郎を、ぶっ潰せばこの世界も取り返せんじゃねえか」
 無理だ、不可能だ、そんな諦めはただの甘えに過ぎない。
 やれるかどうかじゃない、やるか、やらないか。
 火車にとって、道はいつだってこの2つしかなかった筈なのに。
 男は再び灯した熱と共に駆け抜ける。奇しくも、一つの結末へ向けて。

●The world end
 氷璃は待ち続けていた。この世界全てが舞台だと言うのなら。
 それを仕立てた相手に1対1で相対してどうにかなるとは思えない。
 兎は言った。3人揃ったら帰してあげると。つまり後2人この公園へやって来ると言う事だ。
「確かに、ここから出ない限りは世界に悪影響は及ぼさないのでしょうけれど」
 彼の兎が、悪性のアザーバイドなのか、善性のアザーバイドなのか。
 その区分けに悩むこと数日。長い長いお茶会はとりあえず一端の終わりを見る。
「……あ? 何だこりゃ」
「いらっしゃい、ここが正解らしいわ」
 西の方からやって来た火車の問に、氷璃が嘆息と共に椅子を勧める。
 其処へやって来た兎が、やはり如何にも愉しげに嗤った。
「ようこそようこそ、待ってたよ。そこのお姉さんあんまりお話してくれなくてさ!」
 これが夢であると分かれば、望むのは醒める事のみ。
 戦ってもどうにもならないのであれば尚更で、氷璃は兎との意思疎通を諦めていた。
 何より、言葉は分かれど思考回路が理解不能と言うのは思う以上にストレスだった。
 説明を求めても、逐一煙に巻かれた様に望む答が返って来ない。
「おい、閉じない穴は何所行ったんだよ。有る筈だろ穴がよぉ!」
「閉じたみたいね」
「最初から無いよ? あれは流石に僕にも再現出来な」
 がっと、火車の手が兎の耳を掴みそのまま揺さぶる。
 漸く見つけた答えに水を射されれば、イラつかない筈がない。
 元々火車は短気でこそ無いにせよ、決して気の長いタイプではないのだ。
「無いじゃねえよ兎野郎いや女か? どっちでも良い説明しろっつってんだ分かんだろあぁ?」
「痛い痛い痛い痛い痛い、取れちゃう取れちゃう取れちゃう!」
 ぐいぐい引っ張られて兎が悲鳴を上げるも、そこで毒を抜かれたか。
 手を離せば氷璃が勧めた椅子に座る。聞けばもう1人来るらしい。
 それまで待てと言われれば、火車はもう何も問わず腕を組んだまま押し黙っていた。
 腹が立たない訳では無かった。暴れたくならない訳でも無かった。
 けれどそれ以上に。これが作り物だと聞いて安堵しなかったと言えば、きっと嘘になるだろう。

 そうして、3人目がやって来た。
 世界を一周巡った火車に対し、日本国内で人探しをし続けた伊吹の方が、
 本来ならば早くこの地に辿り着いていてもおかしくはなかった。
 けれど、真っ直ぐに目的地を巡って来た火車に対し、伊吹は余り横道に逸れ過ぎた。
 結果として、そして偶然として。彼は最後の客に選ばれる。
「やや、ようこそいら――」
「……そこを、退け」
 公園の領地に踏み込んだ瞬間現れた奇妙な兎に対し、伊吹は間髪入れず腕の光輪を叩き込む。
 間一髪かわした兎が目を白黒させるも、既に彼にとってそんな物は見飽きた生物の類だ。
 ノーフェイス化した日本人、その何割かは既に人間の形状を保って居なかった。
 それらを殺して殺して殺し続けて来たのだ。今更言葉を喋る化物が居た所で驚きなどしない。
「邪魔をするなら殺す。行く手を阻むなら殺す。俺にはやらねばならぬ事があるのだ」
 道を開けた兎に用など無い。まるで無視して突き進むその視界に氷の天使と火の青年。
 2人の姿が飛び込んで来ても、伊吹は臨戦態勢を解こうとはしなかった。
「……すっかり、この世界に毒されてしまったみたいね」
「面倒くせぇ……あのなぁ伊吹。要するに――」
 口を開いた火車の間近を、乾坤圏が奔り抜ける。地が爆ぜ、土煙が上がる。
「御託は良い。通すのか、通さないのか」
 愛する者の痕跡を辿り、時に勘違いから、時に願望から、希望の欠片を追いかけては裏切られ。
 それを延々と繰り返し続けた伊吹の思考は既に平時のそれではない。
 擦り切れる寸前までかかった心的負荷は判断を二極化させ、それ以外を無意味と断じる。
 即ち、娘に繋がる情報か、そうでないか。会話すらも煩わしい。
 どうせ邪魔をするならば、慈悲も憐憫も後悔も、もう御免なのだ。
 ただ戦い、ただ殺せば、或いはただ死ねば良い。そうすれば、自分も相手も傷付かない。
「……おい」
 殺意一色の伊吹に、火車の声のトーンが1つ下がる。
 問答無用で降り掛かる火の粉なのであれば、それを無視するなどそれはもう火車ではない。
 やるというなら応じるまで。それが彼の生き方であり、信念であれば――

「――止めなさい2人共。そんな事をしても、あの兎を興じさせるだけよ」
 一触即発、それを止めたのは氷璃である。その周囲には既に複数の魔法陣が展開している。
「それとも、ここで当分石にでもなっていたいのかしら」
 『運命狂』と、『クレイジーマリア』だけが操る石化の神秘、堕天落し。
 その魔術に耐性を持つ存在は決して多いとは言い難い。両者に至っては言うに及ばず。
 流石に石にされるなど冗談ではなかったか。先ず火車が拳を下ろし、
 それを見て伊吹が視線を件の“兎”へと向ける。
「……どういうことだ。そこの兎が――」
「どうも、この兎がこの世界の創造者らしいわ」
 伊吹の問いを切って捨てた氷璃の言に、ここに来て漸く言葉が途絶える。
「――――――――な、に?」
 絶句する男を興味深げに其々を眺めていた兎が、
 まるでそうそうと肯定する様に、大きく大きく耳と首を振っていた。
「改めまして、ようこそお客さん達。ねえねえこの世界はどうだった?
 中々悪く無かったでしょう。危機感は煽られた? もっと頑張ろうと思った? わ、だったら何より。
 うん、実はね――この世界は、今君達の居る世界の最も訪れる可能性が高い未来を再現してるんだ」
 にこやかに、朗らかに、まるで遊園地のアトラクションの説明をする様に。
 瞳を細めた兎の言葉に集った3人が凍りつく。
 しかして、全ては語られる。その真偽を確かめる術すら無いままに。
 夢は醒める。悪夢は終わり、絶望と停滞の夜は明ける。
 そして目が覚めた時、3人は語られた言葉のその大半を忘れていた。
 全ては夢に過ぎないのだから――全ては結局あくまで夢でしか、無かったのだから。

●Cross Point ∞
「そう、これは君達の集合無意識に築いた鏡の迷宮。
 世界何て大層な物じゃないし、勿論僕は神様なんかじゃあ無い。
 ぼくはあくまでただの細工師だよ。ほんの少し、鏡の扱いに長けるだけの見た通り可愛い兎さんさ」

「うん、どう言う事か分からないって? つまり、この世界は君達そっちの世界の人々が
 瞳という鏡に写した映像をそのまま再現しただけの物。君達も、君達本人じゃない。
 あくまで君達が夢に描いた自分自身だ。だからほら、君達は夢の中では絶対に死ぬ事は無かったろ?」

「観測者は決して死なない。代わりに夢から醒めるだけ。この世界にはそういうルールが有る。
 そして僕はずっと、ずーっと、長い間こちら側から君達を見ていた。
 でもね、つまりは君達が全滅してしまうと、僕の居場所も無くなってしまうんだ。うん、それは困る」

「だからこれは警鐘だよ。それとも警告と言うべきかな? ああ、勿論これは夢だ。
 夢だからその全てを持ち帰る事は出来ない。でも、凄く悪い夢を見たなら、何かはきっと残るだろ?」

「キミ達は、今のままだと失敗する。それがどんな失敗かは分からないけれど、決定的な失敗を。
 その結果世界は終わる。これは今のままであれば訪れる、遠くない未来のお話さ」

「勿論、キミ達が足掻けば未来は変わる。けれど、半端な足掻きじゃ駄目だ。
 それじゃ世界は救われない。それじゃキミ達は救われない。きっと、憶えてはおけないだろうけれど
 どうかどうか忘れないで欲しい。僕はキミ達の味方じゃない、けれど別に敵でもない」

「救って欲しいんだよ、この絶望の未来を。こんな風景を夢に見続ける何てあんまりだ。
 僕だってね、自分が住む世界はあまり荒れて無い方が嬉しい。だから、出来れば頑張って」

「あ、そうだった。この公園の池を通れば楽に目覚める事が出来るよ。
 それと名乗りを忘れていたね。これもやっぱり、目が醒めたら忘れてしまうんだろうけれど」

「うん、機会が有ったらまた逢おう。僕は何時でも、こちらからキミ達を見ているから。
 僕は『劇場支配人』――『鏡界細工師』キャロライト・キャロル。では3人共、良い夢を」

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様、お待たせ致しました。
ノーマルEXシナリオ『The future of despair』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

先ずはスケジュール管理の拙さからお待たせしてしまい申し訳有りません。
結末としては、死亡3、脱出2、崩界まで生存2、帰還3と言う分布になります。
尚、自力で夢から抜け出していない場合、夢の中での記憶は残っていない扱いとなります。
各人それぞれに思う所有り、目的有りで実にフリーダムに動いて頂けましたので、
その様に心情描写を多めに割かせて頂きました。お気に召して頂けましたら幸いです。

それでは、この度は御参加ありがとうございました。
またの機会にお逢い致しましょう。