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運命に踏み躙られた救済


 彼女の出現は一寸した奇跡のようだった。
 世界の裂け目よりこの空へと舞い降りた時、彼女は哀しみに顔を歪めた。
 だってこの世界にはあまりにも多くの嘆きに満ちていたから。
 彼女にこの世界の言葉は判らない。この世界の生物の心だって、理解出来るとは言いがたい。
 だが彼女は救済を決意する。
 自分の手は短くて全てに届かせる事は不可能だけど、自分の掌は小さくて全てを受け止める事は不可能だけど、それでも救いたいと願ったのだ。

 小さな少女がベランダで泣いていた。
 寒くて、痛くて、お腹がすいて、でもそれより一番辛かったのは母が自分を嫌っている事、母に好かれる自分で居られぬ事。
 けれど少女の前に彼女が現れる。嘆きに哀しげに顔を歪めた彼女は優しく小さな少女を抱き締めた。
 たったそれだけで、少女の傷は消え、空腹は薄れて、暖かさが体だけでなく心にも染み込んで行く。
 そうして少女は彼女がこの世界で始めて救った人間となった。
 少女の泣き声が消えた事を不審に思った母がベランダの引き戸を開ける。この母が、2番目に救われた人間。
 母は少女を傷つけたけれど、その行為すらが嘆きだった。娘が憎かった訳じゃない。
 言い訳にもなら無い愚かさだけど、どうして良いのかわからずに喚き散らした結果がこれだったのだ。
 彼女にとっては、当然母も救う対象だった。
 隣の部屋では少しのすれ違いを切欠に冷め切った夫婦が。下の階には重度の介護を必要とする母と、それに疲れ切り追い詰められていた息子が。
 救われ、救われ、救われた。それは一寸した奇跡のようだった。
 そう、まるで奇跡のようだったのだ。

 その夜、彼等の住まう団地の人々は皆救われて彼女に縋り付いて過ごす。優しい彼女は縋り付く人々を置いて次を救いに行く事を選べなかった。
「お姉さんは天使様なの?」
 少女は彼女に問うた。
 彼女は言葉を理解出来なかったけど、笑顔を浮かべて少女をもう一度抱き締める。
 それは小さな小さな救いの一歩。


「だがそんな都合の良い奇跡はこの世界には起こらない」
 ゆっくりと瞳を開いた『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が吐き捨てる。
 そう、例え其処に善意しかなくとも、舞い降りた彼女がアザーバイドである以上はその先に待つのは悲劇のみ。
「この個体をアザーバイド『救済の天使』と呼称し、諸君等に彼女の撃滅を依頼する」
 個体の善悪を問わず、フェイト、運命の寵愛を持たぬアザーバイドを世界を蝕み、歪みを伝染させてしまう。
 彼女の意思に意味は無い。例え意思疎通を可能にしても、やはり会話にも意味が無い。
 やって来たバグホールは既に消失し、彼女は自身で世界に通路を開く術を持たない。
 打ち滅ぼす以外の道はない。
「けれど厄介な問題は此処からだ。『救済の天使』は物理であろうと神秘であろうと並みの攻撃は受け付けぬフィールドを身に纏っている。このフィールドが解除されるのは彼女が攻撃を放つ瞬間のみ」
 其処まで言った逆貫が、その先を僅かに言いよどむ。
 確かに厄介な能力だが、解除のタイミングがハッキリしている以上は厄介では在れど問題とは言いがたい。
 この先に問題があるのだ。
「現在『救済の天使』は攻撃手段を有しない。防御や癒しや庇う力は一級品だが、攻撃は意思手段共に持ち合わせていないのだ」
 ……つまり現段階ではフィールド解除のタイミングが存在しないという事だ。
 そして次の言葉が、逆貫の口から搾り出される。
「解決策は唯一つ。『救済の天使』が敵を打ち滅ぼす力を強く求めさせ、その方向への進化を促す事。簡単に言うと彼女が救った人間を虐殺する事を私は諸君等に求める」
 小さな団地の人間を丸まる一つ救った彼女は、今多数の人間に囲まれている。
 その人々が虐殺を受ければ、庇う力だけでは到底守りきれずにやがて彼女は攻撃の手段、敵を打ち倒す手段を欲して手に入れるだろう。
 それまでに幾人の犠牲が出るのかは想像もつかないけれど。
「救済された人間は恐らく彼女から離れようとしないだろうし、そうなれば何れ革醒してノーフェイスの道を歩き始める。どのみち、なのだよ。……気休めにもなら無いかも知れないが」
 確かに気休めにもなりはしない。
 どのみち殺さなければならないからと言って、殺す事に何も感じないわけが無い。
 罪の無い、救われただけの彼等は、アザーバイドに攻撃を通じるようにする為だけの生贄にされるのだから。
「諸君等の健闘と、強い意思を、私は心から祈る。よろしく頼む」


 資料

 エネミー:救済の天使
 上位世界からやって来たアザーバイド。
 非常に慈悲深く、嘆きに満ちたこの世界の救済を目的とする。
 フェイトを得る運命には無い。
 言語が違う為意思疎通は不可能。会話手段があったとしても心の在り様も慈悲に傾き過ぎており極端なので互いに理解し合う事は不可能と推察される。
 人々を救う様々な手段の能力の他、神秘物理を問わず並みの攻撃ではダメージを負わない。
 戦闘時の能力は凡そホーリーメイガスの物に類似。攻撃手段を得た際もホーリーメイガスの攻撃手段に似た物を使用する様になると推察される。


 戦場は団地の正面の広場。多数の一般人に取り囲まれて救済の天使が存在する。
 時間帯は夜だが光源は多く、救済の天使自体もうっすら輝いている為、戦闘に不都合は生じないと思われる。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:らると  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 6人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年04月11日(金)22:48
 成功条件はアザーバイド『救済の天使』の撃破。

 同行者として『paradox』陰座・外(nBNE000253)も参加します。
 出来る事はステータスシートの通りで、指示はわかる様に書いていただければ理不尽な物でなければ従います。
 触らなかったら空気ですし、敢えて今回付いて来るなと言われればそれでも構いません。

 これが私の悪意です。皆救われたいですよね。僕も救われたいです。
 悩み、葛藤し、決断し、覚悟して、踏み躙ってください。勿論踏み躙る事を拒絶するのも皆さんのお心のままに。
 救済、運命、生贄は最近やってるゲームでもキーワードとして出てくる単語ですが、内容に関係は一切ありません。ゲーム面白いですけどね。

※当シナリオは非常に後味が悪くなる可能性が高いです。勿論参加者の行動次第で変化はあるでしょうが、ある程度の覚悟は必要だと思います。
 参加の際はOPを良く読んでからにしてください。
参加NPC
陰座・外 (nBNE000253)
 


■メイン参加者 6人■
ハーフムーンソードミラージュ
司馬 鷲祐(BNE000288)
ハイジーニアスプロアデプト
イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)
ハイジーニアスデュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
アウトサイドスターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)
ハイジーニアスホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)
メタルフレームクリミナルスタア
緒形 腥(BNE004852)


 天は自ら助くる者を助く(Heaven helps those who help themselves)と言う。
 他に頼らず自立して努力する者には必ず天が報いるだろう。
 怠惰な者には幸福は決して訪れない。
 自らを真の意味で救えるのは自らだけなのだ。

 無論それは綺麗事だ。
 世界には幸運不運があり、如何なる努力も踏み躙られてしまう事がある。
 誰だって救われたい。報われたい。思わぬ幸運を手に入れたい。
 白馬の王子様が手を差し伸べてくれる事を望む。モニターから自分を慕う女神様が出て来る事を望む。
 買ってすら居ないのに宝籤が当たる事を夢想する者だって居るだろう。
 誰だって誰だって誰だって、恵まれたいのだ。天から恵んで貰いたいのだ。

 けれどもし仮にその救いが本当に不意に降って沸いてしまったならば、嗚呼、それは果たして本当に幸運だと言えるのだろうか。
 自らを助けずに救われてしまった者は、その救いに縋り付いてしまうのに。
 人々は頭を垂れて希う。救いよ如何か我が元から去らないでくれと。差し伸べられた手を掴んでもう離さない。
 故に上から降りてきた恵みその物である彼女の存在は、例え増殖性革醒現象など無かったとしてもこの世界にとっては毒だったのだ。
 とても甘美で抗えぬ毒。
 其処に悪意が存在せずとも、どれ程慈愛深く善性の存在だったとしても、彼女の存在は世界を蝕む。
 そして彼女はその善性故に、その事実を認識できない。

 さあそれでは、悲劇を語ろう。


 団地の屋上より見下ろす隻眼が、その光景に眉根を顰める。
 酒に乱れ、私生活の大半を恋人に依存する『マダオ』と揶揄される『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)ではあるけれど、それでも彼は自らの足で立つ事の意味を知る。
 銃床を肩にあて、銃把に手をかける。隻眼が星を通して獲物を見定める。
 自分の意思で、目的の為に、成すべきを決めて成す。
 獲物に火縄の銃を使い、引き金を引いて命を奪う事までもを含めて、誰にも立ち入らせぬ己の世界。
 己の足で立てる者の瞳には、唯縋り付くだけの人の群れは醜悪に映る。
 そして勿論、とても哀れなのだ。降って沸いた餌に飛びつく事を罪と呼ぶのは酷だろう。
「かわいそうだなー」
 ブリーフィングルームで同行する仲間の1人、緒形 腥(BNE004852)が棒読みで、揶揄するような言葉を放った事を思い出す。
 含まれた響きは兎も角、内容には同意せざる得ない。救ってくれた相手が悪かった。
 これより彼等は少なからず顔見知りである者達の死を目の当りにし、自らにもその死が降りかかる事に怯えなければなら無い。
 それほどの罪を彼等は決して犯していないにも関わらずだ。

 外灯の白い光に照らされ、足元から伸びた薄い影に『paradox』陰座・外は符を貼り付ける。
 符は影の内に沈み、世の理より解き放たれた影は濃さを増して立ち上がり、人型を成す。生み出した主の隣に並ぶ人型、式符・影人。
「これで良い? 難しい先輩方」
 外は『実験』の手伝いの為にと影人の作成を指示した二人のリベリスタ、『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)と『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)を振り返った。
 頷いたイスカリオテの眼鏡が、街頭の光を反射して白く光る。
 それは外にとってはとても迂遠な行為に思えた。賢き者は何故こうも策を弄するのか。
 イスカリオテ、海依音、それぞれに違った形で外は彼等の心の中に歪みの存在を感じた。そしてその歪みこそが彼等が前へと進む原動力を生み出しているであろう事も。
『救いは無い。神は居ない』
『ねぇ、神様。ワタシは貴方が嫌いです』
 外はその実験に意味を感じはしなかった。けれどそれでも彼等の実験に協力するのは、リベリスタ達に協力するように言い含められているから以上に、彼等の歪みを少し観察したくなったから。
「ええ大丈夫よ。あと、ワタシよぶときはおねえちゃんで」
 でも其れは一寸嫌かな……。


 それは戦いと呼ぶには余りに一方的が過ぎた。
「さて、貴女が本当に無条件に他者を救済する。名付通りの天使か、見せて頂けますか?」
 人の群れに飛び込んだ外の影人ごと、イスカリオテの放った光、神気閃光が一般人達を焼き、薙ぎ払う。
 突然の、あまりに理不尽で理解を超えた暴力に、その場の者達は最初其れが何なのかを理解は出来なかった。
 何かが起こり、そしてその場には傷付き倒れ呻く人達。理解を超えた出来事は人を硬直させる。
 例え聖なる光、不殺の技である神気閃光に打たれようとも死ぬ事は無い。だがそんな事を人々は当然知らぬし、そもそも何が起きてるのかさえ理解していない。
 けれどそんな彼等は、これより前に理解不能の存在に一度救われていた。突然降って沸いた恵みである天使に。
 事前に超常の存在と接していた分、彼等は想像の外の出来事からの立ち直りがほんの少し早かった。そしてその頭は逃げなければならないと言う結論を導き出す。
 まあ最も、無論だからと言って、呆然としていようが逃げようとしていようがその結果には何の変化も現れなかったのだけれど。
 動き出した一般人達を、二度目のイスカリオテの神気閃光が捉えて焼き払う。
 更に同時に、海依音の放った聖なる呪言、ashes to ashes, dust to dust.灰は灰に塵は塵に、浄化の炎が包み込む。earth to earth.土は土へと返るべし。
 己の身を加減無しで全力で焼く海依音の凄絶な姿に、外は傷癒の符を持たずに来た事を僅かに悔やむ。
 そして薙ぎ払われる一般人を見る『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)の噛み締めた唇から、血の雫が滴り硬いアスファルトの地を濡らす。
 止めたかった。無力な一般人を傷付けるイスカリオテを風斗は止めたかった。
 けれど其れは出来やしない。彼等の実験が上手く行かねば、次に待つのはもっと凄惨な事だから。
 無力だ。無力だ。とても無力だ。腕力は一人前だ。人を傷付ける事ばかりに長けている。殺す事は簡単だ。
 なのに止めれやしない。守れやしない。何も出来ない何も出来ない。
 とても無力に、ただ見守るだけ。
 
 リベリスタ達の実験とは、救いの範囲を調べる事だった。
 救済の天使が何でも無作為に救うのであれば、生み出されたヒトガタに過ぎぬ影人をも救うとするだろう。
 苦痛に反応するのならば、リベリスタが自傷、或いは傷つけ合えば癒しを放つだろう。
 もしくは、あわよくば非殺の攻撃を繰りかえす間に天使が此方に害意を持ってくれればと。
 そんな、実験。もし成功したならば、影人を生み出して破壊すれば、リベリスタ同士が傷つけあれば良いのだと一縷の望みを託して。
 けれどその実験は失敗に終る。矢張り当然の様に、運命は、世界はいつも優しくないのだ。
 しかしその実験で、一つ判明した事もある。
 神気閃光を受けて意識を失った者の中には、天使の癒しが施されなかったものが居た。全てでは無く、一部だけ。
 その理由が判らない。条件付けも判らない。
 仲間達から離れて回り込み、唯只管に天使を見詰めて観察する『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)のも、彼女はまだ判らない。
 熱感知で見た熱量は充分以上に。彼女は本気で、救いたいのだ。
 しかし其れを潰さねばなら無い。摘み取らねばなら無い。
 決して憎い相手では無いけれど。


 お遊びの様な実験の時間は終わった。
 フルフェイスで表情が、顔が全く見えない緒形 腥が前に出る。
 彼は悪を買って出た。お茶らけた様子でへらへらと。誰にも窺い知れぬ本心を、そのフルフェイスよりも分厚いペルソナの向こうに沈めて隠して。
 予断だが、この一体を覆う強結界を施したのも、腥だ。つまり彼は、何かを覆い隠す事に長けるのだろう。
 銃で、天使の近くに居た少女の手足を撃つ。小さな弾丸は、けれどもあっさりと少女の手足を引き千切り……けれども次の瞬間には天使の力で元通りに戻っていた。
 小さく舌打ちをした腥は次に額に狙いを定めて弾丸を放つが、しかし再びの痛みを恐れた少女を天使の羽が覆い、弾く。
 つまりは要するに、1人で悪を背負い込む事すらこの状況は許さない。
 天使の処理能力を飽和させる、死と恐怖を、リベリスタ達は撒かねばなら無い。天使は哀しみに顔を歪めた。
 そして殺戮が始まった。

 老人が1人、炎に包まれ灰と化した。自傷に使われていた海依音の灰は灰に塵は塵にが、その対象を一般人へと変えて牙を剥いたのだ。
 しかしその老人はまだしも幸運だったと言えよう。何故なら恐怖と苦しみ少なく死んでいけたのだから。
 足を貫かれ転んだ女の下腹部を、イスカリオテの放った気糸が貫く。嬲るように威力を絞って、目を貫いて、耳を吹き飛ばし、
「痛い? 苦しい? 辛い? 大丈夫、彼女が貴方を救って下さいますよ、幾らでも、何度でも」
 そう、望めば願えば天使の力で癒されるのだ。全く跡形なく元通りに。……目の前にイスカリオテが居る以上苦痛と恐怖に終わりは無いのだけれど。
 腥の笑い声が響く。振るわれる暴力は、既に天使の能力を飽和し、彼女に攻撃を遮る余力は無い。

 そして腰を抜かした老女に風斗が己の愛剣、デュランダルを振り被る。
 ずぶりと刃が肉を断つ感触と、命乞いをしていた老女の声が断末魔の悲鳴となって鼓膜を侵して脳に染み込む感覚に、風斗の胃液が逆流し、嗚呼……、自らが切り殺した老女の血と胃液が混ざり、彼女の骸を汚していく。
 無様に風斗は嘆く。『次の相手へと刃を振り被りながら』。吐く為に仮面を外したことすら忘れ去り、まるで悪鬼の如く顔を歪めて。

 早く攻撃をしろ、回復だけじゃ止まらない……、止まれない。
 この悲鳴が聞こえただろう。俺達を止めなければこの悲劇に終わりは無い。
 早く、早く、もうこれ以上は!
 気持ち悪いもう嫌だ。口元がぬるぬると濡れている。戻した胃液か返り血かさえ判らない。
 臭い、耳が聞こえない、目が回る。
 とめてくれ、たすけてくれ、お願いだ、お願いだお願いだお願いだ。
 どうかはやく、『おれをころしてくれ』。


 天使は人の心が理解出来ない。目の前の彼等の行動も理解の埒外だった。
 そもそも天使は団地の人間たちを救いはしたが、彼等の抱えてる問題をどれ一つとして正確に把握などしていなかった。
 悪意に程遠い彼女が、どうして悪意を理解し解決出来ようか。
 唯、嘆いて居たが故にその力を振るい最善手の奇跡を現出して嘆きの原因を取り除いたのだ。
 天使の、彼女の耳は人の言葉を解さないが、嘆きだけは理解する。口に出さずとも、心が嘆けば彼女に届く。
 彼女が倒れて気を失った者を救わなかったのは当人が嘆かず、そして親しい知人が嘆いてその者の救済を願う事も無かったから。
 酷く歪で、人とは掛け離れすぎて純粋な天からの恵み。
 だが故に風斗の強すぎる嘆きは彼女に届いた。己を殺してくれと。
 彼女にその為の機能は無かったが、嘆きを排除する為に最善手の奇跡を現出し、彼を確実に殺し切るだけの手段を手に入れる。
 周囲の一般人達の嘆きも後押しをする。理不尽を消し去ってくれと。

 彼女が、天使が手を翳す。風斗の願い通り、風斗を一撃で消し去る為に。
 けれどその一撃が放たれる直前、タァン!と悲鳴も嘆きも押し退けて、乾いた火薬の爆ぜる音、銃声が響き、団地の屋上から龍治が放ったカースブリッドが、翳した天使の腕を引き千切る。
 其れは正に最高の一撃だった。仲間達の様な実験にも、一般人を殺す事にも参加せず、全てを投げ捨てて唯一撃の為に、咲いて散るは花火の如きひとまたたきの芸術の演出。
 其れは他の全てを投げ捨てていたからこそ、最高のタイミングで風斗の命を生かしてみせた。
 そして龍治の一撃が確かに天使へと届いたのを確認した瞬間、そこへと追いつく最速の二文字。
「――貴様は、この世界には不要だッ!!」
 その叫びには、一撃には、万の思いを籠めて。
 放たれるは神速斬断『竜鱗細工』。其れはその男の生き様の様な技だった。
 理解出来ぬ者は其れを無様と罵るだろう。速いだけだと。如何に刃が尖ろうと、刺さらなければ意味が無いと。
 その男は確かに速いだけの男だった、其れ以外には何も持たぬ。そして其れがプライドだった。

 ――この力は、手の届く全てへ駆けつけるための力だった――

 鷲祐のプライドは、違う事無く天使の胴を両断し、上位世界からの恵みにして災厄、ただ慈悲深いだけだった彼女を摘み取った。


 奇跡の力が流れ落ちていく。
 この時に至っても、天使は、彼女は何故こうなったのかが理解出来ないで居た。
 彼等は何故自分をこうしたのだろう。そして何故今私をこうした彼は小さく嘆くのだろう。
 体が少しずつ崩れていく。
 なのに、嘆きの声がすぐ傍から聞こえる。小さな少女だ。この世界に来て最初に救った少女が、私の隣で嘆いている。
 救う力は流れ落ちてしまった。何故嘆くのかは判らないけれど、救わねばなら無い。救いたい――――。
 力を失った天使は、結局何をも理解せぬまま、自分に残された最善の方法を現出し、少女に向かって微笑みを見せて塵と化す。


 海依音が風斗を抱き締める。
「もう、終わったわ。誰もあなたを責めない。ワタシはね。大切な仲間が傷つく方が嫌。もう、大丈夫だから、あなたはノーフェイスになって誰かが襲われるということを止めた。世界のために戦った。それだけよ」
 海依音が風斗を抱き締める。彼の傷を舐める様に、抱き締める。
 優しく、包み、彼の涙をその胸で受ける。
 女で、男を受け止める。

 でも、本当に、本当にそうなの?
「楠神先輩は相手を選んで殺したのに?」
 彼は殺す事を嘆いたのではなく、殺した事を嘆いて死を求めたのに?
 貴方は本当に最善を選んだの?
 呟きは、誰の耳にも届かぬ小さな声で道端に捨てられた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お気に召したら幸いです。
 お疲れ様でした。

 まあ、救われたいですね。誰も彼も。
 貴方も救われたいでしょう?