●雪崩 夕暮れの光が、山頂の雪をきらめかせた。 「ほんに今年は異常気象だねえ」 頭に手拭いをまいた老婆が、目を眇めて呟いた。 節季も過ぎ、暦の上では春だとはいえ、まだまだ肌寒い日が続く。 ましてこの、高峰に囲まれた北国の村ではなおさらだ。 「おばあちゃんそれ、毎年言ってるよ」役場の青年が苦笑した。 「でもほんとに、今年は寒いねえ」中年の女が呟く。 村の住人は山を見上げた。確かにこの時期にしては、麓の方まで雪が解け残っている。 「雪崩でもなきゃ、いいんだけど」 中年の女が、不安そうにそう言ったとき、急に地鳴りのような音が響き始めた! 「ほら、言ってるそばから!」 「危ねえ! とっとと逃げねえと」 「な、何、あれは!」 女が指さすその先をみて、住人達は仰天した。 山の彼方から巨大な雪玉が三つ、雷鳴のような音を響かせながら転がってくるのだ! 数秒ののち、村は雪玉に押しつぶされた……。 ●アーク本部 「ちょっと時期外れの、スキーツアーってことになるか……」 『駆ける黒猫』将門・信暁は、事件の発生予定地点の地図と、風景写真を取り出した。 「『万華』の予測したところでは、この山の山頂にエリューションビーストが潜んでいる。そして夕方に山頂から滑り降りてくる」 信暁の写真にあるのは『陸に上がったバンドウイルカ』のようなE・ビーストだ。 「こいつは滑り降りてくるとき、体から破片を散らす。それが芯となって、雪玉ができあがる。あっという間にふくれあがって、馬鹿でかい代物になる」 信暁は手近なコピー用紙をくるくると丸める。 「そしてE・ビーストと雪玉は麓の村に激突する。並みのミサイル爆撃どころじゃない、甚大な被害が発生する。ヤバすぎるな」 ぐしゃり、と信暁は紙玉を押しつぶした。 「麓で迎撃するのでは間に合わない。唯一こいつらを撃退する戦略は、一緒に山頂から滑り降りて、雪玉を潰しながら退治することだ。 ヘリで山頂までは一直線、そこからスキーだな。厄介な相手だが、このままでは村が危険だ。頼むぞ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:遠近法 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月07日(月)23:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●機 白い峰々に、黄昏の光が投げかけられようとする頃。 突如、その山頂から、もうもうたる白い煙が湧き上がった。 「来ましたね」上空でホバリングしているヘリから見ながら、雪白 桐(BNE000185)が呟いた。かわいらしいボードウェアで完全防備だ。 「ホントにイルカなんですね……イルカって、人懐っこそうな顔の割に、凶暴だって言いますけど」如月・真人(BNE003358)が言う。 「これも一つの進化なのでしょうかね」興味深そうに覗き込むのは『蜜蜂卿』メリッサ グランツェ(BNE004834)。「イルカが何で山頂にいるのか、という疑問は残りますが」 そう、煙の中から姿を現したエリューションビーストは、事前に情報のあったとおり、バンドウイルカそのものであった。ディスプレイに拡大されたその姿は、尾鰭背鰭、どこを見ても巨大なイルカであった。 「何しに現れたのか、謎だらけ過ぎですが……」『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が、銃器の最終チェックをしつつ漏らすのに「ぜんぶ雪のせいだよ」セレスティア・ナウシズ(BNE004651)が、お気楽な返事をする。その片手にはスノーボードだ。 今回の任務は、雪山をすべり降りつつ、E・ビーストを撃退するというもの。そのためリベリスタ達は、各自で滑降用の用具をそろえてきたのだ。 「落ちるところまで落ちる、一方通行な戦場ね」『ラビリンス・ウォーカー』セレア アレイン(BNE003170)が冗談交じりに言う。 「落ちるとか滑るとか言っちゃうと、冬眠から目覚めた受験生からケジメされちゃう時期は、終わったから大丈夫!」セレスティアはそう答えつつ、そっと桐の背後に回る。 「そうね! ウィンタースポーツの亜種だと思って、せいぜい楽しみましょう!」ひと昔前のはやり歌を口ずさみつつ、セレアはやけにテンションが高い。 そういえば、他の者はみなスノーボードやスキーなどを用意しているのに、彼女だけは一通りの装備だけで、それらしい道具は何も持っていない。出発前、コンテナに何かを積み込んでいたような気がするのだが……。スキー用具はAPにしまい込んだのだろうか。 「絶景じゃの! いつみても自然は美しいものだ」一方、スノーウェアをバッチリ着込み気分を高揚させるのは『大魔道』シェリー・D・モーガン(BNE003862)。スノーボード大好きな彼女は、普段の食欲すらうっちゃって、ひたすらこれからに思いをはせている様子だ。 「麓の一般人の皆さんには、避難していただきました。思う存分滑りましょう」『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)が、ヘリのドアを開け放つ。「……まさか今年の滑りおさめが、バンドウイルカとの滑りあいになるとは、思いもよりませんでしたけど」 そのバンドウイルカは全身を赤熱させ、今まさに飛び出そうとしていた。その体から、ぽろぽろと破片が零れ落ちると、それは瞬く間に巨大な雪玉へと成長した。 「いくぞ!」ヘリがゆっくり高度を下げる。待ちかねたパラシュートで降下しつつ、滑降を開始する。 「さて、いきますか」全身に闘気をみなぎらせた桐は、後ろも見ずに一言。 「私を風よけにするつもりなら、ちゃんとついてきてくださいね。セレスティアさん」 思惑を見抜かれ、びくっとするセレスティアを尻目に、桐は弾丸のごとく飛び出す。 そして後発部隊も、それぞれの用具で、迅速に、慎重に行動を開始する。スキー、スノボ。そして……。 「げっ!」 「犬ゾリ?」 ●翔 「さあ、行くわよ!」セレアは犬ゾリの上で仁王立ちになった。 犬ゾリ! 全員の予想の斜め上を行くセレアのチョイスは、しかし単なるネタではなかった。 両手が自由になるソリは、複雑な術式を必要とするメイガスにはうってつけの乗り物だった。セレアの全体攻撃は、今回の作戦の要だった。しくじるわけにいかない。 ダイヤモンドダストの風に、セレアは凛とした顔を向ける。金色の髪が風をはらんで、大きく波打った。おそろしく的確な速度とコントロールで、セレアはバンドウイルカを猛追する。 「早期決戦で行きましょう」その後ろから、あばたはすーっとスキーで平行移動しつつ、恐ろしげな銃器を構えた。ウィンタースポーツの経験のない彼女だが、エリューションパワー、そして何よりリベリスタとして幾多の戦場を駆け抜けてきた経験が、彼女を、この雪上においても、玄人はだしの腕前にまで押し上げていたのだ。 「急ぎじゃからの。最短コースで突っ切るぞ」シェリーは魔力を膨れ上がらせる。その視界の彼方には、E・ビースト、そして先行するリベリスタ達の姿。 「はっ!」スノーボードを巧みに操りながら、『まんぼう君』で斬撃を加えるのは桐。平たく、幅広なその刃を自在に使えるのは、卓越した技量をもつ彼女だけだ。 その背後から、巧みに無数の火炎弾を飛ばすのはセレスティア。息の合ったコンビネーションにも見えるし、盾係と守られる係に分担がきまっているだけのような気もする。 怒りに燃えて、体当たりを仕掛けてくるE・ビースト。それを見事な縦回転でかわす桐。板一枚を隔て、物理現象が逆転したようだ。 そこに割って入るのは彩花。頑丈なフレームに、さらに過去の勇者たちの加護を付与し、E・ビーストの攻撃を真っ向受け止める。 「くっ!」さすがにフェーズ2の化け物。パワーは侮れない。パワーバランサーをフル出力に押し上げる彩花。背中のバーニアが虹色の光を吹き上げ、黄昏の氷原に、ときならぬオーロラを作り出すように見える。 そこに殺到する雪玉。 さらにそこに殺到するメリッサ。弾丸を模する蜂のごとき、迷いのない動きだ。 「ひとつ残らず、砕いて見せましょう!」 ゴウッという音響とともに、三つの雪玉が弾ける。砕けた雪玉は、背後のあばたやセレスティア、桐が油断なく処分する。 派手さはないが、緻密。油断なく、抜かりなく。それがメリッサの戦いであった。 そして、そんな緻密なリベリスタが、もう一人。 「自分が雪玉になっちゃ、かなわないですからね……」 着実、堅実にスノーボードを駆使しつつ、真人は彩花のリカバリーに回る。派手さはないが、彼のつけたくっきりとした轍の跡が、彼の技量の確かさを物語る。背後を任せて足りる者。他の者たちが、彼に全幅の信頼を置く所以であった。 『……射程にとらえた。いくぞ』 その時、APを通じて、シェリーの声が全員にいきわたった。 それを耳にしたものすべてが、さっと射線を開く。その先にはシェリー。 「行くぞ……」 ●天 ありえざる光景だった。 シェリーの掌に集まったマナの膨大さは常識をはるかに超えていた。通常のメイガスがやっとのことで絞り出す魔力を、彼女はやすやすと駆使し、雪よりなおしろい白銀の閃光として結晶させる。 「食らえ!」放たれた銀の銃弾は、緩やかな放物線を描いてイルカに命中する。爆炎と轟音が巻き上がる。間髪入れずに二発。三発。 リベリスタたちも、知っているとはいえ唖然とする。常識はずれの火力を有した、稀代の魔道士、シェリーの、これが真髄なのだ。 間髪入れずシェリーは、E・ビーストにテレパシーを叩き込む。 (おぬしの攻撃能力では、妾には届かぬ。止まってみるか? 止まれるものならな!) それが通じたのか知らぬ。だが何か、恐ろしく巨大な存在に、認識を鷲掴みにされたということは理解できたのだろう。E・ビーストはシェリーから逃れるように身をよじって、破片を散らした。とにかく戦場を広く取ろうという試みなのだろう。 「行くよ!」犬たちに活を入れ、セレアは電光を飛ばす。青白い稲光は蜘蛛の巣のようにひろがり、雪玉を消し飛ばした。 さらにリベリスタたちが、E・ビーストに接敵しようとした瞬間、真人の声がAPを通してとんだ。 『……前方に崖あり。注意!』 先行する桐、彩花が見ると、雪原が急に途切れている。濃紺にそまりつつある月の下は、深淵が口を開けていた。 セレスティアがかねて準備していた術を飛ばす。背中の羽を感じつつ、桐たちは影と溶け合いながら、中空に身を躍らせた。 だが、一同の関心はそこにはない。 スキー・スノボなら、たやすく越えられる崖。だが。 (どうやら……お別れの時が来たようね……) セレアは大きく顔を上げ、眼前の崖を凝視する。犬たちは止まらない。何とか主人であるセレアを、崖の向こうに運ぼうとしているのか。 (さらば!) セレアはぐいと轡を引っ張り、犬ゾリを急停止させた。その制動で、セレアは宙に放り出される。深淵を飛び越すその半ばで、彼女の姿は光に溶け込み、再び現れたとき、彼女はスキーを装着していた。APに仕込んでおいたスキーで、彼女は疾走する。 振り返らない。 (さらば……どうか達者で……) 犬にもツンデレ、というわけでもないが、今は戦場。互いの無事を祈るばかり。泣くな、涙も凍るから。 右手に雷、胸に未練。 雪渓を越え、樹氷の林を越え、それでもE・ビーストは止まらない。 戦いは佳境を迎えつつあった。 破片を多様にばらまくE・ビーストだが、それを上回るほど、各人の攻撃レンジが広い。セレアの間断ない雷光が、成長する前の雪玉を消し飛ばし、破壊しきれぬ雪玉をセレスティアが狙う。真人のマナ供給が、間断ない攻撃を可能にする。 しかし、本体のイルカは止まらない。おびただしい流血をまき散らしつつも、滑降を止めようとはしない。 「イルカならイルカらしく、飛び跳ねたらどうかしら!」 鮮やかなシュプールを描いて背後から接近したメリッサが、電光の一撃でイルカを突き上げた。雪煙を上げてもんどりうつEビーストは、しかしそれでも滑降をやめず、火球を連続して吐き出す。青白い炎を、桐は鮮やかなオーリーでかわし、彩花は表情ひとつ変えず受け止める。彼女のアクセサリ……『冬に咲く花』の名を持つそれは、彼女自身の、この戦場での誇りを示しているかのようだ。 メリッサは舌打ちする。「必ず、守らないと……」両腕の生体金属は、暮れなずむ氷原の冷気を吸ってなお冷たい。それでも、彼女の胸に燃える激情は、それより熱い。 「よくわからない敵ですね」あばたはスコープから目を外し、呟く。「なんで雪玉にそんなにこだわるの、どれほど村が嫌いなの、雪玉と一緒に滑走しないと我慢できない生き物なの」 歌うように呟きつつ、懐から変わった形をした薬莢を取り出した。 「それは……!」目の前の障害物を吹き飛ばしたシェリーが驚きの声を上げる。 「ビーストに理屈を聞いても、むなしいだけですか」あばたは手早く薬莢を詰めて、照準を合わせる。「あいつ倒せないと、話になりませんから」 次に放たれた銃弾は、それまでのものと全く違っていた。 降りしきる雪さながらに静粛なその一撃は、スローモーションのようにE・ビーストに着弾し、音もなく盛大な雪嵐を巻き上げた。 『静かなる死』(サイレントデス)! かの地イギリスにおいて敵味方ともに恐怖のどん底に陥れた『倫敦で二番目に危険な男』セバスチャン・モランの奥義、それをあばたが改良した、必殺の一撃だった。 幽かに笑うと、シェリーも銀の弾丸をE・ビーストに放つ。燃え盛る神秘の白銀と、死より冷たい鋼鉄の白銀。おそらくめったに目にすることのできぬ、圧倒的な力の競演であった。 ここへきてE・ビーストも、自分の相手にしていたものが何者であるのか、ようやく認識できたのであろう。壮絶に身をよじり、血と破片をまき散らしながら、特攻を開始する。 「村が見えてきた!」 真人が悲痛な声を上げる。暴走するE・ビーストに、前衛軍団が最後の攻撃を迫る。 「決めますよ!」桐がまんぼう君を構え、雪を巻き上げる。熱いながらも抑制の効いた、桐のジルバのごとき剣舞。怒りに燃えるE・ビーストの鼻づらに、彩花は弾丸を撃ち込んで、自ら標的となる。入れかわり立ち代わりの攻防は、一対のスノウ・フェアリイを見るようだ。それを見てセレスティアは、攻撃から援護へと術式を切り替える。 雪玉を弾き飛ばしつつ、セレアも必死に電光をE・ビーストに向ける。あと少し。村の明かりが見え始める。 5! あばたの銃弾と、シェリーの銃弾が、E・ビーストを貫く! 4! E・ビーストが咆哮を上げる! 3! 桐の一撃が、E・ビーストを貫く! 2! だめ押し、彩花の光の十字槍が、イルカを雪原にくぎ付けする! 1! 濛々たる煙のなか、メリッサが叩き割った最後の雪玉をジャンプ台にして、桐が大技マサカリを決める。 背後のE・ビーストは、血を流しながら、動きを停止した。 ●決 「……ああ、ことは済みました。避難勧告の停止を。迅速に」彩花は携帯電話をしまい、ほっと一息をついた。 血の臭いの漂う雪原から離れ、一同は勝利の余韻をかみしめていた。都会では見ることのできない星と、青白い月が氷原を神秘的な色に染め上げる。桐は紅潮した顔で、それを見上げていた。 その背後から、そーっとしのびよるセレスティア。 「雪白さんって、そーいえば女の子の格好、よくしてたよね」 両手に雪をてんこ盛りにして、にひひと笑うセレスティア。 「胸に詰め物したら、もっとそれっぽくなるんじゃないかな……って」 「甘いです!」 飛びかかってきたセレスティアをひらりとかわし「ていっ」と雪原に押し倒す桐。 「お返しなのです」その背中にどさどさと雪をつめこむ。 大はしゃぎする二人を、真人とメリッサは笑いながら見ている。 派手ではないものの、堅実に支援した二人。彼らもまた、戦士だ。 そんな安らぎの中、うかない顔をする者が一人。 あばたは彼女を心配そうに見つめる。 「気になるの?」 「……ん」 「来たよ」あばたはつとめてそっけなく答える。 「あ、ああー!」セレアは歓喜の声を上げた。 ゲレンデの向こうから走り寄ってくるのは、犬ゾリの犬。 「生きていたんですね!」真人が声を上げる。 セレアは犬たちをがっしりと抱きしめた。 「……さて、仕事も終わったことだし、済まないが、もう一度ヘリを用意してくれぬか」大きく伸びをして、シェリーが言う。 「帰るんですか」真人が尋ねる。 いいや、とシェリーは笑って首を振る。「もう一滑り、楽しんでくるに決まってるじゃろ?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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